なんだこの起爆装置みたなのはと警戒するアライチを説得し
ターミナルを使ってギンザへ到着。
念のためエストマをかけて少し歩きBARの扉を開けると
店主のマダムと常連のロキがいつも通りに出迎えてくれた。
「あらいらっしゃい。お久しぶりね」
「なんだ、誰かと思えば人修羅の坊やと苦労性の旦那じゃねぇか」
この世界の事も大体把握してきてここへ来る数も減ったが
ダンテはいつの間にかここの馴染みになったらしい。
同じく馴染みらしい常連、というか居座りっぱなしなロキの台詞に
ジュンヤがこれ以上ないくらいに眉をひそめた。
「・・なんだそこの坊やは。入って来るなり不審全開のツラで」
「・・いや、この自由奔放で自己主張が強烈で人の話聞かない人が
どうやれば苦労できるのかが不思議でたまらなくて」
「いやいや、それがしてるんだぜ坊や」
「??」
なんだそりゃと思いつつダンテを見ても苦笑して肩をすくめるだけだし
悪そうな連中がなに納得し合ってるんだと思いマダムの方を見ても
マダムもなぜか呆れたように笑うだけだ。
まぁそのあたりの大人の事情とかは置いておとくとして
まずはアライチについての情報収集が先だ。
「・・ま、いいや。えっと、ところでこの人・・」
の事について何か、と手を向けようとしたら・・いない。
さっきまでそこにいたはずの特殊部隊風な人がいつのまにかいない。
あれ?と思って見回したが目の届く範囲にあの姿は見当たらない。
まさか途中ではぐれでもしたのかと思って慌てて表へ出ると
なんの事はない、彼はごく普通に入口の前で立ちつくしていた。
「?あの・・アライチさん、入らないんですか?」
「・・・入・・れるのかここは?」
「そりゃ入口が開くんですから入れますよ。
まさか入ったことないんですか?」
「いや、軍に入る前はあったが、戦い出してからの建物というのは
大体入れずにいつの間にかバラバラになるものなので・・」
「・・・」
聞きたい事はいくつかあるが、聞くのが怖いのでスルーした。
しかしそのささやかな努力も店に入り直すなりあっさりとムダになる。
「あらその人間さん、もしかして最近ウワサの壊し屋さん?」
ウワサというのはある程度の尾ひれがつくものだが
尾ひれどころが突然変異を起こして噛みついてきたようなその話に
ジュンヤは恐る恐るに聞き返してみた。
「こ、壊し屋さん・・・・ですか?」
「えぇ。最近外の建物がちょくちょくなくなってて
そんな格好した人がその場にいたっていう話があったから。
でも街の外だけの話だったし、なくなって困るものじゃないから
今のところウワサ止まりな話だと思ってたんだけど・・」
しかしジュンヤは全部言い終わる前にアライチの腕を掴み
店のはじっこまで引っぱって行ってひそひそ話をはじめた。
「・・・アライチさん、つかぬ事をおうかがいしますが
外で一体何やってたんですか?」
「いや・・何と言われても戦闘をすれば建物は壊れるだろう」
「建物が消えてなくなるほど激しい戦い方してたんですか!?」
「別に激しくはない。周囲の建物がもろいだけだ」
まったく言い訳になっていないが早い話、この未来風の軍人さん
悪気はなけど戦うと勝手に周囲を巻きこみ
自覚がないとかいうイヤなタイプらしい。
そう言えば最初会った時もビルの残骸と一緒だったから
あのままあそこで出会わずにいたとしたら
あの巨大なビルですらあそこからなくなっていたかも知れない。
「・・・あの・・アライチさん、できれば今後戦闘をする時は
出来るだけ周りを壊さないようお願いできますか」
するとアライチはかなり困ったような顔をして
『・・・善処しよう』とかなり曖昧な返事をくれた。
そう言えばこの人、見た目がこんな風だから
戦闘に関わるとやっぱり周囲をビル単位で巻き込み
変身して巨大化しちゃうタイプなのだろうか。
「少年、コイツがそれらしい情報を持ってる。
しかもアマラの絡みでな」
などとホントにそうしそうで怖いとか思っていると
先にロキで聞き込みをしていたらしいダンテがそう告げてきて
ジュンヤは一瞬ぎょっとした。
だってアマラ深界はここと多少は似ているが
常識や仕組みがかなり違う世界だからだ。
