「兄ちゃん、こっちから上がれそうだよー!」

道ではないけれど城壁に開いた穴の上で
先に行って様子を見ていたイコが手を振っている。

あれからジュンヤがそれぞれに説明をして、それぞれに誤解は解けたものの
さっき黒こげにされた事がまだくすぶっているのか
それともイコに見るなり『このおじさんが兄ちゃんの探してた人?』と言われたためか
ダンテは戻ってきてヨルダの手を引きつつ段差を上がって行くイコを
まだムッとしたような顔で睨んでいた。

「・・あのさダンテさん、まだ子供なんだからしょうがないよ。
 それにイコからすればダンテさんもそのくらいに見えるだろうし・・」

となだめてみてもダンテの機嫌はなかなか直る気配がない。

それは確かに出会い頭に最悪な事ばかりだったが
いきなり現れてあんな体勢でいて、あげくジュンヤを泣かしそうな顔にさせていたら
確かに誤解を招きもするだろうが・・。

「・・・今時の子供は人の頭に一抱えある爆弾を投げつけてきて
 こんなイイ男をおじさんで済ませるのか」
「・・だからイコは知らなかったんだってば。
 それに大人だったら子供の言った事をいつまでも根に持たない」
「大人でも傷つく時は傷つくんだよ」

などと大の大人は子供じみた事を言っているが
けれどイコの方はもう気にしていないのか
先に上がった窓の近くでヨルダと一緒に手を振っている。

「兄ちゃん大きい兄ちゃん早く早く!」
「ほら、ちゃんと兄ちゃんだって認識してくれてるぞ」
「・・今はよくてもオレの第一印象はおじさんのままだろうが」
「・・・そんなに傷ついた?」
「・・・・」

ダンテは答えずにさらにムッとした。

確かにそれも理由の1つだが・・
なんだか大事なところでこれ以上ないくらいに思いっきり邪魔をされたような気がして
ダンテはしばらく怖い顔をしたままで同行してヨルダに怖がられる事になった。

しかしそんな事をしつつも4人になった迷子達
ジュンヤとダンテ、イコとヨルダは時々出てくる影を撃退しがら
妙な影以外誰もいない不思議な城の中を協力しながら進んでいく。

そしてダンテが加わった事で影との戦闘は格段に楽になった。
しかし口ではもういつも通りなやり取りをしているのに
さっき怒鳴った事もあってかダンテの行動にはいつもと少し違う部分があった。

それは道の途中にある手をかけて登るような段差や
飛んで渡れそうな壊れた足場などでの事。

ダンテは普段ならあまり手を貸さないのに
先に登ったり渡ったりした後、必ず無言のままジュンヤに手を差し出してくるのだ。

それは別にジュンヤが登れない飛べないような険しい場所ではない。
けれどダンテはジュンヤが別にいいよと言うのを先に封じるかのように
ただ黙って押しつけるように手を伸ばしてくる。

からかい半分で軽口でも叩いてくれればバカと一言で済ませられるが
有無を言わせないような無言でいられると、さっき怒られた時の事が思い出され
ジュンヤとしては自分が悪いと思っているので反抗も出来ず
手を掴んで引っぱり上げられ、ちゃんと助走をつけて飛んだ先でも手を引かれ
勢い余って自分と違いのありすぎる胸板にどんとぶつかる。

それはイコとヨルダに例えるなら自分は非力なヨルダになった気分で
なんというか・・正直なところ気恥ずかしいのだが
こういった時にからかって来そうな軽口はこんな時に限って飛んでこない。


・・やっぱりさっきの事、気にしてるのかな。


そう思って時々顔色をうかがってみても
軽口の数が減った事以外、その横顔はいつも通りなダンテにしか見えない。

「・・なんだ、何見てる」
「・・・・いや・・別に」
「変なヤツだな・・ほらそこ、段差だ」

そうしてまた差し出される手にジュンヤは一瞬ためらう。

しかしためらってもさっと伸ばされてきた大きな手が
有無を言わさずタトゥーの入った手首を掴み
少し強引に上へと引き上げてしまう。

どういったつもりでダンテがそんなことをするのかジュンヤには分からなかったが
ともかくどこか様子の違うダンテにジュンヤは何も言うことができず
4人になった迷子達は、2人一組でそれぞれに手を引きつつ助けつつという
変わった状態を続けることになった。

