どザッ!ガリガリガリーー!!
「いッ・・!ててててーー!?」
引き込まれた勢いそのままに、ジュンヤはどこか固い場所に放り出され
ごろごろと何度か転がって砂だらけになった。
いくら丈夫だとはいえ上半身は何も着ていないのだから
ケガはしなくても痛いものは痛い。
車に撥ねられたらこんな感じで吹っ飛ばされるのかなとのんきに思いつつ
ジュンヤは両手両足をフルに使い、何とか体勢を立て直した。
昔の悪魔になりたての頃ならこうはいかなかったが
長い間身1つで悪魔だらけの世界を歩き回っていると
普通の高校生だった少年もそれなりにたくましくなるものだ。
ともかく砂煙を上げつつ体勢を立て直したジュンヤがたどり着いたのは
今までまったく見たことのない不思議な場所だった。
円形をした大きな広場。それをぐるりと囲むように
まるでそこから何者をも出さないような高い壁が立っていて
上を見上げると閉鎖されていたはずの空が
さも当たり前のように開いていてジュンヤは静かに驚いた。
「・・・空がある」
信じられない話だが実際あるものはしかたない。
その証拠にちゃんと雲も流れているし、太陽ももれなく付いていて・・・
「・・あ!?」
しかし空があることを不思議がる前に確認しておくことがあったのを思い出し
ジュンヤはあわててストックに意識を集中させ
「みんないるか!?大丈夫か!?」
あの閉鎖世界で出会ったり生まれたりした仲魔達を呼んだ。
何しろ大事な仲魔達だ。ボルテクスでなくなった瞬間に
ストック自体が使えなくなっていたら大変だ。
『どうした主!そちらで何かあったのか!?』
しかし藁をもすがるような気持ちで呼んだ声に
いつも通りの声が返ってきてジュンヤは安堵のあまり泣きそうになった。
「・・・よかった・・・ミカ・・・ちゃんといる」
『!?どうした主!?悪魔狩りが何かしたか!?』
ストックとこっちの境目にはりつきでもしたのか
びたんという変な音と一緒に声が急にでかくなる。
「・・いやしてな・・・・い事もないけど・・
とにかく先に確認させてくれ。みんな全員いるな?」
『・・ひーふーみー・・・・うむ悪魔狩り含めて全員欠けていない』
「・・そっか。よかった」
どうやらあの間際の動作はジュンヤの方が速かったらしい。
ここがどこであろうとも仲魔が誰もかけていないなら
ジュンヤにとってはそれが一番の救いだ。
魔界だろうと次元の狭間だろうと、どんな所でも仲魔がいればどうにでもなる。
それは今までの旅で十分すぎるほど実証されてきた事なのだから。
『・・・?本当にどうかしたのか主?』
「・・あ、うん。ちょっとダンテさんがまたトラブって変な・・」
バチン!
と、言ってる最中に近くから軽い放電がおこる。
「・・っと!」
『あ、すまぬ主大丈夫か?』
「・・え?トールが暴れてるのか?」
『つい先程悪魔狩りが叩き飛ばされるように戻ってきてな。
その時運悪くトールと激突して・・・こちらで少々もめている』
「戻した先でもトラブってるのか?!」
ここまで来ると、もはや特徴というより一種のスキルだ。
「ダンテさんはまぁいいとして、トールはケガしてるのか?」
『ケガというほどではないが・・・それでも気にせず元気に争っておる』
「・・・じゃあ出すよ。ダンテさんはしばらくストック謹慎で」
『それがいいだろうな』
ダンテを外へ出してもまたロクな事になりそうもないし
ケンカを放置しておくのもストック内の仲魔に迷惑だ。
ジュンヤは片手に意識を集中させストック内でひときわ存在感・・
いや、怒気をまきちらしていた大きな気配を拾い上げ
自分から少し離れた所に放り出した。
ドン!
「ぬぉらーーー!!」
ドゴーーーン!!
