それはギンザのじゅえりーRAGから出てすぐ。
ダンテが寄る所があるというので興味を持ち、ふらふらついて行ったのが運の尽き。

ほかの町に比べて比較的治安もよく建物も荒れていないギンザ。
そのとある一室にダンテは入っていき、少なからず人間の生活臭の残る
おそらくブティックだったろう部屋を見回して何かごそごそと物色を始めた。

「・・・着替え?」

趣味を疑うデザインの大剣を背負ったままという物騒な身なりで
ハンガーをとっかえひっかえする奇妙な後ろ姿に違和感を感じつつジュンヤが聞くと
ダンテは振り返りもせず・・・

「・・・サイズいくつだ少年」

と予想もしなかった答えを返してきた。

「え?俺の探してるの?」
「当然」
「い、いいよそんなの。服なんて戦ってるうちにすぐ破くし・・」
「心配するな、デビルハンターの見立てだ。世界一スタイリッシュな悪魔にしてやる」
「いやそうゆう問題じゃなくって・・・というかスタイリッシュな悪魔って何?」
「・・・スレンダーなやつしかねぇな。オマエのサイズとしてはちょうどいいが
 今時の日本人ってのはこんな奴らばっかりなのか?」
「・・・・・・・ダンテさん人の話聞いてる?」

かつてのなごりで2人の会話は時々かみ合わない。

そうこうしているうちダンテは棚にあった上着の一つを
ぽいと無造作にジュンヤに投げてよこしてきた。

「着ろ」
「え?・・いや、でも」
「いいじゃねえか減るもんじゃなし。
 いやむしろ・・・それ以上減りようがないか、オマエの場合」
「・・・・ッ」

意地の悪い笑みを向けられジュンヤは一瞬赤くなり
怒ったように渡された白いシャツに腕を通す。
確かにジュンヤの現在着用しているのはハーフパンツ一つ。
全身に入るタトゥーで多少の違和感がないとはいえ
これ以上抵抗しても何を言われるかわかったものではない。

「・・・いいって言ってるのに・・・」

聞こえるようにつぶやいてみたが
まだ何か物色しているデビルハンターは振り返りもせず
含み笑いでもしたのか背中を微かに震わせただけだった。

ジュンヤはその様子にムッとしながらも、ボタンを律儀に全部とめて
裾をハーフパンツに突っ込もうとしたが、入る余地がないのであきらめ
そのまま近くにあった薄汚れた鏡の前に立ってみた。

黒のパンツと合わせる見立てとしては確かに悪くない。

だがそれ以前にどうしても障害になるものが今のジュンヤに存在して
ジュンヤは鏡の前で顔をしかめる。

「少年」

振り返るとダンテもそれに気が付いたらしく
顎に手を当てたままなんとも言い難い顔をして立っていた。

「・・・変・・・だよね」
「・・・あぁ」

原因は大元のジュンヤの身体に走る、黒とエメラルドのタトゥー。

黒のズボンだけなら目立たないが
白のシャツを着ると、まるでバクとシマウマをたしてシャツを着せたような
異様な有様になってしまうのだ。

ダンテは無言で踵を返すと、背にしていた大剣をがしんと床に突き立て
さっきの倍くらいの荒々しさで部屋中を物色し始めた。

「ちょ・・ちょっとダンテさん!」
「こいつは難関だ。タトゥーのインパクトが強すぎてバランスが悪い」
「だったらもういいって!あんまり荒らすとニヒロの悪魔に怒られる!」
「オレの相棒がハーフパンツ一丁しか似合わない方が問題だ」


・・・あ、そっちが本音か。


部屋を荒らし回る赤い魔人の背中にジュンヤの白い視線が力なく当たるが
そんな事はおかまいなしに再び無造作に丸められた上着が飛んできた。

「Hey、ボサッとするな。さっさと着ろ」
「・・・あのさ、俺べつにこのままで・・・」
「いいから着ろ。服ってのはこんな所でホコリをかぶるためにあるんじゃない。
 すぐダメになろうとなんだろうと誰かに着られるためにある。違うか?」

