コツコツコツコツ

ワックスのきいた綺麗な床の上を少しだけ急ぐような靴音が1人分だけ進む。

その横にはタオルのような生き物が音もなく飛んでついてきているのだが
あいにくその姿は普通の人間に見ることはできず
普通の人が見ればそれは1人の外国人がただゲートへ向かい
普通に歩いているようにしか見えないだろう。

軽い手荷物1つで歩いていたその男はポケットからチケットを出すと
ゲートの番号と時間を確かめ、ゲート近くにあった待合所の窓際付近で立ち止まり
手荷物を無造作に床に落とす。

そして男はそこから見えるこれから乗るだろう飛行機を見ながら
横に人には見えない変な生き物の気配がつくのを待った。

幸い周囲には人は少ないので会話しても大丈夫だろう。

「・・・ナンカ気ノセイカすっきりシタつらシテンナ。
 マサカ手ェ出シタリシテネェダロウナ」

横につくなり今までずっと黙ってついてきていた生き物が
からかい半分にそんな事を言い出す。

ダンテはそのマカミの言葉に肩をすくめて小さく笑った。

「バカ言え。オレがそんなチープな真似すると思うか?」
「事ト次第ニヨッチャヤリソウナ話ダ」

速攻で返ってきた言葉にダンテはぶんと手を振るが、それはひょいと難なくかわされた。

窓の外にはこれから乗る飛行機がある。
2人はそれを見ながらしばらく一緒に無言で突っ立っていたが
マカミの方が先にいくらか神妙な面持ちで口を開いた。

「ジャア最後ニ確認シトクゾ。ほんとニイインダナ?」
「・・・あぁ、オレはな」

出発時刻を偽ったのはもちろん純矢を慌てさせるため。
それと同時にちゃんとした別れをやらせないため
そしてこちらの無様な有様を見せなくて済むようにするためなどなどあるが
そして何より、純矢の中に自分をこれ以上なく強い形で残せたなら
ダンテ的にはそれで自分の勝ちが決定だ。

マカミはけっけと首を掻きながら呆れたように言った。

「・・・シッカシ、がき相手ニヒデェ大人ダ」
「何言ってやがる。言い出したのはオマエだろ?」
「マサカまじデ乗ッテクルナンテ思ワナカッタンダヨ」
「・・悪党」
「ドッチガ」

双方ともしばらく外を見たまま無言でいたが、少しして同時に吹き出す。
お互いしみったれた事は苦手なので、その心中はほとんど同じならしい。

「・・さて、じゃあオレは行く」

離陸までまだ少し時間はあったが
あまり長居すると未練が残るのでダンテは早めに搭乗するつもりでいた。

マカミが鼻先に顔を近づけふんと鼻息を吹きかけてくる。

「マァ精々平和ぼけシスギテ、帰ルナリオッ死ンダリシネェヨウニナ」
「オマエこそ、それ以上オイタして胴体を長くされるような真似するなよ」

ぶんと飛んできたシッポはひょいと耳をほじる動作でかわされ
ダンテはそのまま何事もなかったかのように足元にあった手荷物を拾い上げた。

「アイツが怒るだろうが・・まぁ頼む」
「ワカッテルサ。ソノカワリ次ニアッタ時、オモクソブン殴ラレンノ覚悟シトケヨ」
「あぁ・・」

このタオルみたいな柔らかいのより
数倍固い鉄拳が飛んでくるんだろうなと思いつつ
ダンテはすっと手を伸ばし、変な顔をした犬の頭を撫でた。

「・・・じゃあなクソ犬」
「・・アバヨへたれ男」

ダンテが少し低い声でそう言うと
マカミは平たい顔を頬にすり寄せてきた。

マカミはジュンヤにもこんなことをした事がない。
今回この出し抜き作戦に協力してくれた口の悪い変な生き物も
やはり自分と同じくちょっと寂しいらしい。

けどそれをなるべく表に出したがらないのも自分とよく似ている。

だからダンテも未練がましい別れ方をしたくなくて
サマエルに頼み込んで搭乗時間の口止めをしたのだが。

いつものコートではなく普通のジャケットを着ている背中がこちらを向く。
マカミは宙に浮いたままもう何も言わなかった。
こういう時にはあまりしゃべらないのも、背中を向けているハンターとよく似ている。

マカミはただじっとその姿が見えなくなるまで見送った。

しかし・・・

ヒュ

「・・!」

バシ!

