「ひーりゅうちゃん!あーそびーましょっ!」

それはまだ赤壁の合戦前、呉と陣を組んでおったころの事じゃ。

とある昼下がりの空いた時間、武器庫で緋竜に弓の手入れを教えておったところ
戸外からなんとも明るくのん気な声がやってきおった。

こんな緊張感のかけらもない声を発するのはわしの知る中でもたった一人しかおらん。

「おぉ、小喬か。開いとるぞ、入りなさい」
「はーい、お邪魔しまーす!」

などと言いながら呉の軍師周瑜殿の・・・そうは見えんが妻の小喬。
わしと緋竜の間に飛ぶようにやって来て、いつもの様子で元気なあいさつをしおった。

「こんにちわ!緋竜ちゃんに緋竜ちゃんのおじ・・・・・さん!」
「んむ。あいかわらず(多少違和感があるが)元気な挨拶じゃのう。今日はどうした?」
「えっと、今日はね、殿も権様も尚香おねえちゃんも甘ちゃんもいるの!」

・・・・なんじゃそれは?
殿というのは現君主の孫堅殿の事で、権様というのはそのご子息の孫権殿で
・・・甘ちゃん・・・とは何じゃ??

「あとね、んーと・・・んーーーと・・・要するに!とにかく行こう!」

こらこらこら。何を要するんじゃ一体。
わけもわからんうちに人の娘を持って行くでない。

「こりゃ待たんか!緋竜が困っとるじゃろう。もう少しわかるように説明せい」
「あ、そっか。えーっと、今日は緋竜ちゃんに会ったことない人がみんないるの。
 だからみんなに紹介したいなーとか思って」

なんじゃ。つまりお目通しをしたかったのか。

「・・・しかしのう、そんな急に多人数にあわせるとなると、緋竜もおびえてしまうぞ。
 わしも一緒について行くから、ちょっと待っとれ」
「はーい!じゃあ三人で行こうね!」

などと言いながらもう緋竜の袖を掴んで踊るように歩き出しとる。
・・はてさて、ただ人に合わせるだけになにをはしゃいどるのやらの。

わしとしてはかわいい愛娘を、あまりよその連中に見せびらかしたくはないんじゃが
それは緋竜のためにもならぬし、まぁわしも呉の面々がどのような輩なのか
知っておくにもよい機会かもしれん。

わしはいつもの習慣で弓と矢筒を身につけながら立ち上がり
待てと言ったのにもう外へ出てしもうた二人の後を追った。




まずわしらが最初に行きついたのは会議に使われとる大広間。
今は使われてはおらんのか、中にいたのはたった三人。

一人はわしも一度見た事のある、女と見違うばかりの軍師、しかも小喬の夫、周瑜殿。
その横にいたのは変わった髪形の筋肉の塊のような大男。
そしてもう一人、豪勢な鎧に身をつつみ、威厳と風格をただよわせた男が
周瑜殿と地図をはさんで何か話しこんでおった。

「あ!
周瑜さまーー!・・・と、殿と黄蓋さん」
「・・・おいおい、ワシらは付けたしか?」

遠慮なく夫に飛びつく小喬に筋肉大男が野太い声で苦笑する。

「小喬、すまないが今は会議中・・・」
「いやよい。少し休憩を入れよう。あまり考え詰めると見落としが出るからな」

ふむ、都督殿をなだめたということはこの方が殿
つまりは呉の総大将の孫堅様なのじゃろう。

「じゃ紹介!これが私の周瑜さまー!で、こっちのおにぎりみたいな人が黄蓋さんで
 この人は私たちの中で一番えらい人で、策兄様のお父さんで、お殿様で・・・」
「孫堅文台だ」

ほぉ。やはりそうか。
この方が江東の虎と呼ばれ、短期間で国をまとめ上げたという呉の総大将か。
実際お姿を見るのはこれが初めてじゃが・・・。

「ん?そなたは確か・・・」
「・・あぁ、お初にお目にかかりまするな。わしは蜀将黄忠漢升と申す者。
 こちらはわしの娘の緋竜にござる。以後お見知りおきのほどを」
「おぉ、そなたがかの蜀五将で最年長の豪将か。
 ・・なるほどな、小喬が息せき切って飛んでくるわけだ」

