透明の壁の位置を把握しつつスイッチを起動させ
3つ目の部屋で最後のロックを解除すると
上の階と同じように男の追撃がぱたりとやむ。

どこを見回してもいないし足音もしないので
上と同じく開けた扉の前で待ち伏せているのだろう。

なるべく遠距離から扉が見えるようにそっと近づくと・・

「・・・いた」

普通に歩いていてはわからない死角に長身の男が立っていて
それはそっと近づいたにもかかわらず最初からこっちを見ている。

こちらを認識していてかかって来ないということは
こっちが近づくまで動かないつもりだ。

ジュンヤはその遠目にでも鋭い目をぎっと見据えて少しづつ近づき
あと数歩というところで息を吸い込み、ダッシュをかけた。

こっちの足はそう速い方ではないが
あちらもそうスプリンターのような脚力はしていない。
弾丸で足止めさえされなければワープホールを使って逃げ切れ・・

ガンガンガン!

「・・!」

しかしそう思っていた矢先、背中に受けた弾丸がほんの数歩の誤差をうみ
銃を撃ちつつ走る事はないものの、男がその間に距離を詰めてきた。

そしてしまったと思って振り返った次の瞬間、男の背中から剣が抜かれ
それと同時に自分の前で空間ゆがみ、男の悪趣味なものとは別の剣が現れた。

だがよく見ると男の剣の方は振り下ろす構えではなく
物を突き刺すような水平の構えだ。

それはここへ来て最初のころ
物理耐性があったケルベロスですら一撃でストックに戻した恐ろしい構え。

やめろ!!

それは自分の前に立ちふさがった青い大天使と
剣をかまえた赤い男の両方に言った絶叫に近い言葉。
だがそれは暴発した感情のせいで実際言葉どころか音にすらなっていなかった。

まるで前にあるものの事を考えていない、突き立てるような構えをした悪趣味な剣は
ほんの少しの動作だけで大天使の間合いをかいくぐり
その身の肩口を向こう側までほとんど抵抗もなく一気に刺しつらぬく。

その剣先は後ろにいたジュンヤの所まできてギリギリで止まった。
いやそれは止まったのではなく、男が故意に止めたのだ。

だってその証拠にいつも通りに視界が白くなる寸前
ウリエルの肩越しに少しだけ見えた男はの顔は
こっちを見て確かに笑っていたのだから。



そして気がつくとそこは見慣れた扉の前だ。
こうやって戻されたのは一度や二度ではないのだが
ジュンヤは呆然とする以前に心の中をすっかりカラにされたような気分になった。

だってあの男

笑った

あいつ俺の事見て笑った

仲魔が割り込むのを知ってて
それでいて俺を見て笑った
その上俺を殺さないように手加減して笑って楽しんで遊んで・・

ガシン

その混乱しかかっていた精神を現実に戻したのは近くでした金属音だ。

はっとしてそちらを見るとウリエルが剣をささえに膝をつき
なんとか体勢を立て直そうとしている。

あれは即死効果があると思っていたがどうやら当たり所から外れたらしく
その姿はまだストックへ戻されていない。

「ウリエル!!」
「・・・大事・・ありません」

しかしそう言い返す声はひどく苦しそうだし
近寄ろうとするとさっと自分の翼で身を隠そうしたところを見ると
おそらく見ただけでも失神しそうなほど酷い傷なのだろう。

「・・・・私の事より・・主様の方こそ・・・・・」
こんなのが怪我の内に入るかバカ!!
 
どう見たってお前の方が重傷だろ!!

怒鳴りつけてから回復の方が先だと思い直し
自分にあった銃弾のかすり傷とそれをまとめて回復させると
ようやく真っ直ぐ立てるようになった大天使は
もの凄く何か言いたそうな顔をしているジュンヤに向かい、すっと身をかがめてくる。

それはさっきから力一杯握りしめている拳の行き先を
不甲斐ない自分の頭に落とせと言うことなのだろう。

しかしそうされて素直にそれを実行できるほどジュンヤは気の強い方ではない。
一瞬拳を振り上げてはみるが、それはいつまでたっても振り下ろされず
しまいには握りしめすぎて爪が食い込みそこからぽたぽたと血が落ちてきた。

