「・・・・ば・・・ちょー・・・」

蚊の泣くようなごくわずかな声に、武器庫で槍の点検をしていた馬超は
奇襲でも発見したような早さで過敏に反応する。

素早く周囲に視線を走らせると、視界のはじに扉からちょっとだけ顔をのぞかせて
遠慮がちにこっちを見ている緋竜がうつった。

その瞬間、馬超の頭から数えていた槍の数も、後でしようと思っていた
愛槍や愛馬の手入れの事も、きれいさっぱり吹き飛んだ。

素早く駆け寄りなぜか周囲を激しく見回して、さらに廊下や庭を点検し
邪魔が入らないか念入りに確認する。

今のところ周囲には誰もいない。

「・・・?」

何してるの?と緋竜に袖を引かれてようやく我に返って視線をもどす。

「・・・あ、いやすまん。それで・・・どうした?」
「いや〜、お前さんにちょいと頼み事があってねぇ」

「ぎゃああーーーッ!!?」

あれほどしつこく誰もいないのを確認したのに、いきなり緋竜の背後からにょっとわいて出た
蜀の軍師の一人で魏延の次に妖しいかっこのホウ統。
何をどうやってわいて出たのか不明だが、実に心臓によろしくない。

「ほ・・ホウ統軍師!?一体どこから!?」
「さっきからずーーっといたんだよ。
 お前さん緋竜がいると視界が極端に小さいみたいで面白いねぇ」
「かっ・・
からかわないでいただきたい!俺は別に緋竜がいたからどうなるわけでも・・!」
「ほいほい、わかったから大声出さない。緋竜が怖がるからね」

はたと気付けば緋竜がホウ統の服のはじを掴んでこちらを心配そうに見ている。

「・・・あ、いや、すまん、悪い。怒ってない怒ってない」
「気にする事ぁないよ。馬超さんはこのくらいが普通なんだからねぇ」
「・・・普通って・・・」

などとのんきに杖で肩をぽんぽん叩いているホウ統を
馬超はちょっと嫌そうな目で睨んだ。

ナマズ髭の白カボチャは表情がなくて何を考えてるのかわからず気味が悪いが
この海苔の塊に帽子を乗せたジジイもどき(まだ30代)も、うさん臭く得体が知れないので
馬超としては諸葛亮の次に苦手な人物なのだが・・・。

「ま、それはともかく話を元にもどそうや。
 なぁに、大した手間じゃないから安心していいよ」
「・・・はぁ」

気さくで人間味のある性格だけは、馬超にとっては一つ気の置ける部分だった。

「それで・・俺に何か?」
「お前さん南蛮平定戦で武勲一位だったそうだね」
「はい」
「それであっちの人らに一目置かれてるって話だけど」
「一応・・・そうですが」
「じゃお前さんが適任だね」
「は?」
「緋竜、馬超さんが教えてくれるそうだよ。よかったねぇ」

一見のん気だが妙に強引に緋竜を押しつけてくるホウ統。
馬超としては緋竜の面倒を見る事は嫌ではないのだが
それとは別に何か妙なホウ統の様子に、短い間につちかってきた第六感が反応した。

「・・・ホウ統殿、まさか緋竜の世話を買って出て、それを口実に休暇をもらっ・・・」
「じゃ頼んだよ。しばらくは付き合いもあるだろうから
 怖がらないように南蛮の連中の事、うまく説明してやってくんなー」
「あ!ホウ統殿!職務を途中放棄は・・!」

ふらふら去ろうとする緑色に、馬超は慌てて声をかけようとするが・・・

「緋竜、馬超殿にぎゅー」

言われて緋竜が素直に馬超の腕にぎゅーっとしがみついてきたので
硬直している間にまんまと逃走に成功されてしまった。

さすがに諸葛亮と肩を並べる天才軍師。
緋竜の遠隔操作で煙に巻く事もお手のものである。

「・・・というか・・・サボる技能があってどうするんだ」

馬超、つっこんでみても当人はすでに消えた後だ。

やっぱり軍師というのはよくわからん。

しがみついていた緋竜の頭をぽんぽんたたいて腕からはがしながら
馬超は小さなため息をつく。

「・・・とはいえ、やはり説明しておいた方がいいか。
 外見も風習も色々我々と違う所があって驚くだろうからな」

つまりホウ統が馬超に依頼したのは、少し前に同盟を結んだ南蛮の人々を
緋竜に紹介してやってほしいというものだ。
なにしろ魏や呉とは違い、南蛮の方々は見た目や風習やらなにやらが色々特殊で
緋竜が怯えるとかわいそうだとホウ統が気を使ってくれたのだろうが
それを馬超に押しつけていくのはどうかと・・・

「・・・ん?」

まさかあのおっさん、俺にも気を使ってくれたのか?