ふむ、さすがに一国の主だけのことはある。
前におうた孫策殿とは打って変わって物腰がどっしりしておられるわい。
なにしろ孫策殿と初めておうた時には、そのあまりのこざっぱりした性格に
どこの風来坊が迷い込んだのかと門番の職務態度を疑ったぐらいじゃからな。

「ほっほお!貴殿があの弓の名手ですな?しかしワシ以上の年齢の方が
 そのように名を上げておられると、わしもまだまだ引退などできませんなぁ!」

豪快な笑い声をあげる黄蓋殿に、周瑜殿が小喬を腕にぶら下げたまま
怪訝そうな顔をする。

「・・・・お前が引退するなどという話は一度も聞いたためしはないが」
がははは!言葉のあやですわい!
あ!や!
「・・・まったく。頼もしいのか恐ろしいのかわからぬな」

そう言いながら周瑜殿は唯一わしに向かってわずかな警戒の気配を見せおった。

ま、それもそうじゃろう。軍師たるものいついかなる場合でも
あらゆる事態を考えておくのが仕事なのじゃろうて。

「でね!こっちが娘さんの緋竜ちゃん!私のお友達!」

あ、こらこら。わしの背後から無理にひっぺがして矢面に立たすでない。
案の定緋竜は重臣や巨漢にかこまれてカチカチに固まってしまいおる。

「・・そうか。歳の近い友人ができたのか」
「えへへ、これからみんなに紹介するの」
「小喬・・・あまり人様の子に迷惑をかけては・・・」
「がはは!よいではありませんか都督殿!見聞を広めるにはよいことで・・・・」

そこで黄蓋殿がはたと緋竜の目の色に気付かれる。

・・・あ、しもうた。先に説明しとくべきじゃったか。

「・・・・朱・・・いや、緋色・・・ですかな」
「何がだ?」
「この娘の目の色ですわい」
「ほう?」

孫堅殿、身を少しかがめて緋竜に目線をあわせてしばらく凝視。

緋竜の方は見知らぬ人間に目を合わせられ、かなり腰が引けておったが
しばらくするうち今にも逃げ出しそうな足の震えがなくなり
丸くなっておった背筋がのびてきおった。

どうやら悪人ではないと判断したんじゃろう。

「ふむ、確かに異国の血でもまざっているのか、変わった色をしているな。
 これでいくつになる?」
「・・・それが・・・実際の年齢というのは拾い子なのでわからぬのです」
「なに?」

わしの言葉に孫堅殿は緋竜から視線をはずしてわしの方に向き直る。

「劉備殿がある日ひょっこりと拾ってまいりましてな。
 拾われた当初から親も名も、自らの素性となる事は何一つ知らぬ子でしてな。
 しかもこんななりをしておりますが心がえらく幼いもので
 不憫に思ったわしが娘として引き取り、今にいたる次第」
「・・・・・そうか」

そう言って孫堅殿は再び緋竜に視線を戻す。

この子の目を見ると何らかの意思疎通があるという。
わしもこうやって何を考えているのか、何を言いたいのか不思議とわかってしまうものじゃが
はたして孫堅殿は何をこの子から感じ取っておるのじゃろうか。

「・・・だが、よい目だ。雄々しさはないが正を通し見るような純粋な目をしておる。
 ・・・よい子を持ったな」
「・・・は、ありがとうござる」

・・ううむ、よもや呉の君主に我が子をほめられるとはのう。
なにやら妙な気分じゃわい。

「それに控え目でしおらしい子ではないか。
 そなたより私が先に見つけていたのなら、私が娘にしていたかもしれんな」
がっはっはっは!姫様にしろ二喬夫人にしろ、けっこうなじゃじゃ馬ですからなぁ!」
「ははは!確かにな。健康的といってしまえばそれまでだがな」

などと笑いあう孫堅殿と黄蓋殿の横で、周瑜殿が青ざめていたりするんじゃが
・・・ま、よいか別に。しょせんは他人のお国事情じゃし。

ん?緋竜、何を小喬とないしょ話をして・・・・


「・・
っプーーーーッ!!きゃははは!!やだ緋竜ちゃんたらあはははは!!」


な、なんじゃいきなり?なにを転がりまわるほど笑う??