その脇を何かが高速でかすめていき
素早く反応したダンテの手の中に音を立てて収まる。

かなりの速度だったがそれは銃弾ではない。
だが投げられたそれは人が出せる速度のものではなかったため
ダンテは軽い緊張を走らせつつその軌道上に目を走らせた。

だがそこにいたのは・・・


「・・なんだ、まだカンは鈍ってないんだ」


どこかつまらなそうな、けれどもう聞かないだろうと思っていた聞き慣れた声。

確かに今朝まいてきて、決してそこにいるはずのない少年は
けれど初老の男を横に従えたまま間違いなくそこにいた。

一瞬悪い夢か幻かと思ったが
ムッとしつつ腰に手をやる動作は間違いなく純矢のものだ。

「・・まったく。ピッチに監視させといて正解だったな。
 おかしいと思ったんだよ。まだ半日あるのにやたら神妙だし馬鹿に素直だし」

てくてくと歩いてくる足音も、その怒ったような目も幻聴や幻ではない。
ダンテはその動作や言葉を1つ1つ確認しながらようやく声を出した。

「・・・オマエ・・・・確か今日・・テストがあるとか言って・・」
「ウソだよ。もう今日から試験休みに入ってる」

さらりと言われた言葉にダンテは絶句する。

「朝出発なのにわざわざ時間誤魔化したりするから、こっちもウソつき返してやったんだ。
 そんで今日になってみたら案の定この有様。
 何かしそうだとは思ってたけど・・・こんな事するなんてな」

しかしその情報はダンテとマカミ、あと手配をしたサマエルしか知らないはずだ。
それにマカミはぎっと睨むと違う違うとばかりに慌てて首を左右に振るし
・・あと残るは・・

「まさか・・バイパーか!?」
「違うよ。時間をうっかり間違えて乗り遅れたりしたら大変だから
 一応確認のつもりで電話し直して調べたんだ。
 それにサマエルとミカは同じ会社なんだぞ?分からないと思うのか?」

テェメこのドジ!とばかりにマカミに睨まれ、ダンテは天を仰いだ。

確かに温和なサマエルには頼み込んで口止めをしてあったが
到底協力してくれそうもないミカエルにはまったくしていない。
電話をして聞いた時、ミカエルが代わりに出て調べれば一発でバレるだろう。

「・・まぁともかく間に合ってよかったよ。はいこれ」

これ以上ないくらい情けない気分になるダンテに
純矢は気にする様子もなく何かの包みを差し出してきた。

「・・・なんだ?」
「弁当。まだ朝ご飯食べてないだろ?前に美味いって言ってたおにぎり入ってるから。
 時間がなかったからシャケしか入ってないけど、何もないよりはマシだろ?」
「・・・・・」
「そんじゃ、元気で」

なんで黙って出て行くんだとか、なんでこんな手の込んだ悪さすんだとか
なんで嘘ついてまで逃げるような事するんだとか
もっと色々言われて散々怒鳴られるかと思っていたが
そうあっさりした態度で送り出されるのもかえって気味が悪い。

思いっきり不思議そうな顔をするダンテに純矢は同じく不思議そうな目を向けてきた。

「・・・なんだよ、乗らないのか?」
「・・・いや・・・オマエ・・・もうちょっと何か言う事があるんじゃ・・・」
「別にない。強いて言うならそれ、さましてる時間がなかったから
 なるべく早めに食べろってくらいかな」
「・・・・・」

