「え?!ちょっと待って!これホントに飛ぶのか!?」
「大丈夫だよ。僕もヨルダもギリギリ飛べるから」
「ギリギリって・・!いやそれにしたって・・ちょっと考えろよ!
 落ちたら確実に死ぬ高さだろ!?」
「僕が先にいって落ちそうになったら引っぱり上げるから大丈夫!」

などとまったく躊躇なしに腐りかけた木でできた足場を飛び越えたイコは
行こうとばかりに対岸にいたヨルダに向かって手を差し出す。

だがそこはギリギリ飛べるとはいっても
下はシャレにならないほどの高さのある断崖で
普通こんな所行こうなどとは絶っ対思わないような凄い場所だ。

だがヨルダはちょっとためらった後
えいとばかりにそのあいた足場を飛び、向こう側にいたイコの所まで飛んだ。

「危な・・

だがギリギリと言っただけあってその足はギリギリ届かず
すとーんと下へ落ちそうになったところをイコが寸前で手を掴み
よいしょと上へ引っ張り上げる。

自分で飛ぶならまだいいかもしれないが
他人の危なっかしい飛び方を見るというのは
正直自分が飛ぶよりも遙かに心臓に悪い。

「ほら次、ジュンヤ兄ちゃん」
「・・・・・・たくましいなぁ」

ジュンヤは飛べない距離ではないが一応の助走をつけてそこを飛びこす。
とは言ってもジュンヤも普通の高校生だったころからすれば
相当たくましくなっているのだが本人に今のところ自覚はない。

しかしイコの心臓に悪い行為はこれだけに留まらなかった。

落ちたらどう見てもヤバそうな細い足場
しかも風化して壊れそうなほどにぼろい場所をぱたぱた元気に走り
ほんのちょっと壁から突き出ている場所をヤモリのように張り付いて移動し
ただぶら下がっているだけの鎖にしがみつき
ターザンの要領で下がないに等しい場所を飛んだり渡ったり。

自分でやるならまだしも他人に危ないことをされるとなると
それは時として相当な恐怖になる。

「ほらジュンヤ兄ちゃんはやくはやく」
「・・・あ・・あのさ・・元気がいいのはかまわないけど
 ・・もうちょっと穏便に移動できないかな?」
「え?だって他に行けそうな場所ないよ?」
「・・いやそれにしたって・・・無茶が過ぎないか?」
「僕ツノがあるぶんだけ普通の子より丈夫なんだ」
「丈夫で済むような場所移動してないだろ・・・」

今歩いてきた橋だって落ちたら確実に死ねそうな場所を
細いパイプを宙ぶらりんになるだけで移動し
さらに今にも崩れそうなハシゴをつたい
さらにそれからジャンプしたりして渡した吊り橋だし。

風通しの良い・・・と言うか良すぎる海沿いの高台で休憩しながら
ジュンヤはぐったりと石でできたソファにもたれ天を仰いだ。

なんでもこの石のソファ、ヨルダと一緒に座ると少し発光し
ゆっくり休めたり思い出の記録が出来るのがどうとかイコは言うが・・

それより何よりジュンヤとしてはこんな子供達が他に誰もいない城で
命がけのがけっぷちのスリリングな移動をしているのを見ていて
自分がうろつき回るよりも精神的に疲れてしまっていた。

かく思うジュンヤも今まで危ない橋を渡ってきた方だが
失敗したら即アウトという事もあまりなかったし
仲魔達がフォローしてくれていたのである程度の安心感もあった。

けれどこの子供達はたった2人。
しかも悪魔のような特殊な能力もない普通の子供達だ。
それにヨルダは時々何かありそうな場所を指さしてくれるものの
あまり動き回って行動しないため、実質1人の子供は
ただ身体が多少頑丈というだけであんな危ないことを色々やっている。

・・・そう言えば誰かが若いときの苦労は買ってでもしろって言ってたけど・・・
・・・命がけな苦労ばっかりするのも問題だろ。

「兄ちゃん大丈夫?疲れた?」

さして疲れた様子もなく周囲をウロウロしていたイコが戻ってきて
ヨルダと一緒にこっちをのぞき込んでくる。

ジュンヤは営業回りで疲れた昼下がりのサラリーマンのように
ぐったりもたれていたソファから身を起こし
なんとか大丈夫だと言おうとしたが・・

2人の背後に見えた黒いススのような影にさっと身を固くした。

「・・いや、疲れてる場合じゃなさそうだ。・・さっきのが来た」
「え?・・あ!」

イコが慌てて角材を構え、反対の手でヨルダの手を握る。

さっき見たようにその影達は黒い穴のようなものから次々と生まれ
ざっと見た目に4・5体ほどになる。

イコとジュンヤでなんとかしのげない数ではないが
スキをつかれてヨルダを狙われる事を考えると
崖に近いここでは少し足場が悪い。

「・・一端引いた方がいいか。
 俺が後を守るからイコはヨルダと先に行ってくれ」
「兄ちゃん大丈夫?」
「さっきからそればっかりだな。
 俺だってこんなだから普通じゃないんだ。信用してくれよ」

