気がつくとそこは本来行くべきターミナル部屋ではなく
どこか別の全く見覚えのない大きな建物の内部だった。

そこは中世の古い城のような石造りの壁をしていて
地面も天井もくまなく同じ素材でできており
そのくせ人が使うためにいるはずの扉や窓がやたらと少なく
イスやテーブルと言った家具のたぐいが見当たらない。

牢屋でももう少し物がありそうなものなのだが
とにかくそんな大きくて広くて殺風景な場所に
ジュンヤはいつの間にかたった1人、ぽつーんと突っ立っていた。

「・・・え〜と・・・」

ほんの少しの望みをかけてストックをのぞいても
いればすぐ分かるその姿だけが見当たらない。

ジュンヤはその場で頭を抱え
ため息を昔使ってたアイスブレスのように膨大に吐き出した。




いい加減にしろと思いつつも、とにかく本人を探さないことには説教もできないので
ジュンヤはとにかく落ち込むより先にダンテを探す事に専念した。

何せただでさえこんな風にトラブルを呼び込む男なのだから
放置してまた変な事態を招いてはたまらない。

それにしても事故っておいて勝手にいなくなるなんて無責任もいいところだ。
いやその前に前から思ってたんだけど
ダンテさん大人のくせにいい加減すぎないか?
そもそも自分で自分のこと大人なんていう人ってホントに大人か?
トールおちょくってよくケンカするし、敵の名前もスキルの名前も覚えないし
仲魔の名前くらいは覚えてるみたいだけどわざわざ変なあだ名作ってそっちで呼ぶし。
あとよく考えたら1マッカで契約したって言っても
それ言い換えると俺の命1マッカで買われたんじゃないか?
それに有り金半分って言ってもあれって俺の持ち金知ってて言ってたのか?
俺の所持金65マッカとかだったらどうする気だったんだよ。

などと今さらながらの事をぶつくさ大量に色々考えつつ
部屋にあった光が漏れている唯一の出口からジュンヤは外へと出た。

しかしそこから一歩外へ出た途端、今まで考えていた愚痴のような事も
これからどうやってダンテを探そうかと思っていたことも
ほぼ全部が白紙になってしまった。

そこに広がっていたのは質素だが綺麗な緑のある明るい中庭のような場所だ。
ただの中庭と言うだけなら衛生病院にもあったので驚きはしなかったろう。

ただそこにあったのは幻想的な光と霧のコントラストだ。

カグツチとは違う暖かみのある太陽が、薄く霧のかかった景色にかかり
朝靄のような光と水が混ざり合ったような色彩を持っていて
そこはただ草と木が生えているだけという質素な庭だというのに
まるで夢の中にいるかのような錯覚を起こさせるのだ。

ジュンヤはしばらくその景色を呆然としたようにながめていたが
少し恐る恐るながらその緑の広場に足を踏み入れ
ざっと周囲に目を走らせてみる。

そこは最初に見た部屋から想像しての通り
中世にありそうな大きな城の中のようだった。

その石造りの大きな建造物は人が住むと言うよりも
その姿で威厳と権力を示す作りになっているのか
どこか人の進入が容易にできないような構造になっていて
上を見ると青い空があり、ここがボルテクスでもないことが見て取れた。

ボルテクスではないとすれば・・その外かとも思えられるが
とは言えこんな幻想的な景色が日本内にあるとも考えにくい。

ならばあの暴走ターミナルは自分を海の向こうまで弾き飛ばしたのだろうか。

そんな事を考えながらその庭のような場所を横切り
柵で仕切られている場所をのぞいてみると
そこから向こうはすっぱり地面が途切れていて、下は見えないほどの凄い高さ
向こうに見えるのは人の手の入っていない広大な森や海や断崖絶壁だ。

ここがどこかは分からないが、ここが海沿いか孤島にあるという事だけは確かなようだ。

ジュンヤはその海と断崖をしばらく凝視した後
振り返って古風な城を見上げた。

出来ればここは島であってほしい。
そしてこの城が遺跡か何かで無人であってほしい。

その方があの魔人が他に妙な迷惑をふりまかずにすむ。

ここはどこなのかとか何がいるのか元の場所に帰れるのかという問題はさておき
ジュンヤの観点はそんなところに重点がおかれていた。




それからしばらく、久しぶりになる青い空の下をジュンヤは1人で歩いた。

しかしただ歩いたと言うわけではなく、何かの城であるその場所を
ハシゴを登ったり階段を下ったり細い城壁を移動したりと
優雅に見える外見とは裏腹にその道は意外とけわしい。

