行きとは違い、帰りの馬超は完全に無言だった。
時々「・・・はー」だの「・・・ふぅー」だのため息はつくのだが
いつもならあれこれ一生懸命話しかけてくれるはずの馬超は
今はなぜか一度も振り返ろうともしない。
緋竜はゆられながら馬超の背後で何度も首をかしげるが
以前誰かから「馬超が静かな時はそっとしておくのが一番」と言われたのを思い出し
結局背後で不思議そうな気配を作る事しかしなかった。
「あぁ、やっと帰ってきたね!」
それからしばらくして行きに聞いた威勢のいい声が二人を出迎える。
緋竜が身体をずらして前をのぞくと、祝融ともう一人
やたら体積の大きな人・・・・・・らしき人がいるのが見えた。
遠目で見ても体積は祝融の2倍近くあり
そのあまりの大きさに緋竜は驚いて身を縮めるがそれに気付かず会話は進む。
「で?守備はどうだったんだい?ちょっとは進展したのかい?」
「っ・・・進展も何も!・・・いや・・・別に・・・ないと言おうか・・・いや!別に何でもない!!」
「ほら見なアンタ。やっこさんちゃーんとホレてるじゃないか」
「・・・そ、そっか。・・・うん。じゃあいいんだがよ」
「何の話をしているのですかそこのご夫婦!!」
大声にびっくりしつつ、緋竜は聞いた事のない
随分ガラついた声が混じっているのに気付き再び顔をのぞかせると・・・。
そこにいたのは、それはそれはなんだか釣り合いのない二人組がいた。
一方はさっき見た祝融。
もう一方は・・・
・・・・・。
・・・・・・お肉??
「いやね。うちのダンナがアタシと男が仲良さそうにしゃべってるって手下から聞いて
浮気してんじゃないだろうかって血相変えて飛んで帰ってきたのさ。
なにしろうちのダンナ説明しても頭に血がのぼるとてんで話聞かないタチだから
7・8発ブン殴ってやったんだけど、まだ疑うみたいなんで証拠見せてやろうって
あんたらを待ってたんだよ」
「・・・・7・8発・・・って・・・」
よく見れば祝融の夫にして南蛮の大王孟獲。
照れて笑うその顔には、見事な青タンと鼻血のあとができていた。
「がははは!いや悪かったなうたぐっちまって!
お前さん俺らの軍を単騎で引っかきまわしたほど強ぇから
てっきりうちのかあちゃんがコロっといかれ・・・」
どが!!
人間離れした巨体が褐色の足に蹴り倒される。
「アンタ!あやまる順序が違うように思うんだけどね!?」
「・・い・いや!かあちゃんゴメン!うたぐって悪かった!」
「だいたいなんで証拠見るまで納得しないのさ。
アタシがそんなに信用できないほど尻の軽い女だと思ってんのかい!?」
「ちっ!違うって!かあちゃんてその・・・美人だから
男一人や二人たらし込んでもおかしくないと思っ・・・」
「そうゆうのを信用してないってんだよ!こんのバカ亭主!!」
「ぎょわああぁーー!!?!」
夫婦漫才、正しくは痴話喧嘩勃発。
馬超は一瞬止めに入ろうかととも思ったが
南蛮兵数名から聞いた話では、こんな騒ぎは日常茶飯事だと言う事なので
ヘタに手を出さず被害の及ばない象の上で傍観を決め込む事にした。
緋竜はというと大きなお肉・・もとい大王を追いまわす祝融をとても珍しそうに見ている。
それに気付いた馬超が少し疲れたように説明した。
「あのお二人は夫婦・・・つまり諸葛亮殿と月英殿と同じ関係なんだ」
緋竜、ちょっとびっくりしたような顔をする。
緋竜が今まで見た事のある夫婦というのは蜀の軍師夫妻に
呉の軍師夫妻や若大将夫妻などがあるものの
あぁも力の差がハッキリしたカカア天下は見た事がないからだ。
「あちらの大きな方は孟獲殿と言って、この南蛮の人達の王様
つまり一番えらい人。祝融殿はその孟獲殿のご夫人になるんだ」
「・・・・」
「そうは見えないか?」
「・・・(うなづく)」
「だろうな。俺も最初は正直信じられなかった。
しかし黄忠殿に言わせれば、あれはあれで仲が良い証拠なんだと」
「・・・・」
つまり、顔を合わせればいつもケンカばかりするけど
戦場では息の合う馬超と張飛みたいなものなんだろう。
と当人達が聞いたら大激怒しそうなことを緋竜は思った。
「・・・ったく、悪いねぇ、みっともないとこ見せちまって。
アタシもダンナも環境が変わって、ちょっと浮き足立ってるとこがあってねぇ」
などと言いながら戻ってきた祝融の背後から
怖い顔をさらに変形させ、どこかの恐怖漫画のような顔になった孟獲が
のろのろついて来るものだから、緋竜はもちろん馬超も一瞬たじろいだ。
「・・・い・・いや、我らもいきなり訪ねてきた身であるゆえお気になさらず」
「だとさアンタ。もう変な疑いかけるんじゃないよ!」
「わ・・わかってるって・・」
そこでようやくもう安全だと思い、馬超は象を降りる。
続いて緋竜を下ろそうと手を差し出すが、やっぱり孟獲が怖いのか
ちょっと降りるのをためらう様子を見せた。
「ははは!大丈夫だって。噛みついたりしないから降りといでよ!」
「・・・・」
「ほらほら、なんかしようとしたらアタシがぶん殴ってやるからさ」
・・・・・・・・・この上まだ殴る気か?