しかしそうこうしている間にこの中で一番行動力あふれるイコが
あるものを発見して戻ってきた。

それはどう見ても人が行くような場所ではないような所にまで偵察に行っていた時の事。
壁からちょっと出ているブロックに掴まり、それを角材片手に器用に登って
しばらくしてそこからまた器用に下へ降りて戻ってくるなり
ハラハラしながら見ていたジュンヤにイコはこんな事を言い出した。

「兄ちゃん、この先変なものがある。
 赤い横穴があいてて先がちょっと長そうなんだ」
「・・?赤い横穴?」

どこかで聞いたことのある風景だなと思って
ちょっと回り道しながらついて行ってみると
そこにあったのはどこかで見たことのある通路の末端だ。

それは大きな壁に開いた光窓だろうか、光の差し込む大きな円形の穴の反対側
その壁際に人1人が通れるくらいの穴が開いている。

その穴は対面にある光の差し込む穴とは違い
あまり大きくもなく中がかすんでいて不鮮明で
その対照的な2つの光景は天国への入り口と地獄への入り口のようにも見えた。

だがその地獄への入り口のような横穴はのぞいてよく見てみると
先にはぼんやりと光る思念体が1つ浮いていて
その先にハシゴの階段というどこかで見たことのある場所になっていた。

「・・これって・・12mの永遠じゃないか?」
「なんだその・・12のナントカってのは」

ジュンヤは知っていたがダンテは知らないのか
不思議そうにそれを後からのぞき込みつつ首をかしげる。

「第5カルパにいたのに知らないのか?
 ほら、第4カルパにあったろ?カグツチのかけ方で行き先の違う
 ワープホールみたいなやつだよ」
「・・?そんなものあったか?」
「・・その様子だとまったく知らずに適当に歩いてたんだな」

ダンテの目がちらと変な方にそれる。

「結果的にお前に会えたならそれでいいだろうが」
「・・・・・迷ったな?」

ダンテはずびしと無言で脳天にチョップをくれた。
図星らしい。

などといつも通りな事をやっていると
一緒になってその穴をのぞいていたイコが楽しそうにこんなことを言ってくる。

「兄ちゃん達仲いいんだね」
「気のせい。目の錯覚。きっとこの城が見せてる霧の幻覚か
 妖精か何かの仕業だから気にしない方がいい」
「・・なに子供相手に夢のあるウソついてるんだ少年」

などと言う口に肘鉄をくらわせて黙らせていると
イコが何を思ったのか今度はこんなことを言いだした。

「でもちょっとホッとした。
 ジュンヤ兄ちゃん、さっきまで元気なかったけど
 大きい兄ちゃんと会ってから元気になったから」

その言葉にジュンヤが固まる。
子供というのは見ていないようで見ているもので
最初に会ったとき言いかけていた事というのもどうやらその事だったらしい。

「兄ちゃん達はそこから帰るの?」
「そうだな。多少遠回りになるが帰れないことはない」
「じゃあ僕たちとはここでお別れだね」
「え?でも・・」

そうだ。この先はアマラ深界になっていてイコ達の目指している城の外ではない。
と言うことは目的の違うイコ達とはここで別れなければならなくなる。

しかしいくら今まで2人でいたとは言え
この先こんな子供達だけ残しておけないとジュンヤは心配するが・・

「大丈夫、僕たちは平気だよ。
 確かに色々あるけれど・・この手を離さなかったら
 僕たちどこへだって行けそうな気がするんだ」

そう言ってイコはヨルダとつないだ手を振って見せてくれる。

その手はけしてたくましいとも力強いとも言えないが
そうして手を繋いでいるだけでもなぜか不思議と安心感がわいてくる。

それは子供ゆえのひたむきさからくるものだろうか
それとも純粋な心にある希望が見せる強さだろうか

とにかく『なぜかどうにでもなりそう』といういい加減で
しかしなぜだか信頼の置けるその様子にジュンヤはそれ以上何も言えなくなり
そしてダンテがさらにそれを後押しするようにこんな事を言ってくれた。

