そこから見た光景は以前の光景とは大分違っていて新鮮だった。
きっちりと密集した近代的な建物の数々に
チラチラ動くたくさんの小さな人や太陽を反射する多くの車。
ちゃんとした太陽と青い空の下にあるその風景は
以前の風景を知る者にはただの高い場所にある風景と言うだけでは
片付けられない感動があった。
そんな中、かつてここから飛び降りた魔人は言う。
「少年、外に出るドアないかドア」
「ミカ!サマエル!連行ーー!!」
ただ単に外の空気が吸ってみたかっただけなのに
以前の行いが悪すぎたため、あらぬ誤解をされたダンテは
社長と秘書みたいな2人組に両腕を掴まれて
護送中の犯人よろしくその場から強制連行された。
そこはボルテクスではマントラ軍の本拠地だった60Fビル。
もちろん今は本拠地とかそんなものはないが、高さはあの時と変わらないので
まず東京を上から見たいと言うダンテの要望でここへ来てはみた。
のだが・・
「・・・オレはちょっと風に当たりたかっただけなんだがな」
「ダメ。そう言って冗談めかして飛び降りられたらもうフォローのしようがない」
やはり出会ったころの事が忘れられないのか、それともただ単に信用ないだけなのか
また飛び降りそうだという純矢の警戒により
展望台での観光はダンテの一言であっさり強制終了した。
「信用ないな。オレだって常識ぐらいは知ってるってのに」
「出かける時にエボニーとアイボリーをジャケットに仕込もうとしたのも常識?」
「オレの常識でならリベリオンも置いてきたくなかっ・・
・・あ、コラ、腹はよせ腹は。これから色々食う予定・・いや、だから冗談だって」
エレベーターの狭い空間の中、半目で腹をつねろうとする純矢と
それを防ごうとするダンテの地味な攻防がおこる。
お目付でついてきたミカエルとサマエルは
それぞれ額を押さえてため息をついたり
優雅に腕を組んで小首をかしげたりしながら
生暖かくそれを見守った。
「それにしても大した人だな。これから戦争でも始める気か?」
「・・ちがうよ。都会じゃこれが普通なんだって」
ガイドブックと道を照らし合わせている間
人通りの多い交差点見ながらダンテは物騒な感想をもらす。
ダンテがいたところはどんな所かは知らないが
こんな人の人数ぐらいでは戦争は始まらない。
まぁ確かにみんな無言で急ぐように歩いているので
あまりこれを見慣れていない人が見ればそう見えるかもしれないが。
「しかし実際人間社会に入り込んでわかったのだが
働くという行為はある意味戦う事と同義なのかもしれん」
「生きること自体が戦いだという説もありますしね」
「・・・話す事が重たいなぁお前達」
そりゃあ元は神様の右腕だったり
元静寂の組織のbQだったりするのだからしかたない。
「で?次はどこへ行くんだ少年」
「浅草寺。あ、でもこの近くにアイスクリーム屋がある」
「なら当然、そっちが先だな」
「・・・言うと思った」
本当は事前に計画を立てようとしたのだが
どうせダンテは計画通りに行動などしてくれないだろうと
結局純矢が計画したのはガイドマップ片手の無計画観光だ。
どこへ行こうがダンテの自由。純矢はそれをガイドマップ片手に案内し
ミカエルとサマエルはそのサポートという形でついてきてもらっている。
ちなみに2人とも今日は裏社会スタイルでも仕事用スーツでもない
純矢の選んだ旅行者風スタイルに身を固めている。
それでもやっぱり元が元だけに
それはセレブな婦人と会社重役との慰安旅行に見えてしまうが。
「ところで少年。オレがオマエと初めて会ったのはどの辺になる?」
「ん?・・うーん、マントラ軍があった時とはちょっと地形が違ってるし
あの時はどっちが北とか方向も分からなかったから・・・
このビルのこっちかあっちかのどっちかだと思うけど」
そう言って純矢はたった今出てきたばかりのビルを指した。
