「よし、今日はミカにお願いしてみようか」

そう言ってジュンヤは仲魔内でもそれなりに目立つ金色の大天使の方に目をやった。
しかし呼ばれた本人は顎に手を当てて何か考えているような体勢のまま
呼ばれたことに気付かなかったのか、まったくの無反応。

「・・?ミカ?」
「・・・・」
「おーい、ミカってば」
「・・・・」
「・・・・ミッカ・・
エーール!!

どん!

「うぉ!?」

両手で突き飛ばされた大天使は浮いていたためコケる事はなかったが
近くにいたフレスベルグにあやうく激突しそうになりつつ
なんとか体制を立て直し、取り落としそうになった槍を握りなおした。

「な、なんだ主!いきなり何をする!?」
「なんだじゃないだろ。さっきから散々呼んでるのに」
「なに?・・そうだったか?」
「そうだよ。なんだ、また難しい考え事か?」
「・・・いや・・まぁ・・少しな」

ミカエルはその時なぜか聞かれるとまずそうな顔で目をそらす。
実直な彼にしては珍しいので何を考えていたのか気になるところだが
まぁミカエルにも知られたくないことの1つや2つぐらいはあるのだろうと思って
ジュンヤはそれ以上聞かないでおいた。

「・・ふーん。でも周りの声が聞こえなくなるほど深く考えるのも危ないぞ」
「・・承知した」
「で、どこへ行く?衛生病院にするかバーの個室借りるか
 アサクサとか他にも色々選択肢はあるけど・・」
「?・・何の話だ?」
「だから俺の昼寝の護衛はミカでって話をしてたところなんだけど」

ミカエルはちょっと怪訝そうな顔で3秒ほど考え・・

「なに!?」

まるで待ち合わせの時間を丸1日間違えたような大声を出した。

どうやら考え事に気を取られていて自分が指名された事も分からなかったらしく
ジュンヤは呆れたように息を吐き出す。

「おいおい、まったく聞いてなかったのか?」
「待て!一体いつそんな話に発展した!?」
「・・ついさっきだよ。ホントに聞いてなかったんだな、俺の話」
「う!いや、途中までは聞いていたが・・
 まさか私を選ぶとは思っておらず・・」
「?・・じゃあ他にどこかへ行く予定でも立ててたのか?」

実はその通りなのだがミカエルは返事に困る。
そうだと言えばジュンヤは気を利かせてくれて他に代役を立ててくれるだろうが
今考えていた事はジュンヤに関係する仲魔内だけで話そうとしていた事で
それに関して考えをまとめるという点ではここで選ばれたというのも悪い話ではない。

ミカエルはかなり怖い顔(考え事をしている顔)をした後『・・一分時間をくれ』と言って
何を思ったのかちょっと遠くへ行き、ブラックライダーを手招きすると
ぼそぼそとなにやら耳打ちする。

するとブラックライダーは少し考えるような様子を見せて1つうなずき
ミカエルも頼むとばかりにうなずいて何事もなかったかのように帰ってきた。

「何の話してたんだ一体?」
「・・なに、以前少し話をしていた件に関して少し代役を頼んだだけだ」

何の話かは気になるが、なんの話だとばかりに黒い魔人に目をやると
乗っていた馬ごとぷいと目をそらされる。

よけい何の話か気になるところだが
隠したがっているのをあまり追求するのも可哀想かと思って
ジュンヤは頭を切り換えた。

「・・ま、いっか。ミカはダンテさんみたいに悪巧みなんかしないだろうし」
「失礼なヤツだな。オレは誰かの知恵を借りてまで計画立てたりしないさ」
「・・・怒る所が違わないか?」
「自慢してるんだよ」
「自分で言うな!」
「・・主、やめておけ」

こんな事してたら時間がもったいないとばかりに
いつものやり取りをミカエルがさえぎる。

「それで主、どこで休む?」
「・・そうだな・・そう言えばそこに先生のいた個室があったからそこにしようか」
「了解だ。では皆、後を頼む」
「襲うなよボス」

からかうような口調で言われたダンテの言葉に
ミカエルは無言でぎっと音がするほど睨み付けるが
近くにいたトールは何の事か分からなかったらしく
頭の上にでっかい?を浮かべていたりする。

