ドカドカドカドカドカドガ
、ガギッ!ガタン!
その日の夜もふけたころ、静かな静寂を破る派手な足音と乱暴な勢いで
あまり立て付けのよくなくなった私の部屋の扉が開けられる。
・・・まぁいつもこんな荒っぽい開け方をされているのでは
扉が根を上げてしまうのも当然といえば当然なのだが・・・。
「・・・・・・孟起、いいかげんに扉は静かに開けてくれ。そろそろ壊れてしまうぞ」
「すまん!急いでたんだ、以後気をつける!」
毎回そう言ってはぜんぜん気をつけてもいないくせに。
その性格上言ってもムダだと知りつつも言わずにはおれん所
少し説教癖がついてきたのかもしれないな。
ともかくいつもながらの調子で、断りもなく乱暴に入ってきた友人馬超孟起。
本を読んでいた私の前にどっかと腰をおろし、いつも通り本題を先に口にした。
「子龍たのみがある!俺は今夜関中へ行かねばならん。
その間城の守りと・・・その・・・緋竜の事をたのみたい」
「今晩?ずいぶんと急な話だな」
「・・・相手が相手だ。少しあわただしくなってしまうのも・・・まぁ・・・しかたない」
?・・・めずらしいな。孟起が言葉をにごした。
「それはかまわないが・・・長くかかりそうなのか?」
「・・・わからん。今度ばかりは俺にも勝機の見えん戦だ。
敵は魏の国、総大将は魏王、曹操孟徳」
「!?」
・・・なるほどな。いつもなら歯に衣を着せぬ孟起が強気な態度を見せないわけだ。
曹操孟徳。この名を知らぬ者は三国にはおそらくいないだろう。
長坂で逃げるはずの我々を大軍をひきいて追撃し、赤壁で呉との連合軍に屈することなく
今だ三国最大の勢力を誇る、恐るべき大国の総大将。
そして孟起にとっては因縁深い、親族の仇でもある男だ。
「仇を・・・討つつもりか?」
「それもあるが俺の知り合いがあそこには何人もいる。見捨ててはおけん。
殿には事情を話して暇をいただいたが正直・・・生きて帰る自信があまりない」
私は軽く息をのんだ。
孟起が戦う前から弱音を吐いたのは、後にも先にもこれが初めて。
私が口を開こうとすると、何を言わんとしたのか察したらしい。
首を横にふって先手をうってきた。
「お前は呉との事もある。残って守りを固めておけ。
これは俺個人の私情も入った戦だ。蜀の他の部隊を巻き込むわけにはいかん」
「しかし・・・・」
「心配するな。殿にもお前と同じ心配をされたが、元から命を捨てに行く気などない」
「・・・・・」
「つまりは万が一だ。万が一、俺がここに戻らなかった時のため
お前に後の事をたのみたかっただけだ。・・・本当に・・・万が一なんだがな」
そう言いながら笑う孟起に、いつもの気迫がないように感じたのは私の気のせいではない。
「緋竜に・・この事は言ったのか?」
「・・・いや、言ってない。・・・・というか言えん。
会えば最後、それこそ永遠にここを離れられなくなりそうだからな」
「そう・・・か」
孟起の緋竜に対する思い入れは私もよく知っている。
おそらく仇を討つか思い人をとるか、孟起なりに考え抜いて私の所に来たのだろう。
「・・・そうか・・・わかった。この趙雲子龍、お前の戻るまで城と緋竜の事まかされた。
心おきなく戦ってこい」
「・・・・すまん。・・・・たのんだぞ!」
そう言い残し、孟起は私が口をはさむ間もなく、来た時よりもさらに早く走り去ってしまう。
・・・言いたい事だけ言って去ってしまったな。
私にはまだ言いたい事があったというのに・・・まったく勝手な奴だ。
「・・・必ず・・・生きて帰れよ」
返事をする者はもうそこにはいない。
しかし私は孟起がその言葉に答えられないがために
ああも急いで走り去ってしまったような気がしてならなかった。
なんとも言えない不安を残したまま馬超隊はその夜城を出発。
結局私もそんな事もあり、寝つけないまま次の朝をむかえた。
あいつは約束をやぶったり嘘をついた事は今まで一度たりともない。
ただあいつは必ず帰るとも言わなかったうえ、生きて帰る自信がないとまで言ったのだ。
私はその事がいつまでも気にかかり、寝不足でだるい身体に鎧をつけながら
あまりついた事のないため息を吐き出し・・・・。
たたたたたた
ばた!・・・・た・・たたたバタがごーん!
