その後なんとか小喬をとっ捕まえて、わしらが次に行きついたのは訓練場。
ちょうど兵らの訓練は終わっとるのか、広い敷地に今人はほとんどおらぬようじゃ。
じゃが居残りか、はてまた特訓でもしとるのか中には三人ほど人がおった。


オラオラどうしたー!!踏み込み甘えぞーー!!」


その中でよう目立つ髪の逆立った男が、広い場所でひときわ大きな声を出しておる。
よく見れば頭に巻いた布に鳥の羽のようなものがささっており
あと二人おるのは、わしも以前見た事のある人物じゃ。

双剣で逆毛男に稽古をつけてもらっておるのは周瑜殿の後継者的存在になる・・・
わしから見ればまだまだ若造以下、小僧以上(半端)の陸遜。
そのそばで二人の立ち合いを黙って見ておったのは、以前緋竜を助けてなつかれ
そんな気はないのじゃろうが馬超の敵意をかってしもうた(苦労人)呂蒙殿じゃ。

「あ、ちょうどよかった。
おーい甘ちゃん陸ちゃん呂ちゃーーん!


・・・あれほど年齢差がバラついとるのにやはり全員ちゃん付けか。


甘ちゃんというのはあの逆毛の男の事なのじゃろうが・・・
・・・しかし・・・呂蒙殿までちゃん付けとはのう。
先程の周泰殿といい、こやつの基準はようわからんわい。

「よう!若女房!誰だいそっちの知らねえ顔はよ」

・・・むむ、近くで見るとむき出しの上半身に派手な刺青。
ぞんざいな口調にふてぶてしい態度、なにやらそこらのチンピラのような男じゃが・・・。

「あのね、こっちが前に話してた緋竜ちゃんで私のお友達!
 で、こっちの人がそのお父さんの黄忠さん!」
「・・・はあ??・・・なぁ、そっちのお友達ってのはわかるがそっちのじ・・・」


がし。ずりずりずりずり・・・。


なにか言いかけた甘ちゃん(仮)を
呂蒙殿と陸遜が一緒に両脇から腕を掴み、えらい勢いで強制連行。

そしてなにやら遠くの方でごそごそブツブツ内緒話を始めおった。

しばらく見ておると甘ちゃんが何か怒鳴りだし反論しておったが
呂蒙殿に強烈なゲンコツを。陸遜には何か一言二言のけぞるほどの
きつい言葉をいただいて、なにやら話し込んだ後三人共戻ってきおった。
しかし何があったのか甘ちゃんだけはかなりふてくされた様子じゃが。

「・・・ねぇ、なにやってるの?三人して?」

不思議そうな小喬に陸遜は涼しげな笑顔でこう答える。

「いえ、初対面の方に対する礼儀作法の事で少々」
「・・・・・・・・嘘つけガキ策士」


ごっ


ぼそっともらした小さな言葉に、呂蒙殿のさりげない肘鉄がめり込む。

ってえな!・・・この陰険オヤジ!・・・」

一瞬くってかかろうとした甘ちゃんじゃが、両脇の知将二名の無言の重圧に負けたのか
何か言いたそうにしながらもかなり不満そうに口をつぐみおった。
見ようによっては父と弟にしかられた、不良馬鹿息子にも見えるが・・・。

・・・何があったのかはわからんが、この見た目チンピラ風の男
どうやらそこの年上と年下には頭が上がらぬとみえるな。

「・・ま、いっか。じゃあ紹介するね。呂ちゃんと陸ちゃんは知ってるよね。
 でこっちのはさまれてるつんつん頭のお兄さんが甘ちゃ・・・」
「甘寧だっての!いいかげんに覚えてくれよな」

その名にはわしも聞き覚えがある。
呉の中で常に先陣を切り、魏の張遼にも並べられる猛将の名で
別名鈴の甘寧とも言われ恐れられていると聞くが・・・
おぉ、なるほどな。確かに鈴をぶらさげておるわい。

