「・・・ジュンヤ様」

楽器を手にして宙に浮いていた女神が静かに問う。

「・・・知らない」

ジュンヤと呼ばれる少年は小さく答え
黒とエメラルドのタトゥーの入った首を横にふる。

「・・・しかしのぅ主(あるじ)」

亀に似た龍神が、二つある首のうち竜の方をめぐらせるが

「・・・知らないって」

主と呼ばれた少年は、再び首を横にふる。

「デモアイツ・・・」

変な顔をして布のように宙を舞うキツネのような神獣に
普段おとなしい悪魔三体の主の心は、ぷつんと音を立てて切れた。

知らない!!知らない知らない知らない!!知らない!!
 あんな唐突でゴリ押しで素っ頓狂な危ない外人ーーー!!

色々な姿をした仲魔達の問いかけに
もう勘弁してくれとばかりに頭をかかえた人修羅こと元人間現悪魔高槻純矢。

前も見ず長い階段を全速力で駆け下り
扉を二つほど破壊してその勢いで回復の泉に駆け込んで
中の聖女にちょっぴり嫌な顔をされた。




事の発端はほんの数分前にさかのぼる。

東京崩壊後のボルテクス界という場所で予期せず悪魔になってしまった純矢は
右も左もわからない手探りの旅の途中、ここイケブクロにたどり着き
力がすべてを左右するという、わかりやすい肉体派組織にとっつかまり
しかも成り行きで始められた「勝てば無罪」という
力押しでやっぱりわかりやすい決闘裁判で無罪を勝ち取った。

そしてようやく釈放され、同じように捕まったはずの友人の様子を見るべく
顔パスで入れるようになったビルへ向かう長い階段を上がっていたのだが
何のためにあるのかわからない火を横目に長い階段をのぼり
入り口にある大きな扉にさしかかった時・・・

それは本当に、唐突にやって来た。


ドゴォーーーン!!


いきなり上から轟音と共に人がふってきたのだ。
しかし上には60階建てのビルしかなく、窓らしい窓もついていない
落ちるなら最上階の60階からしかおりられないはず。
つまりそれはビル60階から落ちてきてジュンヤの背後に着地したのだ。

それはどう考えても人間のできる芸当ではない。
だがそれは今まで見てきた生き物の中で、最も人間の形をしている人物だった。

赤いコートに黒いブーツをはいた足が二本、腕も二本、頭も一つ、目も二つ。
銀色の髪はちょっと珍しいかもしれないが、それは紛れもない人の姿。

ただちょっと問題があるのは・・・

その静かだがあまりにもギラついた鋭い目と、両手に握られた白と黒の銃。
そして背中に背負われた見てるだけで呪われそうな悪趣味極まりない巨大な長剣。

ここまでなら悪魔うろつくボルテクス界になれてきたジュンヤにもまだ妥協できる範囲だが
問題はこれから後、この赤いコートの男がとる行動にあった。

地をゆるがし轟音を立てながらも見事に着地したその背の高い男は
他の誰でもないジュンヤに向かい、いきなり・・


「会えて嬉しいぜ少年、お前もそう思うだろ


そしていきなり向けられた銃口。


・・・え・・・?

・・・・・・
は?!


どちら様ですか?
なんですかいきなり?
なんで上からふってくるんですか?
そう思うって・・・・・俺の意思無視!?

(以上思考時間1.5秒)

言いたいことは山ほどあったが、そんな暇もなくいきなり戦闘開始。
わけもわからず撃たれて斬られて斬られて撃たれて斬られて撃たれ
わけもわからず必死こいて応戦するジュンヤと3体の仲魔たち。

そして再び唐突に、男は言った。


「結構ギラギラしてきたな!分かるぜ、楽しいんだろ?
 俺もそうだからな!


意味不明なセリフとともに悪趣味な剣が舞い躍り、二つの銃が休む間もなく鳴り響き
楽しいわけあるかー!!という突っ込みすら入れる余地もない。

ジュンヤは何か泣きたい気持ちで仲魔に回復魔法をかけるが
そのはじから無数の銃弾を容赦なく全員の身体にたたき込まれる。

しかもその男、仲魔三体とジュンヤの4対1にも関わらず、怯む様子がまるでなく
言葉通り楽しそうに時折銃を撃ちまくり、悪趣味な剣を振りまわす。

人ではない。
かといって普通でもない。

人の形をしているのになんなんだこの人は?!

