8.祝杯とのんきな結末
経緯や結果はともかくとして、一応の撃退依頼を達成した3人は
ダンテの言った一杯おごれという意見から村の酒場で祝杯をあげることになりました。
とは言えその村にある酒場は野外の野ざらしの立ち飲み形式で
テーブルはタル、イスはカウンターに数個のみというワイルドな仕様になっていて
ともかくそんな酒場で3人はテーブル代わりのタル1つをかこみ祝杯となりました。
「おーいおねーちゃーん!こっちおかわりー!あとブレスワイン追加でー!」
自分もおねえちゃんなのに常連のおっさんみたいな台詞を吐き
カラのジョッキをぶんぶかふり回すハンターさんに
2人のお連れさんはとても複雑な視線を送ります。
とりあえず一杯目は飲んだけどその次を持ったまま無言のダンテ。
そしてその向かい側にはダンテにチラ見されながらも
口を付けてないジョッキ片手に石像の如く微動だにしないバージルがいました。
2人とも無言ですごく何か言いたそうなのですが
2人とも同じような空気を発しているためどっちも何も言えずじまいのままという
とても奇妙な雰囲気を作り出しています。
普通ならその妙な空気に周りの客が引きそうなものですが
レイダを含めこの村の住人はそういった事を気にする人があまりいません。
ヒマそうな受付嬢兼ウエイトレス。人待ち顔の異種族の女性。
1人で楽しそうに酒を飲み1人で豪快に笑っているタル腹の猟師がいたり
口調が妙に自意識過剰なハンターと声のでかい教官がかみ合わない会話をしていたり。
何というか皆様とても個性的でダンテ達があまり目立たないくらいです。
「ところでさ、さっきからなんで2人して黙りこくってるの?」
そして誰もその異様な空気に気付かないのかと思っていた矢先
運ばれてきたおかわりを受け取っていたレイダがいきなりそんな事を言い出しました。
いくら脳天気とは言えさすがにこれだけの至近距離で
いつもケンカの絶えない両方が無言だと気づきもするのでしょう。
するとずっと無言だった2人は目だけをじろりと見合わせ
お前が言え、いやアンタが言えよと無言の譲り合い・・というか押し付け合いをします。
こんな時だけ譲り合うのもアレですが、しかしそうしていても何一つ解決しないので
結局先に折れたバージルがため息をつき、ようやく重い口を開きました。
「・・・お前が色々と大切な事を言い忘れるクセがある事は、今回の件でよくわかった。
だがその前に俺達もお前に1つ言い忘れていた事がある」
「ん?何を?」
「何度か見ただろう。俺が今とはまったく別の姿になり、ダンテも同じ事ができるのを。
お前はそれが何なのか理解していないようだが
それは俺達の中に流れる・・・悪魔の血によるものだ」
そう言われたレイダは数度まばたきをし、ジョッキを軽くあおって上を見。
「あぁ、そう言えばおとっつあんがそんな事言ってたっけ」
ブフー!!
ダンテが飲みかかっていたものを全部ジョッキの中に戻しました。
「・・っ!ちょッ・・オイ待て!まさかオヤジからもう全部聞いてるのか!?」
「?どこまでが全部か知らないけど
あんた達が悪魔・・ってのと人間の半分づつっだってのは聞いた」
そりゃ早い話が短く全部だ!!
道理でまったくなんにも気にしないわけだなオイ!!
などと普段意見のまったくかみ合わない2人は
その時だけは一語一句同じ台詞を心の中で絶叫しました。
しかし話はそれだけでは終わりません。
「えーっと、確か前に砂漠でおとっつあんと一緒に魚狩りしてた時なんだけど
おとっつあんが何回かヒレに引っかけられて危ないかなって思った時
あんた達とはちょっと違ったけど、急に黒くて固そうで鎧みたいなかっこになってさ。
それって家族でできる芸か病気か、って聞いたらそう教えてくれたの」
・・ってアンタ、今まで魔人化の事そんな風に見てたのかよ。
まぁ知らないならそう見えるかも知れませんがダンテはちょっとだけ兄に同情しました。
ちらと見ると案の定、兄はすごく複雑な顔をしています。
「でね、おとっつあんが言うにはそういう半分づつってのは
どっちからも仲間はずれにされるだろうから、できれば仲良くしてやってくれないかって。
意味はよくわかんなかったけど『いいよ』って言ったら妙に嬉しそうにしてさ。
なんで嬉しそうなのかよくわからなかったんだけど、まぁそんな話をしてたのよね」
人のコンプレックスを勝手にバラすのはさておき
厄介事しか残してないと思っていたあの父にそういう所があったとは。
2人はちょっと意外に思うのと同時にちょっと嬉しかったりしました。
ですがバージルはその時ふと今まで聞いた話の中で
何か腑に落ちないものを感じ、流しかかっていた会話を止めました。
「・・・待て、先程から聞いているとお前の言葉に不明瞭な点が多いのはなぜだ」
「?ふめいりょう?」
「よくわからなかったという言葉が妙に多い」
他人事だと思って流しにかかっていたダンテはあ、と思いました。
確かにこのハンターさんは色々といい加減な部分が多いのですが
そう言われてみればさっきから聞いていると
話は聞いていたが内容を詳しく理解していないような言い回しが結構あります。
そして2人の疑問の答えはやはりというか何というか
まったく何でもないような口調ですぐに出ました。
「あぁそれ?実はおとっつあんに聞きそびれてたんだけど
その半分づつっていっても、もう半分の悪魔って具体的にどんなヤツなの?
