「・・・・・いいなミカエルは」

それは唐突で小さな一言だったが
休息に利用するターミナルのある部屋には他に邪魔をする音が存在しない。
護衛にストックを出て槍の手入れをしていたミカエルがその一言を聞きつけ
手を止めてぼんやりとこちらを見ている主に目をやった。

「?・・・何の事だ主よ」
「ミカエル、サマエル、フレスもそうだよな。
 あ、でもブラックとかマカミとかないやつで飛んでるのも結構いるし・・・」
「だから何の事だ主」
「そう言えばダンテさんだってその気になれば空くらい飛べるなんて言うもんな」
「・・・だから主・・・」
「・・・まぁ最初見た時からやりそうだとは薄々感じてたんだけど」
「・・・主」
「60Fのあの高さから落ちても死なないし
 なんでか知らないけど某カルパじゃ後ろにいたと思ったら前にいるくらい
 異常なほど先回り速いし・・・捕まったと思ったら一回斬りつけて逃げるし」
「・・・・・」
「あ、そういえば煙と何とかは高いところが好きだって言・・・」

あ〜る〜じ〜〜♪」

最後がズレた野太いメロディに
愚痴じみた独り言がぴたりと中断する。

といっても最初はミカエルにかけた言葉だったのだが
途中から独り言にすり替わってしまったらしい。

「・・・どうした主。何か悩み事か?」

そう促すとジュンヤという悪魔にして大天使であるミカエルの主は
少し照れたような顔をしてからぴ、とミカエルの背後を無言で指す。

指された方を目線でたどっていくと
そこにあるのは金に朱色の混ざった天使特有の大きな翼。

「私の翼がどうかしたのか?」
「・・・どうもしないけど・・・ちょっとうらやましいと思ってさ」
「・・・?」

よくわからないという顔をするミカエルに
ジュンヤは少し微笑んで説明を始めた。

「天使には翼があって、悪魔の中にも翼があるやつもいるよな」
「うむ」
「でも俺は悪魔でも翼がないから空を飛べない」
「うむ」
「だから飛べるミカエルがちょっとうらやましいなー・・って思っただけだよ」

金の鎧の大天使の眉間に軽くシワがよる。
かいつまんで説明されてもやっぱりよくわからないらしい。

「だが主には翼の代わりうる数々の力があろう」
「・・・わかってないなぁ。空を自由に飛ぶことは人が第一に見る夢なんだぞ?」
「そう・・なのか?」
「そうだよ。ずーっと飛んでるミカにはわからないかもしれないけど」
「・・・・・・」

主の気持ちを理解すべく彼なりに想像しては見たが
宙に浮き空を飛ぶというのは、天使にとって歩くのと同じくらいごく自然な行為。
それを無欲な天使があこがれるというにはやはり無理がある。

「主は空を飛ぶことなどを夢見るのか?」
「そうじゃなかったらこんな事言わないよ」
「変わった事を思うのだな」
「はは、俺にすれば普通だよ」
「・・・ふぅむ」

なにしろミカエルは神の如き者と言われるほどの上級天使。
思考回路を人の少年に合わせるようにはできていない。

いつも硬い表情をさらに難しそうに変えるミカエルに
ジュンヤは苦笑しながらあまり難しく考えるなと手を振った。

「でもどうせ悪魔になるんだったら飛べる力もほしかったな。
 あのコウモリみたいな翼はちょっと遠慮したいけど・・・・・・」

そこでついうっかり、翼の悪魔の例に
インキュバスとハートのティンコケースを思い出してしまいジュンヤは軽くうめいた。

「主?」
「・・・あ、う・・うん、なんでもない」

確かに空は飛んでいるが・・・
あれになるくらいなら飛べないロキの白フンの方が百万倍マシだと
なんだかあまり救いにならない想像をしてしまった。

「・・・ま、まぁ無い物ねだりしてもしょうがないんだけどな」
「リフトマで代用はきかぬのか?」
「んー・・あれは数センチ浮くだけだし、ちょっと高さが足りない。
 理想としては・・・そうだな、この前フレスが偵察に行ってくれたレインボーブリッジ・・
 っていってもわかんないか。あの橋ぐらいの高さがいいかな」
「・・・成る程」

