どげん!

びっくりした拍子に持っていた鉄槌が地面に落ち
近くでぬぼ〜んとつっ立っていたピシャーチャがびくっとのけぞる。

我か!?ケルベロスでもマカミでもなく!?」
「うん。この中だとトールが一番新入りだから
 親睦を深めるって意味でもいいかと思うんだけど」

トールは授業中ぼけーっと考え事をしていて
いきなり指名された生徒のような気分になった。

そりゃあ自分よりフサフサなケルベロスとか柔らかいマカミの方が
枕になったり寝床になったり護衛以外にも役に立ったりするのに
いきなりデカくて暑苦しくて布団にも枕にもならない自分を指名したのだから当然だ。

「・・しっ、しかし!我が同行したとしても護衛以外に出来ることは何もないが・・?!」
「かまわないよ。どうせほとんど寝るだけに使う時間なんだから。
 むしろ何かやらかそうとして悪知恵めぐらせてるより
 何も考えてない方がかえって安心だ」

そう言って睨んだ先にいたダンテとマカミは
肩をすくめたりその頭上でけけけと笑っていたりする。

それでもどうしてよいやらとおろおろするトールの肩をミカエルがぽんと叩いた。

「そう気負う事はない。
 トールはいつも通り主の手の届かぬ場所を守ればよいのだ」
「・・しかしミカエル殿・・!」

そうは言ってもトールは今までジュンヤと一対一になった事がない。
どこか心細げな目を向けてくるトールに良き理解者であるミカエルは
いつも難しそうにしている表情を少しゆるめた。

「まぁそう固くなるな。主は寛大だ」
「・・・それは承知しておるのですが・・・」
「なんだ、怖いなら交代してやろうか?Tバック」

カチン

困ったように髪をいじっていた大きな手が止まり、後頭部にでっかい青筋が浮き出る。

部分的に気弱なくせに、ダンテの挑発にだけは
理屈抜きの真っ向から反応してしまうのもトールの特徴だ。

誰が貴様などと交代するか!それこそ遙かに無謀な行為だ!」
「そうか?ガキのお守り1つできないようだから
 見かねて声をかけてみたんだが?」
「おのれ!どこまでも感に触る輩め!!」

などといつも通りの事を繰り返そうとする2人の間に
いつも通りジュンヤが割って入った。

「こらこら、つまんないことでケンカするな。
 トール。ダンテさんの口や態度や行いが悪いのは今に始まった事じゃないだろ?
 そんな事でカッカしても逆に面白がられるだけだ」
「ぐぬ・・・」
「・・さりげにヒドくないか少年」
「言っても態度を改めないダンテさんも悪い。
 とにかく俺達がいない間に害のない悪魔にまでケンカ売ったり
 シブヤのデカラビアをおちょくりに行ったり
 ユウラクチョウ坑道ですべり遊びして迷子になったり
 アサクサパズルでキレて暴れないように」
「・・それじゃやる事がないだろ」
全部言い当てられんな!

ツッコミとして破邪の光弾をぶっ放そうとしたが
横からブラックライダーの黒馬が鼻先を使って腕を押してくる。

上に乗っている主人も馬も何も言わないが
馬鹿なことしてないでいいからサッサと行きなさいというつもりらしい。

「・・・もういいや。トール、行こう」
「う・・うむ」

やけっぱち気味に歩き出したジュンヤの後を
え?殴っていかないのと思っているトールが慌てて追う。

「・・・トール・・・」

しかし少し歩かないうちにあまり聞かない声に呼び止められ、トールは一瞬びくっとした。

それはこの中では一番仲魔歴が長く
トールにとっては大先輩になるブラックライダーだ。

黒い馬に乗った黒衣の騎士は無言でトールの横まで来ると
天秤を持っていない方の手ですっと何かを差し出してきた。
それは小さい布袋に入っていて何なのかわからなかかったが
大きさからしておそらくジュンヤの使えるアイテムのたぐいか何からしい。

わけもわからずトールがそれを受け取ると
無口な魔人はそのまま何も言わず、ふらりとどこかへ姿を消した。

一体何がしたかったのか、これをどうしろとの説明がまるでなかったが
ともかくブラックライダーは無口だがその分いろんな事に気がついて
経験も豊富でジュンヤからの信頼も厚い。

