「・・・・俺・・・何か悪い事を口走ったりしたか?」

丞相の意外な処分を受けた帰り道、廊下を歩きながら黙り込んでいた孟起が
思い出したようにぽつりともらす。

「・・・?どうしたんだ急に」
「いつも冷静な丞相が・・・何か妙に疲れていたようだったから・・・」
「・・・まぁ難しい判断だからな。今回は最良の結果が出たが最悪の場合・・・
 つまりこの中の誰かが帰ってこなかった場合を考えると
 素直に良い事をしたとは言えないからな」
「・・・それは・・・そうだが・・・」

孟起は困ったように袖をつまんでついてきている緋竜を見る。
私と孟起の歩幅について来れず忙しそうに足を運ぶ緋竜も
先程から少し元気がないように見えた。

「・・・・・まぁとにかくだ。お前や緋竜は何一つ悪くない。
 内通者がいるのを知りながら素早く対応できなかった俺の不甲斐無さがいかんのだ」

「馬鹿を言え。私とて報告もせずに独断で城を飛び出した身だ。
 お前だけが責められる立場ではないだろう」

ちがう!俺が意地を張って単身連合軍をまとめようとしたから
 あんな失態をおかしたんだ!お前と緋竜にはなんら責任はない!」

「いや!あの夜お前を引き止めておけばそんな事にはならなかった!」

「いい加減にしろ子龍!!俺の失態をお前が背負い込むな!!」
「お前こそ強情だぞ孟起!!どうしてそう自分ばかりのせいにする!!」

歩みを止めて廊下の真ん中で言い争いを始めた私達の間で
緋竜が一生懸命首を横にふり、両側の袖をひっぱっている。

おそらくどちらのせいでもない、自分が悪いと言いたいのだろう。

そうして続いていた押し問答に静かな声が入ってきたのは、それからしばらくの事だった。


「・・・お前達、孔明にしぼられて落ち込んでいると思ったが・・・意外と元気そうなのだな」


すぐ近くかけられたその声に、言い合いに熱中していた私達はぎょっとして動きを止める。
そこには一体いつからおられたのか、劉備殿がごく自然に立っておられたのだ。

「「とっ・・・殿!?一体いつから!?」」

「ついさっきからいたんだが・・・気がつかなかったのか?」

なっ・・・!!なんという事だ!!

あまりの恥ずかしさに血が顔中に逆流する。

「も、もうしわけありません殿!今回単独で勝手を働いたばかりか大変お見苦しい所を!」
「いや私は別に・・・」
「違います殿!!今回の騒動の発端、すべてこの馬超にあります!!
 趙将軍ならびに緋竜には何ら非はございません!!」

怒鳴らんばかりの孟起の横で、緋竜も懸命に袖を引っ張って首を振る。

「・・・おいおい、私は何もお前達をしかりに来たわけではないぞ」

「ですが殿!」
「しかし殿!」

つい出してしまった大声に臆することなく殿はなぜか楽しそうに笑われた。

「ははは。お前達はいつも元気一杯だな。まぁこんな所で立ち話もなんだから
 庭にでも行こうか。今日は天気がよいから気持ちがいいぞ」

そう言いながらゆっくり歩き出した殿の後を、私達は顔を見合わせて
同じようにゆっくりとついていく。

行きついた先は殿がたまにくつろいでいる中庭の片隅にある小さな円卓だった。

いくつか置かれている地味な腰掛に私達は円をかくようにして座るが
緋竜だけは孟起のすぐ隣へ座るので殿に微笑まれた。

「はは、馬超はすっかり緋竜になつかれてしまったな」
「えっ!?い、いや!別に俺はそのような・・・!」

からかったわけでもないのに赤くなって慌てだす孟起。
時々思うのだが、あれほど目に見えて緋竜を大切にしているというのに
それを指摘されると慌て出すのは一体なぜなんだろうな。

「人に好かれるという事は良い事だ。胸を張ってよい」
「は・・はぁ・・」
「あぁ、それと緋竜。言い忘れていた事がある」
「・・・?」

何?と首をかしげてまばたきをする緋竜に、殿は穏やかだが
しっかりした口調でこう言われた。

「お前のおかげで大切な将を失わずにすんだ。よく知らせてくれたな、ありがとう」

そう言われた緋竜は驚いたのか目を少し見開く。

そして次に殿は私の方へも予想だにしなかったお言葉を下さった。

「そして趙雲。お前も単騎ながら援軍としての役割を十分に働いてくれたそうだな。
 関中の連合軍にかわり礼を言うぞ」
「なっ・・・!い、いや!そのような!」
「そして馬超よ、お前もよく魏の大軍を相手にしながら私の元へ無事に帰ってきてくれたな。
 私にはそれがなによりうれしい事だ、ありがとう」
「と・・・殿・・・!」

