「殿。こたびの戦、奇襲返しにあわれて大変だったそうですね」
「・・・ほう?おぬしがわしの世話をやきに来るなど、これまた珍しいな」
「最初はあまり気乗りいたしませんでしたが、それなりの収穫も得られましたので」
「ふむそうか。・・・ところで・・・そなた人にばかりすすめておいて
まだ一杯も飲んではおらんのではないか?」
自分で野心だの野望だの、堂々と言ってのける魏王の目が妖しく光る。
「・・・いえ私は今回何の功も立てておりませんので・・・」
「かまわぬ。そなたはわしらの留守をまかせておるゆえに気にする事などない」
「・・・ですが」
「まぁよいではないか。わしの酌などというのも、なかなか見れるものではないのだぞ?」
遠まわしに「わしの酒が飲めんのか」と言ってる酔っぱらい上司化してきた曹操。
見ていた夏候惇が剣を片手に立ち上がろうとして甄姫に止められる。
「なぜ止める!」
「あの方は守る事に関しては魏内最高ですのよ。心配いりませんわ」
「しかし!」
「信用なさい。まがりなりにも司馬懿殿と対等に渡り合う知略を持っているのですから」
それはわかってはいる。
わかってはいるが・・・!!
「そうですね・・・殿もご一緒にならば私もいただきとうございます」
「ほう?わしと飲みくらべるつもりか?」
「いいえ、平等にいただきたいと思うだけで」
「・・・よかろう。ではそなたからだ」
そういって差し出された杯は曹操より大き目。
志悠は少し眉をひそめはしたが、つがれた酒を遅めのペースで完飲した。
「では殿もどうぞ」
「うむ」
曹操の方はなれているのか飲むペースは志悠の倍。
すぐ完飲して志悠の杯に酒をついだ。
志悠はゆっくりと。
曹操は一気に。
そんなやりとりをするうち曹操の方は酔いが回ってきたらしく
赤くなって時々何もないのに笑い声を立てるようになってきた。
「・・・おぬし・・・上戸か?」
「いいえ?そうゆう殿こそ下戸なのですか?」
「ふははは!何を言うか!この程度の酒でこの曹孟徳が落とせると思うか?」
「では殿、これは何本?」
「・・・・・・・・・・三本」
差し出した志悠の指は一本。
「あら本当。まだまだ大丈夫のようですね」
「ふん、当たり前だ。ほれ次!おぬしの番だ」
そしてさらに数回飲み合いを続けるうち、いつもと変わらない志悠とは対照的に
曹操の方は目が半開きになり口調の方もだいぶ怪しくなってきた。
「・・・ぅおぬし・・・ぬぁかなかやるのぉう・・・」
「ふふ、殿こそさすが魏の王だけあって豪勢な飲みっぷりですこと」
「ふぁははは!わかったわかっら!ほめてもかまわるから分身すうでないわ」
・・・・気付け孟徳。飲み過ぎだ。
さすがに気の毒になってきた夏候惇だったが
止める気はないらしく心の中だけでつぶやいた。
「あ、ところで殿、このような話をご存知ですか?」
「んぁ?」
「むかーしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくに・・・」
中略
「というわけでさんにんのおともをつれおにがしまへむかったももたろうは・・・」
「・・・ぐご〜・・・ぐこ〜・・・」
魏王曹操孟徳、酒と志悠の策に撃沈。
「はい、一丁上がり。これでよろしいですね司馬懿殿」
「・・・・フン、このような子供騙しにひっかかる殿も殿だが・・・借りができたな」
「返さなくても結構ですよ」
「いいや、絶対に返す。そなたに借りを作るとろくな事にはならんのでな」
つまらなそうにそう言うと司馬懿は兵や使用人たちに
テキパキと宴の終了と後かたづけの指示をとばし始める。
「では典韋、殿をお願いしますね。
気が向いたら張コウを回収して自室に放り込んでおいて下さいな」
「わかりやした」
「・・・あ・・あの・・・志悠殿・・・」
「あ、徐晃。あなたももうお休みなさい。戦から帰ってくるなり色々と疲れたでしょう?」
「いえ拙者はともかく・・大丈夫でござるか?あれほど飲まれて?」
「・・・?あぁ、あの程度ならなんともありませんよ」
「なんだ、酔って乱れるそなたを見れると思っ!・・たろうな殿は!」
言い終わる前にわき腹を思いきりつねられ、張遼はあわてて最後を修正した。
「いいですから凱旋組は早めにお休みなさいな。
あ、惇おじさま。殿は許チョに運ばせますからもう・・・」
「・・・いや、お前、何ともないのか?」
志悠と曹操が飲んでいた酒の量は、普段飲まない人間が飲んでいい量をとっくに超え
酒豪の名をこえるほどの量だった。
しかし志悠は赤くなるどころか酒臭さ一つただよってこない。
「ご心配なく。こう見えても多少は強いほうですから」
「多少ってお前・・」
「平気です。自分の限界は心得ていますもの」
「ですが志悠殿、普段あまり飲まない方が急に多い量をたしなまれると・・・」
「無理してないのか?本っっ当に大丈夫なんだろうな?」
心配性な血縁と生真面目な友人に志悠は額を押さえ
かちん、という音とともに額に怒りマークが出現した。
「問題ありません!
