その日俺は上機嫌だった。
いや、なぜかというと話せば長くなるんだが
早い話同盟中の蜀の五虎将とお手合わせができたからなのだ。

さすが一騎当千とうたわれる将だけあって皆とても強い。
それだけではない、みな人柄も気持ちのよい方ばかりだったのだ。

関羽殿は言うまでもなく、口は荒いが人当たりがよく誰にでも気さくな張飛将軍。
若いながらも鋭い槍さばきを見せる若武者趙雲将軍。強い者には国は違えど敬意をはらう
誠実は馬超将軍に、老将とは思わせぬ活力をはなつ弓の名手黄忠将軍。
どの方もさすがは五虎大将軍の名に恥じぬ方々であった上、各個でお手合わせできたなど
まるで夢のような事だった。

かくゆう俺も殿の近辺を守る武将ではあるのだが
やはり俺もまだまだ未熟だという事を痛感させられた
そんな有意義な時間をすごせたのだからこれで機嫌が悪いわけがない。

そんなわけで張飛殿の力加減であちこちへこんでしまった鎧を見ながら
一人にやついて陣内を歩いていた所、ふと視界のすみに妙なものが写った。

見慣れない服の人間が、木の下でうろうろと落ち着きなく歩き回っている。
上を見て下を見て辺りを見てさらに歩き回り・・・・・


べしゃ。


あ!こけた!?


な・・・なんなんだあれは?受け身も取らず正面から倒れたぞ?
しかし服装からして蜀の者のようだが・・・一人で一体なにをしているんだ?
だがよくよく見てみると簡単な兵服を着てはいるが、兵にしては小柄な上に
体格が男のものではないのに気づく。

・・・・女・・か?

そいつは起きあがってきょろきょろとあたりを見回し、いぶかしみながら突っ立っていた
俺に気づき、はたと動きを止めてこちらを凝視してきた。

それは確かに女だった。しかもまだ年端もいかない娘だったので俺はさらに驚いた。
なぜ女子供がこんな所に、しかもたった一人で?

疑問のつきない俺はまず何から聞いていいのやら優先順位も決められんままその妙な娘と
見つめ合っていたが、結局何も言ってこない娘に俺の方が先に折れた。

「・・・誰・・・だ?」

まずそれが最初にしてもっとも素朴な疑問。

まさかこんな娘が曲者とは思えんが、念のために聞いた質問にその娘は
しばらく間をあけた後、静かだが澄んだ声でこう答えてくる。

「・・・緋竜・・・」

緋竜?・・・聞いたことのない名だが・・・。

「一人か?」
「・・・・・」

次の問いには首を横にふる。
ということは誰かの侍女かなにかだろうか。

「誰の連れだ?はぐれたのか?」
「・・・ちちうえ」
「父?・・名は何という?」
「・・・黄忠漢升・・・」

黄将軍のご息女か!?
言われてみれば服の細部に将軍の着ていた服の特徴がいくつかまじっている。

そうか、まぁあのお歳なのだから娘の一人くらいはいてもおかしくないだろう。
孫・・・に見えなくもないのだがまぁいい。それなら不審人物ではないだろう。

しかしこんな所で一人何をしているのかと口を開こうとした時
緋竜が先程から手に何か大切そうに持っているのに気が付く。

それは白い産毛につつまれた鳥のヒナだった。
何の鳥までかはわからんがおそらく巣から落ちた所を拾いでもしたんだろう。

・・・それでさっき受け身をとらなかったのか。

「・・・どこで拾ったんだ?」

少し身をかがめてそう聞くと、無言で近くにあった少し高めの木を指す。
その木の枝の間を下から見て少し目をこらすと、確かに鳥の巣らしきものが
あるにはあるのだが・・・。

「・・・・少し高いな」

そう、木としては登れない物ではないのだが、最初に手をかける枝が俺の背より
かなり上にあり、普通には手が届きそうにもないのだ。

緋竜はヒナを持ったまま困ったように俺の方を見上げてくる。

・・・うぅむ・・俺も木登りは得意な方ではないんだが・・。
いや、まてよ?