「どうしおった、なにをそんなに・・・」

と、問いただそうとした黄蓋殿に小喬は腹をかかえつつ何かを耳打ち。

次の瞬間。

ブッ!!ぶわはははは!!だーーーっはははは!

などと腹ばいになって床をがんがん殴る黄蓋殿を置き
小喬今度は不思議そうに突っ立っておった孫堅殿にもなにか短い事をささやき・・・

っぐッ!!・・ッ・・くく・・」

・・・・・・必死で笑いをこらえとる。

なんじゃ一体?何か笑うてはいかん事・・・・ん?わしにも聞かせるのか?

「・・・緋竜ちゃんが・・・周瑜様のこと・・・殿の・・・かっこいい奥さん・・って・・・」

ブッ!!

・・・・・・・は・・・鼻が出た・・・。

「やーねーもう緋竜ちゃんたら真剣に!おもしろいんだからもお!」

なぜ笑われたのかわからずおろおろする緋竜と、一人置いてけぼりをくらって
呆然としとる周瑜殿のまわりで小喬は緋竜に抱きついて笑い、黄蓋殿は床を殴り
孫堅殿は柱に手をあててうつむき、笑いをかみ殺すのに必死になっとる。

「・・・小喬、一体何を聞いたのだ?」
「だっ・・・だめ!周瑜様はきいちゃだめ!ぷっくくく・・・!」
「いや・・そう言われると余計に気になる。何があったか話してくれないか」
「だっ・だーめ!ぜーったいダメ!にげよう緋竜ちゃん!」

そう言って小喬は緋竜の手をひっつかみ、脱兎のごとく逃げ出した。

ぬぁ!?こら!わしを置いていくな!

「で・・では皆様方!わしらはこれにて失礼をば!」

まだ笑っとる二名と唖然とする美周郎一名を残し
わしは意味もなく片手をシュダっと上げ、そこから逃げた。

やれやれ、相変わらずそんなつもりはないのに嵐をよぶ子じゃのう。





うーーむ・・・はてさて、二人とも一体どこへ行ったのか。
あやつらすばしっこい上に、こんななれぬ他国の陣内で置いて行かれては
わしの方も困るではないか、まったく・・・。
などと早足で長い廊下をうろうろしておると、前方の十字路から小喬が飛び出してきおった。

「これ小喬!こっちじゃこっちじゃ!」
「あっ!おじさん!緋竜ちゃん知らない!?」
「なんじゃと?連れていたのではなかったのか?」
「それが・・・走ってるうちにどこかに落としちゃって」

・・・・物ではないんじゃから気付かんか普通。

「・・・いかんな。あの子を一人にすると何をやらかすかわかったものではないぞ。
 小喬、どこをどう走ったか覚えておるか?」
「えっと・・・たしかこっちから・・」


ガシャーン!!


その時なにか金属製の物が落ちたような大きな音が、すぐそこから聞こえてきよった。

「うぬっ!?」
「あ!おじさん!」

なぜかはわからんが、反射的に足がそちらに走り出す。

少し走って一つ目の角をまがった所で少し身を引いたような緋竜ともう一人,
暗い色の鎧を着込んだ、かなり長身の男が妙な体勢のまま
緋竜と対峙しておるではないか。

その二人の足元に、おそらく先程の音の元だろう大振りの孤刀が一本
無造作に転がっておる。

見た所・・・・・男が緋竜に剣を向けようとして、刀を取り落としたように見えるのじゃが
・・・しかし長身の男の方もよう見ると様子がおかしい。

兜からわずかに見える目は、何か驚愕したように見開かれており
しかも誤って斬りかかってしまったという失態をおかした時の表情ではない。

一番近い表現でたとえるなら・・・

ありえはせんはずじゃが「恐怖」の色。

わしらがおらぬわずかな時間で、この男と緋竜の間で
一体何がおこったというのじゃろうか?