な!・・・なんだなんだ?
音からして何かが部屋の前まで来てころび、再び走って扉を破壊したような音だったが・・・。
一瞬孟起かと思いもしたが、あいつはもう出発しているはず。
だとすれば一体誰だと思いながら、最後に残った手甲をつけながらそこへ行ってみると
意外な人物がかたむいた扉を片手に立ちつくしていた。
「・・・緋竜?」
「・・・・!」
外れた扉を見ておろおろしていた緋色の目が大きく見開かれる。
そうだ。それは昨日孟起がとうとう別れのあいさつを言えなかった無口な娘なのだ。
緋竜は壊れた扉と私の間を交互に見比べていたが、何か急ぎの用があるらしく
扉の方をぺっと放り出し、腕をつかんできた。
「・・・馬超!・・・どこ!?」
私は無口でおとなしいはずの緋竜が見せたそのだだならぬ様子に一瞬たじろいだが
その真剣な眼差しに冷静さを取り戻す。
「・・・昨日の晩に関中へ行ったよ。連合軍を率いて・・・」
と、みなまで言う前に緋竜はきびすを返し、そのまま振り返りもせず走り出した。
あわてて廊下に出るが、持ち前の駿足を生かしもう姿が見えなくなっている。
わけもわからず立ちつくしていると
今度は中庭の方からいきなり早馬がやって来て、驚く私の前で急停止した。
その上にいたのはいつ見てもかわらない、変わった形の仮面をつけた魏延殿。
「魏延殿?!」
魏延殿はおどろく私を一瞥し、馬を下りてなぜか私の部屋に無言で入り
何やら騒がしい音を立てた後、見なれた槍を持って出て来る。
それは私の愛用している竜胆だった。
「行ケ」
その竜胆を突きつけながら一言だけ、魏延殿は言った。
「・・・え?」
わけがわからなくなってきた私は、ともかく押し付けられた竜胆を受け取り
内心首をかしげてしまう。
しかし・・・いつもながら言葉少ない上に行動要因のよくわからない人だ。
戸惑う私に魏延殿は緋竜の走り去った方を見ながら、次の言葉を口にする。
「アイツハアマリ動ジナイ」
「・・・それは・・そうですが」
「ダガ少シ先ヲ見ル」
それは以前丞相から少しだけ聞いた、緋竜の力の事をさしているのだろう。
あの子は少し先の事を予知する力があるようだ、と。
ただそれは本人の意思でできるものではないらしく、その上緋竜自体も無口なので
あまり重要視はしないと言っておられたのだが・・・。
その時私はふと何か重大な見落としがあるように感じ
魏延殿の相変わらず表情の読めない横顔を見る。
それに気づいたのかはわからないが、魏延殿は次に私の予想を決定付ける言葉を口にする。
「ダカラアイツハ走ッタ」
その時私は少ない魏延殿の言葉と緋竜の行動が一体何を意味するのかという事に気づき
全身の血が一気に引いたような気になった。
つまりは緋竜は孟起に何かおこる事を予知し、あれほど慌てて走り去ったと!?
しまった!なぜあの様子から気づけなかった!!
慌てて走り出そうとする私を魏延殿は無言で制し、乗ってきた馬の手綱をよこしてくれた。
「オ前ノ方ガ速イ」
「かたじけない!」
おそらく私より先に事の次第に気づき馬を持ってきてくれたのだろう。
私は竜胆を握りなおし、素早く騎乗するとおそらく緋竜が向かっただろう馬舎に向かって
馬を全速力で走らせた。
まったく私はなんという馬鹿だ!!
緋竜が孟起の名を呼んだ時点で、何かおかしいとどうして気づけなかった!
などと自分をののしりながら、近道のため仕事を始めた使用人たちを撥ね飛ばさないように
馬で走ってはいけないような所を走っていると、やがて前方に見知った後姿が見えてきた。
「緋竜!!」
大声で動きを止めたところに急停止して手を差し出す。
「行こう!乗りなさい!」
緋竜は一瞬ためらうようなそぶりをみせたが、大きく一つうなずいて
私の手を取り後ろに飛び乗った。
本来なら城と緋竜の事を頼まれた身だが
この緋竜の様子からしてそうも言ってはおれんようだ。
いや、私も昨夜孟起を見送った後からつづく胸騒ぎが、どうにも不快でたまらないのだ。
万が一。
それは万に一つの可能性だが、それは孟起が私に生きて帰ると約束しなかった事と
あの子が来た事によって万に一つの確率ではなくなっているのだ。
つまり・・・あいつは帰ってこない・・・!