「・・・そうだ、俺が肩を貸すから、あそこまで登れるか?」

俺の身長と緋竜の身長があればなんとか枝に手が届くだろう。
ただこの娘が木にうまく登れるかが少し心配だったが、緋竜は元気よくうなずくと
腰に付けていた袋にヒナをそっとしまい、木に手をかける。

「よし、じゃあやってみるか」

俺は息を一つ吸い込みかがみこんで木に両手をかけて踏んばる。
肩の上に重みがかかったのを確認してゆっくり立ち上がると、少しして肩が軽くなった。

上を見上げてみると案外器用に木を登っていく緋竜が見える。
しばらく見守っていると巣のあるだろう場所までたどり着き、危うげながらもそっと
ヒナを巣の中に戻すことに成功した。

「よし!えらいぞ!」

下からほめてやるとこちらを見て手を振ろうとし・・


あ!!手をすべらせた!?


「ぬぉっ!!?」


ハッとした瞬間思わず体が動き、緋竜はまともに落ちてきたところを
俺の腕によってなんとか受け止められた。


・・・あ・・・危なかった。間一髪とはまさにこの事だな。


「・・・・ふぅ!・・・まったく・・・」


安堵のため息を漏らす俺に緋竜は赤くなりながら頭を下げてくる。

その時俺はふと妙なことに気がつく。

・・・この娘遠目には気がつかなかったが、目の色が少し赤みがかっている。
黄将軍は普通の色だったから母方の遺伝だろうか?

変わった色をしているな、などと思っていると、俺たちの頭上でヒナたちが
いっせいに鳴き声をたて始める。
見上げると親鳥が戻ってきたらしく、ヒナの方は元気よく餌を受け取っていた。

「・・・・大丈夫だったようだな」

上を見ながらそう言うとうなずいた感触がつたわってくる。
しばらく二人して見守っていると、親鳥がなぜか俺たちの方を見て
ピピッと小さくさえずり、さっと空へ飛び去っていった。

「はは、礼でも言ったか?」

冗談半分でそう言うと、またうなずいた感触がある。
鳥の言うことでもわかるんだろうか、などと思いながらぼーーっと静かになった
巣を見上げていると、ふいに鎧の肩当てをちょいちょいと軽くひっぱられる。

それにふと我に返ると緋竜を受け止めた態勢そのままだったのに気づき
一瞬にして顔に血が上った。

「うわっ・・たた!すまんすまん!」

大慌てで下におろしてやると別に気にした様子もなく何も言わず首を横にふってくれた。

それにしてもずいぶん口数の少ないおとなしい子だな。
元気はつらつとして声も大きいあの老将の娘とは思え・・・・


「あーーー〜っ!ひりゅうちゃんみ〜つけたーーー〜っ!!」


どこかで聞いたことのある黄色い声に俺の思考は中断する。
見ればあちらから走って来るのは周瑜都督夫人の小喬様ではないか。

緋竜はびくっとして俺の背中に回り込み、追いついてきた小喬様と俺を軸にして
ばたばたとおいかけっこを始めてしまう。

・・・おいおい、ここは連合軍の前線駐屯地じゃなかったのか?
なんでこんなになごやかなんだここは?

「つーーかまーえたっ!次緋竜ちゃんのオニね!」

・・・あぁ、オニごっごの途中だったのか。しかしなんとも平和な話だ。
その黄色い光景に何か言おうにも言い出せず、居心地悪く突っ立っていると
小喬様は緋竜にしがみついたまま今やっと気がついたといった風に・・・

「あれ?太ちゃんいたの?」

とさりげにきついお言葉をいただいてしまった。

「・・・先程からずっとここにいました。・・それとその・・ちゃんはやめて下さい」
「ふ〜ん、太ちゃん大きいから木かと思っちゃった」
「・・・ですから・・・」
「あ、そうだ太ちゃんもまざらない?周瑜さま忙しくてかまってもらえないから退屈〜」


・・・・人の話を聞いてませんなこのご夫人。


「呂ちゃんも一緒なんだ。ね!いいでしょやろうよ!」

呂・・・ちゃん?・・・・まさか呂蒙殿の事か!?