それぞれに面食らう私達を見ながら、殿は教え子に語るような穏やかな口調で
こう話し始めた。

「私も最初報告を受けた時、お前達のとった行動はどれも独断的で危険なものだと思い
 帰ってきたら思いきりしかりつけてやろうと思っていた。
 ・・・しかしな、もし緋竜が何も言わずに城にとどまっていたのなら。
 もし趙雲が関中へ急ぎの馬をとばして援護に行かなければ。
 そしてもしも馬超が二度と私の前に姿を表さなければ。
 ・・・そう思うと・・・怒るより先に恐怖の方が大きくなってしまってな」

そこまで言われた殿は心なし安堵されたように息をつかれた。

「無事に帰ってきたと聞いて私は考え方を変えたよ。
 なにしろ皆生きて帰ってこなければ、思いきりしかる事もできないし
 こうして卓をかこんでゆっくり話すことすらできはしないのだ。
 ならば生きてきちんと私のところへ戻ってきたのなら、それは私にとっては
 最も喜ばしい事なのだから、むしろ礼をいわねばならんのではないか、とな」

・・・・私は・・・・いや、孟起も緋竜もおそらく同じ事を感じただろう。
なんと殿らしい、仁に厚いお言葉であろうと。

「・・・・・殿・・・俺は・・・俺は!!殿にお仕えできた事!心より光栄に思います!!
 馬孟起!光栄の極みにございます!!」

感極まって肩を震わせて頭を下げる孟起だったが、緋竜に背中をよしよしと撫でてもらって
とうとう声を出して男泣きを始めた。

私とて声を出して大泣きしたいのはやまやまだったが
それより先に私には言っておかねばならぬ事がある。

「・・・・・・・殿、私は生きます!この趙子龍!生きて殿をお守りいたしとうございます!」
「・・・あぁ、そうだな。皆生きて私の前にいる事が、私にとっては何より一番だよ」

そう言って微笑まれた殿を私は一生忘れないだろう。

一国の王でありながらたった数人の命を思いやる寛大な君主に
私は一層の忠誠を誓わずにはいられなかった。

「さて、堅苦しい話はこのくらいにしてお茶にしようか。今雲長がしたくを・・・」

と、その時孟起の背中を撫でていた緋竜が急にはっとした後おろおろし
なぜか孟起をぐいぐい引っぱって立たそうとする。
原因はおそらくあちらからやってくる地をも揺るがす荒々しい足音のせいだろう。


ドスドスドスドスドスガッキ!!

「うぐわッ!?」


その足音は孟起の方へ一直線に突き進み、ものも言わずに背後から首を締め上げ
軽々と宙吊りにしてしまう。


「いよう!この死にぞこない!!ちゃんと足ついてやがるかぁ!?」


そう言っていつも通り、至近距離にいながら声のやたら大きな張飛将軍。
暴れる孟起をものともせず、兜ごと頭を拳でごんごん殴る。

緋竜に助けられたってか?か〜〜〜〜っ!!男冥利につきるよな!!
 こんの色男!!甲斐性なしの大馬鹿大将!!」

ほめて・・・いるのか?・・・けなしているのか・・・どっちだ?


はっ!?って、それどころではない!!あのままでは孟起が殺される!!

「将軍お待ち下さい!今回の件馬超一人に非があるわけではありませぬ!」

すると将軍、今度はもう一方の腕を私に伸ばして首を締め上げてきた。

「おう、てめえも相当無茶したんだってなあ!
 戦えねぇ緋竜つれて単騎駆けなんて、い〜い度胸してるしてるじゃねえか!
えぇ!?

うっ!?ぐわっ!!いたたたたた!!く、苦し!!

「・・・!・・・」

孟起と一緒になってもがいていると緋竜があわてて飛んできて、自分の何倍もある太い腕を
ぺちぺちたたいたり引っぱって助けてくれようとはするのだが・・・
当然五虎将一の怪力をほこる張将軍の腕はびくともしてはくれない。

そのうち私を放り出した腕につまみ上げられ、猫のように宙吊りになった。

くら!!おめえもおめえだ!
 何一人で突っ走ってあぶねえ真似してやがんだ!こんの悪い子が!!」

そしてお仕置きの虎ヒゲ攻撃。

緋竜は足をばたばたさせて嫌がるが、それを孟起が見逃すはずがない。

やおらくわっと目を見開いたかと思うと渾身の力をこめて後ろ手に強力な蹴りを入れ
脱出すると同時に光速で緋竜を奪い返し自分の背に隠した。

貴様!!緋竜にそれをするなと何度言えばわかる!!」
「じゃ尻たたきの方がいいのかよ」
「・・・!!
なお悪いわ!!

