「じゃあ今日はブラックでいこうかな」
その言葉にただ静かに事の成り行きを見守っていたブラックライダーが
何も言わずに前に進み出て手にしていた天秤をキィと鳴らした。
この寡黙な騎士は戦闘ではそれなりに動きが速いにもかかわらず
普段は表情にしろ反応にしろ、とにかく変化が薄い。
ダンテはあの無口な骸骨がこの中での最古参だとは知っているが
あんな寝てる間に魂を持って行ってしまいそうな死神みたいな悪魔を
好きこのんで護衛に選ぶジュンヤの神経はちょっと不思議だ。
「ソウカ今回ハ黒騎士ナノダナ」
「では私はシブヤを偵察して参りますので何かあればお呼び下さい」
「ア、オレモ行ク。ひとでガ見タイ」
しかしそれでもそんな事をまったく気にもせず
他の仲魔達は各自で計画を立て始めていている。
「こーらマカミ、あんまりからかうなよ?」
「ワーッテルッテノ」
「私が見ておきますのでご心配なく」
「では我はケルベロスと共にイケブクロへ行ってくる」
「じゃあ私はミフナシロへ皆の供養に行こう」
「あ!オレもいくいくいく!あそこ好き好き!」
「・・フレス、遊びに行くんじゃないんだぞ?」
しかしフトミミは笑って手を振った。
「いいさ。何人かで行った方が気が紛れるだろうからね」
「では私も同行しよう。かまわぬか?」
「・・ヴヴ〜(片手を上げて自分もと言っているらしい)」
「もちろんかまわないよ」
元ヨスガの天使の集合体である大天使や
それなりに巨大な幽鬼までも小さい方の鬼神は拒まなかった。
ここら辺は何にでも懐が広いというか大雑把な主人と似るのだが
ダンテはそれだけがこの鬼神の特徴だとはもちろん思っていない。
まぁ詳しいことは思い出すのもムカツクので置いておくとして
さて自分はどうするかと思案していると・・
「ホォーッホッホッホ!何を呆けておる悪魔狩り!
単身行動はおぬしの得意の範疇じゃろう!」
ずしずしと重い足音がし、あんまり聞きたくない声に声をかけられ
ダンテは内心で顔をしかめた。
「・・得意と言うよりも元から団体行動なんざしたことがなかっただけだ」
「ホォーッホッホッホ!それにしては時折単身でバカをしては
主にとがめられるおぬしは楽しそうに見えるがの!」
それはジュンヤが一々かまってくれるのが面白いからなのだが
それを言ってしまうと面白くないので黙っておく。
「・・ま、否定はしないさ」
「んん?なんじゃ、よもやおぬしMか?」
「?・・バカ言え。オレがそんなサイズに見えるか?
オレは少年と違って服のサイズも靴のサイズもあそ・・」
ぶん ゴッ!!