「・・主様!」

しまった逆効果だったかと思いつつウリエルは慌ててその手を掴み
がっちり握られている指を一本づつ引きはがすように解いていった。

「・・主様。あの男が何を考えているのかは私にはわかりません。
 ですが私どもがどうなろうとも主様さえ無事ならば
 あの男の思惑がどうあれ、私どもの勝ちなのです」
「・・・でも俺は・・・・ここへ来てから何も・・一つだって
 あれに勝ったような気がしない・・」

うまく追撃をふりきれても、仕掛けをといて下の階へ進んだとしても
仲魔を運良くストックに送り返されなかったとしても
どれもあの男を楽しませているようにしか思えない。

「・・ウリエル、俺・・何してるんだ?
 俺はただ・・ボルテクスであった事の反抗のつもりでここへ来て
 またワケも分からず追い立てられて、こんなになって・・みんなを傷つけられて」
「・・・・・」

回復はしてもらったもののまだ血がついていのもかまわず
ジュンヤは顔を手でおおって短い前髪をぎゅっと掴んだ。

「・・教えてくれよ。俺に一体どうしろっていうんだ?
 人間でもないし悪魔にもなりきれてない俺に・・今何をどう・・・」

ぽこ

「・・いて・・」

心身共にうずくまりかけていたジュンヤを現実に引き戻したのは
頭に落ちてきたごく軽い衝撃。

頭を押さえつつ地面に落ちていた視線を上げると
青い手刀といつも通り真面目そのものなウリエルの顔があった。

「?・・なに?」
「お忘れですか?これはかつて主様が行っていた叱咤方法です」

それはまだ昔、まだ仲魔達が悪魔の部分を多く残し
その手段も行動もまだ今の主人に染まっていなかったころ
元人間だったジュンヤはこうして仲魔達をたしなめていた事がある。

だがそれは随分と昔の話だし
今まで仲魔から手をあげられた事のないジュンヤは軽くショックを受けるが
ウリエルは謝る様子もなくその手刀を胸に当ててこう続けた。

「主様、今の私の行動をどう思われますか?」
「・・どうって・・・ちょっと・・・びっくりした」
「では今のが私の手刀ではなく、あの男の剣だった場合は?」
「・・そりゃ・・逃げる。普通はそうする」
「ではさらにお聞きします。主様はそれでよろしいのですか?」
「え?」

一瞬何の事だと思ったが、その質問はどうやらここで行われている
理不尽な追いかけっこの事を含めての質問らしい。

「狙われれば逃げる事も、時には立ち向かう事も生存するための本能です。
 ですが主様、あなたはそれとは別の・・もっと根本的な部分をお忘れになっている」

そう言われてみてもジュンヤには思い当たるフシがない。

やれることは全部したはずだ。
変な男に反抗して、逃げて、この世界の真実を追いかけて
変な男に捕まってはまた逃げて追いかけられてまた捕まって・・それで・・

・・ん?

いや待て、そう言えば。
今まで逃げる事や下に進む事に必死になり、忘れていた事は確かに1つ存在する。

それは確かにこんな理不尽な現状に対してとるには相応しい行動だ。
いやむしろ今までそうしなかった自分の方がおかしくて
今まで何をやってたんだと言わなければならないくらい単純な事で・・。

そうしてみるみる顔色を変えていくジュンヤに
ウリエルはホッとするのと同時になんだかちょっとだけ複雑な顔をしてくれた。

「・・私個人の私情を申し上げるのならば
 主様は優しく穏和な主様でいてほしかった。
 ですがこの非常時にそんな事は言っておれませんし
 それに本来その感情は・・人にあるべき当然の事なのですから」

元の世界とか、世界の謎とか、残された者の意地とか根性とかプライドとか
なんでもない風にしていても実はジュンヤはいろんなものを背負っている。

その下に埋もれてずっと表に出てこなかったものを
この大天使は不本意だとか私情だとか言って渋りつつも
そうする事が中身が人間である自分に一番良いと思ってくれたから
こうして軽くだが自分を叱ってまで道を示してくれたのだ。

そうしてそれを理解したジュンヤの肩から
すっと見えない何かがはずれ、急に身体全体が軽くなる。

それは簡単な事のようだが今まで色々あった中
すっかり忘れていた正しい息の仕方を思い出したかのような気分で
ジュンヤはしばらく呆けたような顔をしてから
どこに持っていたのかハンカチを出して顔や手を拭いてくれている大天使を見た。