いつもの怒鳴りあいが始まる中、私は何とか折れる前に開放された首をさする。

「・・・しかし毎回毎回飽きもしないのだな二人とも」

私の心境を殿がしみじみと代弁して下さった。

そう、まったくその通りなのだ。

張将軍が緋竜になにかしてそれを孟起が怒り、一撃入れ
それから後は毎回この通り、ああだこうだとわけのわからない怒鳴りあいになっていく。

「だいたい貴様こそ人の事を言えた義理か!!
 毎回酒のある席で一体何人の者に迷惑をかけていると思っている!!
「じゃあおめえはなんで戦のたんびに真っ先に苦戦状況におちいりやがるんだよ!!」
「その言葉そっくりそのまま貴様に返す!!
 長坂で合流命令を無視して孤立して!俺に助けられたのはどこのどいつだ!!」
「結果良ければすべてよしって言うだろうが!!」
「開きなおるなたわけ者!!人の事をとやかく言う前にその酒癖と突撃癖を何とかしろ!!」
「うるせえ!よけいなお世話だ!!てめえこそその馬鹿さ加減をなんとかしやがれ!!」
「馬鹿に馬鹿と言われる筋合いなどない!この歩く酒樽!!」
「ああ俺ぁ酒好きだよ!!悪いか若馬鹿大将!!」

「言ったな!この万年酒乱迷惑男!!」
「言ったらなんだよ馬鹿超!!」

・・・・・・・。

しかし・・・果てしないというか・・・子供のケンカと言おうか・・・・。

張将軍も孟起もいつもならあれほど口の回る性分ではないというのに
一体いつまで続けるつもりなのだろうか?

「・・・殿、止めた方がよいでしょうか?」
「ははは、かまわぬ。翼徳は翼徳なりにうれしがっているんだ。好きにさせてやるといい」

うれし・・・いのか?あれで。

・・・あ、足の踏みあいを始めた。

「・・・お。おらぬと思えばさっそくやっておりますか」

そう言いながら今度は関羽殿がお茶の用意をのんびりと持って来られる。
さすがに付き合いが長いのかなれたものだ。

「兄者、茶器はこれでよかったですかな?」
「あぁ・・・ん?数が少し多いようだが」
「黄忠殿も来られるそうなので多目の用意を」
「そうか。まぁ人数は多いに越した事はないからな。
 翼徳、馬超、二人ともそろそろ座らないか?」

足の踏みあいから肘鉄合戦にかかっていた両名。
殿の言葉にピタリと動きを止めて無言でおとなしく席についた。

鶴の一声とはよく言ったものだ。

私が妙に感心していると、何かが足早に接近する音が背後にせまり・・・


ごん!


「いっッ・・・!!?」


振り返る間もなく強力なゲンコツが頭に落ちてきた。
深部まで痛む頭を押さえながら振り返ると
そこにはかなりしぶーい顔をされた黄忠将軍が立っていた。

「こ・・黄?!」

私が何か言う前に将軍今度は大股で孟起の所へ行き
ものも言わずにその顔を思い切りつねり上げた。

「・・・いっ!!いだだだだだだ!!

な、なんだ!?一体なにがどうしたと?!

混乱する私達に目もくれず、将軍は立ち尽くしていた緋竜の手を引き席につかせ
自分もその隣にどっかと腰をおろす。

私は痛む頭をおさえ、孟起は頬をさすりながらただ無言を通す老将を見守っていたが
関羽殿が緋竜の耳をふさいだ直後、それはやって来た。


「バカ者めらーーーッ!!!」


鼓膜をやぶる雷撃のような一撃に私達は思いきり硬直してしまう。

「わしのあずかり知らぬ所で勝手に突っ走って
 勝手に窮地におちいりおってからに!!この大たわけ者どもめ!!」

「・・・め面目次第・・・!」
「・・・もうしわけ・・・!」

「あやまるでないわ!!」

「「・・・!」」

「言いたい事はそれこそ山ほどある!
 しかし言うたところでおぬしらのその性分が変わるとも思えん!
 それと殿ももうよいと言うておられるので今回の件!今の一撃にてしまいとする!!
 以上!他言は無用じゃ!!」

・・・・は?

今ので・・・・か??

