心配してくださるのはありがたいのだか・・・拙者は一介の武将にすぎません。
しかしあなたは魏を内からささえる有能な内政官。

この思い、あなたのいかなる障害になるやもしれませぬ・・・。

徐晃は優しい言葉をかけられながらも、それに答える事ができず
苦しげに目を伏せて口をつぐんでしまった。

しかし、次に発した志悠の言葉に状況は一変する。

「・・・・徐晃、私ではお役に立てませんか・・・?」


ぶち。


少し悲しげな目と心底自分を気づかってくれるその言葉に
徐晃の中で何かが切れた。

「・・・・・・・・志悠殿・・・・・・・」

長い沈黙の後、志悠の手を取りながら徐晃が口を開く。

「・・・拙者何分生粋の武人であるがゆえ、志悠殿のように言葉をつむぐにも
 かなりの苦労をしいられる性分であります」
「・・・そのようですね」
「しかし拙者の今の心情、内におさめておくにはあまりにも強い物でありまするが
 志悠殿の今のお言葉にてとるべき行動の決心つき申した!」
「・・・・・・・・・・・はい?」

何やらイヤな予感のしだした志悠。
なにげなく後ずさりしてみるが手を取られているのでそれ以上引くに引けない。

「よって志悠殿・・・拙者の心情!行動によって受け止めてくだされ!!」
「な!?・・ちょっ・・きゃあ!!」

悪い予感ほどよく当たるというのは本当らしい。
志悠は握られていた手を思いきり引かれ、そのまま二人して座り込んでいた
寝台に押し倒された。

「ま・・待っ!そうゆう意味で言ったのではなっ・・・〜〜・・・!」
「・・・うあぁ!愛しい、愛しいですぞ志悠殿ーー!!」

何か言おうにも力一杯抱きしめられて声が止まり、さらにその手の事には学がない
と思っていた志悠のカンを裏切り徐晃の行動はさらにエスカレート。

「ー!!待ちなさ・・っ!?な!ちょ!どこを触って・・・!」

必死に抵抗するものの何分力の差がありすぎてどうにもならず
志悠は生涯でおそらくこれ以上ないほど慌てていたが・・・。


ドガン!!  ブン!!

ゴッ!!



何かの破壊音と何かが空を切る音、さらにすぐ近くで鈍い音が立て続けに聞こえ
最後の音の直後、徐晃が志悠を下にしまま急に動かなくなってしまった。

音からしておそらく扉を壊して入って来た人物に何かを投げつけられ気を失ったのだろう。
助かったこともよくわからず呆然とする志悠の耳に、聞きなれた声が飛んできた。


「志悠!!無事か!?」

「・・・・!?・・惇おじさま!?」

あまり見せない切羽詰った顔で飛んできたのは、志悠の遠縁の夏候惇だった。
夏候惇は寝台から志悠をすごい早さで助け出し、手近にあった鉄製の置き物を投げつけた
徐晃には目もくれず部屋のはじへ志悠を避難させる。

「・・・まったく!朝になっても部屋に戻っていないと聞いたので
 八方探し回って来て見れば!
一体何がどうした!!何をされた!?
「あ・・・いえ!その!まだ・・・何もされていません!」

今にも麒麟牙で息の根を止めに行ってしまいそうな剣幕に、志悠は慌てて昨日から
今朝までの状況をなるべく神経を逆撫でしないように慎重に説明した。

夏候惇はしばらく青筋をたてつつも黙って聞いていたが、全て説明を聞き終わった所で
なぜか頭をかかえてため息を吐き出す。

「・・・・志悠、最後の一言は誘い言葉以外の何物でもないぞ」
「えぇっ!?いえ!あの!私そんなつもりで・・・!」
「そんなつもりでなくとも状況が悪すぎる。朝の起きぬけにそんな場所で
 そんな言葉をかけられでもすれば男は誰でも誤解する。徐晃のような男ならなおさらな」
「・・・・そう・・・ですか」

力なく答えた志悠は倒れている徐晃を見ながら肩をおとしてしまった。

「・・・だとすると悪い事をしていまいましたね。後できちんとあやまっておかないと・・・」
「馬鹿を言え!!お前に他意も悪意もないのだろうが!何をあやまる必要がある!」
「でもおじさま、誤解をまねくような発言をしてしまったのは私です。
 今後にわだかまりを残さないためにも話し合いはきちんとしておくべきだと思うのです」

・・・ち、つまらん所で意地を張りおって!

と夏候惇は心の中で舌打ちする。

「・・・・・勝手にしろ!それと!早く服を直せ!俺にも理性の限界がある!」
「!!」

今まで気づかなかったのか慌てて家具の影へ行き、半分脱げかかった服を直す
志悠を見ながら夏候惇は再び頭をかかえた。

そもそもお前は人を引きつけすぎだ。
お前を見るのは俺一人で十分だというのに・・まったく・・!