馬超がこっそり見た目は怖いが女房に頭の上がらない大王に同情した。
その説得(?)が効いたのか、緋竜はようやく象の背から降り・・・
「・・わッ?!待て!足から降りなさい足から!ゆっくり少しづつ!」
しかしやっぱり降り方がわからず馬超を心配させて
受け止めてもらってから、やっと久しぶりの地面に足をつけた。
「ほらアンタ、あのじいさんの秘蔵っ子なんだから挨拶挨拶」
「・・・いやそれはかまわねぇんだが・・・なんか思いっきり引かれてねぇか?」
「男が細かい事気にすんじゃないよ!素でも大して変わらないツラしてるのにさ」
自分でやっといて凄い言い様である。
「・・・ま、いいか。ワシが南蛮大王孟獲だ。
おまえさんらの所でしばらく厄介になるがま、よろしくな」
青タンと鼻血に引っかき傷が追加された顔で
南蛮の大きな王様は、妻と同じくややそっけない挨拶をした。
緋竜は相変わらず馬超を盾にしたまま、こくりと頭を少し下げる。
「・・・ホントだな。あのじいさんの娘で錦将軍の嫁にしちゃおとなしいよなぁ」
「ちょっと待て!!誰が嫁だ!!」
「あははは!照れんじゃないよ!男ならコソコソ隠さずにハッキリしちまいな!」
「そうだよなぁ!隠したって何の得にもなりゃしねえんだからなぁ!」
「ちッ・・違う!!隠してない!!確かに嫁にはした・・・
い・いや!そうではなくてだな!だから俺は別に!」
「がははは!なんか面白そうだな!
じゃあ今から親睦を深めるついでに酒盛りといこうか!」
「待て待て待て!!どうしてそうゆう話に・・・」
「ほらお嬢ちゃんもおいで!美味しいもの出したげるよ!」
馬超の大声にびっくりし、象のそばに避難していた緋竜が
美味しいものという言葉にふらふら寄ってくる。
ちなみに緋竜の欲求には食う、寝る、遊ぶ、さわる、などがあるらしい。
「いよーーし!!てめえら宴の準備だ!!酒持って来い酒!!」
「ちょっと孟・・!」
「お嬢ちゃんは何飲む?地酒?果実酒?ひょっとしてドブロクかい?」
「祝融殿ーーー!!」
・・・・そんなこんなで
馬超と緋竜が蜀陣営に帰ってきたのは日が変わりかけた深夜。
連絡はもらったものの心配になってずっと待っていた姜維と
押しつけた手前一緒に迎えに出でていたホウ統が見たのは・・・。
両腕にいろんなお土産をぶら下げて、いつもの鎧の上から妖しげな飾りをみっちりつけられ
今から呪術を始められそうな忘年会帰りの泥酔サラリーマン(でもシラフ)のようになった馬超と
同じく南蛮の歓迎用の装飾と思われる飾りにうもれたまま
馬超におんぶされてくうくう寝ている呪い人形のような緋竜だった。
「・・・・まぁ・・・・何があったのかは・・・なんとなく想像つくよ。ご苦労さん」
さすがに少々気の毒そうにホウ統が口を開く。
「こちらも人をやろうかと思ったのですが・・・
何分あの集団に分け入る度胸のある方がいらっしゃらなかったので・・・」
「・・・・いい、姜維。何も言うな」
馬超は心底疲れたように言いながら、緋竜が落ちないように注意しつつ
お土産の黄色い果物の束や妖しげな飾りをどざどざ地面に下ろした。
「しっかし、こりゃまぁ派手に気に入られちまったもんだねぇ」
「ですがその様子だと緋竜は南蛮の方々と仲良くできたようですね」
「・・・・それなりにな」
仲良くなり過ぎて緋竜に色々な悪影響があり
防衛に必死になって半ギレになりかけた事を馬超は黙っておいた。
「・・・ところでこの臭い・・・一体なんですか?」
姜維が鼻を押さえたのは二人から放たれる
花ような馬とも煙とも言えない妙な臭い。
「・・・あぁ、あちらの酒と香と・・・象の臭いだな。明日には取れるとは思うが・・・」
「流してきた方が良いですね。取れなかった場合馬舎に入れませんよ?」
「・・・・そうする」
のろのろと背中の緋竜を姜維に引渡し
馬超は花冠も腰ミノもそのままに夜道をぐったりしたように去って行く。
「・・・ホウ統殿、いくら面倒だからと言って
馬超殿一人に押し付けたのは酷いのではありませんか?」
「ん〜〜まぁ若いから明日になったら元気になるさ。
それとも何かい?お前さん、あの集団の中に緋竜を連れて歩ける自信あるのかい?」
「・・・・・」
姜維、疲れたのか完全に熟睡する緋竜を背中におぶったまま
無言で首を横にふった。
その日以後、緋竜は南蛮の人達とそれなりに仲良くなった。
祝融や孟獲、それと特に象たちには気に入られたらしく
緋竜の遊び相手はしばらく南から来た特殊な人達になった。
しかし文化の違いで緋竜に悪影響が出る心配があるとの馬超の報告で
緋竜が南蛮の人々と遊ぶときには、必ず一人は監視をつける決まりができ
結局人員面でも効率の面でも、子育ての手間はあまり変わらなかったとか。
長いことかかって書いた南蛮もの。
誰もこの人達ネタにしないんでやってみましたが
やっぱり下書きしないとさっぱり筆が進みません。
反省。