言ってる事は間違っていないが・・・

某第3カルパで訳もわからず理不尽に追い回されたジュンヤにとって
その張本人に言われる台詞がまっとうであると無性に腹が立つ。

「でもダンテさ・・・」
「いいから着ろ。服ってのは着られてマンボだ」
「・・・ナンボ?」
「あぁ、こいつもいける。追加だ」

ぺっと投げられた新たなシャツが顔面にひっかかって視界が白くなる。

やはり昔のなごりで2人の会話は時々かみ合わない。

というかダンテはあまり人の話を聞く気がないというか・・

いや、それ以前にそこのデビルハンターは
出会った当初、ジュンヤの話をものの一度たりとも
まともに聞いた試しがなかったような気がする。

むしろ耳があるのかどうかも疑わしい。

「・・・・・・・暇人」
「余裕があるって言ってほしいな」
「・・・あっそ」

悪口を聞く耳はあるらしい。

まぁいいか、どうせすぐ飽きるだろうとため息を吐きだし
ジュンヤはもぞもぞと寄こされたシャツ類に袖を通しだした。



そんなこんなで試着すること数十着。

やはり全身タトゥーに彩られた身体に合う服は置かれていなかったらしく
ダンテはつまらなそうに銀の髪を乱暴にかき上げた。

「・・チッ、タトゥーに勝る物はなしか」
「もういいって。良いのがあったとしても戦闘ですぐダメになるし」
「わかってないな少年。これはオレのポリシーの問題だ」

じゃあ俺の意見は完全無視かテンパリ横暴魔人。

黙って毒づいてみてもダンテはまだ諦めきれないのか
強盗か物取りのごとく大きな体で部屋をブーツの音をたててうろつく。
しかもその後ろ姿が妙になれていたりするので始末が悪い。

まさかとは思うけどこんな事ばっかりしてるのかなこの人は。

そんな怖い想像をしながらジュンヤは最後に着たグレーのシャツを律儀にたたみ
棚に戻しながらもう何度目かになるため息を吐き出した。

だがしばらくして部屋中を歩き回っていたブーツの音がふいにやむ。
ようやく諦めたのかと振り返ると、ダンテがドアの前にたたずんでいて・・・

「・・・ショウウインド」

ぼそりと言われたその言葉の意味は
ダンテが突き立てていたリベリオンを引き抜いたのと同時に思い出された。

「ダ・・!待っ!」

制止しようとしたと同時に赤い後ろ姿が自動開閉のドア向こうへ消えた。


ドガチャーーン!!


そして聞こえてくるガラスの破壊音。

・・・あぁ、わかっちゃいたけど人の都合なんかお構いなし。

などと頭を抱えつつ、腕は立つがいつまでたっても改善されない
赤コート魔人の問題点を再確認しているとドアが開き
その問題の赤い魔人が楽しそうに片手にリベリオン
もう片手にジュンヤの予想していた物を持って戻ってきた。

「Hey、少・・」
「やだ」
「サイズ・・」
「いやだ」
「ものはタニシ・・」
「ためしだろ」
「ジュンヤ・・」
「名前で言ってもいやだ」
「こいつでラス・・」
「やだよ」
「いいから・・・」
「やだ」
「強情だな」
「ダンテさんほどじゃない」
「着・・」
「やだっての」
「オレの・・」
「ざけんな」


無表情問答無用で突っ返しまくるジュンヤに
最初は面白そうにしていたダンテの顔からも表情か消えた。


無言のにらみ合いが数秒続く。


「無駄だと思いつつ一応聞くけど・・・」
「何だ」
「それ、女物だよね」

そう、ダンテが握りしめているのは
どう見てもすらりとした女性用の白いワンピース。
どんな目の悪い奴でも男が着るようにはみえない。

「もちろん知ってるぜ。オレとしては白より燃えるような赤の方が好み・・」
「俺男」

限りなく冷たい声で抗議してみたが
その程度でプロのハンターはひるまない。
白い布を持ったまま肩をすくめて挑発的におどけてみせた。

「HA、わかってないな少年。
 オマエみたいな細いのは男物だろうが女物だろうが体格的に問題ない。
 むしろその手の連中に言わせりゃ女物の方・・」


カッ!!


無言で放たれた光弾を絶妙なタイミングでかわし
ダンテはアイボリーをホルスターから抜きはなつと
まだ光弾を放った体勢を保っているジュンヤから距離を取る。

「ムキになったって事は・・・子供時代に女装させられて遊ばれたクチだな?」

ジュンヤは答える代わりに両手を上に上げる。
それは炎を放つ時の独特の構え。

「・・当たりか?」


ドン!!


