さて海の奥の地味な場所で地味なケンカをした後は
もう一度泳いで森を通り、村まで帰らなければなりません。

つまりは折り返しなのですがその間にムダな親子ゲンカをし
ムダに体力を消耗した親子に傍観決め込んでいたハンターさんは言いました。

「さて、またしばらく海の中だから今何か言っておく事とかある?」
「・・・特にない」
「いや色々あるだろうお前の場合」

すっ飛んできた刃先をブリッジでかわし
追撃でくる本気攻撃を右へ左へ転がりまくって回避する
身なりのいいジェントルマンというのもかなりアレな光景ですが
もう慣れたハンターさんはカケラも気にしません。

「ハイハイもうケンカはいいから森まわって村に帰ろうね。
 で、さっきのドスジャギイはどこに行ってるのかなっと・・あれ?」

おそらくスキルでマップ上の大型モンスターを確認していたのでしょうが
その動作が急に止まり、何かに気付いたその不吉な様子に
経験上イヤな予感しかもてないバージルが攻撃を止めて聞きました。

「・・あまり聞きたくはないがその『あれ』とは何だ」
「ドスとは別の、さっきまでいなかった大物がいる。
 しかもいきなり隣のエリア」
「?隣、となると海中になってしまうが・・見間違いではないのかね」
「いや間違いなくいるしちゃんと動いてる。でもこれって水系・・だっけ。
 スポンジ(ロアルドロス)の予定は入ってなかったはすだけど
 ・・げ、こっち来た」

でもそこは全エリアのいちばんはじの洞窟の中。
出口も入口も1つしかないので来るとなると場所は一カ所のみ。
つまりそれは今出ようとしていたそこからやってくるのです。

「・・でも今日は相手するつもりじゃないからね。
 姿が見えて出口があいたらそっちへダッシュ。
 間違っても殴りかからない。とくに父!オッケー?」

出入り口を警戒しながら素早く指示を出し
ちょっと残念そうな父をスルーして待つこと少し。

そしてレイダの予想通り、海底への入口から何か巨大なものが這い出してきて
海水をしたたらせながらずしんと地に足をつけました。

それは一見して青い外殻をした龍のように見えますが
それを見たハンターさんのが声がひっくり返りました。

げぁッ!?よりによってコレぇ!?」
「?なんだ、何か特別な相手なのかな?」
「特別もなにも!これこの前見たばっかりの耳ふさげーー!!」

その青い龍がこっちを見るなり耳が破壊されそうな咆哮を上げ
3人はとっさに耳を塞いで動きを止められましたが
それからの行動はさすがにハンターだけはあるハンターさんが知っていました。

「間ぬけて退避!急げ!」

やんのかコラとばかりに睨んでくる龍を完全無視し
あいていた隙間を走って海面にダイブ。
悪魔の親子も腕に自信がないわけではありませんが
そのただならぬ様子に剣をぬかず続けざまに走って海に飛び込みました。

しかしエリア移動してその姿が見えなくなっても安心はできないのか
ハンターさんはペースを調整しながらかなり急いで海中を泳いでいて
親子はちょっと不思議に思いました。
見た感じそう動きの速そうなヤツでも
固そうな印象もなかったのですが、何をそこまで急ぐのでしょう。

でも少ししてその理由はわかりました。
チラっと見た後ろの方からあの龍が結構なスピードで追ってくるのです。
対してこちらは距離感のつかみにくい水中に息の続かない制限付き。
おまけに水中では飛び道具がまともにつかえないし
重力がないためジャンプや回避だって満足にできません。

相手の手の内が読めないのもそうですが
自分がどこまで動けるかわからないというのも結構怖いものがあります。

『こら後ろ見ない!上がって!急いで!』

そう聞こえたわけではありませんがそんな気配に振り返ると
ハンターさんが海面近くの崖にへばりついていたツタをさしています。
おそらくそこから上へと登れるのでしょう。

ハンターさんのあせり方からして迷っている暇はありません。
まず父がそこにたどり着いてツタを使って上へ上がると
続けざまバージルもそこを上がろうとしました。
が、最後に残す人の事が気になりふとそっちを見る前に
先にべんと背中をはたかれました。

