「お、久しぶり〜って・・あ、そうか、こっちでは模様ないんだっけ」
その人物は迎えに来ていた純矢を見るなり暢気に声をかけ
一瞬後、こちらではあまり知られていない事実を思い出し1人で納得しました。
それは以前見たよりも姿形が多少は違いましたが
その暢気な口調と性格、あとそれとは反対な物々しい装備で
以前会ったハンターさんだという事は純矢にもすぐわかりました。
しかし着ている物とか持ってる物が物々しいのはいつも通りとして
その人の状態には今現在ツッコミ所が満載でした。
自分より大きな男を背負って平気な顔をしているのは元より
その背負われた男の背にはどう見てもカジキマグロな物体が引っ付いているし
そのマグロ付きの人は背負われたままこーこーと規則正しい寝息を立てていて
不安定な状態にもかかわらず起きる気配がありません。
寝ている彼を送ってきてくれたのだけはかろうじてわかりましたが
マグロをどうしただの何で背負ってるのだの何やってそんな状態なんだとか
何をどこからどう聞いていいのかがまったくわからず
マグロ男の保護者的立場にいる少年は無言になってしまいました。
「え〜・・ま、詳しくは起きた時本人から直接聞いて。
その方が話しがいもあるだろうし」
「・・はぁ」
大の男1人とカジキマグロ1本の重量をまったく気にせず笑う女の人に
純矢はやっぱり何を言っていいのかわからず気のない返事をしてしまいました。
と言ってもここで簡単に事情を説明されたところで
返事はやっぱり同じだったかも知れませんが。
「でも・・ケガとかはしてないんですよね」
「多少はしたけどそこは男の子だからね」
しかしそう言われちょっとホッとしつつ横に回ってみると
その男の子と言うには少々大きすぎる子が妙な物を付けているのに気がつきます。
「・・・あの・・・レイダさん」
「ん?」
「料理・・してたんですか?」
そう言って純矢が指したのは付けっぱなしになっていたビストロエプロン。
「あぁそれ?弟の方におみやげで渡そうと思ってたんだけど
嫌がられたんでこっちに回したの」
「!?まさかダンテさんも一緒だったんですか!?」
「うん、一緒に色々やってくれてたよ。
けどこの子達ケンカしないでいてくれたら何やらせても綺麗に出来そうなのにね」
「・・・・・」
この大きいくせに大人げない部分が多くて
無駄に仲悪い兄弟を同時に使っていたなんて・・
一体どんな状況だったのかは気になりますが
多分この人なりの説得か脅しか実力行使で何とかなっていたのでしょう。
実際その推測は全部あっていましたが。
「さて、それじゃこのままじゃ帰れないから引き渡そうねっと・・」
「!?ちょっとまさか俺におぶって帰れって言うつもりですか?!」
「?無理なの?」
不思議そうにするレイダに対し、純矢はちょっと固まって。
「・・・・いえ一応出来ますけど・・・」
とだけ言って仕方なしに背中を向けました。
体格差とか重さとか考えないのかよとは思いますが
純矢も一応悪魔なのでそれなりの力はありますし
よく見りゃそう言った指摘を真っ先にするべき人がここまで背負ってきたのですから
反論のしようがありません。
「えーとそれじゃ・・おーい、お客さーん。一端起きてそっちにうつってー」
「・・・・・・」
すると今までまったく動かなかったマグロ男・・ではなくバージルがのろりと目を開け
ゆっくり視線を動かして純矢をとらえると
かなりゆっくりした動きでレイダの背から離れ
さらに小さい純矢の背にためらいもなくのっしとおぶさりました。
さすがにぐえと思いましたがここで潰れたら迎えに来た意味がありません。
なので消えていた模様を全身に出して力を込め、何とか踏ん張って持ち直しました。
でもやっぱり体格差で足を引きずりそうでしたが
この際細かい事は言っていられません。
「ふーん、怒ると模様が出るタイプじゃないんだ」
「・・何を例にして思い出してるのか聞きませんけど
人間離れした力を使おうとすると勝手に出てくるんですよ」
「じゃあ今はちゃんと人並み以上には重たくなってるって事なのね」
「そんなの当たり前で・・すけど・・・レイダさん」
「ん?」
「・・その言い方だともしかして、前に同じような事あったんですか?」
そう聞くとレイダはちょっと笑ってかしかしと頭をかき
少し目を細めて話し始めました。
「・・うん、昔ね。その子がまだ今より一回りくらい小さかった時だけど
森の中でドジふんで動けなくなってたのを背負って運んだ事あるの。
その時はまだ短気でとんがってて、なんて言うか凄く嫌そうだったんだけど
放置するのも危なそうだったんで、無理矢理ね」
その言葉にジュンヤは目を丸くしました。
今ならともかく昔のバージルにそんな事できたことはまさに奇跡です。
よく斬りつけられなかったなとは思いますが
この人はちょっと特殊だからなともジュンヤは思います。
「でさ、その時思ったんだけどその時のこの子、妙に軽くて
いつも何か急いでる感じがしてて・・なんとなく大丈夫かなって
ちょっと心配してたんだ」
「・・・・」
「でもそのころと比べるとちょっと丸くなってるみたいだし
兄弟ゲンカはまだしてるけど地味にはなってるし
それに何より、ヘンな意地はまだ残ってるみたいだけど
ちゃんと食べてるみたいだし」
そしてハンマーや大きな弓などを扱う細いけどちょっと固い指先が
ほんの少し、背負われたまま動かない白銀の先をつまみました。
「ま、経過や事情はどうあれ、幸せそうでよかったよ」
そう言って笑うレイダにジュンヤはなぜか照れました。
その『よかった』という短い言葉は今まであった自分も含めた色々な事を
