そこはアマラ深界では珍しい悪魔の出ないフロアで
広さもそこそこにある場所だった。
上への階段は1つ、下への階段も1つしかなく
下へ行くにはいくつかの仕掛けを解く、ただそれだけのフロアだった。
だがそんなフロアのある場所で
ジュンヤは1人、呆然として・・いや、何が何だか分からないような顔をして
そこに1人ぽつんと突っ立っていた。
彼がここへ戻って来たのは一度ではない。
しかもそのどれもが戻りたくて戻ったのではないものばかり。
つまりこの先にいるワケのわからない輩に
同じ手口で延々と強制的に、ここへ送り戻されているのだ。
そしてその何度目かになる強制送還の後
1人突っ立っていたジュンヤはひとしきり考え込んだ後、静かに言った。
「・・・・・え〜・・っと・・・・それで・・俺は・・・何をしに来たんだっけ??」
『主様!しっかりして下さい!』
家の1階から2階に上がったはいいが
何をしに来たのか分からなくなった人みたいな台詞に
ストックの中にいた青い大天使が慌てたように声を上げた。
事の発端はほんの数分前にさかのぼる。
そこはアマラ深界のちょうど中間地点にある第3カルパの
階段をいくつか降りた場所での事だった。
いや、今思えば階段の手前にいたジャックフロストと会い
悪い予感をさせた時点で回れ右していればすんだ話なのかもしれないが
とにかく多少のイヤな予感をさせつつそのフロアに入った時
まさかいきなりは来ないだろうと思っていたそれがいきなり現れた。
いつかと同じく真っ赤なコートに悪趣味な剣
そして抜き身の銃はやっぱり出会い頭にこっちを向くし
おまけに・・
「また会えると思ってた。大当たりってやつだな」
言われるセリフ全部が全部
こちらの意思完全無視というのも前とまるで一緒だった。
だがの男、前と同じく勝手な事を1人で勝手に話していたと思ったが
それらを全て短訳するとなんと『帰れ』と言ったのだ。
いや、それは言ったというより脅したという方が正しいだろう。
ここから先は行く必要はないだろうとかジジイの口車に乗せられるなとか
他に言い方は色々あったのだろうがその男、脅しのような言葉の最後
よせばいいのにこんなセリフを付け加えたのだ。
「オマエのとるべき選択肢はそれだけだ。そうだろ?少年」
かちん
ジュンヤは元々温厚な性格だ。
多少パシリにされても少々色んな人においてけぼりにされても
仕方ないなとか思いしょうがないなとかも思ったりもする。
が・・しかしだ。
元住んでいた都市をある日突然大破壊され
通りすがりの変な人に妙な力を植え付けられ、砂の世界に放り出され
見知らぬ悪魔なんてものに襲われたりこんなワケの分からない奴に目つけられたり
話を聞く前から銃口を向けられたりこっちの話をまったく聞こうともせず
会いたくてあったわけでもないのにそんな事を押し付けがましく言われようものなら
いくら温厚だとは言えど、腹の1つや2つや6つや9つたって当然。
『ふざけんなこの×××。
てめぇ人の話聞く耳と人の事情考える脳みそついてんのか』
と言いかかった口をすんでのところで閉じ
ジュンヤはそのかわり首を横に振る事でようやく初めてこちらの意思を示した。
だがその最初にして精一杯でささやかな1つの選択が
今行われている不毛な行為の引き金になろうとは
この時のジュンヤは想像もしなかったのだ。
いやしかしここでたとえ彼の指示に素直に従っていたとしても
この後にも先にもこの赤い変な奴の行動を先読みできたとは
あまり思えないのだが・・。
とにもかくにもジュンヤはただ先に進もうとしただけなのに
今広いフロアをたった一人の変な奴のために
近づいてくる足音だけをたよりにひたすらに逃げ回っていた。
「・・・後ろにいたと思ったら前にいる・・・
・・・遠くへまいたかと思ったら近くにいる・・・
・・・前から来ると思ったら後ろから撃ってきてる・・・
・・・捕まると仲魔一体犠牲にしてまた同じ場所に戻され・・・」
