祝宴での一件が終わって少し後、志悠は少しだけ夜風にあたってから自室に戻ろうと
中庭づたいの長い廊下を一人歩いていた。

普段人の多い城内も、深夜になるとさずがに静かなもので
今周りにあるものといば、虫のたてる小さな声と月の光、何かを振るような音ぐらい・・・。

「・・・?」

足を止めて闇の中に目をこらし、音の元を探してみると
庭先に見知った白装束が一つ、一心不乱に愛用の斧を振るっている。

どうやら戦の後でも宴の後でもその真面目な性分は変わらないらしい。
その彼らしい心意気に苦笑しながら志悠はその手が止まるのを黙って待ち
ころあいを見計らってそっと声をかけた。

「・・・そういえば、あなたは休めと言っても休めない人でしたね」
「!・・・志・・っ!?」

声をかけた時より姿を見た時の方が驚いた顔をされたのはともかく
徐晃は隠れて特訓をしていて先輩に見つかった後輩のように
慌てて隠せない大きさの牙断を背後に隠した。

「・・・も、申し訳ありませぬ。何分習慣が身体から抜けぬもので・・・」
「ふふ、あやまらなくてもかまいませんよ。けれど今日は早めに切り上げてお休みなさい」
「・・・あ・・・あの!」

必要最低限の注意をしてから邪魔をしないように立ち去ろうとした志悠を
徐晃は思わず呼び止める。

「はい?」
「・・・あ・・・その・・・うまく言えぬのですが・・・」

何か照れながら頭をかきむしっている所を見ると
おそらく酒席で言いそびれた事を言おうと必死になっているのだろう。

志悠はおかしそうに静かに笑った。

「ふふ、大体わかりました。ありがとう」
「・・・その・・・拙者武芸ばかりの無骨者ゆえ
 あまり気のきいた事はもうせませぬが・・・」
「一芸に秀でることは大切な事です。もっと自信を持ちなさい」
「・・・は」

とはいえ一辺倒というのもあまりよい事ではないのですけれどね。

と、思ってみてもあえて口には出さないでおいた。

「それにしても戦の祝宴の後にお稽古?あなた一体いつ休息をとるつもりですか」
「はぁ・・・まぁ最低限の睡眠は取るように心がけてはおりますが」

志悠がちょっと怪訝そうな顔をする。

「・・・徐晃、あなた非番の時は何をしているのですか?」
「そうですな・・・主に修行ですが」
「他には?」
「城の見回りに武器の手入れ、新兵に稽古をつける時もありますな」
「・・・あなた先程の席で少しは飲みました?」
「いえ、後々にさしつかえるかと思い、志悠殿にいただいた一杯だけです」

聞けば聞くほど志悠の眉間にしわが寄る。

「・・・あきれた」
「は?」
「早い話があなた就寝以外にほとんど休んでいないのではないですか」
「そうゆう事になりますが・・・それが何か?」

さっぱりわからんというような徐晃の様子に、志悠はため息をつきながら頬と肘を触る。
これは志悠がよくやるいら立った時のクセなのだ。

「・・・単刀直入に言いますが、ある程度休息を取りなさい。
 起きている間働きづめでは、心身ともにもちませんよ?」
「しかしこの乱世を生きぬく為には抜きん出た武と強靭な精神が・・・」
「それは承知の上です。あなたが職務熱心なのも
 武人として自らの信念をつらぬこうとする思いも理解しているつもりです」
「・・・・・」
「ですがあなたは武人である前に人間なのですよ?
 己を磨くことも結構ですが、もう少し他の事に目を向けるのも大切なのではありませんか?」
「・・・と、申されますと?」
「もう少し回りを見て武以外の事も学びなさい。
 そうでなくては・・・あなたはただの戦の道具でしかなくなってしまうのですよ?」
「あ・・・」

徐晃がそこでようやく志悠の言わんとする事を理解して
持っていた牙断を落としそうになった。


そうだ。この人は人の命を尊重し
人が人を殺める事を誰よりも良しとしない人なのだ。


「そもそもあなたは張遼や典韋達とは普通に会話をするのに
 私には簡単な会話や単語でしか話をしないのですもの。
 時々私はあなたにおせっかいな事をしているのではないかと心配になります」
「・・なッ!?い・・いや!そのような事はけして!」
「・・・いえ、無理なさらずに。私もたかが文官の分際で
 武人のあなたに意見するなど差し出がましい事だったのかもしれま・・」
「志悠殿!!」

怒ったような言葉が志悠の声をさえぎった。

「それは誤解だ!拙者そなたの言う通り武を極めんがため修行にあけくれ
 人と接する機会が少なかったのは事実!
 戦乱の波にもまれ、人としての振る舞いをおろそかにしてしまったかもしれん!
 それを言い訳にする気はないが、拙者とてそなたと話をしたいのだ!
 しかし拙者には・・・なさけない話、そなたと向き合うだけの勇気がたりん。
 それは悪く言えば逃げているのかもしれん。
 だがそなたの助言、決して余計な事では・・・その・・・なんと言うか・・・お節介ではない。
 ・・・それだけは・・・信じてもらえぬか?」

