その森の中には、いつからかひっそりたたずむ古い洋館がある。

そこには500年前に封印された魔王がいて
館の主に力を貸し、訪れる人間を狩り、その魂を糧として復活の時を待っている。
館は入った者を生きて返さぬ事から、いつしか刻命館という名がつき
古くから主を変えながら長い間、訪れる者の魂を狩ってきた。

そして現在、館の主はアリオス。
ゼメキア王国第一王子にして弟しにて第二王子に裏切られた孤独な復讐者。

だが彼が刻命館の主になってかなりの時間がたったある日
復讐の主はとある事実に気が付いたのだ。



それは館の2階、館の心臓部とも言える魔界ゲートのある制御室。
侵入者を捕らえる罠を配置する水晶の前に彼は静かに立ち
血のように赤いマントをはおり、目を閉じて何かを思案していた。

しばらく後、彼の目が静かに開く。

「・・・・アスタルテ」

誰もいないはずの虚空に一つの名を呼ぶと
彼しかいなかったはずの部屋に別の気配が出現する。

あらわれたのは主と同じく血のように赤いドレスに見を包んだ
人とはあきらかに違う青白い肌をもつ、館に封印されし魔神の使いアスタルテ。

「どうなさいました?」

いつも必ず視界外から急に出現する使い魔にももうなれてしまったアリオスは
罠を配置する制御クリスタルを凝視したまま口を開いた。

「・・・今気がついたのだがな」
「はい」
「そうじをしていない」


・・・・・・


「・・・・は?」


あまり聞いた事のない生活的な単語に
アスタルテはおそらく彼女の生きてきた中で最も間抜けな声を出した。

「・・・そうじ・・・ともうされますと、人間のする
 身の回りを整理し清潔にするための行為の事でしょうか」
「そうだ」

大真面目な声で答えたアリオスは
腕にはめられた主の証である腕輪を見つめながらさらに続ける。

「前館主・・・アルデバランは館内の清掃をした事はあるか?」
「いえ、トラップの配置以上の事は何も」
「館の増築はしていなかったのか?」
「増築はアリオス様の代から始まった事です。
 この刻命館はアリオス様が来られた時の状態で、長年侵入者命を刻んでまいりました」
「・・・ふむ」

アリオスは目の前のフォースクリスタルに館内の見取り図を出し
何か考えはじめる。

この時アスタルテは生まれて初めて、嫌な予感なるものを感じたとか。

「・・・ならばちょうどよい機会だな。刻命館は今より館内清掃をとり行なう。
 一切の侵入者を館に入れるな。封龍石をありったけ用意せよ」
「しもべを使役なさるおつもりですか?」
「幸い封龍石は腐るほどある。それに・・・
 こうゆう時に表に出して使わねば・・・皆退屈するだろうからな」

そう言って振り返るアリオスはほんの少し
本人にもわからないほどかすかに微笑んでいた。





刻命館には館主の首にかけられた賞金目当てに
もしくは己の力をためすために、もしくは名を上げるため
さまざまな者がやって来る。

その日も腕だめし来た戦士と
賞金目当てのトレジャーハンターが館の前に立った

のだが・・・


館内清掃中 入るな


それは入り口の重厚な扉にかかげられたつり看板。
ちょっと趣味の悪い額の大きなつり看板。
しかも何で書いたのかどろりとした赤い液体が
各文字の一番下から今にもしたたり落ちそうになっている。

侵入者二人は扉の前で立ち尽くした。

「・・・どう思うよ」
「・・・いや、どうって・・・言われてもな・・」
「場所、間違ってないよな?」
「こんな森の中で他に間違えそうな館なんてあるか?」
「・・・ないよなぁ」

二人しかいない館の前をひゅるりと乾いた風がかけぬける。

「・・・どうする?帰るか?」
「待てよ、いくらなんでも掃除中だから入らなかったなんて言っておめおめ帰れるか?」
「・・・だよな」
「多分誰かのイタズラだろ。だいたいこんな古くてでかい館
 一体誰が掃除なんか・・・」

戦士の侵入者がまるで自分を元気付けるように言いながら
扉に手をかけ開いてみると・・・

そこは広い目のさめるような赤いじゅうたんのひかれた広いエントランス。

そしてそこでは数体のゾンビが各自ホウキを手にのろのろと床をはいていた。

かと思えば奥にある扉から、金のタライに雑巾を満載させたラミアが出てきて
壁からにじみ出てきたゴーストがその雑巾を持って上のシャンデリアへ上がっていく。

さらに扉からは両手に水の入ったバケツを持ったワーウルフが出てきて
忙しそうに反対の扉に消えて行き、壁のむこうでは非常に重量ある足音と
何かゴリガリこするような音も聞こえてくるではないか。

