「・・・あのさ・・ダンテさん、こんな事して楽しい?」
「あぁ楽しいね。笑いが出るほど楽しいね」
暗くてよく分からなかったがダンテの声色は本当に楽しそうだ。
しかし純矢からすれば今の状況はあんまり楽しくない。
いや、楽しくないどころか正直迷惑でたまらない。
純矢は腕組みをしながら再度聞いた。
「・・・・・・あのさ、もう一回聞くけどホントに楽しいのか?」
「楽しくなけりゃ要求なんかしないだろ」
「・・・せまくて暑くて寝返りもうてないのに?」
「近くて暖かくてどっちに転んでもオマエがいるだろ」
「・・・・・」
無理矢理くっつけた布団二枚、そこでダンテと寝るハメになった純矢は
暗い中で顔を赤くしながら、こりゃ何言っても無駄かとばかりに盛大なため息をついた。
一緒に寝ろと最初に言われた時はさすがに殴ろうとしたが
何もしないと真面目な顔で言い切り、気に入らなかったらブン殴ってもいいとまで言い
こうして本当になにもせず、ただただ楽しそうに横に転がられていると
なんだか外で飼っていた犬と初めて同じ布団で寝ているような気分になってくる。
なんで一緒がいいんだと聞くと、同じ布団で寝ると色々な話に花が咲くんだという
何かどこか間違っているようなあってるようなおかしな意見が返ってきた。
普通ならふざけんなバカで済ませる提案だったが
さすがに明日でお別れとなると純矢も寛大になるのか
『何かあったら大声出して残った仲魔で総攻撃』という条件をつけ
今純矢はダンテと川の字ならぬリの字になって寝ている。
「俺明日テストの最終日だから寝れないと困るんだけど・・」
「予習はしたから大丈夫だって言ってたのはオマエだぜ?」
「そりゃ確かに言ったけど・・・寝不足は脳の敵なんだってば」
「・・つべこべ言ってないでガキはおとなしく寝てろ」
「変なことにはしゃいでる誰かさんが隣にいなかったらとっくに寝てるよ」
「・・・その口ふさいだら眠れ・・・ぐお!?」
悪戯っぽい声色と一緒に伸ばされてきた手は
腹に入れたパンチによって阻止される。
「・・・き・・効いたぞ今のは・・・」
「変なことしようとしたら殴るって言ったから今のは合法」
「・・・・・そういやそうだったな」
しかし痛さに顔をしかめながらもダンテはどこか楽しそうで
純矢はだんだん変なことしないかバリバリに警戒している自分の方が馬鹿に思えてきた。
「大体さ、一緒に寝るならケルとかマカミの方が寝心地はいいんじゃないか?」
「わかってないな少年。オレはデビルハンターだぜ?」
「うん。それは知ってる」
「・・でもな、その前のオレには家族がいて、同じ屋根の下で眠る家族がいたんだ」
「あ・・」
言葉をなくした頭にすっと手が伸びてきて、くしゃと軽く撫でられる。
「あの時のオレはガキだったからな。
毎晩当たり前みたいにおふくろに絵本を読んでもらって
当たり前みたいに兄貴と同じベットで寝てて
こうして誰かと寝る事が・・・あんな形で終わるなんて思いもしなかったさ」
黙り込んでしまった純矢の頭をダンテはコツと叩いた。
「・・・オイオイ黙るなよ。こういう時はもっと初恋とか楽しい話をするんだろ?」
「・・・そりゃ修学旅行の話じゃないのか?」
「なんだそのシュウカク旅行ってのは?」
「・・・・やっぱ意味分かって言ってないのな」
ダンテは日本語の知識があるくせに言葉の意味とか使い所をあまり考えない。
「大体俺明日テストなんだぞ?楽しい話って言っても全然思いつかないし
それにまだ明日に時間があるんだから、それでいいじゃないか」
「でもこうして寝ながら話すのは最後だろ」
「・・・・・・相変わらず俺の都合はお構いなしデスカ」
「オマエこそ、いつまでたっても冷たいヤツだな」
「ちょっとは自分の性格鏡で見ろ」
言うなり純矢はもう知らんとばかりに寝返りダンテに背を向けた。
ダンテが簡単な普段着を着たまま寝ているので
あんまり見てると眠れなくなりそうなのだ。
「あ、コラ、顔くらいもっと拝ませろ」
「・・バカ言ってないで早く寝る。詳しいことは明日聞くからさ」
「初恋の話もか?」
「・・だからそれは修学旅行の雑魚寝の話だっての。いいから寝なさい」
そこまで突っぱねた所で急にダンテから返事か返ってこなくなった。
純矢は諦めたのかなと思って背中で気配を探ってみたが
それっきりダンテは動きらしい動きを見せてこない。
・・・あれ、ひょっとしてスネたのか?
