私があの子と最初に会った時の事ですか?

えぇ、あれはいきなりの話だったのですが今でも鮮明に覚えていますよ。
あれは確か殿と丞相が2・3日の用事からお帰りになった時
出迎えた私に殿がこう言われたのが最初でした。

「姜維、すまないがこの子に服を見たててあげてくれないか?」

殿がそう言って自分の後ろからそっと押し出したのが彼女でした。

歳はおそらく十六、七でしょうか。
その時は男の子か女の子かの区別もつかないほどひどく汚れていて
殿の服をつかんだまま不安そうにこちらを見ていたのを今でも覚えています。

様子からして拾い子なのかと思いきや私はその時あることに気がつきました。

その時は日も落ちた時間帯だというのに
その子の目が映していたのは夕日のような緋色だったのです。
光の反射でも見間違いでもなく、不思議な事にそんな色をしていたのです。

その子は私がそれを気にしている事に気づいたのか
さっと殿の後ろに隠れてしまいました。

「あぁ・・・ほら、大丈夫だ。悪い人じゃない」

そう言われてもなかなか殿の後ろから出てこようとしないその子に
私は少し考えて、なるべく驚かさないようにそっと近づく事にしました。

「・・・こんにちは」

私のかけた言葉にその子は一瞬はっとしたような動きをとり
ようやく自分からそろそろと姿を見せてくれました。

よく見ると体格からして女の子のようですが・・・。

「殿、この子は一体・・・」
「・・帰り道に通りがかった古寺で見つけてな。ほっておけずに連れてきてしまった」
「行き倒れ・・・ですか?」

不思議に思う私に答えてくださったのは丞相でした。

「・・・いいえ、怪我もなく空腹だったわけでもありません。
 ただたった1人、大木の根元で丸くなって眠っていたのですよ」
「1人で・・?他に人はいなかったのですか?」
「・・そうだ、1人だったんだ。
 だからほっておくにはあまりにも忍びなくてつい・・な・・」

そうご謙遜なさらずともよいのに殿はとてもバツが悪そうでした。

確かにほっておけないからといって貧しい民をすべて受け入れていては
この乱世でとても収容しきれるものではありません。

しかし殿の性格上、こんな子を1人で置いていくなど出来るほうがおかしいですしね。

「・・しかし丞相、反対なさらなかったのですか?」
「私も当初反対しようとは思ったのですが・・少し気になる事がありましてね」

そう言って丞相は口元を白扇でおおわれます。
その行動は私にも教えていただけないお考えのある時のしぐさなのですが
何か迷いを感じるのは私の気のせいでしょうか?

そう思いながらもう一度緋色の目の少女に視線を戻すと、こちらの隙をうかがいながら
再びそろそろと殿の後ろへ逃げ込もうとしています。

・・まるで生まれて間もない子馬のようですね。

と、いうことは・・と思い、今度は口笛をふいて呼びかけてみると意外に良い反応が。
興味をもったのか私の目をじっと見ながら少しづつ近づき
そっと差し出した私の手におそるおそるですが触れてくれ
その手を驚かさないように慎重に握ったところで
殿のほっとしたようなため息が聞こえてきました。

「私は姜維伯約。そこにおられる殿と丞相にお使えする者の1人です。
 あなたのお名前は?」

とりあえず簡単な自己紹介をして名前を聞いてみたのですが
その子は私の手を握ったまま小首をかしげ、私の目を見たまま困ったような顔をします。

・・・いや、その・・私にそんな顔をされても私の方も困るのですが・・・。

などと双方でかたまっていた所
丞相がしばらくして助け舟を出してくださいました。

「その子、どうやら口がきけないようなのです。道中いろいろたずねてはみたのですが
 親がいるかどうかは元より、名前すら聞き出せない有様でして・・・」
「名前も・・ですか?」
「よほど恐ろしい目にあったのか、それとも元々言葉を知らずにいるのか
 どちらにしろ不憫な事にかわりないのですが・・・」

私は会話の内容が理解できているのかいないのか
きょろきょろと私と丞相の顔を交互に見まわす少女を見ました。
親がないというのはこの戦乱でめずらしくない事ですが、名前すらないというのは
この子には本当に何もないということになってしまいます。

「・・・・?」

名もない少女は私の心情を察したのか、少し心配そうに私を見上げてきました。

・・・いえ、何もないと結論付けるのは早いかもしれません。
この子は殿に拾われた時点で1人ではないのですから。

「殿、この子を拾った古寺の名はわかりますか?」

「いや・・かなり前に放置されたらしくわからないが
 竜かなにかをまつっていたのか、かろうじてそんな壁画が残っていたくらいだな」
「・・・そうですか」

私は少し考えてある提案をすることにしました。

「殿、丞相。この子の名、私が名づけてよろしいでしょうか?」
「なに?」
「姜維・・」
「人は名があって1人の個人として成立するものですし
 何より個人として認識してあげるのは、人として大切な事ではないでしょうか」