だとすればかなり意外な話だ。あの方は俺とちがって文武両道で
幾度となく小喬様のわがまま・・もとい無理難題をかわしてきたというのに。

「そういえばみんなまだかな。みんな目立つからすぐ見つかると思ったのに」
「みんな?他にまだ誰か?」
「うん。身内では呂ちゃんしかつかまえられなかったんだけど
 蜀の人が何人かいいよって言ってくれたから」

・・・い・・いや・・なにも他国の人員をさいてまでオニごっこ、というのもどうかと俺は思うぞ。

ヒマを潰すのに同盟国に迷惑をかけてよいものだろうかと自問していると
呂蒙殿とはじめて見る若い青年、そしてなんと五虎将の一人である馬超殿が
やや疲れたようにやって来る。


・・ま・・まさか五虎将までかり出されているとはな。
ある意味小喬様の行動力には恐ろしいものがあるようなないような・・・。


「あ、緋竜がつかまりましたか」

そう言って静かに笑う青年に緋竜は小走りに寄っていき、服のはじを少しだけ掴む。
妙に子供じみてはいるが、どうやらこの中で最も信頼のおける人物がこの青年らしい。

「・・・呂蒙殿、その方は?」
「あぁ、太史慈殿は初対面だったか。姜維といってな。
 諸葛亮殿の弟子でそこの緋竜の母お・・・いや、教育係になる人物だ」
「初めてお目にかかります。姜維伯約ともうします」
「・・・あ・・いや・・これはどうも」

丁寧な礼をされて俺の方が少し慌てた。
しかし教育係とは今時めずらしいな、などと思っていると息を整えていた馬超殿が
小喬様に非難の声を向ける。

「・・・小喬・・・様・・・目標は・・・一つに・・・しぼって・・いただけまいか・・?
 ・・・断続的に・・・追われては・・・こちらの・・・息が・・乱れます・・・ゆえ・・・」
「え〜?だってみんな走るの遅いんだもん。迷っちゃってさ」

重装の武将とあなたの脚力を比べるつもり、毛ほどもありませんな。
心の中だけでつぶやいていると呂蒙殿がいつもと変わらぬ口調でこう切り出し始める。

「しかし今度は緋竜がオニとなると・・・行動力と機動力からして
 少々分が悪いのではないか?」

おぉ、呂蒙殿が真剣だ。
・・・これはたかがオニごっことあなどってはいかんのだろうか。
ましてや蜀の重鎮とそのご子息、知にも優れた呂蒙殿もおられるのだからなぁ・・・。

などと小喬様を数に入れずにそんな事を考えていると、姜維殿が少し笑いながら
意外な事を口にした。

「それならご心配なく。この子は見た目にはおっとりしていますが
 走る速度はまず間違いなく蜀内最速を誇りますから」

・・・・蜀内・・・・最速!??
それは言い換えれば三国で三位内に入るという事じゃないのか?!

「私も馬超殿も速い部類でしたがあっさり負けてしまいまして」
「・・・・・・それを言うな」
「へぇ、じゃ太ちゃんと呂ちゃんが不利になるんだ」
「・・・は?ちょ・・ちょっと待ってください!俺はまだ参加するなどと一言も・・!」
「それじゃ緋竜ちゃんに追加規則ー!五十かぞえて隠れてる人を見つけて
 おでこにさわってね。背中はだめだよ、わかった?」

いや!だから!俺はまだ参加するなど一言も・・・!

「じゃあいくよ。陣から出ちゃダメ、建物も入っちゃダメだよ。よーーいドン!!」

ほとんど不意打ちではじめられた合図にみな慌てて四方に散っていく。


だからしつこいようだが俺は・・・!!


「ほら太ちゃん!ぼーっとしてると次のオニは太ちゃんだよ!」


うぐ!?それは困る!俺は策と追跡と甘い物は苦手だ!


大慌てで走り出しその場を離れることに事にしたが、ふと後ろを振り返ると
ぽつんと取り残された緋竜が目に入る。

緋竜も俺に気づき、ほわ〜っと暖かく笑って手を振ってきた。
思わず顔の肉がゆるみ、同じように手を振りかえしてしまったが
はたと我に返り赤くなりながら慌てて走り出してしまった。


・・・い・・・いかんいかん。ついつられた。


頭をかきながら身を隠せそうな場所を探しつつ、俺はふといつのまにか
しっかり乗せられた事に気がつく。

小喬様も周瑜殿に似て知恵をつけてきたのだろうか。
・・・・まったく末恐ろしいご夫人だ。


さてと、それはさておきどこに隠れるかな。
俺の図体ではあまり隠れられる場所というのもないが・・・。

と、あたりを見回していた俺の目に誰もいない見張り矢倉がうつる。
そうだ、あれなら周囲の様子は一望できるし、うまく下ばかりを探していれば
見つかることもないだろう。
ただ運悪く発見されれば逃げ場も何もあったもんじゃないが
おそらく元から逃げ切ることも不可能だろうし・・・よし、決定!

