「少年、こいつは使えるか?」

珍しく見通しのいい野外で休息をとっていたジュンヤに
数歩離れた場所から声がかかる。

座り込んで靴に入った砂を出していたジュンヤが顔を上げると
まだ疲れてないと言って周囲をウロウロしていたダンテが
さくさくと砂を踏みしめながらこちらに来て手を出してきた。

その黒い革手袋の上にはころりと一つ。
透明な小さい玉がのっている。

「?・・どうしたのこんなの」
「そこでちらっと光ったんでな。
 角度によってはまったく光らないみたいだが」
「へぇ・・・珍しいなぁ」

ジュンヤは差し出されたそれを手にとって
軽く砂を払ってからハーフパンツにこすりつけて汚れを落とす。

それは確かにカグツチにすかしてみても、あまり宝石のように光る物ではない。

横でくつろいでいた・・・というより落ちていた布のようだったマカミが
むくりと首だけをもちあげた。

「ナンダソレ、珍シイノカ?」
「うん。宝石じゃないけど、こんな小さい物がこんな所で偶然見つかるなんて珍しいよ」
「宝石じゃないのか?」
「残念ながらただのガラス玉。ビー玉っていうんだ」
「なんだそうか」

ダンテはそこで興味が失せたようだが
ジュンヤはそのれを大事そうに手の上で転がす。
それに興味を引かれたのか、大きな身体が邪魔にならないように
少し離れた所でとぐろをまいて見ていたサマエルが
実に静かに、ほとんど音も立てずによってきた。

「・・・宝石類のイミテーションですか?」
「いや、子供の遊び道具の一種だよ。
 俺もちょっと好きだったから、なんとなく集めてた時期があったんだ」
「フーン」

マカミがふわりと浮き上がり、首をのばしてふんふんとニオイをかぐ。
ついでにちょっとだけ舐めてみたが何の味もしない。

「味モナイシ食エナイナ。コンナモン集メテドウスンダ?」
「丸くてきれいだったから、なんとなくね。それに・・・」

この世界で太陽にかわるカグツチにビー玉をかざし、中をのぞく。

「こうしてのぞいて見ると、向こう側じゃなくて白い壁が見えるんだ。ほら」

鯉のぼりのようなマカミの目にビー玉をかざしてやると
その目がちょっとだけ大きくなった。

「・・・ア、ホントダ」

珍しいのか身体と同じぺらぺらの尾がふらふらと揺れる。

「サマエルも見る?」
「・・あ、はい」

べつに断る理由もないのでサマエルも長い首をもたげると
ジュンヤに当たらないように頭部付近の羽をいくつか折りながら
サマエルにとってはビーズ玉くらいに小さいガラス玉を
五つある目の一つを細め、そっとのぞいてみた。

中には確かに向こうの景色ではなく、白い壁のような景色しか見えず
もちろん向こう側にはそんな物は存在しない。

サマエルは青い目でぱちぱちまばたきした。

「・・・これは・・・不思議な品ですね」
「だろ?俺のちょっとした豆知識だ」
「フーン。食エナイノニ変ナモンダナ」
「でもこれこうして遊ぶ物じゃなくて
 ホントは二つ以上で遊ぶ物だから一つじゃ使えないんだ」
「ジャアヤッパリ使エナイノカヨ」

ふなりと背後からマカミがダレたようにのっかってくる。
ここにミカエルかトールがいればそれこそ激怒するだろう行為も
今外にいるのは温厚なサマエルと、細かいことを気にしない
・・・というか大きいことすら気にしないダンテのみなので、文句を言う者は誰もいない。

「でも俺はこうしてのぞいて見る方が好きだったから
 一個でも別に・・・・わ!?