殿と丞相は顔を見合わせた後、しっかりとうなずいてくださいました。

「・・・そうだな。確かにまずできる事といえばそれくらいだろう」
「私も同意見です。姜維、あなたに一任しましょう」
「はい。ありがとうございます」
「それで姜維、どう名づけるのだ?」

それはもう先程この子を拾った場所を聞いた時から決まっています。

「緋色の目をしていますし、竜神のそばで拾われたのでしたら緋竜と」
「・・ほう、緋色の竜、か」
「名は体を表す、悪くありませんね」

殿と丞相の了解をえたところで私は少し身をかがめ
たった今緋竜と名づけた少女に目線をあわせ、言い聞かせるようにこう言いました。

「いいですか?あなたの名は今より緋竜です。
 私達はあなたを呼ぶ際に緋竜と呼びますよ、わかりましたか?」

緋竜は私の目を見たまましばらく首をかしげていましたが
理解しているのかどうか心配になったころ
ふいに今まで開かなかった口を初めて開いたのです。

「・・・ひ・・りう・・?」

それは小さいながらもはっきりとした、なんとも形容しがたい声で
殿が少し驚いて何か言おうとした所を丞相がそっと止め、私はさらに続けました。

「そう、あなたの名です。よく覚えておきなさい」

緋竜はしばらく無言で私を見ていましたが、やがて理解したのか
やっと少し笑顔を見せてくれたのです。

「・・・ひりゅう」
「そう、緋色の目に竜神の竜です」

そう説明してあげると、何を思ったのか緋竜
私の服のはじをきゅっと掴んできました。

「・・おや、今度は姜維がつかまってしまいましたか」
「・・・え?」
「なるほどな。名付け親だと認識したんだろう。
 おそらく私よりも優先順位が上になったんじゃないか姜維」

・・・・そ・・それは喜んでよいのでしょうか?

ためしに横へ1歩移動すると、そのまま緋竜もついてきます。

「なつかれましたね」
「父親だな」

・・・・お二方、ひょっとして面白がっておられませんか?

しかし殿も丞相もお忙しい身なのだから、おそらくこの方がよいのでしょう。
・・・多分。

それから私は殿から緋竜をお預かりし、とにかくその汚れた容姿をどうにかすべく
奮闘する事となったわけです。


なぜ奮闘かといいますと・・・それは・・その・・
さすがに私が婦女子の身をきれいにするわけにもいきませんし
城内で身の回りの世話をなさっている侍女の方にお願いしようとしたのですが・・・
緋竜がなかなか私から離れてくれないのです。

侍女をはさんで身振り手振りで懸命に説得し、なんとか風呂場へ行ってくれた時には
さすがに私も疲れてしまいました。

・・・いやはや、子を持つ親の気持ちが少しわかったような気がします。

そう思いながらずるずると自室に戻り、停滞していた仕事を消化して
ころあいをみはからい様子を見に行こうと廊下を歩いてると
ふと向こうから見知らぬ女の子が小走りにやって来るではありませんか。

どういったわけか侍女たちがその後ろから追ってくるので、何事かと思い足を止めると
その子はものも言わず私の腕にしがみついてきました。

「わっ!?とと・・?」

びっくりして見るとそれはまぎれもなく緋竜なのです。
髪が肩まで切りそろえられて簡素な女物の服を着ていたので気づきませんでしたが
緋色の目だけがそのままだったので気づく事ができたのですが・・・。

しかし先程までとうってかわって印象がちがいますが
これは・・・俗に言う女は化けるというものなのでしょうか。

おそらく途中で逃げ出されでもしたのでしょう。追ってきた侍女たちを下がらせると
腕にしがみついていた緋竜が幾分ホッとしたようにため息をつきました。

「きれいにしてもらいましたね、見違えましたよ」
「・・・・・」
「お腹はすいて・・・ませんでしたね」
「・・・・・」

こくこくと相づちを打つ様は子供のようで愛らしいのですが
見た目が十六、七だというのにこの反応の仕方はなぜなのでしょう。

そういえば丞相がよほど怖い目にあったのか、と言っておられましたが・・・。


「おう、なんじゃ姜維!!おなご連れとはお若いのう!!」


思案していた矢先に突然飛んできた大声。
私も緋竜も一瞬飛び上がってしまいましたが
そんな事はおかまいなしに声の主はドカドカと足音高らかに私達の方へやって来ます。

その大声の発生源はちょうど今しがた物見から帰ってこられたと思われる
五虎将最年長の黄忠将軍でした。

将軍は私の後ろに隠れてしまった緋竜を見て、なんとも形容しがたい妙な笑顔を作り
思わず後ずさりする私の肩を力いっぱいはたいてきました。

がっはっは!いーやはや!書物ばかり相手にしておるから
 その手の事には興味ないかと思うとったが
 なんじゃかわいい子を連れておるではないか!」
「な・・!ちょっと待ってください黄将軍!?」
なーにを!照れるでないわこの青二才!なかなかの似合いではないか!」