あやうく発射されそうになった下ゼリフは
ジュンヤが光速でミカエルから引ったくった槍でイ○ローばりのスイングをし
どう見てもMサイズに見えない長身のハンターを工事用フェンスまで打ち飛ばした。
「・・・ナイスバッティン・・・」
始終無言だったブラックライダーがようやくそれだけ、ぽつりと言った。
「・・と、いざターミナルを使おうとしたんだけど・・
まだ行き先を決めてなかったんだよな、これが」
ダンテとちょっとだけケンカをしたりした後
ジュンヤはブラックライダーと一緒にターミナルまで来たが
考えてみれば休む場所を考えている間にケンカをしたので
これからの予定がまったく立っていない。
「どうしようか。無難に衛生病院にするか
ギンザのバーの個室を借りるか、あとアサクサって手もあるけど・・」
あれやこれやとターミナルを前に考え込んでいる間
ブラックライダーはただ無言で待っていた。
そのいつでもどこでも控えめ・・というか無関心無感情な姿勢は
あまりやってると存在自体を忘れさられてしまいそうだが
しかしこの無口な騎士にはそうならない要因が1つあった。
「・・・主・・・」
休めそうな場所をぶつぶつ指折り数えていた少年が振り返ると
黒い馬の上にいた死神のような悪魔は、手にしていた天秤をキィと軽く鳴らす。
「・・・我が提案・・・聞くか?・・・」
この無口で愛想と無縁の黒い魔人は
困った時にさりげない手を差し伸べてくれる。
それは仲魔同士のケンカであったり判断に迷った時だったり
その時によって用途は違うが、その助力の仕方はどれも悪い物であったことはない。
「・・・多少の・・・付属(おまけ)はつくが・・・」
ジュンヤはちょっと目を見開いた後、少年らしい楽しそうな笑みを浮かべた。
「よし、のった!」
ブラックライダーに案内されてたどり着いたのは
ニヒロ機構第2マルノウチエントランスという長ったらしい名前の場所だ。
しかし名前は長ったらしいが、ターミナルが直通されている場所なので
交通の便としては悪くはない。
それとブラックライダーがこの場所を指定したのはいくつかの理由があった。
その理由というのがターミナル部屋を出てすぐ正面にあるエレベーター
それを降りた先に存在した。
で、その理由というのが・・・
ドドッドドッ・・・
ニヒロ機構第2マルノウチエントランスという長ったらしい名前の場所には
名前と同じく一つ長ったらしい場所がある。
それはおそらくボルテクスでは最も長いだろう謎の通路。
しかもその場所明かりがないのでライトのたぐいを持っていないと
進んでいるのかいないのか、出口はあるのかないのかと疑心暗鬼にかられて
それなりに怖い思いをする長くて暗い嫌な通路だ。
ドドッドドッドドッドドッ・・・
なのでそこには悪魔は出ない。
その悪魔のいない長い長い通路で、何かの激しい足音が響き渡る。
ドドッドドッドドッドドッ!!
それは真っ暗な通路をひたすらまっすぐに走っていた。
そしてそれは近づいて来るにつれ馬の走る足音であることと
音が近づいて来るにつれそれは暗い通路の中で
唯一光源を持って走っている事が分かるだろう。
ドドッドドッドドッドドッ!!!
そしてもっと近づいて見れば、その音をさせているのは
普段は宙に浮き足音などさせていない黒い騎士の馬の物で
その上に乗っているのは片手にしっかと手綱を握り
いつもはあまり音を立てない天秤をガチャガチャさせている骸骨。
あとその後にしがみついているのが少年悪魔だと言うことが分かるだろう。
つまりそれは競馬レースのような速さで走るブラックライダーと
その後にしがみついているジュンヤだった。
ジュンヤは最初こそそのスピードに驚きはしたが
慣れてくると今まで切ったことのない風の感触と振動が心地よく
ただ暗くて長いだけだと思っていた通路もだんだんと楽しくなってくる。
ブラックライダーが言っていた付属というのはこの事なのだ。
「ブラック!凄い!速い!気持ちいー!」