案の定攻撃途中だったトールの鉄槌は
轟音を立てて地面に叩きつけられ、地面に見事なクモの巣を作った。
しかしその下に目当ての赤色がない事に気付きぶんぶんとあたりを見回す。
「おのれ!相変わらず逃げ足の速い輩め!!
貴様には戦士の誇りと威厳というものがないのか軟弱者!!」
「・・・おーいトールー」
そこで声をかけられ、ようやく外に出た事に気付いたのか
トールはびっくりしたように振り返った。
困ったことにその大きな顔の中心には
誰かさんのものであろうブーツのあと。
それはもうあんまり見事なので笑う気も起こらなかった。
「・・ごめん。俺が無理矢理戻したからぶつけちゃったんだ。
ダンテさんも(多分)ワザとじゃないからあんまり怒らないでよ」
「・・そう・・なのか?」
「元の原因を作ったのはダンテさんだけどね」
「ならばやはりあやつのせいではないか!!」
「・・まぁそれはそうだけど・・とりあえず怒るより先に顔拭こうか」
覆面のような顔をしているとはいえ
やっぱり顔に靴跡の残った鬼神はカッコ悪すぎる。
「?・・我の顔に何かついているのか?」
「うんまぁ・・・それなりに。
でもどうなってるかは知らない方がいいと思うから、早くかがむ」
「うむ・・」
ジュンヤはポケットからちょっとくたびれたハンカチを出して
窮屈そうにかがんできた顔を拭く。
そう言えば・・・こんな表情のわかりにくい顔をしているのに
やたらと怒りっぽいのは鬼ってついてるからなのかな。
などと思いつつ靴跡を綺麗に落とし
仕上げにディアラハンをかけて復元終了。
「よし。もういいよ」
「・・む。よくはわからぬが感謝する」
そういえばこのサイズにあう鏡もないだろうから
トールは自分の事については自然と無頓着になるのだろう。
といってもさっきの顔を見せてまた激怒されても厄介だったろうが。
それはともかくあらためて周囲を見回してみると
その場所は何か大きな地震でもあったのか周囲を囲んだ建物が所々崩壊していて
一カ所扉のあったような場所も崩落していて岩で埋まっている。
トールはその風景をぐるりと見回し、考えるように腕を組んだ。
「・・・ここは・・・コロシアムの跡地か?」
「コロシアムって・・・あの人と人が戦う競技場みたいな?」
そう言えば外国にある遺跡にも、これと似た作りの建物があったはずだ。
日本にはこんなものはなかったはずだから
そうするとここは外国のどこかなのだろうか。
「・・主、コロシアムであるのはわかったが、結果的にはここはどこだ?」
「・・さぁ。俺にもよくわからない。
空があるからボルテクスじゃないのだけはわかるけど」
「・・・空?」
ふと見上げると砂の世界にはなかった青い空が見える。
トールは大きいのでジュンヤよりはいくらか近い位置に見えるのだろうが
そんな事は気にせず鬼神はしばらく青い空を凝視した。
「・・・そうか。空というものは本来こういうものだったのだな」
「・・・うん。こういうものなんだよな空ってのはさ」
しんみり。
でっかい鬼神と小さい人修羅は
ちょっとアンバランスな構図のままぼんやりしてしまう。
「・・・って、そうじゃなくて」
先に我に返ったジュンヤは関西風のチョップを虚空に入れて現実に戻る。
仲魔も自分も無事だったが、それですべて解決というわけにはいかない。
自分がやりたいことは少なくともここではできないのだ。
「青い空があるのは嬉しいけど、ボルテクスが元に戻ったわけじゃないからな。