こんなあっさりした別れ方をするのなら
わざわざ出発時刻を偽った必要性がまるでない。

愕然とするダンテにちょっと同情でもしたのか
ずっと黙って純矢の隣に立っていたブラックライダーが純矢に何か小声で耳打ちした。

「・・ん?あ、そっか。説明した方がいいか」

そう言って純矢は呆然としていたダンテの手にあった弁当の下から
さっき投げつけたコインのような物を出してみせた。

それは咄嗟に受け止めて気がつかなかったが
金色をしていて真ん中に穴の開いた変なコインだ。

「これ、日本じゃ下から2番目に小さい硬貨で5円玉っていうんだ」
「・・・ゴエンダマ?」
「そう。だからちょっとした縁起物なんだよ。
 ご縁がありますようにってね」

それは本当は男女の縁結びの話なのだが
ダンテが細かいことを気にしないタチなのでまあこの際いいかと思って
餞別がその穴の開いた硬貨になったわけだ。

「もうちょっと気の利いた物探そうと思ったんだけど
 それだとかさばらないし、ヒモを通してどこかに下げておけるし」

そう言ってダンテの手に置かれたコインは
ダンテの手からすればかなり小さなコインだった。

しかもこの国では2番目に小さい硬貨で
それはお世辞にも高価なものとは到底思えないものだ。

けれど・・・

「ご縁・・・ね」

ダンテはそれを見て小さく笑った。

こんなコイン1つでオマエとの縁がどうなるとも思えないが・・
オレの縁を色々と引っかき回してくれたオマエのくれた物なら
これから色々と楽しいことを呼んでくれそうな気がするな。

口には出さず心の中でそうつぶやいて
ダンテはそれを軽く握りしめた。

「・・面白そうな代物、どうもありがとよ」
「・・・なんで面白そうなんだよ」
「そりゃあオマエ自身、鏡を見れば分かる話・・」

べちゃ

純矢は無言で横にいたマカミをひっつかんで投げつけた。

「もう行けバカ!契約解除しといてやるから!」
「オイちょっと待て、そりゃ困るだろう」
「なんで?!」
「死んだら帰る場所がないってのは困るだろ」

純矢はちょっとびっくりしたような顔をして黙り込み
何を思ったのか手を出してきた。

「ダンテさん、あの賭のコイン、今持ってる?」
「ん?あぁ、あるが・・・」
「出して」
「なんでだ?」
「いいから」

よく分からずにコインを出したダンテに純矢は言った。

「別に続行してもいいけど・・何かの手違いで海の向こうの人を呼んじゃったり
 お互い変なトラブルに巻き込まれたりするのも困るから
 ここは1つ公平にコインで決めよう」
「・・は?」
「裏がでたらしょうがないから契約続行。縁起良く表が出たら契約解除で
 これからは仲魔でもなんでもない、ただの知り合いだ」
「おい待て少・・!」
「確率は二分の一、コインの決める事だから
 どっちに転んでもお互い恨みっこなしの後腐れなしだ。
 さあはじけ、ほらはじけ、とっととはじけ」

コインを持ったまま詰め寄られてあせるダンテを見て
マカミが駄目だこりゃとばかりにへにゃと地面に落ちかかり
ブラックライダーが誰にもわからないくらいに・・ぷと吹き出す。

そしていくらか高いところにあったダンテの顔を睨んでいた純矢は
詰め寄っていた身体を怪訝そうにふいと離した。

「・・・なんだ、気に入らないのか?」

気に入らないも何もない。それはある意味完全クビ宣言だ。
そんな事をいきなり言われてもダンテとしては納得できるわけがない。

勘弁してくれ状態なダンテに純矢はしょうがないなとばかりに肩をすくめ

「じゃあ逆にしよう。表が出たら契約続行。裏なら契約解除だ」

と何気なく言い放ち、片目をつぶってから舌を出す。


・・・コイツ!!知ってて引っかけたな!?