そうして歩き回って気がついたのだが
ここは人が住む予定が元からなかった場所なのか
生きている人どころか人がいたという痕跡すらない
どこか生活感に欠ける不思議な城であることが分かった。

昔の城や遺跡であるなら、かつてここに人がいたという何かの証
古い壺や割れた皿やイスやテーブル、生活用品
とにかく人がそこにいて生活していた何かの跡がありそうなものなのだが
とにかくここは人1人がやっと通れそうなハシゴや扉、足場などはあっても
あまり人がいたという気配も痕跡も見当たらない。

そのくせに城の構造だけはやたらと広く大きく
加えて人があまり移動しやすいようにできていない構造で
なんだかアスレチックジムか大きな迷路の中に迷い込んでしまったかのような気分になる。

「・・せー・・のっと!」

あまり期待できそうにないが、誰かいないかという期待を込めた捜索の最中
ジュンヤは途中で切れていた崖で助走をつけてジャンプし、向こう側に飛びうつる。

そこから下は霞がかかるほどかなり高い崖になっていたが
これより何倍も高い場所を経験しているジュンヤはあまり気にしなかった。

『主、やはり誰か外に出すべきではないのか?』

周囲に悪魔がいないからとはいえ、1人であちこち歩き回るジュンヤに
ミカエルがストックから声をかけてくるが・・

「いいって。今のところは別に危ないこともなさそうだし
 たまには初心に返るのも悪くないさ」

そう言ってジュンヤはやっぱり1人で段差を登ったり
時には壊れそうなほど貧弱なハシゴを使ったりしてアスレチックな移動を続ける。

そう、悪魔になった最初のころは仲魔という存在すら知らず
たった1人で誰もいなくなった病院内を歩いていたのだから
たまには1人になってあのころに帰って見るのも
仲魔の大事さを実感するためにも悪いことではないだろう。

『だが主、ここがどこで何であるか分からん以上、油断は禁物だ』
「わかってる。危なくなったら素直に呼ぶよ」
『ならばいいが・・』

とは言っても今ジュンヤはかなり頑丈な身であるので
魔人クラスの強い悪魔に奇襲をうけるか
相当の高さから変な落ち方をしない限りは大したこともないので
ジュンヤはしばらく1人歩きを続けるつもりでいた。

そう言えばこうして敵の気配を気にせず1人で歩くというのも
随分と久しぶりになるかもしれない。

などと思いながら人1人がなんとか上がれる細く長いハシゴを上がり
城壁の上になるような所を1人で歩いていたジュンヤは
明るい城の景色の中にふと何か動いている物を発見した。

ここから柵の向こう側、渡り廊下のような場所
そこで何かが連れ添うように歩いている。

それは遠目だったが悪魔ではない。
それは遠くからでもよく分かる人間の形をしている2人組の姿だ。

一方は10代前半くらいの少し背の低い少年のように見え
一方はそれより少し年上の少女のように見える。

ここからではハッキリした事は確認できないものの
ここへ来て初めての生き物にジュンヤは思わず柵にしがみつき声を出しそうになった。

だが相手は子供のようだし自分はこんな身体で
声をかけた途端逃げられてしまう可能性も十分あるので
少し接近してからそっと声をかける事にした。

だがここからでは向こうへは行けない。
素早く周囲を見回して下へ降りれそうな場所を探し
走ってさっきの人がいた場所へ急ぐ。

しばらく階段を上がったり下がったりしつつ走っていると
ようやく目の前にさっきの人影達が見えてきた。

それはさっき遠くから見た通り、2人組の子供達だった。

1人は民族衣装のような赤い服に白いズボンをはいた
少し身なりの粗末などこにでもいそうな普通の少年。
1人はその少年より少し背の高い少女だった。

少女の方はまるで霧か幻でできているかのように色が白く
着ている服も白くてまるで光でできているかのような不思議な少女だ。

そして少年の方は簡素な服とズボンに
両脇にツノのある変なヘルメットをしていて
手にはなぜか角材を持ち、反対の手で少女の手を引いて歩いている。

ジュンヤは声をかけようかどうかちょっと迷った。

見た感じその2人組はここの住人と言うよりは
ここにただ迷い込んだか遊びに来ただけというような様子もあり
何より自分はこんな身なりだからいきなり声をかけたら怖がられると思ったからだ。

