一応周りにも人はいるので変な真似はしないのだろうが
近くに護衛の仲魔なしという状況で
純矢の全身からちくちくとした警戒の念が飛んでくる。

「・・オイオイ、そんな目しなくても腹は減ってないんだ。
 別に取って喰いやしないぜ?」

じゃあ腹が減ってたら人前でも喰うのかと聞き返しそうになったが
Yesと言われても怖いのでやっぱりやめた。

ダンテは夜景の見える窓付近の手すりに背中から寄りかかると
来いとばかりに自分の横をとんとんと指でさす。
多少釈然としなかったが、純矢はしかたなしに指定された場所へ行き
何となくダンテから目をそらすように眼下にある夜景をながめた。

「・・・何だよ急に」
「・・・まぁ、ちょっとな」

それにしても珍しい。
いつもなら仲魔がいようがいまいがズバズバ物を言うダンテが
人払いをし、さらに言葉を濁すとは。

「・・あ、まさか暴食と無駄使いがたたってお金が足りなくなったとか」
「・・違う。オマエ、オレをなんだと思ってるんだ?」
「直感と本能のままに生きる子供風味のダメ大人」
「・・・・」

ダンテはものすごく何か言いたそうにしていたが
口喧嘩する時間もおしいのか、それとも図星なのか反論をあきらめ
体勢を変えると純矢と同じように夜の街を見下ろした。

「・・・オマエに1つ言おうとしてた事があったんだが・・・
 今日一日ウロウロしてるうちに言えなくなった」
「何を?」
「今言えなくなったって言っただろうが」
「・・じゃあそれ以外のお話でどうぞ」
「いや、それ以外に話すことがない」
「・・・あのスミマセン、それじゃあ俺に一体どうしろと??」

トンチンカンな会話にダンテが頭をかきむしった。

「・・・チッ、ならこの際思い切って話すが・・・
 まず忠告しておく。いいか?本気にするなよ?」
「じゃあ冗談なのか?」
「いやオレとしてはかなりマジな話だ」
「だから一体・・・・・・もういいや」

押し問答しても話が前に進まないので純矢は好きにさせることにする。

「それで何の話?」
「・・・オマエに・・・一緒に来ないかって言おうとした」
「ふーん。一緒にねぇ・・・・・・って、はぁ?!

一瞬聞き間違いや何かの冗談かと思ったが
ぶんと音がするほどの勢いで見上げたダンテの目は
嘘も冗談もかけらも見当たらない真剣そのものだ。

「・・・え?それって・・・つまり・・・何?」
「オレの相棒としてオレの所に永久就職しないか・・そんな話をしようとしてたんだよ。
 しかし残念ながら今日一日でつぶれた計画だったがな」


・・・ちょ、ちょっと待て。
それってつまり今日一日がなければ
そんなプロポーズまがいの話を真剣にされたって事なのか??


本気にするなと事前に言われていたものの
そのあまりの展開に純矢の頭の上でぴーぴゃらぷーとヒヨコが飛び交う。

「・・・笑ってもいいぜ。なにせ悪魔にホレたデビルハンターなんざ
 世界中どこを探しても見つからないだろうしな」
「へ・・?・・・え・・いや・・あの・・」
「・・・何パニくってる。そういう意味じゃない」

ぺんと頭を叩かれ、頭上を舞っていたヒヨコがまとめて消えた。

まぁダンテとしてはそういう意味がない事もないが
これ以上混乱させるのも何なので黙っておいてやる。

「しかしな、今日一日オマエと連中と歩いてて考えた。
 やっぱりオマエは馬鹿力があろうが、悪魔1ダースの丸焼きを作れようが
 悪魔何体かのドンであろうが、その大元のオマエはやっぱり人間だ。
 しかも先のことなんて考えもしない、百万ドル・・いやこっちでは円か。
 百万円の夜景よりタダ同然の星の方が好きだって言う、ただのガキだ・・ってな」

いや百万円は安いだろうとか真面目な顔してガキ呼ばわりかとか
言いたい事は色々あったが、薄暗い中で見上げた横顔は少し寂しそうにも見え
純矢は結局何も言わないままで終わる。

