「なんじゃと?おぬしまで出払うのか?」
「・・・すみません。何分急な事でしたので、私も将軍をあてにしていたのですが・・・」
「ううむ・・・こんな事もあるもんじゃのう」
「・・・想定しておくべきでしたね」
「・・?・・」
不思議がる緋竜をはさんで、黄忠と姜維は旅支度のまま同時にため息をつく。
何を困っているのかというと、留守中に置いていく愛娘緋竜の面倒をみる人選だった。
見た目はともかく、やる事なすこと幼くあやうげな緋竜。
一人にしておくと階段でけつまづいたり、池に落ちたり、城内で迷子になったり
果ては兵糧とまざって戦場へ輸送されそうになったり(未遂2回)と危険極まりないので
いつも誰かがついている、というのが緋竜周辺の暗黙の了解だったのだが・・・
「関羽殿は張飛と出とる。こういった時にまず名乗り出る馬超もおらん。
趙雲も遠征に出たきりじゃし、わしはこれから偵察、おぬしは丞相の出迎えか」
「城には殿とホウ統殿がおられますが・・・」
「まさか殿に世話を頼むわけにもいかんし・・・
かといってホウ統殿も丞相がおらんとなるとお忙しい身じゃろうしな・・」
そこでまたため息が二つもれる。
将としては最も年齢差がある二人だったが、緋竜が関わると二人とも同じ親の顔だ。
「あ、そういえば・・あと1名心当たりがありました」
「なんじゃと?誰じゃ?」
「・・・しかし・・・あの方にたのんでよいものかどうか・・・思案しどころが難しいのですが
緋竜は気を許している方なので適任といえば適任・・・なのですが・・・」
「なんじゃ歯切れが悪いのう、はっきりせんか!誰じゃそれは!」
「・・・・それが・・・・」
じゃーこーじゃーこーじゃーこー
城の片隅の井戸のそばで、その人物はすぐ見つかった。
しかし見つけたはいいが、かがみこみ無言で武器をとぐその後ろ姿に
黄忠はなぜ姜維が言葉を濁したのかその時はじめて知った。
じゃーこーじゃーこーじゃーこー
無言で立ち尽くす二人をよそに、武器をとぐ音は止まらない。
「・・・のう姜維、本当にあれに託してよいのか?」
「・・・緋竜はそれなりに面識があるようなので、心配ないとは思いますが・・・」
「それは知っとるが・・・よもや取って食うたりせんじゃろうな?」
「・・・・・・・」
「なぜ黙る!?」
などと話していると、二人の背後にいた緋竜がごく普通に
そのもくもくと両刃の槍をといでいる大きな後姿に近づいていく。
じゃーこーじゃーこーじゃ・・・
声をかけたわけでもないのに不気味に響いていた音がピタリと止まる。
そしてしばらくの間の後。
「・・・・・・」
怪しい仮面がくるりと振り向き、蜀一の怪しい男
魏延はゆっくりと立ち上がり、二まわりほど低い緋竜を無言で見下ろした。
「では行ってくるが・・・まぁ多くは望まん、ともかく大怪我だけはするでないぞ」
「魏延殿、私も多くは望みません。緋竜をお願いします」
「・・・・・」
出発前に心配そうな二人に魏延はただ「うむ」とうなずく事しかしない。
「・・・・ちちうえ・・・ははうえ・・・いってらっしゃい・・・・」
不安をつのらせる二人に緋竜があまり使わない言葉を発し、小さく手を振ってくる。
「・・・姜維、1分1秒でも早く帰れ。わしも可能なかぎり早く帰る」
「・・・わかりました丞相に相談いたします」
小声で、しかもかなり真剣な顔でうなずきあい
二人はそれぞれ馬を走らせ城の門を出て行く。
残された緋竜と魏延はしばらくそれを見送っていたが
緋竜が魏延の手を引いて城の中へと戻っていった。
まず二人はする事もないので城内をぶらぶら歩いた。
緋竜が前を歩き、魏延がその後をゆっくり歩く。
緋竜が石につまづきそうになると、後ろから魏延が黙って襟首をひっつかみ
緋竜がみぞや池に近づくと、魏延が黙って腕を掴んでひきもどす。
二人ともほとんど言葉はないが、それなりにうまくいっている。
そもそも二人とも一緒に過ごすのはこれが初めてではなかった。
しかし他に誰もいない状態で長い時間を過ごす事はこれが初めて。
それに城内の散歩にも限界がある。
城を1周して庭石の上に2人並んで仲良く(?)座る。
「「・・・・・・・」」
会話、ゼロ。
しばらくして緋竜が立ち上がり
雑草を集めて大きめの葉の上に並べ始める。
どうやらママゴトを始めたらしい。
しばらくて完成した草のおかずを緋竜は黙って魏延に差し出した・・・・のだが
魏延はは差し出された雑草のおかずをためらいもせず手でむんずと掴み