けれどここがどんな場所でどこであるかを聞けるのは
今の所あの2人しか見当たらない。

「・・・あの〜!」

ジュンヤはなるべく驚かさないようにその変わった2人に声をかけてみた。

だがその努力はやっぱりというか何というか
2人がこっちを振り返ったと同時に無駄に終わった。

何しろ比較的明るい城の中で
こんな黒い模様が全身にある人間にいきなり声をかけられたら
誰だって普通びっくりするだろう。

普通に歩いていた2人はかなり驚いた様子をみせたかと思うと
いきなり少年の方が少女の手をかなり強引に引き
後ろも振り返らず走って逃げ出した。

「あぁ!?やっぱり!」

なんとなく予想はしていたが、やっぱり声をかけて逃げられると悲しい。

そう言えばこの状況って初めてマネカタを見かけたときに似てるなと思いつつ
ジュンヤは慌てて、けれどその2人の後をなるべく怖くないように配慮しつつ追いかけた。



しかし逃げ出したと言っても相手は非力な少女を連れていて
あまり速く走れないため追跡はあっさりとしたものだ。

大きなホールのような場所、そこには上の階に行くためのハシゴはあるのだが
さすがに少女を連れて登る事ができないのか
手を引いて走っていた少年は慌てて立ち止まり
他に逃げれそうな場所がないかきょろきょろと見回して
そして諦めたのか、来るなら来いとばかりに角材を剣代わりに
少女を守るようにしてジュンヤの前に立ちふさがった。

どうやらあの角材は武器として持っていたらしい。
ならあのヘルメットもそれ用にかぶっているのかと・・・

「・・・・え?」

しかし立ち止まって少年をよく見たジュンヤは
それが見間違いであったのに気がつき
かけようとしていた言葉を失ってしまった。

それはツノの生えたヘルメットではない。

少年が頭にしていたのは粗末な包帯。
そして包帯が巻かれた頭からは両脇に向かって白いツノが二本
包帯の隙間から見える頭から直接生えている。

つまりその少年、ジュンヤと少し形や色や場所は違っても
ツノが生えているの少年なのだ。

「・・・・」
「・・・・」

ジュンヤと少年の間で変な睨み合いが続く。

ツノがあるので悪魔かと思っても、その少年はツノがある以外おかしな所は何もないし
あんな角材一本だけでこっちを威嚇する悪魔というのも変な話だ。

それに少年は構えはしても、こちらに向かって来ようとはしない。
それはおそらく背後にいる少女を守ろうとしてそこから動けないためだろう。

ジュンヤは少し考えて両手をあげ、降参のポーズをしてみた
が・・・

「・・!」

しかしその時、ツノの少年の連れていた少女が小さく悲鳴をあげた。

え?今のだけでもびっくりされるのかと思ったが
角材を構えていた少年の目がジュンヤから離れ
違う場所を睨んだためにそうではないのだと少ししてわかる。

少年の見る先に視線をやると、そこには変な物が出来ていた。

それは地面に出来た黒い穴だ。
しかしそれは地面に開いた穴のように見えたが
真っ黒な穴かと思われたそれは、ゆらゆらと水が揺れるように動いたかと思うと
中から真っ黒な何かを数体、音もなく生み出す。

そこから出てきたのは日でできる影よりもさらに黒い不思議な影で出来た
大きなゴリラのような猿のような人のような・・
とにかくよく分からない、影でできた真っ黒な生き物だった。

ゴリラのような人型のもの、コウモリの羽をつけた鳥のようなもの
それらは形や大きさが少しづつ違っていても
全てのものに共通し、顔と思われる部分にくっきりと光る白い目をともらせている。