とにかくボルテクスのトウキョウに戻らないと」
「?・・一体何があったのだ主?」
「・・うーん、説明すると長くなるから省略してもいいか?」
「主がそうしたいのならかまわぬが」
実はそんなに長い話ではないが
説明するとまた怒り出しそうなのでごまかしておいた。
トールは堅物だが素直なのでこういった時にはちょっと助かる。
「さてと、それじゃあまずここから出ないとな」
「主、あそこからなら外に出られるかも知れぬぞ」
そう言ってトールが指したのは元扉があっただろう岩でふさがれた場所だ。
「え?でもふさがってるけど」
「あれぐらいなら岩を適当にどかし乗り越えれば済む話だ」
「あ・・そうか」
そう言えばトールの大きさと力があれば
邪魔な岩をどかして瓦礫の上に道を作るくらいできそうだ。
「じゃあ頼むよトール」
「承知した」
むんと鼻息を出しそうな勢いで
トールはちょっと得意げにドスドスと岩に向かう。
力仕事は得意そうだからなと思いつつ、ジュンヤはその後を追おうとしたが・・
「・・?」
ふと何か軽い物を踏んだような気がして歩みを止めた。
見ると何かの鳥の羽だろうか。
ハトくらいの大きさの茶色い羽が一枚、ぽつんと足元に落ちていた。
しかしハトにしては色が変だし、タカやワシにしては少し小さい。
何気なくつまみ上げてみるとそれは予想通りに軽かった。
それは別になんの変哲もない羽のはずなのだが
ジュンヤはその小さな羽がなんだかやたらと気になり
裏返したり振ってみたりしてみたが、別に変わったところはなにもない。
ただ何か気になるのだ。
それが何なのかジュンヤにはわからなかったが
なんとなくそれは放っておいてはおけないような気がして・・
「むん!!」
ズドーーン!!ガラララ
気合いのこもった声と地面を揺るがす音でジュンヤは現実に引き戻される。
「主!これで通れるぞ!」
「・・あ、うん。ありがと」
本当ならこんな羽を持って歩く気にはならないが
なんだかそのまま捨てていく気にはなれず
ジュンヤはそれを潰れないようにポケットに半分だけそっと押し込むと
トールの後を追って走りだした。
半壊したようなコロシアムから出ると
そこはどこかの中庭のような場所になっていた。
しかしそこも何かあったのか周囲があちこち崩れていて
そこにあっただろう建物のほとんどが瓦礫の山と化していた。
かろうじて原型をとどめている部分から見て
それなりに豪勢な建物があったことだけはわかるのだが
そこで何があったのかまではまったくわからない。
「・・・地震でもあったのかな?」
誰もいない広い場所を歩きながらジュンヤは首をかしげる。
足元にはあきらかに人が作っただろう石畳があるが
それは長い間手入れがされていなかったのか
雑草が生えていてあまり状態はよくない。
それなのに建物の崩れ方だけはついさっき崩れたような新しさで
ここがどこなのかも含めて疑問はつもるばかりである。
「衰退したのは随分と前のようだが
この状態になったのは最近のようだな」
「そうみた・・・」
ガリガリガリガリガリ
その時ひらけていた庭の地面から何か変な音がする。
ぎょっとしてそちらを見ると
地面をもりあげ、砂煙を立てながら何かが地中から接近してきた。
「トール!」
「うぬ!」
こういった場合は大抵いいものと遭遇しない。
ジュンヤとトールは油断なく身構えた。
ドガ! ギシャーー!!