「あ、そういや太史慈の旦那があんたの事話してたな」
「へ?そうなの?」
「おう。弓の使い方を指導してくれるいい師匠ができた・・って変ににやけてたからな」
「おじさん太ちゃんとあってたの?」
「まぁのう。前にわしら五虎将と順に手合わせした事があって
 その時弓馬の扱い方について長々話し込んでな。杯も何度かかわしておるぞ」
「そっか!じゃあ話が早い」

事情を知らんわしらには全然早くないんじゃが・・・・。

妙じゃのう。こやつ一体何をたくらんでおる?
以前太史慈殿から小喬は周瑜殿に似て知恵をつけてきたと聞いた事もあるし・・・
・・・・あ、これ緋竜。どこへ行く。

「・・・ん?どうした」

呂蒙殿のところによっていき、何か耳打ち。

「甘寧」
「あ?」
「この子に鈴を貸してやれ」
「はぁ??なんでだよ?」
「見たことないそうだ。少しくらいかまわんだろう」
「・・・・まぁいいけどよ」

なんじゃまた人の物に興味を引かれおったのか。

先程は周泰殿の傷、その前は呂蒙殿のヒゲ、いつじゃったか魏延の仮面(逃げられた)
この前は馬超の新調した鎧に興味を持ち、触らせてもらっているうち
何かが切れた馬超にあやうく押し倒されかけた事もあるが・・・。
(直後わしと姜維との激無双乱舞で撃退し、趙雲に1時間ほどシメられ済み)

「しょうがねぇな、すぐ返せよ・・ほれ」

チリン

無造作に突き出された大き目の鈴が乾いた音を立てる。

緋竜は初めて見る物体に興味深々なようじゃ。
目の前におるのは初対面半裸のチンピラ風男じゃというのに
まったく気にする事なく鈴に目が釘付けになっとる。

その証拠に甘寧が何気に鈴を横にやると、緋竜もつられて横に移動。
反対側にやるとやはり同じようについていく。

チリチリコロコロ

「・・・・・」

チリチリコロチリコロチリン

「・・・・・・・・」

一生懸命ついていこうとする様は、まるで子猫か子犬そのものじゃ。

ぶははは!おっもしれえ!いくらでもついてくるぞこいつ!」

などと調子に乗って四方八方鈴を振り回す甘寧に
その言葉通り、緋竜はいくらでもうろうろついていこうとしよる。

「ほらほらこっちだこっち!とろいなぁお前!」
「・・・・こら甘寧」
「意地悪はよくありませんよ」
「馬鹿言え、遊んでやってるんじゃねえか・・・おぉっと!」
「緋竜ちゃん負けるながんばれー!」

・・・しかし呉という国はほんに様々な人間がおるんじゃのう。
孫堅殿やそのご子息の孫権殿のような立派な人物がおるかと思えば
小喬やこの甘寧のように子供をそのまま大きくしたような人物
黄蓋殿や、尚香殿、陸遜だの老若男女、多種多様な者がおるのじゃからな。

ま、色々あったが勉強になったのは確かな事じゃ。
後でホウ統殿の所にでも土産話として持っていくとしようか。


「おのおの方ーーーー!!」


カラカラとうるさく鳴っておった鈴の音に、聞き覚えのある声が入ってきたのは
甘寧の悪ふざけを陸遜が止めようと、それとなく背後を取った時じゃった。

見れば遠くから赤い重たげな鎧がガッチャガッチャと難儀そうに走ってくる。
あのような重い物を着こみ、さらに戦場ではとても人が振り回す物とは思えぬ鉄鞭を
振り回す若武者は、先程話しに出ておった呉の赤い重装将太史慈殿じゃ。

「おう、太の旦那・・・ってあ!こら!」

一瞬のすきをつかれて陸遜が鈴をすばやく奪還。
若者らしい良い笑顔で緋竜に手渡した。

「はいどうぞ。でもあまり触らないで下さいね。馬鹿がうつりますから」
コラてめぇ!何さわやかに吹きこんでやがる!」
「ちがうよ。馬鹿は空気感染しないんだよ。手を洗えば大丈夫v」
「おめぇもさも本当らしくウソ教えんなー!!」