『・・・あの・・主様、無理を承知で進言いたしますが
気を確かにお持ち下さい』
通路の真ん中で座り込んでブツブツ言い出した主人に
再度ストックからウリエルの心配そうな声がかかる。
主人が精神的にまいっている今なら勝手に出て来る事も可能だが
ジュンヤの仲魔達は皆一部をのぞいて行儀がいいので
心配はしても指示がないかぎりこちらへ出てくる事はない。
爪で床をひっかいていたジュンヤはちょっと間をあけ
もう何度目かになる扉の前でため息を吐き出して顔を上げた。
今回はいきなり襲いかかってこず、少し前ここでちゃんとした会話・・
・・いや一方的な話をして去っただけかと思いきや
その扉から1歩足を踏み出した瞬間からこれとは・・
・・・あぁ、ショウタイムね。
確かにそうだね。うん。
泣きたくなるほどその通りだね。
誰も見てなくててんで無意味だけど
そんなのあの性格ならまったくお構いなしだよね。
意味はまったくわからないけど楽しそうだね。
生かさず殺さず回りくどくて何よりしつこいし。
そのいじけきった心の呟きがストックにまで漏れたのか
ウリエルがまた再度、今度は少し真剣な声をかけてきた。
『・・主様、ここは引くべきではないでしょうか。
先へ進みたいというお気持ちはわかりますが
これ以上あのような変た・・いえ得体の知れない者に関わる事は
主様にとっても得策とは思えません』
それは確かに正論だ。
ジュンヤだって何もあんな変・・げふんごふんな人と
好きこのんで関わり合いになりたくはない。
しかしジュンヤはしばらく黙り込んでいたかと思うと
目の前にある扉をぎっと睨んですっくと立ち上がった。
「・・・いや、でも俺は・・やっぱり先へ行きたい」
『主様!』
「確かに痛手はおうわ精神的に参るわで腹が立つけど・・
幸いあっちは遊んでるつもりなんだろうから
それを逆手に取れば進めない事はないんだ。
それとコツとパターンさえ掴めばなんとかなると思う」
『ですが・・』
ここはボルテクスとは違い誰にも何も強要されない世界だ。
先へ進むにはいくばくかの戦闘と知恵を駆使するが
その報酬となるのは謎を呼ぶような世界の真実という名の謎ばかり。
確かにこんな理不尽な世界の真実を知りたいというのはわかるが
そうまでして先へ行く事にはたして価値はあるのだろうか。
そう思ってその決断をよしとしない大天使の思いに
ジュンヤは拳を握りしめながら確かな答えを返してくれた。
「・・もう嫌なんだよ。俺の知らない何かや誰かに流されるの。
いつの間にかこんな世界に放り出されて、ワケも分からず走り回って
その行く先々で喪失感ばっかり味わうの・・・・もう嫌なんだよ」
それは今まで関わってきた人間達の事だろう。
確かにジュンヤは今まで色々なものに流されてきた。
まず東京受胎、消えた人間、その手がかりや悪魔同士の抗争
しかしそのどれもが最終的に何も手に残ることなく
ジュンヤの手からこぼれ落ちていった。
「俺は悪魔にしては中途半端で、人間にしても化け物じみてて
どっちにもなれなくて、どっちにも利用されるような奴かも知れないけど・・
でもここは他の誰でもない、俺に選択権のある場所なんだ。
だから・・少しくらいは反抗したいんだよ」
ストックの中で静かな怒りを溜めていた仲魔達は黙り込む。
たしかにジュンヤは人間にも悪魔にも振り回されていて
その立場の足下はどっちつかずでとても危うい。
だがそんな危うげな少年もボルテクスの荒波にもまれていた間に
何かに抗うという事を覚えたらしい。
それがあんなワケのわからない男が発端というのもイヤな話だが
それでも彼らの主人は多少理不尽な理由であるとは言え
自らの意志を貫こうとしているのだ。
ならそれを止める道理は従う彼らのどこにもない。
『・・わかりました。
主様がそうおっしゃるのなら我々はそれに付き従うまで。
ですが有事の際に外へ出る事だけはお許し下さい。
私どもも主の意志と同じくただ黙って
事の成り行きを見ているわけには参りません』