言葉としては何となく知ってるんだけど、実際にちゃんとしたのを見たことなくてさ。
あんた達がたまに色変えて固そうになるあんな感じのやつ?」
『あ、成る程そっちか』
と兄弟はまるで他人事のように思いました。
そりゃ何見ても驚かないはずです。
だって悪魔のことを知らないのなら怖がりようも恐れようもないのですから。
いえそれ以前にあんな巨大生物に単身で殴りかかるような度胸があるなら
そんな事を気にするとも思えません。
何だかありとあらゆる肩すかしをごっそりくらいまくったような気分になり
呆れるやら情けないやらでダンテはぐったりとテーブル代わりのタルにもたれ
頭をかきながら無駄とは思いつつ聞いてみました。
「・・なぁ、前からちょっと聞いてみたかったんだが・・いいか?」
「?なに?」
「アンタのその頭の中にはその・・何かを気にするとか何かを疑問に思うとか
そういった部分は存在するのか?」
「?何が言いたいのかよくわかんないけど、最近の疑問・・というか気になってるのは
ラオシャンロンが何をどれくらいの量で食って
どのくらいのウン●をするのかがすごく気になるかな」
その瞬間、兄の純情の価値は巨大怪獣のウ●コ以下という
書くにも笑い飛ばすにもやたらと悲しい結論になり
ダンテはぶつけた質問に激しく後悔しました。
いやしかし、確かにあの巨体に成長するのなら何を摂取しているのかも
どのような大きさの物をするのかも気になるし
物質的大きさと興味の度合いからすればそちらの方が大きいような気も・・
などと真顔でシモの疑問と自分の事情を天秤にかけ始めた兄から
弟はもう目をそらしてやる事しか出来ません。
「あ、それはそうと忘れないうちに渡しておこうか、ちょっと待ってて」
しかしいつも通りそんな微妙な空気をまったく読まないハンターさんは
そう言うなり鍛冶屋の方へ走って行き、何か奇妙な物を抱えて戻ってきました。
「ハイこれ。出かける前に頼んでおいたおみやげ。
こっちの前掛けは弟君に、こっちの魚はお兄ちゃんの分ね」
と、あっさりした物言いでそれぞれに渡してきた物は
何というか・・もう慣れたつもりでしたが普通ではありませんでした。
ダンテに渡されたのはウェイターがつけていそうなシンプルな前掛け風エプロン。
それはまだいいのですがバージルに渡されたのが・・
360度、どこからどう見ても巨大な魚にしか見えない
レイダの身長ほどはある立派な冷凍マグロでした。
何でおみやげ感覚でそんな物よこしてくるのかと思いますが
しかしそれはちょっと固めに加工された気配はするものの
以前バージルが自力で釣ったものと同じ物でしょう。
ですがまったく意図の見えないエプロンを渡されたダンテの方が
顔全体で『?』と意思表示をします。
「あぁそれ?肉を焼くのがちょっと上手になるビストロエプロン。
マグロの方は見ての通り、前釣ったカジキを加工したレイトウマグロ。
斬れそうにないけど分類は大剣になるから使えそうなら使って」
「!?オイちょっと待て!まさかそれを振り回して使えとか言うつもりか!?」
「切れ味は悪いけど氷属性がついてるから
装甲のぶ厚い大物以外で使うなら問題ないと思う」
確かにそれはカジキマグロなので鼻先が長く
そこを掴めば振り回せないこともないのですが・・
しかしそれ以前に魚をぶん回して武器にする発想が一体どこから出てくるのか。
やっぱりこちらの人の頭の中には何が詰まっているのか不思議でなりません。
ですがそうダンテが思ってるそばから何とバージルはそれを普通に手に取り
長い鼻先を掴んで何のためらいもなく数度素振りをし。
「・・気に入った」
などと聞いた耳と彼の神経の両方を疑うような事をさらりと言いました。
「あ、そう?ならよかった。
いつも軽そうな武器使ってるからちょっと重いかと思ってたけど」
「斬るよりも重量を叩きつける事を重視する武器だな。
確かに重いがこれはこれで使い道はある。
何より勲章の有効利用だ」
「おー、なるほどそういう考え方もあるのか」
そしてすちゃっとそれが仕舞われたのは背中です。
大きさが身長ほどもあるのでそうするしかないのですが
正直本人は真面目なつもりでも見た目がギャグ以外の何者にも見えません。
足元に立てかけてあった愛用の日本刀が一瞬
生臭さと冷凍臭にビクッとしたのは気のせいでしょうか。
「で、ダンテの方は付けないの?」
「・・・んあ?・・え?ちょ、待て!