「え・・ロキってあの世界に出入りしてたのか?」
「いいや、あそこはどうも居心地が悪いんで別の悪魔伝いの情報だがな。
アンタ達が楽しく遊んでたっていう第3カルパのB2F。
ここから先は聞くか?」
ダンテから聞いたのだろうイヤな説明の仕方をし
ロキはかなり意味ありげな笑みを見せる。
つまりタダではなく情報料を取ろうというつもりらしいが
それについてはロキとそれなりに面識ができたらしい
ダンテが交渉に入ってくれた。
「情報にしては初歩的な話だが・・場合が場合だからな。
拾えるものは拾っておく。いくらだ?」
「お、アンタが素直に乗ってくるなんて珍しい事もあるもんだ。
そうだな、それじゃあ・・」
などと楽しそうに考えていたロキが
なぜかジュンヤの方を見てニヤリとする
え?何だよ、いくらふっかける気だと思ったが
ロキが何か言う前にダンテがいきなりマッカを一枚びしと勢いよく弾き飛ばした。
それは加減がされていなかったらしくロキでも受け止められるギリギリだ。
「っとっと!おいおい、ほんの冗談だろ」
「足りない分は次のおごりだ。今遊んでるヒマはないんでな」
「なんだ肝心な時に冗談の通じない旦那だな」
「・・・釣りがいるのか?」
そう言っていくらか怖い声で次をはじこうとするダンテに
ロキがあわてたように手をぶんぶん振った。
「わかったわかった。
第3カルパでアンタがその坊やをはってた通路の向こう。
そこにいつの間にかヘンな穴が開いてたんだとさ。
しかもその情報から後、そこへ行って帰ってきたヤツがいない」
「・・わかった。邪魔したな」
ダンテはそう言ってさらにマッカを一枚、今度は普通に投げてよこすと
成り行きを見守っていたアライチの背を押し
ケンカ始めたらどうしようとハラハラしていたジュンヤの手を掴んで外へ出た。
何だか知らないが苛立っているような気配にジュンヤは首をかしげるが
店の外へ出たダンテは何事もなかったかのように向き直り。
「・・だとさ。あとはオマエの判断だ。
行くかそれとも他を当たるか、どっちか選べ」
などと言って手をひらりとさせるのでジュンヤは怪訝そうな顔をした。
「それはいいけど・・・なんで急に機嫌が悪いんだ?」
「別に?いつも通りだが何か問題でも?」
いや、道に缶が落ちてたら中身入ってても踏みつぶしそうな顔してるんだけど。
と言ってやりたかったが何となく言うのが躊躇われ
ちょっと困っていると横からアライチがぽつりと一言。
「・・人間関係がうまくいっていないのか?」
と、ちょっとズレた事を聞いてきてダンテは妙な顔をする。
「・・あのな、確かにちょっと人の形はしてるが
さっきあそこにいたのは全部悪魔だ」
「そうなのか?」
あんな肌の色してあんな格好してる人間もそういないはずなのだが
このアライチの観点というのは少々変わっている。
しかし彼のその若干ピントのずれた観点が
彼のある特種な経験からくるものだという事を
まだ2人とも知るよしもないのだが。
「それでその、第3カルパとやらへはどう行けばいいのだろう」
「えっと・・さっき使ったターミナルにアマラ深界っていう行き先があるんですよ。
その突き当たりの柱の向こう、いくつか穴が開いてるんで
入って正面にある穴に入れば第3カルパです」
「・・成る程、先程の装置で行き先アマラ深界、正面の穴だな」
などと暗記するようにつぶやくアライチに
ジュンヤはまさかと思いつつ聞いてみた。
「・・あの、アライチさん、まさかそこまで1人で行こうとしてませんか?」
「?そのつもりだが」
さも当然とばかりな顔をするアライチにジュンヤは仰天した。
というかこの変わった風貌の変わった感覚の人。
悪い人でないのだがやっぱりちょっとネジがとんでいる。
「無茶ですよ!いや確かに今まで大丈夫だったのは認めますけど
それにしたって無茶ですよ!」
「大丈夫だ。俺もそれなりの戦場や場数はくぐってきたつもりだ」
「けど生身の人間があそこに行ったらどうなるかなんて
俺にだってわからないんですよ!?」
「オレもその意見には賛成だな」
などと珍しく他人事にあまり口出ししてこないダンテが割り込んでくる。
