「あ、そうだフトミミさん。
 人の住んでた居住区みたいなのって、まだアサクサに残ってましたよね?」
「・・?あぁ、確かまだあったはずだが」
「じゃあこのくらいの分厚くて大きな布ありませんでしたか?
 できれば二枚くらい」

ジュンヤが言っているのはつまり布団の事。
フトミミは記憶を掘り起こして考えた。

「・・・あぁ、あったと思うよ。よければ案内しようか?」
「じゃあお願いします」
「わかった」
「デハ今回ハふとみみデヨイノダナ?」

大体の場合で布団の役目をしているケルベロスが言う。
本当は自分を選んでほしいところだが、ジュンヤは何かやりたい事があるようだし
フトミミなら信頼が置けるのでプライド高い魔獣も安心できる。

「うん、ごめんな。ケルにはまた今度お願いするよ」
「気ニスルナ」

ベットの役は取られても、ソファの役は変わらないと
プライドが高いのか低いのかよくわからない地獄の番犬は
大きな尾をゆるりとひとつだけ振った。

「それじゃあみんな次の静天にまたここに集合。
 ・・あ、言っとくけどダンテさんとハーロット。
 ギンザのバーとかで問題起こさないように!」
「ホォーッホッホッホ!心配せずともわらわは酒に飲まれたりはせぬ!」
「まぁ酒を飲む金もなくなった貧乏フンドシ次第だな」
「・・・俺の言いたいこと全然分かってないだろお前ら・・・」

と言ってもあそこで起こせる問題も起こしつくしたし
最近戦闘も激しく2人ともよく暴れたから、そうそう馬鹿なマネもしないだろう。

・・・・多分。

「・・とにかくみんな、俺のいない間ケガしたりいなくなったりしないようにな」
「何を言う、我らが主を置いてどこかへ行くことなど・・」
「ありえなくてもたまに不安になったりするんだよ、トール」
「・・・・・」

確かにジュンヤはこれまで色々有り得ないことに遭遇してきた悪魔なのだから
そういった不安に駆られる事もあるのだろう。

その小さい身で自分をねじ伏せた人修羅もただ強いばかりではない。
時々弱い人間の部分が出てくることもあるから
こうして休息を取ったりするのだろう。

「じゃあ行ってくる。トールもたまにはのんびりしておいで」
「・・・う、うむ」

そうしてジュンヤはフトミミと一緒にターミナルのある方へ行ってしまった。

トールはその背中を見送ったまま、広い広場で立ちつくす。

しかしぼんやりしていると腕を軽く叩かれた。
見るとミカエルだ。

「・・トール、これからどうする?」
「・・?いや、イケブクロに出向こうかと思っておったのですが・・」

しかしどうもジュンヤのあの後ろ姿を見た後となると
それを放って1人でうろつく気も失せてしまう。

「ならば1つ付き合うか?」
「?」
「なに、する事がないなら今の我らにはうってつけの事だ」

ミカエルはそう言って、まるでこれから酒を飲みに行くかのように小さく笑い
それを見ていた赤い色の強調された魔人2人も
何か思いついたかのようにお互い顔を見合わせた。





「うわ!凄い!ホントにこんなの残ってるんだ!」

それはアサクサの元仲見世通りにある店舗の二階。
フトミミに案内されたその場所に、それは無造作に残されていた。

そこに残っていたのは一式の和式布団と清潔な枕。
日にまったく干されていないにもかかわらず
それはまだちゃんと柔らかく、押入特有の臭いもさせていない。

「私達は結局使うことのない代物だったが・・・これでよかったのかな?」
「はい!凄く!十分ですよ!」

しかもその部屋は窓が大きくてほどよく明るく
極めつけには下が畳という文句の付けようのない場所だ。

ジュンヤは嬉しそうに押入に入れっぱなしだった布団を畳の上にしき
あまり使われた形跡のない掛け布団をのせ、枕を置く。

「うはー!凄い!この世界でこんなに贅沢な就寝セット見たことない!」
「??・・そうなのか?」

変なことに感心してはしゃぐジュンヤの横でフトミミは首をかしげる。
元マネカタで今は鬼神の彼にはよくわからなかったが
日本人のジュンヤにとって、布団と畳はなにものにも代え難い
日本の心みたいなものだ。