まさかそのコントにオレを巻き込むつもりか!?」
「何がコントだ。これはお前がドジを踏んでいる間に俺が釣り上げた戦利品だ」
いやそこまではわかるけど、それを何で冷凍して背中にしょう必要があるんだよ!
と言いたかったダンテですが、それを口にする前にレイダが後ろに回り
勝手にエプロンを装備させてくれます。
「うんよし。まあ邪魔にならないからいいんじゃない」
「う・・コラ勝手に・・!」
「確かに邪魔にはならんが・・その目に悪い色彩に対しては不釣り合いだな」
「今のアンタにだけは言われたくないな!!」
「?赤くないからお気に召さないとか?」
「オレが言いたいのはそこじゃない!!」
ダンテはその時ふと置いてきた相棒がいつも自分に怒鳴っていたことを思い出し
あぁ、アイツは毎回こんな事をやっていたんだなとちょっと申し訳ない気持ちになりました。
でもちょっとなので帰ったころには忘れるでしょう。
「なぜ拒否する。不器用なお前には丁度いい装備だと思うが」
「器用だろうが不器用だろうが断る!
そもそもそこまで言うならアンタがしろ!」
「いいだろう。かせ」
ムキになってほどいたエプロンを嫌がらせのつもりで突き付けたのに
兄はあまり躊躇わずそれを手に取り手早く腰に巻きました。
青いコート、背中に冷凍マグロ、腰にエプロン。
困ったことにどう見ても魚屋のおっさ・・いえお兄さんにしか見えません。
ダンテはもう仲が悪いとか気にくわないとかいう兄弟間で色々あった事も忘れて
本気で頭が痛くなってきました。
「じゃあ代わりにダンテにはこっちをあげようか。
使い古しで悪いけど効力はそこそこあるはずだし」
そう言って額をおさえていたダンテの前にひょいと差し出されたのは
爪の形をしたお守りのような物です。
それは今レイダがポーチから取り出したばかりの物ですが
エプロンや冷凍マグロよりはまだ普通の物でした。
「これラオシャンロンの素材で作った守りの爪っていう物なんだけど
持ってるとそこそこ防御力が上がる護符みたいなものなの。
ハンターだって言うならこっちの方が実用的でしょ?」
「・・・そりゃそうだが、しかし今の今までアンタが持ってた物だろ」
「平気平気。ラオの素材はさっき手に入ったからまた作ればいいんだし。
それにちょっといりそうな気がしてさ」
「・・?」
「つまり見た目に余計なドジが多いと言うことだ愚弟」
ダンテは一瞬何か言いかけましたが
真面目に言い放つ兄の格好を見て言う気が即失せました。
「ま、それもあるんだけどね。ただ効くには効くけどあんまり過信しないように」
「・・つまり強制ってことか?」
「あとネコの足の形したビストロキャップってのもあるけど・・」
その言葉が終わらないうちにダンテは目の前にぶら下がった爪を引ったくりました。
これ以上しぶると何を寄越されるかわかったものではありません。
なので兄が若干嫉妬の目で見たのもスルーしておきます。
「え〜っと、それで結局あんた達の半分がどんなのか
おとっつぁんが何言いたかったのかとかよくわかんないけど
ま、ともかく仲良くしてやれってのだけは実行できるつもりだからさ」
そう言って暢気ながらも色々意外性の多いハンターさんは
カラになったジョッキをくるりと一回転させ
「もしよければいつでもおいでよ。
こんな身分だから忙しいって事はないだろうし、大体はヒマしてるだろうからさ。
つってもまた何かに巻き込む可能性もありだけどね」
いつも通りな暢気な口調でそう言って片目をつぶってみせてくれました。
その言葉は相変わらずのんきでいい加減でちょっと不安をあおるおまけつきですが
何故か不思議と心強くて、兄弟たちは一瞬同じような顔で目を丸くしてから
何とも言えない苦笑をしました。
そして同時にダンテはこの時、なぜこの気むずかしい兄が
こんな性格のハンターさんと一緒にいられるのかわかった気がしました。
だってこのあけっぴろげで細かいことを気にかけず
一切の壁を作らずに躊躇なく手を差し出してくるこの姿勢は
どこかの少年と似ているのですから。
そしてその少年にだけは心を開いている兄が
ダンテにとっては凄く珍しい、少し呆れたような微笑をしました。
「・・多少知識の差があるとは言え、やはりお前は変わっているな」
「あはは。前に言わなかったっけ?