いくらボルテクスで一人歩きができたからと言って
あの赤い世界でまでそれが通用するかどうかは疑問なのだろう。
「オレも単身であそこを歩いたことはあるが
オレは悪魔を狩るのを専門にしてたから問題なかったようなもんだ。
だがアンタの場合、何か別のものが専門なんだろ?」
その問いにアライチは何も答えなかったがジュンヤはあ、と思った。
言われてみればこの一見してコスプレにも見える風変わりな人。
悪魔の事を知らなかったのに悪魔にやられなかったし
最初から武器を所持していて悪魔と普通に戦えていたという事は
ここに来るまでに悪魔ではない『何か』と戦っていたという事になる。
だがアライチはその事について何も言わず
ふと視線を地面に落としてからこんな事を言い出した。
「だが先程の話や俺の経験からして、この先君達と行動を共にしていると
ある災厄に君達を巻き込む可能性がある。
今ならそれは回避できるが、同行を許してしまうともう回避できない」
それを聞いたダンテはふと違和感を覚えた。
それは一緒にいると厄介事に巻き込むから、来ない方がいいという事だろうが
この場合厄介事に巻き込むとすればこっちのはずなのに
それを向こうが言い出す、ということは・・
「ダメです!おともします!あそこは行き方言うのは簡単だけど
ヘンな手間がいってややこしくて迷いやすいんです!」
だがダンテのイヤな予感をさえぎったのは
有無を言わさないジュンヤの声だ。
その内容を理解してるにしろしてないにしろ
その少年はそこで『はいそうですか』と言える性格をしていない。
「・・いやしかし・・」
「しかしもかかしもないです!
このまま1人で行かせてそのまま戻ってこなかったりしたら
後味悪すぎてこれから先ずーっと気になってしょうがないじゃないですか!」
その逆ギレみたいな剣幕にアライチは困ったような顔をし
ちらりとダンテの方へ視線をよこしてくる。
でもこういう時のジュンヤを止めるのはダンテにも仲魔にもまず無理だ。
首を振って『あきらめろ』と意思表示をするダンテを確認し
アライチは軽いため息をはいて。
「・・・わかった。だが危険だと感知したのなら迷わず引き返してくれ」
と、この世界を知らないはずなのに
これから何があるかを予想しているような忠告をする。
実はこのセリフ、後でそれなりに意味があったのだと知る事になるのだが
1人で行かせる方が絶対に危険ですと譲らないジュンヤと
妙な所でガンコな御主人様だと呆れるダンテも
まだそれに気付くことはないままだった。
さて情報収集の結果、あまり行きたくないアマラ深界へ行くことになった。
だがそこへ行くだけならターミナルを使うだけで行けるが
そこから下の階層へ行くとなるとちょっと話が違ってくる。
アマラ深界というのはエントランスから各階層へ行けるようになっている。
だが行けると言ってもその行き方はちょっと特種で
なぜかマッカや障害物の無闇に配置された長いワープフィールドを通らないと
どの階層にも行けない仕組みになっている。
そしてそこで出てくる問題が、アライチがストックに入れない事だ。
ダンテはヘタに遊んで迷子になると危ないから強制的にストックへ入れたが
仲魔ではないアライチはそこを生身で通らなければならない。
「・・で、基本的には落ちるだけみたいな感覚なんですが
途中に障害物とかがあって、自力で壊すかよけるかしないと
それなりに痛いんですが・・」
武装はしていても普通の人間らしいこの特種隊員。
今さらだが本当に連れていって大丈夫かと心配はするが。
「壊せばいいのか?」
「え・・?はい、まぁ」
よけるという部分がまるっとスルーされた気もするが
本人はいたって普通に暗くて深い穴の中をのぞきこんでいる。
「でも中にはちょっと硬い障害物とかもありますけど
本当に大丈夫ですか?」
「やれるかどうかはやってみないと分からないが
多少の破壊ならこれで可能なはずだ」
そう言って彼がかまえたのは元から持っていた大きめの銃。
テレビやマンガでしか見たことのない連射式アサルトライフルだ。
そんなの常備して何と戦ってたんだというツッコミはさておき
どうやらそれが彼の武器らしい。