トールはともかくわけもわからず受け取ったそれを
なくさないように手袋の中にしまい込むと
ちょっと遠くなってしまったジュンヤの後を慌てて追った。




「うはぁ〜〜相変わらずいいながめ〜〜」

下の階には砂や土が入り込んでいて靴底がざりざり音を立てるが
さすがにここまで砂は来ないのか足元には石特有の固い感触しか存在しない。

ジュンヤはその石畳の上に立ち、両手を思いっきり広げて
身体を伸ばすようにうんとのびをして下にある景色をながめた。

そこはマントラ軍本営のビル60F。エレベーターを降りてすぐ下にある少し広い場所だ。
いつもなら新生ヨスガの天使達がウロウロしているこの場所も
今はいたって静かなもの・・・なのだが、逆にその静かさがちょっと不気味でもある。

「・・・主、1つ質問を」
「はい、トール君」
「本当に・・ここでよいのか??」

いくらあまり休む必要のない悪魔でも
こんな地上ウン10メールあるような場所でのんきに休むには少し疑問が沸くらしい。
おまけにちょっと向こうに見えるのはいつだったか
因縁の赤い魔人と一緒に飛び降りて色々と屈辱的な思いをした例の場所だ。

「ん〜・・まぁダンテさんの事は抜きにすると
 あんまり悪魔も通りがからないし風通しもいいから
 俺としてはそれなりにいい場所だと思ってるんだけど」
「・・・・・」
「心配しなくても帰りにそこから飛び降りたりしないって」
「・・ならばよいが」

高いとかなんとか言う事よりも、トールはそっちの方を気にしていたらしい。

ともかくジュンヤは広い場所の壁際にもたれかかって足を伸ばすと
とんとんと隣の床を叩きトールをそこへ座らせた。

「しかし主よ、何もこのような来るのに手間のかかる場所でなくとも
 他にいくらでも場所はあったのではないか?」
「うん、でも・・・ここも色々あった所だから、考え事をするにもいい場所だと思って」

そう、この先にあるのはかつての友人は異形に姿を変え
その心までもすっかり形を変えてしまった因縁の場所でもある。

「・・・主、まだ気にしておるのか?」

そこまで言ってトールはしまったと思った。

カグツチ塔で倒したかつての友人達の事は
ジュンヤにとっては禁句なのだと仲魔内で言われていたはずなのに。

恐る恐る横に目をやると、ジュンヤはちょっと沈んだように片膝を引き寄せ

「・・うん」

といつもよりもかなり小さい返事をしてトールを大いに動揺させた。

「ぬあ!?いやすまぬ!別に主の行為を責めるとか責めぬとかいう
 そんなつもりで我は言ったのではなく・・!」
「・・・いや、そりゃ気にもするよ。・・・だって・・・」

ジュンヤはあわあわとデカい手を変な風に動かしてるトールをちらと見上げながら

「・・・ここにいた時はすごく堂々としてた大きい悪魔が
 仲魔にしたとたんに身体と反比例して心臓がちぢみ出すんだもんなぁ・・・」

と、真面目な声の真面目な目をしたまま、そんな事を平然と言う。

トールはパントマイムみたいな動きをピタと止め、たっぷり10秒ほど考えて・・

「・・
主ーー!!

ごげん!!

からかわれたとわかってもさすがにぶん殴るわけにはいかず
腹立ち紛れに叩きつけられた拳はその付近に軽いひび割れを作った。

「・・ぷっははは!トール遅!」
「あのような思い詰めた顔で話されれば真剣に聞いて当然だ!!」
「ごめんごめん。でも千晶の事を気にしてるってのもホントだよ」
「・・・!」
「・・けど千晶だけじゃない、勇も氷川さんもそうだ。
 確かに友達や知ってる人を倒さないといけなかったのは辛いことだったけど・・・」

