「少年」

ジュンヤが思案していると、ダンテが3度目の挙手をした。

「はいダンテさん。・・って今度は何。飲みに行くからマッカよこせとか?」
「いや違う。仲魔一体って事は・・・オレも数に入るのか?」

ぴしりとジュンヤの表情が引きつり
よからぬ気配をかぎ取ったミカエルの眉間にびしとシワが刻まれる。

「・・・・・・・・入らない。絶対。間違っても。決定的に入らない。」
「なんでだ。オレもオマエの仲魔だろうが」
「仲魔は仲魔だけどダンテさんだけは例外。
 絶っっっ対選ばないから安心して自由行動してきてオッケー」
「力説するなよ。たかが就寝中のガードだろう」

そう。たかが寝ている間の護衛。
しかしそれは言い換えると添い寝の相手。

おどけるように手を広げるダンテに
むっとしたようなミカエルが横から口を挟んだ。

「主は気の置ける者にしかこの役目を与えない。
 ただでさえ色々と主に悪さをするお前にその権利はないのだ」
「・・・ほぉ?オレにはまだ気を許してないって?」

意味深な言葉を発し、すっと細められたダンテの目線から
ジュンヤが何かよからぬ陰謀を感知して一歩後ずさり
ミカエルがそれをかばうように翼の影に隠した。

「・・・・・・・何を考えている悪魔狩り」
「いやなに。クライアントとのコミュニケーションが不足してるらしいから・・・」
「却下!!」
「・・・まだ何も言ってないだろ少年」
「ダンテさんの口かららしくない単語が出てくるときはロクな時じゃない!」
「失礼なヤツだな。オレだって気が乗れば社交的な・・」
「んー、こないだはケルだったし、マカミでもいいけど・・・」
「・・・スルーすんなガキ

青筋立ててアイボリーを突き付けようとした瞬間
別方向からあまり聞かない音声が割って入ってきた。

「・・・・悪魔狩り」

ぽつりと聞こえてきた声にダンテとジュンヤが同時に驚く。
それは珍しいことにいつも事の成り行きを見守り
あまり仲魔同士の騒動に参加しないはずのブラックライダーだ。

「・・・なんだ。デスライブラが珍しくご意見か?」
「・・・意見ではない・・・提案だ」

キイと風も振動もなく骨の手に握られた天秤が音を立てる。

「・・・主・・・悪魔狩りも・・・選択肢の一つだ」
「ブラック?!」
「・・・酷似は・・・恐れるべきものではない・・・」

ジュンヤの顔にはっきりとした狼狽の色が出た。

確かにダンテは半人半魔で立場的には自分と似ているところがある。
だが自分にないものを山ほど持っている魔人でもある。

それに雇用以来ダンテと二人きりになった事はほとんどない。
ブラックライダーの言う通り、そんな機会を作ってみるのも
悪い話ではないのだろうが・・

そう思うものの勇気がわかず、困ったようにダンテに目を向けると
ほんのちょっとだけ沈んだ目と視線がかち合った。

「・・・そんなにオレが嫌いか?」

そう言われると言葉につまる。

別に嫌いなわけではないが、他の仲魔のように好きというわけでもない。
仲魔はみんな好きなのだが色々な経過のあったこの男だけは
いまだに扱いが難しいのもまた事実で・・・

だが元がどんな奴であれ、一緒に苦楽を共にしてくれる仲魔に
こんな言葉をよこされるのがジュンヤには一番弱い。

「・・・・嫌いじゃ・・・ないけど・・・」

困るジュンヤの横で
ミカエルの槍を握る手にぐぎぎと力がこもる。


・・・駄目だ主よ!
この男、主の弱みにつけ込んで絶っっ対何かたくらんでおる!


