「・・・お?」

散歩と喫煙がてら、いつもの煙草をふかしながら港に足を運んだレナードは
戦闘でいつも前に見る、遠目からでも見間違えようがない
黒くて大きな後姿を見つけて足を止めた。

「よ。今日はご主人様と一緒じゃないのか?」

のんびり声をかけると、それはわずかな機械音と共に振り返り
人の声とは違う特長的な音声でこう返してきた。

「あるじ殿ハ買イ物ニ時間ガカカルソウデ、外デ待ッテイナサイト言ワレ待機中デス」

最初は聞きなれない機械合成の声も
元いた世界のSFだと思えば愛着が沸いてくるもので
レナードはちょっと愛嬌には欠けるが、娘のような主人ともども
この全身硬質の機械兵士のことは嫌いな方ではなかった。

大きな身体を見上げるように横に立つと、煙たいと文句を言われる事がないので
遠慮なくむっはーーと盛大に煙を吐き出す。

「・・・ふーん、女の買い物は長いっていうからなぁ」
「スデニ1時間経過。充電カラ復帰シテモマダ物色中ノモヨウデス」

「・・・そりゃ確かにかかるな。その風貌じゃ街中で目立つだろうし
 置いてけぼりはつらいってか?」
「イエ、私ハ・・」

「レー〜オーールドーーー!!」

のんきで明るい声が何か言いかけたレオルドの声をさえぎった。

見れば彼のあるじ殿と呼ぶ主人、トリスが何かかかえてパタパタと走って
何度かすっ転びそうになりながらも二人の前で急停止。
息を切らせながら持っていた物を突き出しつつマシンガンのようにしゃべり出した。

「見て見て!ほら新しいドリル買っちゃった!私のナイフも下取りして新品だよ!
 あ、レナードさんちょうどよかった、コート買ったの、サイズ合うと思うから着てみて!
 銃はちょっと高くて買えなかったけど、もう一回戦闘したらおつりが来るくらいだから
 もうちょっと待ってね。それとレオルドに銃持たせようかどうか迷ってるんだけど・・」
「・・・ストップ、ちょっと待て、いっぺんにしゃべるな。一個づつ順番に言ってくれ」
「あるじ殿、両手ガ使用不能ノ状態デ全力疾走ハ危険デス」

という二人も同時に別々の事を言っているのだが
言われたトリスはちゃんと両方聞けたらしく素直にあやまった。

「あ、うん。ごめん」
「で?まずなんだって?新しいドリルがどうとかって」
「あのね、レオルドに新しいドリル買ったの。これなんだけど、どう?」

そう言って差し出されたのは機械兵士用の鋭利な武器。
レオルドは手なれた動作でそれを装着し
ひとしきり感触を確かめるようなしぐさをして・・・。

「良好デスあるじ殿」
「うん!じゃあレナードさんはこれ!サイズどう!?」
「・・・んーー」

着ていたコートをもぞもぞ脱いで、手渡されたコートを羽織ると
合うと思うと言った通り、サイズを知らないはずなのになぜかちょうどいいサイズだった。

「ま、悪くないな。・・・しかし・・・こいつやっとなじんできたところなんだがなぁ」
「いいの!新しい方が防御力高いんだから古いのに執着しないの!没収!」

などと言いつつ古いコートをひったくるトリスにレナードは顔をしかめた。

「・・・お前さん、やってることがまるでカミさんだなぁ」
「レナードさんがおじさんぽいからでしょ」
「こらこら、おじさんぽいって言うな。ダンディーと言え」
「・・・ポイ?だんでぃー?」

横で聞いていたレオルドが、データにない理解不能の単語に
一瞬とまどったような声を出す。
彼が人であれば不思議そうに首をかしげていただろうが
あいにく機械兵士にはそんな機能は備わっていない。

「まぁそれはともかく・・・・前から思ってたんだが、お前さん召喚師ってやつだろ?」
「うん、そうだけど?」
「でもお前さん、見てると前線で短剣振り回してばっかりで
 メガネの兄弟子みたいな召喚魔法ってやつ、あんまり使わないんだな」
「ん?・・・うーんまぁ・・・それはそうなんだけど」

いつも元気なトリスが珍しく言葉をにごす。

「ん?なんだ?ひょっとして苦手部門だとでも言い出すのか?」
「ち、違うの!そうじゃないの!ただその・・・」

もじもじしながら困ったような視線を送る先には
ただ静かに事の成り行きを見守っているレオルド。

「・・・召喚術って、レオルドやレナードさんみたいに違う世界の人や力を
 召喚師の都合でこっちに呼んじゃうっていう事でしょ?」
「んー、まぁ俺様もそんなに詳しくはないが・・・そうだよな」
「だから・・・その、私あんまり他の世界に勝手に干渉したくないから
 ホントに困った時にしか召喚・・・つまりね、助けを呼んじゃいけないかなって
 ・・・そう思ってるから・・・それだけ!」

