「お断りいたしますv」
ドバン!!
さわやかな笑顔と有無を言わせぬ拒絶の言葉を残し
扉はこれ以上ないくらいの素早さで閉められた。
外にいた合肥の戦帰りの夏候惇。
一瞬間をおいてやっと締め出された事に気付き
ごていねいに錠まで閉められた志悠の執務室の扉を
無駄とは知りつつガタガタ開けようとする。
「・・・あ、こら!まだ何も言っとらん!」
「お断りします」
「だから何か言う前に断るな!それが戦から無事生還した血縁にとる態度か!」
「合肥での大勝なによりです。ですが祝宴への招待は辞退させていただきます」
「・・!そこまでわかっているなら顔を出して直接断れ!俺の顔が立たん!」
「私は殿や張コウを説き伏せるほど暇ではありません」
「開けろ志悠!俺が孟徳に嫌味を言われるだろうが!」
「私は司馬懿殿に嫌味を言われます」
「たのむ!開けろ!せめて・・その・・顔を見せろ!俺の立場も考えてくれ!」
「お疲れ様でした惇おじさま。よい夜をお過ごし下さいませ」
「零ーーー!!」
ケンカして家に入れてもらえないダメ亭主よろしく
頑丈に作られてある扉をガンガン叩く、曹操の右腕にして魏の鬼将軍夏候惇。
字で呼んでも返って来るのは穏やかだけれど限りなく冷たい拒絶の言葉のみだった。
「・・・まぁまぁ、楽しそうですこと。将軍も志悠との掛け合いが板についてきましたわね」
などと言いながらひょっこり現れた甄姫に向かって、夏候惇は心底嫌そうな目を向けた。
「・・・・・・いつから見ていた」
「ちょうど今しがた通りがかったところですわ」
もちろん嘘。
甄姫も合肥の戦いに参加していたのだから曹操が帰ってくるなり
夏候惇に志悠を呼びに行かせた事くらい知っている。
「志悠、今日は私も功労者として出席しますのよ。よろしければご一緒に・・」
「出席して殿の杯を断り続けるには骨が折れます」
「あら、今日は許チョが甘いものをたくさん注文したと言っていましたのに」
一瞬妙な間があく。
「それに今回戦に参加していない司馬懿殿や主要な方々も召集されていますから
いかに司馬懿殿といえども口出しはできませんわ」
「しかし・・・」
「殿にはあなたに害をもたらさぬよう私が目を光らせます。
それにあなたにはいざという時に頼れる友人が近くに何名かいらっしゃるのではなくて?」
また少し間があく。
何も言い返してこないという事は、固まっていた気持ちがかたむいているらしい。
横で黙って聞いていた夏候惇は、女同士で交渉のしかたがあるものだと
妙な感心をしていた。
そして甄姫とどめの一言。
「何事も経験ですわよ志悠」
・・・ギィ・・
がっちり閉じられていた扉がわずかに開き、ようやく部屋の主が顔を出した。
「・・・・では・・・今回だけなら」
「ふふ、そう警戒なさらないで。酒席というのはいつも見知った方々の
意外な一面というものが垣間見えて、いろいろと勉強になるのですから」
「・・・・・」
「・・・わかっている。俺もある程度の援護はする。・・・そう睨むな」
「ほら、怖い顔をなさらないで。きれいなお顔が台無しですわよ?」
「・・・・・」
甄姫の言い分にも一理ある。
志悠の知り合いには頼りになる人物が何人かいる。
だが逆に苦手な人物や、気の置けない注意人物も周りには確かに存在する。
それらが一同に集まる酒の席というものがどんなものか興味も沸くが
それと同時に酒の入ったそれらの人物が一体どうなってしまうのかという不安も沸く。
しかしそれとは別に、志悠には国を守る内政官としての意地というものもある。
自分の身一つ守れないようでは何万人という民など守れはしないのだ。
・・・と、ハラをくくってみたものの、いまいち心のどこかに不安が残り
どうしても首を縦にふることだけは、その時の志悠にはできなかった。
「はい。それでは承諾ですわね。では早速お召し物を見に参りましょうか」
「え!?」
「え、ではありません。席は今夜ですのよ?
