「あ、そうだ。今日はハーロットにしようか」

その何気なく放たれた言葉に
仲魔達のみならずダンテまでも一瞬耳をうたがった。

主!正気か!?本当にそこの女帝を指名するというのか?!」
「・・え?あ、うん。一応そのつもりだけど」
「・・・・・・オマエ、変わった趣味してるんだな」
「・・・あのさ、トールもダンテさんも何考えてるか知らないけど
 ハーロットはあぁ見えても戦闘以外では大人しいから心配ないんだって」

そう。マザーハーロットは一見派手で素性も悪そうに見える魔人だが
どちらかというと悪さをするというよりもそれを外から見て面白がる
いわば傍観者の立場を取ることが多い悪魔だ。

それに戦闘でも敵を倒すというより電撃などで敵を弱らせ、時には魅了させ
時には下げられたこちらの能力を元に戻したり、魔力を増大させたりと
見た目に反してこの派手な魔人の能力はサポート面に関するものが多い。

ついでに言うと彼女はこのメンツの中でブラックライダーついで2番目の古株になり
第3カルパでダンテと戦った事のある悪魔でもある。
もちろんダンテはその時の事を忘れたいけど覚えていて
この物理攻撃も電撃もきかない悪魔にだけはちょっかいを出したがらない。

ホォーッホッホッホ!おぬしも物好きよのう!
 ただ単なる休息であるなら他に選択肢はいくらでもあろうものを」
「でもほら、前にいい暇のつぶし方教えるっていっただろ?」
「んん?そのような事もうしたか?」

それはいつだったかストックにいる間暇なので
何かいい遊びはないかとせがんできたことがあったのだが
本人は飽きっぽい性分なのでそのこと自体をもう忘れてしまっているらしい。

「言ってたよ。だからそれもかねて今回はハーロットなんだってば」
「・・ふむ、なにやらようわからぬが
 面白げな事を教えるというなら異存はないぞ!」

しかしこの組み合わせ、どっちもどっちなので
主人と使い魔の関係には到底見えなくても不思議と違和感がない。

それでも古株bQという事だけあってか
リーダー格であるミカエルもソファ係であるケルベロスも
ちょっと渋い顔をするものの反対はしなかった。

しかしダンテだけは少し首をかしげながら近くにいたリーダー格に

「・・おいボス、大丈夫なのか?」

などとケタケタ笑っている魔人を指しながら聞く。
するとミカエルは少し難しい顔をしながらも腕を組んでうなずくように言った。

「少なくとも貴様よりは遙かに信頼できる」
「・・・真面目な顔して辛辣なお言葉ありがとうよ。
 だがオレが言いたいのは、あいつは深界にいる得体の知れない
 ジジイの息のかかった奴じゃないかって事なんだがな」

それはかつてメノラーという物をめぐって起こった魔人達との戦いの事だろう。

かつてダンテもそのメノラーに関しての依頼を受け
ジュンヤと何度か戦闘をしたのだが、最終的にダンテはその依頼に胡散臭さを感じ
結局ジュンヤにつくことでその依頼は放棄された。

だがその依頼主となっていたアマラ深界の老紳士の事を
ダンテは今でも警戒している。

だとするとかつてメノラーを持っていたマザーハーロットも
当然その老紳士と関わっていたとして警戒すべき相手なのだが
しかし問われたミカエルはゆっくりと首を横に振った。