などと騒ぐ若者連中はともかく残ったわしと呂蒙殿が
息を切らしなにやら慌てとる太史慈殿の話を聞く事になった。

「どうした子義、召集か?」
「・・・いえ、違います若を・・・孫策様を見かけませんでしたか?!
 権様から探して連れてくるようにと命じられたのですが・・・どなたか心当たりは?」
「なぬ?孫策殿か?そういえば先程大喬殿も同じような事を言っておったようじゃが」
「なんだ、また逃げられたのか」
「逃げたですと??・・・何から?」
「・・・軍事会合です!こともあろうに次に呉を背負って立つ方が!
 『やだよ面倒くせえ』の一言で弟君の権様に何もかも押し付けて姿をくらまされたのです!」

・・・・えらい怒りようじゃのう。さては常習犯じゃな、あの風来坊め。

「今日こそは絶対出席していただくはずだったのに・・・まったくもってなんという!」
「それで?今回どうやって逃げられた」
「・・・厠の窓と入り口を数人がかりではっていたのですが・・・完全に意表をつかれ
 天井の板を外して屋根裏から逃走されました」

・・・まるで脱獄犯か空き巣じゃな。

「ねえねえ、昼寝するなら南の城壁だけど、探した?」
「・・真っ先に」
「厨房の方にも顔を出されますが・・・どうでしょうか」
「・・先程」
「しかし軍師さんと出くわさねとなると、あんまり場所もねえけどなぁ」
「絶望的な例としては・・・城外脱出だな」
「あぁもう!回を増すごとに捜索が困難になってゆく!ご勘弁いただきた・・・」

チリン

頭をかかえだした太史慈殿の横で鈴の音が鳴る。
見ればいつからいたのやら緋竜が鈴を片手に太史慈殿の鎧のはじを掴み
たたずんでおるではないか。

緋竜はそのまま太史慈殿を軽く引っぱって行こうとするが
まだ甘寧の鈴を持ちっぱなしだったのに気がつき、慌てて返しに行く。

「・・・・・」
「ん?おう、返すのか」

ぺこぺこ頭を下げながら鈴を返すと
あらためて太史慈殿のところへ戻り、どこかへ連れて行こうと鎧を引く。

その前にわしらに向かって『何か話せ』と言いたげに妙なしぐさを残していきおるが・・・


・・・・・あぁ、そうか。

なんとなくわかったわい。


みれば呂蒙殿も陸遜も緋竜が何をしようとしとるのか気がついたらしい。
目配せをして何事もなかったように会話を再開し始めた。

「・・しかたない。俺達も手分けして捜索するか。俺は南の門付近をあたろう」
「では私は北側の門で聞き込みをしてみます。
 甘寧殿は物見の兵に通達と、西側城壁の捜索をお願いしますね」
、俺も探すのか?!」
「お前、以前策様と城を抜け出して城下で酒場をはしごしたあげく
 荒くれ者と乱闘になり、一般民含む数十名をのしたのを忘れたとは言わさんぞ」
「・・・ぐ・・・」
「あの後俺と周都督が一体どれだけ無駄な労力を使ったと思って・・・」
「わーったわーった!!探しゃいいんだろ探しゃーよ!!」
「反省の色が見えませんね(目が笑ってない笑顔)」
「・・・・スミマセン。探させてもらいまス(棒読み)」

などと妙なやり取りを尻目に、緋竜は近くにあった物置まで
太史慈殿を連れて行き、おもむろに両手で思いきり物置の戸を開いた。

すると・・・

「ぅおわっ!!?

中から転がり出てきたのは、たった今話題の中心におったはずの
呉の後継ぎにしてらしからぬ次期呉君主、孫策殿じゃ。


「・・・・
っ!!若ーーーっ!!!
げ!?まじっ!!」


カラン、がっ
ズドーーン!!