確かにジュンヤは武器も何ももっていない素手状態だが
それでも自分より戦いなれているのはさっき見ての通りだ。

イコはちょっと不安そうにするものの1つうなずくと
ヨルダの手を引いて影から逃げるように走り出した。

すると翼のある影はそちらに向かい
飛ぶことのできない大型の影がこちらに向かってやってくる。

『普通じゃないんだ』

自分で言ったその言葉にほんの少し気持ちが沈むが
ジュンヤはすぐに気持ちを切り替え、ぶんと振られた影の腕をかわすと
そのお返しとしていつも悪魔に向かって叩きつけていた拳を入れた。

その感触はやはり何を殴っているのかわからないほど不思議なものだったが
まったく効かないというわけでもなく、殴った影はちゃんと倒れもするし消えもする。

だが影は同じ色をした穴のような場所から
倒すごとに新しいものを生み出してきた。
ゴリラのような大きなものはジュンヤが足止めするが
しかし羽を持ち空を飛ぶものまでは手が回らない。

それでも一度に出る数は多くないので何とかなると思っていたジュンヤの耳に
小さな悲鳴のような声が入ってきた。

見ると羽の生えた黒い影が、真っ黒な身体と対照的なヨルダを抱えて飛び
元出てきた穴の中へ戻ろうとしていてそれをイコが一生懸命追っている。

ジュンヤはしまったと思った。
しかしイコはちゃんとそれに追いつき
今まさに穴に吸い込まれようとしていた白い手をすんでの所で掴み
小さい体で黒い穴から白い少女を懸命に助け出すと
その手を引いて再び元気に走り出した。

その時ジュンヤはそれに目を奪われて動きを止める。

だがその何気ない油断が命取りになった。

ガツッ!

「つっ!」

実体のない影で出来ているかと思っていたそれは思ったよりも強い力を持っていて
ジュンヤはなんとかガードはしたものの、勢いを殺しきれず軽く叩き飛ばされる。

だが体勢を立て直そうとした時に気付いたのだが

その足元には地面がなかった。

「兄ちゃん!!」

しまったと思うのと同時に遠くでイコが叫ぶような声がした。

そう、ここは静かで綺麗なように見えるものの
危険と隣り合わせになっている不思議な城。

そう思った時にはもうジュンヤの身体は遙か下に向かって落下を始めていた。

さっき見た時、下は霞むような高さだったが確か海ではなかったはず。

しかもこの体勢でこの高さなら
いくら頑丈であったとしても無事では済まないだろう。

けれど不思議と怖くはなかった。
どうしてなのだろうとぼんやり思っていると
なぜかさっき見たイコの行動が脳裏に思い浮かぶ。


・・・あ、そうか。

あれって・・俺ができなかった事だからだ。


頑丈であっても、力のある悪魔であっても
自分は結局誰も引き戻せなかったのに
非力に見えるあの子はあっさりとそれをやって見せてくれたのだ。


それは出来なかった事を代行してくれたという嬉しい気持ちと
これで何もかも終わるという少しの安堵感。

ストックの中から自分を呼ぶ声がいくつかした。

けれどジュンヤは少し笑って目を閉じ、心を静かに閉じる。


・・・ごめん、俺

・・・もうここでいいや。


あぁして自分の出来なかった事をやってくれる子達がいるから
自分はもうここまででいい。


それは今まで色々な事がありすぎて今まで表に出てくることのなかった
全てを諦める気持ち、生きることを放棄する気持ちだ。


だが

目を閉じてただその時を待っていたジュンヤの耳に
穏やかだった風を猛烈に切る、何かが飛んでくるような妙な音が聞こえてきた。

「・・?・・わ!」

なんだろうと思って目を開けようとした瞬間
ジュンヤは横から飛んできた何か固いものに追突され
今まで向かっていた方向とはまったく別方向に上昇を始める。

それはあまりの勢いだったため何なのかの確認も出来なかったが
ぐるんと回った視界のはじにちらりとだけ
何か固そうな翼のようなものだけが目に入る。

そして空中で何かに拾い上げられたジュンヤは
崖の横にあった岩だなのような場所へ、追突してきた何かと一緒に突っ込んだ。

ドン!ガラララー!