砂煙を上げていたものが2人の前で地面を突き破り、その姿を現した。
それは一見して手足の長い緑色の巨大なトカゲだった。
しかし次々と出てくるそれは普通のトカゲではない。
手にある爪が異常に鋭く、片方の手には丸い盾を持ち
頭の部分にはなぜか兜のような物をかぶっている。
「おのれ!何者だ!!」
だが文明的な装備をしているそのトカゲのような生き物は
トールの問いに耳ざわりな咆哮で答え、一斉に飛びかかってきた。
「あのすいません!どちらの・・わっと!」
無駄かなと思いつつも一応交渉しようとしてみたが
やはり言葉が通じないのか、それとも言葉自体が存在しないのか
攻撃をかわしながらのジュンヤ言葉に、巨大なトカゲ達はまったく反応してくれない。
「主!指示をくれ!」
「・・・しょうがない、許す!」
知らない場所の知らない生き物を手にかけるのはちょっと心苦しいが
相手に殺意があるのなら仕方がない。
ジュンヤの言葉と同時に防戦一方だったトールの鉄槌がうなりを上げ
爪を振り上げ飛びかかってきた一匹を直撃し
崩壊した建物のあたりまで叩き飛ばした。
ジュンヤも少し大きめの一匹に拳を入れたが
兜に当たって固い音を立て、致命傷にはいたらない。
なるほどそれで兜と盾なのかと感心しながら
反対の手に魔力をため、マグマアクシスをたたき込む。
やはり兜があってもそれは効いたのか
大きなトカゲは悲鳴を上げる間もなく上半身を兜ごと炭にかえた。
「トール!雷撃の方が早いかもしれない!」
「承知した!」
ちぎっては投げ、掴んでは叩きつけと元気に肉弾戦をしていたトールが
指示を受けて天を掴まんばかりに片手を振り上げる。
バリバリバリバリバリ!!
瞬時に呼び出された雷の柱は大小いたトカゲを巻き込んで
広い広場を踊りまわり、あまり美味そうに見えない黒焼きを数体作った。
しかし体の大きかったトカゲは電撃で兜と盾を破壊されても
なおもこちらに飛びかかってこようとする。
しかしそれもジュンヤの予想の範囲内だ。
飛びかかった先にいた細身の少年は
素手であったにもかかわらず、何かかまえるような体勢をしていて
一見して何をしようとしていたか分からなかったのだろう。
トカゲ達がおそらく最後に見たのは
少年の手から発生した、目を焼きそうなほどの光の剣だった。
「いやしかし、主の死亡遊戯はいつ見ても惚れ惚れするな」
「・・よせよ。これって自分の体力消耗するし
今だってトールに手伝ってもらって倒せたみたいなものなんだから」
といってもやはりジュンヤの攻撃力は群を抜いていて
自分の体力にさえ気を付けてさえいれば負けることはほとんどない。
敗者の自分を拾った懐の広さといいこの強さといい
ちっこいジュンヤは大きいトールの惚れる要素満載だ。
「ところでさ、今のトカゲってやっぱり悪魔なのかな?
話はまったく通じなかったけど」
「・・そのようだが・・何か妙ではあったな」
「何が?」
「話は通じぬというのに文明の道具を使用していた。
あれはもしや他者によって作り出された悪魔なのやもしれんな」
「俺がやる悪魔合体みたいにか?」
「いや、主はあのような無秩序な悪魔を作り出してはおらぬ」
「無秩序だったかな今の・・ん?」
その時ふとジュンヤはトカゲの悪魔が消えた場所に
何か光る物が落ちているのに気が付いた。
「なんだろ、これ?」
近寄ってみるとそれは赤い宝石だ。
おそらくさっきの悪魔達が残した物なのだろう。
血のように赤いそれは、まるでそこに悪魔がいた証明のようにほんのりと光を・・
「うわッ!?」
しかしまじまじとそれを見ていたジュンヤが
突然悲鳴を上げてのけぞった。
「どうした主!?」
「なんだこれ!?気持ちわる!!」
「・・・?」
トールは意味が分からず大きな身をかがめて
指をさされていた赤い物体に目をこらすと・・・
「・・・・・うっ」
確かにそれはちょっと気持ちのいい代物ではなかった。
遠くから見ればただの楕円形の宝石に見えるそれは
