弓のような細く綺麗な月が出る静かな夜
マカミは屋根の瓦の上で1人(1匹?)静かに丸くなっていた。

別に月見をしているわけでも涼んでいるわけでも
悪さをして純矢に追い出されたわけでもない。
おそらくそろそろ来るだろう、ある男を待っているのだ。

それは別に約束をしたというわけではない。
が、なんとなく来るだろうと思うカンから
気まぐれなマカミは珍しくただひたすらじっとそこで待っていた。

トッ  ガチャ!

すると予想通りにそれはちゃんと来た。

地面をふみ蹴る音と瓦の鳴る音がし
来たなとばかりにマカミはふせていた頭を持ち上げる。

足場の悪い屋根の上をものともせず歩いて来た男は
シャツとジーンズというラフな格好に
なぜか片手にスナック菓子の袋を持っていた。

「ヨウ、ドウダッタ?」
「・・どうもこうもない」

足場の悪い屋根を気にすることなく裸足で歩いてきたダンテは
丸くなっていたマカミの横に当然のごとく腰を下ろす。

その手には、まだどこでガメてきたのかのり塩味のポテチ。

マカミはその変な顔で、見た目にはあまり分からないがニヤリとした。

「ソノ様子ジャふらレタナ?」
「違う。オレがフッた」
「ジャア何デソンナニフテクサレテンダ?」
「・・・・・」

ダンテは無言で袋を開け、機嫌悪そうにそれをバリバリ食べ始める。

「・・突キ放スツモリガ逆ニほれナオシヤガッ・・ニ”ャッ!?

ぶんと飛んできた足で胴を潰され、ネコが轢かれたような声がもれた。

マカミは変な顔をしているので笑ったのかどうかの見分けがつきにくいが
ダンテはこの悪魔とだけはなぜか仲がいいので
ニヤケ顔をされた事くらい、声のトーンと気配だけでも十分わかった。

「・・次に笑ったら電柱にくくりつけてカラスのエサにするぞ」
「ッテテ・・ナンダヨ。適当ニかまカケタダケナノニヨ」
「白々しい嘘つくな性悪マフラー」
「オ互イ様ダロガ」

まぁ他者から見ればどっちもどっちなのだが
そのおかげでこの2人は仲がいいというか妙に馬が合う。

「マ、ソレハトモカク。ソレハソレデモヨカッタンジャネェカ?
 ホシイモンハ手ニ入ラネェカラ面白イッテノモアルシヨ」
「・・まぁ一理あるな。
 それに・・・元からテイクアウトできるようなヤツでもなかったさ」
「ほれタ弱ミカ?」
「・・うるせぇよ」

そう言いながらもダンテはよこせと平たい前足を出してきたマカミの鼻先に
ポテチの袋をずいと差し出す。

マカミはそれに顔をつっこんで三角の顔を少し丸くして出てきた。
歯がないので噛む音はボリボリというものではなく
もにゅもにゅという作ろうとしても作れそうもない変わった音だったが。

「そう言うオマエには欲しいものはないのか?」

むぐむぐやっていたマカミは口の中にあったものをまとめて飲み込み
長い胴の部分がちょっとふくらむ。

「ソンナモン、アイツノ近クニイクラデモ転ガッテルゼ?」
「・・・オマエ、言ってる事が食い違ってないか」
「ンナ細ケェコト気ニスンナ。長生キデキネェゾ」

寿命と縁のない神の獣に言われてもまったく嬉しくないセリフと共に
平たいシッポがぺんぺん背中を叩いてくる。

いつもならここでそのシッポはむんずと掴まれ
エキスパンダーよろしくにょにーと伸ばされるはずなのだが
ダンテは黙ったまま菓子を口に放り込み、ボリボリと音をさせるだけ。

やはり自分の国に帰る事で色々と思うところがあるのだろう。
マカミはふと動きを止めて軽く浮き上がると
ダンテの膝の上にふんにゃりと軽くのった。

「・・・ケドマァ確カニイツモ手元ニアッタモンガ
 遠クニ行ッチマウノハコタエルカモシレネェナ」
「・・・・」

ダンテはやはり答えず、弓の形をした月を黙って見上げた。

あれは地球上にいればどこでも見れるだろうが
今この下に住んでいる、付き合いは短かかったのに絆の深い少年は
見えるものは同じでもかなり遠くの存在になってしまうだろう。