結構な勢いで突っ込んだため壁が壊れ砂煙が上がる。
ジュンヤは一瞬息をつまらせ混乱しつつも目を開けその何かを見ようとした。

だがようやく砂煙がおさまってまず現れたのは
ここへ来て見失っていたはずの赤と白銀。

・・え?ダンテさ・・

とジュンヤが聞く間もなく
その当人はいきなり無言で拳を振り上げ、顔面に狙いを定めてきた。


!?殴られ・・?!


ドガン!!


だが衝撃が来ると思ってぎゅっと目を閉じたジュンヤの横を
凄まじい力を持った黒い拳がかすめていき
その後にあった壁へまともに突き刺さった。

恐る恐る閉じた目を開けると
まるで殺さんばかりに強い怒気をうつした目といきなり視線がかち合い
ジュンヤは息をのんで硬直した。


「なんで誰も呼ばなかった!!」



そしてダンテが最初に発したのは今まで聞いた事のない怒声だ。

胸ぐらがあれば掴みかかっていただろう勢いで
ダンテは目を丸くしたジュンヤに向かい、さらに声を荒くする。

「なに考えてやがった!!
 あのまま落ちたらいくらオマエでも死んでたんだぞ!!」
「・・・え・・?・・あ・・」
「今の今まで必死になって生きてきて!どうしてあんな事で簡単に諦められる!!
 あれだけオレに追い回されても絶対前に進む事をやめなかった
 ガキのくせにガッツのあるオマエは一体どこにいった!!」

だがジュンヤは答えられない。
何しろ何も考えていなかったのだから言い訳など出来るわけがない。

「何のためにオレや仲魔連中がいる!
 ここへ来る寸前オレを戻そうとしたのもそうだ!
 あの時オレが拒んで外にいなけりゃ
 
オマエ今どうなってたんだ!!えぇ!?

いつも軽口ばかりで余裕を持ってばかりだと思っていた魔人が
まるで自分が死にそうになったような剣幕で
再度後にあった壁をドンと割れるほどの勢いで殴りつけ
ジュンヤは身動きできないままびくと身を震わせた。

「もしオレの前でバカみたいな死に方してみろ!
 その首へし折るかトマトみたいに頭撃ち抜いて殺し・・!」

ふぁん

と、その時ジュンヤの前から黄色い煙が出てきてダンテの顔にかかる。

威力のおさえられた色と臭いからして『ソノクライニシトケ』というつもりで
マカミがストックの隙間から出したフォッグブレスか何かだろう。

それでようやくダンテは目が覚めたのかハッとして手を壁から離すと
今まで怒鳴っていたことにようやく気付いたのか

「・・・・・・すまん」

ぽつりとそう言って、噛みつかんばかりに詰め寄っていた身体をゆっくり離す。

その声にはもう怒りは込められていなかったが
しかしジュンヤは呆然としたまま、そこからまったく動けないでいた。

なにしろダンテは今まで本気で怒ったことがない。
仲魔とケンカをした時、自分が戦闘中にドジを踏んだ時
まだ仲魔になる前の自分と戦っていた時だってどこか楽しそうだったし
どんなに苦戦していても重い攻撃を受けた時もそれらしい事はなかった。

そしてダンテは少し間をおいてからさっきまでの剣幕から一転し
まるで今自分が死にかけたかのような様子でこんな事を言い出した。

「・・・けど・・・オマエ、前に言ってただろうが。
 仲魔ってのは下僕やペットじゃなくて、友達みたいなものだって」

それはダンテがまだ仲魔になりたてのころ
ジュンヤがダンテに説明した仲魔達の関係の事だ。

使い魔か下僕かと聞けば自分が助けられているんだと言い
ペットなのかと聞けば色々教えてもらってる事もあると言った
悪魔には到底似合いそうもない関係の事。

あの時は興味なさそうに聞いていたというのに
ダンテはちゃんと覚えていたらしい。

「だったらオレも、ストックにいる連中も・・ペットや愛玩用じゃないんだろう?
 何のためにオレ達はオマエの近くにいるんだ?」

さっき全力で殴ろうとした手がぽんと頭にのってきて
くしゃと長くない髪が同じ色のグローブに撫でられる。

いつもなら乱暴で容赦ないその動作は
なぜか力無くて諭すように優しい。

「・・・なぁジュンヤ、もっとオレ達をうまく使えよ。
 友達ってのは引き出しにしまい込んでおくものじゃないだろ?
 声を出して呼ばないと・・近くにいないと・・咄嗟の時に何もしてやれないだろ?」

疲れたような言葉と一緒に頭を軽く引き寄せられたかと思うと
こつんと額を合わせられ、対照的な黒と白銀が軽く混ざり合う。

「・・・頼むから・・オレや連中を置いて行こうとするなよ。
 せめて一言くらい弱音を吐いてからにしろよ。
 でないと・・・オレ達はオマエに捨てられた事になるんだぞ?」