近くで見ると性別年齢一切不詳の顔が『いぎ〜ぃ』と顔をしかめる寸前みたいな
なんとも形容しがたい悪趣味かつ変な顔が彫り込まれていて
見た瞬間思わず蹴り飛ばしたくなる嫌な宝石だった。
「・・こっ・・これは・・・新手の嫌がらせか?」
「・・・かもしれない。誰が考えたのか知らないけど」
実はこの悪趣味な宝石、ここではレッドオーブという物は
この世界では通貨のような役割をしているのだが
何も知らない場合ではただのキモイ石だ。
実はこの時、ストックで外の会話を聞いていたダンテが
1人で笑いをかみ殺しミカエルに気味悪がられていたりするのだが
なんだかこれはこれで面白い事になりそうなので
唯一この世界の事情を知るダンテはしばらく黙っておくことにした。
「・・・外見はともかく・・・どうする主?」
「・・・襲ってこないのはありがたいけど
これをどうこうする気はちょっと起こらないな」
と、いうわけで。
この世界ではそれなりに価値のある赤い宝石は
気色悪いという単純かつすごくもっともな意見により
その場に放置されたままになった。
とにかく気色悪い宝石を放置したまま周囲を歩きまわってみると
どうやら出てきたコロシアム付近だけでなくこの周辺全域が
何か強い衝撃で破壊され、すっかり跡形がなくなっている事がわかった。
何かの塔だったろうレンガの山。
何かの建物だったろう門や階段のあとなど
ここで何があったのかわからないが
ただ1つハッキリしているのはこの場所全体がやけにさびれていて
最近まで人がいたような気配がどこにもなかったことだ。
それともう一つわかったのは、ここが海ぞいに面していること。
それに目の前にある波から少しだけ顔を出している瓦礫の山が
直線上に続いていて元は橋であったことだろうか。
「・・・人がいなかったのは良かった事なんだろうけど
ここがどこなのか説明してくれる人がいないのも
道がないっていうのもちょっと困るよな」
元橋だった瓦礫の線を見ながらジュンヤが困ったとばかりに頭をかく。
この先にもやはり崩壊した大きな建物しかないが後は元来た場所。
先へ進むにも橋はバラバラになって半分以上海の中だ。
「主はこの先へ行きたいのか?」
「行きたいけど・・俺あんまり泳ぐの得意じゃないんだよ」
「何を言う。そんな事をせずともここがあろう」
そう言ってトールが指したのは自分の肩。
確かにトールの身長ならこの深さでも浸かりきらないだろうし
打ち寄せる波に流される事もない。
「あ、そうか。・・・でもいいのか?」
「悪いわけがなかろう」
何を当たり前の事をとばかりに言って
トールは大きな身を折り、大きな手を差し出してきた。
「じゃあ・・・お願いしようかな」
「うむ、まかせよ」
ジュンヤは戦闘時にはキビキビとした指示をくれるのに
こういったなんでもない時には遠慮するクセがある。
十数体の悪魔を使役し、自分自身もかなり力のある悪魔なのだから
もう少し堂々と命令していてもいいはずなのに
いつまでたってもジュンヤのこのクセというか変な低姿勢は直らない。
仲魔になった当初は不思議に思っていたトールだが
これはこれでジュンヤの良いところなのだと
他の仲魔と行動を共にしているうちにだんだんとわかってきた。
ともかくジュンヤはトールの手をかりて肩に乗った。
そんなドジはしたことないが、一応落ちないように手でささえつつ
トールはさぶざぶと胸くらいまでつかりながら
元橋だった瓦礫の上を歩き、対岸まで渡っていく。
ジュンヤはトールが顔まで沈んでしまわないか心配したが
幸いそれ以上海は深くなることはなく2人共無事に対岸まで渡りきることができた。
「ありがとトール。もういいよ」
「いや、主はそのままそこにいた方がよい」
「え?なんで?」
「先程から気になっていたのだが足元が危ういのだ。
我ならそう瓦礫に足を取られることもないゆえ
しばらくそこで待機していた方が賢明ではないか?」
確かに瓦礫の山を歩くにはジュンヤの足では小さくて歩きにくいが
トールの足なら重量があり安定もしているので歩きやすい。