こんな事もあろうかと、わたくしあなたに似合いそうな服を何着か用意・・・」
「ちょ!ちょっとお待ち下さい!!私このままで十分ですので!!」
「あら、あなたそんな地味な文官服で出席なさるおつもり?」
「ですが・・・しかし・・・!」
甄姫 = 凄い服
この式を0.5秒で思い浮かべたいつも冷静な志悠の顔色が、ものの見事に焦りの色にそまる。
「先程も言いましたが、何事も経験ですわよ」
「いえ!そのような!着慣れもしない衣装で大衆の面前に出るなどお恥ずかしい限り!
それにたかが内政官が甄姫様の見立てた衣装を着るなど恐れ多い!」
「あら、いけませんわ。女性たるもの美しく見せてこそ華。
いわば女性の特権ですもの。こうゆう機会に着飾らなくていつ着飾るおつもり?」
「あの!ですが!・・・私は甄姫様のように装飾が似合う容姿ではありませんし・・・!」
「まぁ!そんなことをおっしゃるの!?自覚がないにもほどがあります!
来なさい!わたくしが女性が着飾るというものがなんたるかを教えて差し上げますわ!!」
「え!?あ、ちょ!惇おじさまーー!?!」
ずるずると細腕に引きずられていく志悠に
戦場での甄姫を知る夏候惇は、手を差し伸べる事ができずただただ見送るのみ。
「・・・・・・・すまん、悪く思うな」
借金苦で人身売買をした父親のような気持ちをかかえつつ
夏候惇はその後姿を見えなくなるまで、いつまでもいつまでも見送っていた。
「ははははは!!
そうか甄姫に連れ去られたか!
思わぬ伏兵があったものよのう!はははは!!」
始まった酒席の席で、報告するなり腹を抱えて笑い出した事の発端魏王曹操に
夏候惇は心底うんざりしたような重い声を出す。
「・・・・・笑い事ではない。俺は知らんぞ」
「そう心配するな。要はあやつの気分を害さねばよいまでの話だ」
「それは・・・そうだが・・・」
しかし・・・あちらで誰も頼んでいないのに怪しげな舞いを披露している暴走特急張コウや
不機嫌のオーラを惜しげもなくまきちらし、半径2m以内が無人化している司馬懿が同席して
志悠が気分を害さないとはとても考えられない。
「水と油は混ざらぬが、わしの部下には油より魚の数の方が多い」
「まさかそのために全員召集をかけたのか!?」
「皆がいるからこそ今回の案は面白味を増すのだ。
まぁそう心配せずともあやつはわしが目を付けた女だ。しっかりしている」
「だったら最初からこんな馬鹿げた席を用意するな!」
「・・・相変わらずあやつにだけは甘いのう」
「うるさい余計な世話・・・!」
怒鳴りかけた所で一瞬広間がざわめく。
言い争いをしていた二人が目をやると、そこにいたのは甄姫ともう一人
純白の衣装を着た女が一人、所在なさげに入って来た所だった。
白い女は髪が短く、見事な刺繍の描かれた体格の良くわかるピッタリした長い衣装。
甄姫の着る衣装ほど肌が出ていたり豪勢な装飾もない、ごくシンプルな衣装だが
その分膝の上にまで入った大きな切れ込みが、めったやたらと周囲に色気をふりまいていたりする。
袖も長く、出ている所と言えば足ぐらいなものだが
色の白い肌に白い衣装をまとっているので、まるでそこに雪女がいるような錯覚をおこさせた。
頭にはいつも巻いている布はなく、かわりに服と同じ色の薄絹を
青い宝石の付いた装飾品でしっかりとめてあった。
顔は薄化粧をしてあるのだろうが、恥かしさのためか、または怒りのためか頬が少し赤い。
いつもと姿はかなり印象が違うものの、甄姫の腕前がよいのか元の面影が多く残っている
その女は間違いなく志悠だった。
「殿、お連れしましたわ」
「うむ!さすがよ!まぁそんな所に立っておらずそこへ座れ」
「・・・な!?」
そこ、と曹操が強調して指したのは夏候惇の隣の席。
驚いたのは当の夏候惇だ。
てっきり曹操が自分の横に置くと思っていた災厄の根源を
いきなり心の準備もなしに自分の隣につかせるのだからたまらない。
「孟徳!!お前な!!」
「嫌か?ならわしの横に置いて酒のさかなにするが」
「・・・・ッ!!」
このタヌキ!!!