全力疾走の馬に乗ったことのないジュンヤは楽しそうな声を上げるが
無口な騎士は何も言わず、ただ無言で馬を走らせた。
競馬のような速さで走る馬の上で天秤をガチャつかせ
後に少年を乗せた死神みたいな悪魔というのも
文字にしても絵にしてもヘンなことには変わりないが
そのただ長い通路に入り込む物好きな悪魔は他におらず
普段は浮いていて優雅であるはずの黒馬は軽快かつ豪快に通路を疾走した。
そうしてどれだけ走っていただろうか、黒い馬は少しづつ速度を落とし
同時に少しづつ地につけていた足を宙へと浮き上がらせる。
そして元のように宙に浮く馬になった黒馬は
突き当たりの壁が見えるあたりで静かに停止した。
手綱を強く引いたりした様子がなかったのは
馬と乗り手の意思がきちんと通じている証拠だろう。
・・いや、実はこの馬と上の骸骨
背中でくっついていて元々これで一体の悪魔なのかも知れないが。
それはともかく、音もなく停止した馬の上で黒いフードが後を振り返る。
すると後でしがみついていた少年悪魔は
困ったような疲れたような変な笑いを浮かべ・・・
「・・・ごめん、楽しかったんだけど・・・
・・腕と尻・・・痛い・・・」
ここに他の誰かがいればさぞ笑ってくれただろうセリフを言われても
ブラックライダーは何も言わず無言でメディラマをかけた。
顔が骸骨なのでその表情は見た目にはまった不明で
呆れているのか笑っているのかまったく分からなかったが
ジュンヤはその無表情無感情な骸骨とは長い付き合いなので
そんな事などほとんど気にせず、ごめんと再び照れたようにあやまった。
急に歩くとコケるだろうと言われ、宙に浮いている馬に乗せられたままやって来たのは
長い通路先、かつてニヒロ機構中枢だった所をぬけたさらに先の
暗くて部屋の複数ある宝物庫のような場所だ。
そのうちの適当な部屋に入りジュンヤは馬から降りた。
しかしやはり慣れない馬に乗りっぱなしだったのが悪かったのか
あんな全力疾走に付き合ったのがいけなかったのか
地面についた足は速効もつれてべしゃと尻餅をつく。
「・・・スカッとしたのはいいけど・・な」
照れたようにそうつぶやくジュンヤの横にブラックライダーは馬をつけて降りた。
彼が馬を降りる事は滅多にないが降りられないということはないらしい。
とにかく黒いローブは音もなく地面に降りると、ジュンヤから少し離れた場所
と言っても近すぎず遠すぎない場所にす、と腰を下ろす。
しかしそうしても片手にした天秤をかかげたままというのは
よく似た他の騎士達と見分けがつくようにとの彼なりのこだわりなのかもしれない。
一方黒い馬の方はジュンヤの後にすっと座り込む。
主人と同じくあまり鳴かない静かな馬だが、どうやら枕になってくれるらしい。
「・・ありがとクロ」
ジュンヤは笑ってその長い鼻っ面を撫でた。
クロというのはジュンヤの勝手に付けたこの馬のネコみたいな名前で
それでもその黒馬はその事をちゃんと理解しているのか
・・ブルと、馬にしてはかなり控えめに鼻を鳴らした。
黒い毛並みに背中を落ち着けると
それは普通の生き物ほどの暖かさはないが、冷たく固い床よりは快適で
元からどこでも眠れるジュンヤには十分なベットだ。
しかもここは地下の深部なので明かりがあっても薄暗く
どこにでも入り込む無遠慮なカグツチの光も届かない。
それにさっきはしゃいだ疲れと今までの疲れも手伝って
もう目蓋が重くなってきたから眠れないと言うことはないだろう。
この最古参は口数が極端に少ないのだがこういった気配りはうまかった。
「・・あ、そうだ。寝る前に1つ聞いておこうと思ってたんだけど・・」
持っていた光玉をまぶしくないように部屋の中央に転がしながらジュンヤが言うと
天秤をながめていたフードが少しだけこちらを向く。
「ブラックは・・俺がアマラの一番下に行かなかったこと怒ってないのか?」
かつて深界の老人の計画に加わっていた四騎士の1人は
別に動揺するわけでも呆れるわけでもなく
