純矢は体格のいい方ではなかったが
どちらかと言うとボルテクスでは目立つ部類だった。
もちろんそれは悪魔だらけのボルテクス界では良い意味を持たない。
一見して人間のような外見に、加えて力のなさそうな細身の体格
さらに丸腰とくれば悪魔にとっては絶好のカモ以外の何者でもないからだ。
しかし人間界においてタトゥーのない純矢はどう見ても普通の少年。
よほどの事をするか、もの凄く勘違いな服装をするかしない限り
ほとんど目立ったりしないだろう。
しかし困ったことに今彼の隣を悠然と歩く男は
ボルテクスでも人間界でも、どっちにいようがなんか目立つという
なんだか非常に始末の悪い格好をしていた。
トットット
ゴツゴツゴツ
「・・・・・」
スニーカーの音はアスファルトを削りそうなほど重いブーツの音にかき消される。
トットットット
ゴツゴツゴツゴツ
「・・・・・・・・・」
いつも隣を歩いたからすっかりなれてしまい
配慮するのを忘れていた自分も悪いのだが・・・。
トットット・・・
ゴツゴツゴ・・・
「・・・・ダンテさん」
「?」
「離れて歩いて」
まるで何かを間違った彼氏と歩くのを静かに嫌がる彼女のごとき冷たいセリフに
剛毛の生えたダンテのアイアンハート(純矢推測)は、ちょっとばかし傷ついた。
ダンテは外人の例にもれず背が高い。
しかもその頭頂部は100メートル先からでも見分けのつきそうな白銀。
そして何で染められたのか不思議なくらい赤い皮のコートと
それになぜか似合う黒のブーツとグローブ一式。
平均身長が高くなってきたとはいえ
やはり黒髪の中、真っ赤なコートに白銀はどうやっても目立つ。
というかこの男、恐ろしいことに目立たない要素がどこにもない。
リベリオンを背負っていない事すらあまり救いにならないほどだ。
「・・・・・・なんでだ。案内人とはぐれたら迷子になるだろうが」
「迷子なんていう歳か!だいたいよく考えたら
その歳でそのカラーリングは犯罪・・・・・」
「相変わらずなチャレンジャーだな少年・・・」
「わ!やめ・・・!」
背の高い赤コートの外人に猫のようにつまみ上げられて
普通なはずの純矢にいりもしない視線が集中する。
下手をすれば高校生が変な外人に絡まれていると思われ
警察に通報される可能性もあるだろう。
・・・あながち間違っていないが。
さらにもがいているうちストックから静かな怒気がもれ始め
純矢はあわててダンテの手を振り払い、そのまま掴んで引っぱった。
「ダンテさんちょっと!」
「なんだ、手つなぐなんてお子様の・・・」
「違うって!いいから来なさい!」
母親のようなセリフで手を引っぱり、人混みをかき分け
2人はとりあえず人気のない路地に避難した。
と、なぜか掴んでいた手がくるりと反転し
もう片方の手とまとめて壁に押しつけられてしまう。
「何だ少年。今日はまた随分と積極的・・・」
ガッ!!
見分けのつきにくいジョークは
元ダンテの眉間があった場所に突き刺された銀色の槍先によって中断された。
「・・っ!こらミカ!よせ!」
慌てて槍を壁から引っこ抜きストックへ押し返すと
間髪入れず、地をはうような低い声が返ってきた。
『・・・・・・主、出してくれ』
「駄目!ダンテさんだけでも手に余るのに無理言うな!」
ちなみにダンテは堂々と出てこられないだろう仲魔と困っている純矢が面白いのか
ムカツクほど綺麗な薄笑いを浮かべていて、正直温厚な純矢でも殴ってやりたくなった。
かわりに足を思いっきり踏みつけてやったが。
『主、言い忘れていたが、我らは今までただ大人しく待っていたわけではない』
「え?」
『主の住む世界に適応するため最低限の備え
つまり姿を人に似せる方法と、魔力や邪気などの制御を習得していたのだ』
「それってつまり・・・人間に化けるって事?」
『そうだ』
さすがに主を愛する下僕・・・もとい仲魔達。
自分が平和に暮らしている間に敵を排除する以外のことを
自ら進んで学んでくれていたとは。
まるで自分をわざわざ困らせるかのように
人目完全無視な格好してきた誰かとは大違いである。
『ただ習得にも個体差が出てしまい要所で不完全な者も多少いるが
私とサマエルはそちらに出るには問題ない』
「凄い!みんないつの間に?!」
『何を言う。我ら主のためにつくすのは当然であろう』
とはいえ、いまいちやる気のないマザーハーロットや
会話の通じにくいフレスベルグやピシャーチャなどの尻を叩くのに
そこそこ苦労したのは内緒である。
「俺が知らない間にがんばってくれてたんだ・・・ありがとミカ」
「・・・・・・・・いや」
強がった言葉の一つでも返したい所だが
じんわり伝わってきた暖かさと優しさにミカエルは思わず口ごもる。
下手をすれば鼻血がでていたかもしれない。
だがそんなほんわかムードをぶち壊すのも、この男は得意とする所だ。
「・・・なんだ、今度は何の内緒話だ?」
「っ!ちょっと!」
不機嫌そうな声と一緒にいきなり背後から抱き込まれた。
普段ダンテは必要以上にベタベタしないが
久しぶりと言うこともあってか、はてまたただの当てつけなのか
今日の行動がなんだかきわどく、その手の人が見なくても絶対にあらぬ誤解されそうな体勢に
純矢はバタバタもがいて暴れた。
「もういいかげんにしろバカハンター!!
