「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
街亭の魏軍の本陣中心。
ここに異様な沈黙と近寄りがたい空気を静かにまき散らす二人がいた。
一方は今回の作戦指揮をとる軍師司馬懿。
もう一方は軍事行動にはまったく関係ないはずの内政官志悠。
なぜ内政を仕事とするはずの志悠がここにいるのかというのには
本人には納得できない理由があった。
「・・・・・・私の一存ではない」
長い沈黙を破ったのは人相の悪い顔をさらにしかめ
目も合わせず口だけ開いた司馬懿だった。
「元は殿が命じた事だ。私だけが責められる立場ではない」
「・・・重々承知しておりますわ」
書かれた文を棒読みするような口調で志悠も口だけを動かす。
「私は別にあなたに憤りをいだいているわけではありませんわ。
お気になさらず
司馬懿様」
「・・・・・・」
口ではそう言うが先程からにじみ出る怒りのオーラはそれが本心でないことを
彼の親衛隊を遠ざけてしまうほど強烈に物語っている。
事の始まりは今回の作戦に動員される人選から始まった。
人選は司馬懿がおこなったのだが、その中の一人に特別任務を与えたのが
今回司馬懿のおかした最大の失態だったのかもしれない。
その一人というのが・・・・
「しっ・ゆっ・うっ・さっ・まーーーーっvvV!!」
ハートマークと極彩色の花びらをまき散らし(イメージ)
馬と変わらない速さで走ってきたその人物は、志悠の前で必要ない一回転。
さらに気取ったしぐさで宝○ばりの一礼をしてくる。
魏の人間でこんな行動をする人間は・・・いや、三国に一人しか存在しないだろう。
「ご機嫌うるわしゅう志悠様!この張コウ今日という日を待ち望んでおりました!
他の誰よりも優雅で美しい作戦をあなたにお見せする日を指折り数えて
待っておりましたとも!えぇもう昨日の夜は眠れないだろうとふんで
日が落ちると同時に床についたのですがそれはもう目がさえてさえて
寝不足が美容に悪いと知りながらもあまりの事に神経が高ぶって
しょうがないので今日の行動をいかに美しく見せるかという構想を
三十ほど考えましたところ内十三ほど新しい敵の討ち方を(以下略)・・・・」
志悠はため息と共に頭をかかえ、司馬懿は青筋を立てつつ
黒い羽扇を作戦遂行の四文字のためぐっと押さえこんだ。
つまり早い話、張コウが良いところを見せたいと
一方的に思いを寄せまくっている志悠を司馬懿ならびに曹操をくどき落として
ほとんど脅迫するように連れて来てしまったのだ。
もちろん司馬懿は反対した。志悠ももちろん戦事を嫌うので即座に断った。
しかしそれをなだめたのはなんと曹操なのだ。
「よいではないか。士気の高ぶったあやつの強さ、おぬしも知っておろうが」
「正気ですか殿!?逆に言えば、扱いきれなく危険性も増すのですぞ!?」
「それをなんとかするのがおぬしの腕であろう。
それに以前おぬしは城で椅子を暖めている連中に
一度戦場を味あわせてやりたいと申しておったではないか」
「ぐっ・・・!」
その言葉と言ったところで聞かない張コウの性格と必要性を考えて
さすがの司馬懿も許可をおろさざるをえなくなってしまったのだ。
志悠も抵抗するにはしたのだが、同じく逆らうだけ時間の無駄と察し
あきらめてついてきてはみたものの、志悠は周りを見ないこのうかれっぷりを見て
やはり来るべきではなかったと心底後悔した。
「・・・志悠、災難ですわね」
進軍準備を整えた甄姫が哀れみの色をにじませて声をかけてきた。
「・・・お心づかい感謝します」
「私どもも出来る限り早急に事を進ませるつもりですから
あまり気を落とさないことですわ」
「・・・お願いいたします。切実に」
志悠は内政以外の仕事は請け負わないと断言するだけあって戦が嫌いだった。
人と人とが命を取り合い、敵味方問わず人が死んでいくのを見るのは嫌いなのだ。
もちろん今のテンション最高潮の張コウにそんな事がわかるはずもない。
「さ!では参りましょうか志悠様!私の華麗なる戦い!しかとお見届けください!」
などと言いながら妙な足取りで志悠の馬を引っぱりはじめる張コウ。
志悠乗る馬は、妙な引き手と異様な気配を放つ乗り手におろおろ。