す、と細い手が上から照りつけるカグツチの光をさえぎるように目の前にかざれた。

「悲しいからってただ立ち止まっていられない。
 だってそれを教えてくれたのは・・悪魔になる前の千晶だからな」

あの少女は自分のような悪魔ではなかったが
今思えばあの時の彼女は悪魔の自分よりも
遙かに強い存在だったのではないかとジュンヤは思う。

その彼女もコトワリとか創世に関わらなければあんな事にはならなかったろうが
それでもいなくなった友人達は良い意味でも悪い意味でも
今のジュンヤを作り出した土台になっている。

「・・だから今の俺がすることは今までの分の取り返しだ。
 辛いけど前に進まないと・・・元の千晶にもヨスガの千晶にも
 勇にも氷川さんにも先生にも多分聖さんにも、いなくなった人たち全員に怒られるから」

トールは急に息苦しくなった。
見下ろす先の細くてあまりたくましいとは言えない主の肩に
結局このボルテクス全ての未来がのってしまっている。

「主、1つ聞いてよいか?」
「ん?」
「我は・・・主の役に立っているのだろうか」

片膝を抱えたままジュンヤはトールの方を見上げた。

「?・・どうしたんだよ急に?」
「・・いや、ただ・・少々自信がなくなってきたのだ。
 主は小柄ながらも3つのコトワリを乗り越え
 深界の深部に行こうともその確固たる意志を曲げず
 そして今あの上にあるこの世界の中心に手をかけようとしている」

トールの見上げた先にはジュンヤ達がこれから行こうとしている
この閉鎖された世界の中心、カグツチがある。

「もちろん我は主のために相応の努力を惜しまぬつもりだが
 しかし主の役に立っているかどうかは我自身には判断できぬ。
 どうだ主、答えてみてくれぬか」
「・・え?いや、そんなこと言われても・・」

真剣な目をしつつそんな事を聞かれても
ジュンヤは今まで仲魔の事を役に立つとか立たないとかの基準でくくった事がない。
能力的に劣る所があれば悪魔合体でどうにかなるし
色々と合体ができて可能性豊かな仲魔達に比べ
むしろ役に立っていないのは自分なのではないかと思う時があるくらいだ。

「・・俺は別にみんなの事を、役に立つとか立たないとかで考えたことないからなぁ。
 アイテムじゃないんだし」
「!では我は主の気にもかからぬほどの力しか発揮できておらぬと!?」
「・・いや、そう言うわけでもないんだけど・・」

マントラ軍にいた時とは違って今のトールは時々ひどくナイーブになる部分がある。
いや、その事はなにもトールに限った事ではない。

本来は凶暴で言葉を話せても会話を受け付けないフレスベルグや
死という言葉をあまり口にしなくなり楽観主義になったマザーハーロット。
フトミミの性格もかなり温和になっていたりその反面の部分が存在したり
元静寂のサマエルも冷静ながら時々おちゃめをしたりするし
ダンテも元の有無を言わさない態度がかなり変わっていて
ミカエルも最初は理解に苦しむほど難しい口調だったのが
まだちょっと偉そうながらも一般的になっていたり・・と
ジュンヤに関わる悪魔達はそれぞれに独自の変化をとげている。

「あの・・とにかくさ、そんな変な心配しなくてもみんなには色々助けてもらってるんだから
 あんまり後ろ向きに考えなくても大丈夫だよ」
「・・しかし・・」
「なんだ、それとも俺の言うこと信用できないか?」
「いやそれは断じて!!」
「なら気にしないこと。オッケー?」
「・・・・お・おっけー・・」
「よし」

突き出した拳にかなり大きさの違う拳をこつんとあわせて同意させると
ジュンヤは満足したようにうなずいた。

「じゃあとにかく適当に・・・いや、護衛頼むよ。そんな事まずないだろうけど
 一応寝返って下に落ちたりしないように見張ってくれてるとありがたいな」
「心得た!!」

一瞬適当にしてていいと言おうとしたがそう言ってしまうとまた不安がるので
即席の任務を与えると、大きい鬼神はただの見張りだというのに
ふんぬとばかりに握り拳を作って力んだ。