他にも適任がいるはずなのに、わざわざ馬超を選んだという事は
そう考えるのが自然になるが・・・

「・・・はは、まさかな。考えずぎだろう」
「・・・?」
「まぁとにかく行こうか。新しい同志・・・
 いや、みんなに新しい友達がたくさんできたんだ。紹介しよう」

そう言って手招きすると、緋竜は差し出された袖をちょっとだけつまむ。
黄忠や姜維がいると自分よりそちらを優先してつまみに行くため
馬超、この時はちょっとだけホウ統に感謝した。




そうして馬超について行くと、そこはもう異世界。

全員肌が小麦色。
髪型も見たことないくらい変わってる。
男も女も入り混じってみんな武装してる。
そしてみんなそろって服が少ない。
つまり半裸。
しかも女の人にいたっては、なんでそこまでと言いたくなるほどアレで
事情を知っている馬超ですら、なるべく見ないように足早に通りすぎるほどだ。

そんな集団の中を歩けば当然緋竜は怖いやら凄いやらびっくりするやらでかなり怯えていて
袖をつまんでいたのがいつのまにか腕にしっかとしがみつくまでに発展していた。

「・・だ・・大丈夫だ。ちょっと変わってるが噛みついたりする人はいなから・・・
 あまりくっつくと・・・その・・歩きづらいし・・・・」

赤くなりながらも懸命に言い聞かせる馬超だったが
この連中が怖くてどうして魏延が平気なのかと疑問にも思っていたり・・・

「おや、誰かと思えばあんたかい!」

などと怯えている矢先に突然かかった大声に緋竜はとうとう飛び上がって
馬超の背中にひしとはり付いてしまった。

「あ!こら!?」

こうされると手がとどかないので引きはがせない。
それでもどうにかしようと馬超はぐるぐる回るが無駄なあがきで
様子を見ていた声の主はよく通る声で笑い出だした。

あっははは!なんだいその子、あんたのコレ(小指)かい?」
「ちッ!
違う!!知り合いの娘だ!!そうゆう言い方はやめてもらいたい!!」
「ふーーん?それにしちゃ随分親密そうだけど・・ま、そうゆう事にしといてやるよ」
「祝融殿!!」

などと言い合う中、緋竜が馬超の背中ごしにのぞいて見ると、そこには女の人がいた。
周りの人と同じように肌が小麦色で、やっぱり裸に近いようなかっこうをしているが
少し派手な頭飾り、白い髪、そして何よりその目はとても輝いていて
虎か太陽を思わせるちょっと不思議な女の人だった。

「ま、からかうのはこのくらいにして。うちのダンナに用事かい?」
「・・・いや、そうではない。実は我が陣に一人紹介していない人物がいたのでな」
「へぇ?あんたの所まだ隠し玉があったのかい?」
「いや、戦はできぬがそこそこ重要人物で・・・・これなのだが」

くりっと後を向いて背中の緋竜をさすと
ちょっと間を空けた後、祝融、思いきり眉をひそめ、何コレと言うような声を出した。

「・・・これって・・・このはり付いてるのかい?」
「名は緋竜。正しくは黄忠将軍の養女で黄緋竜という」
「あのじいさんの娘?」

黄忠の事なら祝融も知っている。
戦の後の親睦会と称した宴会で、飛刀と弓のまと当て勝負をやって
最終的に遠距離勝負で祝融が負けた事になっていたからよく覚えている。

「孫じゃないのかい?」
「皆そう言うがれっきとした娘で・・・ちなみにその事は父の前では禁句だ。
 少々事情があって精神的に幼いので、軍師殿が配慮してやってほしいと連れてきた。
 戦に出る事はまずないが・・まぁよろしく頼む」
「ふーーん」

