「ところで太守殿、そなたお暇なのですか?」
「・・・・は?」
客間に通されるなり発せられた家主朱羅の第一声に
夏候惇は間の抜けた声を出してしまう。
「それは・・つまり仕事がないのかと聞いているのか?」
「左様ですが」
聞き取り様によっては失礼極まりない事を真顔で聞く朱羅。
身分としては太守である夏候惇の方が上になるが魅力値は朱羅の方が格段に上。
怒りのかわりにため息が出された茶の上に舞い降ちる。
「・・・一応言っておくが、暇ではない。今日は孟徳から兵の訓練を言い渡されて
その帰りに立ち寄ったまでだ」
「・・・そうですか。それならよいのですが」
「しかし・・・いきなり何を聞いてくる。それはある意味喧嘩を売っているようにも
受け取れる発言だぞ」
そう言われて朱羅の表情が少し真剣になる。
「買う事はしますが、売る事はしません。ただ・・少し気になったもので」
「何をだ?」
いぶかしむ夏候惇に朱羅はいつものように静かに語り始めた。
「父上が先月たずねてまいりました」
「ふむ」
「馬超も良い酒があると来ました。張飛殿は政治の教授を受けに。
典韋殿は知力の指南を頼みに来られています」
「・・・う、うむ」
「で、今月は関羽殿が二日前に来られ、徐晃殿とは狩りに出向きました。
・・・あ、月の初めに孫堅殿も来られましたね。あとは・・・」
長々続く来訪者の話に、夏候惇は朱羅が何を言いたいのか感じ取る。
・・つまり。
「つまり私が気になっているのは、皆様よく私の屋敷を訪れて下さるのは
かまわないのですが、それはひょっとして・・・・」
「・・左遷でもされて行く所がない、と思っているのか?」
「左様に」
ぐっはーーーと夏候惇は頭をかかえながら二度目のため息を
今度は横へ向かって吐き出した。
「・・・・あのな、何もよく顔を見せに来るからといって、そいつらが暇になってしまった
わけではない。もちろん俺も含めてな」
「・・・そう・・なのですか?」
「することがないからここへ来るのではない。そなたに会うがためにみな
自らの時間をさいてここへ足を運ぶのだ」
「なぜです?」
間髪入れず返ってきた質問に夏候惇は言葉に詰まる。
「なぜっ・・・て・・・それは貴殿に会うがために・・・」
「ですからそれがなぜなのです?父上や馬超なら私の血縁ゆえに会いに来る道理は
わかりますが、赤の他人であるあなたがたが私に会いに来る理由というのが
わからないのです」
夏候惇は少し困った。
理由は説明できないものではないのだが、それは面と向かって言うには
少し勇気のいる行動なのだ。
『お前に会いたくてしかたなかったから』
・・・なんて恥ずかしくて誰が言えるか!
「・・・・太守殿?」
「・・・ん?あ、いや、なんでもない」
とはいえ、この時彼の知力は朱羅を少し上回っている。
返事はすぐ作り出せた。
「・・・理由はな」
「はい」
「顔が見たくなったからだ」
嘘ではないが少し説得力のない返答。
しかし朱羅は親しい友人が隠し事をしているなど、夢にも思う性格をしていなかった。
「・・そうですか。ならよいです」
と、あっさり引き下がり、お茶を一口すすった。
「・・・おぬし、素直だな」
「?・・・他の方にもよく言われますが、それはほめ言葉なのですか?」
「・・・・まぁ・・な」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って頭を下げてくる朱羅に夏候惇はもう苦笑するだけだった。
半実話です。
お前ら暇なのか?と本気で思うほどよく来るんです。
うれしいけど仕事はしっかりしましょうね。
「ではお気をつけて」