本当にいつも通り、少し間をおいてぽつりと口を開いた。
「・・・それは・・・個人の意見・・・としてか?・・・」
しかし返ってきたのは珍しい事に解答ではなく質問だ。
そう聞いてきたのは元敵対した魔人としてではなく
今現在仲魔であるブラックライダーとしての意見なのかどうかと言うことだろう。
ジュンヤはちょっとびっくりしつつ部屋の中央で光っている光玉を見ながら
「・・うん。まぁそんな感じ」
と、どこかあいまいな答えを返した。
ブラックライダーは空洞の視線をジュンヤと同じく光玉に向け
少し思案するような時間を取る。
「・・・それもまた・・・界と運命の・・・選択だ・・・」
そして時間をおいて返ってきた答えは、何事にも無関心そうな彼らしい台詞で
要約すると別に怒ってないけど元からどっちでもいいと言うようなもの。
しかし・・
「・・・だが・・・」
何か言いかけたジュンヤをさえぎるように
鈍く光を反射していた天秤がほとんど動かしてもいないのに
まるで持ち主の意思を伝えるかのようにキィと小さな音を立てた。
「・・・何者にもならぬ・・・主の選択・・・
・・・我は尊く思う・・・」
それは言い換えると
『誰の意見にも流されなかったオマエのそういったところは結構好きだ』
と言うのと同じだ。
ジュンヤはちょっとびっくりしたような目をして・・
「・・そっか。ありがと」
照れたように笑った。
黒いフードは相変わらず前を見たまま何の表情もしめさなかったが
その代わりにもたれていた黒馬の青い目が
まるで笑うように少しだけ細められていたのをジュンヤは知らない。
「・・じゃあ俺寝るよ。帰るのに時間がかかりそうだから
爆睡してたら早めに起こしてくれ」
さすがに帰るときまであの爆走はしないので
普通にあの長い通路を歩いて戻るには時間がかかる。
ブラックライダーはひとつうなずくと
何を思ったか持っていた天秤を少しかかげて何かを小さく詠唱した。
それは普段敵に対して使う絶対零度の改良版だ。
それは時としてケンカ中の仲魔を黙らせるツッコミとして
頭の上から氷を落としたり足を地面と固定して止めたりするものだったが
今回使われた氷結の魔法は、部屋の中央にあった光玉を包みこみ
強烈だった光をガラス越しの淡く落ちついたものに変えた。
まだ何も言ってないうちから光が少し強かったのを見透かされていたらしい。
ここに他の仲魔がいればさすがに一番付き合いが長いだけあると感心するだろうが
この2人にとってはそれはあまり珍しいことではなかった。
「・・それじゃ、おやすみ」
「・・・・・」
そして薄暗くなった部屋の中、その言葉と沈黙を最後にしばらくの静寂が訪れた。
しかし静寂といっても時々聞こえてくる寝息の音が聞こえてきて
ブラックライダーはそれをただいつも通り黙って
しかしいつ何が来てもそれを守れるように天秤をかかげたまま
薄暗い闇の中、じっとその姿勢を保ち続けていた。
ただその静寂の中で黒い騎士はある考えを巡らせていたのだが
それを知る者はこの時まだ同じく沈黙している黒い馬しか知らない。
そして次にジュンヤが目を覚ましたのは、何かに腕を軽く押された時だ。
重い目蓋をあけてそちらを見ると、丁度黒い鼻先が離れていくところで
その先には暗い中自分のタトゥーと同じく少し光っている青い目があった。。
「・・・あぁ、時間か・・・夢も見なかったな・・くあ・・」
ちょっとだらしなく大あくびをしながら横を見ると
眠るとき見た姿勢そのままのブラックライダーがいる。
目を閉じてから今までの記憶に余計な物が入っていないということは
夢も見ずにただずっと寝ていたのだろう。
「・・おはよ、爆睡しちゃったよ」
「・・・・・」
その言葉にふと白い顔がこちらを向く。
その骸骨はあまり薄暗い中で見るものではなかったが
ジュンヤはその時、その骨だけの顔にある変化があることに気がついた。
それは付き合いの長いジュンヤにしかわからないだろう些細な事だが
ブラックライダーは何事もないように立ち上がると