そのままもりもり食べた。
「・・・・・・」
緋竜は困った。
残さず食べるのはいい事だと父親(黄忠)はほめてくれるが
同時に道ばたのものを食べてはいけないと母親(姜維)が言ったのを思い出したのだ。
しょうがないので・・・・。
ポコ なでなで
軽くたたいた後、頭(仮面の上部分)をなでた。
しかってほめたらしい。
魏延、もぐもぐしながら無反応。
次に地面でマルバツを始めたが
どちらもあまり考えないので引き分けばかりが続き
地面はすぐ○と×の半端な並びで埋め尽くされる。
砂遊びをしようともしたが、服を汚すと姜維が怒るのでやめた。
馬舎を見に行こうともしたが、行くなら必ず言うようにと言った馬超の事を思いだし中止。
兵の訓練を見に行くと趙雲にたしなめられた事があるので行けない。
本は場所がわかっていても、関羽がいないとむずかしくて探せない。
弓の練習は黄忠とでないと危ないしわからない。
厨房は張飛につまみぐいの共犯にさせられた事があるので出入りしにくい。
・・・みんないないと色々困るね。
と、緋竜は魏延を見上げる。
魏延はあいかわらず緋竜を見下ろすだけだった。
どうやらいようといまいと大して気にしていないらしい。
それなら・・・と緋竜がどこからか縄を持ってきてなわとびを始めた。
少しだけ一人で飛んで、魏延に一緒に飛ぼうと手招きをする。
魏延は黙ってしたがうが、縄は緋竜にあわせてあり、その上二人の身長差は大きい。
最初に回した縄は、あっさり魏延の仮面の部分にぺしっとひっかかった。
「「・・・・・・」」
緋竜は次に馬飛びをしようと、魏延に身振り手振りで馬を作らせる。
とっとっとっとん! たしっ!
緋竜成功。
じゃあ次。
と、緋竜は次に自分で馬を作って飛べと魏延に目で言う。
「・・・・・・」
魏延、一瞬したがおうとして固まる。
「・・・・・?」
緋竜、早くしろと背中をたたいてみせる。
「・・・・・」
魏延はうながされてやっと走り出し・・・・
どっどっどっどっ! ぐしゃ。
当たり前の事だが、魏延の重さに耐えかねて緋竜はつぶれた。
「・・・〜〜〜〜・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
涙目で痛がる緋竜の頭を、魏延はむんずと掴んで前後に振る。
痛くない痛くない大丈夫と言いたいらしい。
魏延はあちこち怪我がないかを見てやりながら考えた。
遊ブ ⇒ 遊ビ方ワカラナイ ⇒ ワカラナイ時 ⇒ 誰カニ聞ク。
人選は以下の通り
丞相⇒イナイ
関羽⇒イナイ
姜維⇒サッキ出テイッタ
黄忠⇒サッキ出テイッタ
殿 ⇒忙シイ。邪魔シタラ丞相怒ル。
張飛⇒イナイ。イテモ馬超トケンカスル。
馬超⇒イナイ。イテモ張飛トケンカスル。
趙雲⇒最近イナイ。イテモ馬超ヲ連レテイク。
そして残る一人
ホウ統⇒イル。色々シッテル。
魏延は立ち上がり、無言で緋竜の手をつかんで歩き出した。
「・・・おやま、めずらしいね。二人で来たってことは困り事かい?」
まだ何も言わないうちから蜀軍師ホウ統はすべてお見通し。
どうやらさぼっていたらしく仕事場からかなり離れた窓際から
ごそごそばさばさといろんなものをかき分け移動してくる。
「・・あぁそういやぁ、おやじさんもおふくろさんも仕事だっけねぇ」
「・・・・・」
「そうかい。白羽の矢が立ったはいいが、長い時間は遊んだためしはないってかい?」
「・・・・・」
「ま、いいさね。ちょうど部屋ごもりで気が滅入りそうになってたとこだ。
その辺片付けてに適当にすわんな」
「「・・・・・」」
なれているのか首を縦にふるだけの二人をまったく気にする事なく
ホウ統はそれからいくつかの遊びを話して聞かせた。
その間緋竜も魏延も口を開かなかったため、通りがかった巡回兵が
ホウ統がひとりごとを言っているのだと思い、変な心配をしたという。
そして数十分後。
「・・・おや?」
会議や報告攻めからやっと開放され、一息ついていた劉備の目に
小走りに庭を走る緋竜が目に入った。
その後を必死の顔をした使用人たちがばらばらと走っている。
「・・・お前達・・・」
どっどっどっどっどっ
何をしているんだ?と言う前に、むこうから独特の足音が聞こえてくる。
現れたのは・・・仮面の上からむりやり赤いはちまきをしめ
両端にワラをくくりつけた木の枝を持ち
いつも通り、変わった歩幅で走ってくる魏延だった。
「・・・・・・魏延?」
どっどっ・・ざし!