それは悪魔なのだろうか、とにかく目以外どこもかしこも真っ黒で
黒い身体が動くと白い目だけが残像を残すかのようにゆらゆら不気味に揺れた。

その不気味な生き物たちはそれぞれ穴から這い出し
それぞれバラバラにこちらに向かって飛んだり歩いたりして接近して来る。

ジュンヤはさっと身構えた。
しかしその影のような生き物たち、近くにいたジュンヤにはほとんど目もくれず
少年と少女の方にしか向かっていかない。

「このこの!あっちいけ!」

ジュンヤとしては拍子抜けしたが
ツノ少年の方はというと、何度かこんな経験があるのか
持っていた角材を振り回しその影を追い払おうと必死になっている。

その影のような生き物は一見実体がないように見えても
一応物理的な攻撃は効くらしく、殴られたり叩かれたりすると倒れたりちぎれたり
数度叩かれると風に乗って煙のように消えたりするものもいる。

だがその攻撃をかいくぐった影のうち一体が
少年の後にいた少女を捕らえて肩に担ぎ、元いた黒い穴へと走り出した。

「あ・・!」
「こらー!!」

少女を担いだその影は、どうやら少女ごと自分が出てきた穴に戻るつもりらしい。
ツノの少年がその後を追いかけるが、残っていた影がその進路で邪魔をしようとする。

完全に多勢に無勢だ。

そう判断したジュンヤの身体は理屈抜きで行動していた。

「こん・・のっ!」

ばす

走っていた少年に向かって黒い腕を振り上げようとしていた大きめの影に
ジュンヤの助走つきの跳び蹴りが当たる。

蹴った感触はかなり変な感じだったがこの際気にしている場合ではない。

さらに横で少年の後を追いかけようとしていた大きな影に拳を打ち込み
それを踏み台に上を通り過ぎようとしていた羽つきの影の足を掴み
びたんと横にあった壁に叩きつける。

ふと見ると、敵かと思っていたら敵を倒し始めたのに驚いたのか
びっくりしたようにこちらを見ていた少年と目が合う。

だがジュンヤ、今度は非常事態であるので遠慮なく声を飛ばした。

行け!早く!!

ツノの少年はそれにハッとしてから慌てて走り
今まさに少女ごと穴に入ろうとしていた影に追いつき
角材を振り回して影を倒して少女を助けると
その手を取ってさらに集まってくる影から逃げるように走り出した。

ジュンヤはそれを見届けてから残っていた影達に向き直り
全て素手だけの攻撃をして片付けていった。

仲魔を呼ぶか魔法で一気にカタをつけてもよかったのだが
あまり人間離れなことをしてあの子供達に妙な誤解を招かれるのはよくないと思ったからだ。

そして少女を守りつつ戦っている少年とジュンヤのおかげで
黒い穴からいくらでも出てくるかと思っていた影は、少年が倒したのを最後に出てこなくなり
影を生み出していた穴も煙のように風に流れてすっと消えていった。

ツノの少年はそこでようやくホッとした様子を見せ
その消えた影の穴ととジュンヤを交互に見て
さらにジュンヤをじーーと穴が開くほど凝視して・・

「・・・兄ちゃん・・・だれ?」

どこから来た何者なのか
そしてなんで助けてくれたのかといういろんな疑問を凝縮した一言を
少女の手を握ったままぽつりと言った。

ジュンヤはさっき言いそびれた事を思い出しつつ苦笑し
頭をかきながらこう言った。

「・・えーと・・俺、自分でも説得力ないって分かるほど怪しいヤツだけど・・
 別に襲いかかったりしないし怖い怪物でもないから」
「??」

ツノの少年は怪訝そうにするものの
こちらの言葉をまったく信じていないというわけではないようだ。

全身模様の変な身体をしているが、さっき助けてくれたし襲いかかってこないし
何よりちゃんと言葉を話して会話もする者が怪物とも考えにくい。

「俺はジュンヤって言って
 信じてもらえないかもしれないけどついさっきここへ来た
 ちょっと変わってるけど・・迷子なんだ。
 君たちはここに住んでる人・・・なのかな?」

あまりそうは見えないが一応そう聞いてみると
案の定ツノのはえた少年は首を横に振った。

「・・違うよ。僕はここへ連れてこられただけ。
 この子は元からここにいたらしいんだけど・・・よく分からない。
 捕まってるみたいだったから出してあげたんだ」
「捕まってた?」