俺はあたりを見回し音を立てないように矢倉に登ると顔だけのぞかせて
下の様子をうかがう事にした。

少々なさけない気もするが、いたしかたない。
なにせ相手は蜀一の駿足だ、背に腹はかえられん。


・・・さてと、皆はどこに隠れて・・・あ、馬超殿が走っていく。


えらく慌てているが・・・さてはもう見つかりでもしたのかと思っていると
何かが信じられない速度で馬超殿に追いつき、肩を掴んだかと思うとその頭上を
軽々と飛び越し、急停止する馬超殿の前にきれいに着地。
とんと額を指でこづいた。

それはまぎれもない、先程俺を見送って手を振ってくれた緋竜だった。

・・・な・・・何という身のこなし。とても先程まで服のすそを掴んで
おとなしくしていた娘とは思えん。

緋竜は硬直している馬超殿にをしばらくながめていたが、首を一つかしげると
別方向へまたおそろしい速さで走り出した。

す、すごいな。何と言っていいやら・・・ん?あれは呂蒙殿だ。
木や建物の死角をうまく利用しながら隠れているが・・・大丈夫だろうか。

しばらく様子をうかがっていると、別の場所から今度は小喬様がなにやらわめきながら
木の間から走り出てきて、それを上回る速さで追いついてきたのはやはり緋竜だ。

二人ともとても真似のできない身のこなしで木や岩陰をかけまわり
呂蒙殿の隠れていた木箱のそばを駆け抜けたりもしていたが
よくよく見ると小喬様で二歩の距離を緋竜はたった一歩でまるで飛ぶがごとく走っているのだ。

それはまさしく飛竜だった。

やがて緋竜はふいに小喬様の横に並び、実にあっさりした動作で額に手を触れ・・・
たと思った瞬間、緋竜はくるりと向きを変え呂蒙殿が身を隠していた木箱を目指し
それを手もかけずそのままぽーーんと飛び越し、ギョッとしている呂蒙殿の前に
あざやかな着地を決めたのだ。

あ、あの速度で気配を見落とさなかったというのか!?

・・・いやはや・・・なんというか・・・五虎将の娘と言うだけでえらく人間離れした
能力を持っているんだな。

発見された呂蒙殿はすでに悪あがきはしないつもりのようだ。
頭をかきながら立ち上がり、身を少しかがめて緋竜に額を触らせた。


・・・と、いうことは残るは姜維殿と・・・俺か!?


俺は一度頭をひっこめ日の暮れ始めた空を見上げため息をつく。
・・考えてみればこんな緊張感も子供の時以来だな。
こうやって近所の友人と日の暮れるまで遊び回って、親を困らせていたものだが
それが今はこの日と同じ色の旗の下、大義のために日々戦いに明け暮れているとはな。

・・ん?そういえば夕暮れで思い出したが緋竜の目の色、最初見た時には
あまり気にかけなかったがあれは何という色だったかな。
などと考えていると、もたれかかっていた手すりに何か小さな物がとまったような音がし
俺はなにげなくそちらに首だけ向けてみる。

それは鳥だった。しかし驚くほど近くにそれはいたので妙に思い目をこらして見ていると
そこでさらに妙なことに気がついた。

・・・この鳥・・・どこかで見た事があるような・・・?

と、首をかしげていると今度は俺の前で風が動いたような気配がある。
なにげなく顔を前に戻すと、なんといつからそこにいたのか
ほとんど目と鼻の先に緋竜がいた。

「!!??」

い、一体いつの間に!?気配も足音もほとんどなかったぞ!?
あまりの事に心臓が外まで聞こえそうなほどに高鳴ったが、大声を出さなかったのは
奇跡としか言いようがない。
緋竜はかがみこんで俺をじーーーっと見ていたが、その肩に俺が先程まで見ていた鳥が
止まって小さくさえずる。

あ!この鳥!さっき緋竜が助けたヒナの親鳥か!?

・・・ということはつまり・・・ハメられたわけか!?

半ば唖然とする俺の前で緋竜は手を振って鳥を空へ返し、とん、と指でかるく
俺の額を一つこづいた。


・・・ま・・・負け・・たのか?


