ダンテはヤバイ仕事を取り扱う仕事の都合と、悪魔の性質の関係で
あまり深い眠り、つまり熟睡というのを味わうことができない。

しかしここは色々な理由から、どれだけ無防備になっていようとも
悪魔に襲われる心配がないので、ダンテは久しぶりの熟睡にありついていた。

なにせここは東京、いやおそらく日本最強の神や悪魔達が住まう根城。
そんな所に好きこのんでやってくる悪魔はまずいないだろうし
術に長けた大天使がそれなりの結界を張り巡らせてあるので
そこは悪魔どころか泥棒も寄りつけない鉄壁の城と化していた。

「ダンテさーーん!起きてー朝だよーー!」

ならば普段眠れない分を取り返すつもりで爆睡したいのだが
そんな事などつゆ知らず、家の主はありがたくも大声でおこしに来てくれ
ご丁寧に部屋の窓や扉をかたっぱしからバンバン開けてくれた。

無遠慮に顔に突き刺さる光から顔をそむけつつ
ダンテは黙っていつも手元にあるはずのリベリオンを探す。

しかしいつもそこにあるはずの剣はいくら手をさまよわせても到達せず
スカスカと草を編んだ床(畳というらしい)に触れるばかり。

ダンテはしかたなしに重いまぶたを強引にこじあける。

そこにはやはり、もう雇い主ではないが
東京にいる間の世話係となった少年が逆さまにこっちをのぞき込んでいた。

「おはよ。起き抜けは一段と悪人ヅラで」

よく見るとその背に隠されているのは探していたリベリオン。

ダンテは無言のまま、言われた通りの怖い顔で純矢を凝視していたが
そのままノーリアクションで布団の奥にもぐりこんだ。

「あ、こら!」

どうやら起き抜けだと悪口も通用しないらしい。

ダンテは一応その家で一番大きな布団を使用しているのだが
やはり身長に無理があるのか、もぐりこんでしまうと変わりに足が出てしまう。

おまけに枕は寝ている間に気に入らなくなったのか
部屋のすみに転がっていた。

「ダンテさーーん!起きてーー!!グッモーニン!バカハンター!!」

足だけはみ出た布団をちょっと行儀悪く足でゆすり大声で呼んでも
ダンテはしっかと布団にくるまって出てこようとしない。

「・・・・んだ少年・・・まだ朝だろうが・・・」
「まだ、じゃなくてもう朝だよ。
 ほーら早く起きて、朝ご飯片付かないから」

ぺしぺしスリッパでつつかれる布団の感触に
ダンテはうめきながら純矢と反対側へごろんと寝返りをうつ。
その拍子に布団の中で変な声が聞こえたが、ダンテはもちろん気にしない。

「まったく・・・昨日床で寝るなんて寝ごこち悪いって悪態ついてたのどこの誰だよ」

足でつつけば反対へ、さらにつつくともっと先へ転がろうとする足の出た巨大なミノムシは
まるで日曜に意地でも寝たがるダメオヤジのようだ。


拝啓、魔界の魔王様。
こんなのに狩られた悪魔達が自分含めて可哀想になってきました。


「・・・・・・・オレの仕事は・・・夜主体で・・・昼間・・休業・・・・」
「仕事じゃなくて今は観光に来てるんだろ?
 ほら布団かたづけるから起きてって・・・
ば!

布団から出てきたアイボリーは純矢の足に素早く蹴り飛ばされ
重い音をたててはみ出た足元に転がっていった。

「ダンテさん、ここは日本なんだから
 むやみに発砲するのは厳禁って言ったよ・・・
ね!昨日」

次に出てきたエボニーは遠慮なく腕ごと踏みつける。

「それとも朝ご飯は食べないタイプ?
 せっかく田舎から送ってきたイチゴジャムがあるのに」

往生際悪くアイボリーを拾おうとしていたがぴたりと止まった。

「ま、とにかくトーストさめるから早く起きてよ。
 顔洗うならトイレの右に洗面所あるから」

純矢はそう言って踏みつけた腕から銃をもぎ取り
足元にあったのとまとめると、手の届かない範囲に置いてから
軽い足音を残して去っていった。

「・・・・・・」

しばらくして、白銀の頭がカタツムリのようにのろのろ布団からはい出てくる。

もうちょっと寝ていたのは山々だが
滅多にない他人の家の朝食というのも捨てがたい。

ダンテは観念して身を起こした。
パジャマもあうサイズがなかったので上は何も着ていない。
黙っていれば自他共に認められるいい男なのだが
あいにく中身まではそう始終いい男ではいられないらしい。

だるそうにあくびをもらし、寝癖のついた髪をボリボリかきながら
ひきこもっていた布団を乱暴にのける。

するとその拍子に中から何か出てきた。

いつの間にもぐりこんだのかマカミだ。

「・・・・・・・・・何やってるマフラー」

つまみ上げてペラペラ振ってみるが反応がない。

さっき転がった時に潰してしまったのかとも思ったが
元々潰れたような形をしてるので判別不能だ。

「・・・・・・おいマフ・・・」


・・・ぷ
く〜〜〜う


顔を引きのばそうとしたとたん、間抜けな顔から鼻ちょうちんが生まれる。

「・・・・・」

ダンテは無言でそれをぺっと放り出し
床に落ちてもなお伸縮するちょうちんと、だり〜と床の上に流れ出したヨダレを無視し
どこかに蹴飛ばしたと思われる自分の上着を探しにかかった。