コートのはじギリギリを紅蓮の炎がかすめていく。
それはダンテを背後の扉からどける牽制で放たれたものだったのだが
すでに先読みされていたらしく、脱出口からさほど離れなかったダンテに
ジュンヤは軽く心の中で舌打ちした。

「逃げ道を作るのに相手の都合を考えるなんざ・・まだまだ甘いな」
「・・・・」

ジュンヤはやはり何も言い返さない。
何かに集中すると無口になるのがジュンヤの癖だった。

「たかが着替えでムキになるなよ相棒」
「・・・じゃあダンテさんも諦めるのがスジだろ」
「オレは一度決めた事を簡単に諦めるマネはしないタチでな」
「・・・・・」

じりとダンテが間合いを詰め、その分ジュンヤが後退する。
背後は壁。出口はダンテの背後にしかない。

この状況、まるでかつての第3カルパだ。

それに気付いたのかダンテが意地の悪い笑みを浮かべる。

「このシチュエーション、オマエとチェイスした時そっくりだな」
「・・・・・」

ダンテはともかくジュンヤとしてはロクな思い出がない事を
その当事者に蒸し返されて、金の目がぐっと細くなる。

ただあの時と違うのは
二つある銃のうち一つしか抜かれていないこと。
そしてその銃口が威嚇目的で急所に向けられていないこと。
追いつめる理由が素っ頓狂であることくらいだ。

「どうする少年?オレもオマエもゆずらないなら・・・やる事は一つだ」
「・・・・・」
「あの時みたいに腹の底から咆哮して、オレを紙切れみたいに吹っ飛ばすか?」
「・・・・・」

ジュンヤはやはり無言のまま、体勢を安定させるように足が半歩横へ移動する。
それが何を意味するかダンテはすぐ理解して意地の悪い笑みを浮かべると
問題のワンピースを壁際のダンボールへ放り込み
流れるような動作でアイボリーをしまい、代わりに両手でリベリオンを構えた。

「・・・ダンテさん」
「何だ」
「大人げないって言われたことない?」
「さぁな、必要ない言葉は頭に残らないからな」
「そうゆうのを・・・」

ジュンヤが身を低くしてスタートダッシュの体勢を取った。


「大人げないって言うんだよ!!」

弾丸のような速さで小柄な身体が跳躍した。



幸か不幸か
その時ギンザには街を管理するニヒロの悪魔がみなオベリスクに出払っていて
その部屋での騒ぎを聞きつけられることはなかった。

ただ魔人同士の抗争はさすがに派手で
近くにあったじゅえりーRAGのおやじがその振動でびびり
バーのママがなんとなく事情を察して苦笑いをもらし
邪教の館の主がちょっと眉をひそめたりしたのはまた別の話。




「・・・チェックメイトだな少年」

見るも無惨に荒れまくった部屋の中心。
馬乗りになったジュンヤの後頭部にとんと人差し指を当てながら
ダンテが静かに宣言したのはそんな言葉。

ダンテもジュンヤも相当暴れたのか髪も乱れほこりだらけで
ダンテの手にあったはずのリベリオンもなぜか天井に突き刺さっていたりする。

能力は同等だったがやはり場数の違いは大きい。
赤いコートに押さえつけられたジュンヤの目が
ダンテのかわりに前にあったカラのダンボールを恨めしそうに睨んだ。

「・・・・オニ」
「ハッハ!取っ組み合いなんて久しぶりでギラギラしたな」
「・・・・自己中」
「それにしても相変わらずのガッツだ。
 だがオレの裏をかけないようじゃあまだまだだ」
「・・・・いじめっ子」
「本気で逃げるなら仲魔でもなんでも呼べばいいってのに
 まだ仲魔が大事だとか言うつもりか?」
「・・・・・・・」
「だが一対一ってのはなかなか楽しかったぜ少年。
 ダンスの最中に余計な邪魔が入らないのは何よりだ」
「・・・・だからダンテさん、しつこいようだけど人の話聞いてる?」

それはまさに取っ組み合いだった。
ジュンヤは部屋を荒らしたくないのとわずかながらも
ダンテに危害を加えたくないという理由から
力をなるべく押さえ魔法も使用しなかった。
ダンテもそれを知っていて、なおかつケンカはフェアじゃないと
面白くないという理由から対等の条件になるべく銃に手をかけなかったのだ。

逃げようとするジュンヤをダンテが何度か剣で牽制したが
剣は細いはずの足で強力な蹴りを受け天井まではじき飛ばされる。
体勢を崩したダンテの脇をジュンヤは駆け抜けようとしたが
まるで背中に目があるかのようなダンテの動きに
タトゥーの入った二の腕が捕らえられ・・・