出会った当初は想像もしなかったが
この見た目立派な大人、実は時々本気でスネる。
かと思ったら実は演技だったり、スネたふりしてロクでもない事を考えていたりと
どっちにせよ黙っているダンテは純矢の経験上あまりよろしくない。
純矢はしょうがないなと思ってもう一度寝返ろうとした。
しかしその寸前、脇と肩からすっと手が伸びてきて
いきなり強い力で後に引き寄せられた。
かと思うと背中全体が何か暖かいものに占領される。
「・・・・・冷てぇ」
ひどく間近から聞こえた声にぎょっとして一瞬振り解こうとしたが
その聞き慣れたはずの低い声は、どこか切なそうな声色をしていて
動きがなぜだか自然に止められる。
「・・・・態度も冷たければ身体も冷たいってのに・・・」
ぎゅうと回された腕の力が息苦しくなるほどに強くなる。
「・・・どうしてオマエからは・・・こんなに暖かいにおいがするんだよ・・・」
今までに聞いたことのない、何かをこらえるような小さな声に
純矢は暗い中で目を見開いた。
「・・・ダンテさん?」
「・・・・」
「ダンテさんてば」
「・・・・」
何も言わないし顔も見えないのでどんな心境なのか分からない。
けれどしっかと回された腕がその心の中を全部物語っているような気がして
純矢はしばらく黙って大人しくしておくことにした。
そう言えば・・・半分人間なんだよな。
今さらながらの事を思い出し目を閉じると
背中から規則正しい心音と体温が伝わってくる。
少し早いような心音を感じながら、純矢はそこでふと
自分とダンテの間にかなり体温差があるのに気がついた。
そう言えばダンテは半分人間で、自分はほぼ悪魔のまま。
普段は普通の人間と変わりなく暮らしてはいるが
やはりこうされると自分とダンテが違うのがよく分かる。
「・・・・暖かいのはダンテさんの方じゃないか」
何気なくそう言うと、頭の後で少し笑ったような気配があった。
「・・・こいつは人間の方の特権だ。
オレからはもう殺した悪魔の血のにおいしかしないさ」
「・・そうかな?・・俺はそれだけじゃないと思うけど」
純矢にはまったく見えなかったが
においを嗅ぐように短い黒髪に鼻をうめていたダンテが
何の事だと言わんばかりの目をする。
「だってダンテさんは隠してるつもりかもしれないけど
・・・何て言うのかな、汚れた川で泳いでギタギタになった水鳥は
実はちゃんと洗うと綺麗な羽をしてるっていう・・あれ?」
どう言っていいか分からず、純矢はうろうろとダンテの鼻前で首をひねるが
しばらくして考えがまとまったのか、身体を丸くしながらこんな事を言った。
「えと・・まぁつまり・・・ダンテさんがその・・・
怖そうな部分で隠してる・・・それとなく優しいとこ・・・
・・・・・俺・・けっこう好きだし・・・」
「・・・・・・」
その昔、巨大な塔の上で身体を貫かれた時よりも
少し昔、ある魔剣に身体を串刺しにされたときよりも
その言葉は肉体的にではなく、精神的に身体をぶち抜いた。
・・・・・・・畜生、コイツ・・・マジで悪魔だ。
悪魔の皮かぶった人間であり、それと同時に人間の皮かぶった
デビルハンターの自分でも絶対倒せないという
なんともタチの悪い悪魔だ。
「・・・そいつは・・・初恋の話か?」
「違うバカ!!」
ごん
怒声と一緒に頭突きが決まり、鈍い音とくぐもった声がもれる。
しかしそれでもダンテは怒って逃げようとした純矢を離すことはなかった。