そんなに気合いを入れることでもないのにとは思うものの
なんだか嬉しそうな所に水を差すのも悪い気がして
ジュンヤはそれ以上何も言わなかった。

「・・・じゃあ後頼むな。静天前になったら起こしてよ」
「うむ、承知」

ジュンヤは多少の不安を残しつつごろんと横になった。
この身体にももうかなり慣れたので、固い床に直接寝転がるにも抵抗がない。

のだが・・・。

「・・・・・」
「・・・・・」

多分見張ってくれているのだろうトールの視線が背中にちくちく刺さる。

気にせず目を閉じようとしてもかなり熱心に見張ってくれているのか
その視線は思いっきり背中に刺さり、気になって寝るどころの話ではない。

ジュンヤは頭をかきながら起き上がった。

「・・・あのさトール・・・」
「ん?」

しかし悪意の一切ない目で見られると、気になるからじろじろ見るなとも言いにくい。

ジュンヤはちょっと考えてそこらへんに落ちていた石を1つ拾い上げ
こんな事を言い出した。

「トール、こんな遊びを知ってるか?」





カリカリ、カリカリカリ、カッカ、カリカリ

高い高いビルの上で、石を削るような音がする。

トールは時々眠っているジュンヤに目をやりながら
顎に手を当てたり首をひねったりしつつ、地面にはいつくばって何か書いていた。

「・・うぅむ」

カッカと音を立てて書いていたものに大きな×が書かれる。

トールはジュンヤに何か変わった様子はないかを確認し
横に線を2本、さらに縦に線を2本書き、できたマス目の真ん中に○を書いた。

そう、それはいわゆるマルバツ。
9個のマス目に○と×のどちらかを書いていき
先に縦か横かナナメに直線で3つマークを並べられたら勝ちという実に単純な遊びだ。

しかし単純だからといっても初心者や原理を知らない人には
これはなかなかのクセモノで、教えてもらったばかりのトールは
どうしても×で邪魔をしていくと○を3つ並べることが出来ない。

もう少しで法則が掴めそうなのだが
そのつどジュンヤの様子を見ながらという中途半端さがたたってか
広いはずの床の上は、もう線と○と×で足の踏み場もないほどびっちり埋まっていた。

「・・・ぐぬぅ・・・」

こんだけ書きまくってなんで一回も成功しないのかと苛立つが
冷静に考えれば何かに気を取られつつの作業では
前にやっていたポイントやコツなどが白紙になってしまうので
いつまでたっても完成しないのは当然。

頭の運動になるから寝てる間にでもするといいと言われたものの
これだけやりまくって出来ずじまいとはなんとも情けない話だ。

見上げるとそろそろ静天が近い。

腕組みをしてうなっていたトールは、苛立ちまぎれに床へ拳を振り下ろす。

ずがん!!