・・・い、痛いです。そんなにはたかないで下さい。緋竜もおびえていますし・・・。

とにかく何とか今までのいきさつと事情を説明する事しばし。

事のしだいを理解した将軍は口には出さなかったものの
露骨に「なんじゃつまらん」という顔をしておいででしたが
私の後ろに不安そうに隠れていた緋竜に気づき、実に温和な口調でこう言われました。

「よしよし、こわがらんでよい。わしゃここの古株で黄忠というじじいじゃ。
 なにも取って食ったりせんからこっちにおいで」

まるでお孫さんに話しかけるような物腰で手招きをする将軍を見て
私は何か貴重なものを見たような気分になりました。

なにしろ普段の黄忠将軍といえば、私のような若い者を大声でしかりとばし
張飛将軍とも時折ケンカをなさるような猛将なのですから。

・・・あ、服を掴んでいた感触がはなれましたが・・。

見ると私の背中でしっかり服を掴んでいた緋竜が実にじりじりと私の横を通りすぎ
黄将軍の前まで移動したのです。ただ少し足が少し震えているようでしたが
これはちょっとした進歩でした。

そんな緋竜の頭を将軍は少し乱暴になで、しばらく緋竜の顔をしげしげと見ていたのですが
何を思ったのか少し笑って私の方に向きなおり、意外な事を言い出したのです。

「姜維、この娘身寄りがないのならわしの養女にしてもかまわんか?」
え?!

な、なにをそんな藪から棒に!?

しかも緋竜とは今あったばかりでなんの言葉もかわさず・・・!?

あれこれと混乱する私に将軍はなにやらうれしそうに
緋竜の頭をなでながらこうもおっしゃいます。

「・・よい目をしておる子ではないか。瞳の色は少々変わっておるが
 純粋で見たままをそのまま写す子供の目をしておる。
 こんな目をした子供に身寄りがないと言うのもあまりにも酷な話ではないか?」
「・・・それは・・・」
「なぁに、わしがいいと言っとるんじゃ。かまわんじゃろう。
な!

それは・・まぁ・・殿も丞相もおそらく反対なさらないとは思いますが・・・。
しかしよいのでしょうか?そんな一目であっさり決めてしまって・・・。

私があれこれ心配していると、今までおびえていた緋竜の表情が
頭をなでてもらっているうちにふわりと自然に微笑みに変わったのです。

これが決定打でした。

なにしろ緋竜本人の意志なのですから、私がどうと言えるものではありません。
結局その後、殿に事情を説明してのち緋竜は黄忠将軍の娘
という事にあいなったわけなのですが・・・・。

年齢的にはお孫さんだと言う周囲の言葉に聞く耳もたない黄将軍
何かにつけて
「娘じゃ!!」と強調してまわりを困らせています。

一方緋竜はというと、将軍の影響を受けてか以前より人見知りをしなくなりました。
それはそれで喜ばしいことなのですが・・・しかしいまだに私を見つけると
とたとたと寄ってきて服を掴むのには困ってしまいます。

しかも邪魔にならないよう実にさりげなく寄ってくるものですから
私も追い払おうにも追い払えず心の中で赤くなっている次第でして・・・。

さらに困った事に先日、殿のある一言によって私の立場というものが
・・・その・・・なんとも複雑な形で決定してしまったのです。

その一言というのが・・・・


「そうだ、黄忠が父上と言うのなら、さしずめ姜維は母上だな」
「とっ・・殿!!?
「そうですね、事実上緋竜という子を生み出したのは名づけ親の姜維なのですし」
丞相までーー!?
「よかったな緋竜、お前には両親がちゃんといるのだぞ。元気で強い父上と賢い母上。
 これ以上の肉親もそうはいまいな」

「・・・?・・はは・・うえ?」

・・・・結局、うれしそうな殿の態度に否定する勇気がわかず
緋竜は以後私を母上と呼んでいます。


嫌ではないのですが少々困りものです。
なにしろ後に緋竜は三国の将らをまきこむ台風の目となる存在になるのですから。
しかしそんな事が精神的に幼い緋竜にわかるはずもなく、相変わらず隙を見ては
私の後をついてまわり、なかなか離れてはくれません。

けれど私は苦笑しながらもそんな平和な日常を
少々複雑な気持ちを抱きながらも幸せに感じるのです。


・・・こういった感情は一体どう呼ぶのでしょうね、丞相。







何を思って書き出したのか覚えてませんが
いつのまにか色々書けてる所を見ると
電波のおかげだったのかもしれません。

・・・モノホンがどんなのかは知りませんが。


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