ジュンヤが起きて身を起こしたのと一緒に立ち上がった黒馬に乗る。
「・・・あのさブラック」
「・・・?・・・」
「俺が寝てる間に・・何か考え事してたんだろ?」
「・・・・・」
再び馬と一体化した黒い騎士は否定も肯定もせず
黙ってこちらを見下ろした。
否定しなかったということはあっているのだろうが
黙っているというのは言いたくない理由でもあるのだろうか。
ブラックライダーはしばらくジュンヤとにらめっこした後
凍らせてあった光玉を黒馬に拾い上げさせ
天秤を持っていない方の手を差し出してきた。
「・・・この先で・・・話す・・・」
それはこんな所で立ち話もなんだから、送りながら話そうという意味だろう。
ジュンヤは首をかしげながらもその体温のまったくない手を取り
再びその名の通りの黒い馬、愛称もクロという名の馬に飛び乗った。
クロは速く走るには地面におりて、ゆっくり進むときだけ宙に浮くらしく
薄暗い通路をほとんど音も立てずにす〜と進む姿はハタから見れば少々不気味だ。
ここは元シジマの管轄だっただけあってかとても静かで
しかも唯一稼働していた中枢部も今は機能しておらず
どちらにせよ無口な骸骨と一緒に来るにはとても怖いのに変わりはない。
けれどジュンヤはそれより何より
ブラックライダーが何を考えているのかが気になっていた。
この魔人は無口だが隠し事はしないし
長い付き合いなので考えていることもなんとなしに分かるのだが・・
その時ふと唐突に、音もなく進んでいたクロが止まった。
止まったのは来るとき爆走してきたあの長い通路の出発点。
・・え?まさかまた走って帰るつもりかと思ったが
前にある黒い背中は振り返りもせず何か言葉を待っているような様子がある。
「・・・ブラック?」
恐る恐る声をかけると少し上の方にあったフードが
中身が見えない程度に軽くこちらを向いた。
「・・・1つ聞く・・・」
その口調は普段と変わりないように思えたが
かつて敵として自分の前に立った時のような重さがあり
ジュンヤに軽い緊張がはしる。
「・・・決心は・・・ついたか?・・・」
言われた言葉は短かったが、その短い言葉の中から
質問の意味を知ったジュンヤは表情を硬くした。
それはこれから先へ進むための決心
つまりカグツチの塔を登り切る決心のことだ。
あの塔を登り切ればこの世界の中心を破壊しなければならない。
けれどそうしてしまうとこの閉鎖世界も消滅し
それと同時に今いる仲魔達との縁が切れてしまう
ジュンヤがカグツチの塔で全てのコトワリを平らげ
かなりの力を付けた今でもまだ塔の中をウロついている大元の理由がそれだ。
今まではただ元の世界、つまり東京を返してほしくて疑問に思うことなどなかったのに
先の見えなかった出口が見えてくると、今までのことが急に思い出され
なおかつ望みをかなえるには捨てなければいけない物がある躊躇から
最後の一歩が踏み出せない。
その事をブラックライダーは自分が寝てる間に考えていたのだろう。
「・・・・・ブラックは・・どう思うんだ?」
ジュンヤは少し黙り込んだ後、さっき自分がされたのと同じように質問を返した。
「・・・それが・・・主の選択なら・・・従うのみ・・・」
答えはすぐに返ってきた。
しかしジュンヤはそれだけでは納得しない。
どこか無関心なこの魔人の中には実はちゃんとした自我がある。
「・・それはブラック個人の意見か?」
「・・・・・」
肯定のつもりか黒い魔人は答えない。
「・・本心を聞かせてくれ。どんなことでもいい」
「・・・・・」
フードがふいと暗い通路の広がる前を見る。
そして返された言葉は・・
「・・・迷うな・・・」
とても短く、簡素な言葉だった。
けれどたったそれだけの言葉は今の自分の背中を押してくれる
簡素で短いながらもとても大切なものだ。
「・・・迷いある決断は・・・価値を持たぬ・・・。
・・・今この通路を通ろうとせず・・・ただ立っているだけの・・・我らと同じだ」
そう。