「・・・っ・・痛ぇな少年」
「うるさいこんにゃろ!人がせっかく真面目な話してやったってのに!」
「あぁ、悪かったよ、悪かったから暴れるな」
その台詞もよく考えれば結構な口説き文句になっているのにも気付かず
純矢は離せとばかりにがしがし暴れ、それをさして反省した様子のないダンテが
固定していた腕を1つ動かしてなだめるように頭を撫でる。
なんだか子供かぬいぐるみになった気分だが
純矢はそれ以上抵抗するのもバカらしくなってきたのか
しばらくして大人しくなり、けれど少し悔しいのか腕を無理矢理後に伸ばすと
お返しとばかりに後にあった頭を思いっきりかき回そうとした。
だがクセがあって固いかと思っていたその髪は、予想に反して柔らかく
なんだか引っかき回すにはもったいないような気がして途中で手が止まってしまう。
「・・どうした、やり返すんじゃないのか?」
「・・・・・」
頭を掴んでいた手がぽてと落ちた。
「・・・もういいや、今は何やっても喜ばれそうな気がするし」
その通りだった。
実際顔は見えないがダンテの気配はずっと楽しそうなままで
このまま真面目に付き合っていてはオールナイトでバカをしてしまいそうだ。
「・・・んじゃ俺寝る。ダンテさんもとっとと寝ろ」
「・・こんな時までつれないヤツだな。そいつは命令か?」
「そうだって言ってもどうせ聞かないだろ?」
「いいや?オレの質問に答えたら従ってやってもいいぜ?」
「・・・質問?」
「頭突きの前の話は本音か?」
純矢はちょっと考えて
何のことを聞かれたのか理解して赤くなり
かなり間をおいてぽつりと。
「・・・・・・・嘘ついても・・しょうがないだろ」
そんな事あらためて聞くなと言わんばかりな口調で言われた小さな言葉に
喉の奥で笑うような声がして、ぎゅうと抱きしめる力が強くなった。
「・・・じゃ、とにかくおやすみ」
「・・・・あぁ」
それはかつての関係からすれば信じられないほど平和な会話だ。
しかし純矢はそんな事を長々気にする性格をしていないので
その言葉を最後に、元自分を狩ろうとした男の腕の中で
いともあっさり小さな寝息を立て始める。
1人残されたダンテはたまらなくなり
抱きつぶしそうになる腕を制御するのに1人で苦労した。
こんな気持ちも心も、随分と前に捨てるかなくしたと思っていたが
やっぱり自分も人間の部分が残っているらしい。
しかしそれにしても・・・こんな子供1人に
悪魔も泣き出すハンターのメンツを潰されるハメになろうとはな・・。
しかもその本人はまったく無自覚だというのがまた笑え
そういう所だけは悪魔的な奴だとダンテは思う。
・・・けど・・・
明日にまた話そうと言った少年はまだ知らない。
・・・これでお互い様だ・・・。
ダンテは心の中でそうつぶやいて
ほんの少し沸いた罪悪感を押し込めるように
少し冷たい身体を抱きしめたまま強く目を閉じた。
しかし次の日、朝日が登ってカーテンの隙間から入り込みだしたころ
無理矢理くっつけられた布団の中にダンテの姿はなかった。
いや、それどころか家の中のどこにもダンテの姿はなく
用意していた荷物ごと、その姿は消えてなくなっていた。
まだ終わりませんが区切りをつけたかったんでここで切ります。
こんなんダメなのダンテじゃねぇやと思われる方すんません。
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