慌てて逃げようと体勢を立て直した孫策殿の足元に、緋竜の投げた棒がからまる。
あせっておった事も手伝って、孫策殿は見事なまでにド派手な転倒をみせてくれた。

・・・また妙な技を覚えおったな。おおかたホウ統殿の入れ知恵じゃろうが。

それはともかく派手に転んだ孫策殿にすかさず太史慈殿が気合一声飛びかかる。

ぬぅおおーーーーー!!
ぐぅえっ!!?っ!重ーっ!どけこらー!!」
「却下!お断りします!!
権様ーーー!!捕獲いたしましたーー!!
「・・・お前な!逃げた馬じゃねえんだから、もうちょっと言い方ってもんが・・・」
「大して違いございませぬ!見張りの目をあざむいて厠の天井を壊し
 このような地味な場所にお隠れになって一体なにをなさっているのですか!!」
「ちぇー・・ここなら見つからねぇと思ったのになー」
「思ったのになー・・ではございません!!権様共々どれだけ捜索したとお思いか!?」
「いやぁわりーわりー。甘寧がいい地酒かっぱらったって言うからつい・・・」
「・・・・なんだ、またお前がからんでおったのか」
「あ?そういやそうだっけか?忘れてたなぁ?」

呂蒙殿のジト目から逆毛をばりばりかきつつ必死に目をそらす甘寧。
おうてから日も浅いというのにこの男と孫策殿がどんな珍騒動を巻き起こしとるのか
なんとなくわかってしまうのが不思議なもんじゃ。

「・・・お?そういやさっきからそこにいるのって・・・緋竜だよな?!」

近くでしゃがみこんでじーっと見ておった緋竜と目がおうた孫策殿が
なにやらいいものを見つけた子供のような嬉しそうな声を出す。

そういえばこの長男坊、初対面でこの子をいたく気に入ったと
呂蒙殿が話しておったようじゃが・・・。

「久しぶりだな!俺の事覚えてるか?」
「・・・・(うなずく)」
「小喬から話はよく聞いてるぜ。こんな状況じゃなけりゃ俺も遊んでやりたいのは
 やまやまなんだが・・・俺の部下ってのはどうもカタい奴ばっかなもんでよ」
「状況をおわかりなら職務を放棄なさらぬように!」
「わーったって!そんな大声出すなよ太。怖がるだろ」
「あ・・・いや・・・すまん・・・」
「そんじゃ若!俺はまだこいつと稽古があるんで失敬するぜ」
あ!こら甘!酒場の友を見捨てるな!!」

などとわめいてもばたついても重装備の太史慈殿の重量にかなうわけもない。
多少迷惑そうな陸遜を引きずって、これ以上とばっちり受けてなるものかと
逃げて行く甘寧を・・・

「甘寧〜〜たのむよぉ〜〜・・・」

と、いたく情けない声でお見送り。

「若ー!お達者でーー!おっ幸せにーー!」
「・・・・・なんの話ですか一体」
「捨てないで〜置いてかないでくれ〜〜!
かーんーね〜〜!


・・・・大丈夫か・・・呉の未来?


「あにうえーーー!!」


甘寧とほぼ入れ替わりに飛んで来たのは、怒気に満ちあふれた若い声。
びっくりした緋竜が一瞬飛び上がってわしの背に避難してきた。

見れば靴音高らかに土煙をたてんばかりの勢いでやって来るのは
孫家次男坊の孫権殿。
傍には先程の周泰殿がおられるようじゃが・・・。

兄上!!また出席放棄とは一体何をお考えなのですか!!」
「放棄じゃねぇよ。回避しただけだ」
同じ事です!!一度二度ならまだしも短いものから国を左右する重要なものまで
 すべて避けられていては次に呉を背負って立つ者としてしめしがつきませぬ!!」