ジュンヤの中にわけのわからない不安が蓄積されていき・・・

そうしてどれだけたったころだろう。
双方ボロボロ状態になってなんとか銃撃はやんだ。
攻撃をやめて引いてくれるかとジュンヤがホッとした矢先
男は巨大な剣でこちらを指しこういった。

「まぁいい、今の勝負はチャラだ」

ジュンヤは仲魔と共に完璧に言葉を失う。

さらに去りぎわの男の言葉が・・・

「それまでせいぜい生きてろよ。お前を殺すのは俺かもしれないだろ?」

そうして・・・赤いコートの男は去った。

わけのわからない、ただただ強烈な印象だけを残して。

それはまさしく赤い嵐とたとえるのにふさわしい出来事で・・・

「・・・・・・・・・・」

ジュンヤは仲魔共々、さんざん撃たれた傷を回復するのも忘れ
片手を上げて去っていく男の背中を呆然と見送るしかできず
そしてしばらくして結局何も言い返せなかった事にようやく気付き
悪魔になってからついた事のないはずの膝をがくりとつき・・・冒頭のやり取りにいたる。


ちなみに

「・・・ジュンヤ様」

お知り合いですか?と恐る恐る聞こうとしたのは
楽器を奏で衝撃魔法を使う女神のサラスバティ。

「・・・しかしのぅ主」

あっちはこちらを知っていたようじゃが、と聞こうとしたのは
亀の姿に竜の頭の尾を持つ龍神ゲンブ。

「デモアイツ・・・」

なーんかやけに楽しそうだったなぁ、と余計な事を言おうとしたのは
イヌガミが変化してちょっと口の悪くなった神獣マカミだった。

ある日突然悪魔の身になり、わけもわからず悪魔と戦い
砂ばかりの世界を駆け回ってきたジュンヤだったが
いきなりふってきて銃を突きつけ、ハイテンションで問答無用
押しつけがましさマックスな態度で銃を乱射してこられては
さすがに精神がもたなかったらしい。

ずるずるとはう様に回復の泉を出て安全なターミナル部屋に入り
暗い部屋の片隅で、自閉症よろしく膝を抱えて丸くなったジュンヤに
戦闘時にしか出てこないでいいと言われていた仲魔達が心配してストックから出てきた。

「・・オイ、ナニショゲテンダヨ、ダラシネエ」
「ジュンヤ様大丈夫ですか?」
「そう怯えるでない主。もうおらん者に怯えてどうするか」


膝から顔を上げ、心配する犬と女と亀をのろりと一瞥したジュンヤ。
いきなり手を伸ばして浮遊していたマカミのシッポをむんずと掴んで引き寄せたかと思うと
枕を抱くようにぎゅう〜と平ぺったい胴を抱きしめた。

さほど力は成長していなかったとはいえ、やはりそこは悪魔。
マカミが苦しがって変な声を出したがかまわず、ジュンヤはいきなりまくしたて始めた。

「・・・
あの人、変だ!絶対変だ!!
 出会い頭に
会いたかったろって何!?初対面なのに?!
 ゴミバコかカンオケって何?!
同じじゃん!!
 なんで落ちてくるのさ!なんで俺に発言権ないのさ!
 わけわかんないよ!テンパってるってあれのこと!?
 銃で撃たれたて剣で斬られて
楽しいわけないじゃないかーー!!
ギャー!イデーヨ!ハナセコラ・・ッデー!?

マカミが平たい前足でジュンヤの頭をぺんぺん叩くが
間違ってジュンヤの首後の角を叩いてしまい追加ダメージをくらってしまった。

「赤いんだよ!黒いんだよ!目が怖いんだよ!しかもでかいんだよ!2m近いだろ!
 あまつ剣もでかいんだよ!そんでもって銃だ!2丁も!弾数無限大!
 なんであんな
見た目も中身も見事なまでに危険物なんだよーー!?
「アンナイカレ野郎ノ事俺ガシルカ!ツーカ鼻ツケンナ汚ネェナ!」

ペラペラなのに抱きごこちのいいマカミがファイアブレスをもらしつつ
ぎゃあぎゃあ文句を言うのを女神と龍神はただ見守る事しかできない。

なにしろ普段ジュンヤはあまり表情がなく
喜怒哀楽もはっきりしない、いわゆる物静かで大人しい少年。
これだけ取り乱した事はかつて例がない。

いつもは静かなターミナル部屋がジュンヤのわめき声と
マカミの抗議の声でにぎやかになるが・・・

「・・・なんで・・・なのさ」
「ア?」

騒いでいた声が急に小さくなる。

「・・・なんで俺・・・・こんな目にあわなきゃいけないんだ?
 ・・・なんで俺・・・あんなのに狙われるのさ・・・
 ・・・なんで・・・?・・・なんで・・・俺・・・こんな・・・」

丸くなる小さな身体から搾り出すような声。

いっそあの剣で斬られ、あの銃で撃たれ
一撃のもとに死ぬことができれば楽だったかもしれないのに
望んでいなかったはずの悪魔の身体はそれを許さない。

黒とエメラルドの色のタトゥーのはしる身体は
あらゆる物が変わってしまったボルテクス界で
人の心のまま悪魔として生きる事を強要する。

「・・・なんでなんだよ・・・誰か・・・教えてくれよ・・・・」

もがいていたマカミがぴたりと動きを止め、鼻をふんとならしてから
ヤケクソになったのか平たいシッポでジュンヤの背をペソペソ撫ではじめる。

それっきり、ジュンヤは何もわめかなくなり
ゲンブがもらした重たげなため息を最後にして
ターミナルにはいつもの何者にも侵略されないような静かさが戻った。





その後、主はもがきつかれてぐったりしているマカミを抱き枕に
いつのまにか眠ってしまった。

「・・・お可愛そうに、よほど怖かったのでしょうね」

心底気の毒そうに主人の寝顔をのぞき込む女神に
亀と竜の頭が同時にすっと目を細める。

「・・・あの男、悪魔を狩るとか言うておったから、心理戦も心得ておるやもしれんな」
「ッタク、タチ悪イ話ダゼ。
 他ノヤツラハトモカク、コイツノオモリシテル俺ラハイイ迷惑ダッテノ」