それはかなりあせって助けに来たのだろう
その声は半分は体力を、半分は気力を使い果たしたような
いつも余裕を持っていた彼にしては珍しい声だった。

その時、間近にあった青い目をぼんやり見ていた目が大きく見開かれ
一瞬後、冷や水をかけられたかのようにハッとして
自分の身を自分でかき抱いた。

「・・・あ」


そうだ。

あそこで何もせず諦めていたら・・

東京受胎で自分がなくしたもの
その後で今まで踏み越えてきたもの
ありとあらゆる今まであったこと全てへの裏切りになる。

「・・
・・」

それを自覚した途端今まで静かだった鼓動が
突然早鐘のように動き出した。

終わらせることは簡単だ。

だがそれは自分の今までを一瞬で全て捨ててしまうのと同じ事。

もういない、見知った人間達
ストックにいる仲魔達
それに今目の前にいるダンテも含めてだ。

「・・・、・・・

ジュンヤは何か言おうとしていたが
あまりの事で声が出ないのか口をぱくぱくさせて
自分で自分を抱いたまま、ただガタガタと震えた。

それは言葉になっていなかったが
ダンテには何を言おうとしていたのかが分かったらしい。

思いを伝えるようにくっつけていた額を離して
いつもは高さに違いがある目線を合わせ問いかけた。

「そんなにストックの連中やオレは頼りないか?」
「・・・・」
「オレはオマエの隣にいる相棒としては使えないか?」
「・・・・」

続けざまに横に振られた首にダンテはもう何度目かになるため息を
今度は安堵の意味もこめて小さく吐いた。

「・・・わかったら今度からオレか連中、とにかく誰でもいい
 用がなくても、どうしていいか分からなくても
 とにかくヤバくなったら声を出して誰かを呼べ。
 オマエがどうしていいのか分からなくても、オレ達がどうにだってしてやる」

それは少しいい加減であいまいな話だったが
その時のジュンヤの心をしっかりこちらに繋ぎ止め直すには十分な言葉だ。

「・・オレ達はな、ただオマエのそばにいるのを仕事にしてるんじゃない。
 オマエを助けてやるためにそばにいるんだ。・・・いいな?」
「・・・・・・・」

ついさっき無意識で捨ててしまいそうになった魔人は
そう言ってもう一度、今度はごんと音がしそうなほど強く額をぶつけてきた。

不思議と痛くはなかった。

けれど震えていた身体は少しだけ落ちつき
まず言わなければならない言葉が喉の奥からこみ上げて来る。


ごめんなさい。


しかし何度も動こうとする口は
いつまでたってもその言葉を出すことは出来なかった。
けれどそれは口から出なくてもちゃんと顔に出ていたのだろう。

ダンテはそれ以上何も言わず、ぺちんと額を叩いてから
いい子だと言わんばかりに頭をいつも通り少し乱暴に撫で・・

「・・・バカが」

いつも自分が言われている言葉を
皮肉めいた様子もなしにぽつりと、まるで落とすかのように投げかけてきた。

それは普段はジュンヤがダンテに向かって使う言葉だったが
ジュンヤから反論はなく、ただ何も言えないまま頭を撫でられるだけだ。

しかしダンテはふとその目が金色のまま潤んでいることに気付き
あやすように撫でていた手を止める。

それはダンテが悪魔かどうかの判断基準としてできる行為・・

・・のはずだったが・・


「兄ちゃんから
・・はなれろー!!


ゴッ!!


しかし悪魔にはできないそれを確認する間もなく
ダンテはちょっと高いトーンの怒声と一緒に横から飛んできた何かに頭を直撃され
まったく無防備だったプロのハンターはその言葉通り
ジュンヤから思いっきり突きはなされた。

飛んできたのはスイカ大くらいの黒くて丸い物。
よく見るとてっぺんにちょっと何かついているので
古典的な爆弾か何かと思われた。

ハッと我に返ったジュンヤがそれの飛んできた方を見ると
影を退治して追いかけてきたのか、落ちていた爆弾をさらにふんぬと持ち上げ
こっちに投げようとしているイコとその近くでおろおろしているヨルダ。

だがそれはこっちに投げつけようとした途中で
近くでたまたま燃えていたたいまつで着火してしまい
ジジジジーとデンジャーな火花を上げ始めた。

「ちょ!イ・・!」
「・・ッこのガキ・・!」
「てやー!」

制止の声と銃を抜く音と気合いの声が重なり
ヨルダが慌てて避難したのと同時に宙を舞っていた黒い物体が
効果音としてもちょっと書きにくいド派手な音を立てた。

しかしそれはかなり年月がたっていたのか大した威力も出ず
その範囲内にいた全員がそれなりに頑丈だったためか
その場にいた3人まとめて誰もケガをせず
ちょっと黒っぽくなっただけだったのを記載しておく。






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