「ほらほら、馬鹿な事言わない。ダンテさんじゃあるまいし」
「ホォーッホッホッホ!いいや案外そやつも
 裏では何を考えておるのかわからぬぞ?」

地味なケンカを始めようとした所を、今度はジュンヤがやんわり流してくれたが
含み笑いをしながらもらしたマザーハーロットのセリフに
天使とは思えないほどのメンチを切っていた大天使の額に
ビシ!と音を立ててくっきりした青筋が出現する。

あーもー!そう言う話は本人のいないところでしろ!
 ミカ!構えてないで行くぞ!」

だがミカエルが反論する前にジュンヤが衣をひっつかんで歩き出したため
不毛な口論は出来ずじまいで終わる。

ミカエルはバランスを崩しながらもちょっと納得いかなそうだったが
今はバカどもに付き合っている場合ではないと思い直し
戦闘態勢を解いてその後にしたがった。

ダンテもマザーハーロットもそれを楽しそうに見ていた。
だがその姿が見えなくなるのと同時になせかふと笑いを収める。

ここからは各自の自由時間として決められているのだが
不思議なことに誰1人としてそこを離れる者はいない。

「・・ナンダヨ、ドッカ行カネェノカ?」

マカミが茶化すようにダンテの肩をぺしぺし叩くが
ダンテは肩をすくめつつ、その場全部の視線の中心にいた
黒ずくめの魔人に目をやった。

「ボスが何か考えてたって事は大抵アイツがらみの話。
 それに加えてわざわざそいつに代役を頼んで行ったって事は・・
 説教じゃない、けれどアイツには話せない
 もっと別の話が今のオレ達に用意されてる。・・・これで合ってるか?」

ブラックライダーはその問いかけに少しの間をおいて
キィと持っていた天秤をゆらしながら小さくうなずいた。




扉を開けて中に入ると、そこは時間が止まったかのように
以前とまったく変わらない状態でそこにあった。

殺風景な部屋の中にはかつて物置として置かれていたのだろう荷物と
かつてジュンヤの知っていたほぼ最後の人間だったろう人物が座っていたソファ。
それを視界に入れたジュンヤの足が一瞬止まる。
だが思い直したのかその足はまっすぐそのソファの所へ行き
長く使われることのなかったソファは久しぶりの重みを受け軽い音を立てた。

「・・・気にしてないって言えばウソになるけどな」

何か言いたそうにしていたミカエルにジュンヤは少し力無く笑った。

ここにかつていた人間は全てを知りながら東京の崩壊を見守り
そして結局全てをジュンヤに託していなくなってしまった。

「けど先生は俺に最後の道を指してくれたんだ。
 だったら落ち込むことなんてないさ」

ジュンヤは別になんでもないようにそう言って
少しホコリのつもったソファに深く座る。

けれどミカエルはその言葉を本心からの物だとは思っていない。
なんでもないのなら他に色々ある場所ではなくここを選ぶ理由もないし
あんな切なそうな目で話をしたりはしない。

けれどミカエルは何も言わず、邪魔にならないように少し翼をたたんだまま
すっと地面に足をつけてジュンヤの前に降りた。

何か声をかけてやりたいのはやまやまだが
今はその話題に触れない方がいいと思ったからだ。

「ところでミカ」
「・・ん?」
「そんなところで突っ立ってないで、少し楽にしたらどうなんだ?」
「いや私は・・」
「・・ってかむしろそんな真正面で仁王立ちされてると、凄く気になるんだけど」
「・・・・」

そう言われればそうかと金色で目立つ天使は正面から横へ場所を変えるが
移動した壁際でも槍を手にし、どーんと立派に突っ立ったままだ。

そう言えば彼の合体元の天使達も同じような固く真面目な性格をしていたから
その凝縮の結果がこんな堅物になってしまったのかもしれない。

とは言え誕生直後のミカエルは今よりもっと固っ苦しく
何を言っているのか分からないほど口調が難しくてジュンヤはかなり困惑したものだ。

「・・そう言えばミカはウリエルの時から性格が固かったな」
「どうした、唐突に」
「いや、ちょっと昔を思い出してさ」
「それは主の基準からしての話であって、私からすればあれが通常だ」
「はは。庶民な主でごめんな」
「謝る事などない。そもそも私は・・・」