「その点は問題ない。
 主の話によればあれは魔人同士の事などまったく何も気にせず
 ただメノラー関係の思惑とは関係なく、己の楽しさだけに行動していたらしい」

そう言われるとなぜかすんなり納得がいってしまう。
確かにあの性格なら人の言うことなど聞きもしないで1人で楽しくやっていそうだ。

しかし何も考えず自分の意志だけで動いていたとしても
ただ手の上で踊らされていたのを知らなかっただけかもしれないが。

「しかしそんな事を考えているのなら
 まず疑うべきは別にいるのではないか?」
「・・まぁな」

そう言ってダンテがちらと視線をやった先には
事の成り行きをじっと静かに見守っている黒馬の騎士。

あの魔人についてはジュンヤからかつて老紳士に関わっていたという
ハッキリした話を聞いているのでアマラの関係で警戒するという点では
ブラックライダーが一番だろう。

「だがオレのカンからしてアイツは白だ」
「・・なぜそう思う?」
「だからカンだって言ったろ?」

悪びれる様子もなく肩をすくめ、あっさり言い切るダンテにミカエルは頭を抱えた。

「・・・・・・聞いた私がバカだったな」
「おいおい、カンってのは馬鹿にできないもんだぜ?
 おかげでオレはアイツをゴミ箱に入れずにすんでるんだ」

難しそうな顔をしていたミカエルの眉間にびしと溝ができる。

ワザとではないのだろうがこの魔人ときたら
やたらこちらの逆鱗に触れそうなことを平気な顔で言ってくる。

「それじゃみんな、次の静天にまたここで集合な」

などとやっているうちにジュンヤは派手な獣と一緒にその場を後にする。
その時マザーハーロットの乗っている首の多い獣が
横を歩いていたジュンヤをくわえて上に乗せようとしたが
乗り心地が悪そうなのかぺちんとはたかれて拒否され
上に乗っていた主人にゲラゲラ笑われた。

「・・・ま、あの様子じゃ心配ないか」
「また根拠も理由もないカンか?」
「いいや、よくよく考えてみればアイツの選択だ。
 ケチつけるだけ気苦労の無駄だと思ってな」

確かにジュンヤは元敵だった連中を次から次へ仲魔にしていて
しかしそれでも今まで寝首をかかれた事は一度もない。

それはジュンヤの目が正確なのかそれとも人徳の成せる技なのか。

ミカエルは眉間の溝をそのままにふいと背を向けると
ジュンヤが向かった方向とは別の方に飛んでいく。

それはダンテの言う通り
ミカエルもジュンヤと同じくあの魔人の事を信頼している証拠だろう。

ダンテは低く笑うと同じように別方向に足を向けようとしたが
その途中、ひょろんと飛んできたマカミに腕をからめとられる。

「ヨウ、おまえコレカラドウスルンダ?」

この獣もジュンヤの内面をよく知っていて
なおかつあの問題ありげな魔人と一緒に行かせたということは
やはりあんなナリと性格をしていても何の問題もないのだろう。

「・・そうだな、これと言って何も考えてないが」
「ジャアしんじゅくニデモ行クカ?」
「シンジュク?」
「オレガあいつト初メテ会ッタ所ガアルンダヨ。
 コレトイッテ面白レェモンハネェガ、昔話ノねたクライニャナルゼ?」
「・・・・・」

ダンテは腕にマカミを巻いたままちょっと考えた。

この獣、やけに馬が合うためか
欲しいときに欲しい情報をさりげなく渡してくれる所がある。

「・・OKのった。報酬はいかほどだ?」
「ソウダナ、マァ今ハ機嫌ガイイカラ出世払イニシトイテヤルヨ」
「ほぉ?オレはまたアイツに渡す用の宝石でも要求されるのかと思ってたが」
「オメェコソ、道具ノ使イ道コッソリ教エロトカ言ウノカト思ッタガナ」


・・・・・・。


がぶ
ぎゅに


マカミが白銀の頭に噛みついたのと
ダンテが長い胴を握りつぶしたのはほぼ同時。

見た目はかなり違えども、どっちもどっちな2人であった。






一方ジュンヤ達が向かったのはギンザだった。
そこでまずジュンヤは壊れた建物をいくつか回り、毛布を一枚探し出して
さらに文房具店らしき場所からいくつかの雑貨を探して袋にまとめ
マザーハーロットの獣に持たせた。

普段は怖そうに見える七つ首の獣も
そうやって日用品をもたせるとちょっとだけ怖くなくなるので
ためしに拾ったぬいぐるみなどを持たせてみたりもしたが
それはさすがに食ってるように見えて失敗した。

「・・・うーん、いじり甲斐はあるんだけど
 成功と失敗のギャップが激しいってのもちょっとなぁ」
「主、これなどどうじゃ?」

そう言ってマザーハーロットが手にしたのはキャラクターもののポシェット。

「あ、それカワイイ系だから多分ダメ。
 それよりこっちのマフラーとかいけそうだけど」
「しかしのう、同じ物が七つないとなると少々バランスが悪いのではないか?」
「そうかな、俺は個性が出ていいと思うけど」
「ならばこちらの帽子などどうじゃ?」
「・・・それ帽子じゃなくてナベ」