だがそれを止めるすべをこの子が知っているのなら
・・・私は・・・それに賭ける!!
許せよ孟起!お前との約束、二つ同時に蹴らせてもらうぞ!
開きかけていた城門を飛び出し、道を走り草原を駆け抜け
さらに時間を短縮するために道なき道をただひたすらに馬を走らせる。
少々無理な強行軍をしたものの魏延殿が良い馬を選んでくれたらしく
どれだけたったかはわからないが、やがて先の方で多くの怒声と共に土煙が見えはじめた。
「見えた!潼関!」
小高い丘の上で馬を止めてそこを見渡すと、すでにかなりの乱戦状態。
人や馬の上げる声や剣や槍の音がここまではっきり聞こえてくる。
一方は馬超孟起率いる連合軍。
もう一方は一目見ればすぐにわかる。青に統一された鎧の集団と魏と書かれた旗印。
曹操率いる魏の軍団だ。
「・・・あっち!」
その時私の背中にしがみついたまま一言も話さなかった緋竜が
その土煙の中から何かを見つけ、潼関の北側を指す。
ここからでは潼関と戦場をはさんで向こう側になるが・・・迷っている暇はない!
「すまないが少し暴れる!手をはなすんじゃないぞ!」
返事のかわりに背中から回された細い腕に精一杯の力がこもる。
片手に手綱、片手に竜胆を握り締め、私は力一杯馬の腹を蹴った。
潼関前はかなりの激戦区だったが敵にかまっている時間はないと判断し
竜胆をふりまわして槍をかわし、剣をはじき、緋竜をかばいながら潼関へ特攻する。
「我が名は蜀五虎将、趙雲子龍!!命惜しくば道をあけよ!!」
威嚇で張り上げた声にあたりの連合軍から歓声が上がり、魏軍の兵が動揺をはじめる。
その隙をついて潼関内に走り込むと、何人かの武将が走りよってきた。
「蜀の趙雲将軍!?一体なにゆえに!?」
私の顔をしっているらしい武将がそうたずねるもの無理もない。
なにしろ伝令も報告も伝言すら残さず、いきなり単騎でかけつけてしまったのだから
当然といえば当然だ。
「すまないが急を要する!馬超殿はどこに!?」
「謂水ぞいに北上されたのですが・・・・様子がおかしいのです」
「何?」
「後続の乾遂隊が曹操軍と内通したという伝令があり、その後乾遂隊との連絡が停止。
さらにその後、馬超隊との伝令がとだえてしまい・・・」
私はそれが何を意味するのかすぐにわかり、息を飲んだ。
・・・よもや戦闘中に内部から反旗をひるがえされる事になろうとは!
孟起の事だ、目の前に親族の仇がいるというこの大事な時に
内部反逆にまで考えの回る性格ではないはずだ!
「緋竜!」
緋竜はそれで私が何を言いたいのか察してくれた。
ぱっと馬を降り、少し離れた所から不安なのか自分の服を掴みながらもしっかりうなずく。
「救援に参りますゆえ、その子をたのみます!」
返事を待たず私は潼関内を駆け抜け、北へ走った。
先方には曹操軍、後続からも本隊からも伝令がないと言う事は・・・!
・・・たのむ!間に合え!間に合ってくれよ!!
祈るような気持ちで馬を走らせ、数を増す魏の兵士を竜胆でなぎ払い、前への道を作る。
橋をこえて田畑にさしかかったころ、大量の青い鎧の中心に一つ
見間違えようのない金色の鎧が目に飛び込んできた。
それは数人の護衛兵と共に敵の渦の中、あきらめず必死に奮闘していたが
長時間の戦闘でかなり消耗しているらしく、いつもよりも動きが鈍い。
しかし生きているならそれで十分!!
「孟起ーーーーッ!!!」
腹の底から大声をはりあげ、包囲網を一気に突破する。
包囲していた兵を馬でかきみだし竜胆をふるい敵の士気を下げるが・・・・。
「子・・・っ!趙雲将軍!?なぜここにいる!?」
同時に孟起の士気も多少下げてしまったが、この際気にしていられない。
「話は後だ!一旦引くぞ!退路を作る!」
「わ、わかった!」
多少納得いかなさそうな様子にかわまず私は田畑をかけまわり敵をないで退路を作る。
そのかいあって孟起と生き残ったわずかな護衛兵は
どうにか無事に潼関内へ引く事ができたのだが・・・
「それで!一体どうしてここにいる!しかし助かったすまん!」
潼関内で合流するなり、くってかかりつつ礼を言ってくる孟起。
順序が逆なような気もするが、細かい事はさておき朝からの事情をわかりやすく説明すると
やはりすぐ激怒し、胸ぐらを思いきり掴まれた。
「馬鹿!!俺はお前に城と緋竜を守れとたのんだんだぞ!!