だがまたしてもミカエルは言葉を途中で切った。
彼の性格からして隠し事はしないはずなのだが
こう何回も口ごもられるとさすがに心配になってくる。

「・・なぁミカ、さっきから様子がおかしいけど何か心配事でもあるのか?」
「・・・いや、別に」
「ウソだな。顔に書いてある」
「・・・・」
「いや本当に書いてあるんじゃなくて、無理をしてるのが顔に出てるってことだよ」

いやその以前にウソだと書いてあると言われ
慌てて顔をこすっている時点でもうバレバレなのだが。

「ミカはいつも堂々としてる分、1人で無理してる時もありそうだから
 今なら他に誰もいないんだし、普段言えない事とか思ってる事とか
 今ここで言ったらどうだ?楽になるんじゃないか?」

だがミカエルは意志を固めるかのように腕を組み、首を横にふった。

「・・・いや、これは他の者がいようがいまいが口に出してはならんことだ」
「俺にもなのか?」
「・・・主にはなおさらだ」
「へぇ・・」

その興味を持ったような相槌に、ミカエルはしまったとばかりにジュンヤの方を向く。
すると思った通り、まだ年若い主は興味津々とばかりにこっちを見ている。

「じゃあ直接言わなくてもいいから簡単なヒントをくれ」
「え・・」
「だってミカが隠し事するなんて珍しいし、ちょっと心配だろ?
 他のみんなには内緒にしておくからさ」
「いやだから・・他の者にもらさずとも主に知られては困ることで・・」
「だから俺がわかっても大丈夫なくらいにヒントをくれってば。
 わかっても何も言わないからさ」

さっきの疲れたような様子はどこへやら。
寝る前に絵本を読んでくれと言わんばかりのジュンヤの様子に
ミカエルは珍しくうろたえる。

昔はもっと大人しくて聞き分けもよかったはずなのに
いつの間にか主の性格は誰かさんの影響で少し変わってきていた。
誰とは言わないがミカエルは心の中でその赤コートをぶん殴っておく。

しかし言えないと拒否しているその事は
さっきブラックライダーと相談していたこととはまったく別の事で
別にジュンヤに聞かれて困る話ではないのだが
これはミカエル個人的には黙っておきたい事なのだ。

「・・ならん。これは私だけが思うことであって
 他の誰にも知られてはならん事だ」
「ふーん、へー、俺にも内緒な事なんだ」
「・・・・」

何?何?と好奇心一杯にこっちを見てくる目にミカエルは困り果てて
目を変な方向へウロウロ落ち着かなくそらす。

「ヒントは?ヒント、なぁミカってば」
「・・だ・・だから言えんと言っているのに」
「だってそんな何か言いかけて途中でやめるような物言いばっかりされたら
 誰だって気になるだろう?」
「駄目だ。言えん」
「どうしても?」
「言えんといったら言えん」
「どーーーうしてもか?」

ソファでそっくりかえった変な体勢の上目遣いをされ
ミカエルの鉄の意思が一瞬ガタつく。

結局ミカエルはジュンヤから完全に目をそらしたままこんな事をもらした。

「・・・い・・言えん!大体!・・本人を前にしては言えるはずがなかろう!」
「?・・俺?」
「強いて言うなら私が・・・その・・・ある者を大切だと思っている・・・事だ。
 これ以上は不問だぞ!」

たたみ掛けるようなその言葉の後
ミカエルは話終わり!とばかりに少し赤くなった顔をぶんとそむける。

ジュンヤはちょっと意外そうな目をしてすとんと元の場所に落ちつくと
少し考えるような仕草をし、あぁそうかと何のことか思い当たり・・
照れたように笑った。

「・・あ、うん。なんとなくわかった。・・ありがとうな」

照れたような嬉しそうな、何とも言えない声でそう言われて
普段あまり顔色を変えない大天使はぶしーと音を立てんばかりに赤くなり
意味もなく咳をしてごまかした。

「・・き、気がすんだのならもう休むといい。
 今回はそのために時間をとったのだろう?」
「・・あ、そう言えばそうだっけ」
「・・自分で言い出しておいてそれか」
「はは、ごめんごめん。俺も時々パニックでもないのに
 自分でなにやってるのか分からなくなる時があってさ」