つまりヘンな気を回す前にとっとと上がれという事でしょう。
ちらと見えた青い闇の先にはあの凶暴そうなごつい龍。
よけいな判断ミスはできません。
バージルは素早くツタを掴んで海中から出ると
あとは脇目もふらず登る事に専念しつつ
最後尾で上がってきたハンターさんに聞きました。

「手短に聞くぞ!なんだあれは!」
「ラギアなんとかっていう村から退治依頼受けてるバケモノ!
 図体がでかいからいるなら村で予測できてたはずなんだけど
 あんたたちってヘンな予想外をよぶ体質があるでしょ!」
「え・・そうなのかバージル?」
「・・・・(否定できずに無言の肯定)」
「そうなのよ!しかもよりによってこんな逃げにくい所で
 あんな水陸両用のヤツよば・」

さばーーー!!

と文句を言いかかった瞬間
さっきまで海中にいたそれが海面から飛び出し。

がぎっ   どぼばーーん!!

そこから後は一瞬でまるでパニック映画のような光景でした。

海面から飛び出してきたラギアなんとか、本名ラギアクルスは
びっくりした顔のレイダをがきっとくわえると
落下の速度そのままに海中へ戻って行ってしまいました。

まさかと思ったのはコンマ数秒。
そこから先は身体が勝手にやってくれました。

「バージル!!」

待ちなさい!と止める声は着水の音にかき消されました。

水中では不利だとか無茶だとか勝てないとか
冷静になればすぐにわかるような事をなにも考えず
バージルは無意識でツタを掴んでいた手をはなし海に飛び込んでいました。

水音が終わったあと見えた青い視界には
何かをくわえて泳いでいるあの青くて巨大な背中が見えましたが
くわえられたそれはさすがに大人しく食われる気がないらしく
一応の抵抗らしいことはしていましたがなにせ武器のある腰から下は口の中。
遠目でもどうにかなるように見えません。

バージルはとにかく気をそらそうと幻影剣を作ろうとしましたが
水中での抵抗を考えるとこの距離では到達しそうにありません。

ではどうするかと考えた一瞬、視界のはじに泳いでいた魚が目に入りました。
そう言えば魚というのは水の抵抗が少ないように進化した生き物です。
彼は即座に判断し、魔力の剣を別のものに作り替え
悠然と泳いでいた巨大な背中にそれを叩き付けました。

ヴゥン びしびしびしびし

さすがに致命傷とまではいきませんでしたが気を引くには十分でした。
何かチクチクする感触にラギアクルスが振り向くと
青白く光る魚をずらりとしたがえたへんな生き物がいて
それをびしびしびしびし時間差で飛ばしてくるではありませんか。

なんで青白い魚を飛ばしてくるのかはわかりませんがラギアクルスはムッときて
そっちに向かおうとしましたが・・やっぱりやめました。
それは全然強そうに見えませんでしたが
ケンカを売ると猛烈にめんどくさい事になる気がしたからです。

その野生の本能は正解です。
でも今くわえているのを食べようとしているのは不正解です。

でもさすがにそこまで感知できないラギアクルスは
ぶんとぶんと鬱陶しそうに飛んでくる幻影剣、じゃなく幻影魚ををふりはらい
あろうことかくわえていたそれをどごんと岩壁にぶつけ
がぶがぶと補食し始めたのです。

さて問題です。
この場合、丸飲みにされて多少溶けても原型がある方がよかったでしょうか。
それともかじられてどこかもげても逃げやすい方がマシだったでしょうか。

ぶち

しかし当然ながらそんな二択の事など考える間もなく
彼の頭の奥で何かがはじけ飛び、その身が一瞬で別物に変わりました。

制限時間、水による抵抗、相手の強度やこちらの息の持続時間
本当はもっといろいろ考えるべきだったのですが
彼はそれを全部考えず全力で飛びかかりました。

最初の一撃で愛刀から悲鳴のような音が出ましたがかまいません。
かけた刀は修復できるけれど人間はそうはいかないのです。
一度失ってしまうともうどれだけあがこうともけして元には戻らないのです。

その昔、それは実証されていてもう思い知っているはずなのに
斬っても殴っても突き立てても、それはガンとして口を開かず
そこから見えていた動きがだんだんと弱いものになっていきます。