最初は強気だったのにだんだん弱気になってしまった徐晃に
おとなしく聞いていた志悠は柔らかく微笑んで目を細めた。

「・・・あら、言えるじゃありませんか」
「・・・え?」
「随分長い会話・・・と言うか、言い訳ができていますよ、徐晃」

その時徐晃は初めて自分が思いの全部を口に出していた事に気付き
言いたい事を出しきってしまった口をはっと押さえた。

「ね?武を極める事はかまいませんが、もう少し別の個所を磨く事をおすすめしますわ」
「・・・・・・・・面目ない」
「あやまる事ではありません。後はあなたの心意気次第ですしね」
「は。ご助言かたじけのうござる」

そう言って格式ばった礼をする徐晃に志悠は苦笑した。

「・・・あら、もう戻ってしまいましたね」
「は?」
「先程私に思いをぶつける際、口調が少し打ち解けたと思ったのですが」
「え?・・・あ!いや!それはその・・!」

ちょっと指摘するとあたふた慌てるのも徐晃の特長。
本当にこの男は固い性格と比例して不器用なところがあるようだ。

「ふふ、それでは私はこれで。明日にひびかない程度に切り上げて
 今日の事を心に止めて、たまには簡単な書物でも読みなさいな」

これ以上困らせては悪いと、振り返りぎわにかすかな酒の香りと白い残像を残し
志悠は徐晃に背を向けた。

「・・・志悠殿!」

しかし二歩も歩かないうちに、今度はためらいのない、はっきりした声に止められる。

「・・・?」

振り返ると牙断をにぎりしめ、何か決意したような目をしている徐晃。

「・・・その・・・志悠殿は・・・青もお似合いですが、白もよくお似合いでござる。
 お心が誠実で・・・お優しいからだと・・・拙者は思います」

張コウなら最低十五分は言えるだろうほめ言葉を
徐晃は勇気をふりしぼり、短いながらも言いきった。

「ふふ、ありがとう。その調子です」
「・・・は。・・・あ、それと志悠殿」
「?」
「女性の方の白地の服は、月の日に着ると万が一の場合
 汚れが目立つそうなのでお気をつけに・・」


ごッ!


いつ間合いを詰められたかわからないほど目にも止まらぬグーが飛ぶ。
徐晃は軽々宙を飛んで背後の植え込みに突っ込んだ。


「そうゆう心配は余計です!!馬鹿!!!


夜目でもわかるくらいに湯気が出そうなほど赤面した志悠は
足音を消そうともせず荒々しく去って行った。

方頬をちょっぴり変形させて植え込みにめり込んだ徐晃は
しばらく殴られた衝撃で放心状態。
だが少ししてふと以前同じく志悠に殴られて
壁にめり込んだ張コウを引き剥がすのを手伝った時の事を思い出した。


『しかし・・・拙者前々から思っておるのですが、張コウ殿はどうして
 志悠殿に手を上げさせる事ばかりなさるのでござるか?』
『・・・ふ。こうしてあの方の拳をいただけるという事は、あの方の感情を動かせてこその事。
 あの方の心を動かせば動かせるほど、より強力な攻撃をいただけるというものなのですよ』


では・・・グーで殴られたという事は・・・少しお近づきになれたという証拠なのだろうか?


徐晃、勘違い。


ではあれより強力な攻撃をいただけるようになれば、より志悠殿と親しくなれると言うわけか。


徐晃、ウルトラ勘違い。


・・・うぅむ、志悠殿の親密度と言うものは攻撃の強度によるものだったとは。
では拙者これより堅固な身体にならねば、志悠殿のお気持ち受け止められぬという事か!


徐晃・・・ノーコメント。


そんな事があったら夏候兄弟や甄姫や許チョなんかは
始終殴られまくり複雑骨折で再起不能になっている。


しかしこの時の徐晃の勘違いはしばらく尾を引き
様子が変だと気付いた志悠が張遼に話を聞いたところ、ようやく真相が判明。

おもしろ可笑しく笑う張遼を思いっきりつねり、志悠は徐晃に間違いを説明したところ
徐晃は急に修行に出ると言い出しぷっつり姿を消した。

ちなみにその原因を作ったとされる張コウも志悠からお叱りを受けたが
やはりと言うかなんというか、案の定あまり聞いてもらえず
次の戦までの期間1ヶ月分の攻撃を、全治1ヶ月分きっちり志悠からいただいたそうな。








ノートに残ってた徐晃編です。
なんだかどんどん志悠が狂暴化してるような・・・。




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