「・・うん、ごめん。変な手間かけるな」
その途端ストックの中にあった張りつめた空気がふっと緩んだ。
『我々は主様にお仕えした時より主様と命運を共にする覚悟。
お気になさらず主様は主様の思うままにお進み下さい』
そしてウリエルは一礼をしストックの元の場所へすっと戻っていく気配をさせる。
いつもならそれは嬉しくも頼もしくもある言葉だったが
その仲魔達の気遣いは今のジュンヤには少しだけ辛いものだった。
ひとしきり鬱になったり励まされたりした甲斐あってか
それからのジュンヤの行動は随分と計画的になった。
何度か捕まり冷静になって思い出してみると
あの変な男、このフロアを常にこちらに向かって移動していて
どうやってこちらの位置を把握しているのかはわからないが
後ろにいると思いつつ扉をくぐると前や横から出てきたり
そうかと思えば狭い部屋に入るとそれ以上は追ってこず
追いつくか追いつかないかの微妙な位置で待ち伏せをしていたりする。
どうやってそんな瞬間移動みたいな事をしているのか
わざわざそんな微妙な距離で待ち伏せしているのかも不明だが
冷静に考えてみればいきなり目の前に現れる事はないのだし
見えない範囲にいるなら飛んでくる弾丸で位置を確認すればいいだけだ。
あとはその弾丸で足止めをされない事と
スイッチを押してからどうやって追跡をふりきり、下への入り口へ飛び込むかだ。
「フロア全体の構造は円形。隠れる場所はないけれど
向こうが使わないワープポールが2つ・・」
冷静に、落ち着いて
押したスイッチの前で魔石を口に入れ自分に言い聞かせ
頭に簡単な地図を描いてじっくりイメージを組み立てる。
むこうは確かにイカれているが、それに長々付き合ってやる必要はない。
「・・よし」
考えをまとめ頭の中にたたき込み、ジュンヤは後ろを振り返る。
ここでの安全地帯はこのスイッチのある部屋だけだ。
その部屋の透けて見える壁の向こうには
微妙な距離で待ち伏せをしている男の姿が見えた。
きっと部屋を出た瞬間から追いかけっこを始めるつもりだろう。
ジュンヤは黙ってそれを睨んだ。
あちらは遠目で無表情に見えるが、おそらく楽しんでいるに違いない。
とにかく今はあれの事を色々考えるのはよそう。
今の俺がすることは前に進む事だけでいい。
そう自分に言い聞かせジュンヤは息を1つ吸い込むと
円形のドアに手をかけ、脇目もふらずに全力で走り出した。
多少の弾丸をもらいつつ大回りをして二つ目の部屋に飛び込み
ようやく2つの解除装置を起動させると
どこかで重い音がして下への扉が開いたことがわかる。
ざっと見回して受けた攻撃が致命傷ではない事を確認しつつ
ジュンヤは透けた壁の向こうを確認すると・・
そこにいるだろうと思っていた男の姿がどこにもない。
「・・あれ?」
どこに行ったのかと思いしばらく待ってみたが
いつまでたってもあの目立つ男は現れず
試しに部屋からそーっと出てみても変化はなく
足音も弾丸も今までの事などなかったかのようにぱたりとやんでしまった。
おそるおそるフロアを一周する通路に出てもそれは一緒だった。
さっきからしつこいくらいにこっちを追尾してきたあの足音も銃声も
広い通路のどこからも聞こえる気配がない。
・・あきらめたのか?
・・いや、あんなにしつこかったのにそれはないだろう。
疑問とその否定を繰り返しながら広く長い通路を慎重に歩いてみるが
下への扉まであと曲がり角1つという所までほぼ無傷でたどり着いてしまう。
・・おかしいな。どこに行ったのかな。
そんな事を考えつつ警戒のため壁を背中にして
開けた扉のある方へじりじりと近寄るが
やはりどこからもあの変な男の出てくる気配はない。
が、あと数歩で扉の前というところで視界のはじっこで何かが動いた。
それは背にして進んでいた壁のはじからすっと現れ
白、赤、そして銃の順に出てきてほんの一瞬、ぞっとするくらいの笑みをくれた。
待ちぶせ!?