ミカエルは顎に手を当てて何か思案を始める。

「・・・主」
「・・・ん?」

しばらく思案した後ミカエルは立ち上がり、片手を主にすっと差し出すと
冗談のかけらも見当たらない、いつも通り真面目な顔で
実に唐突に、こう言い放った。

「飛んでみぬか?」
「・・・・・は?」

ちょっと間抜けな声を返されても、大天使の真面目な表情は
やはり微動だにしなかった。







まるで卵の中にいるような世界ボルテクスには
どこまでも広がる空というものがない。

その代わり、遙か上には砂の大地が見える。
そして遙か下にも同じような砂の大地。

いつもと違うのは後者の方で
もう一つ違うのはすぐ近くにある金の鎧と大きな羽音。

まれに鳥形の悪魔や低級の天使などとすれ違うが
ここへ来るまでにエストマをかけてもらっているので
皆こちらに気付かず素通りする。

それがジュンヤにとって唯一の救いだったろう。

ジュンヤは今、青くはないがボルテクスの空というか地面から離れた場所を
夢だと言ったとおりの高さで飛んでいた。

ただしミカエルに抱えられて。


「どうだ主、楽しいか?」


すぐ間近から聞こえてくる金色の天使の声に
ジュンヤは何も答えることができなかった。


楽しい・・・というか、楽しくないわけじゃないけど
それ以前に何より先に恥ずかしいんだけどな。

だいたい男が男にお姫様抱っこはないだろ。

俺をいくつだと思ってるんだこんにゃろう。


と言いたい事は山ほどあるが・・

いつも無感情な声色に、ほんの少し嬉しそうな気持ちが込められているのを察して
仲魔を何よりも大切にするジュンヤは邪険にできず・・。

「・・・それなりに」

非常に複雑な顔でそう返すのがやっとだった。

「空を飛ぶのが夢ではなかったのか?」
「そりゃそうだけど・・・その・・・なんというか
 ・・・楽しくない・・とはいえないけど・・・」
「心配は無用だ。2人だけとはいえ次の静天までは敵と遭遇せぬ」
「・・・そう言う問題じゃないと思う」
「?・・・他に何か不備でもあるか?」

やっぱり神の如き大天使の思考回路は
人の少年に合わせるようにできていないらしい。

接待上手で人のご機嫌取りがうまい大天使というのも
いたらいたで不気味だが・・・。

一瞬想像してしまいジュンヤはこめかみを押さえた。

「・・・いや、やっぱりなんでもない」
「そうか」

ばさりと翼が音を立てる。

まぁいいか、ミカエルが楽しいならそれでとジュンヤが下に視線をやると
イヤと言うほど見た砂の中に、ぽつりぽつりと思い出したように
かつてここが東京だったなごりの建物が見える。

ここは少し前まであの鉄と石の造形物でいっぱいだったはずなのに
今は人が一人もいないただの瓦礫の山が、砂の中から顔を出す程度しか
かつてここが人の世界だった事を語る物はない。


ほんの刹那に

なんの予告も前兆もないまま

そこにあった物を無差別に飲み込んで

あの多くの人間が年月をかけて作り出した光景は
同じ人間、しかもたった一人の手によって
またたく間に砂の中に消えてしまったのだ。



それを物語る証拠がこの眼下。



・・・・・畜生。



なまじ以前の光景を知っているだけに
こうして変わり果てた世界を上から見るのは腹立たしい。

まして自分はこうなる現場に居合わせていておいて何もできず
さらにはこうして一人のうのうと生き残ってしまっているのだ。

「・・・ミカ」

ジュンヤだけが呼ぶ愛称で呼ばれ、ミカエルが視線を落とすと
主の目は強く金に輝き、はるか下にある世界を強い眼差しで睨んでいた。

「俺・・・絶対返してもらうから」

ミカエルにその言葉の意味を知ることはできない。

ただジュンヤがこんな目をする時は
彼の傷ついた心が、何か別のもので懸命に補おうとして
静かに、しかし何よりも強い決意を抱いていることだけは理解していた。

「勇や千晶、元の生活・・・ぜったい返してもらうからな」

そしてさらに頭上にある太陽に似た光の玉を見上げ、主は言った。

彼らの主は時々こうして何かを追おうとする。
それが何であり、どれほどのものであったかは
主の少ない口頭でしか計り知ることができなかったが
この何者にも真似のできない強い眼差しは
ミカエル含めて仲魔全員がジュンヤを主として尊敬するべき項目の一つでもある。

「・・・主がそう望むなら」

ミカエルもこの世界の中心にある光を見上げた。

「全てを敵に回したとしても、我らはそれに従おう」

それはストック内全員の意志とも言える言葉だった。

ただ仲魔の中に一名だけ例外もいるが
ミカエルはその一名のデビルハンターを元から仲魔だという認識はしていない。
むしろあの男は我等にも主にも教育上よくないと思っていたりもする。

