・・・この状況、何とかできるか?
・・・いや、一度引き受けた依頼だ。絶対に何とかせねばならぬ!
・・・考えろ、考えろ周幼平!
孫権様に精神的危害を加えることなく一刻も早く
この手をつついている娘あてに書かれた手紙を無事奪還する方法を・・・


・・・・・・・・・・・。


ザッガチッ!


反射的に後へ飛びのき、弧刀の柄に手をかける。

考え事をしていて接近されていたのにまったく気付かなかったらしい。

「うわっ!すみませんすみません!悪気はないので!」
「・・・・あ・・・いや・・・」

姜維があわてて入ってきた所で我に返り、柄から手を放す。


・・・呂蒙殿は無害だと言っていたが・・・心臓に悪いぞ、この娘・・・。


周泰幼平、身体の大きさに似合わず、緋竜にだけは気が小さかった。


で、その緋竜はというと姜維の背後から周泰を見上げつつ
あらぬ方向をさして不思議な行動をしている。


・・・あっち、探そう?


何も言わないのに緋色の目を通して、そんな意志だけが周泰に伝わってきた。

「あの・・・周泰殿、この子にまかせてみませんか?」
「・・・・?」
「詳しい事はわからないのですが、この子は困っている人を助ける事に優れています。
 状況を打開できる根拠はなにもありませんが・・・今はこの子に賭けてみませんか?」
「・・・・・」

緋色の目からはもう何を考えているのかは読む事はできない。
ただ不思議と何とかなりそうだという妙な確信だけが周泰に伝わった。

「・・・・わかった・・・やってみよう」
「はい!では・・・緋竜、どっちへ行けばいいですか?」

うながされた緋竜は姜維の袖を引き周泰を時々見上げながら
建物に入り、右へ左へうろうろと歩き出した。

しばらく背の高さ小中大の順で並んで歩き回っていると
突然緋竜は周泰に向かって前方から歩いてくる文官を指してきた。

「・・・あの人ですか?」

姜維が聞いている間に当の文官が何か気付いたように
こちらに向かって歩いてくる。

「あぁ周泰殿、ちょうどよい所で会えましたな」
「・・・・?」

それは孫権の護衛をしていて何度か顔を合わせた事のある文官だった。
いくつかの書簡をかかえていたその文官は、周泰の姿を見て寄って来るなり
持っていた書簡の中から薄いものを一枚差し出してきた。

「実は今日配送された書類の中に、どなたかへのお礼状がまざっておりましてな」
「・・・・・」
「今から孫権様へお返ししようかと思っておったのですが・・・
 周泰殿の方が早くにお返しできるので、お願いしようか思った次第でして」
「・・・・・」

姜維がほっとして、固まったままの周泰に声をかけた。

「周泰殿」
「・・・あ・・・あぁ、では・・・これが・・・そちらに行くはずの物か」

受け取った手紙と引き換えに、今までにぎりしめていた紙を差し出す。

「おや、入れ違いにそちらに届いておりましたか」
「・・・・すまん、少し手違いがあってな」
「いえいえ元の鞘に戻ったのならそれでかまいませぬ」
「・・・・孫権様にはこの事は・・・・」
「承知しております。あの方は一度失敗されると立ち直りの遅い方ですし」
「・・・・たのむ」
「はい、では私はこれで」

遠ざかっていく文官の後姿を見ながら周泰は
今度こそまわりに聞こえるほど大きなため息をついた。

「よかったですね。なんとか大事にならずに」
「・・・・あぁ」

間一髪だ。
話の内容からしてこの手紙は考えていたような色恋関係ではないようだが
やはり内密に運ぼうとしたものが、自分の手違いで変な所に流れていたのでは
真面目な孫権にはかなりのショックだろう。

・・・災厄の元に振り回され、同じ災厄に助けられるとは・・・
・・・手紙のありかを当てた理屈はわからぬし・・・本当によくわからん娘だ。

「・・・・・では、改めて頼む」
「はい。お預かりします」

そうして先程と同じように姜維は緋竜を連れて周泰から離れ
遠くで手紙を読み聞かせる。
今度はちゃんと本物なのですぐに戻って来る事はなかった。
そのかわり緋竜が何がうずくまって菓子の箱を開け、作業をしていたようだが
しばらくながめていると二人ともしばらくして戻って来た。

「ご苦労様でした。お礼状とお菓子、確かにお受け取りしたと孫権殿にお伝え下さい」
「・・・お礼状?」
「先日孫策様が緋竜に迷惑をかけられたと思っておられるようで
 とても心配されておりまし・・・・・あ、っと・・・これは独り言ですけれどね」
「・・・・そうか」
「あ、それと緋竜がお返事をお願いしたいそうです」


ぴき


おとなしく聞いていた周泰に緊張が走る。

「あ、大丈夫ですよ。緋竜はまだ文章が書けないので、お返事は口答と物品ですから」

そう言った姜維の背後から緋竜が出てきて
持っていた小さな包みを周泰の方に差し出してきた。
包み紙でかわいくウサギの耳を作っているが
大きさからして中身は先程の寄り饅だろう。

