「え?惇おじさま、髪を結い上げておられたのですか?」
たまたま空いた時間が重なったというので開いたお茶会。
夏候淵が始めた昔話にそんな話が出たのは
志悠の作った菓子が夏候兄弟に食いちらかされ
残り三分の一くらいになったころの事だった。
「あ、そういや零は知らなかったな。
俺らはお前のいない時期から結構変わってるんだぜ?」
「そう言う淵おじさまはどこか変わられました?」
「いんや、俺は大して。最近で言うと剣が棍になったくらいかな。
司馬懿も昔は羽で人を斬らずに剣で戦ってビームも出なかったし
張コウも普通に鎧着て普通の将だったし、さっき言ったが惇兄は・・・」
「・・・その話はもういい」
他人の事はともかく自分の事を志悠の前でとやかく言われたくない夏候惇。
まるでハエをあっち行けといわんばかりの嫌そうな顔で話をさえぎった。
この三人が集まると夏候淵が一番よくしゃべる。
志悠はそれに答えて夏候惇が時々口をはさむ程度。
夏候一族の団欒はいつもこんなものだ。
「で?そうゆうお前はなんか変わったか?
曹仁はいつだったか角が取れたとかなんとか言ってたが」
「・・・そうですね・・・子孝様と出会ってからと言いますと・・・
髪を切ったくらいでしょうか」
「「なに!?」」
ほぼ同時に声が上がる。
「髪を切ったって・・・どんくらいだ?」
「背中までありましたから、まぁそこそこに」
「そこそこどころの話ではないだろう!なぜそれほど急に切った?!」
「仕官するさいに邪魔でしたので」
いともあっさりした返答に夏候惇は言葉を失う。
今志悠の髪は遠くから見ると男と思われるほど短く
背中まであったのを切ってしまうにはかなり度胸がいるはずだっただろう。
髪は女の命だと聞くが、いくら着飾らない志悠の事だとはいえ
この態度はちょっとおかしい。
何か言いたそうな二人に志悠が笑ってお茶をたしながら
そのわけを聞かせてくれた。
「・・・あ、ちょっと言い方が悪いかもしれませんね。
邪魔というより・・・決意のつもりで切りました。
魏に降る前に、仕官するのなら半端な気持ちではいけない。
まして私の官職は多くの者を導き助けなければならないと思い・・・
・・・まぁ月並みに言い換えますと、女を捨てるつもりで切ったのですよ」
わけを聞いてもやっぱり二人は言葉が出ない。
職務に心血をそそぐ志悠らしいと言ってしまえばそれまでだが
彼女の思考回路はどうも何か欠落していて自分の事というものが
どうもないがしろにされているフシがある。
それは夏候兄弟が心配する事の一つでもあるのだが。
「志悠、お前・・!」
「少しは自分の事も優先させろ、ですか?」
「・・・・・」
夏候惇、いつも通り志悠に考えを先読みされた。
「心配なさらずとも私は大丈夫です。
ここへ引き上げてくださった殿や子孝様
おじさま方に甄姫様や武将方皆様に色々とよくしていただいていますもの。
・・・私はそれで十分に幸せ。これ以上高望みしてはバチがあたります」
・・・こいつめ。
夏候淵は複雑な笑い方をするが
夏候惇にはその誠実な心意気が逆に腹立たしい。
「・・・ま、お前がいいって言うんなら俺は何もいわねえ・・・」
「ならん!!
」
だん!!
夏候淵はしかたなさそうにうなずこうとしたが、変わりに兄が激怒し
卓上にのっていた菓子や茶器が打ちつけられた拳で軽く宙に浮いた。
「お前は・・・!その!・・・あれだ!なんと言うか・・・」
「ちっとは自分の幸せの事くらい考えろって言いたいんだろ?」
「人の心を読むな!!」
兄、寡黙なつもりでも考えはモロバレなようである。
どもって怒鳴って突っ込む惇を見て志悠は軽く笑うと
短い髪に手を当ててなでてみせた。
「短いのはお嫌いですか?」
「きっ・・嫌いではない!いや!それ以前に好きとか嫌いの問題ではない!
お前は思い切りがよすぎだ!民などそれこそ何万人もいるが
志悠零という人間は今この場にいるお前一人しかおらんのだぞ!?」
「ですがその一人だけにしかできない事もあるのですよ?」
「黙れ!」
がちゃん!と再び卓上の物が宙に浮く。
「ま、零の言う事も惇兄の言いたいことも両方もっともだよな」
「淵!お前どっちの味方だ!」
「いや、どっちっていっても・・・どっちもだよ。
零には俺らの血縁であってほしいし、民や俺らを助ける内政官でもあってほしい。
そりゃあ零にも幸せになってもらいたいが・・・でもよ、零はしっかりしてるんだから
俺らがとやかく心配する事なんてないだろ?」
「・・・・・」
確かにその通りだ。
志悠は曹仁の推薦で曹操の眼鏡にかない魏にやって来たが
それだけでは今まで他国と戦の激しかった大国はここまで安定していないだろう。
「ま、心配ならぶっ倒れた時に後からささえてやって
その時思いっきり怒ってやればいいじゃねえか。
零は一人しかいないけど、俺らは二人いるんだからよ」
夏候惇、行き場をなくした拳を解いて頭をバリバリかきむしった。
「・・・勝手にしろ!」
「すみません、おじさま」
「・・・あやまる事か」
志悠の最も近い血縁夏候惇。
少し納得いかなそうに残り少ない焼き菓子を口に放り込むものの
それ以上何も言ってこなかった。
「・・・でもよ、髪が長かった零も見てみたかったな。
仕官する時っていうんなら殿や曹仁は知ってるんだろ?」
「いいえ、殿に別の気に入られ方をしては困りますので
殿と面会する際には切ってしまいましたから、知っているのは子孝様だけです」
むき
無関心をきめこんでいた惇の額に青筋が浮き上がる。
「えー?ずりいな。曹仁だけ知ってるのか?」
「そんな顔なさらなくても髪はまたのびてきますから」
「でも時間がかかるだろ?いーよなー。なんか曹仁って零の特別なんだなー」
「ふふ、そんな子供みたいな事を。
ただ知り合ったのがたまたま一番最初だっただけですよ」
「ってことは俺らより付き合い古いって事だろ?
なんだかんだで仲良さげだしよ。なぁ惇兄」
「・・・・・」
「え!?ちょっと待て惇兄!なんで空気ゆらめかせて雷発生させてんだ?!」
夏候惇、それから数日ちょっとだけ曹仁への態度にトゲがつきました。
志悠は昔長髪だったってだけの穴埋めです。
私は無双1からの無双好きなので、ちょっとなつかしむつもりで書きましたが
そういえば昔にくらべると今の無双がどれだけ・・・なのか
こうして書くとよくわかります。
帰る