それだけ言いきるとトリスは真っ赤になってレオルドの影に逃げ込んだ。

「・・・・・・んじゃあ、何か?お前さん俺達みたいな召喚される連中に気を使って
 自分から召喚術を自粛してるのか?」
「・・・・」

何も言い返してこないところを見ると図星らしい。

今ここに彼女の兄弟子がいれば「君は馬鹿か?」とお決まりのセリフが聞けるだろうが
世界はまったく違えど今ここにいるのは
彼女が気づかう異世界から召喚された者ばかり。

レナードはため息をつきながら、いつものようになれた動作で新しい煙草に火をつけ
残りを新しいコートのポケットに無造作に詰め込んだ。

「お前さんなぁ・・・召喚師が召喚する相手の都合考えてて仕事になるのか?」
「・・・むうぅ〜・・・」
「だいたい無理だってわかってて俺様を元の世界にもどすって言ったり
 困った時にしか助けを呼ばないなんて、お前さん
 どう考えても召喚師にむいてねぇぞ、それは」

びしと指差されて断言され、さすがに黙っていられないのか
トリスはレオルドの背後から出てきて反論する。

「あ!ひどい!レナードさんそこまで言う!?」
「だいたい兄弟子もあきれてたろうが。
 そこの護衛獣さんと一緒になって敵を交互にガンガン殴って
 一体今まで何を習ってきたんだとかぼやいて・・・」
「い、いいじゃない!使わずにすむならその方が良いの!良いったらいいの!」
「・・・お前さんなぁ・・・」

召喚術を使いたがらない召喚師なんてありか?

という思いもあるが、それ以前に・・・。

自分よりどんな者であれ、他人を優先したがるこの子らしいという一面もある。

「・・・らしすぎて笑う気もおこらねえんだがな」
「へ?」


こっちの世界の人間が、こんなお人よしばっかりなら
召喚術なんてもんはハナっから存在すらしなかったろうに。


不思議そうな目をする優しい召喚師の頭をぽんとはたき、レナードは苦笑しながら
今度は煙を目の前の娘にかからないよう、少し遠慮がちに吐き出した。

「ま、俺様としてはお前さんの意見にも一理あるとは思う。
 しかし・・・やっぱりお前さんの保身を考えるとなると
 女の子が生身で前線を戦うってのは賛成しかねるな」
「・・・うぅ・・・」

トリス、心配してくれているのがわかっているのか言い返してはこない。

「大体お前さん、そこにいっぱしのボディガード・・・
 いや、こっちの世界じゃ護衛獣って言う奴がいるだろうが」
「それは・・・わかってるけど・・・」

実際彼女の護衛獣であるレオルドは元々戦闘目的で作られた機械兵士。
打たれ強く接近戦攻撃力もあり前線ではかなりの強さをほこる。
その分召喚術に弱いという面もあるが、トリスは別にそれに不満があるわけではない。

ただ・・・

「・・・・ただ・・・守られるだけって・・・嫌だから」
「ん?」

「レオルドはね、いつも言うの。私を守るのが自分の任務だって。
 でも・・・それは私がレオルドをロレイラルから召喚した時に押しつけた都合でしょ?
 いくら痛くないからって、丈夫な身体だからって、任務だからって
 私の都合で・・・私のためだからって・・・私そんなのでレオルドに傷ついてほしくない」

かたわらの機械兵士の視線が少し動揺したように
自分よりはるかに小さな主に向いた。

だから一緒に戦う。
自分が守られた分、お返しに守ってあげるため。
盾になろうとする鋼鉄の身体を盾にしないように一生懸命。

説得の手段を模索していたはずのレナードが
心の中であっさりとさじを投げた。

「お前さんやっぱり・・・」

召喚師に向いてない、と言おうとしたが・・・

・・・いや、


お前さんみたいな召喚師がいれば、俺様みたいなはぐれも
戦闘で使い捨てされる召喚獣も、ちったぁ救われるかもしれねぇしな。


「・・・やっぱり向いてないって言いたいの?」
「・・・さぁ、どうだろうな。
 お前さんを見てるとどうにも召喚師ってもんが
 どんなもんなのかわからなくなってきちまった」
「なにそれ??」

しかしそれと同時に召喚された者としては、ちょっとしたうらやましさも生まれる。

「でもまぁ・・・ちょいと頑固だが、いいご主人だな」

すでにもうどこにもいない、自分の召喚主への皮肉も込めて言った言葉に
沈黙を守っていたレオルドは静かに、しかし心持ち誇らしげに反応した。

「・・・ハイ。あるじ殿ハ自分ノ最モ大切ナ方デス」

レオルドは意識していないのだろうが、それは聞き様によっては恋人に使う言葉だ。

「ははは!まいったまいった。お前さん方俺様が入る隙なんかありゃしないな」
「そ・・・そうかなぁ?」
「私ハ当然ノ任務ヲ実行シ、感ジタコトヲ発言シテイルダケデスガ」
「身近にあるものは見なれちまって、どんな形をしてるかつい見落しちまうもんだ。
 仲の良い事で、うらやましいこった」