と、言いたかったが何とか踏ん張り、心の中だけで思いきり吐き捨て
ぎりぎりと歯がかけんばかりに歯ぎしりをした。
一方入り口付近にいた雪女・・もとい、かなり開いた足元を気にしていた志悠。
かなり視線を気にしながら早足で歩き、夏候惇の横の席に無言で座る。
あまり見ることのない体の線や白い肌を至近距離で見てしまった夏候惇。
慌てて片方しかない目をそらし、苦しくもないのに大きな咳払いをした。
「・・・すま・・・」
「惇おじさまは悪くありません」
あやまろうとした途端にきっぱり否定される。
「しかし・・・」
「承諾したのは私です」
「だが・・・」
「抵抗できなかったのも私です」
「志・・・」
「お気になさらず。この服に袖を通した時点で腹は決まっております」
「・・・お前、そんなに俺の先を読むのが好きか?」
返されたのは薄い笑みと、ちょっと突き放すような冷たい口調。
「その大事な時の押しの弱さと、嫌と言えない決断力のなさ。
殿のよいカモです。お気をつけください」
「・・・・・・・・すまん」
夏候惇、血縁2名に完全敗北。
「うお〜〜い、志悠さま〜〜」
その場の重たい空気を吹き飛ばしたのは皿や肉やらをかかえた
歩く癒し系デ・・もとい殿の親衛隊、許チョだった。
「あら、許チョ。今日は護衛はよいのですか?」
「うん、いっぱい働いたからいっぱい食べていいってさ〜。
・・・あ〜、すごいなぁ志悠さま〜志悠さまやっぱりなに着てもきれいだな〜〜」
「ふふ、ありがとう。あなたに言ってもらうのが一番他意がなくて安心ですよ」
それはつまり・・・他の連中が何を言っても本心から受け止めておらんと?
隣で聞いていた夏候惇は、いつもの笑顔の影にある志悠の腹の底に一人して青くなった。
「あ・・そうだはいこれ〜。桃饅と、ご褒美でもらった胡麻団子〜」
「まぁ!ありがとう!いただきますね。
あ、それと本陣の防衛で奇襲部隊を殲滅させたそうですね。偉いですよ」
「へへ〜〜、おいらも志悠さまにそう言ってもらえると一安心だ〜」
見た目はとても不釣合いな二人だったが、許チョは色気よりも食い気が先行していて
志悠の警戒心をあおらない性質がある。
仲良さそうに、しかも自然な志悠の笑顔を引き出せる許チョを
この時ばかりはその場にいた他の面々、悔しくもうらやましく思うのだった。
「こらこら!あんまり長居すんじゃねえ!」
しかしそのなごやかな風景に、しばらくしてどかどかと典韋がやって来る。
「スンマセンあねさん!すぐ持って帰りやすんで」
「あら、私は別にかまいませんよ」
「そうゆうわけにゃいきませんよ。ほら!とっとと持ち場に戻るぞ!」
「え〜〜?」
「・・・あ、ちょっと待ちなさい」
問答無用で引きずっていこうとした典韋を止め
志悠はなぜか許チョの頭をよくできましたとばかりに軽く撫でた。
「私にできる事はこのくらいしかありませんが・・・よくがんばりましたね、許チョ」
典韋の顔が一瞬びき、とこわばり
その反対に許チョの顔がよりだらしなくゆるみまくる。
「・・・へへ〜、ほーめらーれただ〜。いいだろ典韋〜〜」
「・・・馬鹿!阿呆!かほうもん!いくぞコラ!!」
「ばいばい志悠さまぁ〜〜」
ちょっとうらやましかったのか青筋立てて怒鳴りながら
典韋はのんきに手を振る大柄な許チョを片手でずりずり引きずっていく。
だがそんな中でも典韋は去りぎわに志悠へきっちり一礼することを忘れなかった。
「・・・典韋の奴、宛城での一件以来、お前にえらく献身的だな」
「そうですか?」
「・・・まぁあいつは忠実な奴だから悪い事ではないが・・・」
「ふふ、そうヤキモチをやかなくても、おじさまもちゃんと信頼していますわ」