遠ざかっていくその変な光景に司馬懿は
「・・・・・いっそどちらも戦死してくれるとありがたいのだがな」
とつぶやいたのを甄姫は苦笑して聞き流した。
「逆落とし・・・ですか?」
山頂への道を上がりながら聞いた作戦内容に、志悠はやっと沈黙を解く。
「そう、敵防衛線の敵将を逆落としにより討ちとり
中央の街道で味方と合流した後敵兵糧庫を制圧するのが
今回私に特別に与えられた使命なのです」
「・・・・張コウ」
「はいなんでしょう!」
「私に・・・それに付き合えと?」
「えぇそれはもちろ・・・」
と、そこで張コウの動きがぴたりと止まる。
逆落とし、つまり険しいガケを駆け下る戦法。
迅速な行動が要求されるこの戦法、張コウにはまさにうってつけだが
それに非戦闘員の志悠を連れていけるか、と言われれば答えは明白。
今まで有頂天になりまくっていた張コウ。夜桜吹雪を背負い(イメージ)
斜め後ろにめまいをおこし(馬から落ちかけ)、落ち込みモードに入ってしまった。
「・・・・ふ・・・ふふふ・・・・私とした事が、こんな盲点に気づかないとは・・・・・
そうです、私が悪いのですよ。浮かれて舞い上がっていたのがそもそもの
失態なのですよ。・・・まったく志悠様の眼前でなんというミスを・・・」
・・・落ち込みたいのはこっちの方です。
と、このままここに捨てて帰りたい気もしたが、これから戦をする人間を
戦意喪失にしては後で司馬懿に嫌味を言われるのは確実だ。
しかたなく志悠は助け舟を出すことにした。
「・・・張コウ、そう落胆しない事です。この先の高台からなら
下の様子は一望できるでしょうし、あなたの部隊は遠目からでも
目立ちますから(いろんな意味で)それを見ていれば問題ないのでしょう?」
「・・・・・・・志悠様・・・・・・」
「それに今回の戦、かなめはあなたなのでしょう?」
ガキン!!
無双ゲージ満タンの音と共に張コウは0.5秒で立ち直った。
「そう!私はやらねばならないのです!!この戦で、いえ!この地上で
どこにいようとも誰よりも強く!美しく!優雅に輝かねばならないのです!!」
彼の乗っていた馬が大声に驚いておろおろし出すが
張コウはかまわず馬を寄せてうやうやしく志悠の手を取った。
「志悠様・・・それではここでしばしのお別れです。お名ごりおしいのですが
何分ここは戦場、そうもいかないのが悲しい所。
この先で敵を殲滅いたしますゆえ、よく見える位置から私どもの晴れ姿!
しかとその目に焼き付けてくださいませ!」
「・・・・・ご武運を・・・・(訳・いいから早く行け)」
内心毒づく志悠をよそに、張コウは変わった一礼をしてようやく馬を走らせ
連れていた兵たちを動かし始めた。
「・・・・・いっそ帰ってこない事を祈りますわ」
静かになった道の真ん中で、志悠は司馬懿と同じようなことをつぶやいた。
しばらくしてから山頂へ馬を進ませると、多くの足跡と
蜀の旗が無数に散乱しているのに出くわした。
武器や死体がない所を見るとここにいた部隊は本陣へ撤退したのだろう。
死体がないのが志悠にとっては唯一の救いだった。
しかし・・・
「しかし・・・悪い場所に布陣する将もいたものですね」
蜀の軍師が心配していた事を志悠はそのまま口に出す。
彼女は軍事に口を出さないものの、兵法を知らないわけではなかった。
しかしそんな事を言ってしまえば曹操に準軍師として抜擢されてしまいそうだと
一人ため息をついた時、後ろから多数の足音が近づいてくるではないか。
「?・・・もう後詰めの部隊が来たのですか」
などと思ってながめていると、それは近づくにつれて
鎧の色と旗の文字から自軍の兵ではないと知って驚愕する事になる。
「・・・!・・・蜀軍部隊?!」
その緑色の集団に志悠は少なからずあせった。
考えてみれば張コウのいるべき場所に穴があくのだから
そこから敵軍が進軍してこない保証などどこにもないのだ。
「・・・・やはり、来るべきではありませんでしたね」
逃げるには遅すぎる、隠れるにも場所がない。
ここはおとなしくしているのが賢明だと思い、馬と共にその場でじっとしていると
部隊の中からおそらく将と思われる若い青年が馬を走らせてきた。