ミカエルの無言の抗議をよそに
ダンテはしょうがないなとばかりに軽く肩をすくめて
悪魔の血で染まったんじゃないかと思うほど赤いコートに手を突っ込んだ。

「じゃあここはコイツで決めるってのはどうだ?」

そういって出されたのは・・かつて依頼料を決めるときにダンテの出したコイン。

その時、成り行きを見守っていた仲魔の中にいたマカミが
ちょっと何か言いかけてパクリと口を閉じる。

「表が出たらガード決定。裏が出たら・・・しばらくお別れだな」

ジュンヤの胸の内が、お別れという言葉にちくりと痛んだ。

ほんの少しの間だけの話なのに、永遠の別れではないはずなのに
数多くの別れを経験してきたジュンヤには
そのなにげないはずの言葉は、鋭利なナイフのような鋭さがあった。

ピンと音を立てて弾かれたコインは
いつかと同じように軽い音を立てて黒いグローブに収まる。

一瞬何か言いかけたジュンヤだったが、それより速くダンテの手が開く。

コインが向いていたのはいつかと同じ表の面。

「ガード決定だ。少年」
「・・・・・」

黙り込むジュンヤの横でミカエルが
『嫌なら全員で袋だたきにしてストックに返す』という雰囲気をさせる。

しかし主の決断を待っていた仲魔達の中でたった1体だけ
ダンテの手口を知るマカミだけが
『・・アノヤロ』と内心ほくそ笑んでいたのを誰も気付かなかった。

そしてジュンヤは少し考え、静かに首を縦にふる。

「ん、わかった。お願いするよ」
「「主!!」」

今まで黙って見ていたトールとミカエルの声が見事にはもる。

トールもダンテに対して言いたい事が山ほどあったが
大抵の場合言いくるめられてしまうので
ミカエルがいる場合は元ヨスガの彼もシジマの悪魔になるらしい。

「・・・確かにいい機会だしね。
 ダンテさんなら寝首をかくなんて事もしないだろ」
「しかし・・!」

心配するトールにジュンヤは手を振った。

「平気だ。いざとなったら呼べばいいんだし」
「だが・・!」
「大丈夫だって。せっかくの自由時間なんだからさ。
 トールもマントラ軍の様子見に行きたいだろ?」
「・・・!・・」

元力押し集団所属の彼は拳で語ることはともかくとして
口ではからっきしかなわない。

そんな鬼神の巨大な肩を、同じ集団の天使でできているおっさ・・
もとい大天使がぽんと叩いた。

「・・トール、ここは主に一任すべきだ」
「だが・・!」
「我らは主の配下。その主を信じるのもまた忠義のあり方だ。違うか?」
「・・・・・」

それでようやく納得したらしく
力の込められていた巨大な鉄槌がようやく下を向く。

「だが悪魔狩り、万が一主にもしもの事態があったなら・・・」

言って強烈な殺気を放ち出したミカエルに
ダンテはさして事も無げに片手をひらひらさせた。

「全員でお相手して下さるわけか?HA、そりゃ随分情熱的・・・って!?」
「あーもー!ささくれ立ってる所に油そそぐな!
 ほらほらキリキリ歩いた歩いた!」

一回り小さい悪魔に耳を引っぱられて連れて行かれるハンターを
残された悪魔達は呆然と、あるいは笑いながら、もしくは無表情に見送る。

「おいコラ!耳を引っぱるな!どこ行くつもりだ!」
「だってケルやマカミならともかくダンテさんだと枕にならないだろ。
 ちゃんとした所にしないと角が首に刺さって痛いし」
「オレは今痛い!」
「ビルから飛び降りて平気なくせになんでこんなのが痛いんだよ」
「耳から落ちるバカはいないだろ!」
「ダンテさんなら顔から落ちても絶対平気」
「確定するな!!」

ジュンヤの仲魔になった悪魔は、成長する強さと組織力を手に入れるかわりに
何かを失うというのは仲魔内ではそれなりに有名な話だったが
ダンテの場合失ったのは大人の威厳というか非情さというかスタイリッシュさというか
ともかく元あった格好良さをどこかに落としてしまったのは確かなようだ。




ターミナルを使い扉を開けるとそこは薄暗い通路だった。
どうやらそこは地下らしく、歩くとダンテのブーツとジュンヤのスニーカーの音が
しんと静まりかえった廊下によく響いて少し不気味な気配をさせる。