あーーっ!!泰ちゃんなにしてるのーー!!?」

追いついてきた小喬もわしと同じ状況を想像したらしく、泰ちゃんと呼んだ長身の男と
緋竜の間に走りこみ、ぼーっとしておった緋竜を体格も変わらんというのに
懸命に背後にかばう。

「今緋竜ちゃんに斬りかかろうとしたでしょ!!」
「・・・・・・・・」
だめーーっ!!だめだめだめーーー!!
 
私の友達なんだから!友達なんだから!!
 ついさっき殿もいい子だってほめてくれた、
私のお友達なんだからーー!!
「・・・・・・・・」

いつになくえらい剣幕でくってかかる小喬に、男の方は聞いておるのかおらんのか
ゆっくりと構えを解き、なぜか小さなため息とともに汗をぬぐうようなしぐさを見せ
わしの方に視線を向けてきた。

特徴的なのは片目にある刀傷。

つい先程見開かれていた目からは、もう表情が消えてしまっておるが
長年戦にかかわってきたわしにはその目つきと気配である事に気がつく。

・・・・こやつ、かなりの使い手じゃな。

わしから視線をはずし、落ちていた弧刀を拾い上げるわずかな動作にも隙がなく
視線はよこさぬが気配だけでこちらをうかがっておるのがようわかる。

しばらくしてぎゃいぎゃい騒ぐ小喬が言いたい事を言いきったころ
弧刀をしまい終えた男はかなりの長身を心持ちまげ、その時初めて一言。

「・・・・・・すまん」

とだけ。

それは緋竜への謝罪なのか、はてまた小喬への弁解のつもりなのかはわからんかったが
じゃがそれで小喬の方は少し怒りは沈静化したようじゃ。
自分よりはるかに大きな男を前に腕組みをして不機嫌そうに頬をふくらませた。

「・・・んもう!仕事熱心なのはいいけど危なっかしすぎ!
 そんなんじゃ蜀の人達と一緒に戦っていけないよ!?反省しなさい!」
「・・・・・」

・・・まぁ確かに今までおうた呉の連中に比べて
少々殺気のにじみ出る風貌をしとるのは確かじゃがな。

察するにあまり気配のない緋竜に背後を取られでもしたのじゃろう。

「すみませぬな呉のお方。娘がなにかご迷惑をかけてしもうたようで」
「・・・・いえ」
「その子はわしの娘の緋竜。わしは蜀の黄忠漢升ともうします。
 お見知り置きいただければ幸いですじゃ」
「・・・・・」

しかしこの愛想のなさ、つつみ隠さぬ殺気といい、なにやらうちの魏延を思い出すのう。

「・・・・周泰・・・幼平」

・・・・ん?・・・今のは・・・自己紹介か??

木の葉が落ちるような、名乗ったのか独り言なのかわからんようなささやかな名乗り方に
黙っていた小喬がじれったそうに地団駄をふむ。

「あーもう!泰ちゃんそれじゃなんにもわかんないよ!
 いーい!?名乗るんなら 『俺の名は周泰、字は幼平、だからって幼くも平凡でもないぜ。
 刀一本を相棒に孫権様をお守りする、図体はでかいが態度は小柄
 生傷だらけの歩く人身防護壁だ!心身とも健康体!今後とも夜露死苦ー!!』
 とかなんとか気のきいた自己紹介をしなさい!」


・・・・・・・・それは気がきくとかきかんとかの問題ではないじゃろう。


一体どんな知識が入り混じっておるんじゃおぬしの脳内は。

「これこれ小喬、何もそうまで怒鳴らずともよいではないか。
 この御人とてわざと緋竜を狙うたわけでもないんじゃろうし」
「だめ!私のお友達に剣を向けるなんてバツ!却下!否決!問題外ー!」

あーあ、まぁた加熱し始めよったか。
確かに一歩間違えれば危険な事態だったのは確かなのじゃが・・・
わしにはそれ以前に駆けつけた時のあの状況にいくつかの疑問が残り
小喬のように怒る気にはどうにもなれなんだ。