強い力に腕を取られて体勢が崩れる。

見ればいつのまに来たのか、ダンテがジュンヤのつまんだビー玉を
彼の腕ごと掴んでカグツチにかざして見ていた。

しかしダンテの身長はジュンヤの頭1つくらい高い。
つま先立ちで不安定な状態になったジュンヤが抗議の声を上げた。

「ちょ!ちょっとダンテさん!」
「・・・何だ」
「放してよ!」
「・・・、・・・ちょっと待て」
「ぅわった!

よく見えないのかさらに角度をかえようとするダンテに
細い腕がさらに変な方向にぐいと引かれる。

たたらをふむジュンヤを見かね、サマエルが代わりに抗議しようとしたが
それは乗っかりっぱなしだったマカミがジュンヤに巻き付いて
軽く持ち上げたことによって中断された。

「・・・ナンダヨオメエ、相変ワラズ軽イナァ。
 実ハオレヨリ軽インジャネエカ?」
「う、うるさいな!俺だってここに来てからちょっとは筋肉ついてるんだぞ!」
「コレデ?ドコニ?」
「わっ!?ちょッ!どこ撫でて・・!こらぁ!!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ主と布と、そのそばで沈黙したまま
無言でガラス玉をのぞくデビルハンター。

一番大きい体なのにぽつんと1人取り残されたサマエルは
さてどこからツッコんでいいものやらと長い首を軽くかしげる。

だが少しして、ダンテがいきなりジュンヤの腕を
ぽいと無造作に放した。

「っと!」
「オ」

マカミを巻いたままジュンヤがつんのめる。

「ちょっとダンテさん!俺の腕ごと取らないでよ!」
「・・・そうかよ」

ふい、と赤いコートが背を向けて離れていく。

その妙な違和感にジュンヤはふと眉をひそめた。

普通自分の興味のある事なら他人の都合なんてお構いなしな
横暴魔人にしては態度がおかしい。

さっきの場合ならジュンヤから問題の品をひったくって
オレが拾ったんだからオレのだぜ、とか意地の悪い笑みで言いそうなものなのだが。

不思議がるジュンヤをよそに
まだ半分ほど巻き付いていたマカミの顔が、ぺそと肩に乗ってきた。

「・・・オメーガ楽シソウニシテッカラジャナイノカ」
「え?」

三角の耳が片方だけ、ピッと弾くように動く。

「オメエガ楽シソウニシテルノ見テ、ドンナモンカ興味ハアッタケド
 ソイツヲオメエカラ取リ上ゲタクナインダロウサ」
「・・・あぁ、成る程」

横で聞いていたサマエルがジュンヤの代わりにそうかと納得する。


ジュンヤはたくさんのものをなくしている。

家族。友達。家。生まれ育った街。
平和な生活。人間としての普通の生き方。

それらは突然すべて失われ

唯一残ったのは人の心と
思い出の中のなくしたものの記憶。


この小さなガラス玉には
その思い出の一つがこめられているから・・


オメエカラ取リ上ゲタクナインダロウサ


ぎゅっとタトゥーの入った手が
思い出のかけらを握りしめた。

「ダンテさん!」

声が届くギリギリの範囲にいたデビルハンターが
顔だけをこちらに向ける。

「これ・・・もらっていいの?」

ダンテはちょっと間を置いて
ほんの少し、いつもの意地の悪い笑みではない
あきれたような照れたような笑みを浮かべた。

「取っときな、少年」

そう言って、またさくさくと音を立てて
照れ隠しなのか赤い背中は遠ざかっていく。

巻き付いていたマカミが変な笑い声を上げると
ジュンヤからひょろりと離れてその背中を追い、隣に並んだ。

ここからでは何を話しているかは聞き取れないが
シッポでダンテの背をぺしぺし叩きながら笑うマカミに
ダンテが肩を大げさにすくめていたりする。

不思議なことにあの白と赤の組み合わせは
口も態度も性格も双方それなりに悪いのだが、なぜか仲がよい。