「ご婦人、ここは戦場です!このような所におられては危険ですぞ!」
「・・・・・・」
どうやらこの若者は志悠の事を道に迷いでもした民だとでも誤解しているらしい。
それはそれで都合がよいのだが、志悠はふと思い立ち、こう答えを返した。
「承知しております。私は魏の者ですから」
あたりの兵からどよめきが起きる。
声をかけてきた若者も一瞬緊張したように手にした槍を握りなおすが
志悠が武器らしい武器を一切持たず、たった一騎でここにいる事に疑問をもったのか
槍を向けようとした兵たちを静かに下がらせた。
「名をお聞きしてよろしいですか?」
「そちらの出方しだいです」
「・・・我々は軍隊ですが、たった一人の女性に危害を加える事はありません。
信じていたけませんか?」
「・・・・・・」
蜀は王が仁に厚く、その部下たちも情に厚いという事は志悠の耳にも届いている。
何より人を見る目に長けた彼女の目に、この目の前の若者が
嘘を言う人間にはうつらなかった。
「・・・わかりました。信じましょう」
「・・・ありがとうございます」
若者はいく分ホッとしたように礼をする。
敵の人間に向かって礼をするなど、噂通り蜀の人間というのは情に厚いのだと
志悠は心の中だけで微笑んだ。
「私の名は志悠、字は零。魏の内政治一品官です。
今回とある将軍に強引に同行を求められて拒めなかった
なんとも間抜けな政治官ですわ」
「・・・え!?」
若者は魏の者だと言った時より驚いた顔をする。
「あなたが・・・魏の氷柱といわれる志悠殿なのですか!?」
「氷柱かどうかはわかりませんが・・・私は確かに志悠です」
「・・・そうですか。あなたが・・・あ、申し遅れました。
私は姜維伯約。今回馬超将軍の副将として行軍している将なのですが・・・
・・・そうですか。あなたが志悠殿ですか・・・」
姜維と名乗った若者はしきりにうなずいて納得しているが、志悠の方は
何か妙な噂が蜀には流れているのかもしれないと、形のよい眉をしかめた。
「・・・・私、なにか妙な噂でも立てられていますの?」
「え!?あ、いえ!そうゆうわけではないのです。
その・・・魏に司馬懿殿をも震え上がらせる女性政治官がいらっしゃると
私どもの中で噂になっていたのですが・・・その・・よもやこんなお綺麗な方だとは
思いもよらなかったもので・・・」
はっきりは言わなかったが最後の方の言い回しで
蜀内を流れる噂が一体どんなものなのかは、志悠には察しがついた。
おそらく相当なカカア天下を想像をされていたのだろうが、そこはあくまで噂の産物。
志悠は多少ムッとしたものの、目の前の若者には罪はないのだ。
「・・・その様子ではご期待にそえなかったようですね」
「え!?・・・えっ・・と・・・」
いじわるのつもりで少し睨みをきかせると
蜀の若者は慌てたような困ったような顔をするもので
志悠は敵に取り囲まれてしまっているにもかかわらす吹き出してしまった。
「冗談ですわ、蜀の若い方。名を上げてしまうとそのような噂など
四方八方飛び交いますもの。一々気にしていては身が持ちませんわ」
「・・は・はぁ・・」
「それより私の処遇はどうなさいます?私は軍人ではありませんが
魏のかなめをになっている事には変わりありませんもの。
ここで見逃してしまっては後々上の方々から何を言われるかわかりませんわよ?」
そう言われて姜維は、はたと真剣な顔をして考え込み、近くにいた兵と
短い会話をして志悠の方に向き直る。
「では志悠様、私共の本陣へご同行願えますが?」
「・・よしなに」
どのみち逃げられないと志悠は素直に従う。
しかし蜀の本陣は張コウが逆落としをした場所を通らなければならない。
敵に捕らえられたと張コウが知ったら、さぞ団体行動をかき回す大騒ぎになるだろうと
志悠は捕虜であるにもかかわらず、なるべくなら張コウに出くわさないようにと
神に祈った。
「ではこれより南下!趙雲隊の到着を待ち中央街道へ行軍を開始します!」
姜維の声と共に蜀軍は進軍を始め、志悠も何人かの兵に囲まれそれに続く。
幸い本陣に着くまで張コウの部隊を見かけることはなかったが
兵糧庫が今だ落とされていないことに志悠は少し不安を感じる。
・・・・張コウ、逆落としは失敗したのでしょうか?
