それはいつものように執務室でもくもくと仕事をしていた志悠に
外から聞きなれた声がかけられたのが発端だった。
「・・・志悠、俺だ。いるか?」
ノックのかわりに聞こえてきたのは、普段からよく聞く渋くて低めの声。
「どうぞ、開いていますよ」
いつも通りに聞こえるように返事を返したが、しかし外にいる声の主は入ってくる気配がない。
「・・・惇おじさま?」
「・・・ん・・・まぁ・・・その・・・・・・なんだ。そのまま聞いてくれ」
「・・・?」
不思議に思いながらも筆を動かす手を止め、志悠は言われた通りに反応を待つ。
「実は・・・孟徳が何を思ったのか全員の服を新調すると言い出して
俺も今日新しい服に変えられたんだ。・・・だが俺にはどうもこういったものには学がなくてな。
手間は取らせん。一応どこか変な所がないか見てくれんか」
様子からして、服を変える程度なら問題ないだろうと思っていたが
いざ着替えてみたら急に不安にかられでもしたのだろう。
志悠はそんな事を考えながら扉に歩み寄り、取っ手に手をかけた。
「・・・かまいませんよ。見立てくらいならお安い御用です」
「・・・すまんな」
そうして扉を開けると、首をぼりぼりかきながら
困ったような落ち着かないような夏候惇が所在なさげに立っていた。
ざっと見た所、以前の青いマントはなくなっていて眼帯も布に変わっている。
そのかわりに後側の衣が少し長めになっていた。
「・・・あら、眼帯も新調されたのですね」
「まぁ・・・別に元のままでもよかったんだが・・・ついでにな。
足元は少しうっとうしくなったが・・・それで・・・どう思う?」
「そうですね・・・」
志悠はうろうろ後に回ったり横から見たりして考え込み・・・
「・・・えぇ、男らしさが増したようで素敵だと思いますよ」
微笑みながら夏候惇にとってはしばらく忘れられない
最高のほめ言葉をくれた。
「・・・そ・・・そうか。ならいい」
夏候惇、赤くなりながらも至福の一瞬を満喫。
「あ、でも背後から見ると女遊びの好きそうな人にも見えますけど」
ぼて
鬼将軍、しぶい笑みで顎に手を当てたまま真横に倒れた。
「よお!どおした惇兄!こんな所でこけてたら背後に回ってチャージラッシュしちまうぞー!」
など言いながらのん気にあらわれた夏候淵。
冗談を飛ばしながらやって来た彼も、以前とは違う真新しい鎧を着ていた。
「あら、淵おじさまも新しい鎧なのですか?」
「お、よくわかったな。さすが俺らの血縁だなぁ」
胸の微妙なところに金輪がついてるから。
・・・とはさすがに面と向かって言わなかったが。
「どうだ?ちょっと重いがそこらのなまくらな攻撃じゃ傷もつかねえぞ」
「そうですね。用心するに越した事はありませんから賢明です。
しかし兜の方はお作りにならないのですか?」
「んー・・・まぁ一応兜ももらったんだが、俺はどうもあぁいう暑っ苦しいのは苦手でなぁ」
「まぁ、頭は人体の急所の一つだというのに、そんなわがままを・・・」
「それだよ。実はそう言って司馬懿が作ってくれた兜なんだよな」
「・・・司馬懿殿が?」
司馬懿が他人のために物を作って渡すと言うのもちょっと想像できないが
『貴殿にはこれを着用して最前線をまかなってもらう』と押しつけでもしたのだろうか。
「あいつ何があったか知らねぇが、俺に兜作ってくれた上に
なんか大分見た目が変わってるんだぜ。
なんつーか・・・軍師なのに軍師らしからぬっつーか・・・」
「変わったのは見た目だけですか?」
「おう、見た目だけ。服変えたぐらいであの性格はかわんねえだろ。
でもまぁ俺も最初見たときはちと驚いたが・・・あいつもなんか思う所があるんだろうな。
おーい惇兄!そろそろ起きろー。踏んじまうぞー」
この時言った夏候淵の言葉の意味はそれからすぐに判明する事となる。
それは城の直線廊下。
ぴきーーーん
長い廊下の空気が一瞬にして時間が止まったように凍りつく。
志悠の前方に見えるのは多分、おそらく、司馬懿仲達。
なぜおそらくなのかというと、紫の文官服に黒い羽扇を持ってはいるが
遠くから見た感じ、何かがとても違うのだ。
「「・・・・・」」
コツコツコツ・・・
お互い止めていた歩みを進め、さらに接近しあと3メートルで双方停止。