・・・しかし若いのにえらく声の大きな御人じゃのう。
緋竜がおびえるのでもう少し普通に話してもらいたいところじゃが・・・。

「いやそれはわかっちゃいるんだが・・どうも俺の肌にあわねぇっていうかなんというか・・・」
「肌に合うあわないの問題ではありません!今や呉は魏とならぶ大国なのですぞ!
 ましてや今蜀と同盟を結び大国魏を討たねばならぬ大事な時期に
 兄上がそのような浮いた気持ちでは軍の士気にかかわると同時に(以下略)・・・」

・・・うぅむ。大声であれだけ長々と説教を続けられるとは、なかなか大した弟君じゃのう。
兄の方はなれておるのか、のらりくらりとかわしておるが・・・。

・・・ん?なんじゃ緋竜?


「・・・・あのおじさん・・・だれ?」


ぶぼっ!!

ああぁあ!!こんな状況下でなぜそれをわしに言う!!
説教を中断させて思いきり注目を集めてしまったではないか!

わしはともかく笑いをこらえつつ緋竜を引っぱって行き事情を説明。

「・・・よいか、あの方は立派に見える(訳:老けてる)がおじさんではない。
 孫権殿というてさっきおうた孫堅殿の息子さんで、つかまってもがいとる孫策殿の弟じゃ。
 さらに先程おうた孫尚香殿の兄上なんじゃぞ」
「・・・・」
「これこれ、そんな目をするでない。声をよう聞いてみなさい。まだ若いじゃろうが」
「・・・・」

緋竜、目を丸くしてかなり悩んだ末にやっとうなずく。

「おじさんではない、孫権殿じゃ。そ・ん・け・ん・ど・の。・・・わかったか?」
「・・・・そんけん・・・どの?」
「そうじゃ。わかったな」
「・・・・・うん」
「よし。では行こうか」

・・・ふい〜〜、危ないところじゃ。
あやうく孫家の御曹司に無邪気な無礼をはたらいてしまうところじゃったわい。

などと冷や汗をぬぐいながら皆の所へ戻ると、孫策殿が弟君と太史慈殿にはさまれ
若干高い声と重い声で説教攻めの真っ最中。
小喬はほとぼりがすんでから話をしようと思っとるらしく、手すりに座って足をぶらつかせ
呂蒙殿と周泰殿はそれぞれおとなしく邪魔をせん距離で静観を決め込んでおった。

しかし皆様なれておるのか対応が落ち着いておるのう。
わしもそれ以上何もせずぼんやりしておったのじゃが
しばらくして緋竜が退屈したのか、とてとてと呂蒙殿のそばによって行き
鎧のはじをちょっとだけ掴んだ。

それはわしらにもよくやる、ちょっとした挨拶のようなものなのじゃが
その時なぜか近くにおった周泰殿が反対方向に一歩引きおったのじゃ。

・・・はて?なぜあのような微妙な距離を・・・?
といぶかしんでおると、それに気付いた緋竜は呂蒙殿から手を離し
自分よりもかなり大きな周泰殿に一歩近づく。

ところが周泰殿、また一歩反対へ移動。
緋竜が一歩近づくと、周泰殿は同じく反対方向へよけるように足を動かす。

「・・・・・」
「・・・・・」

かなり高低差のある視線の間で、何があったのかはわからぬが
しばしの沈黙の後、二人とも今度は急に早歩きをおっぱじめおった。


とたとたとたとたとた。

つかつかつかつか。


二本の柱をぐるぐるぐるぐる早足で歩き回る、わしの娘と長身の将。


・・・・何を・・・したいのじゃろうか??

緋竜は捕まえたいのなら走ればよいし、周泰殿は嫌なのなら走り去ればよいものを。

説教に熱中しとる二人と動くに動けぬ一名をのぞき
わしと呂蒙殿、小喬ですらその妙な光景に声をかけることもできなんだが・・・。


つかつかつかつか。

とたとたとたと・・
びたーん!