たかがオニごっこだと思ってはいたが、よもやこんな負け方をしようとは
なさけないというか・・・なんというか・・・。
この上なく脱力する俺に緋竜は夕焼けの色をうつした笑顔を向けてきた。
その目は夕焼けと元の赤みの色とあわさり実にあたたかい赤に見える。

・・あぁそうか思い出した。緋色の目だ。だからそんな名前なんだな。

「・・・・いい・・・色をしているんだな。お前の目は」

前髪をかきあげて頭をなでると少し不思議そうに首をかしげてくる緋竜。
しばらくして俺はそれはある意味口説き文句だと言う事と、はたから見ればその・・・・
なんというかまずい体勢であるのに気づき、慌てて体を横にガタガタと平行移動させた。

「なっ!?たっ!い、いや別に気にせんでくれ!ハハハハ!」
「・・・・?」

一人であせったり照れたり馬鹿丸出しの俺だったが、緋竜はさして気にしていないと
少し笑って首を振り、見張り矢倉をおりていく。
おそらく最後に残った姜維殿を探しにいったんだろう。
取り残された俺は少し間をあけた後、大きなため息をはき出した。

・・・なにを・・・やっているんだ俺は・・・。

なんというか妙だ。
あの娘が目の前にいると思いもよらん行動にはしるというか、調子がくるうというか・・。

くそ、顔が熱い。今が夕方でなければ目立っていたかもしれん。

・・・・ん?ちょっと待て、これは・・ひょっとして・・あれ、なのか?いや、まさか・・・なぁ・・。


「おう、こんな所におられたのか」


座り込んだままあれこれと考え事をしていると、下から先程捕まった呂蒙殿が上がってくる。

「確かに発見されにくいが・・・見つかれば後がないな」
「はは、足にはあまり自信がなかったもので」
「うむ。俺も得意ではないが・・・どのみちあの速度では勝負になるまい」
「・・・同感ですな」

などと話しながら下を見ていると、出発した林の方向から姜維殿が走り出してくるのが見え
その直後あいかわらずすさまじい速さの緋竜が追跡してきた。

「・・ふむ、灯台もと暗しを取ったか」

呂蒙殿が言う間に二人の間はどんどん短くなり、あと一歩という所で
何を思ったか緋竜、ぽーーんと姜維殿の背中に飛びついた。


「「 あ 」」


俺と呂蒙殿の声が見事に重なる。

全力で走っていた所を後ろから思い切り飛びつかれた姜維殿
当然受け身も取れずに真正面から地面に突き倒された。

・・・が、顔面をぶつけたような気もするが・・大丈夫か?

しかしもう少し普通に捕まえればいいものを・・・。

「・・・愛情表現、というやつだな」
「そ、そうゆうものだろうか・・・」
「名付け親で育ての親のようなものだと言っていたからな。じゃれているつもりだろう」
「ほぉ・・・?」

なんとなしにうった俺の相づちにまぎれて呂蒙殿はさりげなくこんな事を口走った。


「・・・とはいえ、少々やけるがな」
「・・・・・・・は?」


・・・今、何やら聞いてはいかんような事を聞いてしまったような・・・。

「さてと、今日はそろそろ切り上げんと双方の面々が心配するな」
「・・・え?あ、あぁ・・そうですな」

・・・何やらはぐらかされたような気もするが・・・俺はともかく
矢倉を下りていく呂蒙殿の後を追って皆と合流する事にした。
下にはなぜか無精面の馬超殿と土の付いた顔をふいている姜維殿、それを見ながら
ちょっとバツ悪そうに木の陰から顔だけのぞかせてる緋竜がいた。

「あーあ、けっこう早くみんなつかまったね。でもすごく楽しかった!
 またやろうね緋竜ちゃん、今度は姉様もさそうから!」

・・・お・・おいおい、まだやるのかこの人外オニごっこ。

「それはかまいませんが・・・できれば今度からは
 ある程度の禁止事を作っておいた方がいいかもしれませんね」

・・・き・・姜維殿っ・・!・・・笑いをこらえるのに苦労しますゆえ
早くその顔ひどい顔をなんとかして下され。

「ははは、違いない。そうでないと遊びとはいえ何をしでかすかわかりませんものなぁ」

それを聞いた緋竜。何を思ったのか、とたとたと呂蒙殿の所に寄っていき
服のはじをちょっとだけ掴んだ。

・・・・あどけないな。まるで五、六歳の子供のようだ。
呂蒙殿が頭をぽんと軽くはたいてやると、実に幸せそうな顔をするのが実にうらやましい
・・・・・い、いやそうでなくてだな!