そこで顔色の悪さと自尊心満載の子供も泣き出しそうな鋭い目つきによって
司馬懿と判明した。
だが志悠にはどうも理解できない事が一つ、紫色の文官服の最上部に乗っている。
コツコツコツ・・・
距離2メートルで再び停止。
「「・・・・・」」
一分経過。
「衣装と頭部が釣り合わないお姿になられましたね」
誰もが言えなかった事が志悠の第一声となった。
「ふはははは!!ははははははは!!」
ところが司馬懿は怒りもせず言い返す事もせず、廊下いっぱいに響くほどの大声で笑う。
「・・・知略の練りすぎでとうとうやられましたか?」
「くっくっく・・・なに、そなたは私の期待を裏切らぬのでな」
「は?」
「朝から周りの連中が何か言いたそうな顔をしておったのだが
どいつもこいつも問いただしても口をつぐむばかりで何かと思えば・・・
血は争えぬという事か、ははははは!」
と、言う事は夏候淵にも同じ事を言われたらしい。
「司馬懿殿、もしやお怪我でも?」
「いいや、私はいついかなる時も万全をきするまで。
そなたと違い私の出る場所は書斎にとどまらず、矢と剣の飛び交う戦場もあるのだ」
「ならばいっその事、鎧の方も新調なさればよろしいのに」
「あのような重い物を四六時中着ていては無駄な体力を消耗する。
私はあくまで万が一の事を考えて・・・」
「し!ゆ!う!さ!
まーーvv!!」
何か言いかけた司馬懿の声をさえぎり、遠くの方から妖しげな音楽をひびかせ(イメージ)
極彩色の花びらをまき散らし(イメージ)いつもの長身がまっすぐな回廊を
意味もなくジグザクにすべるようにやって来る。
それはあと2メートルという所で間違って□ボタンでも押したのか
華麗なスライディングを・・・
ビーー!
ぶしゅ
・・しようとして司馬懿のチャージ1に迎撃された。
「・・・・・・げふ、ご機嫌うるわしゅう志悠様!この張コウ新しい衣装に身をつつみ
戦場で新たなる活劇を演じるため、まず志悠様に御見聞いただきたく参上いたしました!」
毒玉装備だったので毒紫色に染まりながらも
さすがと言うべきかなんというか、魏きっての暴走将軍張コウ、いつもの口上は変化ない。
ビーム発射した司馬懿は完全に視界外にはじき出されてしまっていたが
もうなれてしまっていて突っ込む気力も起こらない様子だった。
で、その張コウはというと・・・
以前の怪しいお店のショーダンサーのような格好から
かなり露出も妖しさもいかがわしさも減り
遠くから見ればなんとか何かのパレードの出演者に見えなくもない姿になっていて
髪も一つにまとめられ先の方にリボンもないようだ。
以前との違いを少し意外に思いながら志悠が口を開く。
「・・・あなたは随分大人しくなったのですね」
「実は殿からじきじきにお達しがありまして、是非にこれを着て戦場を舞い
士気向上に貢献いたせとおおせつかりました」
それ・・・「半裸で戦場を走り回られると味方の士気が落ちるからこれを着て普通に戦え」と
遠回しに言ったんだ絶対。
普段意見の合わない志悠と司馬懿も
張コウに対するツッコミどころだけは一語一句変わらない。
「私としては少々演出的に物足りなさを感じるように思うのですが・・・
志悠様はこの新しき張コウをいかがとお見受けになりますか?」
外見は変われど中身は馬鹿のままなら
どう答えようと評価は馬鹿のままだ。馬鹿めが。
司馬懿、どうせ言っても聞きもしないだろうセリフを脳内で力強く自己再生。
「・・・そうですね、私としては以前より落ち着いていてよいと思いますよ」
「それは以前よりもより美しくなったとおっしゃるのですね?!」
「・・・いえ、美しいかどうかは別として、悪くはありませんよ」
などと嬉しそうな顔に思わず仏心をだしてしまうのが志悠の悪い所。
張コウはその場できりもみ回転し、どうやって出すのか足元から紫の蝶をぶわさと大量発生させ
意味不明のポーズをとりながら、どこを見ているかわからない遠い目で語り出した。
背後で司馬懿が無言のまま距離を取る。
「・・・悪くはない。可もなく不可もなく。一見どちらつかずのあいまいな台詞も
あなたにかかれば常に精進せよとの激励の言葉に変化する(足元から蝶発生)!