とは言え、昨日これを使って優先権を所得している手前怒るわけにはいかず
すっかり大人の立場をなくしてしまったダンテは
握りしめていたコインを無言で宙にはじき
べしとヤケクソのような音を立てて手に収めた。


開いた手には表を向いたコイン。

しかし何度やっても表ばかりを向いている、不思議なコインがあった。


「・・ま、しょうがないね。コインの決めた事だし」
「・・・・オマエもオレに劣らず・・ひでぇ大人になりそうだ」
「さーて、何のことやら」

ダンテはしれっと明後日の方を向く純矢にほぼ無意識で手を伸ばそうとした。

しかしそれは搭乗時刻を知らせるアナウンスで止められる。

「ほら、もう時間だぞ」
「・・こんな時にまで律儀なヤツだな」
「時間にルーズなのは他人に迷惑かけるしかしない」
「・・そうかよ」
「帰ったら留守番してくれた人にちゃんとお礼言うんだぞ」
「わかってる」
「無闇に銃を出して人に向けるなよ」
「あぁ」
「他人に迷惑ばっかりかけないように」
「・・・・・」
「あと帰ってからの掃除は近所迷惑にならないようにできるかぎり穏便に・・・」
「おい」

親のごとく指折り注意事項を並べ立てる純矢にダンテがムッとした。

「オレに対する心配は一切ナシか」
「してほしい人は人を騙してまで勝手に出て行ったりしないだろ」

ごもっともなご意見にダンテは閉口した。

「こら、ボサッとしてないで早く行く。飛行機にまで迷惑かけない」

そう言われつつ落としていた手荷物を握らされ、ぐいぐい背中を押される。

なんだか今回やったことが全部裏目に出てしまったような体たらくに
ダンテはもう主導権がどうとかいうどころではなくなって押されるがままに前へ歩き出す。

「じゃあね。今度来るときはちゃんと電話くらいしなよ」
「・・・・あぁ」

まるでこれから上京する息子状態のダンテは、もう返す言葉もなく背を向ける。

・・まぁいいさ。これくらいで負けたわけじゃないからな。

そんなことを考えながら。

だが。

「・・あ、それとダンテさん」

何気ないその言葉に足が自然と止まり
その声以外の音が自然と遮断される。

「昨日要求しようとしてた事、今バラしておくよ」

ダンテは黙ったまま振り返らなかったが、純矢がどんな様子でそれを言ったのか
不思議とわかってしまうあたり・・・もう重傷なのだと自覚はしている。

そして言われた問題の言葉は・・


「・・元気で」


たったそれだけの短いもの。

けれどそれは色々な意味が込められた大切な要求だ。

あまりケガをするな、病気もするな
1人でやってきたのはわかるがあまり無茶もするな

全部ひっくるめてとにかく元気でいろ。

そう言うことだ。


その取り方は色々あるけれど

ダンテは背を向けたまま額を押さえ、天をあおいだ。


「・・・あぁ、仕方ねぇ」


今回はオレの負けだよ、しょうがねぇだろ?


などと1人で自分を納得させ、ダンテはいきなりUターンし
疑問符を浮かべてそれを見ていた純矢の前まで来ると
ものも言わずいきなり、ほぼ全力で抱きしめた。


「・・・・・・ほんとニへたれダナ」


一部始終を黙ってみていたマカミが呆れたようにぽつりともらす。

純矢はしばらくさせたいようにさせるつもりなのか
振り解きもせず拳骨を落とすことなく大人しくしていた。

が、なぜだかダンテがちょっと身動きした一瞬だけ、ビクリと身を震わせる。

その時一緒に変な音がしたので
何をしたのか理解したブラックライダーがほんの少し眉を寄せるが
抱きつかれたままの主人が白銀の頭をごんと叩いただけで終わらせたので
呆れたような気分を持ちつつも手出しせず、させたいようにさせておくことにした。