などと当初の目的もすっかり忘れ、いつの間にか獣の飾り立てに夢中になってしまい
2人が我に返ったのは、さすがに嫌になってきた獣が
ぶんと全部の首を一斉にそっぽに向けた時だった。

ともかく必要な物を集めた2人はちょっと寄り道したりしながら
ようやく休憩場所にしようとしていた場所に到着した。

そこはギンザのバーにある、かつてとある魔王が所有していた個室だ。
その魔王は今金欠状態にあり、この部屋とは無縁になっているので
今はジュンヤがバーのママに事情を話して時々借りている。

その部屋が空き部屋になった理由については
・・・まぁ何というか、その魔王がいる表からではなく
裏口を通ってしか入れない事もかねて言わずもがなだが。

で、そこでジュンヤがマザーハーロットに教えた暇つぶしというのが・・・

「・・・あぁ、違う。そこをもうちょっと離して折るんだよ。
 で、一端裏返して上へおり上げる」
「ふむふむ」
「最後にその羽の所を左右に広げて、顔の部分を折って完成」
「・・ほう、成る程のう。本物の鶴と言われるとそうは見えんが
 素直に鶴と思えばそう見えなくもないのう」

それは紙一枚から色々な物を折って作る、いわゆる折り紙だ。

手先の作業をやっていそうもないマザーハーロットには
それはあまり似合いそうもない遊びだったが
やったことがない事と紙一枚からこんな物が出来ることが楽しいのか
意外にも気まぐれな魔人は嫌がることなく黙々と細かい作業に没頭する。

ちなみに手の使えない七つ首の獣は
ここに来るまでに拾ったペンをくわえ、らくがきちょうに何かガリガリ書いたり
ノートを食べたり食いちぎったり吐き出したり、消しゴムを投げて遊んだりと
それぞれ首ごと好き勝手にやっていた。

「あと補足説明として話しておくと、これは千羽折ると病気が治るんだってさ」
千!?

一個や二個なら楽しいが、さすがにそこまでやる気はないらしく
濁声と女性の声の混ざり合った声が素っ頓狂な声を上げる。

「何が悲しゅうてそこまで同じ事を繰り返さねばならんのじゃ?!
 そんな事をしているヒマがあるのならいっそ楽にしてやった方が早くはないか?」
「・・・いや、別に1人で千折るってわけじゃないよ。
 俺も昔病気した友達いたんだけどその時は他の友達とみんなで折ったのを渡したし」
「・・・何やら複数の人間がよってかかって呪いでもかけていそうな話じゃのう」
「呪いってのも言い過ぎだけど・・まぁ願いがこもってるってのは確かだろうな」
「ふぅむ・・」

紫色の手袋をした細い手がちょっといびつな鶴をつまみ上げる。
顔が骸骨なのでどんな表情をしているか分からないが
それなりに付き合いの長いジュンヤには、それが難しい顔をしているのだとわかった。

「のう主よ。これはただの願掛けにも使えるものかえ?」
「ん?・・うーん、そうだな。本当は使えないんだろうけど
 要は気持ちだからかまわないと思う」
「よし、では1つわらわ直々に願をかけてみるとしようか」
「え?」

それはちょっと意外な話だ。
何しろマザーハーロットはこんな性格だし、欲しい物はもうとっくに手に入れつくし
後は楽しいことがあれば別にほかはどうでもいいような感じがして
何かに願いをかけるなどあまりしそうもないからだ。

「なぁ、願掛けっていっても何を願うんだ?」
「それはもちろん主の求めるこの世界の再生じゃ」
「えぇ?!」
「・・・さっきから疑問の多い輩じゃのう。
 わらわが願掛けするのがそれほどおかしいか?」
「・・い、いやだって、ハーロットって平和で平凡な東京より
 弱肉強食のボルテクスの方が好きそうだから・・」
「ふむ・・・まぁ理にはかなっておるが
 しかしな、さすがのわらわもこの世界には少々飽きてきての。
 悪魔ばかりの世界で悪魔ばかり相手にしておると
 たまには人間を相手にしてみたくなるものじゃて。
 ・・とは言え、これはおぬしにおうてから強く思うようになった事じゃがな」

