それは巡回中、たまたま歩いていた商店の並ぶ路地裏。
斎藤一はとある店のかたすみ、おそらく野菜が入っていただろう木箱の影に
特徴のある見知った後姿を見つけ、足を止めた。

「・・・・」

無言で近づいてみてもそれはまだ隠れているつもりなのか
それとも気付かないのか、木箱のすみで丸くなって動かない。
気付くまで待ってみようかとも思ったが
それはそれでなんだか馬鹿馬鹿しいので・・・

「・・・おい」

とりあえず必要最低限の声をかけてみた。

丸くなって隠れていた少年は一瞬ぎくっと肩を動かし
変な体勢から慌てて振り返り、軽くすっころんで斎藤を見上げると
知っていた顔だったのでちょっと間をあけてからホッとしたような顔をした。

「・・・あ、どうもこんにちは」

間抜けな返答をしたのは少し前からある事情があって
行動を共にするようになった剣心組というものの新入り
聖(ひじり)という少年だった。

「何してる」

斎藤の率直な質問に聖はクセの強い髪をぽりぽりかきながらこう言った。

「えっと・・・ちょっと追われてまして」
「何にだ」
「知らない人です」
「知らない奴から恨みを買うのかお前は」
「さぁ、僕にもよくわかりません。斎藤さんはどうしてだと思います?」
「俺が知るか阿呆」

緊張感のない職務質問である。

「ともかくそこから出ろ。
 俺はともかく一般人に見つかると通報されるぞ」

言いながら首ねっこを掴んで立たせると、聖はすみませんと素直に頭を下げてきた。

見ると聖はいつもの忍びとも稽古着とも見える変わった装束に
なんだか似合わない買い物かごをさげている。

ちょっと妙ないでだちだったが、今まで色々変わった連中を見てきた斎藤は
大して気にもしなかった。

「買い物か?」
「はい。薫さんにたのまれておつかいです。
 ・・・って言ってもいきなり知らない人に因縁つけられて逃げ回ってて
 まだ何も手付かずなんですけどね」

斎藤はちょっと眉をひそめた後、意外なことを言い出した。

「・・・ついてこい」
「へ?」
「そんな間抜けヅラが一人ふらふら出歩くから、つまらん虫がたかるんだ。
 いくらなんでも白昼堂々、警官が同行している奴に襲いかかる阿呆はおらんだろう」

聖は呆けたような顔をした後、嬉しそうに笑って頭を下げた。

「はい!じゃお願いします!」

元気に礼を言う聖に斎藤は、ほんの少し怪訝そうな目をしてから歩き出した。

自慢ではないが斎藤はあまり人に好かれるような風貌をしていない。
言いかえると顔がちょっと怖いのだ。
あまり笑わないし目つきは鋭く愛想もよくない。
おまけに元新撰組で悪には容赦なく刀を持たせると猛烈に強い。
職業上不自由はしていないが、少なくとも人に好かれたためしはあまりない。

なのに理由はわからないが聖は不思議と斎藤を恐れないので
斎藤にとって聖はちょっと妙な奴として認識されているのだ。

それについての興味か好奇心か
ともかく斎藤は聖と東京の町を連れ立って歩いた。

しばらく歩いていると聖の言った通り、商店街の中ほどで
いかにもガラの悪そうな男達が数人、聖を見つけて駆け寄ろうとしたのだが
すぐ前に警官姿の斎藤がいるのに気付き、何やら悔しそうに遠巻きに睨んでいたが
斎藤がじろりとにらみ返すとあっさり舌打ちして逃げてしまった。

「・・・勝てる相手にしか手を出さない、か」
「え?なんですか?」

ネギを買っておつりを数えていた聖が不思議そうにふりかえる。

「今俺を見て逃げていった奴らがいた。目で脅したらあっさり逃げたがな」
「・・・あ、やっぱりいましたか?」

実はそのガラの悪そうな男達、聖が初めて東京に来た時
ぶつかったのなんだのと因縁をつけてきて剣心に追い払われた連中なのだが
聖は細かい事を気にしないタチなのか完全に忘れ去っていた。

「お前の実力からしてあんな連中、束になろうが問題ないだろう。
 少しくらい反撃したらどうだ。先に手を出されたのなら正当防衛が成立する」
「え?・・・いえ、あはは。それはちょっと無理ですよ。
 手加減がうまくできませんから、当たり所が悪かったら死んじゃいます」
「それもそうか」

なにやら物騒な会話をするをかわしていると
斎藤はふとある事に気がついた。

そういえば・・・こいつは一体なんなのだろう。

最近世を騒がせている十勇士とのいざこざで今まですっかり忘れていたが・・・
ずばぬけた運動能力と見た目に似合わぬ戦闘能力
考えてみればこの少年、どう考えても普通ではない。

わかっている事といえば・・・普段は能天気で何も考えてなさそうな奴で
そのくせ戦闘時には鋭い太刀筋をみせる神谷道場のいそうろう。
あと自分を恐れない。それくらいだ。