鳥の形をした大きな鉄の塊が長い滑走路を走り出す。

ダンテはその中の窓の近くで流れていく景色を見ていた。

この景色が次に止まる時、もう自分は自分の世界に戻っていて
またあの掃き溜め生活に戻っているのだろう。

ちゃんと別れたつもりなので別に名残惜しいわけではないが
ダンテはずっと小さな窓から外を見ていた。

しかし何気なく見ていた滑走路横に、何か見慣れたものを見つけ
まさかと思いつつもダンテは身を乗り出し、小さな窓にはりついた。


2体、3体、4体・・

それは見間違いではない。
結界でも使っているのか実物で見るより少しだけ霞んではいるが
それは昨日酒で潰したと思っていた仲魔連中だ。

白い魔獣が天に向かって大きな遠吠えをし、質素な姿をした鬼神が手を振って
その横で仲の悪かった大きな鬼神が力一杯鉄槌を振り上げている。

赤い獣に乗る魔人が杯をかかげ、乗っていた獣もろともケタケタ笑い
同じく赤い色をした蛇が、多くある翼の片方だけをぴらぴら動かし
立っているのも億劫そうな大きな幽鬼が口の牙を広げて長い手をゆるりと上げた。

ダンテは小さい窓にびったり張り付き、見えなくなるまでそれを見た。
そして鉄の鳥の足が宙に浮いた時、今度はかなりの至近距離に
大きな鳥がこちらをのぞき込むようにして飛んできた。

それは昔自分の髪を無邪気にむしってくれた妖獣だ。
機体がどんどん上昇し速度が速くなるのもかまわず
それはいつまでもいつまでも、何かわめきながらついてこようとする。

だが危ないから離れろとダンテが手で教えようとする直前
今度は視界に金色の何かが入ってきて大きな鳥を制止した。

そのあまり天使には見えない派手な鎧を着た大天使が
興味なさそうにチラとこちらを見る。

その目は相変わらず仏頂面そのものだったが
それは鳥と一緒に後へ流れて消える寸前
やっぱり仏頂面のまま、ぐと親指を突き付けてきた。

ダンテが見たのはそれが最後だった。

それを最後に窓からは東京の街と白い雲しか見えなくなる。

東京の街はきらきらと光っていて空は青く雲は白い。
けれどこれらは全て下にいるたった1人の少年が取り戻した物であることを
知るものは自分を含めてごくわずかだろう。

そのただ仕事で来ただけだったはずの思い出深い街がどんどん遠ざかる。

それでもダンテはまだ小さな窓にはりついてそれを目に焼き付けた。
もう見えなくなっていたが、まだ下にはあの異形の連中がいるのだろう。

最後の最後でよってたかって自分を騙したあの連中と少年が。


「・・・・主人と同じく・・・ひでぇ連中だ」


ダンテはそう言って席に戻った。

そして顔を手で押さえつつ、純矢がくれた包みをぎゅうと掴む。


それは言われた通り、慌てて用意して作りたてなのか
押さえた目頭と同じく、まだ暖かかった。





純矢は遠くなっていく飛行機を見ながら全員が戻ってくるのを待った。
3体4体5体、結界で見えなくしてあるとはいえ、結構な数の悪魔に取り囲まれ
純矢はそれでもまだ小さくなっていく飛行機を見ていた。