「さすがのオレもそんなガキを汚い掃き溜めに連れて行くほど
 馬鹿でもなければ困ってもないからな」

そこで純矢はダンテが何を考えて何を決断したのか
そこではっきりと理解し、それと同時にムッとした。

「だからさっきの話はなかった事にしてオマエはオマエで・・」
「もうオレに関わらずに平和に暮らせ・・・ってのか?」

頭を撫でようとした手が触んなとばかりにぺちと音を立ててはらわれる。

「俺は人間だから危ない事、つまり自分みたいなのには関わるな?
 何言ってるんだよ。今まで散々俺の隣で危ない橋渡ってきたくせに」

見ると純矢は少し怒ったような目をしていて、ダンテは内心しまったと思った。

「・・・いや、だから少年・・」
「それを今頃になってオレに関わるなって?ふざけんな。
 散々俺を困らせておいて今頃になって保護者気分?」

子供のあつかいに慣れないというのもあるが
基本的にダンテは純矢のこういった強気の部分に弱い。

しかしまだ何か反論してくるかと思いきや
怒っていたような顔をしていた純矢はなぜか急にテンションを落とし
こんなことを言い出した。

「・・・大体、俺だけじゃなくてダンテさんも半分は人間じゃないか。
 人をからかって笑ったり、みんなと馬鹿みたいなケンカして
 俺のこと色々助けてくれた人間じゃないか」

少し驚いたような目をするダンテから純矢はふいと目をそらし
下に広がる夜景に目をうつした。

「ダンテさんの仕事がどんなものなのか俺にはわからない。
 現に俺、平和ボケしてるし勇からバックアタックされてコケたりするし
 千晶に足引っかけられてけつまづいて
 しっかりしなさいってなんでか逆に怒られたりするし」

それはただ殺気がないから気付かないだけかもしれないが
連戦連勝の人修羅としてはそれはちょっと気になる部分なのだろう。

「でも・・・ちょっとの間だったけど
 マッカ払った単なる契約だったかもしれないけど
 俺、ダンテさんの相棒だったんだろ?」

そう。
純矢は引き金を引いて悪魔を撃ち抜くわけでもなく
振り下ろして悪魔を叩き斬る物でもない。
ちゃんと生きて話して笑って怒ってケンカして
背中を合わせてお互いの背後を守ってきた相棒だ。

確かにまだガキだけれど、狩るべきはずの悪魔だけど
きっと世界中どこを探しても見つからない
逆にこっちが金を払いたくなるくらいの最高の相棒だ。

「・・・それとも何だよ。その相棒の家には平気で転がり込んできておいて
 自分の家には遊びに来るなとか言うつもり?
 ・・・冷たいヤツだな」

そう言って、ぼんやりと下を見ていた目が
どこかすねたようにこちらをちらりと見上げた。

最後の一言はあまり似ていなかったが、おそらくダンテの真似だろう。


・・・あぁ、畜生、こんなヤツに話をしたオレがバカだった。


心の中でついた悪態は、楽しくてたまらない気持ちとごっちゃになって
思わず隣にいた少年の首に腕を伸ばしてぐいと引き寄せる行動になった。

ぐぇ!?な、なんだよいきなり?!」
「色気のない声出すなよ、ムードのないヤツだな」
「ざけんなバ・・!」

怒って足を踏んづけようとすると、もう一方の手が伸びてきて
ぎゅうと強すぎず弱すぎず、ちょうどいい具合に抱きしめられ
純矢の動きは変な体勢のまま止まった。

首を固めたままのちょっと変な体勢だったので
周囲からはじゃれているようにしか見えないのが救いだったろう。

実際止めに入ろうとしたミカエルが
サマエルに止められて普通に止まったくらいだ。

「・・・ダンテさん?」

どうかしたのかと見上げようにも首が固定されていて
なぜか急に黙り込んだダンテの様子は知ることができない。

ただ頭にのってきた顎の感触と付き合い上のカンで
どこか嬉しそうだという事だけは感じることができた。

「・・おーい、ダンテさん」
「・・・・」
「ダンテさんてば」
「・・・・」

純矢はちょっと考えた。

物思いにひたっているダンテは珍しいが
人を抱き枕にしたまんまというのは正直恥ずかしい。

しかたないので。

「ひたんな」

ごん

「う”」

とりあえず頭突きをしてみた。

しかしそれでもしっかと回された腕がはずれなかったのはさすがだ。

「何がしたいんだよ一体。いい加減にはなせ」
「・・痛ぇな。いいだろうが少しくらい」
「よくないってば暑苦しい」
「・・・こんな時にかぎって気の利かないガキだ。
 少しはオレの気持ちを考えるとかいう芸当はないのか?」
「は?」