「だったら位置確認で完全に下が見下ろせる場所に出ればよかったな」
「・・・まさかとは思うけど・・・あの時のアレを再現しようとか思ってる?」
「出来るところまでならな」
あの出会い方にはまったくいい思い出がない純矢はかなり嫌そうな顔をするが
ダンテは笑いながらその頭をくしゃりと撫でた。
「なにしろこんな海の向こうまで来たタダ仕事で
唯一一番の収穫に出会った、オレにとっては記念すべきシーンだったからな」
何か言い返してやろうとしていた純矢は一瞬びっくりしたような顔をして
そのまますとんと黙り込んでしまった。
「どうした少年、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
「・・・いいよ別に。なんかもう言う気が失せた」
伸びてきた手をかわしながら純矢は顔を背けるように前を歩き
それを面白そうにダンテが追う。
なんだかんだで仲の良い2人である。
「・・・ミカエル、ハンカチは手と汗を拭くものであって
くわえてギリギリ引っぱるものではありません」
昔の伯爵夫人みたいな悔しがり方をしているミカエルの肩を
サマエルは実に冷静にぽんと叩いた。
ダンテ思い入れのビルを後にし、4人は近くのビルにあった
アイスクリーム屋の集まるテーマパークに来た。
そこではまずダンテがストロベリーフィールズというイチゴのアイス
純矢はドンドルマとういうトルコの伸びるアイスを
ミカエルはなんだかよくわからないというので純矢が白桃ソフトを選んでやり
サマエルはトルコチャイというトルコの紅茶をたのんだ。
「しかしこういう物を食うメンツとしては無理のあるチョイスだな」
そのカッコよさのままファンシーな色のアイスを食べるダンテに
桃のにおいを食べるごとに嗅いでいるハードボイルドなミカエル。
黙っていればモデル並みに美人のサマエルと、そこに普通の純矢が加わっていて
それは一体何を目的としている団体なのか、ちっともさっぱりわからない。
「・・・それは認めるけど、一番似合わない物食べてる人に言われたくないと思う」
「好きな物はしょうがねぇだろ」
言いながらダンテはどう見ても男が食べるには抵抗のあるピンク色のアイスを
色に似合わず性格には忠実に乱暴に食べていた。
確かに物騒な仕事をしているならこんな物に出会う機会もないのだろうし
それなりに甘い物好きの純矢としては気持ちはわからないでもないが・・。
しかし慣れというのは恐ろしいものである。
「・・あ、ミカ顔についてる」
「・・?」
「違う、そっちじゃなくてこっち。
ダンテさんも食べ終わったんならその口周り早急にふきなさい」
「オレにはナシか」
「当たり前・・・ってか、それってわざと?」
「セオリーだろ?」
「アホか!!」
父のような男の顔をハンカチで拭いてやり
自分より年上の男にポケットティッシュをぺいと投げつける少年は
おそらく東京中で一番たくましい少年だと横で見ていたサマエルは思った。
「・・・ところでさ、ダンテさんお店やってたんだろ?」
「あぁ、表は便利屋になってるがな」
「今どうしてるの?誰か店番とか?」
「店自体は休業って形で閉めてきたが、なにせ素敵な場所にある店だからな。
一応知り合いに店と家の事は頼んである」
「素敵ねぇ・・・」
その単語のニュアンスだけでダンテの店というのが
どんな所にあるか想像できてしまう。
「本当はもう一方の知り合いに頼もうとしたんだが・・そいつは別件でつかまらなかった。
代わりに借りのあったヤツに頼んだが、まぁアイツもそう簡単にくたばる女じゃないから
あの辺の店番と周辺の掃除くらいなら何とでもなるだろう」
「え?女の人なの?」
「まぁな。前に話したかもしれんが、境遇がオマエに少し似てるヤツだ」
「・・ふーん」
性格とか外見はかなり違うが、作られたという点では彼女と純矢は共通する。