「・・ウリエル」
「はい」

もくもくと作業をしている大天使は
相変わらずごく当たり前のように相づちをうってくれて
ジュンヤはそれを見つつ少し笑って首をふった。

「・・いや、やっぱ・・後でいい。今の俺じゃ何言っても説得力ない」

それはそれでちょっと肩すかしでな話だが
何を言おうとしていたのかは大体察しがついたのだろう。
ウリエルは特に意見もせずただ静かに笑った。

「わかりました。では後ほど今回の反省点もかねてお聞きしましょう」
「あのさ、ウリエル」
「はい」
「なんだか俺はこれから先・・ずーっとお前に叱られ続けそうな気がする」

作業を終えてストックに戻りかけていた大天使は一瞬目を丸くし
とても丁寧で綺麗な会釈をよこしてきた。

「それで主様が活力を取り戻されるのならば・・
 私は天使ですが、反逆者にも頑固者にも雷オヤジにでもなりましょう」

などと結構無茶でバカなことを言い残し
あまり自分が従えているとは思えないような大天使は
優雅な一礼をしてそこから消えた。

そしてその言葉のいくつかは後々本当に実現する事なのだが
残されたジュンヤは1人で小さく笑い

「・・・天使の言うセリフとは思えないな。しかも笑って」

そしてその後すぐ表情を変え、ざっと身体の調子を確認して歩き出した。

・・言われてみればその通りだ。
仲魔を傷つけられて自分も追い込まれ
そこで自分がするべきことはただ膝を抱えて丸くなることではない。

それは悪魔とか世界とか真実がどうとか、あの男の思惑など関係なく
ここへ来て・・いや、もっと前から吐き出すべきたった事だ。

それをあんなワケの分からない男に会ってから思い出すなんて
これは皮肉か偶然か、それともこれこそがあの男の狙いだったのか・・
どちらにせよジュンヤの目と足取りにもう迷いはなかった。

そして・・



コツ コツ コツ コツ

その階はもう部屋も円形の通路もなく、ただ所々に思念体がいるだけで
ぼったくりの連中や闇医者がいるということは、ここが最終階になるのだろう。

扉近くにいた思念体は不安をかき立てられるような事を言ってくれたが
ジュンヤはもう慎重にも奥手にも回るつもりはなかった。

コツ コツ コツ コ・・

そして通路を歩いていたジュンヤの足がふいに止まる。

目だけで後ろの気配を探ると、一体いつからそこにいたのか
鋭い気配と感じなれた銃の気配。

「・・逃げ切れた、と思ったか?甘いな」

それはもう遠くから聞こえる声ではなくちゃんと背後から聞こえていて
ばっと振り返ると同時に2つの銃口が確実にこちらを捕えた。

「さて・・もう逃げ場なんかねぇ、どうする?少年」

男はそう聞いたがジュンヤはただ黙ったままで答えない。

しかしそのかわり、その周囲が蜃気楼のようにぐにゃりと歪んだかと思うと
何もなかったその場所に悪魔が3体、召還の動作もなしにいきなり出てきた。

「ホォーッホッホ!そうかそうか!
 いつも穏和なおぬしでさえも、そのような気分になる事もあるのじゃなぁ!」
「ってか今まで我慢できてた事自体が異常なんだよ!
 つまんねぇ意地とか遠慮とかグダグダ考えやがって!」

大きな赤い獣に乗ってゲラゲラ笑う女の骸骨の横で
雲に乗った猿のような悪魔が苛立ったようにぶんぶんと棒を振り回す。

その2体は男のまだ知らない悪魔だが
残り1体の白い獣はたしかチェイスの最初のころ
手始めとして一撃で送り返してやった白い獣だ。

その白い獣、さすがにまだ怒っているのか毛を逆立てて牙をむき
少年悪魔の横でいつでも飛びかかれるようにうなり声を上げている。

リベンジのつもりだろうか。
だがそれにしてはその横にいる少年がさっきからずっと無反応なのが気にかかる。

「・・総力戦か。ようやくそっちも本気になったか?」

男が様子見のつもりでそう言ってみても
ジュンヤはまだ何も答えずこちらを見据えるだけ。
男は少し眉をひそめたが、そのかわり白い獣が強烈な雄叫びをあげ
それを合図にして最後の戦闘が始まった。