・・・あ。やはり転びおったか。

「・・・!」

先を歩いておった周泰殿がそれに気付いて急停止し
駆け寄って手を差し出そうとして・・・・ためらっておる。

手を差し出してよいものかという迷いのものではない。
その証拠に顔を押さえながらむくりと起き上がった緋竜から手を引いて
また数歩距離をおこうとしておるのじゃ。


・・・この男・・・まさか緋竜を恐れておるのか?


「・・・どうした周泰。らしくもないな」

一部始終見守っておった呂蒙殿が緋竜を助け起こし
怪我がないか見てやりながらかけた言葉に、周泰殿から返事はない。

しかも駆け寄った小喬によしよしと頭を撫でられておる緋竜から
まださらに距離を取ろうとしておるではないか。

・・・・妙じゃな。見た所かなりの腕をもつ使い手の武将が
なぜこうも人畜無害のあの子をさけるのじゃ?

「・・・周泰殿、娘が何か・・・しでかしましたかのう?」
「・・・・・」
「周泰?」

長身の将は呂蒙殿の問いかけに相変わらず返答がない。

「何があった」
「・・・・・」

あちらでいまだに続いとる説教乱舞の声だけがあたりに響く。

そして少しの沈黙の後、周泰殿は呂蒙殿の無言の促しに負けたのか
ようやく重い口を開き、こう切り出した。

「・・・・・説明・・・しにくいのです」
「かまわん、言葉にできる範囲で話せ」
「・・・・・」
「逃げる事は立ち向かうよりも簡単な事だ。
 だが・・・お前が何を恐れ何から逃げているのかすら俺にはわからん。
 それでは俺も力になってやることはできんぞ」
「・・・・・」
「・・・何があった」

そこで周泰殿はもう一度緋竜に視線をやる。
緋竜はそれを見てわしらが何か大事な話をするとでも思ったのじゃろう。
小喬の袖を引いて庭の方へとおりていきおった。

おなご二人が離れたところで周泰殿はややうつむいて視線を落とし
再び重い口を開いた。

「・・・・背後から・・・無言で接近されました。・・・気配は・・・あったのですが・・・」
「・・・それでどうした?」
「・・・妙な気配でした。・・・兵でもない・・・将でもない・・・使用人でもない・・・
 ・・・ただ何かがそこにいるという・・・漠然とした気配が・・・そこにあったのです」

なるほどのう。研ぎ澄まされすぎた感覚が緋竜の無心を感じ取るさいに
逆にあだになってしもうたわけか。

「・・・・威嚇のつもりで・・・抜刀しました。・・・ですが・・・そこからわかりませぬ」
「何?」
「・・・首に切っ先を突きつけようとして・・・そこから先が・・・」
「わからん・・・というより、覚えておらんのか?」
「・・・はい」

うぅむ、それは困ったのう。何とかしてやりたいのはやまやまじゃが
大元の原因がわからんのでは、わしらも対処のしようがないではないか。

髭をしごきながら困っておると周泰殿が気落ちしたように頭を下げてきた。

「・・・・・もうしわけない」
「ん?あぁ、いやなに。気になさるでない。
 おぬしが悪いわけでもあの子が悪いわけでもない。
 ただちょっとばかし出会い方が悪かっただけなんじゃろうて」
「・・・は」

そうか、あの子は誰にでも好かれる子じゃとばかり思うとったが
逃げられてしまう所もあったんじゃのう。

「・・・まぁ何があったのかはわからんが、あの子は人に害をおよぼす子ではない。
 そう緊張するな。策様のお気に入りだぞ?」
「・・・・・」
「とはいえ身体が勝手に動くのではしかたないな。緋竜!」

