「よし、今日は思考を変えてサマエルにしよう」
その言葉に大人しく待っていた真っ赤な邪神が目を軽く見開いた。
「・・私ですか?」
「うん、サマエルっていったら他に誰もいないだろ?」
「それはそうですが・・・私でよろしいのですか?」
「だから思考を変えてっていったろ?
それにサマエルなら静かな場所知ってそうだし」
いや、元シジマの悪魔だったからと言っても
それはあまり関係ないような気もするが・・
「・・知らないわけではありませんが
ジュンヤ様がお気に召すかどうかわかりませんよ?」
「見てみないとわからないから気にしなくていいよ別に」
念を押しそれにあっさり答えていくやり取りに
黙っていたマザーハーロットがたまらなくなったのか
乗っていた獣もろともゲラゲラ笑い出した。
「ホォーッホッホッホ!どっちもどっちじゃのうおぬしら!
方や我らの主だというに明確な命令をせず
方やその下僕だというに主の命に疑問を持つとは
ほんにおかしな話じゃのうホォーッホッホッホ!」
「・・・いや下僕ってのはおかしくないか?」
「そうだな、こんなお子様に命令されるほど悪魔ってのは落ちちゃいないだろ」
いらない一言を放った悪魔狩りは
怒ったケルベロスにガウ!と吠えられアイアンクロウをされたが
当の本人は笑いながらそれを無造作にかわす。
それは普通に聞いただけは馬鹿にしているとしか聞こえないが
しかしちょっと取り方を変えるとこうも取れるのだ。
俺達は命令なんかされなくても、好きでオマエについてきてるんだよ。
しかし彼の普段の口調からその意味を見いだせたのは
サマエル含めてほんの数人しかいなかった。
ともかく赤い邪神は大きな身を低くして頭をジュンヤの身長まで下げる。
これは大きなサマエルが小さいジュンヤに向けるちょっとした服従のポーズだ。
「・・では私でよければお供します」
「ん、ごめんな。自由時間とっちゃうけど」
「いえ、元からあまり有意義な時間の使い方が出来る方ではありませんので」
などとやっぱり主人と下僕らしからぬ会話をしていると
またしてもマザーハーロットが爆笑しそうになるが
それはブラックライダーの黒馬が主人の代わりに軽くいなないて止められた。
「えっと、それじゃあみんな解散だ。
次の静天にまたここに集合だから遅れないように」
「まるでガキの遠足だな」
「・・・そう言うダンテさんはちゃんと時間守れるんだろうな」
「その時の気分次第だな」
いい大人にあるまじきいい加減なセリフに
ジュンヤはすっと手を上げると短く命じた。
「・・・フレス、ついてってやって」
「わかったわかった!おれついてくついてく!」
「・・おいおい、ハト時計にしちゃデカ過ぎないか?」
頭にのってこようとする巨大な鳥を
しっしと追いはらいながらダンテは少しムッとする。
「携帯鳴らしてもめんどくさがって取らなそうなダンテさんには
そのくらい存在感があった方がいいだろ?」
「・・せっかくのブレイクタイムをこのデカイのと一緒に行動しろってのか?」
頭は拒否されたのでリベリオンの柄で落ちついた巨鳥をさしながら
ダンテは肩をすくめ・・ようとして重いので出来ずじまいで終わる。
「いいから連れて行きなさい。
それにそれはそれで鷹匠みたいでカッコイイし」
「タカショウ?」
「鷹を使って狩りをする人の事」
「・・ふぅん」
鷹にしてはデカすぎるような気もするが
その鷹が言うことを聞くかどうかは別としても
大きな鳥を連れたデビルハンターというのもまぁ様にならなくはない。
「・・OKわかったよ。連れて行けばいいんだな?」
「よろしい。じゃあフレスは時間になったらダンテさんに教える係だ」
「わかったわかった!ジュンヤジュンヤ!」
「・・髪をむしるのはナシでな」
「ナシナシナシーー!むしるのナシーー!」
わかってんのかわかってないのか
フレスベルグはリベリオンの柄に止まったままバサバサ暴れる。
それでも落ちない剣の仕組みはどうなっているのかちょっと不思議だ。
「それで?オマエの方はどこへ行くつもりだ?」
「・・そうだなぁ・・サマエルどこか安全で静かな所ってないかな」
