あの世界で最後にみんなと向き合ったのは
その世界の一番上,、正しくは中心で光ってた
太陽みたいでそうじゃない、時々悪魔をハイにさせる大きな光る玉の下。

そこから上にいくための丸いリフトの上で
俺は広い事をさいわいに、ストックからありったけの仲魔を全部出して
それぞれの手を握り、手のないやつには抱きついて
寂しいと思う感情をできるだけ押し殺しながら、ありがとうを言って回った。

敵だったやつ、物をやったらなついてついて来たやつ
光る玉が一番光る時にしかできない特殊な合体で生まれたやつや
物だと思って買ってしまったやつに、たった1マッカで雇用された変なやつもいる。


・・・いや、最後のは
ただ単に面白がってついて来てたようなフシがあるけど。


そんな事を考えながら、俺は大小大きさ、姿形、種族
てんでバラバラで統一感のない仲魔を改めて見回した。

宙に浮く黒い馬に乗って、鎌のかわりに天秤を持ってる無口な死神。
目がたくさんあって羽もたくさんある、大きくて真っ赤で紳士なヘビ。
この世界で一番見た目が人間に近くて、俺のちょっとした心の支えになった優しい鬼神。
いつも冷気をふりまいて、いつも俺に擦り寄ってくる巨鳥。

そんなみんながこれでお別れだっていうのに、みんなみんな笑ってた。
顔だけホネだったり、いつ見ても無精面だったやつ、口しかないのでさえ
どうしてか、嬉しそうに笑ってるのがわかる。

悪魔が寂しいとか悲しいとか
そんな感情に無縁なのはなんとなくわかってたけど
それはそれで・・・なんだか寂しいよな。

置いていくのは俺なのに
俺だけ取り残されるような気分になるから。

一通りみんなにお別れを言って
最後にお礼を言って握手をしようとした赤いコートの魔人が
なんだか知らないけど・・・人一倍ニヤニヤしてた。

・・・この人、最後の最後まで俺をからかう気なんだな。

そんな事を考えて、腹立ちまぎれに差し出そうとした手を引っこめたら
声を立てて笑われ、ついでに思いっきり頭をなでられた。


「行こうぜ相棒。お前の望みはすぐそこにあるんだろ?」


・・・それはちょっと昔。

一番ヤバくて危険で色々な意味で危なかった変な人が
今やたらに頼りになって、自信満々に俺を後押ししてくれる。

そういえば・・・この人やりたい事があったはずなのに
結局ずっと俺についてきてくれたんだよな。

この人・・・いや、正確には魔人にも
他の仲魔達にも言いたい事はたくさんあったはずなのに
みんなの視線がちくちく刺さって結局何も言えなくなった。


・・・わかったよ。

俺の望みがみんなの望みだって言いたいんだろ?


なんだかんだで追い立てられてばっかりだな。

わけもわからず悪魔にされて、悪魔だらけの世界の砂漠に放り出されて
生きてた友達も、先生も、協力してくれた人も、みんな俺から離れていって
いろんなものを失って傷ついて、その代わりに人でない仲魔がどんどん増えて
人じゃなくなって悪魔になった俺だけが、人の心のまま取り残されて。

誰かが新しい世界を作ろうとしたり
誰かが長い戦いを終わらせようと俺を利用したり
誰かがそれに押し流されそうになる俺を結果的に止めてくれたり・・・

そうやって行きつく先が・・
元のふり出しだなんて。


・・・本当にバカみたいだ。


・・・本当に・・・。


・・・・・ホント・・・・・。


「・・・・・・あ」


かぁと目頭に熱がたまる。


慌てて頬を叩いてごまかそうとすると
仲魔達のリーダー格だった金色の大天使が口を開いた。

「主、思うことがあるなら今出しておくといい。
 後に後悔を残さぬようにな」


・・・後悔・・・か。


どうしてだろう。
ここは俺からあらゆる物を奪って
俺を散々痛めつけてくれた最低な世界のはずなのに・・・。

そう言われると
ひどくここが愛おしくなって・・・


・・・いや、違う。


・・・違う!
ちがうちがう!

そんなんじゃない!


俺は今まで、ただ東京に帰るためにいろんな事に耐えてきたんだぞ。
いろんなものに裏切られて、いろんなものを殴りつけて踏み越えて
いろんなものを助けられず、いろんなものをうしなって傷付いて!

それをずっと耐えてきたのは、今のこの時のためなのに!


それをこんな土壇場で・・・!


・・・帰りたくないだなんて・・・!!


うつむいて歯を食いしばっていると
腕になじみのあるふわりとした感触が触れる。

見るといつも俺のソファ代わりになっていた白い魔獣が
大きな体を寄せてきて、金の目でこっちをじっと見ていた。


顔を上げて見回すと
ひどく穏やかなみんなの眼差し。


『 ありがとう 』


さっき自分で言って回った言葉が
ひどく残酷なものに思えた。


『 今までありがとう 』

『 助けてくれてありがとう 』


言えなかったのは・・・


『 これでお別れ 』


猛烈な勢いで

それこそ目から火が出るほど
かぁっと目頭が熱くなる。

みんな何も言わない。
それが余計に俺の心を刺激して・・・


『 お別れ 』

『 これでお別れ 』

『 みんなとはこれでお別れ 』


「・・・主よ」


金の鎧の大天使が、促すように・・・
それだけ言った。


たったのそれだけだったけど・・・


俺の長い間続いていた
我ながらよくできていたやせ我慢は・・


そこでようやく


ぷつりと折れた。


「・・・・・・・うぁ・・・・・・・あ・・・
・・・うぁああぁあ!!