ぺたぺたと少しおぼつかない手つきで新しい鶴を折りながら
表情の読めない魔人はジュンヤにだけわかるくらいにクスクスと笑った。

確かにこのボルテクスには色々と刺激的な事があるかもしれないが
人間というのも意外に面白い存在であることを知ったのは
他でもないジュンヤに会ってからの事。

それにいくら平和と言っても元の東京は色々な顔を持っていて
案外マザーハーロットには会う世界なのかも知れない。

そんな事を考えながら頬杖をついていたジュンヤは
どこか楽しそうに鶴を折る女性型悪魔を見て、ふとあることに思い当たった。

「・・ん?ちょっと待て、じゃあ願をかけられるのは俺なのか?」
「当然じゃろう。おぬしがやらずして誰がやる」
「プレッシャーかけないでくれよ。・・出来るだけのことはするつもりだけどさ」
「うむ、気にしたところでわらわも出来るだけのことしかせん」
「・・・それってつまり、飽きたらやめるって事?」
「ホォーッホッホッホ!正解じゃ!」

できた鶴をびしとジュンヤの額に飛ばしながら
気まぐれかついい加減な魔人はいつも通りケタケタと笑った。

「・・・ま、いっか。じゃあ俺寝るけど、寝てる間に変なことするなよ?」
「ホォーッホッホッホ!そう言うのはしてほしいという事の裏返し・・」
断じて違う!とにかく!寝てる間俺に指一本触るなよ?そっちのお前達もだ」

しかしびしと指さした先の獣達はお絵かき等に夢中になっているらしく
そう言っても七つあった首は3つしか反応しない。

だがそこでジュンヤはあることを思い出す。

あの獣達・・いや、身体は1つなのだから複数形で呼んでいいものかどうか
ともかく七つ首のある見た目にちょっと怖い赤い獣は
いつもマザーハーロットの下にいて気がつかなかったが
こうして別々になると一体の悪魔に見えてくるのだ。

「・・・なぁ、ハーロット。今気がついたんだけど、あの獣に名前とかあるのか?」
「いいや?別にないぞ。
 おぬし、自分が座る玉座やイスに名前などつけるか?」
「・・・そりゃそうだけど」

しかしそうは言ってもああやってもぞもぞと口にペンをくわえてお絵かきしたり
ブシュンとくしゃみしたりあくびしたりげっぷしたり
こっちを見て何か用か?と首をかしげていたりする姿は結構個性的で
ジュンヤとしてはただのイスというだけではちょっと勿体ないような気がする。

「なんじゃおぬし。まさかあれに名前でも付ける気か?」
「・・・うーん・・・ハーロットがイスだと思ってるなら別にいいけど・・」
「何を言う。今わらわの主はおぬしなのじゃから、決定権はそちらにあるのじゃぞ?」

そう言われてもジュンヤはあまり主だとか主人だとかいう事を気にしないので
勝手にしろと言われても判断に困る。

「ホォーッホッホッホ!しかしおぬしの戯れはどれも面白いからのう。
 どうせなら何か面白い名を付けてやるがよいぞ!」
「え?いいのか?」
「かまわぬぞ。おぬしはわらわの思いつきもせぬ事と次々考え出しよるゆえにな」

その面白そうならなんでもいいや的な言い方は
いかにも楽天的マザーハーロットらしい。

そういやこの魔人、ダンテに追いかけられていたときも
ゲラゲラ笑っているだけだったような気もするが・・・

ともかくジュンヤは各自いろいろやっている獣を見ながら考えた。

7本ある首のうち5本は遊んでいて
そのうち2本はこっちを見て何をしているんだろうと首をひねったり
ぐげーと鳴いていたりする。

「・・・じゃあハルってのはどうかな」
「ハル??」

それは一瞬ごく単純な名前かと思いきや

「ハルマゲドンから取ったんだよ。
 そのままじゃ長いから短くしてハル・・・ってのはどうかと思ったんだけど」

マザーハーロットは骸骨の口をぽかんと開けた後
突然顎が外れそうなほどの大爆笑をした。

ホォーッホッホッホ!!成る程のう!
 なにを平和的な名かと思いきや、神と悪魔の決戦の頭文字とはな!
 ホォーッホッホッホッホッホ!!」
「・・・いや別に笑いを取ろうとして言ったわけじゃないんだけど」