トリスとレオルド。
かなりの高低差で目を見合わせ、同じように頬を指で軽くかく。
それは元々トリスのクセだったのが、護衛獣にもうつったらしい。

「だってさ。レオルド」
「恐縮デスあるじ殿」

言葉はいつも少し固くて素っ気無いけれど
そこにいるという存在は確かに彼女を支えている。

こちらの世界の娘がわりは、同じく違う世界の良い友人がいるようで
レナードはちょっと安心した。


「さてと、それはともかくそろそろ帰らないと兄弟子がうるせえぞ?」
「あ、そうだね。なんだか話し込んで遅くなっちゃった。帰ろうかレオルド」
「了解シマシタ」

答えてレオルドは大きな手を差し出し、トリスはごく自然にそれを握る。
それはトリスがレオルドと街中を歩く時、目立つレオルドが危険ではないと
街の人にわかりやすくするためにと始めた事だったのだが
トリスがふと思い出したように、もう片方の手をレナードに差し出してきた。

「はい、レナードさんも」
「・・・おいおい。俺様は・・・」

俺も確かに召喚獣でしかもはぐれだが
いい歳こいた大人がいい年頃の娘と手をつないで歩けるか?
と言おうとしたが・・・。

無骨な機械兵士と仲良さげに手をつないでいるトリスを見ていると
なんだか自分一人、置いて行かれそうな気分にかられるもので・・・。

「・・・しょうがねぇな」

それはふと元の世界に残してきた娘を恋しくなった
自分にも当てはまる言葉。

「しかしお前さんも、こんな年寄りと手つなぎたがるなんて物好きだな」
「んー・・・」

トリスはちょっと考えて。

「そうでもないよ。レナードさん、なんだかお父さんみたいだから」

レナードが少し驚いたような顔をする。

「私・・・お父さんいないから、なんとなくそんなふうに思っただけなんだけど・・・
 やっぱりだめ・・・かな?」

ひとつはもう聞けないと思っていた呼び方が
娘と同じ歳の娘から聞けるとは思わなかったという驚き。
もう一つは娘を重ねて見てきた少女から聞けた意外な事実。

レナードは笑いながら、空いていた手で頭をかいて
煙をトリスと反対側にゆるりと吐き出した。

「・・・かまわねぇぜ。娘がもう一人できたみたいで悪かないしな」
「ホント?!いいの?やったぁ!」
「あるじ殿、暴レルト間接部ニ手ガハサマリマス」

レオルドが両方の手を持ってはしゃぐトリスを注意する。
何を喜んでいるのか機械兵士の彼には理解できなかったが・・・
自分もいつかこんな風に、主を喜ばせる事ができるのだろうかという疑問が
この時ひっそりと彼の中に生まれたのに
主のトリスもレオルド本人も気が付かなかった。

「じゃ帰ろうか!」
「了解」
「だな」

トリスを真ん中にして、両方をレオルドとレナードが手をつなぐ。

「ふふ、なんだか家族と帰ってるみたいでちょっと幸せかも」

嬉しそうなトリスにつられてレナードはくわえタバコのまま笑みをこぼす。
レオルドは笑う事はできなかったが、小さな手に力をかけすぎないように
細心の注意をはらってそっと握りなおした。


私に家族はいないけど、とても遠い所からきた人達がそばにいてくれるから
召喚師になってすごく幸せなんて、召喚師としてはやっぱり変かな?


「・・・お前さん、今なにかまた召喚師らしからぬこと考えてないか?」
「え?う・・なんでわかるのかなぁ・・・」
「ま、いいさ。それがお前さんの流儀なら、俺様がどうこう言えるもんじゃない」
 それにな、お前さんのそうゆう所、俺様嫌いじゃないぜ。
 だよな?ボディーガードさんよ」
「ハイ。あるじ殿ハあるじ殿デアリ、他ノ何者ニモ変エル事ノデキナイカタナノデス」
「・・・うん!」

てくてくと歩くトリスに合わせて、重い足音と靴音が街の石畳にひびく。

夕焼けにあてられのびる大きな影と、それにはさまれた小さな影は
まるでこれから家路を帰る仲のよい家族のようだった。










好きキャラでなんか書きたかったんで書いてみたブツ。
レオルドもレナード刑事もあんまし見かけないので書けて(自己)満足。
どうでもいいけどレオルドのカタカナ変換が超面倒
でも好きだ。ほかの護衛と違って覚醒も変身もしないけど・・・
・・・って、
一人だけないがしろかい(虚空へ裏手チョップ)!?



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