しかし戦うと周囲の建物が壊れたとかいう話を聞く限り
それはただの銃ではなくそれなりに強力な武器なのだろう。
想像すればするほど不安は残るが
この先の事を考えると弱いよりも強い方が安心だ。
「えー・・じゃあほどほどにお願いします。
危ないと思ったらはじっこに寄ってよけるだけでもかまいませんので」
「了解した」
それにしてもこの人、どんな時でもやけに落ち着いてるなぁと思いつつ
ジュンヤは先に穴に飛び込み、アライチがその後につづく。
そこは相変わらずなぜかマッカや大小の障害物が浮いていて
普通に先へすすむというのができなくなっていた。
「その金色のはお金で当たっても平気ですが
赤いのが障害物で、大きいのはちょっと壊れにくくなってます。
あと障害物が連続で重なってる時もありますから
無理だと思ったらはじっこで回避して下さい」
「了解だ」
しかし大丈夫かなという心配はすぐ無駄に終わった。
さすがに軍人さんなのかアライチは短い説明でここの仕組みをちゃんと理解し
赤い障害物をさけ、時には銃で破壊しマッカはあまり気にせずに
ちゃんとややこしい場所を通過していく。
しかし1つ気になるのはアライチの銃の威力だ。
ここの障害物には大きいのと小さいのがあり
大きいのは確か力がそれなりにないと壊せなかったはずなのだが
アライチの持つアサルトライフルはそれをまったく問題なしに破壊している。
ってことはあれ、それなりに強いってことだよな。
・・ってことは対人間用の武器じゃないって事
ガチッ
「あ」
どばん!!
だが順調に障害物を壊していたアサルトライフルが急にへんな音を立て
アライチは何か思い出したような声を出し、丸っこい障害物に激突した。
ジュンヤはひい!と思ったがそこで終点がきたらしく視界が白くなり
2人はいつの間にか赤い通路のまん中に立っていた。
が、アライチの方はさすがに痛かったのか顔を押さえて中腰だ。
「あ、アライチさん!大丈夫ですか?!」
「・・・・・問題ない。集中しすぎて弾数確認を忘れた」
そう言いつつアライチはカチカチと手際よく銃に弾丸をつめていく。
そう言えばダンテで見慣れてすっかり忘れていたが
銃というのは普通弾をつめる作業が必要だったはずだ。
「・・そっか、それって弾数制なんですね」
「弾自体がなくなる事はないが、ずっと撃っていられるわけではない。
中の分を撃ちつくしたらリロード(再装填)が必要になる」
「・・ですよね」
誰かさんの銃はそんな事おかまいなしだが
さすがに普通の人が使う銃となるとそういう隙も出てくるのだろう。
ともかく目的地に到着したジュンヤは案内と護衛で外に出せと
ストックで五月蠅かったダンテを仕方なしに外へ出し
安全面でピシャーチャにエストマを頼んでから
ロキが指定した問題の場所まで行ってみる事にした。
そしてそこでの異変にまず気付いたのはジュンヤだ。
第3カルパは全部で5階層の構造になっていて
B2階から下がダンテと色々あった問題の場所となっている。
1階とB1Fまではまず何ともない。
だがそこからB2Fへと降りる階段。そこから下の空気がおかしい。
ここはそう何度も来るような場所ではなかったが
何というか、その階段から下の空気だけがどうもおかしいのだ。
「どうした、降りないのか?」
階段の前で立ちつくしているとダンテが肩をつついてくるが
ジュンヤはそれに何とも答えられなかった。
なぜだかは分からないが、そこから下からの空気というか空間が
何かまったく別の生き物の領域のように思えたからだ。
しかしそれはここから下で何かがあったという証拠で
アライチに関係する手がかり的なものが見つかる可能性でもあるのだ。
けれど何だろう。
この昔ダンテがいた時以上の行きたくない感は。
元々アマラ深界自体、あまり気持ちのいいものではないが
それとはまったく別の何かがこの下にある気がしてならない。
そう思ってしばらく階段の前で立ちつくしていると
何を思ったのか横で見ていたはずのアライチが
突然そこにひょいと階段も使わず飛び込んだ。
「えぇ!?ちょっとアライチさん!」
「帰巣本能でも働いてるのか?」