本人はあっけらかんと言うが、それはそれで危なそうな話だ。
ミカエルはまだ赤い顔に手を当てたまま少し心配そうな気配をさせる。

「それはつまり・・疲れているというものではないのか?」
「どうなんだろうな・・・疲れたと言えばそうかもしれないし
 疲れてないような気も・・・まだするし・・・」

そう言って目をこすり出したジュンヤには
今までになく疲労したような様子がありミカエルは少なからずぎょっとした。

何しろ自分の事には無頓着な主の事だ。
知らない間に限界が来ていたのかも知れない。

「主、大丈夫か?」
「・・ん、平気。ちょっとまぶしいけど・・」

そう言われて見上げると、ちょうどこれから光を増すカグツチの光が
いくつかある窓からまっすぐ部屋の中へと差し込んできていた。

いくらカグツチに影響された事のないジュンヤであっても
弱っている時の無防備な状態で、あの光を長時間浴びたらどうなるか。

ミカエルはざっと部屋の中を見回し、何かあの光を遮断出来そうな物を探してみたが
あいにく今すぐ使えそうな物は置かれていない。
ソファを移動させてもよかったが、眠そうな主人を動かすのも少し気が引ける。

ミカエルは決断して槍を持ち替えると、突っ立っていた場所からすっと離れた。

「主、入れ」
「・・?・・わっと・・」

ばさりと音を立てて視界が見慣れた色で覆われる。

それは天使特有の大きな翼だ。
それはあまり柔らかくはなかったが、まぶしすぎるほどの光を遮断しているためか
ほのかに暖かく、加工されてはいないが一応羽毛なので丁度良い布団になった。

「・・ありがとミカ」
「・・いや、やはり少し配慮が足りなかったようだな。
 今からでも間に合う、場所を変えるか?」
「いや俺は別にこれでもいい。ミカが嫌なら変えるけど・・」
「いや、私はかまわん。むしろ・・」
「ん?」
「・・あ、いや・・なんでもない」

誤魔化すようにかぶさっていた翼がばふと押しつけられてくる。

どうやら彼が途中で言葉を切ってごまかすパターンは
大体さっきの事がからんでいるのだと分かり、ジュンヤは苦笑しつつ黙っておいた。

「ふふ・・親鳥に暖められるタマゴってのはこんな感じなのかな」
「私も主も鳥ではないので分からん。
 フレスベルグなら分かるかも知れんがな」
「・・あれ?そう言えばフレスって雄なのか雌なのかどっちだ?」
「・・・・」

翼だけを主に貸し、跪いたままミカエルは考えた。

「・・・雌雄同体?」
「ぶっ!ははは!それじゃカタツムリだろ?」
「しかし判断がつかない場合はそう解釈するしかない」
「俺的には男の子だと思うけどなぁ」
「私としてもそうであってほしい」
「なんで?」
「あんな口やかましいのは女帝だけで十分だ」
「・・あ、そう言う事か」

確かにゲラゲラ笑いまくるマザーハーロットと
テンションの高いフレスベルグ両方異性だとしたら
真面目で性格の堅いミカエルとしてはたまったもんじゃないのだろう。

「じゃあピッチはどうなんだろう」
「不思議な話、あの幽鬼はどちらであっても違和感がないな」
「・・はは、言えてる」
「しかし主、世間話はこれくらいにしてもう休んではどうだ?」
「え?でもミカと世間話する機会ってあんまりないだろ?」
「・・そうかも知れんが今は休息を取ることが優先だ」
「・・は〜い」

まるで早く寝ろと寝かしつけてくる父親よろしく
有無を言わさない口調とばふと押さえてくる翼に促され
ジュンヤは渋々翼の下で体勢を変えて寝る体勢に入った。

「なんだかこういう時のミカって父さんに似てるな」
「・・主の父か?」
「うん。出張して遠くに行ってたから、東京受胎には巻き込まれてないんだろうけど・・
 今頃どうしてるかな。・・・心配してるかな」

その何気ない言葉に槍を握っていた手に力がこもる。

「心配ならばまず主がこの世界から出ることだ。
 それはあの塔を登り切った場所でかなう」
「・・そうだな。そのために俺は今休んでるんだよな・・」
「・・・そうだ。それはもう主にしか実現出来ない事だ」

ふうと疲れたようなため息が翼の下でもれた。

「・・俺、ただの高校生だったのに・・なんでこんなことに巻き込まれてるんだろ」
「・・主」
「ただ単に先生のお見舞いに行っただけなのに
 世界がどうなんて何も考えてなかったのに・・・」
「主、もうよせ」