他の建物は悪魔が入り込んでそれなりに破壊されたりしているが
ここは多少床に物が散乱している程度であまり荒れてはいない。

歩きながらダンテがその事を聞くと
ここはどの街からも離れている辺境にあるシンジュク衛生病院という場所で
あまり新しい悪魔が入ってこず、力のない悪魔しかいないからだと説明が返ってきた。

「実は俺が悪魔として生まれたのもここなんだけどね」

まだ律儀に作動しているエレベーターに乗りながら
なにげなくジュンヤのもらした一言に
ダンテは一瞬何か言おうと口を開こうとしたが
扉が閉まるのと同時に発言を中止した。

今は休息の時間。
ジュンヤの古傷をほじくり返す時ではないのだ。

「でもさダンテさん、ここの悪魔って各種族の原種ばっかりで
 護衛がいるほど強い悪魔なんていないんだけど」
「オレだって年がら年中悪魔狩りしてるワケじゃない。
 たまにはコイツの手入れもしてやらないと
 肝心なときに機嫌を損ねられたら困るだろ」

言って出したのは色違いの双子銃。

「・・・あ、そっか。銃って手入れがいるんだ」
「リベリオンはともかくこいつはデリケートな所があるからな。
 ストックで見てやれない事もないが、本格的にはいかないからな」
「ふーん」