まぁ喜んでいるならそれでいいが・・
とフトミミは開けられた押入を閉めようとしたが
その時奥にまだ何か残っているのに気がついた。

「・・高槻、まだこんな物もあるが」
「え?」

布団の奥から出てきたのは一枚のうちわ。
ちょっと大きくて赤く塗られているので観光用土産か何かなのだろう。

「これも今使う物なのか?」
「いえ、それはこうあおいで風を起こす道具ですよ」
「ほう・・」

使い方の見本を見せてから手渡すと、人サイズの鬼神は物珍しそうにそれを使う。
・・が、力加減が強かったのか、メリっと変な音を立てたので慌てて手を止めた。

「・・少しもろくなっているから、もう武器にはならないな」
「・・元から武器じゃないですよそれ」
「あ、そうなのか」

そういえばこの世界の住人が持っている物は
ダンテにしろミカエルにしろブラックライダーにしろ全部武器。
マザーハーロットだけはちょっと例外だが
手に持つ物イコール武器という方程式はここでは自然な事だ。

「気温が高くて蒸し暑いときには便利なんですけど
 今はあんまり必要ないかも知れませんね」

今この世界に太陽の代わりとして存在するカグツチは
発光してはいるものの太陽のような熱をもたない。

したがってボルテクスは熱くもなければ寒くもない
四季とは無縁な風土になってしまったので、うちわの出番というのもあまりない。

フトミミはそれを裏返したり逆さにしたりして
他に使えるかどうか色々考えた。

「ではそれ以外に使い方がない物なのか?」
「そうですね。残念ながら」
「ふむ・・」

しかしそう言われても使ってみたいのか
フトミミはまだその赤いうちわと無意味なにらめっこをしている。

フトミミに赤い色は似合わないが、うちわ自体はよく似合う。

ジュンヤは笑いながら靴下を脱いで、敷いた布団に入る準備をした。

「ところでフトミミさんはどうしますか?
 俺はこれから寝ますけど、なんだったら散策にでも行きます?」
「おいおい、それじゃあ護衛についてきた意味がない」
「でもピッチの魔除けはよく効きくから大丈夫ですよ?」
「そうは言ってもやはり完全に安全とも言えないだろう」

例えばどこであろうと空間にいきなり穴を開け
異空間に引きずり込んできたかつての魔人達や
アマラの底にいる得体の知れない2人組などには
魔除けなどなんの効果もなさそうだし。

「それに高槻の大丈夫という言葉は、あまり信用するなとの話だからね」
「え!?なんですかそれ!?出所は!?」
「名前は一応ふせさせてもらうけれど・・
 強いて言うなら天秤を持った黒い騎士だ」

ふせてる意味がまるでない。

「・・・無関心そうな顔して、変な事に目ざといなブラックは」
「ははは、とにかく私は護衛をしておくから
 高槻はとにかく身体と気持ちを休めることを優先した方がいい」
「・・・じゃあ・・お願いします」

なんだかいろんな事を見透かされたような気持ちで
ジュンヤは布団の中に潜り込んだ。

気持ちを休めろと言ったという事は
きっと友達を踏み越えてでもさらに前へ進まなければならず
身体だけではなく心にも負担がかかってきていていたのを
顔には出さなかったが知られたのだろう。

元人の思念体であるからか、それとも元先を見るマネカタだったからか
この鬼神はそう言ったことにはよく気がつく。

その当の鬼神はまだ赤いうちわを手にしたまま
ジュンヤから少し離れた所に腰を下ろした。

それはちょうど声が届いて気にならない程度のとても微妙な距離だ。

「・・ところでフトミミさん」
「ん?」
「・・・すいませんでした」

うちわの骨組みを指でなぞっていたフトミミは
そのいきなりなセリフに顔を上げる。

「・・?何か謝るような事が・・」

そこまで言ってフトミミはジュンヤが何を言おうとしたのか
持ち前の読心力で理解した。


それはまだ彼がマネカタだったころ
一度だけジュンヤに助けを求めたことがある。

ジュンヤはもちろん助けようと手を伸ばしたのだが
その手は必死で伸ばしたのに間に合わず
フトミミはその時ジュンヤの目の前で、マネカタとしての生を終えた。

そのきっかけになったのはコトワリの1つ、ヨスガの新しい盟主
やはり止められなかったジュンヤの友人だ。


フトミミはしばらく考え込んだ後、ふうとため息をついてこう話し出した。

「・・・いや、私も少し甘かったのかもしれない。
 長としての身の置き方や考え方やり方その他・・・何もかもがね」
「でも・・」

何か言いかけたジュンヤの言葉を押さえるように
赤いうちわがふわりと下ろされ、緩やかな風が来る。

「けれど高槻、私は失った物は多かったが、その分の収穫もあったと思っている」
「?」
「確かに私達マネカタはヨスガの前には為す術がなかった。
 けれどそのヨスガを今度は人間の心を持った君が倒している。
 これが何を意味しているのかわかるかい?」
「・・?えっと・・」