ばさりと大きな翼が動き、目の前にいつも槍を握っていた手がきて
なかなか閉じられなかった瞼をすっと静かに閉じさせる。

「・・・とにかく今は休め」

それはちょっと強引な休ませ方かもしれないが
ミカエルの言いたいことも分からなくもないので

「・・・そうする」

ジュンヤは小さくそう言って色々と考える事をやめ、意識を深いところへ手放した。

休めと強く言われただけあって、やはり自覚はなくても疲れていたのか
周りから音や気配が消えてなくなるのにそう時間はかからなかった。



ミカエルはその目が閉じられ、規則正しい寝息が聞こえてくるまで
じっとその目に手を当てたまま動かず、眠ったのだと分かってから
さらにしばらくしてようやく手を離した。

これは分かっていた事だ。

いくら自分達と楽しげに過ごしていても
この少年のいるべき場所はここではない。

こんな閉鎖された悪魔だらけの世界ではない
青い空のある家族や友人がいる人間のいる世界なのだ。

ミカエルはすっと立ち上がり、壁のようにただ立ったまま
じっと寝息を立てているジュンヤを凝視した。

この少年は世界が再生されても、自分たちとの関係が継続する事を知らない。
だから自分の帰りたい場所と大切にしたいものを天秤にかけて苦しんで
こうして突然元気をなくしたりするのだろう。

それは事情を説明して安心させてやれば済む話だ。
しかしそれをしてしまうと自分たちはボルテクスであった
悪い思い出も一緒に連れて行く事になる。

ミカエルが今回仲魔と相談しようとしていたのはその事だった。

話すべきか話さないでおくべきか。

その議論は今ブラックライダーを中心にして行われているだろう。
けれど主人を思う気持ちがある仲魔達ならもう結論は決まっているはず。


けれど・・・


「・・・・私は・・主の近衛失格だ」


ミカエルは苦しそうにそうつぶやいて元の場所に戻ると
音を立てないように翼を広げ、ジュンヤをカグツチから守る体勢に戻る。

けれど彼の中には
ジュンヤを元の世界に戻してやりたいという気持ちと一緒に
それでも変わらずにそばにいたいという気持ちが
どうしても捨てきれずに残っていた。





「・・・主、時間だ。起きろ」

ばふと柔らかい物にはたかれるような感触にジュンヤは目を覚ます。
まだ重い目を開けると、まず離れていく見慣れた翼が目に入り
次に眠る前と変わらないミカエルの仏頂面が目に入ってきた。

「・・・ん?・・あれ?・・・もうそんな時間なのか?」
「妙なことに時間を割いたためにあまり時間がなかったのだ」
「?・・そんなに喋ってたっけ・・ま、いいか」

頭をかきながら起き上がって見ると、静天が近いのかカグツチの光は弱く
夢も見ずに寝ていた甲斐あってか身体も軽い。

「ふわ・・・昼寝完了。ミカ、体勢辛くなかったか?」
「大事ない」
「そうか?・・でもそんなわりにまた難しそうな顔してるけど」
「・・これは地だ」

とは言え寝ている間にまた難しそうな考え事をしていたらしく
その眉間にはシワの跡がくっきりはっきりついている。

「・・ミカ、あんまり難しそうな事ばかり考えてないで、たまには笑ったらどうだ?
 ハーロットくらい笑えとは言わないけど、あんまり難しい顔してると疲れるぞ?」
「・・だからこれは地だ」
「ふーん、でもこの前パニック起こした時何が可笑しいのかランダ見て
 腹痛起こして地面に落っこちるほどゲタゲタ笑ってただろ」
まだ覚えていたのか?!いい加減に忘れろとあれほど口をすっぱくして・・!
 ?・・ま、待て主!その妙な手つきは一体なんだ!?」
「いや・・思いっきりくすぐったら笑ってくれるかなーと思って」
なっ!ちょ!そんな事に何の意味が・・!
 ま、待て!主!タンマだ!考え直っ・・!話せばわか・ッ・・!?!