よいでしょう!この張コウさらなる美の高みを目指し日々美しさたるものに磨きをかけ
いつの日かあなたのお眼鏡にかなう姿をご覧に入れま・・・!」
司馬懿がジャンプした。
ビーー ドガーーン!!
衛星攻撃ばりの爆風に、爆撃範囲外ぎりぎりにいた志悠の髪と服が激しくはためく。
「・・・一応言っておくが」
焦げ臭い空気を黒羽扇で軽くあおぎながら
着地した司馬懿は何事もなかったように口を開く。
「我らとこのイロモノを同じと考えぬように。
あと最近こやつの部下まで感化されてきているが・・・気になさらず職務に従事されよ。
以上、無駄話はここまでだ」
などと言いながら横回転して落ちた張コウを物のように引きずり
去っていく司馬懿の背中を見送りながら、志悠は無表情のまま一人静かに思う。
・・・・あなたたち、姿はともかくやる事がどんどん人から離れていくのはなぜなのですか。
その問いに答えられる者は無双世界には存在しなかった。
「し〜ゆうさま〜〜」
次に出会ったのは見た目は凸凹だが中身も凸凹
許チョと典韋の親衛隊コンビ。
二人とも遠目にはわからないが、近くで見るとやはり色々と改良されていた。
「あら、あなたたちも衣替えですか?」
「うん、そうだよ〜。でもオイラ鏡見ないから何が変わったのかよくわかんねえだ」
「ふふ、二人ともよくお似合いですよ。
あってもなくても変わらないようなピッチピチの上着が許チョらしくて」
「わぁ〜い、志悠さまにほめられただぁ〜」
「・・・・・そっか?」
横で聞いていた典韋が太い首をかしげた。
「典韋の方は・・・少し見た目が丸くなったのですね」
「えぇ、まぁ・・・前のトゲトゲも馬頭の手甲も変えちまいましたからね」
「城下の子供に泣いて逃げられでもしました?」
「してませんて!」
「だよね〜。典韋けっこう子供に人気あるし逃げられたりしないよね〜」
「だぁ!こら!よけいな事ぬかすな!」
「あら、恥かしがる事でもないでしょう?
子供に好かれる事は悪い事ではないのですから」
「げ!?
なんで知ってんすかあねさん!?」
「私を誰だと思っているんです?城下の視察は内政官の大事な仕事ですよ」
「うぐぐ・・・」
典韋は隠そうとするが、志悠は知っている。
城下の子供の間で「てんさん」と言う人物が噂になっていて
城に忍び込んで来た子供たちを、警備の兵からかばってくれた事があるそうだ。
見た目は怖いがぶっきらぼうながらも優しくて、子供達には良い人だと思われたらしく
城に忍び込む子供達の間で評判になり、視察に来た志悠にも
「てんさんげんき?」「てんさんお城にいる?」と聞いてくる子がいるのだ。
初めは誰の事だかわからなかったが、特長を聞いてすぐに誰の事だかわかり
志悠は今も「忙しいけど元気にしています」と仲介をつとめているのだ。
「・・・あ!っとと!そういや思い出した!殿があねさんを見かけたら
執務室まで来るように言ってくれって頼まれてました」
「?・・・書簡ではなく直接ですか?」
「へえ。表向きには状勢変化による内政方針の話って言ってましたが・・・
変な含み笑いしてましたから、新しい服を見せたくてたまらんのじゃないですかね」
そういえばこのところ忙しくて顔を合わせる暇もなかったから
曹操もちょっとさびしかったのかもしれない。
「・・・気をつけてくだせぇあねさん。殿はあぁ見えて変に子供っぽい所がありますから
あんまり素っ気ない反応だと、しばらくへそ曲げちまいますよ」
「そうですね、気をつけておきます」