祝融はまだくっついたままの緋竜をつついてみたり服を引いてみたりする。
緋竜は逃げる事はなかったが少しなれてきたのかようやく首を後に向け・・・

「・・・あれ?」

そこでようやく祝融は緋竜の名前の由来に気がついた。

「この子、目の色・・・」
「拾い子なので詳細はわからぬが・・・これがこの子の特徴だ」
「ふぅん、それで緋色の竜ってわけかい」
「実は名づけ親は俺より若い奴なのだがな」
「へぇ、色々変わったお嬢ちゃんだね。いいね、気に入ったよ」
「・・・・・」

緋竜、まだちょっと警戒している。

「そろそろ降りたらどうだい?騎馬将さんが困ってるからさ」
「・・・・・」

ちょっと考えた後、緋竜は馬超の背中からおりて袖を掴める定位置に戻った。

「アタシはここの大将の女房で祝融ってんだ。ま、気楽に付き合っとくれ」
「・・・・・」
「ははは!そんな怯えなくったって取って食いやしないさ!」
「・・・・・」

ふとその時、馬超は緋竜が先程から何か見ているのに気がつく。

視線をたどっていくと、その先にあったのは・・・


褐色のダイナマイトバスト。


「っ!
馬鹿!女の子が凝視するもんじゃない!」


馬超があわてて目隠しするが当の祝融は大笑い。

あはははは!なに言ってんだい!女だったらこのくらいなきゃいい子はうめ・・・」
うあぁあーー!!もういい!もういいから勘弁してくれ!!」

馬超、一体何をしに来たのか、話が変な方にすっ飛んで行ってしまい大慌て。

「なんであんたが慌てんのさ。変な奴だね」
「ダメだダメだダメだ!!緋竜にはまだ話題的に早すぎる!!」

今度はそのへんにいた女南蛮兵の尻をぢーーーと見ていた緋竜の顔を
ぎゅと元に戻しながら馬超は怒鳴る。

考えてみればちょっとここの面々は教育にわるい。
もし姜維がこの場にいれば、間違って女風呂に入ってしまったような悲鳴を上げて
長坂の劉備顔負けの早さで緋竜を連れて逃げたに違いない。

・・・あのオッサン、こうなる事を知ってて俺に押し付けたのか?

馬超、なんだかホウ統の思惑がよくわからなくなってきた。

「あぁ、そういやうちの連中になれたいって言うんなら
 まずあれに乗るのが手っ取り早いんじゃないかい?」
「え!?あれって・・・・・まさかあれの事か!?」


思わず声を上げた馬超に緋竜が目を丸くする。

「しかし緋竜はまだ馬に乗るにもまだ早足になれぬ状態で
 いきなりあれに騎乗するなど少し無謀では・・・」
「はは!何も一人でのっけようってんじゃないよ。
 アタシもいるんだし、いきなり乗りこなしたあんたも一緒なんだから心配ないさね」
「それはそうだが・・・」
「それにね、これはアタシのカンなんだけど、こんな感じの子に
 あれは図体はでかいけど結構優しいもんなのさ」
「・・・ううむ・・・」
「じゃ決まりだ。ちゃっちゃとついといで!」

結局すっかり言いくるめられてしまった馬超。
祝融は悪い性格ではないが、あの女ながらバンバン前に進もうとする
気の強引さにはちょっとついて行けなかった。

しかし普段から物静かな月英にさえ、馬超実は頭が上がらなかったりする所
本人に自覚はまったくないが、錦馬超、やっぱり女に弱いのかもしれない。


で、祝融の言ったあれというのは・・・


どーーーん


という効果音が似合いそうな大きな大きな鼻の長い灰色の生き物、つまり。

「ほら、これがうちで使ってる象って生き物さ」


パオーーーン


まるで挨拶するように目の前にいた象は鼻を上げて一声鳴いた。

「大きいだろう?こんなに大きくてもちゃん立ってと歩いて移動するんだぞ」
「・・・・・」

緋竜、馬超を盾にしたまま目を丸くするばかり。
そう言えば初めて馬を見せた時も同じような反応をして
馬超を盾におろおろしていたのを思いだし、ふと知らずに笑みがこぼれた。