バチッ バチバチ

そんな中でふと聞こえたその不吉な音に咄嗟に距離をとると
直後ラギアクルスの背中が光り、その全身から広範囲の電撃が発生します。
バージルはとっさに回避できたので無傷ですが
もちろんくわえられたままのハンターさんは直撃です。

何か叫んだような顔をして口から空気を吐き出すと
それきり動くのを止めました。

『       』

その時脳裏に浮かんだ脳天気な笑顔は
何かつまらない事を楽しそうに言っていたような気がします。
けどそれが何を言った時の事だったのかがまったく思い出せません。

あわてて他に覚えている記憶を掘り起こしてみても
なぜかどれも声だけがきれいに欠けていて

なぜかそれが今
もの凄く悔しくて悔しくて 悲しくて

目の前から色がなくなっていくのと同時に
身体のどこかで使いこなしきれていなかった何かが
ばんと音を立てて表に放り出されました。

ー ー ー ! !

水の中を伝わってきたその咆哮とも金属音ともつかない異常な音に
ラギアクルスはぎくりとしてそちらを見ました。
見るとさっきまでこっちにちょっかいかけていた青くて小さいのが
どす黒い煙みたいなのをまとわせ、今度はサメのサイズと形をした青白いのを
どかどかとミサイルみたいな勢いで飛ばしてきたのです。

うわ、ちょ、なんだよテメェはと思ってもそれは攻撃をやめず
結構強い力でガンガンと殴ったり斬ったりしてきました。
尻尾で振り払おうにも相手は小さくて当てにくく
電撃で追い払おうにも予知されて回避されては届きません。

一番いい解決法はくわえたまま忘れているそれを放せばいいのですが
予想外の事態にラギアクルスの脳はそこまで考えがいきません。

ちっ、しょうがねぇ一端引くかとラギアクルスは身をひるがえします。
ですがその口にあるものはやっぱりそのままなのでバージルはあせりました。
攻撃力は上がったとしてもここは自由のきかない水中で
逃げられでもしたら追跡がかなり困難になります。

しかしその時目の前に突然ふわりとした物が入ってきました。

それはいつの間に落としたのか布にくるまれた所持品の1つで
実は言うと最近宝物みたいになってきていた用途不明の鉱石でした。

なぜそれが目の前に流れ出てきたのかはわかりません。
ですがそれはその時『使え』と言ったような気がして
バージルは素早くそれをひっつかんで中を出し
全神経を集中させてある一点に狙いを定めました。

そこは岩のような甲殻にくらべれば攻撃が通りやすい反面
範囲が極端にせまくチャンスは一度きり、失敗はできません。

しかし彼は迷いませんでした。
よく釣り上げていた魚の形を魔力で作り、その口に石をセットし精神集中。

『行けぇ!!』

渾身の集中力と魔力を結集したそれは水中を飛ぶような速さで飛び
ラギアクルスの眼球に命中すると尻尾をピチピチさせ
くわえていた石を目蓋の奥までねじこみます。
ちょっとえげつないですが何をしてもビクともしないヤツには効果的で
これがあの脳天気なハンターさんならこう言ったでしょう。

『必殺!目に入った異物が異常なほど痛いのはわかってるけど
 やらなきゃいけない時もある!それが今アタッーーク!!』

ゴガァォガァアーー!!

いきなり目にヘンな異物を押し込まれたラギアクルスは当然絶叫し
もの凄い勢いで暴れ出しくわえていた物の存在を綺麗サッパリ忘れました。

バージルはそれが起こす激しい水流や泡の中をかきわけ
ぽかりと浮かんでいた鎧のかたまりみたいなのの腕の部分を掴みました。
しかし掴んだそれはさっきまで動いていたはずなのに
まったく反応が返ってきません。

嘘だろうと思い、こんなタチの悪い冗談があるかとも思い
全身から血の気が引くのと同時に姿がばしゅんと元に戻ります。

絶望的な感覚だけが勝手にふくれあがり息が続かない事も忘れかかった時
どんと背中から突き飛ばされるかのような衝撃がきました。

それは目に異物をつっこまれて怒り狂ったラギアクルスが
水面に出ようとしたのに巻き込まれただけなのですが
さすがに怒り狂っているだけあってものすごい水圧で
ぐんぐん明るい海面が近づいて来たかと思うと強力な力で空中へ弾き飛ばされます。