それでもそれを思いつきで付けられるのは並の神経ではないような気もする。

「なんだったら下のマゲドンの方にしようか?」
「いいや!よいぞ!何やらハルの方が面白そうじゃてハルで良いぞ!」

というわけで意外性の方から七つ首の赤い獣はハルと名付けられた。
見た目からしてマゲドンに比べるとあんまり似合わないが
怖さを緩和するという点ではいい名前なのかも知れない。

「それじゃあハルも好きにしてていいけど
 俺に悪さだけはしないように大人しくててくれよ?」

主人の大爆笑で気がついたのか
いつの間にかこっちを見ている首の数は7つになっていて
それらが一斉にわかったというつもりなのだろうか
ぎゃーとかがーとか各自個性的な声で答えてくれた。

ジュンヤはそれを見届けると少し離れたソファの所へ行き
持ってきた毛布にくるまってゴロンと横になる。

離れたのはまだ悪さをするのではないかという警戒と
マザーハーロットがまだ笑っていてうるさかったからだ。

「それじゃハーロット、静天前になっても起きなかったら起こしてくれ。
 ただし普通にだぞ」
「ホォーッホッホッホ!疑り深い輩じゃのう。
 わらわがそのような不埒な真似をすると思うか?」

確かにマザーハーロットはあまり直接的な悪さはしてこない。

それでもその笑い方は何かしたそうでうずうずしてるように見えたりするが
あまり疑ってもしかたないので、ジュンヤはため息を1つつくと
起こしていた上半身をソファに沈め、諦めたかのように目を閉じた。




・・・  ・・・・・

目を閉じてからどのくらいの時間がたったころだろう。
ジュンヤは半分落ちかかっていた意識の中で
何かあまり聞いたことのない声にふと目を覚ます。

どこからだろうと耳を澄ますと
それは確かマザーハーロットのいた場所からだ。

そっと寝返りをうって見ると、やはりそれは彼女から聞こえてくる声。

それは何かの歌のようだ。
歌詞の内容はわからないわけではないが、それは少なくとも子守歌ではない。
それは昔話のような詩のような不思議な歌で
マザーハーロットはそれを口ずさみながらまだぺたぺたと鶴を折っていた。

普段の笑い方からすればそれはあまり似合わない声で
ジュンヤは眠気をちょっと飛ばされつつさらに視線をめぐらせる。

よく見るとさっきハルと名付けられた獣もそれぞれ好き勝手に動かず
眠ってはいないが首をそろえてじっと大人しくしているではないか。

普段は女王様なマザーハーロットだが
あぁして馬鹿笑いをせず普通にして静かな歌を歌っていると
ようやくマザーという名が似合ってくるような気がする。

「・・・ん?なんじゃ、起きたのか?」

などと思ってじっとその様子を見ていると
あまり動いたわけでもないのにその本人に気付かれた。

「・・・いや、ちょっと目が覚めた。
 ・・ところでその歌、何の歌なんだ?」
「さぁのう。わらわの記憶にはないが
 合体前の悪魔誰かが知っておったらしい歌じゃ」
「へぇ・・」
「なんじゃ?気にさわるのならやめるが」
「あ、いや。別にかまわないよ・・・」
「そうか?ならば勝手に続けるぞ」
「・・・うん」

そう言っていつもは派手な笑いばかりする魔人は
またまるで別人のような声で落ちついた歌を口ずさみ始める。

それは普段のテンションと骸骨の外見からすればちょっと不気味だが
本人もジュンヤも聞いたことのない歌なのにその音階はどこかホッとするもので
ジュンヤは聞いているうち知らずと目蓋が重くなっていく。