「姜維将軍!伝令です!!」
「どうしました?」
「つい先程馬燭隊が張コウ隊の逆落としの追撃により敗走! 張コウ隊はそのまま
友軍受け入れのため中央道の魏延隊と交戦を開始しております!」
「・・・!さすがは張コウ将軍。手際がよいですね」
腐っても張コウ。
などと志悠が思い切り失礼なことを考えていると本陣の方から
青い鎧に身をつつんだ青年がこちらに馬を走らせてくるのが見えた。
「姜維殿!遅くなった!」
「あ!趙雲将軍!お待ちしていました!」
その名には志悠にも聞き覚えがあった。
たしか曹操がよく話していた蜀のぜひほしい人材の中で関羽の次によく名の出ていた
蜀五虎将の人物だったはずだ。
「戦況は?」
「今のところ五部と五部。しかし馬燭殿は先程敗走され
魏延殿は中央街道、馬超殿は私に別行動を命じた後東の街道で交戦中との事」
「わかった、私はどうすればいい?」
「東の馬超隊の援護をお願いします。私は魏延隊の援護に」
「わかった。・・・ところでそのご婦人は誰だ?」
たった一人で兵に囲まれた志悠を見ながら不思議そうに問う趙雲に
姜維は少し小声でこう耳打ちする。
「・・・先日噂に上っていた志悠様ですよ」
「え!?」
姜維とほとんど同じような反応に志悠は苦笑した。
それをどう取ったのか趙雲は少し戸惑ったように咳払いをする。
「ふふ、お時間があればその噂というものをお聞きしたい所ですが
今日の張コウは興奮した馬のようなものですからお早く行動なさらなければ
大変なことになりかねませんよ?」
「・・う」
「それともう一つ。私が捕らえられたと知ったらどんな無茶をしでかすか
わからない者が私の国には何人かおられます。注意なさいな」
「・・・それは我々への警告ですか?」
警戒の色をにじませる趙雲に志悠は静かに、しかしやや悲しげに微笑んだ。
「戦は人が死にます。敵味方区別なく、命あるものがほんの短い時間の中で
何人も何十人もたくさん消えていく行為なのです。
私はそれを少しでも早く終わらせる事ができるなら、敵の者であろうとも
区別しないつもりです。あなた方も隊をまとめる蜀の将ならば
その重みは理解しているはずでしょう?」
「・・・!」
趙雲と姜維が驚いたように目を見開く。
「丞相は・・・一度あなたにお会いするといいと言っておられました。
今日、それがどういう意味なのかわかった気がします」
「蜀の諸葛亮様、ですね」
「はい、今回の作戦指揮に同行しておられます」
「・・・そうですか」
「お会いになられますか?お会いすれば是非我が陣に引き入れをとお申し出が・・・」
「あ、それは無理ですわ」
「え・・?」
「あなた方が蜀の部下たちに信頼されているように、私にも魏に残してきた民や血縁
友人達が多くおります。私には私の、あなた方にはあなた方の立つべき土地は
もうすでに決まっているのですから。
それに・・・お連れしろと言わずにお会いしろとおっしゃったのなら
諸葛亮様もその事を理解していて、あなたにそう進言したのではありませんか?」
姜維は黙って聞いていたが、しっかりうなずいた。
「・・志悠様」
「お行きなさい。そして今はあなたのなすべき事をなさい。
戦の意義がなんであるか、あなたなりに証明してごらんなさいな」
「・・・はい!!」
姜維は近くにいた近衛兵に志悠を本陣へ送りとどける事を命じ、馬の手綱を引いた。
「志悠様!私は今日あなたにお会いできたことを誇りに思います!」
そう言い残し姜維は乱戦中の街道へと走り去っていく。
志悠はそれをしばらく黙って見送っていたが、ふとその場に
まだ趙雲が残っているのに気づき首をかしげる。
「趙雲将軍、お行きにならないのですか?」
「・・・・・」
「将軍?」
「え?あ、はい」
「私の顔に・・何かついていますの?」
「い・いえ、そうゆう訳ではないのです。ただ・・・想像していた方とは随分違う・・
お優しい方だったもので・・・」
「・・・優しいというよりも、それは考え方の違いに過ぎません。
私は軍師ではなく内政官なのです。私の役目は民を守り、導くことなのですから」
静かに語る志悠を趙雲はしばらく凝視していたが
「志・・・」
「とぉーー!!」
口を開こうとした瞬間、趙雲は横から飛んできた未確認物体に馬から弾き飛ばされ
受身もとれずに派手に地面に激突した。
「えっ!?」
「志悠様!!ご無事で!?」
(おそらくチャージ4で)飛んできて志悠の前で着地したのは
なんと街道で交戦しているはずの張コウだった。
「張コウ!?あなたどうして・・・!」
「おしかりは後ほど!」
いつもなら一つたずねれば十の答えが返ってくるはずの張コウはそれだけ答えて
志悠の乗っていた馬に素早くまたがり、片手で手綱、片手で志悠の腰に腕を回し
馬を全速力で走らせる。
「・・・ぐっ・・・おのれ・・!」
不意打ちを受けた趙雲はそれから少しして起き上がり、その後を追う。
一方張コウの操る馬は、乱戦状態の街道を駆け抜け、味方本陣へ向かっていた。
「張コウあなた・・!」
「私にかせられた命令はほぼ完了しています。ご安心を」
「だからといって単身あんな所へ来るなど無謀もいい所です!