「・・心配するな。ただのガキならともかくとして
 姫を守るナイトってのは理屈抜きで強いもんだぜ少年」

それもあまり根拠も理屈もないいい加減な話だが
人は何かを守るためには力を発揮するという話もバカにはできない。

だが自分は悪魔としての力を持っていても
今まで誰も助けることができなかったが・・・

ジュンヤはふと沸いてきた後ろ向きな感情を押し殺し、小さくうなずいた。

「・・そうだね。・・じゃあイコ、ヨルダ、俺達ここから元の場所に帰るけど・・・」
「うん、わかってる。影とか変なのに負けたりしない」

しかし子供達は心配そうにするジュンヤをよそにしっかりと手をつないで
ぶんと唯一の武器である角材を振り上げて見せてくれた。

そう言えばイコのツノはナイトと言われるとツノ兜をかぶっているように見え
ヨルダの手を取っていると本当に武器を手にしたナイトに見えてくるのだから
言葉の力というのは不思議なものだ。

「僕もがんばるから、兄ちゃん達もがんばって!」
「・・うん、わかった」
「しっかりな、ナイト様」

それぞれかけた短い言葉を背に、粗末な身なりのたくましい少年は
穴から差し込む光に消えてしまいそうなほどに白い少女の手を引いて
まるで天国へ続いているかのような穴の外へ、2人一緒に駆けていく。

その小さな後ろ姿は見えなくなる直前
唯一の武器である角材をばいばいとばかりに振り上げていったが
あまり強そうとは言えないそのツノのある姿は差し込んでくる逆光に照らされ
まるで本当のナイトのように見えた。

ジュンヤはそれが見えなくなるまで見送った。

いや正確には見えなくなってもずっとその光のさしている場所を
ぼんやりしたような目でじっと見ていた。

それは憧れのような安堵のような不思議な感情だ。

あんな非力そうな子供達でも希望をなくすことなく前へ進もうとしている。

いや、子供だからこそ希望をなくさないのだろうか。
それとも子供だから諦める事を知らないだけなのだろうか。

だがぼんやりしていた頭はぼんと革の感触が乗ってきたことで覚醒する。

見上げると同じように小さくなっていく子供達を見送っていたダンテが
そのさらに先を見るような目をしたままで口を開いた。

「オレ達が戻るのはアイツらの目指してた外じゃなく
 ここみたいな出口のないカゴの中かもしれないが・・」
 
強く差し込んでくる光をまぶしそうにする様子もなく
その口元にはいつもの笑みが浮かぶ。

「あんなガキ共でさえ健気にカゴから出ようとしてるんだ。
 アイツらに出来てオマエに出来ないワケがないな?」

その挑発とも励ましともとれない微妙な言い回しに
頭に大きな手を乗せたまま、ジュンヤは再び光の差し込む方を見て黙り込む。

一度は諦めてしまいそうになった。

でも自分にはもうヨルダのように手を取って助け出す者がいなくても
自分だけでもあの世界から外に出なくてはいけない。

「・・・うん、わかってる」

ジュンヤはそう言ってずっと見つめていた光の穴から視線を外すと
ダンテの言ったように出口のない世界へ戻るため
深界への入り口へと足を向ける。


たとえ手を取る者はいなくなっても
たとえもう自分1人しかいなくなっていたとしても
自分は前に進まなければいけない。


ダンテや仲魔達のような背中を押してくれる者達が
自分にはまだちゃんといるのだから。


そんな事を心の中にしっかりと刻み込んで。


しかしそのいくらか確かになった足取りは
赤い魔人の横を通りすぎようとした瞬間
ぱしと革の感触に手を取られて止まってしまう。

「・・?・・なに?」

なんだと思って手を振ろうとすると
タトゥーの入った手は一回り大きな手にぎゅと握り込まれてしまった。

「深界を出るまでつないでてやる」
「な・・なんで!?」
「まだしばらく捕まえておかないとな。また何をしでかされるかわからん」
「もう大丈夫だってば!それに・・!」

片手がふさがっていると銃も剣も使いにくいだろ?