一方ラギアクルスはとても怒っていました。
なんだかよくわかりませんがちょっと食事をしようとしただけなのに
ヘンな魚をいっぱい飛ばされチクチク刺されたり斬られたり叩かれたり
それだけならまだ良かったのですが目に何か押し込まれて
ゴロゴロギリギリしてとにかくすんげぇ痛いのです。
動いているものがいれば全部に八つ当たりしたいほど
とにかくラギアクルスは怒っていました。

で、その原因であるさっきのはどこ行った!と残った目で探そうとした時
潮風の入り込むようになった鼻先に何かがどんと着地してきました。

ギロリと睨むとそれは赤黒くて背中に翼のはえた何かで
バチバチと凶悪に発光する何か筒状のものを持ち
表情のない目をしたままそれをぐいと突き付けてきました。

「・・返してもらおう」

ぼん ドガーーン!!

ラギアクルスはふんぎゃーと思いました。
目に何かつっこまれたあげく鼻先で大爆発なんて
今まで生きてきた中で初めての経験です。

くそう、だからなんだんだよお前らはと思って残る片目で睨み付けましたが
小さくてもなんかへんで怖くてイヤな奴ら(推定3つ)は
赤黒いのにまとめられて一緒に崖の上に飛び去っていくところでした。




ごくたまのシリアス。





重力に逆らい風を切ってたどりついたのはかなり高い崖の上。
ラギアクルスはさすがにそこまで追って来れないようでしたが
そこは何かの巣かエサ場なのかたくさんの骨が下一杯にちらばり
たくさんのジャギィがいてこっちを見るなりギャアギャアと声を上げ向かってきました。

しかしさっきの水中怪獣にくらべれば遙かにマシです。
スパーダは2人を地面におろして魔人化をとくと
最小限の動作で銃を引き抜き、近寄ってきたジャギィを撃ち抜き
グレネードガンと使い分けながら包囲網をやぶっていきます。

「手当だ!急げ!!」

銃声や爆音と一緒にそんな声が聞こえましたが言われるまでもありません。
バージルは素早く起き上がると動いていないレイダの状態を確認しました。
しかし不思議な事にあれだけやられたのに鎧がほとんど破損しておらず
外傷らしい外傷もほとんどありません。
しかし肝心なのは息をしていて脈があるかどうかです。

バージルは動かないハンターさんの口の前に手を当てようとしましたが
もし息をしていなかったらという最悪の事態が頭をよぎり
怖くなったその手は無意識で肩を掴んでゆすっていました。

「お・・い、おい・・!」

しかし彼はその時彼は知っていたはずのこの人の名前を
今まで一度も呼んだことがないのに気づいて愕然としました。

そんな単純な事もしていないまま、これはこのまま冷たくなるのでしょうか。
こんなにいきなり、ちょっと前まで動いてしゃべっていたはずなのに
そんなに簡単にいなくなれるものなのでしょうか。

でもそれは昔一度あった事なのです。
もうそれはちゃんと理解できて、受け入れられるはずなのですが
理解はできても彼は嫌だと思いました。

確かにこの人は無神経で野蛮で掛け値なしの馬鹿ですが
でもこんなに長い間近くにいて色々と一緒にやれた人間はいなかったのです。
それにもっと一緒にいろいろな物を見て釣りをして共闘して
もっともっと一緒にいて、とにかく贅沢は言わないから
ただ無神経でも馬鹿でもいてくれればそれでもよかったのに
呆れるほどあっさりした理由で自分をこっちに引き留めたやつが
こんなあっさり、こちらが何も返さないうちにこんな
こん な

「バージル!!」

しかしその時、目が覚めるような怒声がしたかと思うと
どちゃと真横に真新しいジャギィの死体がすっ飛んできて
我に返るのと同時にかすんできていた視界がクリアになりました。

声はそれ以上何も言いませんでしたが言いたい事はわかりました。
確かに今はそんな時ではないし、まだそうと決まったわけではないのです。
昔一度経験した事ならそれを変えられる可能性だってまだ残っているはずです。