と悪態をはくマカミの細長い身体は
きちんと主の身体を守るように、布団よろしく巻き付いていたりする。

口は悪いが主を思う気持ちは他のニ体と変わらないらしい。

「・・・シカシナァ、アノ変ナ赤イイカレヤロウ、マタ来ルト思ウカ?」
「事と次第によっては会うと言っていましたから
 メノラー奪還に関わるならおそらくは・・」

静かなターミナル部屋にさらに静かで重い沈黙が落ちる。

「今回はなんとかしのげはしたが・・・あの外見に似合わぬケタ違いの強さ。
 次に会った時わしらだけで主を守りきれるかどうか、わからぬな」
「ですが私達がやらねばなりません。主たるジュンヤ様をお守りするのは私達の使命」

静かだが強い調子で言うサラスバティに
マカミがいつもふらふらしている首をぴんとまっすぐに伸ばした。

「ダッタラ強クナルシカネエナ。
 合体デ姿形ハ変ワッチマウダロウガ、今日ノ事忘レナイデ覚エトコウゼ」
「そうじゃの」
「ですわね」

姿形はバラバラだけど、主を思う気持ちは一緒な3体の仲魔達は
アイコンタクトを交わした後、ジュンヤを中心にしてしっかりうなづきあった。

「それと今回の件、主には早く忘れてもらわんとな。
 今日の事いつまでも引きずっておっては・・・お心がもたんじゃろう」
「イエテンナ」
「ではジュンヤ様がお目覚めになったら皆で説得をしましょう」

しかしそれにはマカミが自由のきく長い首をふるふるとふった。

「ヤメトケヤメトケ、傷ニ塩ヌルダケダ」
「確かご友人や知人を探しておられるとか言うておったようじゃから
 そちらに目を向けさせる方がよかろうて」

メノラーやアマラ深層の事は気になるが
あんな危ないのが関わってくるとなると話は別だ。

今までメノラーの件でホネ・・・もとい魔人と言う強い悪魔と戦い
なんとか退けることに成功はしたが・・

ぶっちゃけ肉体の傷は癒せても。
心の傷までは癒せない。

満場一致。

主の精神衛生上、今回の件さっさと忘れて
金輪際メノラーに関わるべからず。


「シャアネエナ。ソレデイクカ」
「うまく忘れて下さればよいのですが・・・」
「ガキナンダカラカグツチ1周スル間ニ忘レルカモシレネエナ」
「・・・おぬし、相変わらず主に向かって遠慮がないのう」
「遠慮スルヨウナタマカ、コレガ」

言いながらマカミは平たい前足を
寝ているジュンヤの顔の前でヒラヒラさせた。

命乞いをする悪魔には決して手を上げず
弱い者を助けようとして利益を考えず走りまわり
敵を倒す事より仲魔の回復を優先させようとし
そのくせいざと言う時の力は仲魔の誰より強力な悪魔。

そんな悪魔は黄金の目を閉じたまま
神聖な抱き枕にしがみついて熟睡中である。


「けれど・・・そうゆう悪魔らしからぬ所がジュンヤ様の魅力なのですが」

サラスバティが起こさないように注意しながら
ジュンヤの頭をそっとなでて微笑んだ。

「・・・まぁそうかもしれんな。
 わしも主の意外性に興味を持って仲魔になったクチじゃからな」
「ケッ、ドイツモコイツモ物好キバッカダ」
「おぬしももう少し素直になったらどうじゃ」
「ヤーナコッタ」

神の獣は布団状態のままふんと鼻を鳴らす。

眠る主を起こさないように上に向かって。

「天邪鬼ですわね」
「ナントデモ」



この後、ジュンヤは実際この時の事をうまく忘れて元気を取り戻したが
なんとなく集まったメノラーがかさばるという理由でアマラ深層へ行き
忘れ去ってしまった赤いコートの男と再会。

この時を遥かにこえる、ある意味すごく怖い思いをするハメになる。



そしてその時初めて『赤コートハイテンション、中身も外見も言動も危険な変な外人』は
そこでようやくダンテと言う名で認識された。












初メガテンマニアクス。ぺらぺらマカミが好きです。
最初ダンテと会った時の気分を書いてみました。
これ読んで気になった人。怖い思いがどんなもんか見たい人
是非購入(布教)。

ちなみに最後の2行、実話です。




いや初対面の印象が強すぎて・・・