「オメェニハズットアイツノオ守リシテ欲シイトコロダガ
 オメェニャオメェデ・・マダスルコトガアルンダヨナ」
「・・永久に終わりそうもない気長な話だがな」

マカミはダンテがなぜ悪魔を狩るのかの理由を聞いている。
しかし星の数ほどいる悪魔を全て狩ろうとするというのは
ある意味無意味とも言える途方もない行為だ。

けれどマカミはそれを笑わなかった。
しばらく行動を共にし、さらに何度か話をしてわかったのだが
悪魔を全て狩ることを目的とするのではなく
ダンテは悪魔を狩る事自体を自分の存在意義としているようなのだ。

それはきっと、まだ純矢にも気付かれていないダンテの別の顔だろう。
ダンテはその事をマカミにしゃべるなとは言っていないが
マカミはそう言った事に関してはなぜだか口が固い。

そこもまたこの奇妙な2人の似ている所であり
仲のよい理由の1つでもあった。

「マァソコラヘンニドウコウ言ウホドオレハ野暮ジャネエ。
 ・・ソレヨカアイツハ何テ言ッタンダ?」
「いつでも帰ってこいだとさ。
 あと突き放そうとしたら軽く逆ギレされた」
「・・ソリャマタラシイネェ」

クククと膝の上のタオルみたいな生き物が笑うが
ダンテは別に気にもせずポテチの袋に手を突っ込む。

その変な顔から表情を読むことは難しいが
やはり付き合い上、馬鹿にしていない笑いだというのがわかるからだ。

しかし手を入れた先にはもう粉しかなく、ダンテはぺしとマカミの頭を軽く叩く。
するとマカミはひょいと顔を持ち上げパカと口を開き
ダンテが無造作に流し込んだ塩味の濃い残り粉を全部食べた。
しょっぱくて細かい部分はマカミの好物だ。

カラになった袋はゴミ箱に捨てないと怒られるので丸めてポケットにねじ込む。

「まったくアイツは。ガキでもあるまいし」
「ショウガネェダロ。アイツガがきナンダカラ」
「・・・とは言え、オレもまだガキなのかもしれんがな」
「オ、認メヤガッタ」
「・・・アイツに感化されちまったんだよ」

ぴんと平たい鼻先をはじくとふにゃりと後にのけぞり
またふんわりと戻ってきた。

「オイオイ、ソンナンジャ国ニ帰ッタラ狩リナンテデキナクナルゾ」
「だから長居ができないんだココは。
 食う物は美味い。仕事はない。呆れるほど寝てられる。
 悪魔と言えばどいつもこいつも悪魔とはほど遠い人間くさい連中しかいない。
 これで腕が鈍らないならどうかしてるぜそいつは」

マカミは黙ったままちょっと小首をかしげた。

「・・デモ居心地ハイインダナ」
「・・・・悪かったらとっとと帰ってる」

そりゃあ国の悪魔が全滅でもしてくれたら文句なしに永住してもいいくらいだ。
しかしあいにくダンテの知る悪魔というのは
人の都合を考えてくれるカワイイものでは決してない。

「別ニ一生涯ノ別レッテワケデモネェダロ」
「だがお互い結構遠くになっちまう。距離もそうだが・・暮らしてる世界もな」
「悪魔モ泣キ出スはんたーガせんちニナルナヨ」
「・・誰の責任だと思ってる」