一番気が利かなくて他人の事などおかまいなしな奴が
一体何を言いやがると思ったが。


・・・・。

・・・まさか。


「・・・ダンテさん、ひょっとして1人で帰るのがさび・・!」

その言葉は肯定として首を軽く絞められ、途中でつぶされた。

「・・・わかってるなら少しは甘えさせろクソガキ」

照れたのかその言い方は少し小さくしかも早口。

それは激烈に似合わないと思ったが
ダンテはいずれは自分の国へ帰り、そこで彼はまた1人になって
無数の悪魔をたった1人で狩る生活に戻るのだろう。

純矢はあきらめたように小さくため息をつき
引っぺがそうとしていた腕から手をはなした。

「・・・まぁ、ミカが怒らない程度なら・・・許す」
「そいつは光栄」

首を捕獲していた腕が離れ
あらためて後からのびてきて前でぎゅうと組まれた。
その時頭の上に軽い音を立て、何か柔らかいものが押しつけられたような気がしたが
直後にごちんと顎がのってきたので、それが何なのかはわからずじまいだった。

しかし遠巻きに見ていたミカエルがその行為に驚愕し
デスバウンドをかまそうとしてサマエルに当て身されていた事を純矢は知らない。

「・・あのさダンテさん、さっきも言ったけどいつでも遊びに来ていいよ。
 仕事に疲れたりヒマになった時とかでいいからさ」
「どうだろうな。オレの知ってる悪魔ってのは
 人の都合なんざお構いなしな連中ばかりだったからな。
 ヒマな時はとことんヒマだが、忙しい時は寝る間もない」
「・・・それって俺の方から来いって事?」
「なんだ、さっき来たそうな事言っておいて今頃なかったことにするのか?」

ひょいと前にあった腕が動き、頭を横からこんと小突かれ
その後にさっきの柔らかい感触が軽く頭をかすめていく。

「冷たいヤツだな」

後にいるので見えはしなかったが
笑っているのが声と頭の上の振動でわかり、純矢は少しムッとした。

「・・わかったよ。行くよ。行きますよ。
 そんでもってダンテさんの家勝手に家捜ししてやる」
「HA、できるもんならやってみな」

前に何度か荒らされたダンテの事務所兼自宅は
かつて得た異界の力達の置き場にもなっているので
そう簡単には荒らせないし、それらと純矢がどのような事態になるのかも楽しみだ。

「本当なら他人が気安く入れる所じゃないが、オマエならいつでも歓迎だ。
 仕事でいない時もあるだろうが、その時は勝手にあがって勝手に待ってろ」
「・・・いい加減な家主だな」

呆れたようにそう言うと、でっかい犬のようにしがみついていた男は
喉の奥で笑ったような気配をさせ、また何か頭に軽いものを落としていく。

もちろん純矢としては言われなくてもそうするつもりだ。
そうでなくてはかつて色々やられた行動の数々の借りが返せやしない。

しかしこれよりずっと後、純矢のもくろみは
本人も思いもしなかった事態も付けて見事すぎるほど成功する事になるのだが
この時はまだ誰もその事を知らない。

「ところでダンテさん」
「ん?」
「さっきから俺の頭に何してるんだ?」
「企業秘密だ。心配しなくても跡はつかないから安心しな」
「・・・おいコラ、ホントに何してるんだよ」

と軽くもがいてみても、やっぱりダンテは放してくれず
逆にさらに強く拘束され、純矢は半ばヤケクソ気味にあきらめた。

「・・それで俺は一体いつまでこうしてればいいのかな」
「オレの気が済むまでだ」
「・・うわやっぱり」
「キスの1つでもしてくれれば放してやるが?」
「・・・・・ダンテさん、グーチー(目つぶし)どっちがいい?」
「・・・ジャパニーズはヤマトナデシコだな」
「だからそれ、使い方が大いに違うんだけど」
「そうか?オレはオマエには似合うと思うが」
「ダンテさん、意味分かって言ってる?」

などと東京の夜景を前に
色気があるのかないのかわからない会話をしている2人を
さっきの当て身から回復できず悶絶したままのミカエルをよそに
サマエルは元シジマらしく静かに見守っていた。



最も親しく最も奇妙な関係にある半人半魔の魔人が
この地を離れるまであと少し。













行ってもない東京をネットとガイド雑誌を駆使して書きました。
でもよく見たらあんまり観光してないし大半あっち方向ってのはどうよ(吐血)。
もしなんか間違ってたら見逃して下さい



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