身長差もあっていくらかこちらを見上げるようにしながら
少し楽しそうな目をするジュンヤにダンテは眉をひそめた。

「・・・なんだその目は」
「だって、いやダンテさんって壊すだけかと思ってたから
 ちょっと意外だと思ってさ」

ダンテは銃をキリキリと器用に回転させ、素早くホルスターにしまい込むと
返す手で雇用主の額を指でびしっと遠慮なくはじいた。



そんなやり取りをしつつたどり着いたのはいくつかある病室の一つ。
ジュンヤの話によるとここ以外の他の部屋は
思念体や悪魔がいるので使えないのだそうだ。

弱い連中なんだから追い出せばいいだろうとは思うが
ジュンヤの性格上あまり意味がないのでダンテは黙っておいた。

中に入るとベットが2つとイスがいくつかあり
ベットの一つはあきらかに使用された形跡があって
ご丁寧にシーツも布団も毛布もたたまれて置かれてある。

こんな荒れ果てた世界でこんな律儀な事をするのは
目の前の少年悪魔くらいだろう。

「・・何度か来てるのか?」
「うん、たまにだけど使ってた。
 でもアサクサに行けるようになってからあんまり来てないな」

言いながらジュンヤは手慣れた様子でシーツを広げ、毛布をかぶせ
最後に一番肝心な枕をセットする。

ものの一分もしないうちに就寝セットが完成した。

「よっし、できたと。
 じゃあ俺寝るから。ダンテさんその辺で適当にしてね」

靴を脱ぎながらベットに上がるジュンヤ。
もちろん脱いだ靴をそろえるのも忘れない。

「あ、それと静天前になって起きなかったら起こしてよ。
 退屈だったら散歩しててもいいから」
「OK」

しぶる様子もなく簡素に答えたダンテは
何を思ったのか空いていたベットを片手で掴み
ちょっと乱暴にジュンヤの横へ移動させた。

しかもその上へホルスターから抜いた銃を2つとも放り投げ
背にしていたリベリオンを立てかけると
ブーツも脱がずにその脇にどっかと腰を下ろす。

「・・・何してんの?」
「その辺で適当にしてろって言ったろ」

そりゃあ確かに言ったが・・・
いくらなんでもこれから寝ようとしている真横で
あんなガタイのいい奴にくつろがれても困る。

「気にするな。オレはオレのしたい事をやってるだけだ」
「・・・・・・・」
「なんだ、襲ってほしいのか?」

次の瞬間、ジュンヤの片手が弾かれたように動き
それと同時にダンテが素早く両手を上げた。

一方はストックに仲魔を送り返す動作の一歩手前。
一方は降参のポーズ。

この場合、先に降参のポーズを取ったため
それ以上のことができないジュンヤが負けになる。

「・・・・ダンテさんの冗談・・・・笑えないのが多すぎる」
「そいつは・・」
「ほめてない」

即座に斬り捨て毛布にくるまると
ジュンヤはダンテに背を向けて丸くなった。

背中を見せたということは信用したのだろう。

ダンテはそれを見て小さく笑い、慣れた様子で色違いの銃の手入れを始めた。

カチャ キチキチ カチチ

しかしその音は大きくないけれどやっぱり気になり
背を向けていたジュンヤはすぐに寝返りをうって向き直ってくる。

「・・・眠れないんだけど」
「適当にしろって言ったのはオマエだぜ?」
「・・・・・ひょっとして嫌がらせ?」
「まさか」

と言いつつシニカルに笑うところなんか、どう見ても嫌がらせにしか見えない。
ジュンヤはムッとして一瞬場所を変えようかと思ったが
ここ以外の空き部屋を探すのも面倒だし、別にそれ以上の事もしてきそうもないので
再び背を向けると毛布を頭からすっぽりかぶり、無理矢理寝てしまうことにした。

カチッ カチャカチャ  ガチン

あまり聞き慣れない金属音はしばらく聞こえていたが
ジュンヤ的にはその音よりも、なんでダンテが真横にいたがるのかが気になる。

それはしばらく聞いているうち回数も減り、さらにはまったく聞こえなくなり
ストンというホルスターに戻す音を最後に何も聞こえなくなった。

どうやら銃の手入れは済んだらしい。
しかしそれ以上の音がしないという事はダンテはまだ横にいるのだろう。

・・・何してるんだろ。
性格からしてじっとしてるタイプじゃないのに・・・。

そう思いそっと寝返って毛布から顔を出すと
その途端、片膝を立ててこっちを眺めていたダンテとまともに目があった。

「ッ!!」
「・・なんだ、まだ眠れないのか?」

ジュンヤは勢いよく毛布をかぶり、その中で赤くなったまま怒鳴った。

「・・な、なんで見てるんだよ!」
「なんでもなにも・・護衛だろうが」
「人が寝ようとしてるところをじろじろ見なくてもいいじゃないか!」
「他に見る物がないんだよ」
「じゃあその辺散歩してくればいいだろ!」
「注文の多い依頼主だな・・」

ため息をついた気配の後、ゴツっと床にブーツの落ちる音がする。
ジュンヤはようやく諦め出て行ってくれるのかと毛布の中でホッとするが・・

ギシ

「!!」

頭の上あたりでベットのきしむ音がして驚愕した。
音からしてそれはダンテが枕元に腰を下ろした音だ。

なにしてんだ!なんで人の枕元に落ちつくんだ!と言いたかったが
言おうとした寸前、毛布越しにだが何かに頭を撫でられる。

見えはしなかったが、あまり似合わないとは思ったが
部屋の扉が開いた気配がない以上、それは確実にダンテの手だ。


「・・いいから寝ちまえ。悪い夢見ないように見張っておいてやる」


見えない声の主はそう言ってぽんぽんとあやすように頭を撫でてくる。

ジュンヤは毛布にくるまったまま困惑した。

しかしその軽い振動がなぜか不思議と心地よく
追い払おうとして出そうとしていた手から、力が自然と抜けていく。

・・・変な所で人間らしいんだな・・・。

そんな事を考えながらジュンヤは身体を丸くし、大人しく本格的に眠る体勢をとった。

「・・・悪い夢なら散々見てるから平気だと思う」
「そいつは奇遇だな。オレも悪夢と名のつくヘドロを何回か退治した事がある」
「・・・悪夢って退治できたっけ?」
「やり方次第だ」