「知っていますがジュンヤ様がお気に召すかどうかは・・」
「だからそんなに気にしなくていいってば。
で?どこなんだ?それって」
しーーーーーん
という効果音すら存在しないほど
サマエルに案内されたその場所は実に確かに静かな場所だった。
それはターミナル部屋から出てすぐの場所で
移動面ではさして苦労もせずたどり着け、かなりの広さがあるのに悪魔の気配がまったくなく
確かに大きなサマエルと休息を取るにはうってつけの場所なのだが・・・
「・・やはりお気に召しませんか?」
ちょっと心配そうなサマエルにジュンヤは少々返答に困った。
「・・・いや・・・まぁ・・・便利さと使用上の都合はとってもいいんだけど・・・」
ただ問題なのはその周辺の色彩だ。
赤。
ただ赤。
とにかく赤。
問答無用の赤。
嫌と言うほどにある赤。
そこはアマラ神殿のターミナル前
天井も高く道も広くて敵も出ないが、とにかくそこら中がただただ赤い通路だった。
しかもその赤だらけの所に真っ赤なサマエルが加わったものだから
こりゃあ外に出るとき目に変な物が焼き付いていそうだと、ジュンヤは軽く目を押さえる。
・・・おまけにこれってダンテさんとかハーロットの色だよなぁ・・・。
場所の条件は悪くないのだが、正直ちゃんと眠れるかどうか不安になってきた。
「・・あのジュンヤ様、やはり場所を・・・」
「あ、いや、いいよここで。
ちょっと目に優しくないけど目を閉じればいいんだし」
それに赤は今まで見た中で一番多い色なんだから
今さら嫌がる物でもないだろうと腹をくくって
ジュンヤは正面にあった突き当たりの場所まで歩き、赤い邪神を手招いた。
「サマエル」
「あ、はい」
サマエルは指定された場所へ行くと
羽を巻き込まないように身体を巻いていき
あまりふかふかしていないが、触り心地は悪くない簡単なソファになった。
「じゃあちょっと借りるよ」
「はいどうぞご自由に」
などとやっぱりマザーハーロットに笑われそうなやり取りをして
ジュンヤは赤い蛇の胴に背中をあずけた。
ちょっと冷たいが床ほどの冷たさもないし
案外柔らかいので寝心地も悪くないだろう。
「・・そう言えば・・こうしてゆっくりするのってどれくらいぶりかな」
「私の記憶から計算しますと、トウキョウ議事堂に入る前が最後です」
「うわ、結構休んでないんだなぁ」
なんだかトライアスロンみたいだなと笑うジュンヤに
サマエルは首をかしげながらこんな事を聞いてきた。
「ところでジュンヤ様、なぜ今回私を選ばれたのですか?」
「ん?そりゃまた唐突だな・・うーん」
ジュンヤは頭の後で手を組んでしばらく天井を眺めていたが
少しして首をこっちをのぞき込んでいる邪神に向ける。
「・・あんまり明確な理由ってのもないけど
とりあえず静かに休みたかったってのが一番かな」
「静か・・ですか?」
「うん、だってサマエル元シジマだろ?
だから静かにって思ったら、まず思いついたのがサマエルだったんだ」
「・・・はぁ」
サマエルは長い首をかしげながら、あんまり分かった風でない生返事をした。
「では今のジュンヤ様はシジマ寄りの思考なのですか?」
「ん?・・いや、シジマ寄りっていうか・・ただちょっと・・・」
「・・?」
「疲れたのかもしれないな・・・」
そう言ってついた息はどこか重い。
ただ休んでいないから疲れたのではない。
悪魔の身体はあまり疲れたりする事はないが
トウキョウ議事堂からカグツチ塔の頂上付近に行くまで
肉体的ではない、精神的疲労がたまったのだ。
そう言えば・・とサマエルは思い出す。
塔を登っている間に退けてきたシジマもムスビもヨスガも
元を正せばジュンヤの知る人間ばかり。
悪魔らしからぬ優しい性格のジュンヤが
それを何とも思わないわけがない。
それに今まで気付かなかったサマエルは
今までそんな事も知らずにいた事に反省し
ちょっと申し訳なさそうに全身にある鋭い羽をまとめてしんなりさせた。
「・・・すみません、配慮が不行き届きでした」
「・・え?あ!いや別にサマエルがしょげる事じゃないって!