まず一つはなぜこのような安全な場所できなり抜刀したのか。

そしてなぜ、かなりの使い手と見るこの男が得物を取り落としてしもうたのか。

何より人畜無害なはずの緋竜を見て、なぜあのような目をしておったのか。

大事な娘に斬りかかられた事は大変な事態なのはわかっとる。
じゃがそれ以前に武人としてわしにはその点が妙に気にかかる。

「・・・あれ?どうしたの小喬」

と、その時ちょうどよい具合に孫堅殿の娘である孫尚香殿がやって来た。

かたわらにおられる綺麗な娘さんは小喬によう似とるので
おそらく小喬の姉で孫策殿のご夫人の大喬殿じゃろう。

「あ!尚香姉様聞いてよ聞いてよ!!泰ちゃんたら・・!」


・・きゅ。


今までの経過をまくしたてようとした小喬の袖を緋竜が横から掴む。

少し微笑んで首を横にふったという事は、おそらく
もういいからあまりせめるなと言いたいのじゃろう。

そしてさらに。


「・・・ごめんね」


と、なぜか周泰殿に向かって頭を下げおった。
それが一体何をさした謝罪なのかわからんが、周泰殿はほんの少し
驚いたような気配を見せ・・・

「・・・・いや」

と、はたで聞く者にはひどくあいまいな返事を返しおった。

・・・む?・・・この男、とげとげしい気配が少し中和されおったな。

あの少ないやりとりの間に何があったのやら。
まぁ丸くおさまってくれたのなら、わしとしてはそれが一番なのじゃが・・・。

「・・・何?一体なにがどうしたの?」

事情が飲みこめとらん尚香殿に小喬は口をとがらせながら

「・・・・・なんでもないもん」

とだけ説明しおる。
多少納得いかなそうじゃったが、緋竜がもういいと言うておるのでガマンしたんじゃろう。

「なぁに?また愛想がないって怒られたの周泰?」
「・・・・・いえ」
「ま、いっか。権兄様が呼んでたわよ。周瑜の所に行くって言ってたから
 多分作戦会合がらみだと思うけど」
「・・・・・は」
「あ、それとお手数ですが、孫策様を見かけたら太史慈がカンカンに怒って
 探していたと伝えてください。あの人また目を盗んで抜け出したらしくて・・・」
「・・・・・承知しました」

なんのかんので色々あてにされとる男じゃのう。
物腰も呉将の中でも呂蒙殿ぐらいに落ちついとるし
・・・そういえば孫権殿をお守りするとかなんとか言うておったようじゃが・・・。

くいくい。

わしらに一礼して遠ざかっていく大きな背中を見ながらそんな事を考えておると
横から緋竜に軽く服を引かれた。

ん?なんじゃ。
・・・目・・・?あぁ、あの男の顔の傷の事を聞いとるのか。

「あれは刀傷じゃ。剣で斬られた後が消えずにあぁして残ってしまう事があるんじゃ」
「・・・・・」

わしの顔に手を伸ばしてきたと言う事は、わしにもあるのか?と思っとるんじゃろうな。

「ははは、わしにはないぞ。わしは剣より弓の方が使いなれておるからな。
 そうそう近距離で激しく斬りあったり斬られたりするほど危ない目にはおうてはおらんよ」

ふーん。と首をかしげる緋竜を見て、尚香殿がはたと思い出したように手を打った。

「あ、もしかしてその子が緋竜なの?」
「おや?ご存知でしたかな」
「うん、小喬がかわいいから見せてあげる!・・ってさんざん騒いでたからね。
 ・・・ふぅん、ほんとだ。確かにかわいいわね」

赤くなりながらさっとわしの背後に隠れた緋竜を見ながらもらす尚香殿に
今までふてくされ気味だった小喬が急に活気を取り戻す。

「でしょ!かわいいよね!ねっ、おねえちゃんもそう思うよね?!」
「そうね。確かにかわいいけど・・・だからって小喬
 あんまりあっちこっち引っ張りまわしちゃご迷惑でしょ?」
「お父さんも一緒だから大ー丈ー夫!」
「もう・・・しょうがない子ね。・・・すみません、お忙しいのに妹がご迷惑かけてしまって」
「いやなに。わしとしても色々勉強になりますゆえお気になさらず」