私も孟起もおそらく半日以上におよぶ激しい説教がまっているものだと
腹をくくっていたのだが・・・よもや今の一撃と一声ですんでしまうとは・・・。

言葉をうしなってしまった私達を睨みつつ、黄将軍は緋竜の頭を乱暴に撫でながら続けた。

「・・・・この子に感謝せい。おぬしらの分の説教を一晩正座で請け負ったのじゃからな」

・・・なッ!!?

「おかげでおぬしらに怒る気力も今ので最後になってしもうたわい。
 ・・・むぁったく!ガンコな娘じゃ!一体誰に似おったのやらな!」

殿がむこうで肩を震わせて笑いをこらえているのが見えた。

当然だろう。どこをどう取ろうが黄将軍本人に似ているのだから。

気力尽き果て特大のため息を吐き出す将軍。
その横にいた緋竜に私は何か言おうと口を開きかけるが
緋竜は口に指をあてて「何も言うな」とそっと制止する。

孟起の方もかなり何か言いたそうな顔をしていたが、私は黙って首をふった。
せっかくの厚意だ素直に受け取るのが礼儀だ、と。

「さてと、丸くおさまったようなので乾杯といこうか皆。
 昼間なので酒、というわけにはいかぬが・・・我慢してくれよ翼徳」
「わぁってるよ!そのかわり夜は飲むからな兄者」
「はは、わかったわかった。好きにしろ」
「・・・殿・・・それは少々危険なのでは・・・」

張将軍の酒席の恐ろしさを知る私は不安になるが、殿は笑ってこんな事を言い出した。

「よいのだ趙雲、翼徳もああ見えて心底ほっとしているのだ。
 なにしろ馬超は翼徳にとっては大事な怒鳴り友達なのだからな」

「だあれがこんな奴!!」
「まっぴらご免こうむる!!」


二人同時に反論した後、再び言い合いを始めてしまう両名。

言われてみればそうかもしれない。

張将軍がああも長々と口論する相手というのも
後にも先にも馬超孟起一人しか見当たらない。
信頼の裏返しなのか、その直情的性格が似ているがゆえなのか、それとも・・・
ただ単にレベルが同じなのか・・・。

「それではささやかだが、そこの年少三人組の無事と生還を祝って乾杯といこう!」

・・・周囲をさんざん心配させたというのに祝っていただくのも妙な気分だが
ともかく今は殿のお言葉に甘えさせていただこう。

そして明日からは一層殿のために親身をつくそう。

今日のこの杯にむくいるために。

そんな事を考えながら、私達はわずか七名というささやかな乾杯をした。

ささやかとはいえ一国の君主と蜀の五虎将と呼ばれる者全員がそろっているのだが
飲み方が行儀悪い悪くないなどと、またぎゃあぎゃあとケンカを始めてしまった
孟起と張将軍を見ていると、とてもそんな気にはなれないが・・・。

くいくい。

しばらくその口喧嘩をながめていると、ふと横から袖を引かれる。
見ると緋竜が私の横へ来て小さく手招きをしていた。

これは緋竜が何か話をしたいので耳を貸せ、と言ってかがませたい時にする行動だ。
私は横目で黄将軍が関羽殿相手にぐちをこぼしているのを確認してから耳を寄せてやった。

少し間を開けた後、小さいが澄んだ声が聞こえてくる。

「・・・いっぱい・・・おこられた」
「う」

固まってしまった私に緋竜はさらにこんな言葉を続けた。

「・・・でも・・・悪い事じゃ・・・ないよね」
「・・・?」
「・・・いっぱいおこってくれるの・・・いっぱい心配したから。
 ・・・それ・・・大好きっていうことだから・・・」
「・・・・・」

・・・そうか。この子は大切に思うからこそとがめるのだと知っているから
養父のはてしない雷に一晩中つきあえたのだろうな。

本当にこの子は賢くもやさしい子だ。

「・・・しかし心配させすぎるのも少し問題だぞ。何事もほどほどに、な」

そう言って頭をなでてやると緋色の目を細めて緋竜は笑った。

その後、その様子を孟起に見られていてあれこれと問い詰められたが
その時私は自分では気がつかないうちに表情がゆるんでいたらしい。

殿に感化されたかもしくは緋竜の影響か。

どちらにせよその事で孟起と少しケンカになり、殿に笑われ
張飛殿にはドサクサまぎれに殴られ関羽殿にしかられてしまった。


そして黄忠将軍には面白くなさそうにこんな事を言われてしまう。



楽しそうにケンカをするでない、と。







ちょっと長くなった趙雲の語りです。
衝動書きだったのにやたら騒がしい話になってしまいました。
馬超と張飛のケンカが書いててすごく楽しかったのを覚えてます。

うちの馬超はこんなんですが、ホントは一体どんな人なんでしょうかね。



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