俺も今まで前に進むことに必死で忘れてただけだしさ」
「ですが・・」
「それにシジマって人間の感情を邪魔だって思う思想なんだから
そのサマエルが急にそんな気配り上手になれるわけないよ」
「・・・・・」
サマエルは黙り込んですっと自分の胴に頭を乗せる。
赤い邪神はあまり感情を起伏させることがないので
落ち込んでいるのではなくおそらく何か考え込んでいるのだろう。
「・・ジュンヤ様」
「ん?」
「ジュンヤ様は今でも・・シジマ否定派ですか?」
「そうだなぁ・・」
少しまどろみ初めていたジュンヤは組んでいた手をほどき
横にあった赤い胴を撫でながら
「前は否定派だったけど・・
今はちょっと・・氷川さんの気持ちがわからなくもないな」
静かに赤い壁を見ていた青い目がこちらを向く。
「だってボルテクスって色々と騒々しいんだもんな。
ただ塔に登るだけなのに、何回も何回もでっかい悪魔と戦って
戦いたくもないのに友達と戦わないといけないし・・・」
それは確かに大元をたどれば人間の感情がなければ起こらなかった話かもしれないが
だからといってジュンヤはシジマ全てに同意するわけでもない。
「・・だからさ、ずっと静かがいいってわけじゃないけど・・
たまにはこうして静かに休める場所が欲しくなるんだよ」
それはシジマというよりもただのワガママでは・・?
サマエルはその喉まで出かかったツッコミを
何とか出る寸前で押し殺した。
「・・ではここはお気に召しましたか?」
「・・う〜〜ん、色的にはちょっと問題アリだけど・・・結構ね」
「それは何よりです」
視界一面の赤の中にあった青い目が半分ほどにすっと細められる。
それはジュンヤが勝手に思っているサマエルの喜んでいる時の顔だ。
「でもずーーっとここにいるのはちょっと勘弁だな。
外に出たときの目のリハビリが大変そうだ」
「そうでしょうか。私としては落ち着ける場所かと思うのですが」
「まぁ落ち着けるってのはわかるけど・・・
そのうちサマエルにも分かるんじゃないかな。
あんまり静かすぎるのもつまらないって」
「つまらない・・ですか」
「そ。ダンテさん風に言うならつまらねぇ、ハーロット風に言うなら退屈じゃ
マカミ風に言うならヒマ・・・って、いけね・・・休みに来たのすっかり忘れてた・・・」
その時ようやく自分が疲労していたのを思い出したかのか
ジュンヤは大きく伸びをすると、再び手を頭の後で組み
人間で言うところの寝る体勢をとった。
「・・・じゃあサマエル、俺寝るから・・後頼む・・・」
「はい、ごゆっくり」
最初は落ち着けなくて眠れないかと思っていたが
おしゃべりしている間に気が紛れたのかそれとも疲れが一気に来たのか
その言葉を最後に目を閉じたジュンヤは、ぱったりと静かになった。
「・・・・」
サマエルは黙ってその寝顔を見ていた。
目が開いているときはダンテと言い合いをしたり
マカミを怒ったりトールに注意したりと騒がしいジュンヤも
こうしている間はとても静かだ。
サマエルはそのままじーーとジュンヤを見ていた。
しかし別にそれ以上ジュンヤは何をするでもなくただ眠っているので
どれだけ見ようが変化がない。
青い目がちらっと右にあった壁を向く。
しばらくして今度は左を向く。
さらにちょっとして上を向き、今度は下の地面を見る。
そしていろんな所を見ていた青い目は、最後にジュンヤにたどり着く。
しかし目を離した状態からその様子は全然変わっていなかった。
「・・・・・」
サマエルはちょっと考えて
蛇特有の細い舌をちょっと出し、再びしまってみた。
出す、しまう、出す、しまう。
そうして出したりしまったりをしばらく意味無く繰り返してみるが
ジュンヤはすーすーと規則正しい寝息を立てるだけで
別にこれといった変化がない。
「・・・・・・・・・」
成る程。
ジュンヤの話していた『つまらない』というのはこんな状況の事らしい。
目を開けていれば喉でも渇いているのかと笑っただろうし
MPが減っているのかと声をかけてくれチャクラドロップを投げてくれたかもしれない。
けどジュンヤは依然目を閉じたまま静寂を守り続けている。
この時サマエルは元シジマでありながら
ジュンヤがシジマにならなくてよかった、などと本気で思った。
・・・静かなジュンヤ様は『つまらない』ですね。
そんな事を考えながらサマエルはそっと頭をジュンヤのそばに寄せる。
するとバランスが崩れたのかジュンヤの上半身がこちらに倒れてきた。
あ、と咄嗟に寄せようとしていた頭を支えにやると