そのあまりに非現実的で日常的で魔界な光景に侵入者二人が硬直して立ち尽くしていると
自動開閉しているように見える不気味な奥の扉から、人間らしき人影が二人出てきた。

「・・・やはりゴーレムを使役するのには無理があるのでは?
 動くたびに廊下の壁が少々削れてしまいます」
「あれは力仕事しかできんから仕方ないだろう。
 壁は後からファウルに修理させてついでに色の塗り替えもしてしまおう。
 廃棄物は後でまとめてドラゴンに焼かせるから表にまとめて・・・」

何か相談しながら歩いてきた二人はそこでようやく侵入者に気付いた。

出てきたのは赤いドレスに何をつけたのか赤黒いシミのついたエプロンをつけ
何かの図面をいくつもかかえた肌の青い女。
一人は目つきの鋭い人間・・・だが・・・

赤いマントにバケツを持ち、中には赤い宝石が満載され
何を勘違いしたのか頭に三角巾をまき、鼻の下で結ぶコソドロルックをしていた。

しかも結構いい男なのに真顔でそんな事をしているものだから
ツッコんでよいのか悪いのか、非常に微妙なのである。

「・・・・貴様ら」

まるで下手な宝石ドロのような青年が、怒りをこめた言葉を発する。

「清掃中の看板が読めんのか」

その言葉と同時に、はき掃除をしていた無数のゾンビ
雑巾を回収していたラミア。
ゴミを運んでいる最中のワーウルフ。
シャンデリアを拭いていた数体のゴースト。
それら全部の目がじろりと一斉に侵入者に集まった。

硬直する侵入者に青年が無言で片手を上げ、指を鳴らす。


カチ

ドガン!!
ぐりぐりぐり

わずかな発動音の直後、天井から巨大な足が降ってきて
侵入者をふんづけ、ご丁寧にぐりぐりねじって宙にかき消えた。

青年、つまり刻命館の主アリオスは
さらにバケツから赤い宝石を一つ取り出し、静かに命じる。

「・・・叩き出せ」

赤い宝石、つまり魔物を召喚する封龍石が音もなく砕け散る。

直後、出現したのは丸い身体に目が一つだけのモンスター。

グラビトンと呼ばれるその丸い魔物は
ちょっとぺらぺらになった侵入者をひとりでに開いた扉から
主の命令通り、体当たりで
ドーンと外へ叩き出した。

侵入者二名が変な音を立てて地面に激突した瞬間
重厚な扉は何事もなかったようにまた自動で閉まり
かけてあったつり看板が外でがごんとちょっとだけかたむいた。

「・・・まったく、非常識な連中もいたものだ」

手を止めていた魔物たちに作業再開と手で指示しながら
もう興味がなくなったのか、アリオスはアスタルテの持っていた地図を取り
印をつけながらそうこぼした。

「今の者ら、あの場で採取してもよろしかったのでは?」
「清掃中は清掃中、人間狩りは人間狩りだ。
 そもそも人間狩りはいつでもできるが、そうじは次にいつできるかわからぬ。
 それに・・・私はもう王子ではなくこの館の主なのだ。
 あのような者らの土足で上がりこんだ場所を、そのままにしておくのも捨て置けぬ」
「・・・左様ですか」

と、おとなしく相槌をうつものの、魔王の使いアスタルテ
心の底ではまぁきちっと魔王復活に貢献してくれればどっちでもいいや
的なことを考えていたりする。

「ところで・・・なんとなく増築してしまったはいいが北部分の長距離廊下
 ゾンビにまかせていては数日かかってしまうな」
「書斎の人員と入れ替えるしかありませんね。
 食堂のゴーストも何体かそちらに手配しましょう」
「よし、では迅速にたのむ。私はトラップの再配置を行う。
 先の連中のような無作法な連中がまた来ぬとはかぎらんからな」
「は」

こそドロルックの復讐王子。
マジックブーツ使用なため、異常な歩行速度で館内へ消え
アスタルテも何の動作もなしにいきなり空へ掻き消えた。




その後、刻命館は何事もなかったかのように
いつもの入った者を生きて帰さない恐怖の館に戻った。

しかしこの館が実は主とそのしもべによってきちんと清掃されていて
主が意外と間抜けでマメだった事を知る者は
この時ぺしゃんこになって叩き出され、あまりの情けなさに国に帰れなくなった
不運な冒険者二名しか知らない。









ダークなゲームでバカしてみました。
実際魔物は一体づつしか出せませんが
いっぱい出せたらあの静かな館はもうちょっと楽しいだろうと思って
想像しつつ書いてみました。

ところでいくら増築しても侵入者にウロウロされ
いまいち好きな設計ができなかったような気がします。
始終追いまわされる主人公ってのも考えもんです。





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