そして作り主の意志に反して人の側に立ったという点も同じだろう。
そういやアイツは孤島暮らしで友達がいないだろうから
純矢と会わせてやったらいい友達になれるかもな。
とダンテはなんだからしくもない事を考えた。
なにせ純矢はどんなヤツとでも仲良くなれる性質がある。
その店番の赤い髪の女は元より、別件で動いている母似の女や、店に残した魔具達
下手をすれば壁に飾ってあるオブジェとだって仲良くなるかもしれない。
などと色々想像して1人でほくそ笑んでいると
早食いの自分とは違いまだ食べている最中の
見た目は父と息子のような2人が何かやっているのに気がついた。
「あ、ミカそっちのちょっと味見させて」
「・・うむ。そちらの主の物は・・形状が少し変わった物なのだな」
「外国ののびるアイスなんだって。食べるか?」
そういって突き出されたスプーンを見てミカエルは一瞬固まったが
しばらく考えた後、その固まった顔のまま出された物をぱくりと口に入れた。
「どう?」
「・・・・・・・・・・・・甘い」
たった3文字の感想をのべるのにやたらと時間がかかったが
それはおそらく別の甘さの事も含まれているのだろう。
「・・・・・」
ダンテはその石みたいに固くなった顔面の下で
鼻をのばしている大天使を想像して、おかしくなるより先になぜか腹が立った。
「少年」
「ん?」
不穏な気配を感じ取ったサマエルが制止するより早く
ダンテは今まさに純矢が口に入れようとしたそれに
横からいきなりばくりと食らいつく。
「・・!!」
鼻の先を銀糸がかすめていき
おまけにダンテの口から伸びたアイスが手にかかって純矢は硬直した。
「・・・オレはこんなんじゃ甘い内にも入らないと思うがな」
そう言って口元をぬぐうダンテに、ミカエルの肘鉄とサマエルの蹴りが飛んだ。
両方華麗にかわしたが、最後に我に返った純矢が足を踏んづけてくれる。
「・・・ダンテさん、絶っっ対女たらしだろ」
「男のステータスと言え」
「だがその破綻した性格ではまともな女など寄りつきもせんだろう」
間。
「・・・え、もしかして図星?」
「・・・バカ言うな、全員悪魔とサシで勝負できて、剣や銃器に精通してる女ばっかりだ」
「・・・それは明らかにまともな女ではないではないか」
「まぁ元より我々は普通という言葉には
かなり見放されている傾向があるのですが」
・・・・・・・・・・・・・。
サマエルのなにげない一言を最後に
四人は浅草駅に到着するまでシジマ状況になった。
そこはかつて閑散としていたボルテクスのアサクサとは違い
本来あるべき浅草、東京名仲見世通りは
人間がいるということもあるが観光地としても結構な活気に満ちていた。
浅草のシンボルである雷門の下を何人もの観光客が行き交い
アサクサではほとんど閉じられていたシャッターが全て開いており
おみやげを買う観光客でにぎわっている。
旅の大半ここを拠点としていた純矢達にはそれは何かと感慨深く
人の多い雷門の前で何をするでもなく、全員でぼーっとしてしまったほどだ。
「・・・変われば変わるものですね」
と、もとシジマの邪神がぽつりともらす。
「・・・いや、変わるというよりはこちらが本来なのだろうな」
ボルテクスにも存在した赤く大きなちょうちんは
青い空の下、多くの人の上にあるとミカエルの言葉を裏付けるかのように
どこか誇らしげにそこにあるようにも見えた。
「・・・そういやコーン(ヨモツイクサ)が立ってたのはこのへんか?」
ダンテがそう言って立ったのは、アサクサからマネカタが消えた後
門の下で場所の説明をしていたヨモツイクサの立っていた場所だ。
「少年、説明だ説明」
「え?」
「ここが何なのか説明するのはオマエの役目だろ?」
純矢はきょとんとしていたが、その意味を察して表情が明るくなり
そしてダンテの立っていた場所へ行くとガイドブックを開いて言った。