しかしやってしまって気付いたが、それは鉄槌を持っていた方の手。

「しまっ・・!」

慌ててジュンヤの方を振り返ると、やはり音が大きかったのか
今まで微動だにしなかった背中がゆっくりと起き上がってきた。

「・・・ふぁ・・・」

別に猛獣を起こしてしまったわけでもないのに
のろのろと起き上がってきたジュンヤにトールはずざざと後ずさる。

そうしている間にジュンヤはうーんとのびをして
上にあるカグツチを見上げ軽く目をこすった。

「・・・あ、ちょっと早めか。・・・まぁエレベーターで降りるのに時間かかるし・・・
 ・・・おはよトー・・・ル?何してるんだ?」

危うく落ちそうなすみっこの場所で頭からマントを無理矢理かぶり
頭以外まったく隠せていない状態のトールにジュンヤは不思議そうな顔をする。

どうやら早めに起こした事を怒られると思ったらしい。

「・・そんな所にいたら危ないぞ。戻ってこいよ」
「?・・・怒らぬのか?」
「なんで?」

さっぱりわからんという風にジュンヤは立ち上がり
あちこちほぐしながらあたりを見回す。

そして床いっぱいに書かれた模様を見て何をしていたのかわかったのか
呆れたような困ったような変な笑い方をした。

「・・こりゃまた凄いなぁ。
 でも踏み場がないって事は・・・解けなかったんだな?」

じりじりとこっちに戻ってこようとしていたトールは
そう言われた途端にその場で膝を抱えて丸くなる。

それは大きな自分が邪魔にならないようにと彼が無意識に考えた落ち込み姿勢だ。

ジュンヤは軽く笑ってトールの前まで行くと、近くにあった小石を拾い上げ
なんとか開いているスペースにカリカリと線を引いて中央に○をした。

「トール、俺が○をするから×をやって。
 で、こっちを3つ並ばせないようにしながら、今から言う法則を守ってみな」
「・・・・・」

トールは言われた通りにやってみた。

カリカリコリコリ

高いビルのてっぺんで大きい鬼神が小さい少年と一緒になって地面に座り込み
縮こまって何か書いているというのも変な図だが、しばらくして・・・

「!!」

なんと今までどれだけやっても完成しなかったはずが
言われた通りの法則を守っているうちに×はきちんと3つ仲良く並んだ。

「できただろ?」
うぉおお!凄いぞ主!さすが主!!

こんなので大感動されるのもなんなのだが
ともかく調子が元にもどってくれたのでよしとしよう。



しかしがばとトールが身を起こしたのと同時に、どこからか不吉な音がした。

2人はハッとして周囲を見回すが、まだ静天前なので悪魔の気配はどこにもない。

ゴン ミリミリ

しかしそうこうする間にも変な音は断続的に周囲から響き
トールがさっと立ち上がってジュンヤをかばうように身構える。

だがジュンヤは敵とは別に起こるだろう嫌な事態を予感をさせ
○×書かれまくった地面を見つめた。

「・・トール」
「どうした?」
「ごめん。結局ショートカットしちゃうかもしれない」
「は?」

ビシ!ビシビシビシ!

一体なんののことだと問い返す前に地面に無数の亀裂が入る。
それはさっきトールが叩いたところとその前に叩いたところから発生している。

そしてその2カ所から広がった亀裂は
2人の乗っていた広場のような場所と近くにあった壁を二分するように広がり

ゴゴン   ・・ぼ ろ り

2人のいた場所がそっくり壁から離れ、遙か下に向かって落下を始めた。

ぬぉわーー!!?何故だーーー!?
「結構もろかったんだなぁ・・・あそこ・・・」

ちゃんとエレベーターを使って戻る予定だったのにと絶叫するトールとは反対に
ジュンヤは腕を組みつつどこか他人事のようにつぶやく。

一度経験があるので落ちても死にはしないと分かってはいるが
しかし忠誠心あふれるトールとしてはたまったものではない。

主の休息時間をこんな結果で終わらせてたまるものかと
元ヨスガの魂(?)に火がともる。

なんのぉーーー!!
「わ!?」

トールは片手でキング○ングよろしくジュンヤを掴むと、ばたばたと空中をもがき
凄いスピードで上に流れていくビルに向かってぶんと鉄槌を振り上げた。

「!!
トール!よせ!!

ジュンヤは慌ててそれを止める。一見それで落ちるスピードは緩みそうだが・・

なぜ止める主!!
「スピードは落ちるけどガラスとかの破片の量が多くなってかえって危ない!」
「だがこのままでは!!」
「いいって別に!ちょっと痛いだろうけど死なないってわかってるんだから」

ぺたとなぐさめるように腕をたたかれてトールは申し訳ない気持ちで一杯になる。

まぁこんな事態になった原因は元から彼1人にあるのだからしかたないが
それでもこのままただ落ちて重傷を負うだけでは鬼神トールの気はおさまらない。

トールはどんどん近づいてくる地面と一緒に落ちている周囲の破片を見回して
いつもならできないほどの素早さで判断を下した。

「主!無礼御免!!」
「・・わ!」

落ちる衝撃は殺せなくとも、自分より遙かに小さい身体は
しっかりと抱き込めば落ちてくる破片から守ることは出来る。

「おいトー・・!」
「言うな主!せめてこの不始末、この身をもって償わせよ!」

なんだ、さっき気にするなって言ったのに、結局まだ気にしてるじゃないか。

そうは思っていても、自分がトールと立場が逆ならきっと同じ事をしていただろう。
そう思うとジュンヤはそれ以上何も言わず
落ちて回復が終わったら、ちゃんとお礼を言おうと思った。