単身行動はどれほど危険か、冷静に考えればお分かりでしょう!?」
「・・・・・・」
張コウはその問いには答えず、ただ志悠を支える腕に力を込めただけで
何も言い返してこない。
いついかなる時もしゃべる事をやめないはずの張コウが一体どうしたのかと
志悠が案じていると、先程張コウに弾き飛ばされた趙雲が追ってくる。
「そこの将!待たれよ!!」
志悠の乗る馬は軍馬ではない。しかもあちらはかなり騎馬の扱いになれているらしく
二頭の距離はすぐに縮まった。
「お断りします!あなたは志悠様を敵の者として見ていないではありませんか!」
「その方は!戦を終わらせるのには敵も味方もないとおっしゃられた!
私は!その方ともっと話がしたい!」
その言葉に張コウは街道の中央で交戦している兵らの中で馬を止め
志悠をかばいながら追いついてきた趙雲と対峙した。
「・・・ならば、なおさらあなたを志悠様に近づけるわけにはいきませんね」
「・・・・・・・」
敵意いっぱい、臨戦体制で武器を構える二人。
しかしそれを止めたのは二人の闘志の根源である志悠だった。
「おやめなさい二人とも!!
皆が懸命に剣を交える最中に
私情をはさんだもめごとを起こすなど見苦しいですわ!!」
「んなっ!?し、志悠様それはあまりに・・・!」
「特に見苦しいのはあなたです張コウ!!
私をこんな所へ引っ張ってきて捕虜にしたあげく、作戦行動を放棄して
単身汚名をはらしにくるなど言語道断です!!」
ズガーーーーーンという効果音(イメージ)を背負いながら
張コウは馬の上で後ずさりするようなリアクションを見せる。
「志悠様・・・なんというキツいお言葉を・・・!!」
「きつくなどありません!すべて正当な真実をもうしあげているのです!」
「・・・・あの・・・・」
戦場のど真ん中で説教をはじめそうな志悠に
黙って見ていた趙雲がためらいがちに声をかけてきた。
「・・できれば喧嘩は後にしていただきたいのですが・・・」
「・・あ、ごめんなさい。ついいつもの調子で」
「志悠様!なぜあのようなやからにお声を・・・・」
ゴッ!
何か言いかけた張コウのあごに無言のゲンコツが入る。
「趙雲将軍」
「・・・え?あ、はい」
「双方今は多忙の身です。ですから今日のところはお引き下がり願えませんか?」
「・・・しかし・・・」
「生きているのなら・・・またいつかお会いすることもありましょう。
今はまず、お互い生き残る事を優先なさいませ」
静かだが凛とした志悠の口調に、趙雲はしばらくしてうなずいた。
「・・・わかりました。お引止めして申し訳ありません」
「・・・ありがとうございます将軍。
縁があれば、またいつか、いずこかでお会いしましょう!」
まだショックと痛さで固まっている張コウから手綱をひったくり
志悠は本陣へと馬を走らせて去っていく。
遠くなっていくその姿を趙雲は黙って見送って
「・・・・また・・・いつか」
と小さくつぶやいて友軍と合流するために馬を別方向に走らせた。
一方無事本陣へ戻った志悠と張コウは、司馬懿の無言の非難に出迎えられていた。
志悠が捕虜になったという情報にはさすがの司馬懿も焦りを隠せなかった。
司馬懿にとっては内々唯一の敵対存在を抹消できる、またとない機会だが
今回の作戦指揮、つまり責任者に当たるのはまぎれもない自分なのだ。
曹操を元より夏候兄弟、その他もろもろに何を言われるかわかったものではない。
そしてなにより戦に出ている間、魏をささえているのは彼女なのだ。
いればいたで目障りだが、いなければいないで仕事は倍増する。
・・・つくづく貴様は私をいらつかせる女だな!