すごくさり気なく誉めてくれたように聞こえたのです。
まぁ実際レイダも無意識にですがそのつもりで言ったので
当然と言えば当然なのですが、もし今ここにダンテがいれば
そのあたりの所も似てやがるなと苦い顔をしていたかも知れません。
「さてと、つい話し込んじゃったけどそろそろ帰るから。起きたらよろしく言っといて」
「・・あ、はい、すみません。お手数おかけしました」
「いやいや。こっちも結構楽しかったから・・あ、そうだ伝言頼める?」
「?いいですよ。なんですか?」
「釣り、また行こうって。そんだけ言っといて」
それは伝言する必要もないような言葉でしたが
ジュンヤが少し笑ってうなずくと、暢気なハンターさんは背を向けて手を上げ
鎧をガチャガチャいわせながら去っていきました。
しかしあの人、若そうに見えるんだけど
たまにダンテさんより大人に見えるのは何でだろうな。
そんな事を考えながらジュンヤはそれを黙って見送り
鎧の音が聞こえなくなったころ、ぽつりと言いました。
「・・・起きてるんだろ、バージルさん」
背中から答えはありませんでしたが
背負っていた身がちょっとビクッとしました。
おそらくこっちに移った時からずっと話を聞いていたのでしょうが
起きるにも少々居たたまず寝たふりを決め込んでいたのでしょう。
それを承知でジュンヤは歩き出し
揺らさないように気をつけながら勝手に話し始めました。
「女の人としてはちょっと変わってるけど、親戚のおねえさんみたいだな」
「・・・・・」
「幸せそうでよかったってさ」
「・・・・・」
相変わらず答えはありませんが
妙に居心地悪そうにもぞもぞしている所からして照れているのでしょう。
レイダがそれに気付いていたかどうかは分かりませんが
それを直接言われていたのなら一体どうなっていたやら
面白そうではあるのですが本人にすれば恐ろしい話でもあります。
「・・・そう・・・見えるのか?」
「そうだなぁ・・俺はずっとバージルさんと一緒にいたからわからないけど
俺より昔から付き合いがあったレイダさんにはそう見えるんじゃないか?」
「・・・・」
「それにさ、あの人あんまり見てないように見えても
バージルさんの事よく見てたみだいだし」
途端、しがみつく力が急に強くなり
後ろで落ち着かないような咳払いがしました。
自分に対しては真っ向ストレートなのに
どうしてあの人にはそんな態度なのかなと思いましたが
それを聞くのも野暮なのでジュンヤは黙っておきました。
「で、伝言の方も聞いてたんだろ?行くのか?」
「・・行ってもいいのか?」
「ダメなワケないだろ。そりゃ今回みたいに迎えがいるとか
そんなヘンな物装備して帰ってくるのは困るけど」
「へンな物ではない。これは俺が釣り上げた戦利品だ」
「・・それにしては岩みたいに固そうだけど・・・そもそもそれ、どうする気だ?」
「実用はまだだが氷属性のついた大剣だと話していた」
「・・・・・・」
それはつまりダンテの背負ってる趣味の悪い剣と同じ扱いになるわけです。
ジュンヤは一瞬ホントにマジで行かせて大丈夫かなと思いましたが
どちらかと言えばインドア派の彼が外に出るせっかくの機会をつぶす気にはなりません。
「・・えと・・まぁ・・とにかく大きなケガだけはしないようにな」
「そうしたいのは山々だが・・あれの言う事はいい加減で重要点が小出しで
完璧に安全という保証がない。が・・・」
「が?」
「たった1つ・・・釣りに関する事に対しては・・
事実を語った・・・ように・・思う・・」
その何やら言いにくそうなセリフに
ジュンヤはしばらく歩きながら何のことか考えてみましたが
しばらくしてある昔話に思い当たりました。
それはまだ彼が今より若く、人を寄せ付けない空気を持っていたころ
成り行きでつきあう事になった釣りの合間に聞いた他愛のない話です。
その時彼はその話をくだらないと一蹴したので覚えていないと思っていたのですが
覚えていた上に認めたのですからちょっと驚きです。
「・・バージルさん、まだ覚えてたんだな」
「たっ・・たまたまだ。あまりにくだらない話だと記憶していただけだ」
でもそうは言うもののその話を聞いて以後
思いがけずバケモノを釣り上げてしまっても
それが20m級の大物で楽しかったりもしましたし
今度は70m級のバケモノをつつき回すハメになってしまっても
その後でどうしようか迷っていた事があっさりスッキリ解決しました。
それに今だってそうです。
あのハンターさんの言う事はいい加減ですがなぜか不思議と当たるのです。
「・・・その理屈が不透明であるがゆえ少々不気味ではあるがな」
「ん?何か言ったか?」
「・・いや、ただの独り言だ」
「ふぅん。・・で、バージルさん」
「何だ」
「それだけ話せるならもう1人で歩・・」
「断る」
「ぐえ!ちょっとコラ!それだけ力あるなら十分歩けるだろ!」
「あれが一体何をどこまで見透かしているのかは知らんが
幸せそうだと言うのならとことん幸せにでも何でもなってやる・・」
「おわー!どっかの誰かさんと似たような屁理屈を・・!
でっ・・ちょ、わかった!わかったから首はやめなさい首はー!」
などと騒ぎながフラフラ帰っていく2人は
別に長い付き合いがなくても結構幸せそうに見えていたことを
当の2人は気付きませんでしたとさ。
この過去色々あった青い人の周りには
いい人で恵まれているといいなと勝手に思う次第です。
あと上の話が何の話かってのは根城の物置『ドスの世界のなんとやら』7にて。
ともかくこのシリーズはこれにて完結です。
長々のおつき合いご苦労様でした。
物置へ戻る