「・・だッ!?誰がやくかそんなもん!!」
「では私何もしないわけにもいきませんから、皆様にお酌に行ってきますね」
「こら零!!待たんか!!」
怒る夏候惇をひらりとかわし、志悠は他の武将らの席へ酒を片手に
意外と優雅な足取りで消えていく。
途中夏候淵に冗談のつもりで尻をさわられそうになるが、素早くかわし
返す手でヒゲをむしり、悲鳴を上げる淵に涼しげな笑いを送っていたりする。
曹操が、喉の奥で笑いながら楽しそうに口を開く。
「適応力があるではないか。おぬしと違って」
「・・・・・・・・・・五月蝿い腹黒ダヌキ」
今度はきっちり声に出した。
志悠がまず向かったのは、今回の戦で敵本陣を奇襲し功績を上げた張遼の元。
そばに行くと、近くにいた徐晃があわてて逃げようとするが
張遼がそれを片手で素早く捕まえ、隣の席をあけてくれた。
「お帰りなさい張遼。・・・徐晃もおかえりなさいね」
「あぁ、しかしそなたがこのような席で出迎えてくれるとは思わなかったな」
「・・・・・(空の杯を持ったままそわそわしてる)」
「徐晃殿、少し落ち着かれてはどうだ?志悠殿に失礼だろう」
「う・・・いや・・・それはわかっておるのですが・・・」
「私の事なら気にしないで下さい。姿見た目は違いますが、私はいつもの私ですから」
「・・・は・・・はぁ・・・」
それでも徐晃は張遼とは対照的にかなり目のやり場に困っているらしく
大きな身体で貧乏ゆすりをしてみたり頭をかきむしったり落ち着かない。
「・・あ、そうだ。どうせなら白いから大根がいると思えばよいのですよ」
「む・・無理でござる!どこの畑にそのような足の白く胸の整った大根が・・・!」
は
「・・・正直者だな」
「・・・正直者ですね」
ある意味徐晃は男らしかった。
めこ
うつむいた徐晃の顔が一瞬にして朱色に染まり、持っていた杯が音を立てて変形する。
「ははは。まぁ恥じずともよいではないか。貴殿の言い分は男としては当然の事だ」
その肩を張遼がぽんと軽く叩く。
「しかしな、思っても口に出さぬのが男の礼儀という場合もある。
正直は悪い事ではないが、気を付けぬとただの助平になるぞ」
「・・・張遼、あなた助け船を出すのか崖から突き落とすのかどちらか一方になさい」
「では後者を・・・」
「張・遼」
少し怒ったような志悠の口調に張遼は肩をすくめた。
一応の冗談のつもりなのだろうが
真面目な徐晃に冗談が通じにくい事は張遼も志悠も知っている事だ。
しかし知っていて真顔でからかおうとするのだから志悠も怒る。
「善人の皮をかぶった悪戯っ子のような真似はおよしなさい。徐晃がかわいそうです」
「場をなごませようとしただけなのだがな」
「ま、白々しい。そのうち友人をなくしてしまいますよ?
・・・ほら徐晃、気にしていませんから顔を上げなさい」
「・・・・・すみ・・・ませぬ」
と言いながらもやっぱり酒をついでくれる志悠から目をそらしている徐晃。
志悠の服は別にこれといって甄姫のように肌が出ているわけでもないのだが
身体のラインや開いた足元は真面目な徐晃には少し刺激が強いらしい。
いや、心を寄せている志悠だからこそ困っているのだ。
「ははは、徐晃殿は武以外のこととなるとさっぱりですな」
「張遼、いいかげんになさい。ついであげませんよ?」
「しつこいようだが冗談だ」
「あなたの冗談は本気との境界線が見分けにくくてタチが悪いのです」
言いながらちゃんと張遼の杯にも酒をつぐ志悠。
彼女は口では色々言うものの、戦から無事に帰ってきた友人を邪険にするような事はしない。
「うぉーーい零!!