「はは、そう怖がるな。見ろ、鞍がついているだろう?
 あんな大きいのでも人が乗れるんだぞ」
「・・・?!」

緋竜が『え!?乗れるの!?』という顔をする。

「人が乗れるなら近づいても触っても平気だ。・・・ほら」
「・・・・・」

そう言われてようやく興味が出てきたのか、緋竜は馬超の袖を片手にしっかり掴みつつ
そーー〜〜っと象の顔に手をのばしてみる。
指先でちょっと触ってみると、生き物とは思えないほどの固い感触にびっくりして
一瞬手をひっこめるが、近くで見た象の目と目線があってちょっと凝視する。

少ししてからさらに指先でつついてみたり、今度は手のひらで触ってみたり
そうこうするうちなれてきたのか、最後にはぺたぺた触りたくったあげく
何を思ったのか大きな顔にしがみついた。

「・・お・・おい緋竜」

さすがに馬超は心配するが、象の方は別に嫌がる様子もなく
鼻をのばして緋竜の臭いを嗅いだり、ふしゅーと鼻息をかけたりしている。
短い間にもう打ち解けてしまっている様子に祝融が楽しそうに笑った。

「ははは!やっぱりねぇ。あのお嬢ちゃん動物に好かれやすいだろ?」
「・・・え?なぜそれを?」

緋竜は人にも好かれるが、動物とも不思議なほど相性がよい。
庭にいればスズメが集まり、馬舎に行けば馬にもまれて泥だらけになり
街へ出れば野良猫や野良犬がよってくる。

「あぁいう何も考えてなさそうなのは、邪心がなくて自然と動物に好かれるもんさ。
 ま、そうは言っても半分はアタシのカンなんだけどね」
「・・・な・・何も考えてないって・・・」

それはつまり、即座にあれを乗りこなせた俺も何も考えてない奴って事か??

馬超、騎乗能力と馬鹿指数を同じに考えそうになり、あわててぶんぶん頭をふった。

「で?どうするお嬢ちゃん?乗ってみたいかい、そいつに」

大きな耳をぴらぴら広げて遊んでいた緋竜は、一瞬びっくりしたような顔をしたが
ちょっと象と見つめ合ってから、うんとしっかりうなずいた。

「よし!じゃあそこに足を引っ掛けて上に登りな」
「祝融殿!何もいきなり一人で騎乗から始めずとも・・!」
「習うよりなれろって言うじゃないのさ。
 大丈夫だって!だいたいこんな大きくて安定のいいのから
 そういきなり落ちたりする奴は・・・」

よじよじよじ・・・・ずりりーー・・・
べぞ

言ってるそばから緋竜は象を一生懸命よじ登り過ぎて前へ行き過ぎ
反対側へ変な音を立てて落ちた。

「う
わーーー!!?

馬超、悲鳴を上げて猛ダッシュ。

「あっはははは!いまどき大したドジもいるもんだね!」
笑い事かあぁ!!あぁあすまん!ホントにすまん!俺がついていながら何という!!」

どうやら顔面から落ちたらしい。
土のついた顔を必死になってふいてやる馬超を見ながら
祝融は馬超の戦場とのギャップに笑いをかみ殺した。

なんだい、思いっきりほれてるじゃないか。

戦場では大軍をものともせず単騎で突撃してくる金色の猛将も
ほれた娘にはめっぽう弱いらしい。

なんだかうちの旦那を見てるみたいだねぇ。

そんな事を考えながら祝融は緋竜の横にかがみ込み、ポンと頭をはたいてやった。

「ま、一生懸命なのはかまわないけどさ、登りきったらそこで止まんな。
 上がったら馬と要領は一緒で足で鞍をはさんで前をしっかり持つんだ。
 わかったらやってみな」

緋竜は少し涙目だったが「・・・うん」とうなずいて再トライ。
最近父に似て負けん気が強くなったのか、まだ土のついた顔のまま
象の背を再びもそもそよじ登り、今度はきちんと騎乗に成功した。

「よしよし。じゃあ次、あんたの番」
「え?俺か!?」
「あんなの一人で置いとけるわけないだろ?コツがわかるまで同伴者がいるんだよ」
「・・う・・うむ」

馬で二人乗りは何度かした事があるが、これでうまくできるかどうか少々不安はある。
しかし立って動き出してあの高さから落ちたら大事だ。

「・・・緋竜!俺が前に乗るから後ろに寄ってくれ!」
「・・・・・」

緋竜はうなづいて、よいしょと後へ下がろうと・・・

「ぬあッ!?!」

ころり、 
ぼす!