「・・えー、ここは雷門。浅草の仲見世通りの入り口です」
そう、これがここ本来の、人間のいないアサクサでも
ヨスガに支配されたスラムでもない
純矢の再生させた東京での正しい説明だ。
「OK、よくできました、だな」
ダンテはそう言ってどこか満足げに頭を撫でてきて
くすぐったさに純矢は身を小さくした。
「・・・よせよ、本の通りに言っただけなんだから。
ほら、写真とるからそこに立って」
「いつまでたっても照れ屋だなオマエは」
「ダンテさんが規格外なんだよ。ミカ」
純矢はリュックから使い捨てではないカメラを出してミカエルに渡した。
それは少し古い型だったがまだ現役のフイルム式カメラだ。
今時はデジタルカメラが多いのだが
純矢は出来上がりまでを待つ時間が好きだと言って
今でもフイルム式を愛用している。
「使い方はわかってるよね」
「うむ、問題ない」
「セクシーにたのむぜボス」
「貴様は一度脳外科へ行け」
そんなやりとりをしつつ、人通りが多いので急いでぱちりと一枚とる。
ダンテは余裕の笑みだったが
純矢は周りに迷惑がかからないかどうかの心配顔でとられた。
「そうだ。せっかくだから今度はシャッター頼んでみんなでとろうか」
「あ、ジュンヤ様」
誰か頼めそうな人を探そうとあたりを見回し出した純矢に
横からサマエルのストップがかかる。
「お忘れですか?私達のこの身は仮の姿なのですよ?」
「そりゃわかってるけど・・なんで?」
「ジュンヤ様は心霊写真というのをご存じですか?」
「あぁ。何かそこになかったものが後で写り込んでたりするっていう・・・」
そこまで言った純矢はサマエルが何を言おうとしているか気がついた。
「・・あ、ひょっとして・・・本体が写ったりするのか?」
「今までは幸いありませんが、それは監視カメラや最新式の映像機器での話ですから
そのように古い型の機材であれば可能性としては捨て切れません」
「・・そっか」
確かに古い物には霊力が宿るとか聞くし
もしフイルムにでっかい蛇や天使が写ろうものなら現像に出せなくなる。
「あ、でもこの前フトミミさんが写真屋でバイトしてたから
そこに出せばいいかもしれない」
「しかし主よ・・」
それでもそんな物を所持するリスクは
人として生きるならそれなりに高いのではないかとミカエルが心配する。
しかしその心配は純矢にはとっては気にするような観点でもないらしい。
「いいっていいって。ほら、前にも言ったろ?
みんながんばってくれてるんだから、俺もその分努力するって。
それに・・・」
父のような男と姉のような女に腕を絡ませながら純矢は笑った。
「家族写真とるのに後ろめたくなる必要なんてどこにもないだろ?」
邪神であるはずの元赤い蛇が
一瞬驚いたような顔をして静かに、そして確かに微笑み
神の使いの長である男は、たったそれだけの言葉に胸を焼かれ
表情を変えぬままその腕を強く引き寄せた。
それは自分が失ったものだ。
見方によっては父と母と息子のように見えるそれを見ながらダンテは思った。
この光景を犠牲にして自分は力をつけ、今の自分になった。
しかし今思えばこの力ゆえに家族を犠牲にしたような錯覚も起こる。
もしも父が人間であったなら。
もしも自分の中に悪魔の血など流れていなければ
自分もこのくらいの歳には両脇に父と母がいて
隣には少しは表情のある兄が立っていたのかもしれない。
・・・ガラでもないな。
ダンテはその考えを頭から無理矢理追い出した。
いくら仮説を立てたところで失ったものは帰ってこない。
今自分がやれることは、そうなった原因の悪魔を根絶やしにすることだけだ。
「・・・あ、でもダンテさんだけは家族としては除外だから」
シリアスになっていたダンテは
優しい純矢に言われたその冷たい一言で
頭の中で作っていた冷酷さを、道ばたにぼてんと落っことした。