「・・・・・・渡せば・・・いいのか?」
「・・・・・」

緋竜はうなずいて、何か言いたそうに姜維のまわりをぐるぐるまわって
さらに周泰の前でうろうろして小さく・・・

「・・・・ありがとうって・・・・」

それだけ言うと照れくさそうに素早く姜維の背後に引っ込んだ。

「・・・・・」
「・・・だ、そうです。お手数ですがお願いできますか?」
「・・・わかった、伝えよう」

苦手な人間への使いならともかく
いつも顔を合わせる人物への使いなら問題ないだろう。

「緋竜、引きうけて下さるそうですよ」
「・・・・・」

うながされた緋竜はちょっとためらった後、持っていた包みを
かなりの身長差のある周泰に向かって差し出してくる。
周泰は少しためらったが、最後の勇気をふりしぼって手のとどくぎりぎりの距離で
うさぎ型の包みを二つ受け取った。


・・・・二つ?


「一つは周泰殿の分だそうです」
「・・・俺?」
「おつかいのお駄賃のつもりなのでしょう。受け取ってやって下さい」


・・・・・・。


「・・・・・・わかった」


緋竜がその時、ほっとしたような嬉しいようなような
とにかく安心したような顔を見せる。

その時周泰は初めて、緋竜を正体不明の生命体という恐れの目で見ず
本心からこちらを気づかってくれた一人の子供がそこにいるように
素直に感じる事ができた。







こうして周泰の「肉体労働したわけでもないのになぜかやたらに疲れる任務」は終了した。

だがまだこの話にはもう少し続きがある。

周泰はまず孫権の元へ帰り、手紙を間違えて渡した事をのぞく大体のことを報告した。
そして最後に菓子の包みを一つと緋竜からの伝言を伝える。
(ちなみに駄賃の一つは見つかると厄介なので、武器庫に隠れてこっそり食べた)

「・・・そうか・・・ありがとう、か。久しく聞いた事のない暖かい言葉だな」

報告を黙って聞いていた孫権が口を開く。

「すまなかったな幼平。普段から警護をまかせきりにしているばかりか
 なれぬ隠密行動を押し付けてしまった」
「・・・いえ、私としても・・・よい経験になりました」
「はは、無理するな。顔にしっかり疲れたと書いてあるぞ」
「・・・・・」

一応ここへ来る前に顔を洗って水を飲んで気合を入れてきたのだが
やはり長年つかえていた主に嘘は通じないらしい。

ちなみに蜀の兵にはおもいっきり不信がられ、実の所隠密行動もクソもなかったのだが
姜維が口止めして回ってくれて「黙っておいた方がいいですよ」
と言ってくれてあるので黙っておくことにした。

「ところで・・・例の事は聞き出せたか?」

実は周泰が頼まれていたのは届け物だけではない。
孫権の言う例の事というのは、緋竜の欲しがる物、好みについてのことで
周泰にそれとなく探りを入れてもらうつもりだったのだが・・・

「・・・直接聞く事は・・・できませんでした。
 ・・・ただ菓子に興味をしめし、甘いものが好きな事は確かなようです」
「ふむ・・・」
「・・・それと・・・」


首狩り族に乗ったナマケモノ


ではない。


「・・・軍事不参加で・・・暇なようです。遊び相手も必要になるかと・・・」
「そうか。呂蒙から聞いていたが、菓子と遊び相手を欲しがるなど
 確かにまだ子供のようだな」

その子供に向かって読めないほどの難しい手紙を真剣に書き
贈答菓子を贈るのもどうかと・・・

というツッコミは黙殺しておく。

「幼平」
「・・・は」
「私はこれから数日会合にかかりきりになる。
 その間お前の護衛休暇もかねて、あの子の遊び相手を頼めないか?」


・・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。


「お前はいつもよくやってくれている。だがたまには私のそばから離れて職務の事を
 忘れて心をほぐすのも良いと思うのだ。無理にとは言わんが・・・」
「・・・・・」

心遣いは嬉しいが、周泰にとって孫権の考えはまったく逆効果になる事を
博識なはずの孫権は気がつかない。

しかも命令ではなく依頼である所がさらに周泰を困らせる。
命令なら命令だとあきらめもつくが、依頼には選択権というものがあり
丁重に断わるという道もあるにはある。

だが周泰が今まで孫権の頼みを断わったためしは一度もない。
それ以前に緋竜が怖いから嫌だ、などと断わるなど周泰にできるわけがないのだ。


で、結局・・・


「・・・・・・・承知・・・・・・しました」
「そうか!ではたのむぞ!」

嬉しそうに背中を叩かれた周泰だったが
その大きな背中は梅雨と通夜をたして5かけたくらいにさめざめと泣いていた。




その後、心労で倒れそうになっていた周泰に呂蒙が気付き
孫権にそれとなく事情を話し仲裁をしてくれるまで
周泰はあの時のお馬さんごっこの悪夢にうなされる日々が続いたという。









書いてて楽しい不幸の周泰さんでした。
魏延のお馬さんごっこはチャージラッシュを見ての思いつき。

ちなみに野武士とは、弟が周泰さんを見て言った第一声のことです。


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