一番えらい人に呼ばれて魏延急停止。
「・・・・・」
「どうしたんだ?その・・・いでだちは」
「・・・ワレ・・・オニ・・・」
「・・オニ?・・・鬼ごっこのか?」
「おや劉備殿。ってぇことは劉備殿も息抜きですかい?」
魏延が無言でうなずいていると、ホウ統がのんびりやって来た。
「ホウ統・・・ではこれはお前のしわざか?」
「えぇまぁね。鬼ごっこを改良して教えてみたんでさぁ」
「改良か?」
「えぇ、魏延の旦那手加減てもんがわからないらしくてね。
ワラのついた棒でさわれば捕まえたーってことで教えてみたんでさ」
「ほお・・・」
「二人じゃつまんないってんで手の空いた使用人に何人か協力してもらったんですが
いーやはや、見てるこっちも結構楽しいもんですなぁ。ほっほっほ」
「ウオォーー!!」
「ひぃーーー!!?」
魏延の持っているのは当たっても痛くもかゆくもないワラの棒だ。
しかし戦場とかわりなく追いかけてきて凄い声を上げて獲物を振り下ろしてくるのだ。
これで怖くないのは緋竜くらいなものだろう。
「・・・・・・。とのーー」
緋竜が必死こいて逃げ回る使用人とは対照的に
楽しそうに魏延の攻撃をかわしながら手をふってくる。
「・・・・・。
・・・ま、楽しそうだから別にいいか」
蜀の君主は前向きだった。
「そうだ。なんなら劉備殿もどうですかぃ?」
「ん?そうだなぁ・・・・・・よし、やろうか」
「・・・え?!・・・あたしゃ冗談で言ったんですがね」
「私は雲長や翼徳と違い、武に秀でるわけでもなく戦に不向きだ。
ではせめてああやって逃げる訓練でもしておいた方が良いのでは・・・と思ったんだが」
「・・・ま、いわれてみりゃそうかもしれませんねぇ。
でもまぁ何事もほどほどにしといてくださいよ。後で諸葛亮に睨まれない程度にね」
「わかっているさ。・・・魏延!緋竜!私もまぜてくれ!」
そして数十分後。
まず戦場を駆け回った経験のない使用人たちがバテた。
残るは緋竜と劉備、オニ役の魏延だったが・・・
「・・・・・なん・・・の・・・騒ぎですかな」
「おや、関羽殿おかえんなさい」
帰還した関羽が顔をひきつらせながら見たのは
そこらじゅうに息を切らせて転がっている使用人。
木の枝や葉をつけたまま泥だらけで元気に駆け回っている緋竜。
同じように泥だらけでとても君主に見えないほど服を汚して走っている劉備。
そしてやはりゴミだらけになりながら全身から湯気をふき
変な棒を持っていつもの怪しい走りでどかどかと二人を追っている魏延だった。
「いやぁ、うちの君主もなかなか逃げ足速いもんだねぇ」
「・・・・ホウ統殿これは一体何の・・・」
「あ!なにやってんだよ兄者!おもしろそうだから俺もまぜろ!」
「おぉ、雲長、翼徳帰ったか!来るか!」
「おっしゃあ!のぞむところよ!うおりゃあーーー!!」
関羽、何も言わずホウ統の横にどっかと腰をおろした。
「・・・止めんのかい?」
「・・・辞退させていただく。旅の疲れが取れておりませんゆえ・・・」
「ほっほっほっ」
「・・・・たのむ・・・誰か・・・早く誰か帰ってきてくれ・・・」
結局、その鬼ごっこ騒動がおさまったのは
それから少しして趙雲が帰還して関羽の長旅の体力が回復したころの事だった。
姜維の願いで予定を早く切り上げて戻った諸葛亮は
ドロだらけ、服もぼろぼろになった大人3人子供1人(大人1人子供2人その他1人?)を前に
怒る事もあきれる事もせず、珍しく腹をかかえて笑ったらしい。
「あぁああぁあ!?緋竜!なんて格好ですかー!!?」
「・・・まさか殿まで巻きこんどるとは・・・・・まったく、ある意味大物じゃのう」
「殿!殿までまでなんというお姿ですか!?私の遠征の間に一体何を!?」
「いや思いきり駆け回るのもなかなか楽しいものでな。はははは」
「ぬおっ!?なんだこれは!?貴っ様ぁ!!殿もまきぞえにしてなにをやらかした!?」
「なんだよ!帰ってくるなり俺のせいかよ馬鹿超!!」
「いやぁなんだか急に騒がしくなっちまったねぇ」
「・・・・・・・ホウ統殿、少しは止めてくださらんか?」
BBSでの書き込みを元にしてできたお話です。
孫策とか小喬も入れてみたかった
・・・・なーんて欲出したらきりないですねこの世界。
時間もたりないし。
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