男としては追いかけっこにもそろそろ飽きてきたので
ここで何らかのケリをつけるつもりでいたが・・
しかしいつも余裕のある男の内心はちょっと驚いていた。

あれだけつつき回して散々脅してやったというのに
少年は顔色1つまったく変えず、実に冷静に的確に悪魔達を動かしてくる。

赤い獣に乗る女の骸骨、つまりマザーハーロットは
時々思い出したように電撃を放ちつつ防御力と魔力を強化させ
雲に乗った猿、セイテンタイセイは時々殴りかかってきつつも
味方の回避率と攻撃力を上げていく。

白い獣、つまりケルベロスの雄叫びで下げられた攻撃力はどうにでもなるが
男は相手方の補助魔法を無効化することはできない。
おまけに女骸骨と猿には物理攻撃が効かず
骸骨にいたっては反射までしてくるので始末が悪い。

・・なんだ、やけに冷静だと思ってたらこんな隠し球を持ってやがったのか。

乱射をやめ下げられた能力を戻しながら男は顔には出さないものの少し感心した。

そして男にとってのもう1つの計算外がケルベロスだ。

男は知らなかったがこの時カグツチは煌天。
煌天の会心を持っているケルベロスの力は普段の倍。
もちろんそうなるように時間を調節してここに足を踏み入れたのはジュンヤだ。

ガオオォン!!

咆哮と共に振り下ろされた爪はやはり想像以上に強力で
いくら頑丈な男といえど、あと数度受ければさすがにヤバイ。

しかし男はかまわず手にした銃をふり
さっきからずっと黙っているジュンヤに挑発をかけた。

「どうした少年、オレは大人のマジな戦いだって言ったろ?
 小細工ばかりにたよってちゃせっかくのパーティーも興醒めしちまうぜ?」
ムッキー!このクソッタレ!まだんな事いいやがっ・・」

だがそのセイテンタイセイの怒声は
どこからか聞こえたごくわずかな空気の音で止まる。

それはほんのわずかなごく小さな音だったが
男はそれがジュンヤが食いしばった歯の間から息を吸い込んだ音だと認識できた。

それは賭まがいの挑発だったがちゃんとのってくれたらしい。

・・・さて・・・どう来る少年。

背中をちりちりとした感覚に焼かれながらも男はジュンヤの出方を待った。

そして今まで真空の刃を放っていた少年悪魔の構えが変わり
両手がすっと天に向いて周囲の空気ががらりと一変し
さっきまで激怒していたはずの猿が雲の上で飛び跳ねた。

「よっしゃ大将!やっちまえー!!」

かかげられた両手に魔力が収束し
その目が今までにない鋭さをもって男を射抜く。

「・・面白いとか・・面白くないとか・・」

ようやく言葉を発した少年の声はとても静かだったが
静かなりにかなりの怒気がまじっていたのだろう。
近くにいたケルベロスが身を低くして軽く後ずさり
マザーハーロットが時折もらしていた笑いをやめ
乗っていた首の多くてやかましい獣も急に大人しくなる。

「大人だとかマジだとか・・!」

細身の足がだんと音を立てて一歩へ踏み出され
金色の目が両手に作られたオレンジ色の炎をうつして光った。

その瞬間

男は今までただ人型悪魔だと思っていた少年を
不覚にも綺麗だと思ってしまった。

だがそんな場違いな事を考えていた男とは裏腹に
少年は腹の底から咆哮を上げ、その手を男に向かって突き出した。

いいかげんにしろこの××キチ!!
 
黙って聞いてりゃ勝手言って放題好き放題しやがって!!
 外道でももっとマシな会話するわ!こんのXXXがあぁーーッ!!

その雄叫びよりも強力な咆哮はストックの中にまで反響し
ある者は笑い、ある者はビクッとして長い身を縮ませ
またある者は耳を塞いで聞かなかった事にしたりしたが
とにかくその魂のこもった言葉と共に突き出された両手で
暴発したかのような爆炎がはじけた。

攻撃力が最大限に増強されたそれは至近距離だった事もあって
今までほとんど後ろに引かなかった男をかなり後方まではじき飛ばす。

だがその直後、そんな攻撃をくらったはずの男がブーツから煙を上げて踏みとどまり
なぜかジュンヤを見て・・ふっと笑った。

それは今までの笑みとは違う、意地の悪さのない普通の笑みで
ジュンヤの暴発していた感情がその一瞬、ぴたりと静寂を取り戻した。

だが男もバカではない。
その一瞬の隙を見逃さず手にしていた剣を持ちかえると
今までジュンヤには使ってこなかったあの構えで突進してくる。

しまった!!