それをどうしてこんな危険な戦場に連れて来たりした!!」
「・・・事の次第を察して私をここまで案内してお前の居場所を教えてくれたのは緋竜なんだ。
お前に何かあると今朝になって予知したらしくてな。それにほっておくと
単身城を飛び出してしまいそうな勢いだったので、私がここまで連れてきた。
・・・それについてはあやまる。しかしな、お前も少し悪いと思うぞ」
「なっ、なんだと!?」
「あの子は人の気持ちを読むのがうまい。そしてなにより優しい子だ。
お前がこの戦で単身身をはろうとした事も、心配させまいと黙って出陣したのも
1人で解決させようとした事も、全部裏目に出てしまったんじゃないのか?」
「あ・・・・」
胸ぐらを掴んでいた手が力を失って離れる。
そう、あの緋色の目をした娘はまず他人を優先する性格をしている。
心配させまいとすればその倍の心配をし、思いやろうとするとその倍の思いやりが返ってくる。
それは善や情といった言葉では表せない
気弱なはずのあの子の何物にもおかされる事のない、強くてまっすぐな心だ。
だから孟起は緋竜に思いを寄せている。
本人は否定するが、孟起は嘘がヘタすぎて横から見ようが遠目で見ようが
後ろから見ていてもハッキリわかるほどにそれはよくわかる。
孟起はそれっきり黙りこんでしまった。
おそらく孟起も緋竜と同じ立場になれば緋竜と同じ事をしていただろう。
孟起はしばらく黙って目を閉じ何か考え込んでいたが、急に私の方に向き直り
愛用の鉄騎尖の柄を突き出してきた。
「子龍!俺は勝つぞ!!死ぬ気で生き抜いて絶対帰る!!」
「・・・あぁ!そうだ!生きて帰るぞ!」
私もうなずいて互いの槍を打ち合せた。
「よぅし!!全軍隊を立て直せ!!まだ勝負はついておらん!!
我らの底力見せてくれようぞ!!」
『おぉーーッ!!』
総大将の号令に、潼関内の士気が一気に高まる。
そうだ。これが本来の馬超孟起だ。
やはり孟起は前に向かって突進するくらいがちょうどいい。
馬にまたがりさっそうと反撃を開始したその金色の後姿を見ながら
私はいつもの調子を取り戻した友人に安堵の気持ちをいだきつつ
再びその後を追い戦地へと舞い戻る。
その後戦況は一変し、士気を取り戻した連合軍は私と孟起の奮闘のかいあって
なんとか魏軍を退ける事に成功した・・・・のだが・・・。
その後、勝利の歓声にわく潼関内でちょっとした問題が発生した。
それは・・・・。
「待ちなさい緋!・・・あ!孟起左だ!」
「怒ってない!怒ってないからちょっ・・・ぬぁ!はやっ!?」
勝手に城を出てきたのをしかられると思ったのか、緋竜は潼関内を右へ左へ器用に逃げ回り
なかなか姿を表してくれないのだ。
孟起と二人して息を切らせて走りまわり、なんとか物見台のすみに追いつめるが
近づくとまた逃げられそうなその様子に孟起が心底困ったような顔をする。
「・・・・・・・なぁ・・・子龍。俺は・・・どうすればいいんだ?」
「・・・私にふるな。そもそもお前が余計な心配をかけさせたのが原因だろう」
「う・・・」
「とにかく頭を下げてあやまるか、礼を言うか自分で決めろ。
間違っても怒ったり大声を出すんじゃないぞ」
「誰が!!・・・って!」
くってかかりそうになったので蹴って黙らせる。
「言ったそばから大声を出すな。また逃げられたらどうする」
「・・・・っ」
やれやれ、不器用というか、一本気というか。
直情的な事この上ないな。
さて、女子供の扱いなれない馬孟起、ここは一体どう出る?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・二人共迷っているようだな。
緋竜は勝手に城を出てきた事を悪いと思っているらしく
孟起は黙って死地におもむいたため、緋竜を戦場に呼び込んでしまったと思っている。
私からすれば別にどちらが悪いわけでもないのにな。
ん?孟起が一歩・・・動いた。
「・・・・ひ・・緋竜」
・・・声が裏返っているが・・・大丈夫か?