いいからとっととお休みなさいませ凱旋組!!
淵おじさま!名残惜しそうに残り酒を探さない!
許チョ!もったいないなら包んであげますから口一杯に物をためない!
惇おじさま!徐晃!張遼!おやすみなさいま・せ!」
「わ!わかったわかった!わかったから押すな!」
「・・で、では志悠殿、あまりご無理をなさらぬように」
「しかしそなた見掛けによらず酒豪・・・」
ガ
女性用の鋭利で固い靴が、余計な一言をはなった張遼の足に落下。
「おやすみなさい。明日の職務に差し支えないようにね」
「・・・わ・・・かった・・・・おやすみ」
「零ー!そこの地酒捨てんなよ!とっといてくれよー!」
「んじゃあ志悠さまおやすみだ〜」
そうして自分より大きな武将達を追い出す志悠の姿は
今までは純白の衣装に身をつつんだ女神のように見えていたが
今は夜ふかしして寝るのを嫌がる子供を寝かしにかかる
肝っ玉母ちゃんのように見えなくもない。
最後に足を引きずりながら去って行く張遼を見送り
志悠はようやく静かになってきた宴会場を見渡す。
甄姫は先程父と同じく酔いつぶれてしまった夫をつれて退席していて
後に残るのは高圧的に命令を出し、後片付けを進めている司馬懿のみだ。
「司馬懿殿、お手伝いしましょうか?」
「・・いや、いい。先に休まれよ」
「貸し借りにこだわると心がすさみますよ」
「ふん、この所職務に追われていたので気分転換がしたくなっただけだ」
「それはひょっとして淵おじさまの影響ですか?」」
「・・・知らんな」
「ふふ、では先に休ませてもらいますね」
「あぁ・・・・いや待て」
足を止めた志悠に向かい、司馬懿は黒羽扇を口元にあて
いつもの不敵な笑みを浮かべる。
「馬子にも衣装・・・いや化け狐にも衣装・・・か?」
とたんに志悠の目がすっと細められる。
「それに中々に楽しい見世物であったな。またの機会を楽しみにするとしよう」
「あら、次の機会にはあなたが楽しいものになるような席を考えて差し上げますわ」
「ほう・・?それはそれは。ご自分の事を棚に上げたこころみだな」
「人をおとしめる事に心血をそそぐ方にはちょうどよいかと思うのですが?」
その直後、二人の周囲2mが超重力空間に変化した。
「くっくっくっ」
「ふふふふ」
馬鹿騒ぎがせっかくおさまったというのに笑っていない笑顔で睨み合い
険悪なムードをただよわせ始めた二人に
周囲の後片付けをしていた兵や使用人達は
先ほどまで騒いでいた連中が、誰でもいいから(張コウ除く)返って来てくれないかと
無駄な事をこっそり神に祈っていた。
その祈りは極端に救いの神の少ない魏ではもちろん通じず
その異空間が消失したのは日もかわろうかという深夜になってからだった。
まだ2のころの話です。
正確には3をしてて書き遅れた2の話です。
人間関係はいろんなサイトさんを見ての思いつき。
曹仁さんも入れてみたかったです。
さぞ振り回されたでしょう常識人。
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