そう思ったのと後ろの壁に背中を叩きつけられたのは同時だった。
金属が突き刺さる強烈な音が鳴り、背中から強烈な衝撃が伝わってくる。

だが剣のあるはずの腹からは一向に痛みが伝わってこない。
どうしてだと思って目を下にやると、剣はちょうど腹ギリギリの所で横にそれていて
男の方に目をやると男は相変わらず何を考えているのか分からない顔のまま
こちらを見ていたかと思うと、それを壁からずっと引き抜きぽつりと言った。

「・・行けよ」
「・・・へ?」
「その様子だとオマエはただ踊らされてるだけじゃないらしい。
 だったら俺がオマエをここで止める理由はなくなった」

そうして何を言ってるのか理解できずにいるジュンヤに向かい
男は無造作に何かを放り投げてくる。

それはこの世界では下へ行く鍵となるメノラーという燭台だ。

だがそれはあまりに無造作に投げられたため受け止められず
がしゃんと地面と接触して派手な音を立てた。

「行きな少年。前に進むなり戻るなりオマエの好きに行け。
 オレはオレなりにあのジジイの腹をさぐってみる」
「え?・・?」
「あのジジイがオレやオマエに一体何をさせようとしてるのか・・
 オマエを見ていて余計に気になってきた。
 どうやら事はただの騙し合いってだけじゃなさそうなんでな」

ちょっと待って、一体なんの話を・・とついていけずに困っているジュンヤをおいて
男は出会った時とまったく同じく、あっさりとこちらに背を向けた。

「じゃあな少年。お互い生きて成果を上げられれば
 またどこかで会えそうな気がするぜ」

そんな事を言いながら遠ざかっていく大きな背中を
ジュンヤもまた、出会った時と同じくただ見送る事しか出来なかった。

「・・・・・・・・・・・」

ぼす

「・・オット」

そして男の姿が見えなくなるのと同時に
全力を出し切ったためか、それとも気力が尽きてしまったのか
ふらついたジュンヤをケルベロスが支える。

なんとか2度目の遭遇はこちらの意志を通す事ができたものの
やはりあの調子にはついていけなかったらしい。

その時頭が冷静に働いていれば、引き留めてもうちょっとあちらの事情とか
こちらの事情とかを話しておくべきだとか考えたろうが
なにせあの男、人と話をする以前に行動順序がアレなのでどうしようもない。

・・あぁちくしょう、試合に勝って勝負に負けたってのはこんな気分か?

などと致命傷をうけたわけでもないのに心底げんなりしていると
横からつんつんと肩を軽くつっつかれた。

「おーい大将、大丈夫か?顔から魂すっぽぬけたみたいになってんぞ」
「・・・あぁ・・・うん・・多分・・平気」
「ホォーッホッホ!しかしほんに妙な男じゃったのう!
 まぁそうでもなければたった1人この世界を歩き回ったりはできぬのじゃろうがな!」
「しっかしアイツ・・結局何がしたかったんだか。
 さんざん邪魔しまくってトドメさすかと思えばやっぱりやめて
 あげくこんなもん置いていきやがるし」

言うなりセイテンタイセイは落ちていたメノラーを棒で引っかけ
くるりと一回転させてからぺっと無造作にジュンヤの方によこしてくる。

しかしよこされた本人はまだ受け止められる状態ではなかったので
ぶつかる寸前ケルベロスの尾にばしとはたかれ
また地面に乾いた音を立てて落ちた。

それは結構重要なアイテムのはずなのに
あの男がくれたというだけで扱いがやたらと乱暴だ。

「じゃが何はともあれ、よかったではないか。
 これでまた1つおぬしの選択肢が増えたという事じゃ」
「・・え?」
「あれがどいたのならここから先おぬしを拒む者はおらぬじゃろう。
 先に進みたくばそれを用いて先へ進み、そうでなければこのまま戻る事も可能じゃ。
 つまりあの男、おぬしに新たなる選択権を与えていったのじゃぞ?」