実の所、その部屋と集合場所にしていた広場まではそう遠くはない。

なので時間になっても2人がその場に帰ってこず
ちょっと遠くから断末魔みたいな爆笑が聞こえてきても
各自集まっていた仲魔達は含み笑いをしたり呆れたりびくっとしたりしつつも
誰も何も疑問に思ったりはしなかった。




それからしばらくしてストック内。

「ようボス、護衛ご苦労さん。
 その様子だと逆に襲われでもしたか?」

ただ笑い疲れたからなのか、それとも話かけんなというつもりなのか
自分の翼に引きこもっているミカエルからは反応がない。

しかしダンテはかまわず手をひらひら振りながらさらに続けた。

「しかしオマエらはアイツには絶対服従だと思ってたが
 思わぬ所で反旗を翻すんだな」

その言葉にようやく閉じられていた翼が開く。

「・・・では例の件、内密のままという事になったか」
「あぁ、アイツの事を考えたらそれが一番だってな。
 あれだけ個性のある連中で反対意見なく一発で決まった」
「・・・そうか」

ミカエルは少しホッとしたかのようにため息をつくが
ダンテの話はそこで終わらない。

「だが補足としてちょっとした賭けも追加された」
「何?」
「アイツが最後にオレ達と別れる時、ちゃんと別れられたら今の案は通過。
 だがもし駄目なようなら・・・」
「人の世界に戻った主の前に、我らは再び現れるとでも言うのか!」

ミカエルは殴りかかってこんばかりの剣幕を見せるが
ダンテは降参とばかりに両手をあげる。

「おっとと、怒るなよ。これもちゃんと全員の了解をもらってる話なんだ」
「・・皆の?」
「そうだ。 アイツみたいな平和で甘いヤツは
 本来オレ達みたいな連中と関わらないのが正解だ。
 だがそれが誰から見て良いことであれ悪いことであれ
 もうアイツはオレ達とかなりの関わりを持っちまってる。
 きっともう時間じゃ消せないくらいの心の深部までな」
「・・・・」
「それに・・アイツの事だ。オレらがここであったことをどう心配したって
 アイツにしてみれば良いことも悪いことも含めて
 全部受け入れる覚悟があるのかもしれない。そう思わないか?」
「・・だが悪魔狩り」
「確かにあんたの言うことも分かる。
 けどこれ以上アイツから何か取り上げるのも酷だ」

それも確かに正論だ。
なくした物を取り戻すためにまた何かをなくすのは
あらゆるものをなくしてきたジュンヤに経験させるには忍びない。

「これは賭だボス。アイツの心がこっちに残るなら
 オレ達はそれを引きずらせないようにする義務がある。
 だがアイツが本心からこっちと決別できるなら・・
 オレ達の役目はあのバカ高い塔のてっぺんで終わりだ」

確かにダンテの言う事も当を得ている。
あのジュンヤから人の生活と引き替えに、またいくつも大事なものをなくさせるか。
それとも再び悪魔として、これまで通りに自分達との関係を続けるか。

確率は二分の一
それも自分たちではない、他の誰でもないジュンヤが決めることだ。

ミカエルはかなりの間考え込んだ後、ぐと槍を真横に突き付けてきた。

「・・・・よかろう。その賭け、承認する」
「OK、じゃあ決定だな」

ダンテも拳を出してニヤリと笑う。

「で?あんたはどっちに賭ける?」
「・・私は賭け事は好かん。それにそれは主が決めることだ」
「オレとしては・・ちゃんと人の世界に戻ってくれる事を祈るがな」

その言葉にミカエルは怪訝そうな目を向ける。
ダンテならまだ楽しそうだからこの関係は続けたいと言いそうなものなのだが・・

「・・それは貴様の本心か?」
「そいつはあんたにも返せる質問だぜ、ボス」

ミカエルは少し黙り込んだ後、ばさりと音を立てて背を向け

「全ては・・・主が決める」

まるで自分に言い聞かせるようにそれだけ言って、ダンテの前から姿を消した。

「・・・相変わらずの石頭だな」

その後ろ姿を見送りながらダンテは笑うが・・

「・・いや、不器用なだけなのかもな。
 あんたも・・・オレも」

誰に言うでもなくそう付け足して、珍しく小さなため息をついた。


そんな思惑も含めた11数体の悪魔達の運命も
この閉鎖世界の運命も、そしてとある大天使の密かな思いも
たった1人の少年にゆだねられている事が、果たして幸なのか不幸なのか

判断する者は誰もいない。








多分シリアスだったろうミカエル編でした。
主人は好きだけど仕事優先なおやっさん、この後一緒になってカグツチをぶん殴り
しばしの別れの後また再会するのですが
その時の心境は心底ホッとしたに違いないと思いつつ。

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