謎かけか何かかな、と寝たまま首をひねるジュンヤにフトミミは笑った。

「じゃあ質問を変えよう。
 マネカタは何から生まれるのか分かるかな?」
「えっと・・確か人間の強い感情ですか」
「ご名答」

ふわりとまた風が来る。
それは無意識の動作なのだろうが
あまり風通しのいい部屋ではないこの場所では
その風1つがやけに心地いい。

「かつての私はヨスガのような力を持たなかったために滅ぼされた。
 それを君は目の前で見てどう思った?」

何気ない問いかけにジュンヤは布団のはじをぐっと握りしめた。

すぐ目の前だったのに
自分にはそれを止めるだけの力があったのに
しかもそれは自分だけしか止められなかった友達の所行だったのに

『なんで・・・
 
なんでなんだよ!!千晶!!!

面影の完全に消えたかつてのクラスメイト
その姿が消えた後にそれだけしか叫ぶことしかできなかった時は・・


「・・・悔しかったです」


パサとうちわが畳に落ちる音がする。

フトミミはしばらくその言葉を噛みしめるように聞いた後
再びそれをジュンヤに向かってゆっくりあおぎ始めた。

「・・・悔しかったんだね」
「・・・はい」
「今でも悔しいかい?」
「・・・はい」
「ならそれでいいさ。君がそう思ってくれるなら私にはそれで十分だ」
「え?」

首をひねって向き直ると、フトミミはいつもの穏やかな笑みを向けてきた。

「なんだ、さっきの質問の意味をもう忘れたのかい?」
「?さっきって・・・あ・・・」

マネカタは人間の強い感情から生まれる
ならジュンヤが悔しいと思うならそう思った分だけ
これから生まれてくるマネカタ達に影響する
という事らしいが・・

「でも俺今人間じゃなくて悪魔ですよ?」
「けれど君は今、おそらくこのボルテクスで最も感情、意志ともに高い存在で
 そして最もマネカタ達を気にかけている存在だ」
「・・・・・」

確かにコトワリをとく者達に比べてジュンヤは人間らしく
食物連鎖のかなり下にいるマネカタ達から採取をしないちょっと異質な悪魔で
何より意志が強いという点ではコトワリを持っていないにしろかなり強い。

「だから君がそう思ってくれるなら、生き残ったマネカタ達も
 これから生まれてくるマネカタ達もきっと強くなれる」

この世界でたった1人だけ、崩れることなく残った強い意志だから
たとえ身体は悪魔であっても、その心は変わらなかったから
それはきっとこれから、力はないが意志でできた者達の力になるだろう。

「そしてそう思ってくれているだけでも・・・私は十分だ」

たとえ悪魔であってもマネカタ以外で自分のことを
こんなに思ってくれる存在などきっと他には誰もいない。

どんな人物であれ、誰かに思われるというのは
心ある者にとっては案外大事なことだ。

「私にもう未来を見る力はないが、君はこれから私よりもマネカタの・・
 ・・いやこのボルテクス自体の長のような存在になっていくのかもしれないな」
「そんな!・・買いかぶり過ぎですよ!」

スケールのでかさにびっくりして飛び起きたジュンヤに
フトミミはうちわを片手にいつもの笑顔を見せた。

「はは、まぁ長がどうとかいう話は別にして
 君は今まで通りにコトワリがどうとか考えず、気負わず自然に歩くといい。
 私にはそれが高槻にとっても君を取り巻く者達にとっても、一番いいと思うからね」

上半身を起こしたままジュンヤは頬をかいた。

「・・何だかやっぱりフトミミさんて、言葉穏やかなのに妙な説得力がありますね」
「はは、長時代のクセなのかな」

そういえばこの鬼神、マネカタだったころよりも性格が明るくなったというか
人間味が増したというか、印象はちょっと変わってはいるが言葉に妙な説得力がある。

ともかく言いたいことはき出したジュンヤは再び布団に潜り込み
古びた天井を見て疲れたようなため息をついた。

「スッキリしたかい?」
「・・・・・はい、かなり。・・・ありがとうございます」
「いや、礼を言うのは私も同じだ。
 むしろこちらの方が礼を言う数は多いくらいなんだが」
「・・・そうですか?」