頭を撫でていた手が、丸くなった背を軽くはたいてくる。

「ただオマエが今見てる悪夢の方は
 まだちょっと退治に時間がかかりそうだがな」

それはボルテクスという名の、起きていても見える大きい悪夢だけれど
それもいつかは終わらせられる悪夢だとダンテは思っていたのだが・・

「・・・俺、今悪夢なんて見てないよ」

返ってきた意外な言葉にダンテはふと手を止める。

「・・・だって・・・みんながいるから・・・悪夢じゃない」

友達も先生も知っている人間も、みんないなくなってしまったけど

「・・・夢みたいな話だけど・・・少なくともみんながいてくれるから・・悪夢じゃない」

前や後や隣には人ではないけれど、たくさんの仲魔達がいてくれるから
悪い夢のようなこのボルテクスはもう悪夢ではない。

「だから・・・俺が今から見る夢は・・・悪夢になっちゃうかもしれないなぁ・・・」

ダンテは小さく笑って一層丸くなってしまった毛布の固まりを
壊れ物でも扱うようにゆっくり撫でた。

「・・だったらオレにまかしておけばいい。
 悪夢を退治した悪魔も泣き出す最高のハンターがいるんだ。
 そう簡単に悪い夢なんて見やしないさ」
「・・・ん・・・」

自意識過剰と言われるかと思ったがジュンヤは意外と素直に認めてしまい
ダンテはちょっと拍子抜けしたもののまぁいいかと苦笑する。

しかしそこで1つの疑問が出てくる。

「・・なぁ少年、1つ聞くが・・」

だがダンテは途中で言葉を切った。
丸くなった身体からは声がなく、背になる部分が規則正しく動くのみ。

頭の部分にそっと耳を近づけてみると寝息が聞こえ
顔をおおっていた毛布をそっとめくってみると
ジュンヤは完全に寝てしまっていた。


・・・このヤロウ


ダンテは1人ムッとする。

人が一番大事な質問をしようとした時に爆睡しやがって

とは言えさすがにたたき起こして聞くわけにもいかず
ダンテは音を立てないようにベットから降り
隣に寄せていたベットに、やはり音を立てないように注意しながらごろんと横になる。


みんながいるから悪夢じゃない・・・か。


初めて見るその寝顔は、普段よりもちょっと幼く見えて
確かにそんなセリフが似合いそうな少年のように見えた。


・・・少年、1つ聞くがそのみんなの中にオレは入ってるのか?


さっき聞けなかった質問を心の中でつぶやきながら
ダンテはグローブを外し、そーっと手を伸ばす。
そして起こさないように細心の注意をはらいながら
その口元に手をあてちゃんと息をしているか確認した。

いつも血色が悪いので、時々ちゃんと生きているのかと思う時があったが
指先にはちゃんと規則正しい吐息が触れ、ダンテは1人ホッとする。


・・・何をやってるんだかなオレは・・・。


自分で自分に呆れ、引っ込めた手で頬杖をつき
ダンテはすっかり熟睡している依頼主をながめ
その心境とは裏腹な、ジュンヤが見たら驚くだろうほどの穏やかな笑みを浮かべた。


オマエは多分知らないだろうが
オレがオマエに会ってから変わったことも結構あるんだぜ?


『なぁジュンヤ』


声には出さずそう口でまねて、ダンテは少年に手を伸ばそうとしたが
短い前髪に手が触れる寸前、寝息の出ていた口が
寝息とは別の形でかすかに動く。

・・・寝言・・・か?

幸い様子からして悪い夢を見ているようではないが
少し気になったダンテは身を起こすと
音を立てないように注意しながら床に降り、その口元に耳を寄せてみた。


「・・・・」


それはギリギリ聞こえるか聞こえないかの小さな寝言だったが
ダンテの耳には大声で怒鳴られたくらいにその言葉はハッキリと残り・・

悪夢さえ狩るというスタイリッシュなデビルハンターは
一瞬相当な間抜け面になったかと思うと
急に口を押さえ、何を思ったのか後歩きで部屋のすみに行き
大きな身を縮めるようにしつつ、声を殺し笑い始めた。