「ハトじゃないんだから!ったくもう!」
あまり行きたくないが1人で行かせるわけにもいかず
慌てて階段を使って下に降りると、あのSF風で目立つ後ろ姿は
さらに通路の向こうへすたすたと歩いていこうとしている最中だった。
「ちょっとアライチさ・・!」
だがその言葉は途中で切れた。
そこには前見た時と変わらない、長く見覚えのある通路があるだけだ。
少し進むと分かれ道があり、その道は少し先でまた合流している。
だがそこは確か・・
「?どうした。追いかけないのか?」
「・・・あの・・さ、ダンテさん」
「ん?」
「そこ、扉なかったっけ?」
そう言ってジュンヤが指したのは、階段を下りてすぐ目の前の場所。
確かそこにはここ特有の丸い扉があって
ダンテもそこで待ち伏せしていたので覚えはあるのだが・・。
「あった。・・・が・・・ないな」
「ない・・・よな」
そこに扉があったという痕跡は一応ある。
だが頑丈なはずの丸い扉は上にも横にも見当たらず
おまけにその扉のあった部分には、何かギザギザした妙な痕跡が残っている。
ジュンヤは急速にイヤな予感がして走り出した。
先を歩いていたアライチは幸いすぐ立ち止まって追いつく事ができたが
それで少しホッとしたのも束の間だ。
彼が立ち止まったのにはそれなりの理由があったからだ。
彼が立ち止まったのは壁に穴が開いていたからだ。
だがもちろん元々そこにそんな穴などなかった。
おまけにその穴、異様なほどに大きく無骨に掘られていて
まるでそこは大きな生き物が移動のために
無理矢理掘ったかのような形をしている。
無言で追いついてきたダンテも含め
3人はしばらくその穴をのぞき込んでいたが
おそらく一番事情を知っているのだろうアライチがふいにぽつりと言い出した。
「・・君達に提案がある」
「・・へ?」
「ここでの光景を見なかった事にし、すぐに引き返せ。
そして以後、誰もここへ入れないよう封鎖するか入口自体を完全に破壊・・」
チチッ ピピピピピーーーー
だがその途中、アライチのヘルメットから何か小さい音がして
彼は今までにない勢いで顔を跳ね上げて素早く銃をかまえた。
「・・反応あった!来る、まずい・・!」
「え?あの、一体・・」
「俺と同じ事例にでも巻き込まれでもしたか、奴らもここへ来ているらしい。
急いで引き返してくれ。時間がない!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!一体どうして・・」
「・・おい」
その時突然ダンテが銃をぬき、ジュンヤの肩をつかんでくる。
どう転んでも嫌な予感しかしないが言葉を切ってそちらを見ると
通路の奥からなにやら聞き慣れない音が響いてきた。
それはさささという足の多い何かが歩く時に出す独特の音で
ついでにしゅーんという息づかいとも鳴き声ともとれる妙な音も
一緒に通路の奥からこっちを目指して近づいてくる。
ジュンヤはものすごくイヤな予感がした。
たぶんそれは上で感じた行きたくない感の正体だろう。
そしてその音がかなり近くなってきたと思った時
通路奥のカドから唐突にひょいと黒いものが現れた。
それはアリだ。
通路のむこうから普通に出てきたのは誰もが知っている小さな昆虫で
群れをなして行動し、地面に巣を作る小さな虫の代表格だ。
しかしアリというのは普通地面をよく見ていないと見つからないのに
そこにいるアリはなぜ通路の向こうから出てきた時点で
頭や身体の構造までもがハッキリ見えるのだろう。
その理由は少ししてすぐ理解できた。
それはアリであってアリではないのだ。
だって普通のアリは通路いっぱいなくらいにでかくないし
人を見るなりこっちに群れでがざざざと向かってきたりはしない。
それは最近でいうところのスルトくらいの大きさをした巨大アリが
がざがざ大量の集団でこっちに来たのと同じだ。
そのもうこの世の物とは思えないほどの光景に
ジュンヤの鳥肌が一瞬で総立ちした。
そりゃあこんな巨大なのがこれだけいたら
扉もなくなるし誰も帰ってこれないわけだ。
とか納得している場合ではない。
「
でかすぎるーー!!」
ダダダダダダダダダダダダ!!