もうジュンヤに道は一本しか残されてはいない。
それはこの途方もなく長い
けれどまっすぐ行けばちゃんと出口につながっている
この長くて暗くてまっすぐな道と同じなのだ。
だから迷うなとこの魔人は言う。
迷わず進め、進んでお前のずっと求めてきた答えにたどり着けと
短い言葉に信頼の心と思いやりを込めて。
ジュンヤは少し身をずらして前にある通路を見た。
光玉は少し時間がたっていてあまり先まで見渡せるほどの効果はなかったが
それでもこの通路はまっすぐに行けば地上へ出るエレベーターにつながっている。
そしてこの長い長い通路と同じような高い高いカグツチの塔も
登り切ったその先に自分の元いた世界、東京がある。
あと必要なのはその道を歩ききる勇気と
その一歩を踏み出すだけの勇気。
そしてそれを決断するだけの勇気だ。
ジュンヤは黒いローブを握っていた手にぎゅうと力を込めた。
「・・・ブラック」
黒のフードは振り返らない。
その声だけでもう十分な答えとして理解しているからだ。
「・・ありがとな」
ブラックライダーはそれでもやはり、無言のまま反応しなかった。
けれどその違和感のあった黒い背中は
寡黙ながらも一番自分と付き合いの長い、見た目にはちょっと怖いけれど
長い時間を一緒に歩んできてくれた無口な魔人の物にもどっていた。
「戻ったら・・カグツチへ行こう。みんなには・・・上でお別れを言う」
「・・・・・」
黒いローブが少しだけ、わかったというつもりなのかこちらを見る。
しかしちょうどその時、周囲を照らしていたはずの光が少し薄くなってきた。
あれ?と思って身を乗り出すと、クロのくわえていた光玉が
もうすぐ静天なためか効力をなくしそうになっているではないか。
このまま光は消えるということは
待ち合わせ時間に間に合わないと言うことになる。
そして黒の騎士は手綱を引き、今度は完全にこちらを向いた。
「・・・走るか?」
フードの奥、淡い光に照らされる白い骸骨は
見る人が見れば腰を抜かしそうなほどホラーな光景だったが
しかしジュンヤにはその時、その骨しかない表情のない顔が
どこか悪戯っぽく、これから楽しいことでもするかのように笑っているように見えた。
「よし、のった!」
ジュンヤは笑って答えると、前にあった背中にがしとしがみつく。
・・ブル
それと同時に主人に似てあまり鳴かない馬が控えめにいなないた。
いななき方は控えめだが、ここんと地面に降りた4本の足は
来たときと同じくとても激しい音を立て、長い通路を走り出す。
また尻と腕がいたくなるだろうがかまわなかった。
どうせ走るなら半端に長々走るより、思いっきり走ったほうがスッキリする。
あの塔だっていろんな事を考えながら登るよりも
きっと一気に登った方が踏ん切りがつく。
そんな事を激しい足音を上げつつ爆走する馬の上で考えながら
ジュンヤは前の方でガチャガチャ天秤の音を立てている黒い背中に
振り落とされないようにしがみつきなおした。
その背中は体温などまるでなく
ヘタをすればローブの中全部が空洞になっていそうな背中のはずなのに
しがみついていた黒い背中はなぜか大きくて・・ほのかに暖かかった。
「ブラック!!」
「・・・?・・・」
「ありがとな!!」
「・・・もう聞いた・・・」
「それでもだーーっ!!」
「・・・、・・・そうか・・・」
競馬レースのごとく爆走する馬の上でそんな会話をする2人の様子を
速度と場所から見れた者は誰1人としていなかったが
もしその場に気の利く人間か悪魔が存在して
その様子を見たならこういったかも知れない。
見た目はヘンだけど仲のいい2人だなと。
何も考えてなかったけどなんとか完成した黒騎士編でした。
『望みし世界は』の直前ぽくなりましたが・・・セリフも描写もムズイのよ・・。
でもゲーム内でもホントに長い間お世話になってる魔人なんで
書けたのはちょっと嬉しかった。
この魔人のイメージは無口だけど黙ってそばにいてくれる友達みたいな感じで。
戻る