たとえるなら・・・燃えるゴミにまざったスチール缶か
網にかかると非常にやっかいな巨大エチゼンクラゲのような待遇だろう。

もしデビルハンターの日なんぞがあった日には
迷わず袋詰めにして、見えないように新聞紙で巻いてから
喜んで、しかし無表情にさりげなく電信柱横に捨てていただろう。

そんなことを考えているとは思いもしないジュンヤは
お姫様抱っこされていることも忘れて微笑んだ。

「 うん、ありがとミカ」
「礼には及ばぬ」

いつも難しい顔をしている大天使の顔がほころぶ。

ミカエルも仲魔の例にもれずジュンヤが好きだ。
女の子のような愛称も、ジュンヤの親愛の証としてありがたく思っているほどに。

「・・あ、でもミカ、あんまりカグツチに近づくと危ないんじゃないか?」

言いながら少し心配そうにジュンヤが差した先には
カグツチと呼ばれる元の世界で太陽のような、ボルテクス界の中心で光るもの。

それは最も輝く時、この世界に住む悪魔を高揚させるというが
不思議なことにジュンヤの管理下にいる悪魔には
特定の者でない限り影響が出ない。

「いや、心配はない。我らの中で影響があるのはフトミミとケルベロスだが
 精神が高揚するわけではないだろう」
「あ、そうか」

そう言えばそうかと手を打つ主に
ミカエルは朱色のかかった翼を少し広げて見せた。

「主、ものはついでだ。もっと高くまで行くか?」

真面目な顔で怖いことを言い出した大天使にジュンヤは慌てた。

「い、いいよ別に!こんな状態でそんな高く飛ばれると怖い!」
「しかし主、人は『ばんじーじゃんぷ』なるものを好む気質があると聞くが」
「な!なんでそんな事知ってるんだよ!?」
「よい機会だやってみるか主よ」
「いい!いらない!絶対イヤだ!!」
「何を焦る。この高さは以前飛んだ建造物より低いのだぞ」

それは以前レベルが高くなったから、落ちても平気じゃないかと思って
試しに飛び降りた60Fビルの事を言っているのだろう。

そういえば飛び降りる前、唯一反対していたのがミカエルだったような気もする。

実際飛んでみるとジュンヤ含めてストック外にいた仲魔全員、ものの見事に死にかけて
トールに思いっきり説教されつつ回復してもらい(あの巨体に回復持ち)
ダンテやハーロットに爆笑され、マカミにしつこくからかわれたのも
ジュンヤとしてはそれなりにいい思い出なのだが・・

かなり抵抗したにもかかわらずやっぱり一緒に飛び降りるハメになり
翼があってもやはり主従の重力という関係には逆らえず
おそらく天使で初めて高い所から落ちて死にかけになったろう希少天使ミカエル。

いかに温厚な大天使といえども根に持っていないとはいえない。

「・・・あの・・えっと・・ごめんミカ」
「何のことだ?」
「イケブクロでミカの言うこと無視して飛び降りしたこと」
「・・・あぁ、あのレベル上がったから大丈夫だと言い張り
 楽しげに飛び降りた結果、一撃の下に虫の息になったあの件のことか」
「・・・あらためて言われるとすんごく恥ずかしいんだけど・・・」
「後々必ず後悔するからあの時やめておくのが得策とあれほど言ったのにな」
「・・・・」

やっぱり根に持っていたらしい。

なんだか居たたまれなくなって四方八方に視線を泳がせるジュンヤを
ミカエルはじーーと凝視しし・・

「主よ」
「な、なに?」
「この高さ、あの建造物の半分弱ほどだ」

何が言いたいのか察したジュンヤの身体から
ザーと音を立てて血の気が引いた。

「ごめん!!ほんとごめん!!やめて頼むから!!」
「私も主もメディアラハン所持・・・」
「ミカーーー!!」

恥も外聞もなくよじ登って首にしがみついてきたジュンヤに
ミカエルは他の仲魔には絶対見せることのない楽しそうな笑顔を見せた。

「はは、主を落とせば私も落ちる事を経験済みだというのに
 そのような間抜けな真似をすると思うか?」

言いながらしっかりしがみつく腕をほどくミカエルを
ジュンヤは疑惑の目で軽くにらんだ。

「・・・ミカエル、ひょっとして面白がってないか?」
「そうだな、主が普段見せない表情を見せるのは興味深い」

ジュンヤの目が細くなった。

「・・・あのさミカ」
「?」
「ダンテさんに似てきたな」


ぴた


ミカエルの動きが笑顔のまま止まった。


そしていきなり



 自 

 由 

 落

 下






「うああぁあぁーー!?!?ちょっとミカあぁあーー!!」



その後、あまりのショックに主もろとも飛ぶことを放棄した大天使は
心配してついてきたサマエルとブラックライダーに無事回収された。



もちろん相当な高さから墜落しかけたことをジュンヤは猛烈に怒ろうとしたが
ささいな一言により本気でふさぎこんでしまったミカエルが逆にかわいそうになって
なぜか逆に必死こいて謝りたおすハメになる。


その後、主の懸命な謝罪によりミカエルは立ち直るが
決定的な治療になったのは、からかいに半分に口を出そうとした問題のデビルハンターが
ジュンヤのマグマ・アクシスでキツネ色にこんがり焼かれた事が一番の薬だったと
後に口も身も性格もかるいマカミが、とても面白可笑しく語った。





「・・・オイ少年、まだ何も言ってないのになんで焼かれる」

「うっさい悪評サンプル!自分の胸に耳つけて反省しろ!
 
ゴートゥーストック!!

「待て無理言うな!せめて回復し・・・!」




代打にはしばらく、笑いを一生懸命かみ殺すトールが適応された。










部下に比べると人気ないけど、このおやっさん大好き。
なのでロボ天使が作れません。
魔法無効化しても精神無効はないので
こないだパニくって顔の魔王にワケのわからない話してたりしたけど
そんな間抜けっぷりも愛でした。
でも偉人の口調なんてわかんねえよ。


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