道理でどこにもいなくて音もしなくて追ってこないはずだ。
大体考えてみれば来る場所がわかっているなら
ヘタに動くより待っていた方が効率がいい。
などと考えている間に男は今度は銃ではなく
背中にあった巨大な剣を振りかぶった。
だがそれがジュンヤに到達する寸前
その間にあった空間から赤い何かねじり出るように飛び出し
6つある腕に握られた剣をまったく絡ませる事なく一点に振り下ろした。
「くらいな!!」
力強い声と風を切る音が通路一杯に響き渡る。
しかし6本の剣を向けられた男はまったく動じず
その攻撃を目にも見えない速さでかいくぐったかと思うと
1本の剣だけで5回の攻撃を赤い地母神に叩き込んだ。
「カーリー!!」
ジュンヤがその6本腕の地母神の名を呼んだのと
男が背中に剣をしまおうとしたのはほぼ同時だ。
だが次の瞬間、斬られたと思ったカーリーが一瞬で体制を立て直し
電光のような速度で動いた。
「シャア!!」
発動したデスカウンターは今までかすることもできなかった赤いコートを
ほんのいくらかだったが斬る事に成功する。
だがこちらができたのはそこまでだ。
男が一瞬だけ体勢を崩したのと同時に視界が白くなり
気がつくとまたあの最初の扉の前に戻されている。
目の前に例の扉があるとわかるやいなや
カーリーが苛立ったように剣をがしゃんと1つ地面に打ちつけた。
「・・ちっ!カウンターまではこぎつけてもそれ以上はやらせないかい」
あれだけ斬られたのは大した事ではなく
むしろ反撃前に逃げられるのがシャクにさわってしょうがないとばかりに
カーリーは斬られた傷もそのままにガチャガチャと剣を打ち鳴らした。
しかしいくらデスカウンターがあっても当然無傷というわけではない。
苛立ったように扉を睨んでいたカーリーに対し
ジュンヤは申し訳ない気持ちで一杯になった。
それはやはり顔に出ていたらしく
こちらを向いた赤くて怖い顔がムッとしたようなものになる。
「・・ちょっと、何シケたツラしてんだい」
「・・・・ごめん・・もっと慎重になるべきだった」
「やめときな。肝心のアンタがそんな調子じゃ
いつまでたってもあんなバカにいいようにされるだけさね」
「でも・・」
まだ何か言いたそうな顔の前に剣の切っ先がすっときて
その地母神は従えている悪魔とは思えないほどの鋭い目を向けてきた。
「いいかい?あたしらの代わりはアンタが生きてればいくらでもきく。
でもアンタのかわりはアンタ1人しかきかないんだ。
あんなのとまともにやり合えとは言わないけど、もうちょっと合理的に考えな。
でないとアンタみたいなのんきな悪魔なんざ速攻で喰われちまうよ」
言い方はきついがそれは彼女なりの忠告と励ましなのだろう。
確かにこんな事でくじけていてはあんな変な奴と対等にやり合えないし
さっきのは完全な油断だが、それを悔いてばかりもいられない。
ジュンヤは息を1つついて謝ろうとしたが
それを先に察したカーリーは剣をさらに2つ鼻先に向けてきた。
「それともう一ついっとくけど、あたしゃ情けない男はキライだよ」
だがその物言いも裏を返せばやはり彼女なりの激励だ。
ジュンヤは少し考え、回復をかけてやりながら言い方を変えた。
「・・うん。ありがとう、カーリー」
それが正解だったらしく、一見して鬼のような怖い顔がにっと笑った
「それでいいのさ。しっかりやんな!」
情けない顔して謝るよりも、礼を言った方がこっちも嬉しい。
カーリーが言おうとしたのはつまりそんな事だったらしい。
気は強いがそれなりに優しい地母神をストックに戻し
ジュンヤは顔を1つ叩いて気合いを入れ直した。
「・・・よし!」
そしてざっと自分の傷を確認して地面にしゃがみ込む。
それはもちろんいじけるためではない。作戦の立て直しのためだ。
扉を開けたら敵はその前で待ち伏せ。
スイッチの押し方はわかった。後はその後の待ち伏せをどうまくか。
待っている場所がわかっているなら逆にその方が作戦も立てやすいだろう。