バージルはぼやけた視界をすばやくぬぐって
とにかく息がまだあるかの確認をしようとして手を

「・・・っごは!」

やった瞬間、べしゃと手になまあったかい海水をひっかけられました。

げほ!げは!ごっは・・!ッかーーッ!しょっぺ!」

そして勝手に息を吹き返して元気に飛び起きたそれは
さっきまでの静けさが嘘だったいみたいに激しく咳き込み
最後にオッサンみたいなセリフを吐いて
『ぅげ〜・・さすがに死ぬかと思った』などとげっそりした後
びっくり顔のバージルに気付いて目をぱちくりさせました。

「・・あれ、どしたの。魂どこかにふっ飛ばされたみたいな顔して」

そのあっけらかんとした様子はいつもとなんら変わりなく
夢か冗談かドッキリのたぐいかと思いましたが
そんなタチの悪過ぎる話もないのでバージルは恐る恐る聞いてみました。

「・・・だい・・丈、夫・・なのか?」
「?うん。鎧着てるから多少は平気」

鎧がどうとか以前にあれだけの事のどこが多少なのかチリほども理解できませんが
とにかく拍子抜けするほどあっさり無事なその様子に
バージルはぐしゃと骨とか何かの残骸がつもったひどい地面に手をつきました。

・・このヤロウ、いえこの場合ヤロウじゃなくてアマですが
このアマあれだけの事があった後でもこんな調子かドチクショウ。
色々思い出してレバー冷やして丸損だろうが。
今までのあれこれのしと利子つけて返せこの自然エネルギー発電機。

「え、ちょっとどしたの。知らない間に何、あ!そうだ!」

しかしまた罵声になってない罵声を脳内で再生させていると
その本人は何か思い出したように腰にあったポーチを引っかき回し。

あーーッ!?変な音がしたと思ったらやっぱりー!?」

砕けた何かの破片を取り出してなぜか急に怒り出しました。

うがー!あのヘビともワニともわからない電気ウナギもどき!
 今度装備のいい状態で見つけたらぺナなし最大活用して
 陸に引きずり上げてからボッコボコにしてやる!」

などと怒っているハンターさんの手にあったのは
元は1つだったのだろうばらけた何かの残骸で
バージルはしばらくしてそれがなんなのかを思い出しました。

それは確かここに来る前、とある塔の中にいた時に
保険として置いて渡したゴールドオーブです。
それは簡単に言うと死を一度だけなかったことにする物なので
いつ砕けたのは分かりませんがそれが役目を終えたということはつまり・・。

その結論に思い当たってぞくりと全身が震えましたが
しかし彼女の持っていた金色のオーブも、こちらの持っていた鈍く光る鉱石も
それぞれ使用方法を知らなかったはずなのにほぼ同時に役に立って
同時にその役目を終えたというのはなんとも不思議な話です。

偶然でしょうか。それとも運が良かっただけでしょうか。
それとももっと別の説明のつかない不思議な力のおかげとかいうやつでしょうか。
でもどれにしろ昔の二の舞を踏むことだけはなかったようで
バージルはものすごくホッとしつつまだ怒っているハンターさんをなだめて
砕けたオーブの効力と持っていた鉱石をラギアクルスに使った事を説明しました。

説明し終わってからどれかで怒られるかと思いましたが
元々細かいことにこだわらないその人は
驚いたような顔をした後ぶっと吹き出しただけでした。

「うっわ、アレをそんな風に使う人はじめて聞いた」
「だが・・有効ではあったな。
 永遠に役に立たないと思っていた物が思わぬ事で役に立った」
「・・でもこっちのは勿体なかったなぁ。
 悪趣味なデザインはともかくけっこう気に入ってたのに・・」

そう言ってレイダは持っていた破片を名残惜しげに眺めました。
それはバージルも同じでしたが彼は少しもおしいとは思いませんでした。
だってその代償として今目の前に残っているものは
そんな石ころと代わるようなものではないのですから。

「気にするな、それは元々消耗品だ。それにまだストックはある」
「・・でも最初にもらった物とその次もらう物って
 似てるけど価値が全然違うものなんだけどなぁ・・」

すねたようにオーブの残骸をつまむハンターさんに
バージルは数秒考えぷっと吹き出しました。

それは昔の記憶をたどればなんとなくわかる話ですし
使い方もわからず大事に持っていたあの鉱石がいい例になるでしょう。

バージルはいつもより緩んだ表情をなおすのも忘れ
その手にしつこく残っていたオーブの残骸をぽいとそこらに捨てて
『あ、ちょっと』と言ったその人の手をぎゅと両手で握りしめ。

「だがその代償に引き替えた命と身体はここにある。
 ・・俺はそれでかまわん。それでいい」

などとやたら感慨深げで穏やかに言うものだから
『アレ、これドコの誰だろう』とレイダは一瞬本気で思ってしまいました。

もしかしてさっきのゴタゴタでいつものトゲトゲした部分を
海の中にでも落としたのかと思ったり、でもこの子からそのトゲの部分取ったら
ただの素直ないい子じゃないかとか若干失礼な事を思っていると

ドカッ ドカッ ドカッ ギアオォー!