「・・・オハヨウ・・・」

顔を洗い、寝癖のついた髪を適当になでつけながら
ダンテが食堂に向かって最初にあったのは
コーヒーを入れているゾンビだった。

・・・もといブラックライダーだった。

恐ろしいほど感情のない声でされた棒読みの挨拶に
ダンテは2・3秒固まって、横を通り過ぎようとした純矢の服をむんずと掴む。

「・・・嫌がらせか少年」
「は?何が?」
「朝起きてようやく覚醒してきた時に見る顔が
 今さっき墓から出てきたようなオヤジの顔か?」
「ブラックに悪気はないんだからしょうがないだろ?
 それとも何?夜寝る前に見る方が良いの?」
「・・・少なくとも生きて動くのを見る生き物の血色じゃない」

などとやってるのをよそに、ブラックライダーは食器を用意し
冷蔵庫からジャムやバターを出して並べていく。
見た目はア○ムスファミリーのようだが仕事ぶりはやけに家庭的だ。

「いいじゃないか別に。ブラック覚えが早くて助かってるんだから」

そして相変わらず、純矢は仲魔に関しては大雑把だ。

「・・・・・・オレの事はビームでミディアムに焼くくせに」
「え?何?」
「いいや、何でもない」

どうせ愚痴った所で慈悲深いコイツは聞きやしないだろう。

あらゆる事を棚上げして、ダンテは大人しくテーブルについた。

そこには目玉焼きやサラダなどのごくありふれた洋風の朝食がのっている。
ありふれたとは言っても男一人暮らしではあまりお目にかかれるものでもないので
ダンテは眠気も血色の悪い不吉な顔の事も忘れて機嫌を直し
サラダについていたトマトを口に放り込んだ。

「ダンテさん、コーヒー、紅茶、ミルクもあるけどどれにする?」
「コーヒー。ミルクと砂糖もだ」
「あ、やっぱり」

そう言ってキツネ色に焼けたトーストをテーブルに置いた純矢は
ダンテがなんだか楽しそうな目でこちらを見ているのに気がついた。

「・・・何?」
「いや、オマエい・・」
「あ、ストップ。いい。なんとなくわかったからそれ以上言うな」
「・・・冷たいヤツだな」
「だってダンテさんのセリフが・・・」

そこまで言って、純矢の顔にさっと朱がさす。

「ん?オレがなんだって?」
「・・・なんでもない。ほら、イチゴジャム置くよ」


ダンテさんのセリフが熱っぽいからだよ。


などと言った日にはどうなるか・・・想像するだけでも恐ろしい。

幸いな事にいつもならさらに突っ込んでくるはずのハンターは
目の前に置かれた好物に気を取られてそれ以上は聞いてこない。

悪魔と戦うことはなくなったものの
相変わらずこの男にはいりもしない危険度が付きまとうようで・・

「・・って
あー!なんでトースト一枚にそんな山盛りのジャム使うんだよ!?」
「固いこと言うな。別に一枚あたりの使用量が決まってるわけじゃないだろ」
「比率がおかしすぎる!それどう見たってパン1ジャム4じゃないか!」
「メインがジャムだからそれであってる」

あっさりそう言って豪快に一口。

山のようにもられたジャムは思いきり口周辺に付着したが
ダンテは気にせずしばらく口を動かして

「・・・うまいな」

と珍しく、素直に誉めた。

しかし誉めてもらったところであんなごっそりした喰われ方をされてはあまり嬉しくない。
純矢は素早くジャムのビンをダンテから奪い返し
かわりにティッシュ箱をドンと置いた。

「口、拭いたら?」
「まだ喰ってるから後でいい」
「・・・これがあのボルテクスの悪魔達を震撼させた魔人とは思えない・・・」
「当然だろ」
ほめてないから

などと言いつつ純矢はしゅびっとティッシュを一枚抜き取り
鼻先について男前を台無しにしていた赤い物を素早くふいてやった。

「なぁ少年」
「ん?」

中身が半分以下になったビンを冷蔵庫にもどし
ティッシュをゴミ箱に放り込んだ純矢が生返事をする。

「オマエいい嫁さんになれるな」

さっき阻止したセリフをさらりと言われ
冷蔵庫を閉めた体勢のまま純矢は固まった。

「そうだ、いっそのことオ・・・」


びし


次に発射されようとしていたセリフはギリギリの所で
横からすっ飛んできた洗濯バサミによって阻止された。

投げたのは洗濯物を干し終えて戻ってきたミカエルだ。

「・・・痛ぇなボス」
「・・・貴様、何度言えばわかる。主に色目を使うな生々しい」
「ちょっとしたジョークだろう」
「・・・・・・・・・嫁がどうとかって話はともかく・・・コーヒー置くよ」

なんか急にむさくるしくなった食卓から目を背けつつ
純矢はどうせこんな光景もいつか慣れてしまうだろう自分に
感謝しようか疑問を持つべきか、ちょっぴり迷いながら
砂糖を大量に投入しようとするダンテからシュガーポットをひったくった。










突発的に書いてみた朝の風景。

戦わないダンテはダメ路線まっしぐら

もどれ