「・・・・・・オイ、いきなりオレだけのけ者か?」
「のけ者ってほどでもないけどダンテさんは例外。
それに前お兄さんがいるって話してたじゃないか」
「いや、それは確かにそうだが・・・」
しかしあれは嘘というか方便というか色々事情があっての話で・・
・・あ、コラ、何勝ち誇ったような目してんだボス。
と言い返したいことは多々あったが、やはり多々ある事情でダンテは黙り込む。
それをどう取ったのか純矢はこんな言葉をさらに付け加えた。
「でもまぁ他人ってわけでもないからね。
もし今度日本に来るときは電話してからでも家に寄ってよ。
俺は学校があるけど、みんなのうち誰かが家にいるし」
そして父と母にはさまれたような少年は
「玄関はいつでも開けとくからさ。好きな時に帰っておいでよ」
まるで母親のようなことを平気で言ってのけた。
『玄関は開けておくから。早く帰って来るのよダンテ?』
そう言ったのは間違いなく、純矢が会ったことのないはずの母だった。
「・・・あ、でもダンテさん家あるなら帰ってこいってのはおかしいか」
言ってから間違いに気付き、純矢は軽く頭をかいたが
しかしダンテはどこか呆気にとられたような顔で純矢を見ていたかと思うと
急に吹き出して天をあおいだ。
「っハッハッハ!!そうかよ!年中無休のフルオープンかよ!ハッハッハ!!」
「んなッ!?そ、そんな笑うことないだろ!?」
あんまり盛大に笑ってくれるので純矢はさすがに怒ったが
ダンテはかまわず腹をかかえ、べしべし肩を叩いてくる。
「・・ッくくく、いや、悪い悪い。オマエ、あんまり・・・っククク・・!」
「・・・それ、全っっ然悪いと思ってないだろ」
何をそんなに笑うのかもわからず笑われ続けた純矢は
ダンテが笑っているスキにその辺の人にシャッターを頼み
そのままみんなで雷門下の写真をとった。
もちろん爆笑していたダンテだけ、かなり変なポーズでうつっていたが
後々ダンテは文句も言わずその一枚の焼き増しを注文して
みんなから不思議がられることになった。
かつてはほとんど人気のなかった仲見世通りを
純矢達は人の波に乗って歩いた。
さすがに有数の観光地とあってそれなりに混雑はしていたが
気を付けていればはぐれるほどの人混みではない・・
・・のだが。
その人混みの中をダンテはあっちへフラフラこっちへフラフラ
右へ左へ器用にうろつきまわり、純矢は追いかけるのに苦労した。
しかもやっと追いついたと思ったら、これは何だアレは何だと質問攻めにあい
それは観光案内をしてるというよりも、デカイ子供の引率をしてるような気分になってくる。
おまけにダンテの興味の矛先は
かたっぱしから甘いにおいをさせている食べ物類だ。
「・・しかしニッポンのスイーツはどれもパサパサしてるというか
弾力があるというか歯ごたえがあるというか・・・不味くはないが、食いにくいな。
まさか日持ち重視で作ってるのか?」
「多分しぶいお茶と一緒に食べると美味しいようになってるんだよ。
つまりその食べ方ははっきり言って邪道」
びしと指したダンテの手には
片手でいつのまにか買った串の団子。
片手にいつのまにか買った缶コーヒー(加糖)。
「しょうがねぇだろ、この土(きな粉)が口に引っかかるんだから」
「・・だからとはいえ、もっと他に方法があろう。
今時日本茶も販売しているというのに、なぜ甘い物を甘い物で流しこむ」
甘い物苦手なミカエルが苦々しそうにそう言うと
団子の最後をビッとワイルドに食いちぎったダンテは
鼻下にきな粉をつけたまま、なぜか自信満々にこう返した。
「あんな苦いもの、薬だけで十分だ」
「・・・お前の味覚は幼児並みか」
「甘さってのは人が求める一番単純で純粋な味覚なんだぜボス」
「・・・小難しい言い訳はいいから顔ふいてよ」
疲れたような純矢の声と一緒に