ムッとしたように見下ろしてくるダンテにマカミはケケケと笑い
肉球のついた前足で軽く額をぷにりと押してきた。

「心配シナクテモせんちニナッテンノハオメェダケジャネエヨ。
 オレモアイツモ同ジヨウナ事考エテンダカラ」
「そう・・」

かよ、と言う前に
ダンテはそのセリフに含まれていたある単語に言葉を切った。

「・・・アイツ・・?」

その瞬間、膝の上でだらりとしていたマカミが
しまったとばかりに飛び起き、逃げようと浮き上がろうとした。

しかしそれよりも先にダンテの方が速く動く。

「ぅグェ!?」
「・・なんで逃げる」

首根っこを掴まれて押さえつけられたマカミは
それでもまだ逃げようともごもごもがいた。
だが一体どこに隠し持っていたのか
見慣れた銃口をガチャと鼻先に突き付けられ
長い身体は変な体勢のままピタリと大人しくなる。

なにせ長い付き合いだ。
ダンテが引きのばしの刑ではなく銃を向けてくる時が
マジになっている事くらいわかる。

「・・何を隠してやがるマフラー」
「・・・イヤ別ニ隠シテルワケジャネェヨ」
「なら言ってもらおうか」

言えば厄介な事になるのはわかっているが
言わないと自分の身が危ないのでマカミはしかたなく口を開いた。

「・・・言ットクケド、オレガ言ッタッテ言ウナヨ?」
「内容によるな」

マカミはダンテにようやくわかる程度の困ったような顔をした。

「・・・アイツ、オマエノ前ジャ平気ナ顔シテルケド
 コノ前骨ノ旦那ニモラシテタノヲ聞イタンダヨ」

マカミの話を聞いた通りに訳するとこんな感じだ。


『わかったつもりなんだけどさ。ダンテさんと俺の住んでる世界が違うのは。
 だからあの人はあんな性格であんな強さで・・あんな大きな背中をしてるって。
 俺にいくら力があってもあんな人、引き止めたらいけないってわかってるけど・・
 でもちょっと、人間の俺としては・・・本人には言えないけど寂しい』


鋭かったダンテの目が大きく見開かれた。


『そういう所は不便だよな俺の身体って。
 風とか火とかが出せて、人間離れした力はたくさんついたのに
 いまだに悪魔らしい冷静さとか冷淡さとかが出てこないんだよ』


あの少年は
あれだけ自分の前では平気な顔をしておいて
あれだけ容赦ないツッコミを入れておいて


『こんなんじゃ・・・ダンテさんをちゃんと安心させて帰してやれない』


ギリリと必要以上の力を込められたグリップが悲鳴を上げる。


『だからさ、せめて今度別れる時くらい
 前みたいに泣いたりしない方法ってないかな』


そしてそれを聞き終えたダンテは・・

無造作に銃をズボンに突っ込んだかと思うと
いきなり空に向かってジャンプした。

「・・ア、オイコラ!?」

裸足だったので着地の時に大した音は出なかったが
ダンテは何を思ったのか、そのまま家の中に走り込み
まず純矢の悲鳴、次にミカエルの怒声とフレスの騒ぐ声
物を投げる音や電撃の光などを立て続けにさせて・・

「おのれぇ!!血迷ったか悪魔狩り!!」
「悪いがオレはマジだぜボス!!」
「うわーーん!こっち来んな(お好きな言葉をお入れ下さい)ハンター!!」
「高槻、それは投げると壁が壊れ・・」
「ジュンヤジュンヤ!いじめたいじめたジュンヤいじめた!!」

何をやらかしたのか知らないが、家の中がとっても騒がしくなった。


「・・・狩人ノサガッテヤツカネェ・・・」


だから言いたくなかったんだと思いつつ
マカミはぽりぽりと背中をかきつつひょろりと夜空に舞い上がる。

しかしそれからも家の中は夜遅いというのに
何かどたばたと走り回る音や怒鳴り声などで騒がしいままだった。


だがこの馬鹿騒ぎとも、しばらくすればお別れになる。


「・・・ショウガネェナァ」

いつもならそんな気など微塵も起こらないが
静かになったら弁解に入ってやろうと
マカミは物が飛んでこないか注意しながら
ぎゃあぎゃあとやかましい戦場にふんわり優雅に舞いおりていった。











気分転換にマカミと語らせてみた。
このコンビは仲魔内の仲良しとしては一番好きです。
どんなシリアスも最終的にギャグになるけど。


カエルゾコノヤロウ