やっぱりバランスをくずして転がり落ち、今度はすんでのところで馬超に受け止められた。

「はははは!あんたたちいい夫婦漫才できるじゃないか!」
「だッ!
だれが夫婦か!!いやそれより緋竜!大丈夫か!?」
「・・・・・・・(落ちたのと馬超の声にびっくりしたけど大丈夫らしい)」
「あ、そういやあんたが先に乗って引き上げてやれば安全だったね」
「何をいまさら!もっと早く気付いていれば・・!」
「はいはい、男がグチグチいってんじゃないよ。ほらちゃっちゃと乗った乗った!」


そうゆう女のあんたが俺より男らしくてどうするんだ。


思ってみても口に出す勇気はない馬超。
しかたなく緋竜を下ろし、象の上へ素早く上がると・・・

パチ・・・ペチヘチ・・・

妙に遠慮がちな拍手が下から聞こえてきた。

見ると緋竜が何か嬉しそうにこちらを見上げている。
緋竜は相変わらず何も言ってこないが・・・


・・・ばちょう・・・かっこいい。


と、緋竜の言いたい事がその時思いきりわかってしまった。

思わず顔がゆるみそうになるが、男の意地と威厳と正義(?)で持ちなおし
意味のない咳払いで必死こいてごまかした。

「・・ふーん?あんた結構やり手じゃないか」
「・・・?」
祝融殿!!緋竜に妙な事を吹き込まないでいただきたい!!」
「ははは!わかったよ!さぁ次乗った乗った!」
「・・・・」

会話について行けずきょときょと二人を見比べていた緋竜。
祝融に背中を押されてよいしょと鞍に足をかけ、今度は馬超に半分引き上げてもらい
ようやく普通に騎乗した。

馬超の背中で前は見えなかったが、馬よりもはるかに高いのにどっしりした乗り心地があり
緋竜はまるで空と大地の真ん中にいるような気分になった。

「どうだいお嬢ちゃん!それがアタシらの長年付き合ってきた視点さね!」

下から飛んできた声に緋竜はうんうんと嬉しそうにうなづく。
すごいすごい、高くて広くて大きくてすごいと言いたいらしい。

「じゃあならしついでにそこらへんを歩いといで!」
「え!?ちょ!祝・・」
「行けっつってんだろおらぁ!!」

どげ!!

女とは思えない凄みのあるセリフと同時に、二人の乗っていた象の足にキックが入る。
しかし象の方はさして痛がりもせず「しょうがないなぁ」と言ったふうに
ゆっくり方向転換して歩き出す。
が、初乗りの緋竜はいきなり動き出したのにびっくりして前にいた馬超にしがみついた。

「・・っ!ちょ!」
「ほらほら!きちっと先導してやんな!なれるまで帰ってくるんじゃないよ!」
「祝ゆ・・!」
しっかりやんな!色男!

馬超孟起、気は強いが流されやすいと後に友人は語った。




のろり、のらり、のそり・・・。

戦場では大きさに似合わない動きをする象も
初めて乗って緊張している緋竜を気遣っているのだろうか。
その時は実に歩みが遅く動きも優雅だ。

「・・・身体は大きいが気は優しいと聞くが、どうやら本当らしいな」

振り返って見ると少しなれてきたのか緋竜がうんとうなづく。

「俺も最初こんな大きな生き物が手綱もなしに言う事を聞いてくれるかどうか不安だったんだが
 こちらの意思はきちんと理解してくれるし、矢倉を押して倒してくれたりするんだ」

緋竜が目を丸くする。
そんな事できるのかと言いたいらしい。

「はは、力持ちだぞ?押すだけで矢倉は倒れるし、倒れた木もどかして道を作って・・・」

ばガサ!!べき、ばざ!!