ジュンヤはそのままトサと頭に寄りかかり
そのまま何事もなかったように再び寝息を立て始める。
起きなかったと言うことはよほど疲れていたのだろう。
サマエルは動かせなくなった頭で青い目を細める。
しかし静かだと思っていたその空間に、どこからか小さな音が響き始めた。
トク トク トク
赤い邪神はハッとして、5つある目を四方にさっと走らせる。
しかしその音はかなり近くからするというのに、音の元になりそうな物が何一つ無い。
不思議に思って目をさまよわせていると
よく聞けばその音はすぐ近く、ジュンヤの身体から聞こえているのに気がついた。
トク トク トク
それはジュンヤの心臓の音だ。
そういえばすっかり忘れていたが、ジュンヤは普通の悪魔と体質的に色々違う。
なんだと呆れるやらホッとするやらしているサマエルをよそに
その音は相変わらず規則正しく聞こえてくる。
トク トク トク
「・・・・・」
それは単調で単純な音だけれどなぜか耳に心地よく
サマエルはどこか気持ちよさそうに目を細める。
周りには相変わらずの静寂と赤一色しかなかったが
サマエルはその静かで規則正しい音を聞いている内に
いつの間にかつまらないとは思わなくなっていた。
そしてカグツチが再び静天になるころ
真っ赤な邪神は自分の頭にもたれかかっていた主人を軽くゆすり
なるべくそっと起こした。
「・・・ジュンヤ様、そろそろ静天です。起きて下さい」
「・・・ん?・・・もうそんな時間か・・・ふわ〜ぁ・・・」
目を閉じている間まったく変化のなかった顔が
眠そうに目をこすったり大口開けてあくびしたりする。
そのよく動く表情に、ジュンヤはやっぱり静かじゃない方がいいと
サマエルは心の中でこっそり思った。
「・・・ありがと、結構ゆっくりできた。なんか夢も見ないほど眠ちゃったよ」
「そうですか」
夢という物がどんなものかサマエルは知らないが
ゆっくりできたというならそれでいいのだろう。
ジュンヤが起き上がったのと同時にサマエルも身を上げて
巻いていた身体をするすると元に戻していく。
身体を巻いている時はあまりそうは見えないが
やはり身体をまっすぐ伸ばしたサマエルは大きい。
その大きな身体の調子を確かめるように
羽をバサバサしたり首をひねって調子を確かめているサマエルを見ながら
ジュンヤはふと、その邪神にある変化がある事に気がついた。
「・・・なぁサマエル」
「はい」
「なんか・・嬉しそうじゃないか?」
そこら中を動かしていた赤い身体がピタと動かなくなった。
「なぜそんな事を?」
「・・いや、まぁ・・何となくだけど」
青い目が2・3度まばたきした。
「・・・はい、少々楽しかったもので」
「・・え!?」
何気ない答えにジュンヤは仰天した。
それはあまり感情の起伏がないサマエルが楽しかったなどと言った事と
そのサマエルにそうまで言わせる事を自分が寝ている間に
知らずとやらかしてしまったのではないかという不安から。
「・・俺、何か寝てる間に変な事口走ったりしたのか?」
「いいえ?」
「じゃあ寝相が悪くてそこら中転がり回ってたとか?」
「まさか」
「じゃあ何が楽しかったんだ?」
サマエルは小首をかしげるような仕草をして
考えるように天井を見上げると
「内緒にしておきます。
言ってしまってそれをやめられると、楽しみがなくなりますので」
できるわけないそんな事をしれっと言い放ち
赤い邪神はするするとターミナルの方へ飛んでいこうとする。
「うわ!そんな言い方されると余計気になる!
なぁ!何が楽しかったんだ?!」
「お気になさらず。大したことではありませんし」
「こら待てサマエル!サマエルってば〜〜!!」
ジュンヤは情けない声を出しながら
真っ赤な空間の真っ赤な邪神の後を慌てて追いかけた。
この後もジュンヤは何とかサマエルが秘密にしたがる事を聞き出そうとしたが
戻っていたダンテとフレスベルグが一体何をしていたのか
両方細かい傷だらけになって帰ってきていたので
説教と治療に時間を食われ、結局聞き出せずじまいに終わる。
けれどこれ以後、サマエルは時々甘えるわけでもなく
よくジュンヤの胸付近に頭をすり寄せてくるようになったとか。
書けるかなと思ったけど結構楽しかったサマエル編。
よく考えたら蛇は好きなので楽でした。
状態異常にかかってフラフラしてるのもかわいいしね。
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