腹の底から漏れた声に、顔を覆った指の間から
今まで閉じこめていた感情の結晶が
ぼろぼろぼろぼろ流れ落ちていく。

友達を失った時も
信頼していた人に裏切られたときも
やっと見つけたより所を守れなかったときも
頼ろうとしていた人に全てを押しつけられた時も
ただの一滴も出なかった感情のかたまりが
今の今になって次から次へとあふれ出してくる。


ありがとう。

それとごめん。

俺はやっぱり、友達や家族のいる元の世界に帰りたい。

みんな大好きだ。

けど俺は帰らないと。

本当に俺がいるべき、元の世界へ。


帰らなきゃ・・・
今までみんなが助けてくれた事が無駄になるから。


俺は手近にいた魔獣にしがみついて、思いっきり泣いた。

でも声を上げて泣くなんて恥ずかしい事だとは思わなかった。
ただ最後くらい・・・全部吐き出しておきたかったんだと思う。

背中を少し冷たい手がなでてくれる。

見なくても誰かわかった。
きっとよく相談に乗ってくれたり話を聞いてくれた人間サイズの鬼神だろう。

俺が泣いてる間、みんな何も言わなかった。
何かにつけて俺の事を楽しそうケラケラ笑った女の魔人も
口を開けば軽口ばかり出てくる神獣も
やたら俺の名前を連呼する妖獣でさえも
誰も何も言わなかった。

おかげでやたらと俺の嗚咽の声だけが周りに響く。


・・・あぁ、俺ってこんなに泣けたんだ。


そう思うほど、まるで子供みたいに声を出して
俺は今までのことを吐き出すみたいに
それこそわんわん大声で泣いた。


どれくらいたったころか。

背中の手が離れて
かわりに皮の手袋の感触がぼんと頭にのっかる。


「・・・コイツ、ようやく本性を現しやがって」


顔を上げても視界がかなりぼやけて
指の間からちらっと見えるだけだったけど・・・

目の前にはいつもの赤。

頭を撫でられるのは初めてじゃなかったけど
こんな時に限ってやけに優しいのは反則だと思う。

「だがようやく言えるな。
 今のオマエじゃ、あまり救いにはならないだろうが」


??なんの・・・こと?


皮の感触がぐいと少し乱暴に目元をぬぐい
少しクリアになった視界に不思議と優しい、薄い青の目がうつった。


「・・・Devil never cry
 悪魔はな・・・・涙を流さないんだぜ」


と言われて

流れっぱなしだった涙が、はたと止まった。


「・・・・・・・そりゃ・・・確かに」


そんなの今頃言われても
ハッキリ言って救いにもなんにもなりゃしない。

人だとか悪魔だとかいう問題は
今目の前にいる魔人本人が
ボルテクスのどこかにいつのまにかポイ捨てしてくれたんだから。

「・・・・・・だろうな」

ふ、と。
いつもはシニカルに笑う魔人が、なんだちょっと照れたように笑った。

俺もつられて鼻をすすりながら笑うと、いつも通りに髪が乱暴に引っかき回される。

「大したガッツだ。このセリフをこんな最後まで言わせなかったんだからな」

言いながら赤いコートの魔人は俺の背中をばし!とはたいて
背中から悪趣味な剣を引き抜いた。

「さぁ最後の仕上げだ。クソ偉そうなミラーボールを叩き割りにいこうぜ」
「・・・・・・うん」

俺はごしごし目元をぬぐい、ぐっと拳に力を込める。


うん、そうだ。
きっとこれでいいんだ。


みんなとは会えなくなるだろうけど
どこから出てるのかわからない無意味で根拠のない自信に満ちた赤い背中を見ていると
いつの間にか寂しさは、不思議な確信へと変えられていた。


変な人だけど・・・

やっぱりこの人は凄いな。


「・・・・・あのさ」

そんなことを考えながら声をかけると
最初は恐怖の対象だった赤いコートがこっちを振り返る。


「・・・・・ありがと。ほんとに」


そう言うと・・・


1マッカで雇用された
人のようで悪魔であってそうでなく
悪魔みたいな性格の、実はけっこう優しい魔人は・・・


珍しく、本心から嬉しそうに笑った。






仲魔を必要最低限残して残りをストックに戻し
大きなリフトを起動させる。

そして・・・

東京が死んだ後のボルテクス界の中心で
一番ふんぞり返ってたやつをぶっこわした時
多くの強い意志を踏み越えた
俺のささやかでとても馬鹿げた望みはかなえられた。


壊れていくそれと、これ以上ないくらいの光が視界一杯広がる中
一番近くにいた赤いコートがこちらを振り返る。

すごくまぶしくて、音もかき消すんじゃないかと思うほどの光の中


俺が最後に見たのは・・・

これでお別れだって言うのに



何か楽しそうなダンテさんの顔だった。











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