こっちこっち!!」
しばらくして張遼に二杯目をついだところで
ほろ酔い加減で上機嫌のだみ声が少し遠くから飛んでくる。
見ればなんと先程ヒゲをむしった夏候淵が空の杯をふりまわし
不機嫌絶頂でブラックホールを作れそうな司馬懿の隣で元気に手招きしているではないか。
そのあまりのギャップに志悠は一瞬顔を引きつらせる。
「・・・淵おじさまったら、何もあんな異次元に呼びつけなくても・・・」
「ん?そなた知らなかったのか?夏候淵殿は司馬懿殿とはそれなりに親しい仲なのだぞ?」
「えぇ!?」
それは遠いとはいえ血縁である志悠にとっても初耳だった。
「あぁ、それなら拙者も何度か聞き及んでおりますが・・
しかしあのお二方、どう見ても性格が・・・」
「あわぬな。夏候淵殿は豪快で明瞭。敵に厳しく味方には優しい。
対して司馬懿殿は冷淡で狡猾。敵も味方も自らの駒とする裏も表もわからぬ方だ。
考えてみればここまで相反する方もそうはいまい」
「しかし・・・自分にないものに憧れるというのも人の性、と言う事ですか?」
「詳しくはわからんが、そうゆうことなのかもしれんな」
「・・・なんとも不思議なものですな」
などと三人で感心しながら見ていると、何も食べずに酒だけに口をつけていた司馬懿に
夏候淵は適当な食べ物を皿に盛り、おら食え!とばかりに突きつける。
司馬懿は一瞬迷惑そうなそぶりはするものの
酒だけでは身体によくないと気を使ってくれていると
知ってか知らずか、きちんと受け取って少しづつだが箸をつけ始めた。
「・・・甄姫様の言われた事が、少しわかったような気がします」
「ん?」
「酒の席というものは、普段見ることのできない意外な一面が見れるとおっしゃっていましたから」
「そうかもしれんな。・・・まぁそれはそなたにもあてはまる事なのだが」
「・・・・・何が言いたいのですか」
「いや、別に。な、徐晃殿」
「え!?いや、その拙者は・・・」
「おーい!!なにやってんだ零!来いってよ!」
「ほら、お呼びだぞ。早く行かれよ」
志悠はちょっとむっとしながらも席を立ち、二人に軽く会釈してから
大声を出しながら手招きしていた夏候淵の所へ向かった。
「・・・意外だが、よい意外性だな。なぁ徐晃殿」
「・・・ですから拙者にふらないでいただきたいのですが・・・」
「おう来たな!まぁそこ座れよ!」
「・・・淵おじさま今回参戦されていないのに随分飲まれているのですね」
「飯は食える時に食って、酒は飲める時に飲んどくもんなんだよ!ま!気にすんな!」
夏候淵は片手に酒、片手に骨付き肉というなんとも野性味あふれる状態で
司馬懿の機嫌の悪さを気にする事なく豪快に笑い声を上げた。
「まぁとにかくついでくれ!お前がこんな所に顔出すなんて滅多にねえからな!」
「・・・かまいませんが、口のまわりを拭いてくださいな。みっともない」
「あ、それとお前さっきのはひでぇだろが!未遂だったんだからちょっと加減しろよな」
「では淵おじさま、おヒゲと奥歯数本、どちらが価値の高いものとお思いですか?」
握りこぶしを作りながら笑顔で聞いてくる志悠に
赤ら顔だったヒゲづらから一気に笑みと血の気が引いた。
「・・・お前・・・時々予告ナシでいきなり出てきた呂布並に怖いのな」
「あら、お褒めにあずかり光栄ですわ」
内で牙をとぐ白虎の皮も、とうとう化けギツネにまで進化したか。
と、間違っても口に出さず、横で聞いていた司馬懿は冷めた気分で酒を喉に流し込んだ。
「それにしても司馬懿殿がこのような場所に顔を出されるなんて意外ですね」
「・・・戦後処理で忙しいというのに、そこの御人が部屋にこもらず外に出ろとうるさくてな。
おかげで仕事にもならぬし、殿の命でもあるがゆえ仕方なしにな」
「なに言ってやがる。人の顔見るなり殺気立った目でビーム撃ってきた奴を
あのまま書簡の山の中に放置しとけるかよ」
それが何を意味するか察した志悠が軽く眉をよせた。
「・・・司馬懿殿、仕事熱心にもほどがありませんか?」
「私の勝手だ」
「だーかーらー!ちったあ息抜きしろっつってんだろ!
仕事した分飲んで食う!そんで寝る!!