「こら、よせ!そっちはダメ!いい子、だから!邪魔しない!
 
ゲリュオンに蹴られても知らないぞコラァ〜!」

いつの間にか静かになっていたその空気の中に
何かの重たい足音と誰かの慌てたような声が入り込んできました。

見ると崖とは違う方の山側の洞窟から出てきたのは
ボコられたのかボロボロでヒイヒイしてるドスジャギィと
その尻尾を掴んでずりずり引きずられてるスパーダでした。

それでスイッチが切り替わったのか
手を握っていたバージルがいきなりぶんとかき消え
刀に手をかけた状態で数メートル向こう側に出現します。

「あれ?おとっつあん、いないと思ったら何やってんの?」
「いやすまない!少し散歩をしていたらこれと出くわして
 こちらに来るのを阻止するつもりでじゃれて(ボコって)いたら
 運悪くこちらに逃げてきてしまっ・・おっと!」

放せコラァ!とばかりに噛みついてきたドスジャギィをかわし
スパーダはグレネードガンを向けようとしましたが
ぴたりと横から突き付けられた刃先に片手で降参のポーズをとります。

「こら怒るな、わざとではない」
「・・それはいなくなった件についてか
 それとも誘導失敗の件についてかどちらだ」
「えーと・・両方?」

頬に指立ててかわいく言っても、どのみち全てが逆効果です。
形なおすのを忘れて剣と魚の入り交じった奇妙な物体の数々が
転がって器用に回避しまくる父のあとをどかどかと追尾していきます。

「はいはい、だからもうケンカはいいから
 倒すか逃げるかどっちか決めよう、と、言いたい所だけど・・」

よっこいしょと立ち上がって尻をはたきながら
レイダというハンターさんはやはり変わらぬ口調でこう言い放ちました。

「せっかくそこまでボコったんだから狩ろう。
 そこまでやってトドメ刺さないのは失礼に値する」

ギアアー!と鳴いたそれが『ざけんなコラー!』的な雄叫びだったのか
それとも『マジですかー!?』的な悲鳴だったのかわかりませんが
ともかくそのドスジャギィの声を合図にそこら中からとりまきのジャギィが出てきて
3人は各自で戦闘態勢をとりました。

「しかし君、傷の方はもういいのか?」
「平気平気。これくらいでへばってたらそこら中のヤツのエサになってる」
「・・・・・」
「はいそこ。まったく信用してない顔しない」

いやそれは言い換えると心配してんだよというスパーダの心のツッコミをよそに
レイダはぶんと慣れた手つきでハンマーを振りかぶり
噛みつこうとしてきた一匹を叩き飛ばしました。

「確かに絶対大丈夫とは言い切れないし、さっきみたいな事もあるにはあるけど
 それはこういう職業と生き方してる以上しょうがないでしょ」

その途端バージルの顔がくわっと音がしそうな勢いで不機嫌顔になり
たまたま近くにいたジャギィが『何事!?』とひるみましたが
ハンターさんは少しして何か思い出したようにジャギィ達から距離をあけ
バージルの背後に背中を合わせると。

「あ、それとさっき言いそびれてたんだけどさ」
「?」

色々あってちょっとすすけて汚れたその顔は
いつもと変わらない脳天気な顔で。

「ありがとね」

などと嬉しそうに笑って元気に走り出すものだから
バージルは少し驚いたような顔をして。

『・・あぁ、まったくだ』

誰にも聞こえないくらいの声でつぶやき
自分で意識しない範囲で小さく微笑んでしまったので
それを戦いつつ横目で盗み見していた父が
カメラ持ってくればよかったなぁなどと庶民的な事を思ったそうです。



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