ダンダンダンダン!
ジュンヤのごもっともなツッコミと同時に
アライチの持っていたアサルトライフルとダンテの銃が激しい音を立て
ジュンヤは思わず耳を押さえた。
幸いそれは一匹一匹が頑丈ではなく
銃弾を受けた巨大アリは次々に動きを止めてひっくり返っていくが
奥からどんどんおかわりがやってくるのでのんびりビビっているヒマはない。
おまけにそのアリではないアリ、遠距離からだと
尻から異臭のする液体(おそらく強酸)を飛ばしてきて始末に悪い。
だがそれを器用に回転してかわしながら
アライチはしっかりと前を見据えて。
「この出方・・奥に巣を作ったな。帰還前に破壊する」
冷静にそう言い放ち、なんとアリの湧いてくる方へ銃を撃ちながら前進を始めた。
「のえぇえ!?ちょっとなんで前に行くんですか!?」
「俺の最優先任務はこの巨大生物の駆逐とその場の安全確保だ」
「はぃ!?えと・・つまり?」
「つまりコイツらの徹底的皆殺しがアンタの任務なんだな」
「極論その通りだ」
「こういう事だけ飲み込み早!
ってか無茶な無理な無謀な!そんなの出来るわけが・・!」
「可能だ。数は多いが無限ではない。
巣を破壊すればどうにかなる。ふせろ」
その会話の続きのようなさり気ない忠告に反応できたのはダンテだけだった。
反射的にジュンヤを抱えて後退し、身を低くした直後
アライチは一体どこに隠し持っていたのか大型のミサイルランチャーを出し。
ズドドドドドドドドドドド!!
通路いっぱいにまき散らされたミサイルは
ジュンヤの悲鳴をかき消しながら巨大アリを蹴散らし
満員御礼だった通路がアリの死骸だらけになった。
「・・よし、あとはこちらでカタをつける。君達は戻ってくれ」
そう言いながらアライチはリロードをしつつ奥へと走り出した。
おそらく彼があの武器をもって戦っていたのはあの巨大アリだ。
そしてそれは彼を追ってか、それともたまたまかこちらへと来てしまい
ここは今アライチと巨大生物の合戦場になってしまったらしい。
呆然としているジュンヤをよそに
もうもうとたちこめる煙と火薬臭を手で追い払いつつダンテが口を開いた。
「・・さて、どうする?」
そのシンプルかつ重要な質問にジュンヤは迷った。
アライチの言う通りこの先の事に関わるのはよくない気がする。
正直あんな大きさの、しかもあれだけの量との戦いなんかしたくない。
彼は戦い慣れてはいたようだ。
たった1人であの数と大きさをものともしていなかったし
あれがどこから来るのかも知っていて対処法も知っているようだ。
でもあの人はちょっと人よりも頑丈で感覚もズレ気味だが
初対面の時に銃をおろし会話から入ってくれて
こちらの協力もすんなり受け入れてくれたし
なおかつこうなる事をなんとなく予測していて
自分達をそれに巻き込まないようにしてくれようともした。
つまりあの人はこちらを気遣う心を持った、ちゃんとした人間なのだ。
その事を頭で確認するのと同時に迷いはどこかへ引っ込んだ。
「ダンテさん!」
「追うんだな?」
「無謀なのはわかってるけどな!」
短いやりとりをしてジュンヤは銃声と爆音のひびいてくる方へ走り出す。
ダンテは苦笑してそれに続くが
内心ではその背に向かって無言でこんな言葉を投げかけていた。
けど知ってるか?オマエの進む先にある無茶や無謀は
どれもぶち当たった先で形を変えて、まったくの別物になるんだぜ。
でもそんなダンテの無言の励ましは
『ぅう、俺あんまり虫好きじゃないけど・・でも・・やっぱり・・嫌だけど!』
とかブツブツ言ってるジュンヤには届いてなかった。
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