「と、ところで馬超殿、どうかなされたか?先程から機嫌が悪いようだが・・・」
「緋竜に負けたのが悔しいのですよね」

姜維殿に代返された馬超殿、どうやら図星をつかれたらしく思い切りくってかかる。

「姜維!!お前な!!」
「わ、男らしくないなぁ。負けは負けなんだからいさぎよくあきらめたら?」
「・・・わ・・わかっている!・・が・・その・・」

・・・?何か歯切れが悪いな。実直な馬超殿らしくもない。

「そうすねないで下さい。私とて不意をつかれてこんなありさまですし」
「すねてなんぞおらん!!俺はただ守るべき立場の男として・・・!」

そこまで言いかけて馬超殿は急に赤くなり、妙なせきをしながら
視線をあらぬ方向へさまよわせはじめる。
これはもしや・・・と思い呂蒙殿の方へ視線を向けるとうなずいて
緋竜の頭にぽんと手をのせた。

・・・なるほどな。つまり好きな娘を守るべきはずがその娘自体に敗れてしまった
・・・・というわけか。

それは確かにへこまずにはおれんなぁ。

「はは、それでは私達はそろそろおいとましましょうか。
 時間も時間ですし双方で心配なさる方々がお待ちでしょうしね」
「んー私はまだ遊びたりないんだけどな」
「・・・夕食ぐらいは周瑜様と取られてはいかがですか小喬様」
「あ、そっか。じゃ帰る」

さすが!うまいですぞ呂蒙殿!

「じゃあ緋竜ちゃんまた一緒に遊ぼうね!」
「・・・・うん」

あぁ、ようやく口を開いたな。しかし別に口がきけないわけでもないだろうに
随分と口数の少ない・・・・・ん?俺の方に来たぞ?

「・・・な・・なんだ?」

何事かと少し緊張する俺に向かい、緋色の目をした娘はふわりと
実にあたたかな笑顔でたった一言だけこう言ってきた。


「・・・・ありが・・とう」


それだけだ。
たったそれだけの言葉だというのになんと重みと心地よさのある言葉だろう。
なんというか胸の奥をぎゅうとつかまれたような感じで俺はとたとたと
保護者二名の所へ戻っていく緋竜の背中を、ただひたすら馬鹿のように見送る。


口数はすくないがその分発した言葉に気持ちのすべてをのせる
・・・つまりはそうゆう娘なんだろうな。


姜維殿はきれいな礼をし、馬超殿はしっかりした軍式の敬礼をして
自分たちの元いた所へと帰っていく。

緋竜はその二人の間を歩いていたのだが、何を思ったのか
両側にあった二人の手を片方づつにぎってふらふらとふりはじめた。

姜維殿の方は笑っていたが、馬超殿の方は一瞬ぎょっとした後頭をかいて
つないだ手をしっかりにぎりなおしていた。
遠ざかっていくその光景を見ながら小喬様が楽しそうに口を開いた。

「ふふ、ほのぼのしてていい感じね!」
「・・・そうですな。乱世のこの時代には似つかわしくありませんな」
「かわいいもんね、緋竜ちゃんて」
「そうですな・・・ぁ・・って、あ!?」

し、しまった!誘導尋問か!?

「きゃー〜!太ちゃんたら見かけによらずすみにおけない〜んだっ!」
「いっ!いや!別に!そうゆう意味で言ったのではなくてですな(裏声)!
 その!好感を持てる方だということでつまり・・・!」
「好きになったって事でしょ?」
「そうです!・・・ん?あぁっ!?いや!!ですから!!」


うぬあぁあ!!またしても墓穴を!!?


「でっ?どんなところが好き?おとなしいとこ?無口なとこ?お嫁にしたい?」

こっ!・・・これはたまらん!これ以上つきあっておれるか!!

「し、小喬様!ご勘弁くだされぇーー!!」
「あ、まちなさいよう!ちゃんと全部白状しなさーーーい!!」



・・・結局、その後俺と色恋沙汰大好きの小喬様との間で、第二次勝負にならない
オニごっこが始まってしまったのだが、一人取り残された呂蒙殿が・・。

「・・・恋敵は多い方がいいと言うが・・・あまり多いのも問題だな」

とため息と共につぶやいたのを、必死で逃げていた俺が聞けるはずもなかった。







下書きから珍しく変更が少なかった太史慈編。
こんな差のあるキャラで書き物をしてるのも私だけかもしれませんね。
気が多いだけかもしれませんが。


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