「・・おい起きろ少年、そろそろ時間だ」

深く眠ると夢も見ないと言うが・・
眠っていてまず最初にそんな声から聞こえたと言うことは
夢を見たと感じないほどに深く寝ていたのだろう。

と、ジュンヤはぼんやりする頭のすみでそう思った。

楽しい夢でも見れるかと思ったが
目の前のハンターはどうやら悪夢どころか夢自体も追っ払う効果があったらしい。

・・まぁそれはそれでよく休んだという点では良かったのかも知れないなと
ジュンヤは閉じていた目をゆっくりと開け・・・


「うーーわあーーー!!??」


思いっきり目の前、息もかかりそうな距離にあったダンテの顔に絶叫して
普通の悪魔なら一撃で成仏できそうな拳を振った。

しかしそれは予測されていたのか、直撃する寸前スタイリッシュによけられる。

「なんだ、起き抜けから激しいヤツだな」
なんだじゃないだろ!!なんでいきなり目の前にいるんだよ!!」
「いや、あんまりよく寝てるもんだからキスしても起きないのかと思・・
 ・・あ、待て待て待てまだ何もしてない」

周辺の空気を変化させ、手加減なし最大級の攻撃をしようとするジュンヤに
ダンテは慌てて両手を降参状態に上げる。

「・・・ホントに何もしてないんだな?」
「してたらとっくに起きてるだろ?」
「・・・・・」

ジュンヤは顔付近に収束させている魔力そのままに考えた。
ダンテはこんな性格だが嘘をついた事はない。

「ホントにホントに何もしてないんだな?」
「・・そこまで飢えてない。信用しろ」


したかったのもホントだが・・それじゃあフェアじゃないだろ?


などと聞かれたら確実に殴りかかってこられるだろう事を思っているダンテをよそに
ジュンヤはようやく攻撃体勢をとき、ついでに深ーいため息をついた。

「・・・やっぱりダンテさんを選んだのは、あらゆる意味で間違いだった」
「何言ってやがる。あれだけ爆睡してたくせに」
「・・・そりゃそうだけど・・・」

どこか釈然としないジュンヤをさしおいて
ダンテは立てかけてあったリベリオンを慣れた様子で背に戻した。

「さて、誤解が解けたところでさっさと合流といこうぜ。
 遅れるとボスとTバックがさぞかしうるさいだろうしな」
「・・そうだね」

起こし方はちょっと問題有りかもしれないが、確かによく眠れたのも事実なので
ジュンヤはそれ以上何も言わず、寝床をきちんと片付け始めた。

「なぁ少年、次の昼寝はいつぐらいだ?」
「・・さぁ。気が向いたらまたするだろうし、しない時はずっとしないよ。
 でもそんなの聞いてどうするんだ?」
「決まってるだろ?また今日みたいなブレイクタイムに付き合うんだよ」

毛布をたたみ終えたジュンヤが振り返り
これ以上ないくらいのジト目を向けてくる。

「・・・ダンテさん、もう一回聞くけどホンっっトに何もしてないよね?」
「くどいな。寝てる間は指一本触れちゃいないぜ?」
「・・・ならいいけど」

何もしていないならそれなりに暇だったろうに
なんでそんなに楽しそうなのかという疑問も残るが
ジュンヤはともかく秘蔵の寝床をきちんと元通りにすると
仲魔達と合流するのが先と考え、なんだか嬉しそうなダンテと共にその部屋を後にした。




「オウ、ドウダ楽シカッタカ?いんちき野郎」
「あぁ、おかげさまで楽しいブレイクタイムだったぜ」
「ホォ?ソリャヨカッタナァ。ソンデ?何ガアッタンダ?」
「・・わかってると思うがアイツには言うなよ?」
「ワーカッテルッテノ。デ?ナニヲヤラカシタ?」
「オレは何もしてないさ。むしろやらかしてくれたのは・・」


後日そんな会話がダンテと神獣との間でされていたことを
ジュンヤはもちろん知るよしもない。









相変わらずキリキリ路線なダンテ編でした。
寝言で何を言ったのかは色々深読みして下さい。
ザ・責任転換。


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