最後にフレスベルグを連れ戻しに行っていたミカエルが合流し、全ての仲魔がそろう。
そして黙っていた仲魔の中で、真っ先にマカミが隣にいたトールに聞く。

「・・ンダヨ、泣イテンノカ?」
誰が!!あんな無礼な輩いなくなって清々する!!
「しかし雷帝、泣けぬ身というのも・・・少々不便ではあるな」

いつもと少し違う、どこか寂しそうなマザーハーロットの声に
トールの動きがピタリと止まった。

「・・・っぐ!
知らん!我はあんな輩など・・知ーらーんーー!!
「・・まぁまぁ、わかったから・・地面を壊さない」

どう感情表現していいか分からず、もどかしさのあまりガンガン地面をたたくトールを
フトミミとピシャーチャが背中を叩いて止める。

その様子をサマエルとブラックライダーが黙って見守った。

「仲が悪いほどなんとやら・・ですか」
「・・・・」
「イレバイタデウットオシイガ、イナクナルトコレトハ・・・妙ナ男ダマッタク」

そう言いながらもケルベロスはまだ空を見上げていて
フレスベルグもまだ降りてくる気配がない。

などと人気のない滑走路でそれぞれやっている悪魔達の中で
今しがた純矢の隣に降りてきたミカエルが手をかざしながらぽつりと言った。

「・・・行ったな」
「・・うん」

小さく相槌をうつ純矢はまだ空を見ていた。
見えなくなりかかっている飛行機を追いかけたそうに
まだフレスベルグが上をぐるぐると旋回している。

ミカエルはかつてのカグツチでの事を思い出し、おもむろに聞いた。

「今回は泣かぬのだな」
「また会えるってわかってるし、連絡とろうと思えばとれるだろうしね。
 それに・・・」
「・・?」
「泣いたらダンテさんに勝たれたような気がするからな」
「・・違いない」

ミカエルは少し笑って再び空を見上げた。
しかし駆け引きの対象になる人物を乗せた鉄の鳥はもう見えない。

それにしてもと純矢は思う。

いくら外人だからって・・・あんな所であんな事するヤツがいるか?

あまりそういった風習に慣れない純矢はかなり憮然としつつ
まだ感触の残っている頬をごしごしする。

「しかしな主」
「ん?」
「ここはもうボルテクスではないのだ。我慢の必要などどこにもないぞ」

ずっと空を見ていた目が初めてこちらを向いた。

そうしてようやく気がついたのだが
周りにいた仲魔達がいつかと同じように黙ってこちらを見ている。

さすがというか何というか、冷静を装っていても
以心伝心というのは契約している仲魔達にも適応されるらしい。

「主、手助けは必要か?」

そう言ってミカエルが手を差し出してくる。

いつもは難しい顔にのっている穏やかな笑みに
純矢は特大のため息を吐き出した。

「・・・笑うなよ?」

ミカエルは答えなかった。
だってもう笑っているから。

周りにいた仲魔達にも同じような質問をするつもりで視線を投げかけるが
みんなも同じように何も答えなかった。

だってそうは見えないのもいるけど、みんな笑っていたから。

純矢はその様子に別に不満を見せるでも満足するでもなく
地面に足をつけたミカエルの翼をいきなり片方むんずと掴むと
カーテンにくるまるようにしてその中に閉じこもった。

ちょっと痛かったがミカエルは我慢した。

「・・・笑うなよ」

翼の中からくぐもった声がする。

「笑っておらん」
「・・・笑うなってば」
「笑っておらんというに」
「・・・笑うなって」
「笑ってなど・・」
「・・・やっぱり笑ってるだろ」

鼻をすする音の混ざりだした声に、ミカエルはちょっと考えて。

「・・・・すまん」

笑ったまま素直にそれを認めて、翼ごしにぽんとその背を軽くたたいた。

でも純矢は怒りもせず、ぐずぐず変な音をさせたり
ポケットから鼻紙を出してびーとかんだりしつつ
しばらくそこから出て来る事はなかった。




この少年悪魔と、空の上で塩味の増したおにぎりを食べている魔人

どっちが勝ってどっちが負けたかなんてのは

きっと神様にも悪魔にも、おそらく本人達にも


きっとずっと誰にもわからないまま。








ダンテ入りの東京魔家族編はこれにて終了。
でもまた機会があれば何か書きたいな。
しかし修羅と仲魔達の生活はパラ部屋の青編などでまだまだ続く(byポチタ○)。


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