そう言えばさっきの影は少女をどこかへ連れて行こうとしていたようにも見える。
だとするとこの城の住人はあの影であって・・この子達ではないのだろうか。

「・・えーと、君、名前は?」
「イコ」
「そっちの子は?」
「ヨルダだって」

話をしている内に警戒が解けてきたのか
イコと言った少年は簡単な問いかけに素直に答えてくれた。
少女の方は一言も口をきかないが、さっきよりはある程度怯えの色が消えている。

「君たちはここで何を?」
「外に出ようとしてるんだ。でもここ色々複雑でなかなか出られないんだ。
 それに時々さっきみたいな変なのに追い回されるし・・
 兄ちゃんの方はここで何してるの?」
「俺?俺は・・・簡単に言うとさっきも言った迷子だよ。
 それともう1人いたんだけど・・その人ともはぐれて今探してたところなんだ」
「ふーん」

イコがヨルダの手を離してジュンヤの周りを観察する
・・と言うより好奇心の目で見るかのようにぐるぐる回る。

「どうしてそんな模様書いてるの?」
「・・いやこれは・・・最近できたアザみたいなものなんだ」
「病気?」
「違うよ。え〜と・・動物の毛並みみたいなもの・・かな」
「へぇ・・・あ、変なところにだけどツノもある。
 兄ちゃんも別の村の生け贄なの?」
「え?」

何気なく言われた物騒な言葉にジュンヤは動きを止めた。

「あの・・生け贄って?」
「村のしきたりなんだ。僕みたいにツノの生えたこどもは
 海の上に立つ誰もいないお城に生け贄で連れてこられるんだ。
 ほら、僕にもツノあるだろ?だから僕はここへ生け贄に連れてこられたんだ」

そう言ってイコは自分のツノを引っ張って見せてくれた。
それは引っこ抜けたりせずちゃんと頭にくっついてくるが
話から推測するとこの少年は村での例外であって別に悪魔というわけではないらしい。

それでこんな誰もいない城でたった1人
こんな少女をどこかで拾ったような角材一本で
守ってかばって走り回っていたらしい。

「生け贄って・・何に?」
「よく分からない。僕はたまたま閉じこめられてた場所から落ちただけだし
 ヨルダも何も言ってくれないから」
「さっきの影みたいなの・・・じゃないのかな。
 どっちかっていうとイコよりそっちの子を狙ってたみたいだし」

そう言ってヨルダという少女に目をやると
その霞でできたかのように色の白い少女は不思議そうにこっちを見てきた。

どこの誰だか分からないが、こんなはかなそうな子が連れ去られそうになったら
理由はどうあれさっきみたいに助けたくもなるだろう。

「じゃあ兄ちゃんもここから出ようよ。
 よく分からないけど僕達ここから出て、あの変な影の出てこない所へ行きたいんだ」

ツノの生えた少年はそう言って手を差し出してくる。
その手はよく見るとこれまで色々やってきたのかかなり汚れていて傷だらけだったが
自分より年下だというのにその手は色々と経験をつんだためか
なぜかやけにたくましく見えた。

「・・うん確かにここは綺麗に見えるけど
 俺もあまり長居しちゃいけないような気がする」

別に景色が怖いとかいうわけではないのだが
ここにはアマラ深界のように本能的に長居してはいけないと感じてしまう部分がある。

「じゃあ行こうよ。きっとどこかに出口があるから」

イコはそう言って傷だらけの手でジュンヤを手招いた。
だがジュンヤはヨルダを見てから首を振った。

「俺は大丈夫だよ。イコはヨルダの手を引いててやるといい。
 今までもそうして来たんだろ?」
「うん。そうだけど・・でも・・兄ちゃんいいの?」
「何が?」
「だって・・・」

しかしイコはなぜか途中で言葉を切って

「・・ううん、なんでもない」

と言い、ヨルダの手を取り
こっちこっちと角材を振り回しつつ歩き出した。

何を言いかけたのかは気になるが
とにかくジュンヤはこの世界のことをよく知らないので
色々と分からないことだらけなまま、同じくあまりここの事をよく分かっていない少年と
そして同じく正体の分からない不思議な少女と一緒に
この不思議な城を脱出する事になった。