布と外人という変な組み合わせに目を細めつつ
ジュンヤは背後に控えていた邪神に声をかけた。

「・・・なぁサマエル」
「はい」
「俺、人間だった頃の事も大事だけど
 今の悪魔になってからの事も・・・大事だと思う」

タトゥーの入った手の上で
小さなガラス玉がほのかにカグツチの光を反射する。

「だから・・・いつか全部が元に戻ったとき
 俺はみんなの事思い出して悲しくなるのかな」

少し悲しげな表情を見せるジュンヤの横で
邪神と呼ばれる種族に属するサマエルは
まだ何かやっている魔人と神獣を見ながら・・・少し考えた。

「・・・私は元々シジマの悪魔なので
 ジュンヤ様の持つ感情がどのようなものかは理解できません。
 ・・・ですが・・・」

海のように青い目が、空のない空を見上げる。

「私はそれはそれで少々贅沢かと思います」
「え?」

ジュンヤはかなり高い位置にある赤い蛇の目を見上げた。
しかし蛇の横顔というのは当然ながら表情がわからない。

「東京、そしてボルテクスのトウキョウ。
 この二つの世界を股にかけた記憶と経験を所持され
 なおかつ我々多種多様な悪魔を従えていたことを不利益とお思いになるのなら・・・」

五つある目が一斉に、表情を乗せないままこちらを見た。

「失礼ながら・・・私としてはそれは贅沢かと思います」

失礼だと言いながら、なんだかキッパリハッキリいいきった邪神に
ジュンヤは一瞬目を丸くした後・・・


照れたように微笑んだ。


「・・・そうだよな。今あるものに満足しないで
 なくしてから欲しがるなんて・・・変だよな」

そう言いながら再びビー玉をながめるジュンヤを見て
おや、とサマエルは思う。

いつもなら、サマエルにそんなつもりはないのだが
言うことに毒があってきついなぁと言われては苦笑を返されるのが普通なのだが。

「サマエルっていつも毒ばっかり吐いてると思ったけど薬も吐くんだな」
「薬・・・ですか?」
「うん。薬」。

黒とエメラルドのタトゥーが走る手がすっと伸ばされる。
それだけでジュンヤの意図を感じ取ったサマエルは
長い首をまげて遙か下にあった主の元へ顔を寄せた。

「俺をこれ以上寂しがらせない薬だよ」

なでなでと頭を撫でられながら、真っ赤な蛇は目を細める。

サマエルにジュンヤの言葉の意味をあまり理解することはできなかったが
敬愛する主が寂しい思いをしないというのは良い事なのだろう。

たぶん。

元静寂の組織出身の淡泊な性格の邪神はそう解釈した。

「ではジュンヤ様、それと同じ物の探索を皆にも伝えましょうか」
「ん?う〜ん・・・そうするとみんなそればっかり気にするだろうし
 それに一個だから大事にしようって思うだろ?」

言いながら邪神や鬼神や大天使や魔人など十数体の悪魔を従える主は
たった一つのガラス玉を、再度カグツチにかざす。

「それにダンテさんからもらう
 数少ないマトモな品になるかもしれないし」
「・・・それもそうですね」


前に自信満々で渡されたディスクローズ(沈黙回復)の事を思い出しながら
ジュンヤは何の変哲もない小さなガラス玉を
大事そうにポケットの奥へしまう。


そして何があったのかマカミを雑巾のようにしぼっているダンテを止めるため
砂を踏みしめて少し早足で歩き出した。












即興で書いたほのぼの・・のつもりな話。
しかしこのゲーム書いてるといちいち話重くなってきて大変。
ビー玉の話は私の経験を元にしてます。
お家にある人は蛍光灯でもいいのでやってみましょう。

ちなみに何をくれても笑いがとれるダンテ氏、この30数秒後
火炎無効のマカミと一緒くたに赤蛇のプロミネンスで焼かれました。



なんかオチ処理にばっか使われ気味なダンテ氏です