「・・・ともかくお前はそろそろ仕事につけ。姿が見えんと司馬懿がうるさかろう」
「え?でも・・・」
「ここは俺がなんとかする。あいつも話はつけておく。・・・心配するな、殺しはせん」
「・・・半殺しもだめです、おじさま」
「・・・・・・・・・ちっ」



その後、徐晃はカゼは完治したものの全治1ヶ月の負傷をおう。
曹操はその事に関して、機嫌のすこぶる悪くなった夏候惇と、徐晃の部屋の前を
通りたがらなくなった志悠を見、何か感づいたらしく含み笑いをするものの
何も問いただす事はしなかった。





そして1ヶ月後。


「・・・!!」
「あら、徐晃。お久しぶり」

包帯を残しつつも歩けるまで回復した徐晃は、城の廊下でばったり出会った志悠からの
ひどくあっさりしたあいさつに目を見開いた。

おりを見て話をしに行くつもりだったのに、と慌てた所でしかたなく
とにかく以前起こした事についてあやまろうと頭を下げようとしたが、以前あやまって
ばかりだと指摘されたのを思い出してなんとか踏みとどまる。

ならば一体どう弁解すべきかと、うっかり単身弓兵の前に出てしまった時のように脂汗をかきながら
考えあぐねていると志悠の方が先に思いもよらない事を口にした。

「徐晃、この前はごめんなさい。私も少々誤解をまねくような発言をしてしまって・・・
 私の不注意でした、すみません」
「なっ・・!?なぜ志悠殿があやまられる!?元はと言えば
 拙者の不甲斐無さが引き起こした事態!そなたには何の非もござらぬ!」
「でも徐晃・・・」
「き・・聞いてくだされ志悠殿!」
「・・え?あ、はい」

いつもなら志悠が止めるはずの押し問答を、今回はじめて徐晃が止めた。

徐晃はしばらく黙りこんだ後、深呼吸をして赤くなりながら口を開く。

「・・・・せ・・・拙者・・・その・・志悠殿を好いております。
 一介の武将として、一個人として、心底よりあなたの事を・・・その・・・好いております。
 ・・・・この言葉、あの時伝える事ができたならば・・・あのような事には・・・
 ・・・・ならなかったかもしれませぬ」

耳まで赤くなりながらも目をそらす事なく正面きって言いきった徐晃の言葉に
志悠は少しだけ照れたように小さく笑った。

「・・・ふふ、どうやら私もあなたも、ただ不器用なだけだったようですね」
「・・・その・・・ようですな」

どちらともなく笑みがこぼれる。

それは作り笑いでもなく愛想笑いでもない、自然な笑いだった。
二人はひとしきり笑いあっていたが、志悠の方が先にぽんと手をたたいてこう言った。

「では今回の件、おあいこという事で水に流しましょう。
 おじさまをこれ以上刺激しないためにも・・ね」
「それはまぁ・・・拙者としてはありがたいのですが・・・よろしいのですか?」

志悠、少し沈黙した後、なぜか顔を赤らめる。

「・・・私もさすがにあの時は怖かったのですけれど・・・その・・・きちんと手順を
 ふんでいただければ・・・私としても・・・その方がありがたいのです・・・・が・・・・」
「え!?」

目を見開く徐晃に志悠は顔を真っ赤にしながらさらに早口で続けた。

「おわかり?!あくまで手順をふまえてのお話ですわよ!?今度あんな早急な事を
 なさったら淵おじさまもお話に参加していただく事を覚悟なさい!」

そう言って志悠は照れ隠しに徐晃の脇腹に軽く拳を入れる。

「・・・・わ・・・わかりもうした・・・」

夏候淵も志悠の遠縁にあたり、志悠にひとかたならない情をよせる人物の一人だ。
ただ夏候惇より格段に気性が荒いため、今回のような事が耳に入りでもしたあかつきには
全治1ヶ月どころではすまないだろう。

馬で追いまわされて矢の塊になるか、木に縛り付けられ矢の塊になるか。
徐晃は嫌な汗が流れるのを感じた。

「・・・では徐晃、病み上がり早々申し訳ありませんが
 仲直りのしるしとして書類移動におつきあい願えまして?」
「・・・む・・無論、おつきあいいたします」

そうして並んで歩き出した二人だったが、どちらともなく顔を見合わせ、小さく笑った。

「まずはお友達から、ですね」
「まずはそこから、ですな」

徐晃はもう赤くなって目をそらすような事はなくなったが、彼はまだ知るよしもない。

「・・・徐晃、そんなに持って大丈夫ですか?」
「はは、なに、志悠殿のお役にたてるのなら軽いものです」


実の所、友達より先への進み方というものがわからないと、徐晃が知って愕然とするのは
もう少し・・・いや、かなり先の話だった。








・・・下書き書いてて恥ずかしかったナンバーワン。
それ以上それ以下ノーコメント。
逃走!


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