「・・・なぁハーロット」
「ん?」
「・・・それって・・・子守歌じゃないのか・・?」
「だから知らぬと申しておろうが。つべこべ言っておらんとさっさと・・」

だが言葉の途中でマザーハーロットは動かしていた手と声を同時に止める。

よく見るとさっきまで開いていたはずの目は2つとも閉じられ
細い身体からは力が完全に抜けきっていて
ほんの少しだけ、規則正しく上下していた。

「・・・人に物を聞いておきながら寝るとは無礼な輩じゃのう」

とは言うもののその声に怒りは込められておらず
毒気の立ちのぼる杯のかわりに平和の鶴を手にした魔人は
表情の出せない顔の奥で静かに微笑んだ。








「おーい!みんなー!」

カグツチが一周し静天になるころ
集合場所にジュンヤとマザーハーロットが戻ってきた。
仲魔達はもう時間前から戻ってきていたのか他に欠けている者は1人もいない。

「ごめんごめん!俺が一番最後だったな」
「いや、元々主のための時間だ。気にすることはない」

多少心配していたミカエルもジュンヤが無事だったので心の奥でホッとする。
なのでマザーハーロットの獣の首に大量の鶴がぶら下がっていた事も追求しなかった。

「・・・それで・・・?」

ブラックライダーがぽつりと言ったセリフは
それで、教えてもらった暇つぶしというのは楽しかったのかという
マザーハーロットに対する問いかけの短縮されたもの。

「ホォーッホッホッホ!うむ!やはり主の知恵はわらわにはないものがあって
 なかなかに有意義な時間であったぞ!」。

などと杯をゆらゆらさせている本人の片手にはらくがきちょうがあり。
それをぴらとめくって見せながら楽観主義の魔人は楽しそうに続けた。

「それにほれ、主は何も手を出さずとも
 こうして無防備な姿をさらしておるだけで十分に愉快ではないか」

その途端、仲魔にちょっとした動揺が広がり
一番近くでそれを見てしまったミカエルが慌てたように鼻を押さえる。

ジュンヤがそれを見上げると
そのらくがきちょうに書かれていたのは自分のスケッチ。

ただのスケッチならよかったのだが、それは寝顔とか寝姿とかが
めったやたらとリアルかつ芸術的に書かれている恥ずかしい代物だ。

ぎゃーーー!!何書いてるんだ!!
 
ってかいつの間にそんなの書いたんだ!?!
ホォーッホッホッホ!
 これでも多少なりとも芸術の心得くらいは持ち合わせておるゆえ
 これしき朝飯前じゃ!ほれ他にもこのような・・・」
わーーー!!やめろバカ!!
 それ心得の使い所が間違ってる絶っっ対!!」
ホォーッホッホッホ!よいではないかこのくらい!後で売りさばいたりせぬゆえ」
そういう問題か!!こらハルも器用に逃げ回ってないで返してくれよーー!!」

ケラケラ笑う魔人を乗せた赤い獣は
やっぱり主人を乗せてしまうと主人に似るのか
ゲタゲタ笑いながらドスドスと逃げるのをやめない。

「・・なぁ、ハルって何だ?」

ダンテがその追いかけっこを指しながら横にいたマカミに聞く。

「サァ、聞イタコトネェケドアノ尻ノ下奴ノコトジャネェカ?」
「・・あの・・ミカエル殿、止めた方がよいのでは?」
「う・・いや、その・・・」

そしてトールも同じようにその騒ぎを指しながらミカエルに聞くが
本来ならそこで止めにはいるはずのリーダー格は
鼻を押さえたままいつも大きく広げた翼を半分くらいにし
とても困ったように目をそらすだけ。

そのためその追いかけっこが終わったのは
ジュンヤが息切れを起こしてブラックライダーが仲裁に入ってからの事。

気まぐれ魔人の意外な一面が見れ、なおかつよく眠れはしたが
その代償はそれなりに、いや結構大きかったと
やっとの事で取り上げたらくがきちょうを燃やしながらジュンヤは思った。









そういや普通にこの人書いたの初めてな気がするハーロット編でした。
見た目はアレでも色々と器用だといいなと思って書いてたら最後にギャグになりました。
歌ってた歌はみんな○うたで歌ってた『空へ』って曲をイメージしながら。
あと書いてたスケッチは腐女子系の方には鼻血ものなブツだと想像しといて下さい。


逃走