何か考えでもあるのか呂蒙殿は庭先で小喬とたわむれておった緋竜を呼ぶ。
しかし小喬と仲良く走ってきた緋竜から、周泰殿はまた一歩距離を置く。

うーむ、別に悪気があるわけではないのじゃろうが
わけもわからず自分の娘をさけられると・・・ちと悲しいのう。

「周泰、来てみろ」
「・・・・・」

手招きされた大きな身体が一瞬ぎくりと緊張の色を見せる。

「なに、この子は間違っても自分から噛みついたりはせん。
 それにな、お前が逃げるからそれを追って追いかけてくるのではないのか?」
「それって・・・ワンちゃんとおんなじね」
「言いえて妙だが・・・そうゆうことだ。ほら、手を出せ」
「・・・・・」

多少強引ながら呂蒙殿は周泰殿の手をひっぱり、緋竜の頭に置く。

「なんともないだろう」
「・・・・・・・・」
「河の流れと同じ事だ。流れに逆らわなければ襲ってくる事はない。
 剣さえ向けなければこの子はただの子供にすぎん」
「・・・・・・・・・・・・」
「少しずつでもいい、なれてやってくれ。
 顔を合わすたびにさけられていては・・・かわいそうだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
泰ちゃん!返事は!!
「・・・・・・・・・努力・・・・します」

ヘビに睨まれたカエルのように油汗流しながら言うても説得力に欠けるんじゃが・・・。
ま、人それぞれ得て不得手があるのじゃからしかたあるまいて。

「でも意外。鉄壁周泰にも苦手ってあるのね」
「・・・・・」
「あははは!そんな顔しないの!言いふらしたりしないから」
「・・・・・」
「わかったわかった。俺も少しくらいなら助けてやる。そう睨むな」


・・・・会話になっとるな。


つきあいが長いのか、それともなれとるのか、無言無表情にもかかわらず
呂蒙殿と小喬は周泰殿の言いたい事をうまく読んでおる。
うちの魏延も似たようなもんじゃが、仮面がない分だけ
言いたい事がわかりやすいのじゃろうかな。


「幼平!」


その時やっと説教を終えたらしい孫権殿の声が飛んでくる。
おーお、孫策殿、相当しぼられたのかかなりげんなりしとるわい。
しかも逃げられんように腕をしっかり太史慈殿に掴まれとるし。

「行くぞ!道中兄上に逃走されぬように警護を頼む!」
「・・・・は」
「あのなぁ・・・囚人じゃねえんだからそこまでしなくてもよぉ」
「自業自得です。これからしばらくは自由がきかぬことを覚悟ください」
「太〜〜、勘弁してくれよ〜〜。小喬も笑ってないで助けてくれよ〜」
「だーめ!おねえちゃんにおこられちゃうもんね」
「父上にも尚香にも事情を説明しておきます。助け舟はないものとお考えを」
「け〜〜ん〜〜!」

・・・情けない声を出しよるのう。
こやつ本当に次期呉の王なのかと時々本気で疑いたくなるなるわい。

「・・・ところで貴殿は・・・蜀の将か?」
「ん?・・あぁ、何やらたてこんでおったようで申し遅れましたな孫権殿。
 いかにも蜀将、黄忠漢升にございます」
「そうか。周瑜ならびに呂蒙から話は聞いている。
 こたびの戦、相手は我らの兵力を上回るが、それを越えるために貴殿らの武力
 連携、統率、どれも必要不可欠となろう。助力をよろしく頼むぞ」
「は。心得ましてござる」

・・・うーむ。若いのにようできたお方じゃ。
兄があれでは弟の方が自然としっかりしてしまうんじゃろうな。

「ところでそちらの・・・」
「・・・

孫権殿が視線を向けたとたん、おとなしくしておった緋竜はあわててわしの背後へ避難。
服を掴んでこそっと顔だけ出し、声をかけようとした孫権殿をうかがいおる。

「・・・・・。人見知りをするのか?」
「かかか!少々事情がありましてのう。まだ心が子供なものでして・・・
 これ緋竜、ご挨拶せんか」
「・・・・・」

まだわしの服を掴んだままじゃったが緋竜はじりじりと姿を表し
無言で孫権殿に控え目な会釈をした。





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