それにトールは大きな身体で心配性という一面がある。
それは魔力と神経に弱いという特徴からなのだろうか
それとも合体時に主の影響で偶然できてしまった性格なのか
その真相は本人含めて誰にもわからない。
「それに我よりも主の方が観察眼が優れている。
そこで周囲を観察してくれると我としても助かるのだが」
「・・・・」
ジュンヤはちょっと考えた。
「じゃあ引き続きお願いするよ」
「心得た」
ペタと顔横のツノを叩かれたトールは
表情は分からないまでも声色が少し嬉しそうだった。
ガチャ、ガチャン、ガララ、ゴトン
バラバラになった元何かの建物だった場所を
トールは足場を気にせずずんずん歩く。
なるほど、こんな所を自分で歩いていたら確実に足手まといになっていただろう。
そんな事を考えながらジュンヤはかなり高くなった視点から周囲を見回した。
時々瓦礫の間から人が使っていた物だろうか
槍とかイスとか扉らしき物など元人がいたような形跡が見えたが
どれも長い間使われていた形跡がなく、やはり最近人がいたような気配がない。
そうこうしている内に2人は瓦礫のてっぺんになる場所までたどり着いた。
ざっと見回すと周囲は海。つまりここは島なのだ。
しかもやはり島全体に地震か何かがあったのか
どこもかしこも崩壊していて、島全体が巨大な廃墟と化していた。
「・・・さっきのトカゲみたいなのがやったのかな」
「いや、それにしては規模が大きすぎる。
おそらく理由は他にあろうが・・ともかく見事なものだな」
「・・東京受胎ほどじゃないけどね」
あれは東京まるごと、しかもいきなりで人をたくさん巻き込んでの話だったので
無人だったろうこの島1つならまだかわいいものだ。
・・・
「・・え?」
ふと何か聞こえたような気がしてジュンヤはあたりを見回した。
しかし周囲に見えるのはやはり瓦礫の山のみで
他に誰かがいたような気配は・・・
・・・
いや、何かいる。
それはほんのわずかだが、何者かが確かに小さな気配をさせている。
ジュンヤは意識を集中させるとその出所を探す。
右方向の・・・何か大きな塊の下あたり。
「・・トール、そっちに何か大きな物がないか?」
「・・?」
言われるままトールが指された方向に行くと
瓦礫にうもれた何か大きな物が横倒しになって倒れていた。
それは大きな馬の像だ。
かなり立派な物だったのか横倒しになってはいたものの
壊れずにちゃんと元の原型をとどめている。
トールがその周辺にあった瓦礫を片付けると
ジュンヤはその像の下の隙間に何か赤い物が落ちているのに気が付いた。
それはさっきの悪趣味な宝石ではない。
ジュンヤはトールの肩から飛び降りると
一応用心のつもりで近くにあった棒を拾い、拳ほどのそれを軽くつついてみた。
ゴロリ
それは固い音を立てて転がった。
よく見るとそれは赤く焼けた溶岩が冷えて固まったような色と形・・
『ガァァアアーーー!!』
「うわ!?」
顔を近づけて見ていると、それがいきなり吠え声を上げた。
しかし声はかなり大きかったが
石自体はぽこんと軽く跳ねただけなのであまり迫力がない。
『誰だぁ!!気安くつつきやがって!!俺様を誰だと思ってやがる!!』
その声は地獄の底から聞こえてきそうな重量感のある声だったが
発生元である石はころころと右へ左へ転がるだけなのでやっぱり迫力がない。
トールも一瞬身構えたものの、その様子に覇気をそがれ
ジュンヤ同様どうしていいか決めかねていた。
「・・・あの・・・どちら様ですか?」
そう言われても誰なのかわからないので、おずおずと声をかけると
赤く焼けた小さな石ころはピタと転がるのをやめ
『てめぇ知らねぇのか?!
俺様は魔帝の腹心、焔の魔将ファントム様だ!!』
と、言われてもジュンヤは悪魔になって日も浅いため
自信満々に説明されてもやっぱり誰なのか分からなかった。
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