何をするのかわからないが、とにかくがんばれ!
「お・・・・怒ってないから・・・こっちおいで、な?」
「・・・・・」
・・・あ、緋竜がこちらに来たそうだ。
それを見た孟起、少し身をかがめて両手を差し出した。
「な・・・仲直りしよう。・・・な。・・・おいで」
・・・それはケンカした後に使う言葉じゃないのか?
多少使い方の違う言い回しだったが、緋竜には孟起の気持ちが伝わったらしい。
物見台の影から走り出し、差し出された両手を無視してそのまま孟起の首に飛びついた。
元々軽い子なので孟起の方はびくともしなかったが、後ろから見ると
首まで真っ赤になっているのが見て取れた。
・・・・よかった。どうにか丸くおさまってくれたか。
やっと肩の力を抜く事ができた私をよそに、孟起はもうどうしていいかわからず
手をさまよわせておろおろしていたが、とりあえず頭を撫でる事で落ち着いたようだ。
しばらく背を向けて見ないでおいてやろう。
後々妙なにらまれ方をされたのではたまらないからな。
「・・・よしよし・・・ごめんな。・・・悪かった。・・・だからもう泣くな。・・・な?」
後ろから鼻をすする音と孟起の少々情けない謝罪の声だけが聞こえてくる。
やれやれ、緋竜の事となると錦馬超も形無しだな。
背中越しに聞こえてくるたよりなげな声に、私は前髪をかき上げながら苦笑した。
ともかく私は蜀の五虎将でもあり、直情的で時々困る友人を助け出す事に成功した。
それはそれで喜ばしい事だったが、その一方城に戻った私達に
とある問題が降りかかってくる。
一つは私と緋竜の無断外出。
もう一つは否戦闘人員である緋竜を単騎駆けにさらした私の行動だ。
城を独断で放棄した上、人望だけなら殿と同等の緋竜を不利な状況下で
単騎駆けにさらしたのだからこれは問題だ。
もちろん私は周囲の非難の声に反論できるわけもない。
しばらくの謹慎を言い渡され、それから丞相の処分を待つつもりだったのだが・・・・。
ところがいつの間にか孟起と緋竜がそれぞれに自分が悪い、他の人間は悪くないと
弁護を申し立てはじめてしまい、私を驚かせる。
孟起は事の発端は自らにあると言い張り、緋竜は黄忠殿の(かなり長時間と思われる)
説教を受けた後に、自分が勝手に私や孟起をまきこんだと一生懸命に説明したらしい。
それを聞いた私も黙っていられなくなり、丞相の所へ駆け込んで
同じように弁解をしに来ていた二名と一緒に、わが身の非を押し通しはじめた。
「丞相!この二人に何ら非はございません!
処分なさるなら独断で行動をおこしたこの趙雲一人の首をお切り下さい!」
「お待ち下さい丞相!今回の騒動すべての任はこの馬超にあります!!
趙将軍と緋竜は我が命の恩人!一体何を責められましょうか!!」
「・・!・・(二人の間でずっと首を横に振ってる)・・・!・・」
三者三様一歩も譲らずまくしたてる我々に、丞相は何を思ったのか
めずらしく大きなため息を吐き出された。
「・・・三人共少し落ち着きなさい。私はまだどなたにも処分を下していません。
・・・そう大騒ぎなさらずとも・・・」
「ですが丞相!!」
「しかし丞相!!」
「・・・・・・お待ちなさいと言っているのに・・・・・」
しかしよく考えてみれば先程からこのような事をずっと繰り返している気もするが・・・。
丞相は頭をかかえ、目の前にあった紙に何かを書きとめると
何やら疲れたようにこう言って席を立たれた。
「・・・このままでは堂々巡りになってしまいますのでこうしましょう。 私が立ち去った後
ここに書かれた文を読みなさい。それまで三人共発言は一切禁止です。いいですね?」
?・・・なんだそれは?
私達は顔を見合わせ、ともかく言われた通り、丞相が立ち去るまで無言で待ち
いなくなったのを確認してから三人で残された書面をのぞきこんだ。
そこには達筆な字で短く。
処分、全員厳重注意。以後気をつけるように。
諸葛亮孔明
「・・・・・これだけか?」
「・・・・・これだけ・・・のようだが・・・」
「・・・・・・」
そのあまりのあっけなさに、私達はたった1枚の紙をかこんで
しばらく首をかしげる事しかできなかった。
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