あ、そう言えば・・どこかに自分との戦いっていう言葉があったよな。
もしかしたら今がその時かも知れない。
だってあの変な人、いや魔人らしいんだけど
なんか戦ってるって気がしないし。
そんな作戦とはまったく関係ない事を考えながら
ジュンヤは無意識に逃走経路とポイントを考え
今度こそと言う気持ちを頭に入れて立ち上がった。
意地の悪い追撃や待ち伏せをふりきってなんとか扉に飛び込み
やっとの思いで下の階へ降りると、そこも上と同じような構造になっていて
扉を出るとまたあのロックのされた重そうな扉があった。
ざっと歩いてみるとそこにも上と同じような円形状の通路があったが
上と決定的に違うのは、あの足音と銃声が聞こえてこない事だ。
しかしジュンヤはもちろんそれであの男が諦めたとは思わない。
きっとこの先か後ろかでよからぬ事をたくらんでいるに違いない。
どこに潜んでいてもわかるように死角を作らないよう慎重に歩きつつ
まず目についた扉を開けて中に入る。
そこはそう広くない部屋になっていて
すぐ正面におそらくスイッチのあるのだろう扉が見えた。
しかし用心しつつ歩き出したすぐ先でついさっきまでなかった壁が出現した。
よく見るとそれは近くまで接近しないと見えない壁らしい。
あの男がいないかどうか注意しつつ調べてみると
どうやらこの部屋の所々がそんな構造になっているようだ。
「・・やな構造だな。なんでこんな作りになってるんだ?」
しかしこれはこれでまったく視界がきかないよりはマシだろう。
そう解釈して手探りで道を探しスイッチの部屋までたどり着くと
それを起動させて外へ出て・・
ギチチ・・チチチ・・
後ろで扉が閉まるのと同時に
あまりいいとは言えないこの世界の扉の開閉音が2つした。
もちろんジュンヤは今1つしかその音をさせていないので
あとその音がしそうな場所は入るときくぐった扉しかない。
まさかと思って目をこらすと
近くまでよらないと見えない壁の向こうから
例の赤い男がゆっくり歩いているのが見えた。
「・・うっそ!あんな待ち伏せの仕方ってアリか!?」
慌てて周囲を見回してみてももう遅い。
出口は男の入ってきた扉1つしかないし
さぐりさぐりで道をたどってきたので回り道が見つからなければ即アウトだ。
しかしだからといってじっとしているわけにはいかない。
ジュンヤはとにかく来た時とは別の道での逃走ルートを探してみるが
やはりここへ来てからあまり運のない実例通り
すぐ袋小路に突き当たってしまう。
そうする間にも男は確実にこちらへ向かってくる。
こうなると何も見えないよりマシだと思っていた透明な壁も
恐怖を倍増させる演出道具でしかない。
そうこうしている間に男がゆっくり距離を詰めてくる。
いつも走っていたのを走らずゆっくり歩いてくるのはおそらくわざとだ。
それでもあきらめきれず道を探してみるが
手につくのは壁の感触ばかりで背中にくるあの不気味な足音だけ。
あと角を3つ、2つ。もう退路はない。
捕まるのは確実だ。だけどせめてもの抵抗にと
ジュンヤは壁を背にしてゆっくり近づいてくるそれを睨んだ。
そして男が最後の角を曲がりきり、さえぎるものが何もなくなり
下に向いていた銃口が跳ね上がるようにしてこちらを向いた。
だがそれと同時にジュンヤと男の間にあった空間が割れ
何かが飛び出し全身を激しく発光させる。
しかしその動作が完成するよりも男が行動を起こす方がはるかに迅速だった。
ガシャ ガンガンガンガン!
それは最初迷いのない正確な射撃だと思いきや
次に銃口が向いた先は壁だったり横だったり後ろだったり
とにかく男の銃口はあちこちに向いていたというのに
その弾丸は狭い通路を激しく反射して
その場にいたジュンヤとショックウェーブを放とうとしていたユルングに命中し
魔法を受け付けない虹色の身体がショックで痙攣を起こし出した。
「ユ・・!!」
ただの乱射じゃない!状態異常効果だ!