3つ数える間にはなさいと・・・!!」
「いいのか?タトゥーが出ちまうし、オマエの攻撃は派手な音も出るだろ」
「・・っ」
こんにゃろう、余計なところで根回しよすぎと思った瞬間
絶妙なタイミングでストックから一つの意志が飛んできた。
『主』
純矢、今度は迷わなかった。
意識を集中させ、ストックとこちらの境目に張り付いていた気配を拾い
なんとか動く片手で目の前に放り出す。
バシュ!
ドゴ!!
さっきと全く同じ場所を狙って、今度はアンティーク風の杖が突き刺さる。
振るのではなく突いている所に隠しきれない殺意があるのだが
もちろんダンテもそんな殺る気満々な一撃を素直に受けるわけもなく
純矢を開放して必要最低限の動作でそれをかわし・・・
感心したように口笛を吹いた。
そこにいたのは翼と槍を持つ大天使ではなかった。
体格は元と同じく少々大柄で顔も変わってはいないが
一見しただけでは誰も彼が神の右腕たる大天使だとは思わないだろう。
ただし、いろんな意味で。
「なんだボス、随分とボスらしいコーディネイトだな」
「黙れ反乱分子。我らの自由が効かぬのをいい事に悪さを働きおって」
「誉め言葉くらい素直に受け取ったらどうだ?」
「・・・前々から思っていたがお前のそのボスという呼称
侮辱の意味がこめられているようで承諾できん」
などと会話する2人を見ながら純矢は呆然と立ちすくむ。
そう、天使には見えない。
ただし普通の人にも見えない。
強いて言うならミカエルは、薄暗い路地でダンテと言い争うに値する風貌で現れた。
黒のスーツに重量感のある黒のロングコート
首には白のロングマフラーが垂れていて、手にはこげ茶のレザーグローブ
手にはおそらく槍を変形させたろう古風なステッキが握られている。
それは例えるなら
黒のリムジンに乗って巨大会社へ出勤しそうな社長か何か。
しかもそれがダンテと並ぶとなぜか似合う。
東京には死ぬほど似合わないが。
・・・あぁそういえば・・・
ミカって根は真面目だけど知識が空回りする所あったよな・・・。
などと遠い目をするジュンヤに
アクションヒーローと地味な口喧嘩をしていたゴッドファーザーがようやく気付く。
「・・・?主、どうした、大丈夫か?」
おまけにのぞき込んできた目は綺麗な緑色。
元とあまり変わらず違和感がないのは助かるが
これで東京の街を歩けと言われると非常に困る。
確実に困る。
絶対困る。
「・・・・・・あの・・・・ミカ・・・・・・」
「・・?あぁ、そういえば目の色だな」
言いにくそうな純矢の様子を違う風にとってしまった大天使は
1人納得して懐からある物を取り出し、慣れない手つきで装備した。
サングラスを。
「・・・プッ・・・」
横からもれた声にミカエルは素早く反応する。
「・・何だ悪魔狩り」
「・・・・・・いや、あまりに似合いすぎてな」
「それは侮辱か?」
「もちろん誉めてるつもりだぜ?」
「・・・・・」
思いっきり胡散臭そうな目でダンテをにらんだミカエルは
素早く純矢に向き直り、胸に手をあてながら
「・・・主、正直に答えてくれ。私は何か間違っているか?」
と、サングラスをかけた瞬間マフィアのボスみたいになった大天使は
声色にだけ心配な色合いをのせてそう聞いてきた。
そして・・・・純矢は決断した。
数分後。
純矢は1人、家路を急ぐ。
ストックから2人分の声がやいのやいのと交代でやってくるのを無視しながら。
観光とかなんとかはとりあえず後回し。
ともかく一刻も早く東京における一般常識を仲魔達にたたき込むべくして
純矢は1人、無理矢理ストックに押し込んだ大天使と魔人の抗議をシカトしつつ
無言のまま、競歩のような勢いで家路を急いだ。
前々から温めてた後日談。
ミカエルにはハードボイルドが似合うと思う。
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