今まで気にもせずなんとなくつきあってきたが
十勇士の事件はこいつが来てから起こったようなものなのだから
少しは知っておく必要はあるのかもしれない。

「・・・ネギと・・・大根、よし!これで終わりっと」

そんな事を考えながら新しいタバコを出そうとした時
メモとにらめっこしていた聖がちょうど声を上げた。

「・・・終わったのか」
「はい!どうもありがとうございました」
「なら少し付き合え」
「え?」
「同行の手間賃に少し聞かせてもらう事がある」
「・・・は?はぁ」

聖は少し首をかしげつつも
方向を変えて歩き出した斎藤の後姿を追いかけた。

行きついたのは一軒のそば屋。
斎藤はなれたように中に入って適当な席につくと
聖の注文も聞かずかけそばを二つ注文し
きょろきょろしている聖を席に着かせ
取り調べ室さながらな風景を作り、こう切り出してきた。

「・・・さてと。単刀直入に聞くが、お前は一体なんだ?」
「は??」

単刀直入すぎてわけがわからないのか聖が変な声を出した。

「えっと・・・なんだって・・・なんですか?」
「お前の素性を聞いている。
 身なりからして東京の人間でないのだけは誰でもわかる。
 神谷道場のいそうろうで、同行してそれなりの強さがあるのも見てわかった」
「・・・・・」
「だが、その歳で当たり前のように刀をあつかいながら身元が一切不明。
 出身、歳、東京へ来た目的、経路。よくよく考えてみれば
 俺はお前がなんなのかまるで知らん。
 つまり・・・まずお前がどこから来た何者なのかを聞いている」

聖はおとなしく聞いていて、ちょっと困ったような顔をした。
記憶がない状態で東京にやって来たのに
自分がどこから来たのかなどわかるわけがない。

「それは・・・むしろ僕が今一番知りたい事なんですけど」
「・・・?」
「ひょっとしたら信じてもらえないかもしれませんが・・・」

怪訝そうに眉をひそめる斎藤に
聖は記憶のない状態で東京に流れ着いて
薫に拾われ神谷道場に住み付いた事。
自分がどこから来たのか誰なのかもわからない事を
たどたどしく簡単に説明した。

説明している間に二人分のそばが来たが、斎藤も聖も手を付けず
湯気の上がるそばが二人の横でしばらくの間放置された。

「・・・なるほどな。道理で見ず知らずの連中に順応が早いわけだ」

刀の扱いやずば抜けた運動能力についての疑問が残るが
記憶がないというのは嘘ではないだろう。

警官を目の前にしてこんな真剣な目で嘘をつける奴がいたら
そいつはよほどの役者か、かなりの悪人しかいない。

斎藤はしばらく聖を凝視した後
箸立てから箸を二本取りそばの上に置いて
一つを聖に差し出してきた。

「・・・食え」
「・・・え?」
「多少疑問は残ったが、お前についての事が少しわかった。
 だがこれ以上聞いても記憶がないのなら話にならん」
「じゃあ・・・」

斎藤一。
経験上人を見る目はあるつもりだった。

「おごりだ。さっさと食え」

ぱあと聖の表情が明るくなった。

「はい!じゃあいただきます!」

言うなり熱いのも気にせず、というか気にならないのか
とても元気よくそばをすすり出す身元不明の少年。

「・・・食えとは言ったがゆっくり食え。急がなくても食い物は逃げん」
「ふぁい」

言われてきちんと行儀良く食べ始めるが
こうも素直に言う事を聞いてくれると
なにかしら反発される事が多い斎藤としてはどうにもこそばゆい。

元々こういうのん気な奴なのか。
記憶喪失だからこんな奴なのか。

どちらにせよ馬鹿素直で正体不明で変な奴なのは確かだった。

「・・・うまいか」
「はい!」
「一番安いやつだぞ」
「それれもでふ」
「・・・食ってから話せ。汁を飛ばすな」
「・・・(こくこくうなづく)」

変な奴だが嫌いではない。
そんな事を考えながら食べるそばは
誰かと向かい合って食べるせいか、いつもよりもほんの少しうまく感じた。




「じゃあ斎藤さん、どうもごちそうさま」
「東京を出るときには声をかけろ。暇な時は道場に寄る」
「はい、じゃあまた道場で!」

斎藤は振りかえりつつ元気に走り出そうとする聖に
白手袋をはめた手を、犬をおっぱらうようにしっしとふった。

「いいから前を見て帰れ」
「はい!」

元気な返事をして買い物カゴ片手に走っていく聖を
斎藤はガラにもなく見えなくなるまで見送って、一人になってから
タバコに火をつけて思いきり吸った。

どうもあぁ素直にこちらへ心を開けてこられると調子が狂う。
しかも今気付いたのだが、聖に煙たがられないように
今までタバコを無意識に自粛していたらしい。

・・・変な奴だ。

・・・しかしまぁ、顔を見るたんびに
くってかかってくる連中よりは、五月蝿くなくていいか。


実の所、聖の影響で考え方が前向きになってきてきたのを
斎藤一、この時まだ気付かない。
しかもその時無意識に道のど真ん中で薄笑いを浮かべ
一般人にちょっとだけ気味悪がられていたのも気付かなかった。



なお神谷道場で事の次第を説明した聖が
薫、弥彦、左之助全員にかなり驚いた顔をされ
特に斎藤とは犬猿の仲である左之助にそれはそれは心配され
診療所までかついで行かれそうになって大騒ぎになったのは余談である。











目つき悪い斎藤さんと男主人公聖でした。
ですが漫画、読んだことありません。
なので斎藤さんはゲームだけやって書きました。
漫画派の人、イメージと違ってたらすみません。
聖もゲーム内では無口でイメージがわからず想像です。
固定イメージ持ってる人、イメージと違ってたら我慢して下さい



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