ううむ、顔立ちはそっくりじゃがさすがは姉上、性格は小喬と違ってしっかりしておる。

・・・じゃがよう考えてみれば不思議な組み合わせじゃな。

能天気な孫策殿は、しっかり者の大喬殿と。
呉の知将である周瑜殿は、能天気な小喬と夫婦なのじゃから。


・・・・組み合わせが逆じゃったら凄いことになっとったろうがな・・・。


「ところでさ、えっと・・・黄忠さんだっけ」
「黄忠でかまいませんぞ姫様」
「じゃ黄忠。なんでその子兵服なの?しかもあなたと作りがよく似てるみたいだし」

お、さすがは女性陣。見るところが違いますなぁ。

「それがですな、初めは普通に女物の長衣を着せておったのですが
 なぜか滅多やたらと裾をふんずけてはバタバタと転んでしまいますので
 しかたなく女物はあきらめたのですじゃ」
「・・まぁ、小喬みたいな子ですね」
「むっ、おねーちゃん!」
「・・で、服を新しく作る事になったのですが、どんなものがよいかとたずねた所
 『・・・みんなと同じの・・・』とそこらへんにいた兵士を指しながら言いましてな。
 しかしそれでは迷子になった場合に支障をきたしますので
 わしの服に似せた作りの物をあつらえた次第でして」
「へぇ・・・そうなんだ。ふふ、聞いてた通りの子なのね」


とはいえ、やはり今でも何もない所でバタバタ転んだり
迷子になる時はやっぱり迷子になってしまうものなんじゃがな。


「あ!そうだ!おねえちゃん達ちょっと!」

と、何を思い出したのか小喬が急に呉の華二人の手を引いて
柱の影に引っ張り込む。

なんじゃ、またナイショ話か。

「なんじゃ、今度はなんの相談を・・・」
「ちょっとまってて!すぐ終わるから!おじさんそこから動いちゃだめだよ!」

などと言われてさらに距離を取られてしもうた。


・・・・・・。


のけもの?


・・・まぁよいわい(強がり)。どーうせおなごの話題に
わしのようなじじいがついていけるものでもないしのう(ヤケ)。

それにしても小喬め、今日は何やら策をめぐらせておるような気配があるのじゃが
一体わしとおぬしになにをさせるハラなのかのう緋竜。

「・・・?」

などと思いながら頭をなでてやっても緋竜も小喬の考えなどわからぬらしく
首をかしげてなぜか飴のつつみを一つくれよった。

そうじゃな、長丁場になるか。
おなごの世間話は時に日の落ちるまで続くほど長いというからの。

待てと言われたので逃げるわけにもいかず、むこうでなにやら相談しておる
姫三人を見ながら緋竜と二人で飴をなめ、近くの手すりに腰掛けて
ぼんやりしておったのじゃが・・・

「えーーっ!?尚香お姉ちゃんなら賛成してくれると思ってたのにー!」
「だってそうなると私にまで話が飛んできそうじゃない。それは嫌だもの」

白熱してきたのか声がここまで聞こえるほど大きくなってきおった。
内容はよくわからぬが、小喬の提案は却下されおったようじゃな。

「小喬、私も賛成できないわ。そうゆう大事な事は本人が自分で決める事よ。
 第三者が介入するのは良い事じゃないもの」
「うー、じゃあいい!私一人でなんとかするもん」

む、どうやら話は終わった・・・というよりは無理矢理切り上げられたようじゃの。
・・・って・・・あ!また緋竜を持って行こうとするか!?

「ちょっと小喬ったら!」
「権兄様にしかられても知らないわよ!?」
「いーもん!その時はその時!」

えぇいせっかちな事じゃ。毎度毎度ややこしい現場にわしを置き去りにするでないわい!

「うぬ!まったく!では姫様方、わしらはこれにて!」
「・・・すみません御足労おかけしますが、あまり気にしないでくださいね」

わしはその時慌てておったからなんの事かわからなんだが
大喬殿が頭を下げながら言ったその言葉がなんなのか、しばらくしてわかる事となる。


だから小喬!わしを置いて緋竜を持っていくでない!!


待たんか娘泥棒ーー!!





次へ