・・・まぁ、それともう一つ
おぬしのその平静の下に隠れておった顔をあばくのも
あやつの狙いだったのじゃろうがな。

そんな事を1人考え、密かに笑みを漏らしているマザーハーロットをよそに
ジュンヤはしばらく間をあけた後、手を伸ばして落ちていたメノラーをゆっくり拾い上げた。

あの変な男が自分に対して何をしたかったのかは・・結局あまりわからなかった。
だがあれは自分を殺さずあまり会話はしなかったものの
確かに1つの選択肢をくれた。

なら自分はどうするべきだろうか。

答えはいくつかあるが、それはいくつかある選択肢にもある通り
今すぐ選ばなければならないというものでもない。

ジュンヤはため息を1つつき、自分の足でしっかり立って
指示を待っていた仲魔達を振り返った。

「・・一度戻ろう。選択肢って言われても
 こう何もかもが急じゃ・・どうしていいのか分からない」
「ハッハ!そりゃ言えてるな」
「異議ハナイ」
「ホォーッホッホ!それもまた選択の1つじゃのう!」

そうしてそんなこんなで色々あったが2度目となった遭遇は
とある世界のフロアを丸々使い、さらに衝撃的で印象的に
そしていくらかの謎を解消しさらにいくつかの謎を残したまま終わった。


のだが・・まだこの話には少し続きがある。


ジュンヤ達が戻り支度を始めていたちょうどそのころ
たった1人誰もいない通路を歩いていた赤いコートの男は
突然足を止め、どんと横にあった壁にぶつかるようにしてもたれかかった。

いくらある程度の耐性があったとは言え
補助魔法で強化されまくった攻撃を連続で受け
さらにあれだけの至近距離で渾身の1撃を受ければ
いくら頑丈な男と言えども無傷ではない。

今まで平静を保っていたのはひとえに大人の意地と
ハンターのプライドのたまものだ。

「・・・・やってくれるな・・あのクソガキ」

ポケットから予備に持っていた緑色の石を出して使用しながら
男は吐き捨てるようにつぶやく。

しかしそう言いつつもその顔は本人の意識しないところで笑っていた。

あの少年、今まであまり表情もなく本当に人形のようだったかと思えば
ちゃんと怒って反撃もして自分の意志を爆発させるように主張してきた。

それに連れていた悪魔もどんどん形を変えていき
外見も中身も少年同様に成長してきている。

もし次に会った時、あの少年と悪魔達は一体どんな風になっているのか。
ハンターとしても半魔としても純粋に興味がわく。

だがそこで男はふと、あの少年の事を悪魔という言葉ではなく
少年という1つの個体として考えている事に気付いた。

・・バカを言え。あんなバケモノが悪魔じゃなくてなんだって言う。

だがそう思い直してもその少年の事を思い出せば思い出すほど
男はあの少年悪魔をただ純粋に悪魔として見れなくなってきた。

ようやく傷の癒えた身体を確認し、男はなんとなく後ろをふり返る。

自分に依頼をしてきた老紳士の思惑はともかく
あの少年がまだここに来るのなら、おそらくまた会うことになるだろう。


・・そうだな、その時はアイツの言った通り、面倒だが会話から入ってやるか。


悪魔に対してはとことん横暴なその男は
珍しくそんな事を考えてふっと笑みを作ると
ばさりとコートをひるがえし、今度は振り返ることも立ち止まることもなく
誰もいない通路を真っ直ぐに歩いていった。




「・・あ、なぁところでよ。あのド変態の名前ってなんつったっけ?」
「フン、ツマラン。アンナモノタダノばかデ十分ダ」
「・・?あれ?そういやあの人・・・・名前なんだっけ?」
「む?何じゃ、おぬしも覚えておらぬのか?」
「!?ちょっと待て!も・・って事はまさか!?」
「あぁワリぃ。俺覚えるのって苦手なんだわ」
「わらわは他の誰か知っておると思うて当てにしておったのじゃが?」
「ケルは!?!」
「最初ノ印象ガキツスギタノデソンナモノトックニ忘レタ」
えぇえ!?オイコラちょっと待て!?今まで散々つっつかれたってのに
 その当人の名前をだーれも覚えてないのか!?」


結局それから仲魔を総動員し
一文字づつこうじゃないかと思うのをピックアップし
約1時間後、結構重要な選択肢をくれた変な男の名は
ちゃんと(本人なりに)自己紹介して(本人なりに)苦労や経過をえたにも関わらず
かなり時間がたってからダンテだという事が判明した。





適度な実話。・・そしてまたシリアスになりきれない。
だってここに到達したとき全員レベル70オーバーだったし
名前よりその奇っ怪な行動の方が先行して・・。


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