悪いことはしっかり覚えているのに
自分のしたいい事のたぐいはあっさり忘れてしまう。
それもまたジュンヤの特徴でもあり悪魔らしくない所の1つだ。

「・・ともかくもう眠りなさい。
 あまり色々考えると身体がついて行かなくなる」
「・・はーい」

なんだか保父さんにさとされてい子供のような気分だったが
確かに色々話したり安心したりで色々あったから、今眠れば疲れは一気に取れそうだ。

ジュンヤは布団をしっかり引き上げると目を閉じた。
するとしばらくしてフトミミがあおいでくれているのか
またふんわりした風がやってくる。


暑いとか寒いとかあんまり気にしない身体になったけど・・
なんだかあったかいなぁ・・・これ・・・


そんな事を考えながらジュンヤの意識はいくらかもしない内に
すうと何もない静かなところへ潜り込んだ。




フトミミはジュンヤが眠ったのを確認してからもしばらく手を動かしていたが
少しづつ手をゆっくりにし、やがて静かに止めた。

そっと顔をのぞき込んで見るとよほど疲れていたのか
近くによって見てもほとんど反応せず、すうすうと規則正しい寝息をこぼしている。

・・・この時間が少しでも君のためになればいいんだが・・・。

そんな事を考えながらフトミミは静かに立ち上がり
開け放していた窓に近づき、外に向けて手を出して小さく手招く。
少しして下から上がって来たのはミカエルだった。

「・・眠ったか?」
「・・ついさっき」
「・・そうか」

ミカエルはそれだけ言って自分の胸を槍を持っていない方の手で押さえる。
そうしていつにも増して難しい顔をするミカエルにフトミミは苦笑した。

「・・心配しなくても高槻はしっかりしている。
 過去に押しつぶされたりはしないさ」
「・・・わかっている。・・・だが私は・・・」

自分は直接関与したわけではないが
ミカエルはかつてジュンヤの内部を傷つける要因になった
ヨスガの天使達で出来ている。

ジュンヤのことだ。
その自分を近くに置いておくということは
きっとあの時の自分への戒めの意味も込めているのだろう。

「・・・私は主の側近でありながら・・・主の深部にあるものを救うことができん」
「・・それは私も同じだよ。
 おそらく高槻を本当の意味で助けられるのは
 高槻自身のこれからの行動しかないだろう」
「・・・・・」
「私達ができる事はその手助けしかない。悔しいかもしれないけど・・ね」

大天使はしばらく眠っているジュンヤを凝視した後
音を立てないようにすっとその場を離れようとした。

「トールもいるんだね」
「あぁ、門の方を守らせている」

ジュンヤには内緒にしてあるが、今このアサクサの仲見世通りは
正面の門をトールがふさぎ、反対側の通路をミカエルが守って
他の悪魔が一切出入り出来ないようになっている。

それは自分が今ジュンヤに出来ることはこれぐらいしかないと
トールと相談しての行動だった。

「・・そう言えば地下街への通路と
 今ここにいる分の開いた場所は誰が守っているんだい?」

だがこの仲見世通りへの入り口は3カ所あり
2人で死守するには少し無理がある。

その問いかけにミカエルはちょっとムッとしたように振り返り、こう言った。

「・・・女帝と・・悪魔狩りだ」

フトミミがおや、と意外そうな顔をする。

もうバーで遊びあきたからなのか、それとも単なる気まぐれなのか。
あまりそんなことをしないような悪魔達の名前を残して
金色の後ろ姿は仲見世通りの向こうへ消えていった。

主人も主人だが、それに仕える悪魔達も
みんなそろって不器用な悪魔ばかりだ。

1人そんなことを心の中でつぶやいて
フトミミは窓に寄りかかったままうちわで自分をあおぎ
のんきに寝こけているジュンヤを見下ろした。


さて、この自分たちの主人でありマネカタ達の代表のような少年悪魔
実は結構いろんな悪魔に愛されてると知ったら、一体どんな顔をするだろう。


けれどフトミミは今のジュンヤが好きなので言う気はないし
ミカエル達がこっそりやっている事も話すつもりはない。


つまりはみんなそのままでいいと言うことだね。


元思念体で元マネカタである鬼神はそっと微笑んで元の位置に腰を下ろすと
再びうちわを動かしジュンヤに風を送る作業を開始した。








あっさり書くつもりが思いがけず深くなってしまったフトミミさん編でした。
そういやうちのパーティーは元ヨスガだのシジマだので何かと感慨深い。
んでムスビはダンテだと思ってたりしますが。


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