顔色悪くなるまで根詰めてんだから、それくらいしたってバチはあたらねえだろ!」
「・・・何度も言うがこれは生まれつき・・・」
「ほらボサっとすんな!零!酒だ酒!がんばり過ぎの軍師殿に御褒美だー!!」
「はいはい、わかりましたからあまり軍師殿に乱暴しないように」
「・・・・・」
狡猾で冷淡な司馬懿殿も流される事があるのですね。
などと思いながらも二人の杯に酒をついでいると
ふと背後から花の香りが流れてくるのに気がついた。
振り返ると・・・
片手を胸に、片手を志悠に向けて何かに酔ったような目をしながら
今にも『ジュ●エット!!』と言い出しそうな構えをした張コウがいた。
しまった!と思ってもすでに遅く、空いていた手を次の瞬間
うやうやしくさりげなく、しかし何か強引に取られてしまう。
しかも次に出てきた言葉が・・・
「・・・志悠様、今宵私と結ばれて下さい」
開口一番がそれか!!
心の中のツッコミが、近くにいた司馬懿と見事に同調した。
「・・・お断りします。寝言は寝てから言いなさい」
「美しさは時に罪。しかし罪深さも時に美しきもの。
それゆえあなたに酔わされた漬物壷と自縛霊が集まってきてしまうのもいたしかたない事」
「・・え・・漬物壷って俺か?!」
「・・・・(無表情で青筋倍増)」
名指しはされなかったもののさりげなくも失礼な悪口に
夏候淵が自分を指し、司馬懿は机の下にあった黒羽扇を無言で手に取った。
「しかし私が来たからにはもう安心!これ以上あなたを好奇の目にさらすことなく
愛と美と夢の世界へ御招待いたします!」
「お断りします」
「あんずる事はありません。何事も優雅に華麗に美しくが私の信条。
こんな事もあろうかと、予習は身を滅ぼさない程度に万全なのですよ!」
ひょっとしたらこの男、酒に酔ったのかもしれないが
元々素面でも酔っているような人物なので酔っているのか素面なのか
どちらなのかはもう誰にも、おそらく本人にすらもわからないだろう。
「・・・司馬懿殿」
「・・・しばらくない。許可する」
これからしばらく戦がないので殴ってもかまわない。
それは訳するとそういう会話だった。
「さぁ!!ではまいりましょう志悠様!!今夜二人の・・・!」
ゴ
やばそうな台詞を中断させたのは、志悠の放った顎へのストレート。
「ぬおおぉぉーーー!!」
ひるんだスキに夏候淵が無双乱舞を発動。
「・・・フッ!」
弾き飛ばされながらも綺麗に受身を・・とった所で司馬懿のビームが直撃。
「お退きなさいっ」
「そいやっ!」
その後甄姫の蹴りと徐晃の斧を一発づつ。
「おうりゃ!」
「よっ!」
さらに典韋と許チョの巨大武器ダブルスイングで追いうちをかけられ
「えぇいやぁーーーっ!!」
最後に真乱舞書装備の夏候惇にしつこいほど念入りに焼かれ
張遼の開けた窓から妖しい悲鳴を残しながら外にすっ飛び
夜空の星に・・・ならず庭にあった池に派手な音を立てて落ちた。
「・・・まったく困った御人だ」
張遼があきれたようなシメの一言を発し、窓をバタンと閉じた。
「いや見事!なかなか息のあった連続攻撃であったな!」
「孟徳・・・お前な!!」
いいかげんにしろと言わんばかりに夏候惇が真乱舞書を突きつける。
「何度も言うがお前のつまらん道楽に志悠を使うな!!」
「しかし皆がここまで一致団結するのも珍しい事だな。
それにつけてもわしはつくづくよい人材にめぐまれたものよのう」
「人の話を聞け!!」
しかし根っからの王様気性(別名わがまま)である曹操に夏候惇の怒鳴り声もあまり通じない。
「・・・惇おじさま、殿は先程から少し杯が進んでいたようなので何を言っても無駄です」
「しかしだな!」
「私におまかせを。もうそろそろ宴も頃合いでしょうから催促してまいります」
「・・・あの馬鹿を止めるつもりか?」
「もちろん。あ、許チョ、そこの瓶を持ってきて」
「は〜〜いだ」
そうして心配する夏候惇をよそに志悠は酒瓶をかかえた許チョをしたがえて
今の今まで完全に傍観者を決め込んでいた曹操の隣の席に向かった。
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