その龍王の特性を思い出しジュンヤはその身体にとっさに手を伸ばそうとした。
しかし横からきた皮の感触にその手は阻止され
はっとしてそちらを見ると、手を掴んできた男の意地の悪い笑みと視線がぶつかる。
そしてそれらからはいつも通り。
反撃する間も怒りを覚える間もなく視界が赤から白に変わった。
それから先は上の階であったのとほとんど同じ。
気がつけば扉の前にいてどこからともなく聞こえてくるあのイヤミな声が
イヤな捨て台詞を残していく。
しかし今自分がかまうのはそんなことではないのはもう学習済みだ。
「ユルング!大丈夫だからじっとしてろ!」
痙攣をおこし暴れていた頭を1つ抱えてポケットを引っかき回し
自分にかかるのもかまわずイワクラの水をひっかける。
続けてメディラマをかけて弾丸で受けた傷を自分のごと全部ふさぎ
長い胴をなだめるように何度か撫でてやると
ようやく落ちついたのかもう一つあった頭が寄ってきて
もう大丈夫という意思表示でちょんと肩を押してきた。
そしてどっちが前なのか後ろなのかわからない双頭の蛇は
抱えていたのを離してやると両方の頭を申し訳なさそうにもたげてきた。
「・・スマン主。間ニアワナカッタバカリカ巻キゾエニシタ」
「違う!謝るのは俺の方なんだよ!
もっと慎重に行動してれば迷惑かけずにすんだのに・・!」
自分と同じような模様のある身体をなでて声を荒げるジュンヤに
鮮やかな色の蛇は少し遠慮がちにすり寄ってきた。
「・・先程モ言ワレタロウガ、我ラハトモカク主ノカワリハイナイノダ。
ソレニ主トテ我ラト立場ガ逆デアレバ同ジコトヲシテイタダロウ?」
「う・・」
それはまったくその通りだ。
自分だってもし仲魔の立場にいたら
どれだけ危なかったとしても助けに入っていただろう。
それはつまり犬は飼い主に似ると言う事で
悪魔にも適応してしまっている法則なのだろう。
って事はなにか?
俺はあの変な奴よりも、俺の性質に苦しめられてるって事になるのか?
しかも1人じゃなくて10数体分の計算で?
などと色々考えているうち顔がまた沈んできたのだろうか
それをじーと見ていたユルングはちょっと上を見て考えて
「主」
「・・?」
シンプルな目のある頭の上にもう一つある頭をぎゅうと押しつけ
ごく普通にこう言った。
「四ツ目ウナギー」
..
..
ぷっ
一瞬の沈黙の後、金色の目が満月のようにまん丸くなって
重たげだった空気が一瞬でバラバラに散った。
「ドウダ主。少シハ気分ヲ変エラレタカ?」
「・・お・・おま・・お前なぁ・・」
「今我ガ主ニ出来ルコトハコレクライシカナイガ・・
我ハ主ガ笑ッテイル方ガ好キダ。ダカラ元気ヲダセ」
それは悪魔が使うにしてはあまりに似合わない言葉と気遣いだ。
しかし元々悪魔というものをあまり知らないジュンヤにとっては
それは何者にも代え難い力になった。
「うん・・うん、ごめんな。ありがとなユルング」
「主ハ謝ルノガ好キダナ。ダガ我ハソノ姿勢、嫌イデハナイ」
虹色の長い身体がジュンヤに軽く巻き付いてふわりと離れていく。
仲魔たちは皆優しいがそれも度が過ぎてしまうと
ジュンヤを傷つけてしまう事も薄々だが知っていたからだ。
「ダガあれニハ気ヲツケロ。
あれハ主ノソノ内ノ部分ヲ壊ソウトシテイルフシガアル」
「・・ん、わかった。気をつける」
「スマン。出来ルコトナラ変ワッテヤリタイガ・・」
「大丈夫だ。俺こう見えても打たれ強いんだぞ」
「・・・・」
それでもまだ何か言いたげだった頭を両手で撫でてから
ジュンヤはその虹色の龍王をストックに戻す。
大丈夫、大丈夫
俺は まだ 大丈夫
それは身体に対しての事なのか、それとも精神面での事なのか
それを無意識に復唱しているジュンヤにはわからない。
だがあの変な男に追いかけられ、仲魔達を手にかけらているうちに
その意志が言葉とは裏腹に少しつづ変化してきている事までは
まだその時ジュンヤは知らなかった。
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