あたしハンターだけど狩りより採集の方が好きだって」
「・・その理屈でいくとオレ達は珍種のキノコか?」
「いや、どっちかってとレアな鉱石かな。
レアだけど加工しないとまったく使えない感じのやつ」
「それは誉めているのか?」
「半々」
「・・・・・」
「ほらほら、またそんな難しそうな顔しない。
今度またヒマがあれば夜釣りか安全なレイア(リオレイア)狩りにさそってあげるから」
「夜釣りはともかくお前の安全という言葉には激しく信憑性がない」
「えー?そりゃそっちのヘンなもの勝手に呼び込む性質のせいじゃない?」
「・・・・・」
「否定なしかよ」
ということは最もトラブルに巻き込まれやすい少年の事を思い出したのでしょう。
それに加えて元からある伝説の血も入っているのですから
そりゃ言い訳のしようもありません。
「ま、ともかく今夜は行き当たりばったりでラオシャンロン追い返した記念に
たーんと飲ん・・いや、楽しくほどほどに飲もうじゃないの」
「なんでそこで急ブレーキをかける。
こんな場合は浴びるほど飲んで何も考えずに騒ぐもんだろ」
「だってあんた達これから帰らなきゃいけないのに2人とも潰れたら面倒でしょ?」
兄弟達はあぁそれもそうかと思いましたが
それと同時によせばいいのにどっちが先に潰れるのかという
余計な疑問も持ってしまいました。
「そうなると・・オレはそこそこいける方だから
オレがこいつを担いで帰る計算になるな」
「バカを言え。確かに俺は強い方ではないが
こういった時お前がしでかした後始末をどれだけ俺がこなしたと思う」
「ほぉ?オレに散々負けた奴がそんな昔の話を持ち出すほど今は落ち目ってか?」
「確かにそれは昔の話だが、ハメを外し過ぎるクセはもう治ったとでも?」
あ、マズイとレイダは飲みながら思いましたが
今まで我慢していたのだし楽しく(?)ケンカしている所に口を挟むのも何だし
何よりもうめんどいので黙っておきました。
そして地味な言い合いをひとしきりした2人は急にこっちを同時に見るなり。
「「審判!!」」
と、持っていたジョッキをカラにして同時に怒鳴ってきました。
こうなると後々めんどくさそうですが今どうこうするのもめんどうなので
レイダは反対もせずひらひら手を振りました。
「あーはいはい。先に潰れた方が負けってことね」
「・・ハンデだ。アンタが一杯の間にオレは2杯あけてやる」
「いい加減その根拠のない自信を改めないと身を滅ぼすぞ愚弟め」
「言ってな魚屋」
「吠えていろ自意識過剰」
・・あ〜あ、めんどうになるって言ったのに、やっぱり聞いてないよコイツら。
と思いつつもやっぱり止める気のないハンターさんは
まぁ両方潰れたら潰れたで両方担いで行けばいいやとのんきに考え
まだ言い合いをしながらカウンターに座り直した2人の背中
(両方目立つけどとりわけ一方は魚しょってて超目立つ)の後をのんびりと追いました。
そしてそのどっちが勝ってもあまり意味のない勝負
最終的にはどっちもほぼ同時くらいに潰れてしまったため
勝負の結果はあくびをかみ殺しながら見ていたハンターさんしかわからなかったとか。
「おーい、2人ともいつまで仲良く寝てるのー。
あたしそろそろ採集に行くんだけどちゃんと帰れる?」
「・・・・(頭抱えて)・・仲良くない・・帰れる。・・・あと大声出すな・・・・」
「・・・・(もっとひどい状態なので口もきけない兄)」
「?あ、もしかしてラオに勝って液体に負けるってのも
その悪魔の何とかのせいなワケ?」
「「絶対違う・・!」」
最後に無意味な勝負をして2日酔いのおみやげにかかり
一個のベッドを2人で借りるハメになりましたとさ。
あとマグロとエプロンは実在する装備です。
一瞬絵・・とか思いましたが、いやさすがにそれはマズイだろと思いとどまりました。
描けなかったというのが本音ですが。
あとその後のおまけ的なヤツを下に。
おまけのD氏
おまけのV氏
ふつうにもどるならここを