それからは素手同士の攻防戦。ダンテもジュンヤも何度も投げられ
あるいは足払いをくらいまた蹴りをもらったりもしたが
不思議なことに2人とも傷らしい傷を負っていない。
犬がじゃれてケンカをする加減を知っているかのように。

「まぁともかくオレの勝ちだ。大人しく着てもらおうかジュンヤ」
「・・・・・」

さすがにここまでされると抵抗するのもバカらしくなってきたのか
ジュンヤは地面を二度たたいて降参の意思表示をすると
ダンテがどいてからむくりと起き上がって、放置されていたワンピースを拾い上げ
背後にいるダンテの様子をなるべく考えないようにしながら
女物のワンピースを鏡の前でのろのろと着始めた。

しかし鏡の前でやけっぱちだったジュンヤの機嫌が
悪いを通り越して呆然とするまでにスコーンと低下した。

まず女物がどうとか似合う似合わない以前に・・・


変なのだ。


黒のタトゥーと白い生地がこれ以上なく反発し合い
それなのにその白が伸びる手足のタトゥーを変な風に目立たせる。


例えるなら・・・


シマウマを2足歩行にして修正液で胴体だけ消されたような感じ。

しかもダメ出しで女物のはずがサイズがピッタリだ。


「・・・・・・・・・」


なんだか自分も服も同時に冒涜されたような気分になり
ジュンヤは犬の○んこでもふんづけたような顔になった。

ついでに天井に突き刺さっていたリベリオンも
力尽きたようにガチャンと落ちる。

そして喧嘩してまでそのケッタイなコーディネイトしたダンテはというと・・・


完全無表情


それは呆れなのか失望なのか
端正な顔のパーツは眉一つ動かない。

指さして笑おうものなら黙って至高の魔弾をくらわせようとしていたジュンヤには
その無反応ぶりが腹が立つ前になんだか気持ち悪い。

「・・・・あの」

何か言いかけたジュンヤにダンテはつかつか歩み寄り

「・・え?わ!?」

ぐいと手を引き両手をそれぞれの手で掴まれる。

「・・・少年」
「??」

なに?と目で聞くジュンヤにダンテは真顔でこう言った。

「・・・踊るか」
「・・・は?」

真面目な顔からすべり出た言葉にグレーの目が丸くなる。
そんなことはお構いなしにダンテはタトゥーの入った手を強引に握り
性格とは裏腹な優雅なステップを踏み始めた。

「わ、と!ちょっと・・!」

ジュンヤが手を引かれるままダンテと踊る。
いや正確には着慣れない物を着て足元の危ういジュンヤを
コンパスの違うダンテが振り回しているともいえるが。

「あの、ちょっと!ダンテさん、てば!」
「なんだ情緒のない」
「なんで踊るのさ!?」
「いやなに、考えてみたん・・・だが」
「ぎゃ!?」

ぐいと腰をすくわれて片足が浮いた。

「オレは悪魔を踊らせた事はあっても
 悪魔と踊ったことがないなと思っただけだ」
「訳わかんないし!!」

わめくジュンヤ完全無視でダンテはジュンヤをリードしつつ
タンゴだかチークだかわからないジャンル不定のダンスを器用に踊る。
ジュンヤはしばらく振り回されながら何か言いたそうにしていたが
やがて無駄だとあきらめたのか静かになった。

「・・・ダンテさん」
「なんだ」
「・・・楽しい?」
「そこそこな」
「・・・あ、そ」

もう勝手にしやがれ状態なジュンヤに
ダンテは似合うような似合わないようなウインクをして

「オマエといると何でも楽しいぜ」
「・・・・・」

ジュンヤは何も答えず、ただ照れたのか
ちょっと目をそらしただけだった。

それからしばらくジュンヤはダンテのワケのわからない余興に付き合っていたが
何を思ったのか突然ダンテが色気が足りないと言いだし
よせばいいのにラブシーンの真似事を始めてしまい・・・

結局東京受胎からも、魔人の攻防戦からも難を逃れたその部屋は

ダンテもろとも、ジュンヤの地母の晩餐により破壊された。













危うくあっち系にいきそうになってヒヤヒヤしたバカ話。
つってもその境界線がどこにあるかなんてわかりゃしません。
なんせ流行病みたいなもんで急に治ったり急に再発したり
現代人は大変さー(棒読み)。

経験者語る