そんな会話の後、二人と別れ曹操の執務室前まで来ると
ちょうど部屋から出て来た甄姫、張遼と出くわした。
甄姫は張コウと同じく露出が減っており
張遼は・・・なんだか妙な派手さをかもし出していた。
「あら志悠も殿にご用事ですの?」
「はい、急に呼び出されたようでして。
ところで・・・甄姫様ずいぶん印象の違ったお衣装になられたのですね」
「ふふ、どうせ新調するのなら思い切ってみようと思いましたの。いかがかしら?」
そう言って軽くポーズをとる甄姫は、太ももまで入ったスリットもなく
袖も長くてウエストもむき出しではない。
夏服から冬服に変えたような感じで、同性の志悠でさえ時々目のやり場に困るような
きわどい部分がないのに、志悠はなぜかホっとする。
「えぇ、大人の女性の落ち着いた魅力がかもし出されていて、甄姫様によくお似合いかと思います」
「あら、ありがとう。あなたがそうおっしゃるなら間違いありませんわね」
「おそれいります。・・・ところでそちらは・・・」
視線の先には先程から無言を通している張遼。
「どちら宗教の宣教師様でしょうか」
ぷッ
甄姫があわてて押さえた口からかすかに音がもれた。
「・・・そなたは・・・遠慮がないというか正直と言おうか」
「私は正直な感想をのべてみただけです」
「正直というのには反対せぬが、もう少し他に言い方というものはないのか?」
「あら、だってそんなヒラヒラの多い衣装で鉤鎌刀を振り回されても迫力にかけますもの。
むしろ聖書を片手に地方を歩き回る方がお似合いでは?」
「いや・・・あのな・・・これは別に私が選んだものでは・・・
・・・あの、甄姫様変なこらえ方をされると余計気になりますゆえ、笑いたければ存分に」
「・・い、いえいえ。ではわたくしはこれにて」
さすがに許可されたとはいえ人前で口開けて笑うはしたないマネはしない甄夫人。
おそらく誰もいない所で思いきり笑いたいらしく
背を向けて足早に去っ・・・
「っ!?」
そこで志悠は気がついた。
甄姫の衣装が落ち着いていない事に。
背中は腰のあたりまで無駄に思いきり開いており
長いスカートは長さ意味がないほどド真ん中上部から切れていて
歩くたびに太もも付近の薄布を通し、開きっぱなしだった前のスリットを
はるかに越える危ない見え方をするのだ。
・・・甄姫様・・・怖いよう・・・。
志悠は思わず横にいた張遼の背後に隠れたくなった。
「どうだ、あの方に比べれば私のなぞかわいいものだろう」
「・・・・あの方と張コウを引き合いにだしてはいけません。人生観に支障をきたします」
「同じ同胞に使う台詞ではないぞそれは」
「甄姫様はまだよいのです。しかし最も問題なのは張コ・・・」
「こら!なにをやっておるか!早く入らんか!」
部屋の中から発せられた曹操のいら立ったような声に、不毛な会話は中断させられた。
「・・・では私はこれで」
「はいごきげんよう」
志悠と張遼、顔を見合わせて何事もなかったようにあっさり別れた。
そうして志悠が扉を開けて中に入ると
中にはいつも通り書簡類に囲まれた曹操と、もう一人志悠がよく知る人物か立っていた。
「子孝様!」
今まで見せた事のない明るい表情で目を輝かせ、駆け寄って来る志悠を
曹仁子孝は細い目をさらに細め、父親のように優しく迎えた。
「・・・久しいな、かれこれ1年になるか」
「はい!お久しぶりです!お変わりありませんか?」
「こちらはさほどに変わりない。そちらの噂は色々と聞いているが、息災そうで何よりだ」
・・・・・・噂・・・・・・?