イコ達と行動を共にするようになってから分かったのだが
この城は人がいない事と一緒に人が移動できる階段などの仕掛けが
なんというか・・やけに極端だった。

簡単な鉄のハシゴはあるものの
なだらかな坂にある階段以外に階段らしい物はあまりなく
先へ進むには手がようやく届くような段差をよじ登ったり
上から垂れている鎖に捕まって登ったりしなければならず
本当にここは城なのか、実はアスレチックジムなんじゃないかと思うほどの構造だ。

イコは元気に段差をよじ登ったり崖を飛び越したりするが
ヨルダの方はそう身体能力が高くないので
イコが先に行って色々な仕掛けを解き、ヨルダの通れそうな道を作り
その道を2人一緒に進むというのがこの2人の歩き方らしい。

「なぁ、いいのか?ホントに1人で」
「いいよ平気。兄ちゃんはヨルダの近くにいてよ。
 時々さっきの影が僕のいないときにくるんだ」

そう言って鉄の箱のようなものを足場にして段差を登ったイコが
ヨルダとジュンヤを置いて元気に先へ行ってしまう。

あの様子だと今まで色々な仕掛けを解いてここまで来たのだろうから
イコの言う通りヘタに動き回るよりも待っていた方が足手まといにならないだろう。

それに確かに誰もいない時にヨルダだけであの変な影達と遭遇してしまったら
もう手の打ちようがない。

そんなわけで明るい城壁の外、海沿いにある崖で2人になってしまったジュンヤは
イコの登っていったはしごを見上げているヨルダを見た。

その見た感じは人間なのだが、ヨルダは肌も服もやたらと白くて
明るいところで見なければ幽霊か何かと見間違えそうなほど不思議な印象を受ける。

ジュンヤは肌の色はともかくそこかしこに黒い模様があり
唯一身につけている物も黒なので、一緒に立っていると互いにその印象を際立たせ
まったく正反対の生き物のようだ

「・・俺と反対だね」

そう言うとヨルダは不思議そうにこちらを見て
心配しているのだろうか、またイコの登っていったはしごの方を見上げ直した。

しかしジュンヤはそれ以上待っている間する事もないので
ヨルダの周りにあの影が出ないのを確認し、近くにあった崖からそーっと下をのぞいてみた。

・・高い。

どうやったらこんな高い崖ができるんだと言うほどその崖は高く
下はゴツゴツした岩場になっているので、落ちたらおそらくジュンヤでも助からないだろう。

ジュンヤは足をすべらさないように注意しながら
そこから見える海と周囲の様子を見てみるが
やはりどこを見回しても人が入り込んでいる気配がない。

なのにここにはこんな複雑な構造の城があり
ヨルダやイコのような人間も存在する。

本当に不思議な城だ。
そう言えばイコが生け贄がどうとか言っていた話もあるし
この誰もいないのに複雑な構造といい、ここは色々と謎が多い。

そこでジュンヤはボルテクスの事を思い出した。

考えて見ればあそこも閉鎖された空間に
ほとんど人間がいなくて、ほんの数人の人間がいて
あの影と同じく多くの悪魔達がいた。


だとすると・・・イコは俺と同じなのかもしれないな。


たった1人で未知の世界を歩き回り
微弱ながらも目に見えない何かに逆らい
何かを必死になって守ろうとしている自分と。

いや、1つ違う。

俺にはもう手を引いてあの世界から連れ出してやれる人間は・・・


「おーい!にいちゃーーん!」

元気な声に呼ばれてジュンヤは我に返った。
見るとイコがぽんぽんと段差を飛び降りつつ戻ってきていて大きく手を振っている。

「そっちの扉が開いたよ!いこう!」

ジュンヤは知らずと握りしめていた手を開き、自分の頬をぱんとはたいた。

「わかった!今行く!」

確かに自分にはもう助け出せる人間はいないが
まだあの世界から外に出る自分が残っているのだ。


ぐっと握り直した手に力を込めてジュンヤは歩き出す。


その手で掴んでやれるものはもういないが

それでも自分は前に進まなければならない。


それは全て失った時に自分で作った
自分を奮い立たせるジュンヤだけの決まり事だった。





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