そんな事を思っているとはつゆ知らず
トールはどんどん近づいてくる地面をじっと睨む。

しかし以前にも体験したが睨んでいられる間はほんの少しだ。
猛スピードで迫ってきたその衝撃に耐えるためトールは身構え・・・


・・・・・

・・・・・・・・・


しかしどういった事か強い悪魔に攻撃された時の衝撃より強いソレは
地面まであと少しと言うところになっても、さらに後になっても
いつまでたっても来なかった。

だが自分がいるのは確かにマントラ軍の本営前で
下には長い階段と火のたかれた台座がずらりとならんでいる場所。

ちょっと空中で移動したので落ちてくる場所はここでいいはずなのだが
肝心の衝撃だけがいつまでたってもやって来ない。

しかも一緒に落ちてきていた床の残骸も自分たちの周りにちゃんとあるのだが
それすらもどこか時間が止まったかのように停止していた。

「・・・あれ?トール、何持ってるんだ?」

不思議に思っていると抱き込んでいたジュンヤが
衝撃がなかったことと一緒に何かを見て怪訝そうな声を出してくる。

ふと見ると自分の手袋が少し発光していて、何事かと思って中を探すと
さっきブラックライダーにもらった小さい袋が軽い光を放っていた。

ジュンヤがそれを無言で取って中身を出す。

中に入っていたのは浮き足玉。

そういえば自分もジュンヤも周りの破片も全部地上数センチで停止して
上にあった破片などもトールの上数センチの所で接触することなく停止している。


・・・・・・くっ・・・
黒・騎・士・殿!!


もしもの時を考えて渡してくれていたのを嬉しく思うべきか
それともあらゆる事を先読みされてたのを悔しく思うべきか
どっちつかずなとっても複雑な心境で、トールは残された小さい袋をむぎぎと握りしめた。

「・・・役に立ってるじゃないか」

その小さな玉をこちらに向けながらジュンヤがいたずらっぽく笑い
トールはなんだか居たたまれなくなってジュンヤを下に降ろすと
困ったように身を小さくする。

「・・しかし主、それは黒騎士殿が・・・」
「でも必死で助けてくれようとはしただろ?」
「・・・だが元はといえば我の不始末で・・・」

ぐい

まだ何か言いかけたトールは
顔の横から出ていた長い髪を引っぱられ、がくんと前屈みになり
かなり低い位置にあったジュンヤと顔をつきあわされる形になった。

「なんだよ、役に立ちたがってるのにお礼の1つも受け取れないのか?」
「え?!う・・いや、その・・・それは!」
「あ!り!が!と!う!!」

一字一字しっかりと押しつけるような
しかしどこか嬉しそうな礼を言われてトールは1人で困惑した。

役に立ちたいと思ったのは自分だが
こういったおまけがついてくる事までを考えていなかったのだ。

顔色を変えられたのならそれこそリンゴ並みに赤くなっていただろうトールをよそに
ジュンヤは少し浮いて不安定な足元を気にしながら歩き出した。

「ほら、トール行くぞ」

髪を引っぱられた状態のまま石のように固まってしまった大きな鬼神を
二回り以上小さな悪魔が呼ぶ。

その小さい悪魔は小さいながらも結構な力を持ち
同時にその言葉には結構な重みがあるのだと思い知らされる。

それが仕えるべき主なのだ。
そしてそれは不安に思うべき事ではなく誇るべき事なのだ。

「おーいトール、置いていくぞー」
「・・うむ!今参る!!」

そう思った時にはもういつの間にかトールからさっきの不安は消えていた。
そして今から踏み出す一歩は、この主に新たな気持ちで仕える事になった第一歩に・・


ろろろ〜〜

ごいーーーーん



だがその第一歩は、上から遅れて落ちてきた
でっかい床の破片に脳天を直撃された事によって台無しになった。

破片の落ちる音と慌てたようなジュンヤの声を聞きながら
今の事、後になってもちゃんと覚えててられるかな・・と
トールは真っ黒になっていく意識の中、またしても後ろ向きなことを考えながら
ずしーーんと轟音を立てて、倒れる時だけは前向きに倒れた。








・・・・・こんなトールでスミマセン。

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