司馬懿は舌打ちしながらも志悠を一瞥した後、まだ放心している張コウに向き直る。
「・・・・言いたい事は山ほどあるが、あいにく今は時間がほしい。張コウ将軍!」
・・・・・・・・・・
反応なし。
「将軍!露出狂!オカマ将軍!
聞いておられるかッ!?」
散々な言われようだがやっぱり反応なし。
見苦しいと力いっぱい言われたことがよほどこたえたらしい。
張コウはどこか遠くを見たっきりまったく動かなかった。
「・・・志悠殿、また何をしでかされた」
「人聞きの悪いたずね方をしないで下さい。戦場に私情を持ち込んだ事を
きっちり注意してさしあげただけですわ」
「まだ戦を終えていない将を再起不能に追い込むような発言をしないでいただきたい」
「・・・・立ち直らせればよろしいんですね」
「左様だ」
結局私の責任ですか・・・・。
志悠は馬から下りて腕を組み、多少憮然とした顔で語り出した。
「・・・張コウ、言い忘れていましたが・・・・・・・・たのもしく思いました」
「・・・・・・・は?」
「戦場のまんなかで言い争いをするのはいただけませんけど・・・・
私を連れ戻しに来たさいの手際のよさは、たのもしかったと思います」
「・・・・・それは・・・つまり・・・・・」
「・・・見直したと言っているのです。・・・少しですけれど」
見直した。
たのもしい。
その言葉が張コウの脳に火をつけた。
「志・・!!」
ばしむ!!
案の定感極まって志悠に飛びつこうとした張コウを
司馬懿が無言でたたき落とす(騎乗の左攻撃)。
「・・・・・・・将軍、一度しか言わん。配置に戻られよ。
さもなくば今回の不祥事の始末、そなたの首によって清算していただく」
「ふっ・・・しかたありませんねぇ」
睨み殺せそうな司馬懿の目にまったく臆することなく
張コウは馬に乗りなおし、あいかわらず無駄に優雅な一礼を志悠に送る。
「では志悠様、今までの遅れを挽回し、あなたを捕らえた不届きなやからを
成敗してまいります。そして後ほど私の弁明、お聞き願えますか?」
「・・・わかりました。(一応)聞きましょう」
「ありがとうございます!では後ほど!」
どうやら少しは反省しているらしく、いつもは回りくどい別れ際の言葉も短く
張コウは馬を走らせ戦場へ戻っていった。
残された志悠と司馬懿はまた沈黙合戦をはじめてしまったのだが
今度は志悠が先に、今度はいくらか楽しそうに口を開く。
「司馬懿様」
「・・・何だ」
「蜀の方に捕らえられた際、蜀に降る気はないかと言われました」
「・・・ほう、それで?」
「お断りしました」
「そうか」
「・・あら、それだけですか?」
「何がだ?」
「行けばよかったのだ、危険分子が減る、とかおっしゃると思っていましたが」
「・・・そう言いたいのはやまやまだが、そなたがおらぬと私も戦のみにかまけておれん。
それにな、そなたをとりまく人間関係というのもなかなか面白い見世物なのでな」
「それは・・・愚弄ですか?」
「判断にまかせる」
「・・では違うと取らせていただきますね」
「・・・ふん」
口のはじだけで笑う司馬懿につられて志悠も静かに笑う。
その時二人ともべつに他意はなかったのだが、まわりで見ていた親衛隊たちが
気味悪がって五歩ほど後ずさり、ドーナツ化を引き起こした。
その後、街亭の戦はからくも魏の勝利に終わったのだが
志悠が一時的にとはいえ捕虜になった事をめぐって
夏候兄弟、曹操、司馬懿の間でかなりの大論争があり
一方張コウが張遼と徐晃に三時間ほど説教をくらい
さらにその内の誰か二名から、激無双乱舞をお見舞いされたらしい。
そして蜀に1名、志悠を困らせる人材が誕生した事を
この時まだ彼女は知らなかった。
途中からなに書いてるのかわからなくなってきた街亭の一騒動。
誰か二名というのはご想像におまかせします。
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