ぐ!?

振り返って話をしていたのが悪かったらしい。
馬超は通りすがりの張り出した木の枝の中へまともにつっこんだ。

一瞬身体が後にかたむくが、緋竜があわてて背中を押してくれ
それに応じた馬超の男の意地と正義が(?)加わり、なんとか落ちるのはまぬがれ
何本か枝を折りながらも緑の障害を突破した。

気は優しいが細かい所にまで気は回らないらしい。

馬超はとりあえず象を止めて、引っかかった枝や葉を振り落とした。

「・・・!」
「・・・・平気だ。ちょっと痛かったが・・・武装していて正解だったな」

いつも通り鎧を身につけていたため、ケガらしいケガはしていない。
ただ露出していた顔の部分を枝で少し切ってしまったので
緋竜が気付いて恐る恐る手をのばして来た。

「ん?顔が切れたのか?」
「・・・・」
「気にするな。こんなもの痛くもかゆくもない。なめれば治るさ」

緋竜、首をかしげちょっと考えて・・・。


ぺーろ


ごく普通に、頬にあった一番大きな切り傷をなめた。

「はは、こらこらなめる・・・」


はた。


馬になめられたのと同じ感覚で笑っていた馬超が
一瞬間を空けてぴたと固まる。


ちっ   ちっ   
ぶしゅーーー!!


笑顔そのままに馬超の顔がゆでられたように沸騰。
滅多に落馬しないはずの馬超はびっくりする緋竜を残して
結構な高さからボトっと落ちた。

「!〜〜」

緋竜があわてて後を追いかけようとするが、高くて降りられない。
おろしてー〜!と象の背中をぺちぺち叩くと、象はそれに答えたのか
それともたんに乗り手がいなくなっただけなのか、のそりと地面に座り込む。

緋竜はすぐ落ちた馬超にかけよろうとするが、降り方まで教わっていないので
ほとんど転がり落ちるようにして降り、それでもめげずにばたばたとはうように
落ちた馬超に寄って行き、動かない肩をゆすった。

「・・・・、・・・・」

いくらゆすっても反応がないので、緋竜はちょっと考えて何か周囲を探し出す。
しばらく馬超と座り込んだ象の周りをうろうろした緋竜は
少しして拳大くらいの石を取ってくる。

そしてそれを「う〜〜」と一生懸命持ち上げて・・・


・・ぽい   
ドス!


「ぐっふッ!!?」


馬超の腹の上に落とした。

さすがにこれは効いたらしく、馬超は腹をかかえて無言でのたうちまわり
ようやく身を起こして緋竜に何か複雑な視線を投げかけた。

「・・・ひ・・・緋竜・・たのむから・・・・子龍のマネは・・・やめてくれ・・・」

趙雲の行動はいつも的確ながら乱暴で結果オーライだが
趙雲ならともかく怒れない緋竜に実行されたら怒りのぶつけどころがないのだ。

ごめんなさいと頭を下げる緋竜に「何をするかーー!!」と怒鳴る事もできず
まだ痛む腹を押さえながら馬超はため息を吐き出した。

「・・・・・・突拍子が・・・・なさすぎなんだお前は」
「・・・?」
「そもそも・・・なめれば治ると言うのは、大した傷ではないと言う意味で
 本当に・・・な・・・なめ・・なめるものではないのであってだな・・」
「・・・・」
「いや、まぁ確かになめて治すのは生き物の行動としては正しいんだが・・・
 ・・・正しいが・・・その・・・あぁくそ!」

うまく説明できない馬超はいらついたように立ち上がり
おとなしく待っていた象の方に歩き出す。

「帰ろう!詳しい事は姜維に聞きなさい!」
「・・・?・・・」

緋竜は少し首をかしげてからうなづいて、まだ何かぶつぶつ言っている馬超に続き
再び象に乗ってのんびりと帰りの道を進み出す。

しかしその時切ったはずの頬の傷が完全に消えていたのを
まだ赤いままで落ち着かない馬超が気付く事はなかった。





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