ダンテと外出する時には必需品となったティッシュが横から差し出された。
そんなこんなで、いろんな和菓子をコーヒーやミルクティー
時にはいちご牛乳で冒涜しつつ、仲見世通りを半分ほど歩いたころ
一番前を歩いていたダンテが、急に何か思い出したように立ち止まった。
コンパスの違いで早足をしていた純矢が
あやうくその背中にぶつかりそうになってたたらを踏む。
が、その直後に背後でよそ見をしていたミカエルに追突され
結局ドミノ式で前のジャケットへぼんとぶつかった。
「・・あ、すまん主」
「・・いや・・俺は平気だけど・・」
急に止まったということは、また何か見つけたのかと
鼻を押さえつつ前にあった背中を見上げる。
しかしくるりと振り返って言われた言葉はちょっと妙なものだった。
「なぁ少年、女3人に男1人、オマエなら何を買って帰る?」
「・・は?」
一瞬なぞなぞでも出してきたのかと思ったが
見上げた先の顔がふざけていないのを見ると・・・
「・・・もしかして・・・おみやげの話?」
「そんなところだ」
それはちょっとわかりにくいが
言った人数の知り合いに何か買って帰る物
つまりおみやげについて相談してきたらしい。
「その人達がどんな年齢でどんな性格してるとかで
買う物はかなり違ってくるけど・・・」
しかし他人の事などおかまいなしそうなダンテにしては
おみやげ選びとは珍しい。
「他人から摂取するだけかと思いましたが意外ですね」
その場全員の思いをのんびり追いついてきたサマエルが
棘を付けつつ口に出して言ってくれた。
「・・・ま、こっちにも色々と人間関係ってのがあってな」
珍しくどこか痛いところにささったのか、ダンテはちょっと遠い目をした。
「で?その人たちってのはどんな人?」
こんな道の真ん中でたそがれられても困るので
純矢が素早く話題を切りかえる。
「・・・男の方はオレが昔から使ってる情報屋だ。
歳はビール腹ができるくらい。あの性格だと食い物かなにかでどうにでもなるだろうが
問題なのは・・・女達の方だな」
「・・ひょっとして彼女?」
「いいや。そういうワケでもないが・・・
説明しろと言われるとちょっと難しい関係だな」
1人は母と同じ顔をした、同じ便利屋をする金の髪の女。
1人はかつてある組織をめぐって縁のあった赤い髪の女。
1人はその昔の同業者で、今でも時々情報交換をする黒い髪の女。
そんないろんな女の人と知り合いなのかと感心するが
やはりこれだけの容姿だと自然と女との知り合いの方が多くなるのだろうか。
「その全員が全員、好みが激しいとかブランド思考だとか?」
「・・・いや、全員気が強い」
「うわぁ・・・」
会ってもないのに色々想像できてしまい純矢はうめいた。
「別に捨ててきたとか出し抜いたとか悪いことをしたわけじゃないんだが
あまり詳しい伝言を置いてこなかったからな。
ひょっとしたら気にさわって帰るなり鉛玉か爆弾の洗礼を受ける可能性もあるから
その保険のつもりというか・・そんな所だ」
「・・・貴様・・・まさか、3マタか?」
「だから違うって。全員彼女以下友達以上だ」
「・・・正直一番かかわりあいになりたくない人間関係ですね」
それは純矢もおもいっきり同感だったが
頼まれるとどんなヤツであれ、Noとは言えないのが純矢の短所であり長所でもある。
「・・・それで?1人づつ好みとかの特徴はわかるの?」
「主!」
こんなのほっとけ自業自得だろ!と言わんばかりのミカエルに
純矢はひらひら手を振って。
「いいって別に。どうせ怒られるのはダンテさんなんだし」
「・・・オマエ、性格変わったな」
昔はもうちょっと素直でかわいげのある少年だったような気もするが
その原因のほとんどが自分にある事などダンテは考えもしなかった。
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