曹操の方を睨んで見ると、さっと目をそらされる。
どんな噂なのか聞いてみたいところだがともかく仕官する前からの
親しい知人に再会できた事は喜ばしいので後で聞く事にした。
「・・・再会を懐かしむのは後にして、本題に入ってかまわんか?」
だが話がはずまないうちに、ちょっと不機嫌そうな曹操の横槍が入る。
「・・・あ、申し訳ありませんつい」
「まぁよい。曹仁に戻ってもらったのにも関係のある話だ」
「と、申されますと?」
「これから我が国は呉だけではなく蜀との攻防が激化する。
呉は元々水軍で力を蓄えておった事もあるが、今や蜀も少数精鋭のあなどれん敵と化した。
曹仁を遠方の状勢安定の任から呼び戻した理由もそこにある」
「・・・・・・」
志悠の表情がわずかに曇る。
「ついては内政を握るそなたにも、今後いくばくか軍事にまつわる協力をあおぐ事になるやもしれぬ。
おぬしはあまり良い顔をせぬだろうが・・・察してもらいたくてな」
戦の激化。
乱世を平らげるには戦は避けて通れぬ道だということは
志悠も知っている事だが・・・。
戦をするには人がいる。
人は自分の国から出さなければならない。
つまり自分をしたってくれる多くの民達を、死地に送り出さなければならないのだ。
その事を察してか、曹操は口調をいくらか和らげた。
「そなたの思想、否定するつもりはない。
だがその心を食い物にしようとする輩も他国、もしくは我が国にも存在するのだ。
我らの武勇の剣とておぬしの作り上げる国力という盾なくしては乱世に食われる。
志悠、辛かろうが・・・頼めるか?」
それでも答えを出す事をためらっていた志悠に
視線の先にいた曹仁が無言でうなずく。
そう、曹仁は志悠が仕官する前からの理解者で相談相手。
戦が激化すれば志悠の負担は大きくなり、多くの苦悩をかかえる事になる。
おそらくその事を知っていて、曹操は曹仁をここへ呼び戻してくれたのだろう。
ならば志悠もそれにむくいるため、決断しなければならない。
「・・・承知しました殿。志悠零一品内政治官、善処いたします」
「うむ。そなたと曹仁の手腕、共に期待しておるぞ」
そう言われても浮かない顔をする志悠の肩を、曹仁は少し強めに叩いた。
「暗い顔をするな。そなた一人が暗い顔をすると多くの民が不安になる」
「・・・子孝様」
「案ずる事はない。おぬしの味方、少なくともここに一人いるのだからな」
「・・・はい」
父と娘、師匠と弟子とも見える何とも言えない穏やかな空気がただよい
置いて行かれた曹操が再びむっとしたように咳払いをした。
「・・・げふん!・・・ところで志悠、話は変わるが・・・」
「あ、はい」
「おぬし曹仁には親しげに接するのに、なぜわしにはなつかんのだ」
話、変わり過ぎ。
「・・・殿、そのお話、私と子孝様のいる前でするのは何度目になります?」
「だって気になるではないか。地位も上、権力も上、将来性も上なのになぜわしになびかん。
おぬしを抜擢したのはわしなのじゃぞ?」
なびくも何も、曹操は魏の王様。
曹仁は志悠が片田舎の太守だったころからの知り合い。
駄々こねようがそう簡単になつけるものではない。
と、口で説明してもわかってもらえるようなら
曹操も志悠に色目を使おうとして夏候惇に怒鳴られたりはしないだろう。
しかたなく志悠は素早く打開策を組み立てた。
「殿には多く奥様がおられるので私などが介入する余地などありません」
「それとこれとは話は別だ。それとも何か?わしはおぬしの目から見て魅力がないか?」
「いいえ。殿には殿の良さがあります。その背中のお召し物も威厳が増してよくお似合いですし」
その途端、曹操の目が急に明るくなった。
曹操は今まで座った状態で志悠の方には背を向けていない。
それなのに志悠は曹操の変化、つまりマントにきちんと気付いてくれたのだ。
「・・・いつ気がついた?」
「最初からです。私の目は節穴ではありませんもの」
「・・・うむ、そうか。・・・うむうむ、そうであろうな」
笑いをかみ殺しているがかなり嬉しそうな野望の魏王。
一見冷静をよそおっているが、小刻みに貧乏ゆすりする足と指先は
君主の威厳も何もあったものじゃありません。
「せっかくですから後を見せていただけますか?」
「うむ!よかろう!」
しかもマントを見せるだけで自信満々。
典韋の言う通り、魏の王様はちょっと子供な所があるらしい。
誇らしげに立ち上がり背中のマントをちょっと大げさに広げて見せた。
「どうだ志悠、おぬしの意見は」
「・・・見た目は質素ですけれど素材は良い物ですね。予備はお作りになられました?」
「一着色違いは作らせた。次は柄入りも作ろうかと思ったのだがなかなか決まらん」
「では私がお見立てしましょうか?」
黙っていた曹仁が一瞬何か言いたそうにするが
曹操は気づかずさらに機嫌が急上昇。
「おお!やってくれるか?!」
「大した手間ではありませんもの。お引き受けしますよ」
「よし!ではすぐに取りかかってくれ、良い物を頼むぞ!」
「承知しました」
「・・・では・・・我らはこれにて失礼を」
「うむ、ご苦労!さがってよい」
仲間はずれになりかけた事も完璧に忘れ
すっかり上機嫌になった曹操を残し、曹仁と志悠はその場を後にした。
その後作られた曹操のマント。
週末の道路を集団で暴走する人達が好みそうなデザイン(モデル3)になったのが
志悠の考案だったのかどうかは不明である。
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