そう思って抗議してみるものの
その手で容赦なく狩りをしてきたはずのハンターは
小さく笑って振り解こうとした手に強すぎない程度の力を込めてきた。

「オレの手もオマエの手も、当たり前だが2本ある。
 オレはいつもその両方を使って狩りをして来た・・が」

そう言って振り返り、イコ達の消えた光の向こうを見ながらダンテは浮かべたのは
いつもとは違う、ほんの少しだけ寂しそうな笑み。

「・・1本は身を守るため、1本は誰かを守るため。
 上に帰るまでの間くらい、あの健気なガキ共みたいな使い方をするのも・・
 たまには悪くないと思ってな」


ジュンヤはその手で何も守ることは出来なかった。
ダンテもその昔いくつかの大切な物をその手から落としてしまっている。


だからせめて
もう何もなくさないようにと手を握っていたいと

お互い少しの間だとしても
慰めにもならないかもしれないけれど・・


「さて、ぼんやりしてると開いた口も飽きて閉じちまう。
 あっちはあっち、オレ達はオレ達で元の場所へ帰らないとな」

何も言えなくなってしまったジュンヤの手を引いて
ダンテが12mの永遠の出口、入口、どちらにも見える場所へと足を進める。

その力ずくではないまるで導くかのような手の感触で
ジュンヤはその時、ようやくある1つの事に気がついた。


・・・そっか。


俺、誰かを助けるんじゃなくて


助けてもらう方だったのか・・・。


自分の事ですら精一杯で
みんなに助けてもらってばっかりだったっていうのに

そんな当たり前の事に今ごろ気付くなんて・・。


「・・?」

ちゃんとついてきたと思った手がふいに重くなり
ダンテは肩越しに振り返る。

しかし・・・

「・・・・、・・・・あっち・・・向いてろ」

ジュンヤは俯いたまま空いていた腕で顔を隠し
それだけ言って静かになってしまう。

ダンテは少しそれを眺めた後、何も言わずに再び前を向き
手慣れた動作でホルスターから銃を抜くと
いつもは2つ持つはずの銃を1つだけで構えた。

「・・ではエスコートといこうか、姫様?」

軽く言った言葉に普通ならここでツッコミの1つや2つ飛んでくるだろうが
握った手は振り払われることも、スキル攻撃してくることもなく
手の先から来たのはうなずくような感触1つのみだ。


半分冗談のつもりだったが・・
これは本当に深界を出るまでこのままでいないといけないらしい。


ダンテは苦笑しつつ、それでもどこか安心したかのように
グローブ越しにくる感触を確かめる。

それはさっき見た小さな少年と白い少女とはまた違った構図になるだろう。

男は普通なら武器を握るはずのその手に
実は自分よりも力が強い、けれどとても儚く細い手を取って

今まで誰の手をも掴むことのできなかった少年は
今手を引かれる立場になってその後を歩いている。


・・・・・オレの気休めなのかもしれんが・・な。


そしてダンテはその昔
掴むことのできなかった1つの手の事を思い出しながら
どこか不安定に見える空間を、確かな足取りで歩き出した。




その手を取る者は、その手で星の数ほどの悪魔を狩り
同じその手でいくつかの者を取り落とし

その手を取られた異質の悪魔は
いくつもの者達を拾い上げようとしてどれ1つかなわず
今は手を取り上げられ拾い上げられる側にいる。


その2つの手は複雑な運命をからませて
天国のような光のさす方向とは逆の、赤い闇の中へと戻っていく。


その向かう先はけして明るい場所などではないけれど

空の見える自由な外ではないけれど


しかし離れることがないようにとしっかり繋がれた
大きさも見た目もかなり違う2つの手の間からは

暗い風が吹き込んでくることだけは決してなかった。









たまにはD氏をかっこよくさせたくて書いたICO編でした。
なんか自分で書いてるうちにすげえ切なくなってきちゃいましたが
ICOってのはそんなゲーム・・なんでしょう。

それと今回の仲魔達は言いたいことは全部ダンテが言ってくれたんで
全員大人しくストックで見守っていたとお思い下さい。
・・それにしてもシリアスってムズイ。


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